月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

61 / 235
二日目の才華sideが漸く終わりです。
次回は遊星sideになります。

烏瑠様、笹ノ葉様、lukoa様、秋ウサギ様、dist様、TOTO999様、誤字報告ありがとうございました!

選択肢
【八日堂朔莉に尋ねてみる】←決定!
【伯父様に尋ねる】


四月上旬(才華side)18

side才華

 

 本日の就寝時間を迎えエストと別れた後、僕は44階にある八日堂朔莉の部屋を目指した。

 やっぱり屋上で見た彼女のルミねえに向けていた表情が気になる。小倉さんとカリンも、何だかルミねえの件では慌てていた。

 伯父様に聞けば教えてくれるかも知れないが、あの人に頼り過ぎるのは不味い気がする。現に学院で伯父様に頼るなと小倉さんとカリンは忠告して来た。

 個人的にはルミねえの件を考えれば、伯父様の後ろ盾があった方が良いと思っている。だけど、僕が気がついていない何かがあるに違いない。そしてそれに八日堂朔莉は気がついていると思う。

 ルミねえに関わる事だから、僕は冷静ではいられない。今でもルミねえに触れようとした男性がいた事を考えるだけで、不快な気持ちが沸き上がって来る。

 だから客観的に見られる八日堂朔莉の意見が聞きたかった。

 その為に初めて踏み入れるフロアを訪れた。44階にある部屋数は2つ。片方の部屋には、アトレも読んでいるそこそこ有名な作品を描いている少女漫画家が住んでいるらしい。僕はまだ読んだことが無いから、その内妹に借りてみようと思っている。

 そしてもう片方には、件の人物である八日堂朔莉が住んでいる。

 少し緊張する。相手は真正の白髪嗜好家の両性愛者。これまで会った時はエストや他の皆が一緒に居てくれた。

 変態ではあるが、彼女は……一応善良な人間だ。僕と二人だけであっても興奮するだけで害はない筈だ。突然噛みつかれたりしないように気を引き締めつつ、インターホンを押してみた。

 

「一人?」

 

 のっけからそう来たか。想定していなかったよ。面白い人だ。

 

「一人です」

 

「後ろに看板を持ったスタッフがいる?」

 

「ドッキリではありません。何だったら秘書の畠山さんに確認して頂いても構いません」

 

「こんな時間にドッキリでもなく、貴女が来るなんて……遂に抱かれに来たと?」

 

「話の進み方によっては」

 

 受話器の向こう側で息を噴き出す音が聞こえた。興奮している。

 そして入り口の先に広がっていた部屋は……白い。

 想像以上に趣味の悪い部屋だ。僕を驚かせるために用意したのかと思ったほどだ。けれど、此処に来たのは偶然なのだから、そんな仕掛けを準備出来る筈が無い。

 彼女が白を好むのは知っていたけれど、この部屋で生活していて可笑しくならな……あ、とっくに頭は可笑しい人だった。

 

「髪が抜け落ちても拾いにくそうですね」

 

「朝陽さんが歩いた場所は、後から念入りにテープで確かめる。あ、ごめんなさい。私も初めてだから緊張していて。先にシャワーを浴びる? 着替えはバスローブで良い?」

 

「今日は朔莉お嬢様にお聞きしたい事があって参りました」

 

「……屋上での会話の内容かしら?」

 

「はい」

 

 察しが良くて助かる。

 僕と八日堂朔莉は部屋に置かれていた白いソファーに座った。

 

「朔莉お嬢様は、ルミネお嬢様の会話中、何度か複雑そうだったり焦っているような表情を浮かべていました」

 

「あら、良く気がついたわね。其処まで私の事が気になってくれているなんて、嬉しいわ」

 

「真面目な話です。何故朔莉お嬢様はルミネお嬢様の話を聞いて、あのような表情を浮かべたんですか?」

 

「分からないの?」

 

「……はい」

 

 悔しいが僕には理由が分からなかった。

 ルミねえが教師を追い出したとしても、身体に触れようとしたのだから自業自得としか思えない。

 僕は今回の件を客観的に見る事が出来ないんだ。だから、ルミねえとは知り合いという立場で話を聞いた八日堂朔莉の意見が聞きたい。彼女なら客観的に状況が見える筈だ。

 エストも見れるかも知れないが、彼女はまだ日本の学院に慣れていない。アメリカで活躍しているとはいえ、日本で有名な学校法人の八日堂家の出身である彼女の意見を僕は聞きたかった。

 八日堂朔莉は考え込むように目を閉じた。

 

「……悪いけれど、話せない」

 

「何故でしょうか?」

 

「ルミネさんが怖いから」

 

「ルミネお嬢様が……怖い?」

 

「そっ。冗談じゃないわよ。私、今本気でルミネさんが怖いと思ってる」

 

 目を開けた八日堂朔莉の目には……微かな怯えの色が宿っていた。

 何故、ルミねえに怯えているのだろうか? その答えを聞く為にも、やはり話して貰わなければいけない。

 

「此処での会話は、決してルミネお嬢様には話さないと約束いたします」

 

「本当かしら? 朝陽さんはルミネさんの話を聞いた時に、不愉快そうにしていたわよ。その件を話せば、朝陽さんは不愉快になるかも知れない」

 

「絶対に話さないと約束いたします」

 

「口約束は信用出来ないの。本当に……私はルミネさんが怖くなった」

 

 言い終えると共に八日堂朔莉は目と口を閉ざした。

 本当に話すつもりは無いようだ。だけど、話して貰いたい。僕の事が気に入っていて、ルミねえの人となりをそれなりに理解している彼女が、此処まで拒否するという事は、今回の件は余程の大事だと言う事を示している。

 彼女は口約束は信用出来ないと言った。なら、口約束ではない証拠を示そう。

 

「朔莉お嬢様。もしも話して下さるのなら、屋上で出来なかった私に抱き着く事をさせて差し上げます」

 

「マジで!?」

 

 八日堂朔莉は目を見開きながら立ち上がった。

 目が充血して真っ赤に染まっているし、興奮からか、顔が赤く染まっている。

 

「はい、マジです」

 

「ブホッ! ほ、ほんほんほんホンホんっ! 本気!?」

 

「はい、本気です。宜しければ、前払いもOKです」

 

 僕は両手を八日堂朔莉に向けて広げた。

 彼女に身体を差し出すのは心配だが、これもルミねえの為だ。小倉さんとカリンが言っていた言葉の意味を理解する為にも、此処は我慢だ。

 興奮して身体を震わせながら、八日堂朔莉は僕の胸の中に飛び込んで抱き着いた。

 

「あああっ! これが朝陽さんの身体! エストさんの言う通りなんて柔らかい!」

 

 柔らかいとか言わないで欲しい。

 女性に見えるけど、僕は男だ。それなのに柔らかいと言われるのは、かなり複雑だ。

 

「それに良い匂い。この白髪から漂う香りに、私はもうメロメロよ!」

 

 ……そろそろ離れて欲しい。自分で言った事だけど、身体を抱き締められながらこすりつけられるのはセクハラだ。

 やがて満足したのか八日堂朔莉は、離れてくれた。

 

「フゥ~、妾は満足したぞえ」

 

「キャラが変わっています」

 

「変わるぐらい嬉しかったの。屋上で抱きつけなかったのは悔しかったから。それに、こんなに柔らかい身体をしているなら、朝陽さんは間違いなく女性だろうし」

 

 うん? 今なんと言っただろうか?

 

「アレ? 気がついていなかったの? ルミネさん、私が朝陽さんに抱き着こうとした時に変な事を言っていたでしょう?」

 

「変な事ですか?」

 

「『幾ら出そうと異性の身体に許可なく触れて良い訳ないでしょ』とか、言ってなかった?」

 

 言ってたあああああーあ!!

 うわー、何て危ない発言だ! あの時は僕もルミねえの件で、頭に血が上っていたから気が付けなかった。

 何て危ない発言だ。直前に抱き合って、エストが僕の身体の柔らかさを確認してなかったらルミねえの発言を怪しんでいたかも知れない。

 気がつかないうちに九死に一生を得ていた事を知り、心の中で安堵の息を吐いた。

 

「それでルミネさんの件だけどね……正直言って、私個人としてはルミネさんの行動に理解は出来るんだけど……やり方を間違えたとしか思えないの」

 

「やり方を間違えたですか?」

 

「そう。さっき、私がルミネさんを怖いって言っていたでしょう。その理由は、ルミネさんは振るったら不味い力を振るってしまったから。大蔵家という強大な力をね」

 

「しかし、それは相手側の教師に問題があったからではないでしょうか? ルミネお嬢様の言っていた通り、今回の件は社会的立場の弱い普通の生徒なら、大問題に発展していた事です」

 

「そうね。社会的立場の弱い普通の生徒なら、ルミネさんの言う通り。でもね、大蔵ルミネの事を知らない教師や生徒がフィリア学院に居るのかしら?」

 

「それは……」

 

 居る訳が無い。既に社会人の一端として社長業をしていて、大蔵家の一員として名を知らしめている、ルミねえの事を知らない方が少ない。

 生徒はもしかしたら知らない者も居るかも知れないが、教師陣は確実に知っていると思う。

 

「ルミネさんを落とせば、確かに逆玉だけど、そんな危険を入学式から二日目で行なうなんてとんでもない馬鹿よ。しかも、フィリア学院の理事は、あの大蔵家の総裁。何かあったらすぐに連絡が行くのは分かりきっている」

 

「つまり、朔莉お嬢様は、今回の件は指導の一環だったと思うのですか?」

 

「其処までは分からない。私、ルミネさんが追い出した教師じゃないから。だけど、話の中に教師がルミネさんの行動の後に口をあんぐりと開けていたとかあったでしょう?」

 

「はい」

 

「確かに許可なく触れたりするのは問題よ。でも、その教師は多分フィリア学院にそれなりの期間勤めていたんだと思う。うっかり、癖で他の生徒にやっていた事をルミネさんにしてしまったのかも知れない。だけど、それを確かめる事はもう無理。だって……一般生徒のルミネさんが、学院にじゃなくて直接運営者の理事長に連絡をして、依願退職させられちゃったんだから」

 

「ッ!?」

 

 八日堂朔莉の説明に、漸く僕は気がついた。

 そうだ。ルミねえは特別編成クラスのようなお嬢様方に用意されたクラスの生徒ではなく、一般生徒として入学して来た。なのに、ルミねえは力を、大蔵家という強大な力を使ってしまった。

 それも入学式を終えて二日目で。その影響は大きい。僕のクラスで言えばジャスティーヌ嬢だ。彼女も教室内で権力という力を振るい、クラスメイト達から恐れられた。

 小倉さんというジャスティーヌ嬢と同等の力を持った人物が居た事で、致命的にまで及ばなかったが、居なかったら彼女は完全な暴君として教室内で恐れられる存在になっていただろう。

 でも、ルミねえは違う。フィリア学院の理事長は総裁殿。その事実を知らない者はいない。

 ましてやピアノ科の入学式の挨拶は、総裁殿が行なった。

 

「私がルミネさんを怖いって言った理由が分かった?」

 

「……ええ、朔莉お嬢様が恐れていたのは、理事長に連絡されて退学にされるかも知れない事を恐れていたからなのですね?」

 

「その通りよ……ルミネさんならそんな事をしないって、朝陽さんは言うと思うけれど……実際にルミネさんはしてしまった」

 

 生徒ではなく……教師に対してだけど、ルミねえは確かにやった。

 八日堂朔莉が恐れるには、充分な理由だ。

 

「今回の件はルミネさんにとっては良い事をしたと思っているだろうけれど、ピアノ科の人達は教師も生徒も含めて、彼女に対して距離を取ると思う。新しく来る先生も、触らぬ神に祟りなしで積極的にルミネさんに意見を言おうとはしないでしょうね」

 

 聞けば聞くほどに……ルミねえの置かれた状況の悪さを実感する。

 なるほど。これで分かった。何故小倉さんとカリンが、大蔵家の関係者と名乗るなと言ったのかが。

 大蔵家の関係者と名乗れば、一時の安全は得られる。だけど、同時に学院内で暴君と見られてしまう危険性が出来てしまう。良く思い出してみれば、昼休みの時に僕を訪ねに来たピアノ科の先輩方2人は、小倉さんに対して脅えている様子を最初に見せて、居ないと分かったら安堵していた。

 彼女達は知っていたんだ。ルミねえのしてしまった事を。そして同じ大蔵家の人間というだけで、小倉さんを警戒していた。いや……されてしまった。

 

「私のクラスってね。凄く無駄話が多いの。他の科の事も、色々と喋っているんだけれど……その中でピアノ科の入学式の時の話もあった」

 

「どのような話なのですか?」

 

 身体が勝手に前のめりになった。この話は重要な話に違いない。

 

「ルミネさんが新入生代表を務めたのって知ってる?」

 

「初耳です」

 

 でも、ルミねえなら新入生代表になっても可笑しくないと思う。

 服飾部門の新入生代表が、入試でトップの成績を収めた人物が選ばれるように、他の部門でも同じシステムになっていても可笑しくない。その点で言えば、入試にかなりの自信を持っていたルミねえが選ばれるのは当然だと思える。

 だけど、何故そんな話を彼女はするのだろうか?

 

「朝陽さんには不愉快だと思うけれど……すっごく音楽部門の入学式の雰囲気は悪かったそうよ。特に新入生代表挨拶の時は」

 

「何故ですか!?」

 

 何でそんな事に!?

 まだ、入学したばかりじゃないか! それなのにそんなに音楽部門の雰囲気が悪いなんて!

 しかもその中心にはルミねえがいる。一体何で!?

 

「詳しい事までは分からないけれど、多分ルミネさんは入学する前からピアノ科の生徒達に警戒されていた。本当にその理由は分からないわよ。問題は……今日その警戒が正しかった事を示すような出来事が起きてしまった事。教師が1人、ルミネさんの行動によって依願退職してしまった。事情を知らない同級生。その教師を慕っていたかも知れない先輩方。そんな人達からすれば、ルミネさんがした事は気にいらない男性教師が居たから理由をつけて、身内に泣きついて無理やり追い出させたとしか思えないんじゃないかしら」

 

 ……客観的な視線で見ると、此処まで変わるのかと恐怖した。

 僕らが屋上で聞いた話は、あくまでルミねえ主観の話。客観的に見たらルミねえのした事は、八日堂朔莉の言う通りにしか見えない。

 

「まあ、糾弾された教師が素直に依願退職に納得したようだから、何か後ろ暗いところはあったのかも知れないわよ。まあ、辞めて正解だと思う。このまま学院に残ってもルミネさんに睨まれるだけだから」

 

「……話し合う事は」

 

「もう無理でしょう。屋上でのあの様子を見れば、ルミネさん本人が話をする気なんて無いんだもの」

 

「……そうですね」

 

 そうだ。八日堂朔莉の言う通り、当事者のルミねえが件の教師と話す事を拒んでしまった。

 理事長である総裁殿が間に入れば良かったかもしれないが……あの人はきっと知っているに違いない。ピアノ科に蔓延している空気を。

 そして小倉さんとカリンもその理由を知っている。昼休みに戻って来た時にやけに疲れていたのは、きっと今回の件を知って、何とか穏便に済ませる材料を探したのだろう。

 小倉さんとカリンの言う通りだ。もしも僕が大蔵家の関係者だと知られたりしたら、学院内で敵意を向けられていた。直接的には大蔵家という守りで何かをされる事は無いかも知れない。

 でも、それ以外では別だ。学院内での繋がりから孤立してしまう。

 ……思えば、昼休みの時に総学院長が小倉さんを訪ねに来たのも、ルミねえの件があったからだろう。

 小倉さんも大蔵家の人間と学院内で知られている。だから、小倉さんがルミねえと同じように権力を使って気に入らない相手を追い出すのではないかと心配してやって来た。

 彼からすればスタンレーが年末に来るのだから、学院内で問題を起こされる訳にはいかない。

 そして小倉さんも自分の立場を理解している。昼休みになってすぐ居なくなったのは、ルミねえの件での報告があったからに違いない。

 

「勿論中にはルミネさんのした事を喜ぶ生徒もいるかも知れないけれど」

 

「ですよね!」

 

「その生徒達からしても、入学して二日目で身内に連絡して教師を1人辞めさせたルミネさんに良い感情を持たないと思う。私のように怖くなって、ルミネさんに意見しないようにするでしょうね」

 

 希望が出来たと思ったのに、すぐに落ち込まされた。

 しかも、この件で厄介なところはルミねえ本人が自覚していない事だ。僕も八日堂朔莉に教えて貰わなければ、此処まで現状を理解出来なかった。

 ルミねえは尚更に自覚出来ないかも知れない。友達とか全然作ろうとしない孤高の人だからね、ルミねえは。

 

「今の私の話をルミネさんにするのは止めた方が良いと思う。あの人の性格だと自分で自覚しないと分からない事だから。言ったりしたら、逆に怒らせるだけになりそう」

 

「何とか出来ないのでしょうか?」

 

「可能性があるとすれば……ルミネさんの実力で認めて貰える事かしら。彼女にはそれだけの実力があったと分かれば、批判の声は少しはなくなると思う」

 

 少しか。つまり、今回の件はかなり根深い問題なのだろう。

 ルミねえの実力なら僕が保証したい所だけれど、よくよく考えてみれば日本に帰国してから一度も本気のルミねえのピアノを聞いた事がない。

 練習中の時の音は何度か聞いた事はある。でも、こういう場合の実力というのは本気でやった時が一番評価される。

 

「取り敢えず、私の話はこれでおしまい。参考になったかしら?」

 

「はい、充分過ぎるほどに分かりました」

 

「お礼にこのまま抱かせて貰って良い?」

 

「それはご遠慮させて頂きます」

 

 其処まで身体を差し出すつもりはない。

 僕はそのまま残念そうにしている八日堂朔莉と別れて、自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

 部屋に戻った僕は、改めて知った学院内の現状に頭を抱えたくなった。

 以前からルミねえには周りに対する評価を気にしなさ過ぎる傾向があるなと思っていたが、今回の件はかなり致命的だ。

 これまでルミねえが通っていた学院は、女性だけの学院。あの過保護なひい祖父様が選んだ学院なのだから、教員が女性だけだったり、今回の件のような事は注意されていたのだろう。

 フィリア学院でもその辺りは注意されていたのだろうが、個人授業という形態をとっている。件の教師がどんな気持ちで授業に挑んだのかもう分からないが、どちらにしても厄介な事態に陥っている。

 どうすれば良いのかと悩んでいると、携帯が鳴った。

 もしかして伯父様からかと思ったら、表示されていたのは九千代の番号だった。

 

「もしもし」

 

『あっ、若。今は大丈夫ですか?』

 

「うん、もう部屋に戻っているから大丈夫だよ、九千代」

 

『そうですか。例の事を叔母に連絡して尋ねたんですけど』

 

「どうだった? やっぱり、小倉さんの言った通り八千代と総学院長は知り合いだったの」

 

『それが……確認した瞬間に、彼方の方の受話器が叩きつけられる音が響いて電話を切られました』

 

 ……えっ?

 

『すぐにもう一度電話をし直したら、『その件を聞いたら、叔母の縁を切る』とまで言われてしまいました。もうこれだけで分かると思いますけど』

 

「……小倉さんの言ったとおり、八千代は総学院長と関わりたくないと思っているんだね」

 

 で、そんな風に八千代が思っている相手を、僕は思いっきり挑発した。

 ……最悪だ。本当に何をして来るか分からないよ。幸いにも今は小倉さんとカリンという総裁殿の手の者が学院内に居るから、力づくでの行動はないと思いたい。

 わざとデザインを悪く描けば良いかも知れないが、それだと学院での勉強が滞ってしまう。紅葉の授業は僕にとっては復習に近いけれど、やっぱり学院内でも本気で勉強がしたい。

 慰めるような九千代の言葉を聞き終えると、僕は電話を切った。

 本当にどうしたものかと悩んでいると、また携帯が鳴った。

 電話の相手は……伯父様だった。

 緊張して手が震えながら、僕は通話のスイッチを押した。

 

「は、はい。才華です」

 

『昨日ぶりだな、才華』

 

「そ、そうですね……伯父様。来るなら来ると事前に教えて貰いたかったです」

 

『クククッ、我が娘の晴れ舞台なのだから、父親であるこの俺が行かない訳がなかろう。で、娘の付き人から話は聞かせて貰った。アトレが奴の心の傷に触れたとな』

 

「じ、実は……」

 

 僕は震えながら昨日の出来事を話した。

 今の伯父様は間違いなく、以前僕を脅して来た怖い伯父様寄りだ。

 甘い伯父様はこの電話中には居ないと思いながら、僕は説明を終えた。

 

『次は無い』

 

 一切の慈悲が排された声で、伯父様は電話越しに宣告して来た。

 

『本来ならば今回の件でも、アトレを叱りたい所だが、総裁殿が見逃すと言うので俺も何かをするつもりはない』

 

「本当に申し訳ありませんでした」

 

『今後もお前への支援は行なうが、それが我が娘に悪影響を及ぼすと判断すれば、その件に関しては俺は手を貸さん』

 

 やっぱり伯父様にとって、小倉さんは大切な人物のようだ。

 僕と違って厳しさで接しているけれど、それでも大切に思っているのが電話越しに伝わって来た。

 だったら……。

 

「あ、あの伯父様。伯父様の力なら、小倉さんの以前の主人と偶然を装って会わせる事は出来ないのでしょうか?」

 

『……無理だ』

 

「何故ですか? 伯父様の、いえ、大蔵家の力なら……」

 

『それは最も奴が望んでいない事だ。才華、2度と奴の以前の主人の話はするな。迂闊に触れればどうなるかは、もう理解している筈だ』

 

 伯父様の声にはこの件に関して、意見は許さないという意思が込められていた。

 あの人の事情には迂闊に触れてはいけない事は、伯父様が言うようにもう分かっている。

 

『それで話は変わるが、奴の付き人からの報告ではラフォーレが我が娘と接触したそうだな。しかも、その場にはお前も居たそうだが?』

 

 その件に関してですね。怒られないか心配だが、僕は昼休みの時の事を話した。

 

『……』

 

 聞き終えた伯父様は沈黙して、考え込んでいる気配が伝わって来た。

 総学院長を挑発した件は、伯父様も考え込むほどの事のようだ。

 

『調査員とジャンの件を餌に、年内は大人しくなると思っていたが』

 

 ……もしかしてスタンレー氏が日本に来るのは、伯父様が動いていたからなのだろうか?

 だとすれば、僕は知らない内に伯父様の支援を無駄にさせてしまって本当にごめんなさい、伯父様。

 謝っても許しては貰えないと思いますけど。

 そう言えば……。

 

「あ、あの伯父様」

 

『何だ?』

 

「そ、総学院長が小倉さんの事を『支える者』と言っていましたが」

 

『それはそのままの意味だ。我が娘には、お前の父親と同じ支える才能がある。ラフォーレはその才能も探し求めていた』

 

「どういう事でしょうか? 総学院長が望んでいたのは、スタンレー氏に成れる才能だと伯父様は以前言っていました」

 

『ラフォーレは確かにジャンに成り得るほどの才能を求めている。だが、それだけでは服飾の世界では成功できないと、奴自身も理解している。故に奴はジャンを支えている自分のように、支えられる才能も探し求めていた。幾ら奴でもジャンを支えながら、見つけ出した才能を支え切るのは無理だ。だからこそ、奴は嘗てジャンを支えた『伝説の七人』や、お前の母親である桜小路を支えている我が弟のように、『支える者』を探していた。そして我が娘に目を付けたという事だ』

 

 完全に僕のせいですね。僕にも興味を覚えているのは間違いないだろうけど、まだデザインを見ていないから保留中。でも、小倉さんは才能を示してしまった。

 ……頭を抱えたくなる気持ちが良く分かりました。本当にごめんなさい、小倉さん。

 

『才華』

 

「は、はい!」

 

『俺は観測者という立場で今のところは、お前達の事を見ている。だが、これ以上失態を繰り返すならば、それ相応の覚悟はしておけ』

 

「申し訳ありませんでした!!」

 

『アトレの方は、迂闊に何かを言えば更に状況が悪くなるだろう。だから、今のところは何もするつもりはない』

 

 それだけは心から安堵した。

 慕っていた総裁殿と喧嘩中なのに、この上怖い伯父様まで相手をする事になったら幾らアトレでも耐え切れない。

 一先ず、アトレが今の伯父様の相手をせずに済んだことを喜ぼう。

 ……そうだ。伯父様にルミねえの事を聞いてみよう。昼休みの事を知っている事から考えて、伯父様とカリンは繋がっているに違いない。ルミねえの件も知っているだろう。

 

「伯父様、ルミねえの事ですが」

 

『その件か……悪いが俺は干渉するつもりはない。叔母殿が自ら招いた事だ。自分で責任は取るべきだ』

 

「ですが! その件のせいで小倉さんも悪い目で見られるかも知れな……」

 

『クククッ、クハハハハハハハッ!!』

 

「お、伯父様?」

 

『クククッ、笑わせてくれるな、才華。我が娘がその程度の悪意に屈するだと? 奴は悪意に満ち溢れた環境で育った。フィリア学院で自分に向けられる悪意など何とも思わん。寧ろその環境の中でも、何とか評価を貰える方法を今頃は考えているだろう。だが、少々驚いたぞ、才華。ルミネ殿の件は、お前も気がついていないと思っていた。やはり成長しているようだ』

 

 それは八日堂朔莉の話を聞けたおかげです。

 もしも彼女と話していなかったら、僕は伯父様からの評価が下がっていた。

 後で彼女が大好きな僕の白い髪を上げよう。切った髪だけど、彼女なら喜んでくれるだろうから。

 

『叔母殿の件に俺は干渉するつもりはない。何とかしたければ、自分でやるんだな』

 

 厳しい意見だ。だけど、伯父様は元々大蔵家の人間には厳しい人だ。

 僕やアトレには甘いけれど、本来の伯父様は苛烈で厳しい人。今はその厳しさも僕に向けられて来ている。正直、怖いです伯父様。

 

『では、頑張る事だ。この俺をこれ以上失望させない事を願うぞ』

 

 電話が切れた。

 ゆっくりと僕は携帯を机の上に置き。

 

「プハーー!!」

 

 安堵の息を思いっきり吐いた。

 やっぱり今の伯父様と会話をするのは、極度の緊張から体力を消耗する。

 このまま休みたい気持ちはあるが、まだ一つやらなければいけない事が残っている。

 小倉さんから貰った総裁殿の手紙。一体何が書かれているのか?

 少なくとも良い事は書かれていないだろうと暗い気持ちになりながら、封筒を開けて中から2通の紙を取り出した。

 先ずは1通目の紙を広げてみる。

 

『甘ったれ。フィリア・クリスマス・コレクションで結果を出せなければ、アメリカに必ず送り返します。だから、性別が学院内の生徒にバレても、フィリア・クリスマス・コレクションまで学院に居られるようにしてあげます。但し正体が桜小路才華とバレた場合は別です。即座にアメリカに送り返しますが、性別だけでバレた場合は、特別に男性教室を用意して上げますよ。1人だけの教室で、先生は貴方の今のクラスの担任にして上げます』

 

 ……最悪だ。

 そんな環境になったら、学院中から針の筵にされてしまう。

 今、クラスメイト達が僕を慕ってくれているのは、僕を女性だと思っているからだ。

 男性だと知られたら、今向けられている感情が180度反転するだろう。

 2枚目は理事長からの特別入学許可書だった。これがあれば確かに伯父様が用意した偽の診断書よりは、学院内で認められるだろうが、使えば僕個人としては終わりだ。

 絶対に使わないように決意を固めながら、僕は総裁殿からの2枚の紙を伯父様が用意してくれた診断書が入っている棚にしまった。




因みに才華が性別バレした場合の現状は、アトレルートでの現状と同じです。
次回は遊星side。久々にあの人が出る予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。