月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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漸く二日目が終わりです。
次回は日数が経過します。

dist様、秋ウサギ様、障子から見ているメアリー様、笹ノ葉様、lukoa様、烏瑠様、エーテルはりねずみ様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!


四月上旬(遊星side)19

side遊星

 

「本当に驚いたわ。まさか、あの小倉さんに貴女のような綺麗な娘が産まれていたなんて」

 

「ハハハ、そ、そうですか」

 

 僕は今、一般クラスの教師である元同級生で成富ホールディングスのケメ子先生と会っていた。

 本日の授業が終わった後の放課後。僕は樅山さんに頼んで、ケメ子さんに会わせて貰った。僕の事情を知っている樅山さんは、大丈夫なのかと心配そうだったけれど、今後の事を考えれば会っておかなければならない。

 何せケメ子先生は『小倉朝日』を知っている人だ。学院内で有名に(主にお父様のせいで)なってしまった僕の事は、もう知っているに違いない。

 早めに接触しておかないと危ない。もしも『小倉朝日』の事を才華様達に話されたら、僕の正体に気がつかれる恐れが出てしまう。その芽は摘んでおかなければならない。

 才華様のように僕も正体を知られる訳にはいかないんだから。

 

「でも、あの頃は残念だったのよ」

 

「な、何がでしょうか?」

 

「だって、貴女のお母様と私の友人……え~と、桜小路さんの事は知っているかしら?」

 

「はい。母から聞いて良く知っています。とても素晴らしいお方だと」

 

「そうなのよ! その素敵な桜小路さんと貴女のお母様は、『校内初の百合カップル』って言われていて、当時の私達を賑わせていたの」

 

「ゆ、百合カップルですか」

 

 すみません、ケメ子先生。それは百合ではなく、実際には健全なカップルです。

 あ、でもその時は女装していたから健全なカップルと言えないんじゃ?

 ……健全ってなんだろう?

 

「それなのに貴女のお母様だった小倉さんは急に学院を辞めてしまったの。正直言って、小倉さんが居なくなった後の桜小路さんの姿は見ていられなかったわ。私達も何か出来ないかと思っていたの」

 

「……そうですか」

 

 其処までルナ様に想われていたんだ、桜小路遊星様は。

 ……僕はどうなんだろう? ルナ様は果たして其処まで僕の事を想ってくれるだろうか?

 分からない。大切にしてくれていたと想ってしまうのは、僕の身勝手な考えなのかも知れない。

 アメリカにいるルナ様は大切に思っていたと言ってくれたけど、それは僕を慰める為に言ってくれただけなのかも。

 

「当時のフィリア・クリスマス・コレクションでルナ様が着た衣装の製作者が、小倉さんだと知った時は、私達はあの衣装は愛の衣装だと思っていたわ」

 

「あ、愛ですか。ハハハッ」

 

 乾いた笑い声が漏れてしまう。

 実際に桜小路遊星様とルナ様は恋仲だった訳だから、間違ってはいない。

 でも、やっぱり、二人の関係は凄い噂になっていたんだ。八千代さんもそう言っていたし。

 十数年経過しているのに、ケメ子先生が普通に話せているんだから、当時は本当にかなり噂になっていたと思って間違いない。会いに来て良かった。

 

「それでお母様は元気? 良かったら会いたいのだけれど」

 

「そ、その……母は亡くなりました」

 

 すみません、ケメ子先生。でも、こう説明しておかないと今後に関して問題が出てしまうので、本当にすみません。

 ケメ子先生は僕の言葉に目を見開いて驚き、やがて悲し気に表情を歪ませた。凄い罪悪感を感じる。

 

「……そう。ごめんなさい。小倉さんの噂は、桜小路さんと違って聞いていなかったから、もしかしてと思っていたけど。そうだったのね。貴女が大蔵衣遠様の娘だとも聞いてもいたから、何か事情があるのでしょう」

 

「……は、はい。本当にすみません」

 

「良いのよ。私の家もそれなりだから、家の事情とかは分かるわ。何かあったら言ってね。クラスは違うけれど、困った事があったら相談に乗るからね!」

 

 明るくケメ子先生は声を掛けてくれた。

 ……凄く罪悪感が募るけれど、『小倉朝日』と僕の正体がバレるのは不味いから堪えよう。

 それにこれはある意味チャンスだ。

 

「あ、あのケメ子先生?」

 

「早速相談かしら?」

 

「はい。相談と言うか、気になる事があるんです。実は今日……」

 

 僕はケメ子先生に昼休みが終わった後のクラスメイト達から聞いた話を説明した。

 聞き終えたケメ子先生は、残念そうに顔を歪めてしまう。

 

「そんな風に新入生の間で噂になっているのね。困ったわ」

 

「実際にあった事なんですか?」

 

「確かに近い事はあったけれど、そういう生徒は最近はいないわね。と言うのも、ほら……特別編成クラス用の食堂で一般クラスの生徒が食事をしたりすると、興味深そうな視線とかを向けられて嫌な気持ちになる子もいるから、その視線が嫌になった子達もいるの」

 

 なるほど。確かに今日行った特別編成クラスの食堂の雰囲気は、上流階級の居場所と言う雰囲気で満ちていた。

 

「その新入生の子が言った話も、実際にあった事とは違うわね」

 

 ケメ子先生が言うには、確かに似たような事はあったらしい。

 でも、詳しく話を聞いて見ると、件の先輩は余り衣装の製作には手を貸さず、工程作業の進行役をやっていたそうだ。只一年目と言う事もあって、製作する予定の衣装に掛かる予算の見積もりが甘かったり、作業工程の遅れを取り戻す為に部屋に入り浸りになってしまったのは事実のようだ。

 賞の受け取りに関しても、学院と言うか現在の総学院長であるラフォーレさんの方針で製作に最も貢献したと判断される人物が賞を受け取れる事になっているらしい。

 

「事前にこの事は通知されている筈なんだけどね。小倉さんも噂に流されないで、一般クラスの子達とも仲良くしてちょうだい」

 

「はい、そうさせて貰います」

 

 その後、僕とケメ子先生は軽く雑談をし終えた後に別れた。

 そろそろ別の科の調査をしていたカリンさんが駐車場で待っているだろうから、少し急ごう。

 

「それにしても」

 

 やはり、一般クラスと特別編成クラスの間には溝が出来てしまっているようだ。

 しかも根深く、簡単には解決できない問題になって来ている。このままだとりそなが危惧するように、何時爆発しても可笑しくないかも知れない。

 何とかしたいけれど……此処まで根深くなると迂闊に触れるのも危険だ。一般クラスの人達。例えばパル子さんが実力を示せば、少なくとも僕の学年の人達は実力を認めてくれるかも知れない。

 問題は上級生。彼女達なりに頑張って来たのは分かる。だけど、服飾の世界はそう簡単ではない。才能ある者がどうしても上にいってしまう。

 僕はその事を嫌と言うほどに理解している。ジャンやお兄様に憧れてデザイナーの道を進もうとした。

 でも、駄目だった。服飾の世界は才能にどうしても左右されてしまう。

 僕はそれを悔しいながらも認められるが、全員が認められる訳では無い。特に今年のフィリア・クリスマス・コレクションには、ジャンやユルシュール様達がやって来る。誰もがその賛辞を得たいと思っているだろう。

 その事が原因で暴走しない事を、今は願いたい。せっかくジャン達が来てくれるんだから、楽しいイベントになって欲しい。

 そう思いながら、僕はカリンさんと合流し帰路についた。

 

 

 

 

「う~ん、見つからない」

 

 帰宅後、僕は着替えを済ませると、りそなの寝室で探し物をしていた。

 探している物は無くしたルナ様への手紙。確かに昨日寝る前に寝間着のポケットに入れた記憶があるのに、ベッドの上には落ちていなかった。

 まあ、ベッドの上に落ちていたらりそなが気付いてくれるだろうからないよね。

 それじゃベッドの下にでも落ちたのかと思って覗いてみる。

 

「あ、あった」

 

 探していたルナ様への手紙が落ちていた。

 どうしてベッドの下に落ちていたのかと疑問に思いながらも手を伸ばして、拾い上げる。

 

「あれ?」

 

 何だか少し違う感触を覚えた。

 可笑しい。ルナ様への手紙は一通だけの筈なのに、二通入っているような感触だ。疑問に思いながらも手紙が入っている封筒を見てみる。

 ……封はされている。じゃあ、僕の勘違いかな?

 開けてみるべきだろうか?

 

「……止めておこう」

 

 手紙を服のポケットにしまった。

 正直言って、今はこの手紙を書いた時の覚悟が揺らいでいる。内容を読んで落ち込みたくはない。

 第一、誰が封をされた封筒の中に手紙を入れられるんだ。僕の勘違いに決まっている。

 今はそれよりもお父様の課題をやらないと。今日樅山先生に教えて貰った事も頭に入れて頑張ろう。

 アトリエに籠もって僕は型紙の課題を行なっていく。

 りそなからのメールでやっぱり今日は遅くなるらしい。夕食は一緒に取りたいから、帰宅時間が来るまでは準備をするつもりはない。カリンさんの方はかなり疲れたらしくて、今日は先に休ませて貰うと言われた。

 実際、カリンさんはかなり頑張ったと思う。ルミネさんが騒ぎを起こしてから、二時間以内に件の教師の問題を見つけて穏便に済ませる事が出来た。

 もしも件の教師の問題が見つけられていなければ、事はもっと大きくなっていたかも知れない。表だけを見れば理事長であるりそなが、身内の為に依願退職を無理やり進めた事になっている。

 カリンさんが見つけた証拠だって、結局のところは身内であるお爺様が行なった不正だ。幾ら大蔵家の総裁の立場にいるとは言え、此処まで身内が関わっている不祥事だとりそなの立場も危ない。

 尤も本人は。

 

『三年後に理事を辞める材料が揃って嬉しいです。こんだけの材料が揃えば、日本から離れてパリで活動するのも問題無しですね』

 

 と言っていた。どうやら本気でりそなは、フィリア学院の理事を辞めるつもりらしい。

 

「ん?」

 

 アトリエに置いていた携帯が鳴った。

 一体誰だろうか? お父様は今日の朝に電話が来たし。

 番号を見てみる。この番号は……駿我さん?

 

「はい、もしもし、朝日です」

 

『やあ、久しぶりだね』

 

「お久しぶりです、駿我さん」

 

『元気そうで良かった。それと入学おめでとう』

 

「ハハハ、あ、ありがとうございます」

 

 ちょっと嬉しくない。これが男性としての入学なら素直に喜べたんだろうが、残念ながら僕は女性として入学している。

 だから、駿我さんの言葉を素直に喜んで受け入れる事が出来ない。駿我さんは事情を知っているのに。ちょっと意地悪だ。あっ、そう言えば。

 

「駿我さん。ありがとうございます」

 

『ん? 礼を言われるような事をした覚えはないけど』

 

「エストさんの実家の事です。お父様から聞きました。二人でエストさんの実家を正常化させようとしてくれているんですよね?」

 

『ああ、その事か。別に礼を言われる事でもないよ。以前にも言ったが、俺は今の大蔵家を気に入っているんだ。だから、荒らされるのは困るからね。君に礼を言われるような事じゃないよ』

 

「それでも言わせて下さい。ありがとうございます」

 

『全く君は……そうだ。大瑛には会ったかい?』

 

「はい、会ったには会ったのですが、まだ本格的な挨拶は出来ていなくて。直接会って話した方が良いでしょうか?」

 

『俺個人としては会って貰いたいが……大瑛の奴は大蔵家が嫌いだからね』

 

 ああ、やっぱりそうなのか。

 りそなも同じような事を言っていた。

 

『君には言う必要はないと思うけれど、会って自己紹介をする時は大蔵家ではなく君自身で挨拶をした方が良い』

 

「分かりました。アドバイスありがとうございます」

 

 予想外だったけど、駿我さんと話せてよかった。

 山県さんに挨拶に行く時は、小倉朝日個人として……大蔵遊星として接したいな。入学式で会った時の彼は、優しそうな人だった。でも、出来ない。

 その事が悲しい。そうだ。駿我さんは、ピアノ科の山県さんの事を知っている。

 もしかしたら、ピアノ科の話が聞けるかもしれない。

 

「あの、駿我さん。山県さんからピアノ科の話って聞いた事がありますか?」

 

『悪いけれど、俺とアイツの間で学院での話は余りしてない。ただそうだな……ああ、そう言えば六月頃にフィリア学院のデザイナー科は衣装制作をするとか言っていたかな』

 

「衣装制作ですか?」

 

『うん。君が通っていた頃には無かったと思うけれど、新しい科が増えた事で文化祭とかの衣装の製作や仕立て直しの依頼が出来るようになったようなんだ。大瑛が言うには、製作の方の依頼は良く受けて貰えるそうだが、仕立て直しとかの依頼は余り受けて貰えないらしい』

 

 何となくその理由が分かる。

 製作の方はデザインから始められるけど、仕立て直しとなれば要求通りにやらないと文句を言われてしまう。下手にアレンジを加えたりしたら、折角の衣装が台無しになってしまうかも知れない。

 勿論、アレンジを加えて良い方向に衣装が変わる事もあるけれど、思い出が籠もった衣装を変えられるのは嫌だろう。僕だってこの今着ている桜屋敷のメイド服を変えられるのは嫌だ。

 新しいデザインから衣装を製作するのも難しいが、要求通りに服の仕立て直しをするのも大変な事だ。縫製の腕が試される。でも、これならデザインの腕に自信が無い僕でも頑張れる。

 駿我さんからの情報は助かった。少しずつではあるが、他の科の人達にも信用される希望が見えて来た。

 

「教えてくれて助かりました」

 

『大したことじゃないよ。ただ、そんな事を聞くという事は何かあったのかい?』

 

「それは……」

 

 話しても良いのだろうか?

 駿我さんはお父様やりそなに協力してくれているみたいだけど、ルミネ様の件まで話しても問題がないか悩む。

 簡単に済む問題ではないし。何よりこの件で駿我さんに迷惑をかけてしまうのは、申し訳ない。

 

『話してくれると助かるな。さっきも言ったが、俺は今の生活が気に入っている、その生活が壊れる可能性は出来るだけ無くしたいんだ』

 

「……実は……」

 

 悩んだ末に僕は、今日あった事を説明した。

 聞き終えた駿我さんは、電話越しでも聞こえて来るほどに深い溜め息を吐いた。

 

『困ったものだ、ルミネさんにも。前当主の手前、表立っては言えないが、何かあったら俺達を頼るのは控えて欲しい。現にりそなさんは、まだ帰って来てないんだろう?』

 

「は、はい。遅くても一週間以内に新しい先生を見つけないと、授業に問題が出るので今も探していると思います」

 

『入学式から二日目でプロ級の腕を持った講師が辞めさせられたんだ。同レベルの講師じゃないと他の学生達は納得しないだろうし。その上、女性限定でとなると簡単には見つからないよ。大蔵家の力を使ってもね』

 

 ですよね。

 ピアノに関しては門外漢だけど、講師の存在を考えれば良く分かる。例えば今日教えて貰った樅山先生。

 あの人レベルの講師を日本で見つけるとなると、かなり大変だ。それを見つけないといけないりそなの苦労を考えると、少しは我慢して欲しかったと思ってしまう。

 今日帰って来たらマッサージをしてあげよう。それに暫らくは、食事はりそなのリクエストに応えよう。

 後気になる事は……。

 

「そう言えば、駿我さんはルミネさんのピアノを聴いた事がありますか?」

 

『あるよ。前当主はルミネさんを溺愛しているから、ピアノの腕も誇らせたいからね。ルミネさんが大きなコンクールに出るとなれば、一族全員を呼び出すんだ』

 

「えっ? そうなんですか?」

 

『そうなんだ。まあ、それでも以前よりはかなりマシになっていてね。前当主が総裁を務めていた時は、『晩餐会』にはどんな事情があっても出席しないと不機嫌になって関心が薄れてしまっていた』

 

「どんな事情でもですか? 例えばパリの学院に通って、次の日に授業があっても」

 

『駄目だね。あの頃は授業があっても、『晩餐会』は夜だから前日に出立すれば充分に間に合うから出席しないといけない。事前に怪我や病気の報告をすれば流石に出席しないでも良いんだが、当日は駄目だった』

 

 ……聞けば聞くほどに昔の大蔵家の『晩餐会』は、大変なものだったらしい。

 因みに僕はお父様が話してくれるまで、『晩餐会』という行事すら大蔵家にある事を知らなかった。忙しい筈なのに、お兄様が急に日本に戻って来る事があるのは知っていたけれど、それが『晩餐会』関連だとは教えられるまで全く知らなかった。

 

『その点、ルミネさんのピアノに関しては出席するか否かを決められるだけ助かっているよ。それで君が気になっている、ルミネさんのピアノの腕だが……個人的には問題ないと思うよ。余りピアノとかに関心は無いが、腕は良いと思う。ただ……』

 

「何かあるんですか?」

 

『これはあくまで、俺個人としての話だ。ルミネさんのピアノは確かに上手いと思うが……何も心に響いて来ない。君で言えば、衣装を見ても感動を覚えないと言えば分かるかな』

 

「良く分かります」

 

『俺よりもそっち方面に感性がある衣遠やりそなさんも、余りルミネさんのピアノに関しては関心が無いようだ。彼女は技術的には問題はないのかも知れないが、その他の面に関しては少々問題があるのかも知れない』

 

「なるほど」

 

 何となく今の駿我さんの説明で分かって来た。直接聴いていないから断定は出来ないけれど、つまりルミネさんは技術的には問題が無いけど、他の部分。感性の部分に問題があるのかも知れない。

 僕で言えば、人が丹精込めて作った衣装に感動できるけれど、大量生産の服に感動出来ないという事だ。

 どちらがショーなどで人を喜ばせたり、魅了する事が出来るのかと言えば前者だ。つまり、ルミネさんのピアノは観客を魅了するものではないかも知れない。

 だとすると……フィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞を確実に取れるとは保証出来ないかも。

 学院側が用意した審査員以外にも、観客投票というものが確かフィリア・クリスマス・コレクションにはあった筈だ。幾ら技術方面で認められても、観客投票が足を引っ張ってしまったら終わりだ。

 

「駿我さんは、もしもルミネさんがフィリア・クリスマス・コレクションに参加するとしたら来てくれますか?」

 

『それは俺個人の意思はもしかしたら関係ないかも知れない。前当主の事だ。ルミネさんがフィリア・クリスマス・コレクションに参加出来るとなれば俺達大蔵一族を呼びかねないね』

 

 えっ? 今言った言葉が正しいとすれば。

 

「あ、あの、もしかしてその呼ばれる中には」

 

『当然、遊星君も入っているよ』

 

 ズゥンと重しが頭に乗っかって来たように感じた。

 そうか。僕は全く呼ばれていなかったから分からなかったけれど……桜小路遊星様は大蔵家に、お爺様に認められている。桜小路家に婿入りしても『晩餐会』に呼ばれているんだから、ルミネさんの演奏会に呼ばれるよね。

 うわー! つまり、フィリア・クリスマス・コレクションが行なわれた当日に桜小路遊星様もやって来るかも知れない。そうなったら……僕がまた女装してフィリア学院に通っている事も、才華様が同じく女装して通っている事も直接見る事になる。

 ……凄く辛い。考えるだけで恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。

 

『後、言い忘れていたけど、フィリア・クリスマス・コレクションに懐かしい学友達が参加する事を柳ヶ瀬さんが話してしまったらしくてね。桜小路さんもフィリア・クリスマス・コレクションに訪れようか考えているらしいよ。それに日本に行けば君に会えるからね』

 

 湊おぉぉぉ!!

 出来ればその件も内緒に……出来ないよね。今の湊はルナ様の会社で働いている。

 休みを取るなら、当然ルナ様に許可を貰わないといけない。

 ……どんどん追い詰められていくのを感じる。一体何でこんな事に。

 こうなったら桜小路遊星様だけにでも、僕がフィリア学院に通っている事を話してしまおうか? 少しでも年末に受けるダメージを減らす為にも、機会があれば話そう。

 

『それじゃ今日は失礼するよ』

 

「色々と相談に乗ってくれてありがとうございました」

 

『構わないよ。空港で別れた時にも言ったけれど、困った事があれば相談には乗るから。じゃあ、また』

 

 通話が切れて、僕は携帯をテーブルに置く。

 駿我さんのおかげで色々と知る事が出来た。でも、今の話の内容を吟味すると……ルミネさんがフィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞を取るのは難しい気がする。

 この事をりそなは知っていたに違いない。幾らお爺様でも、観客という審査員全員を買収する事は出来ないと思う。もしかしたらやれるかも知れないけど、流石にそんな事をしたらりそなが怒る。

 少なくともフィリア・クリスマス・コレクションに関しては、観客を魅了する技術が必要だ。その事をルミネさんは理解しているのだろうか?

 疑問に思うけど、その事はルミネさん自身に聞かないと分からない。

 取り敢えず今は静観するしかない。機会があれば逃さないようにしよう。

 そう思いながら、僕はお父様の課題を再開した。

 

 

 

 

「妹、凄く疲れました」

 

「お疲れ様。夕食の用意は出来ているよ」

 

「それは良かった。すぐにでも食べてベッドで横になりたいです」

 

 本当に疲れ切っているのか、りそなは椅子に座ると共に身体を机に乗せた。

 

「ルミネさんもやらかしてくれますよ。簡単に新しい先生なんて見つかる筈が無いのに、見つけないといけないんですから」

 

「それで見つける事は出来たの?」

 

「ええ、まあ、何とか。でも、すぐにその教師は来れません。もう他の役員達から散々嫌味を言われました。せっかくのプロ級の腕を持った講師を依願退職させるなんてって。カリンさんが証拠を見つけてくれていなかったら、嫌味は更に続いていたでしょう」

 

「本当にお疲れ様。僕にはそれぐらいしか出来なくてごめん」

 

「いえいえ、こうして下の兄に慰めて貰えるのは何よりも嬉しいです」

 

 目の前に座って食事を取っているりそなを眺める。

 食事を作ったり慰めたりぐらいでしか、僕はりそなを支えられていない。

 ……その事が少し悔しい。もっと違う形でもりそなを支えたい。その為にも服飾の勉強を頑張らないと。

 

「それで下の兄の方では、何かありましたか?」

 

「う、うん……実はね」

 

 昼休みにラフォーレさんと会って、その時に才華様にしてしまった事。

 それと特別編成クラスでの一般クラスの評価を、僕はりそなに話した。

 

「あの甘ったれ。フィリア学院を潰すつもりですか」

 

 話を聞いたりそなは、不機嫌さに満ちた。

 今回は仕方がないかも知れない。もしもあそこでラフォーレさんが、才華様と……く、口づけなんてしていたら終わっていた。

 学院だけじゃなくて、才華様も精神的にきつい事になっていたに違いない。男なのに男とキスするなんて考えたくもないよ。

 

「それで完全に目を付けられてしまった訳ですか?」

 

「多分、其処まではいっていないと思う。まだ、才華様のデザインを見ていないからね」

 

「確かにそうですね。あの総学院長も、デザインを見ない内に狙いはしないでしょう。で、代わりに貴方が目を付けられてしまったと」

 

「……うん。そっちは間違いないと思う」

 

 ラフォーレさんは僕を『支える者』と呼んだ。

 お父様が言っていたように、僕は目を付けられたと見て間違い無い。個人的にはラフォーレさんとは話がしたい。

 特にジャンの昔話は是非聞きたい。お父様は絶対に教えてはくれないだろうけど、ラフォーレさんは寧ろ自分でジャンの事を語りそうな人だから色々と教えて貰えそうだ。

 

「とにかく暫くは警戒して下さい。総学院長もそうですが、学院の生徒達も今日の事で貴方を警戒するでしょう」

 

「うん。実際才華様を連れて行こうとした二人のピアノ科の先輩二人は、僕の事を警戒していたそうだから」

 

「他の科の生徒達にもピアノ科の生徒達が伝えるでしょうから、かなり危ないです」

 

「うん。分かってる」

 

 りそなの言う通りだ。

 僕が通っていた服飾だけの学院だったフィリア女学院と違って、今のフィリア学院には他の科もある。

 その中で他の科との繋がりがある事は、才華様を訪ねに来たピアノ科の先輩達が言っていたらしいから。

 

「まあ、貴方なら時間をおけばルミネさんとは違うと理解してくれると思いますけどね」

 

「そうかな? 僕だって大蔵家の力を使ったよ?」

 

「それはあのラグランジェ家の娘が自分の権力を使って来たからでしょう。だから、大丈夫です」

 

「……そう言えば、りそな。そのジャスティーヌさんが言ってたんだけど、桜小路遊星様もパリで『小倉朝日』として通ったんだよね」

 

「えっ? ええ、まあ……そうですよ」

 

「それってどうして? 前に聞いた時は大蔵家関係絡みだったって言っていたけれど」

 

「そ、それはですね」

 

 何だか様子が可笑しい。一体どうしたんだろう?

 

「そ、そう! 実はあの頃お爺様が急にアメリカの下の兄に会いたがったんです!」

 

「えっ!? お爺様が急に!?」

 

 心から驚いた。だって、お爺様は僕の事を認知するのを反対していた側だった。

 あ、でも桜小路遊星様が大蔵家の一員として認められているんだから、お爺様が認めていても可笑しくないよね。

 

「あれ? でもそれで何でパリに、しかも『小倉朝日』として通っていたの? 普通に男子部が出来たフィリア女学院に通えば……あ、そうか。りそなを支える為だよね」

 

 思わず嫉妬心が湧き上がって来た。

 これ以上聞くと嫉妬心で自分が嫌になりそうだ。

 

「ごめん、りそな。自分で質問しておいてなんだけど、やっぱり良いや」

 

「そ、そうですか! ……助かりました」

 

 何だかりそなが安堵している。もしかしたらこの件は、お父様が関係しているのかも知れない。

 だったら、聞かなくて良かった。うっかり聞いていたらお父様との約束を破ってしまう。

 

「取り敢えず、貴方も気を付けていて下さいね。直接的には何かされる事はないと思いますけど、嫌味や陰口は絶対に言って来ますから」

 

 酷く実感が籠った言葉だ。

 

「後、総学院長とは余り接触しないで下さい」

 

「えっ!? 駄目なの!?」

 

「いや、何で驚くんですか? 貴方自分で目を付けられたって言っていたでしょう。深く接触していたら正体がバレかねません。あの総学院長は妹でも厄介だと思っている相手だと言いましたよね」

 

「た、確かに聞いたけど……次に会った時に……」

 

「何ですか?」

 

「……ジャンの昔話をしてくれるって言ってくれて」

 

「うわ~、貴方にドストライクの話ですね。アメリカの下の兄も絶対に聞きたがるでしょう」

 

「駄目かな?」

 

 やっぱりジャンの昔話は聞きたい。聞けば明るくなれると思うし。

 りそなの言う通り、ラフォーレさんに会うのは危険かも知れないが、それでもジャンの話だけは聞きたい。

 

「……仕方ありませんね。カリンさんが一緒に居たら良いですよ」

 

「本当!?」

 

「男と会うのにこの喜びよう。貴方そっちの道に進むつもりですか。妹、そんなの絶対に反対ですよ」

 

「そんなつもりは全くないよ。何だったら今日も一緒に寝ても良いよ」

 

「マジですか!? どうしました!? まさか、遂に妹を女性として見て……」

 

「僕は近親婚に反対だよ。ただ、りそなが……違うかな。僕がちょっと寂しいからりそなと一緒に寝たいんだ」

 

 自分では耐えられたと思ったけど、やっぱり昨日のアトレ様の言葉は効いているみたいだ。

 だから、りそなには悪いとは思うけど、暫くは一緒に眠りたい。

 

「駄目かな?」

 

「いやいや、構いませんよ。寧ろこっちからお願いしたいぐらいです」

 

「良かった。それじゃ寝る前にマッサージしてあげるね」

 

「下の兄のマッサージは上手いですからね。妹の溜まった疲れも無くなって癒されます」

 

「じゃあ、その前にデザートを用意するね。今日はお母様に教えて貰ったスコーンを作ってみたんだ」

 

「美味しそうですね。頂きます」




次回は一気に時間が飛んで、中旬か下旬まで飛びます。

『その日の深夜のチャット会話2』

蝶『あの甘ったれどもはどうしてやりましょうか?』

蛇『落ち着いたらどうだ。余り興奮するのは身体に良くないぞ』

蜘蛛『いや、俺は蝶の意見に賛成だね。才華君を初め、アトレさん、ルミネさんと行動に関して迂闊な事が多過ぎる』

蛇『だが、叔母殿に何かをすれば爺も黙ってはいまい。才華やアトレに何かをすれば、叔母殿も何とかしようとするはずだ。そのせいで爺に気づかれる危険性がある』

蜘蛛『だから困っている。最もルミネさんに関しては何れ代償を支払う事になるだろうな』

蝶『でしょうね。もうピアノ科の雰囲気は最悪に近いですよ。大蔵家と言う事で直接的な害意は無いでしょうけど、昔の私みたいに嫌味や嘲笑の視線は確実に向けられるでしょう』

蛇『叔母殿は果たしてその視線に耐えられるか。いや、耐えられないと見て間違いないだろう。既に爺が動いているようだ。先ずは文化祭からだ』

蜘蛛『やれやれ困ったものだ』

偏屈『いかがいたしましょうか? その件も充分に調査対象となりますが』

蛇『証拠だけは確保しておけ』

蝶『そうですね。お爺様にフィリア・クリスマス・コレクションで余計な事をされない為にも。年末のフィリア・クリスマス・コレクションだけは絶対に邪魔はさせません』

偏屈『了解しました』
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