月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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下旬に突入です。
でもイベントが多いので、やっぱり長くなりそう。後、今回の話は何時もより短めです。きりが良かったので。

ヤシの実様、秋ウサギ様、dist様、笹ノ葉様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


四月下旬21

side才華

 

 此処最近の朝の行事その1。

 

「今日も危ないところだった。やっぱり増やした方が良いかな」

 

 独り言が増えた。一人暮らしを始めれば、増えるものだと聞いてはいた。

 今朝、目が覚めたのは元々用意していた11個の目覚まし時計の最後11個目だった。情けなく思う。

 入学式から二日目の時は六個目で起きられたのに、今では本当にギリギリだ。主人であるエストに尽くしたいというのに、こんな体たらくでは駄目だ。もっと緊張感を持たないといけない。

 従者としての自覚を強くしよう。ただ、今の時間が、一般に寝坊と呼ばれる時間かと言えばまた違う。

 僕の場合、髪を整える時間が必要なだけだ。それを短縮できれば、朝の時間が増えるのだけれど、これだけは手抜きが出来ない。お母様譲りのこの白い髪は僕の誇りだ。

 ストレスのせいで痛み易くなっているんだから、尚更にケアをしなければならない。

 ケアを終えて制服に着替え終えた後、パソコンでメールを確認してみる。

 お父様からメールが来ていた。先日漸く送ったメールと共に此処最近で一番良く描けたデザインを添えてみたんだけど、出来栄えはどうだったろうか?

 メールを見てみると、『今回のデザインは凄く良いと思う』と記されていた。

 良かった。これだけ苦労しているんだから、せめてデザインの腕だけは上がっていて欲しいと願っていた。お父様のメールの返事で、少し元気が戻った。ありがとうございます、お父様。

 

「さて、そろそろ行こうか」

 

 鞄を手に取って立ち上がる。不安を見せないように、皆に憧れられるようなお姉様である小倉朝陽でいないと。

 この一人暮らしで一つだけ良い事があった。それは以前感じていた劣等感に包まれる事がなくなった事だ。

 ……包まれていられないぐらいに、僕自身が追い込まれているからかも知れないが。

 

「妾の愛しの朝陽ちゃま。その髪をなめたいぞえおはよう」

 

 此処最近の朝の恒例行事その2。

 八日堂朔莉が、必ず朝早くに元気に僕を待ち構えている。学院が始まってから、彼女が僕の部屋の前に立たない朝は、休日の時に遠出でもしない限り一度も無い。休日でも、桜の園に居たら朝は必ず待ち構えているんだよね彼女。

 

「おはようございます。それと髪を舐めさせるのはお断りします。それと今日も大きなリボンが特徴的ですね」

 

 確かアニメキャラに成りきる為に付けていたんだよね。そのアニメはもう終わっているのに、何時まで付けているのだろう? それとも案外気に入っている?

 

「私は同じクラスのメイドの皆様から早起きですねと言われましたが、その私が部屋を出る時間に、一日たりとも遅れない朔莉お嬢様を最近は尊敬し始めました」

 

「ホ、ホ、ホ。誉めるでない、誉めるでないぞ」

 

「はい。全く誉めていませんからご安心下さい。ところで今朝は何時に起きたのですか?」

 

「4時」

 

 僕の為に其処までしてくれるのは素敵だ。だけどごめん、今朝は普段よりも遅れ気味なんだ。

 

「台本読みや練習もあるのでしょうから、無理はなさらないで下さい。では、行って来ます」

 

「一つだけ大切な事を聞かせてたもれ。小倉さんの生理はいつだぞえじゅるり」

 

「明日からゴミ出しの時には気を付けるようにいたします。警備員の方にも連絡しておきますから、捕まらないようにして下さいね」

 

「し、しまった!」

 

 八日堂朔莉はさめざめと泣いた。欲望をそのまま口に出すのは良くないのだと、彼女は学んでくれたと思う。

 でも月のものか。忘れかけていた。ちゃんと設定しておいたのに、女性にとって必ず起こる事を忘れるなんて反省だ。

 いい勉強になった。変態行為も、見方を変えれば役に立つことだってある。近い内に髪を整える為に切るつもりだから、その切った髪を彼女に進呈しよう。ルミねえの件でもお世話になったし。少しぐらいは彼女の欲望に応えてあげるとするか。僕って優しいな。

 

「おはよう。今朝はお腹が空いちゃって、朝陽が来るのを待ってた。ところで、どうしてずっと小首を傾げているの?」

 

 此処最近の朝の恒例行事その3。エストの早起きに驚く。

 それだけじゃない、服も着ている。身嗜みも整っている。八日堂朔莉といい、この前に病院に行った時の日曜日の時といい、早起きが流行っているのだろうか?

 

「貴族としての教育が実を結び始めたのですね。感無量です」

 

「私を見なおさなくてはいけないねウフフ。ところで本格的にお腹が空いて来たからお菓子食べるね」

 

「手掴みはいけません! めっ!」

 

 油断したらこれだ。でも、良いんだ。朝起きて全裸じゃないだけの進歩はしたんだ。

 

「あっ、パンツ穿き忘れている!」

 

 ……この原人が。

 思わず内心で悪態をついてしまった。少し屈辱だ。進化したと思ったのに、現生人類までの道程はまだ遠いのか。

 

「朝陽の前で恥ずかしい」

 

 ただ恥じらいを覚えたのは上出来だと思う。少し前は本当に恥じらいも何もなかったから。

 エストは頬を染めつつ部屋から逃げ出した。

 その背を見ながら思う。恥じらいを覚えるのは本当に良い事なんだけど、果たして今のエストの恥じらいは人としての恥じらいなのだろうか。

 別の意図が感じられるのは僕の気のせいか?

 

「ただいま。恥ずかちいね」

 

「いえ、お気になさらず。今から朝食を作りますので、暫くお待ち下さい」

 

「うん、楽しみ」

 

 エストは料理をする僕を見つめていた。何だか嬉しそうに見つめている。

 

「デザインでもされてはいかがですか?」

 

「朝食が出来るまでの短い時間で?」

 

「他人に見られるのは慣れているのですが、お嬢様から見つめられると動きにくいと言いますか」

 

「え、朝陽が? 見られるのに抵抗を覚える事なんてあるの?」

 

 あるよ。特に小倉さんに女装姿を見られるのは、今でも恥ずかしい。

 

「抵抗はないのですが、露骨過ぎてお嬢様の真意を図りかねています」

 

「綺麗なものを見つめてしまうのは仕方がない事だよ」

 

「彫刻を見る目なら良いのですが、小動物を見る目はご遠慮願いたいです」

 

「駄目。私は主人だから、その権利があるの」

 

 僕を小動物と認めた上での主人顔。従者としての立場上、逆らえない僕に為す術はなかった。

 まあ、良いけどね。少なくとも不審な目を向けられるよりは、小動物を見るような目はマシだから。

 そして食事中は、何故か僕の唇を見る。

 それも僕が気付くと目を逸らす。何故か頬を赤らめながら。

 

「そう言えばお尋ねした事がありませんでした。お嬢様に恋愛のご経験は?」

 

「ないよ。好きになった人もいない」

 

「好みのタイプはあるのですか?」

 

「考えた事もないよ」

 

「そうですか。何れ素敵な男性と巡りあえれば良いですね」

 

 暗に『僕は女性だからおかしな意識をするな』と言う意味を込めたつもりだ。だけど、伝わっていないのか、うちのお嬢様は何だかぽかんとしていた。いや、分かって下さい。

 やはり、あの救命行為から何かが可笑しくなった。繰り返すけれど、あれは救命行為であって、それ以上でもそれ以下でもない。いや、初めてだったから変な形になっていたかも知れないが、命を救う尊い行ないだし、君の中では同性の間の出来事だ。何ら意識する理由は無い。

 大体、たかがキスくらい……いやキスじゃない。それを認めたら、エストの様子を肯定してしまう。

 口を付けたくらいで意識するのが間違っている。

 いつかは誰でもするのだし大したことじゃない。だから、見つめるほどに気にしなくて良い。

 正直言って毎日見つめられるのは、こっちも意識してしまってこま……いや、困らない。桜小路才華こと小倉朝陽はキスのひとつで動じない。あ、いや、だからキスじゃない。ああもう何がなんだか。

 

「付きあったことなんてないから、誰かとキスした事だって……あっ。あ、いや。な、ないよ」

 

 だからキスではないんだから動揺しないで貰いたい。何故か僕達は顔を伏せながら朝食を進めた。ちなみに此処までが朝の恒例行事のワンセットだ。

 

「あっ、そうだ、朝陽」

 

「何でしょうか?」

 

「例の服の製作の方は進んでいるの?」

 

「それですか」

 

 例の衣装と言うのは、小倉さんに贈る予定の衣装の事だ。

 病院に行った日に帰ってきた後、壱与に言われたとおりに探し人を見つける事が出来たとエストに報告しに行った。遅い時間だったけれど、エストは快く僕を迎えてくれた。

 何とか件の探し人を見つけて、仲直りできた事を報告すると我が事のように喜んでくれた。

 ……罪悪感が募って、エストの喜ぶ姿に胃が痛くなりそうだった。小倉さん本人とは確かに和解出来たけど、日本での保護者にあたる総裁殿とは絶賛喧嘩中。それにエストにも言ったが、僕自身が小倉さんにした事を赦せそうにない。あの人の忠告が正しかった事は、嫌と言うほどに身に染みた。

 だから、謝罪の意味を込めた服を贈りたいとエストに願い出た。エストは笑顔を浮かべて了承してくれたばかりか、アトリエまで貸してくれた。

 その嬉しさもあって意気込んで小倉さんへの贈り物を製作しようとしたのだが、此処で重大な問題が発覚した。

 ……僕は小倉さんの正確なサイズを知らなかった。デザイン自体は小倉さんに着せたい服を思い浮かべて考えているのだが、肝心の小倉さんのサイズが分からないと製作する事が出来ない。

 小倉さんなら聞けば教えてくれるかも知れないが、僕の事を知っているし、第一面と向かってサイズを教えて下さいと聞くのは……恥ずかしい。

 

「デザインは完成したのですが」

 

「肝心のサイズが分からないんじゃ、製作出来ないよね」

 

「……はい」

 

「電話して聞いてみるとか、どうかな? 仲直りしたんだったら、サイズを測らせて貰えると思うんだけど」

 

 因みにエストには僕の探し人が小倉さんだと言う事を明かしていない。今更明かせる事では無いし、学院で小倉さんが初対面だと言ったそうだから矛盾が出てしまう。

 エストには申し訳ないが、年末に真実を話す時この件も話して謝ろう。取り敢えず今は怪しまれないように。

 

「忙しい方なので、電話に出て貰えるか分かりません。それに私はあの方の保護者には嫌われていますから、連絡をして電話に出られでもしたら何を言われるか分かりません」

 

「そんなに嫌われてるの?」

 

「これ以上に無いほどに。顔も見たくないと言われています」

 

 実際に言われた訳では無いけど、総裁殿が僕の顔を見たくないと思っているのは事実だろう。

 それだけの事をしてしまったし、僕自身も納得出来るから言い返す事はできない。でも、小倉さんに贈り物をしたい。その為にもサイズが分からないといけない。

 何か方法はないかと悩んでいる。アトレやルミねえはこの件に関して頼れないし。後、他に方法があるとすれば……紅葉に聞く事かな? でも、女性の服のサイズとか、明らかにプライバシーの問題に差し掛かる。

 紅葉なら頼めば教えてくれるかも知れないが、小倉さんに贈り物をした時にどうしてサイズを知っているのかと聞かれたら、答えられない。それに小倉さんはともかく、カリンの方がその件を見過ごさないだろう。

 全然僕に優しくないからね、カリンは。

 

「私がその保護者の人と話してみようか?」

 

「無関係なお嬢様が何で関わって来るんだと、逆に私に問い質して来そうなのでご遠慮します」

 

「困ったね」

 

「本当に困りました」

 

 小倉さんに贈り物をしたいのに、こんな初歩的な部分で問題が出て来るとは思っても見なかった。

 こういう時は、お父様の目が羨ましく思える。あの人、経験からなのか服の上からでも、見るだけでモデルとなる人の大体の採寸ができるから。

 残念ながら僕には其処まで見抜ける目はまだない。

 ……ん? お父様? ……そうだ!

 分かるかも知れない、小倉さんの身体の採寸が!

 僕の変化に気がついたのか、エストが恐る恐る質問して来る。

 

「何か思いついたの?」

 

「はい、もしかしたらですが。あの人の寸法を知っているかも知れない人に思い当たりました」

 

「良かったね。それじゃ朝陽の憂いも晴れたから、食事を済ませてしまおう」

 

「はい、お嬢様」

 

 僕らは食事を終え、学院へと向かった。

 

 

 

 

side遊星

 

「本当に困った。どうしたら良いんだろう?」

 

 アトリエの中で、僕は頭を抱えて悩んでいた。

 此処最近、朝になると悩んでいる事がある。それは、朝になるとりそなを抱き締めるようにして目が覚める事だ。

 自分で一緒に寝たいと提案したとは言え……これは不味い。幾ら妹だからと言って、抱き締めながら寝ているなんて不味いとしか言えないよ。一緒に寝るのを止めれば良いんだけど、その提案をすると今度はりそなが寂しそうな顔をして来て、僕の方が逆らえない。

 これは不味い。最初に僕が言った事だが、こんなに続くのは道徳的に問題だ。りそなは妹とは言え、女性なんだから男性である僕と一緒に寝ているのは不味い。

 何とか止めたいんだけど、言おうとするとりそなが寂しそうな顔をして来て、言葉を続ける事が出来ない。

 結局振り出しに戻ってしまう。

 

「今日はお父様が夜に来るのに、こんな事を知られたら何て言われるか」

 

 溜め息が出てしまう。溜め息を吐くと幸せが逃げると言うけど、りそなと暮らせている時点で僕は充分に幸せだから逃げられる事はないと思う。

 

「下の兄」

 

「は、はい!」

 

 何時の間にかりそながアトリエに入って来ていた。

 驚く僕に、りそなは訳が分からないと言うように目を丸くしている。

 

「いや、何で驚いているんですか? 妹、普通に声を掛けただけですよね?」

 

「いえ、ちょっと考え事をしていて」

 

 何とか別々に寝る方法を考えていたとは言えない。

 

「考え事? ああ、今日の夜に上の兄が来るんでしたね。上の兄に見せる型紙を悩んでいたんですか?」

 

「う、うん。そ、そうだよ」

 

 どうやら勘違いしてくれたようだ。りそなには悪いと思うけど、このまま話を進めよう。

 りそなは机の上に置いてある僕の引いた型紙を眺めていく。

 

「……かなり上手くなりましたね。一か月前に見た時よりも、良い出来だと思いますよ」

 

「りそながそう言ってくれて嬉しいよ。でも、基本のドレスシャツの型紙だから」

 

「基本は大切ですよ。基本が出来なかったら、変な型紙しか引けません。寧ろ同じデザインからこんなに沢山の型紙を引いた、下の兄のやる気と根気が凄いです。普通だったら飽きてしまいますからね。因みに妹は、良い出来が出来たら其処で止めていたと思います」

 

「何度もコレだと思える型紙は出来たけど、もっと良い型紙が引けるんじゃないかって頑張ったんだ。今回のお父様の課題は、多分僕のやる気を見る為だと思う。だから、頑張って引いてみたんだよ」

 

「という事は、この型紙の山も見せた方が良いですね」

 

「うん。多分、どれだけやったのかって見せろって言われると思う」

 

 だから、この机の上に載っている型紙の山はまだ処分出来ない。

 りそなからしたら邪魔だと思うかも知れないけど、もう少しだけ我慢して欲しい。

 

「次は女性物の服を課題にして欲しいですね」

 

「あっ、それ良いね。もしもそうなったら、それからりそなに服を作りたいな」

 

「マジですか!? そう言えば、下の兄はまだ服とかはこっちに来てから製作してないんですよね!?」

 

「そうだよ。ハンカチとかはお父様と駿我さんに渡したけど、衣装はまだ作った事がないよ」

 

 製作出来るだけの自信が無いのもある。りそなに服を贈るとしたら、ちゃんとした物を送りたい。

 

「良い事を聞きました。上の兄の課題次第ですが、最初に作る服だけは妹に贈って欲しいです」

 

「分かった。じゃあデザインを見せてくれるかな?」

 

「デザインだったら、毎日見てるじゃないですか?」

 

 確かに見ている。でも、僕が見たいのはブランドとして描いているデザインじゃない。

 

「そうじゃなくて、これまでりそなが描いてきたデザインだよ。保管してあるんでしょう?」

 

「……まあ、確かにありますよ。上の兄が若い頃に描いたデザインも、初心を思い出すのに役に立つからとっておけと言われていましたからね。アメリカの下の兄からも、同じ事を言われていましたので」

 

「それを見せて欲しいんだ。その中から僕が気に入った作品を、りそなに渡したい」

 

「私が描いているのはゴスロリ系が多いですよ。若い頃ならともかく、この歳でゴスロリは流石に」

 

「個人的にはまだ似合うと思うよ。りそなもカリンさんほどじゃないけど、充分に年齢よりも若く見えるから」

 

「……年齢の事は言うなって言ったでしょう!」

 

「モフッ!」

 

 いきなりクッションを投げつけられた。

 ……やっぱり、年齢の事を言うのは駄目だ。気を付けるようにしよう。

 

「まあ、良いですよ。ゴスロリ系はちょっと思うところはありますが、下の兄が製作した作品なら家の中では着て上げます」

 

「そう言って貰えて嬉しいよ」

 

 せっかく製作した服を着て貰えないのは悲しい。

 人に見せられないのは残念な気持ちが少しあるけれど、それは仕方がない事だ。

 

「下の兄が作ってくれた服を着るのは、本当に楽しみです。アメリカの下の兄は、仕事や距離の関係でずっと服を作れませんでしたから」

 

 ……良い事を聞いた。必ずりそなの服を作ろう。

 それから僕らは朝食の席に向かった。僕が朝食を作っていると、カリンさんがやって来た。

 朝食を作っている間に、りそなとカリンさんは学院での様子を話し合っていた。

 

「演劇部門の一部の講師の実力が、他の部門に比べて数段落ちているようです。世界的女優が所属しているので、今年は興味を惹かれると思いますが、学院側の方の問題を指摘される恐れがあります」

 

「ああ、不人気の部門ですからね。とは言っても、講師をすぐに変えるのは無理です。これ以上無理やり変えたら、それこそ学院側に問題がある事を示すようなものですし」

 

「難儀ですね」

 

「ええ、難儀ですよ」

 

 やっぱり、ピアノ科以外にも問題がある科はあるようだ。

 だけど、すぐに何とかする事は出来ない。講師側には調査員の存在が知られてしまっているので、これ以上、ピアノ科の男性講師のように無理やりに近い形で辞めさせたりしたら、りそなの立場が危ない。

 

「朝食が出来ました」

 

 今日の朝食は洋食。スクランブルエッグに焼いたパン。それにスープとサラダだ。

 

「そう言えば、下の兄。服飾部門の方はどうですか?」

 

「それとなく特別編成クラスの食堂で話を聞いているんだけど、やっぱり共学化は難しいかな。皆、男性の人と一緒の教室で学ぶのは怖いっていう子が多いよ」

 

「まあ、元々特別編成クラスには、家のお嬢様に男性を近づけたくないという面もありますからね。音楽部門にも特別編成クラスのシステムがあったら、あんな事にはならなくて疲れる事はなかったのに」

 

「ええと、特別編成クラスの制度があるのは、服飾部門と調理部門だけだったよね?」

 

「そうですよ。フィリア学院の維持には結局のところお金。マネーが必要ですから。まあ、そんな事よりもやはり共学化は難しいですか」

 

 ……余り残念そうな顔をしていない。やはり、りそなの中ではフィリア学院の理事でいる事の魅力が少なくなっているようだ。

 

「他に何か気付いた事はありますか?」

 

「気づいた事と言えば……名前こそ出されていないけれど、ルミネさんの噂が流れていたよ」

 

「うわー、本当に不味いですね。これでルミネさんが衣装の製作を服飾部門に依頼する事があっても、誰もが受けたがりませんよ。依頼を受けるとしたらあの甘ったれか、その関係者ぐらいじゃないですかね」

 

「僕も依頼されるかも知れないよ?……実力に自信が無いから断ると思うけどね」

 

「まあ、ルミネさんの衣装関係はお爺様が動きそうですから、問題はないでしょう」

 

 そのお爺様が一番問題なんじゃないのかな?

 

「とにかく、暫くは今の形で調査を続けて下さい。講師達の方も調査員の存在に脅えているでしょうから、余程の馬鹿でもない限り、問題は引き起こさないでしょう。総学院長もその辺りは注意するように伝えているでしょうから。緊急を要する案件は別です。すぐに連絡して下さい」

 

「分かった」

 

「了解しました」

 

 僕とカリンさんは頷き、朝食を進める。

 食べ終えた後、僕は制服に着替える。女子の制服を着るのにも、再び慣れて来てしまった。

 ……男性物の服を着るよりも慣れてしまった事は、悲しくなってしまう。家の中では男物の服を着ても問題ないんだけど。どうしても桜屋敷のメイド服を着てしまう。

 何とかメイド服から離れようとしても、服飾をやろうとするとついつい着てしまう。魔性のメイド服だなと、我が事ながら恐ろしく感じるのは、僕が手遅れだからだろうか?

 

「それでは行って来ます、りそなさん」

 

 意識を朝日に切り替えた。これも慣れて来た。

 

「今日は予定時間通りに帰って来れますから、三人で何処かで食事をしましょう」

 

「お父様だと……やっぱりとんかつ屋かな?」

 

「ああ、上の兄ならそうですね。というか、寧ろそれ以外にあの人が店を選んだ事が無いですよ。妹が選んだ店だと、散々批評するから、仕方がありません、とんかつ屋で我慢しましょう」

 

 そう言えば、りそなとお父様は味の好みが結構違うと桜小路遊星様が言っていた。

 ……僕はその事も知らなかった。それが寂しく感じるのは、家族でいたいと思っているからだと思う。後でアメリカの桜小路家に電話して、桜小路遊星様にお父様の味の好みを聞いて見よう。

 一月毎にお父様はこの家に来るんだから、次の機会は僕が二人に食事を作ろう。その為にも二人に合う共通の好みのメニューを考えないと。

 僕とカリンさんは車に乗り込み、フィリア学院に向かった。




そろそろあのピアノ科の先輩と本格的な接触があります。
まあ、ピアノ科なので才華はともかく朝日は接触には気を付けないといけませんが。

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