月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
次回こそは彼が登場します。
烏瑠様、秋ウサギ様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
此処最近の学院での恒例行事その1。
「エスト様、朝陽さん。おはようございます」
「おはようございます。今日も良い一日になると良いですね」
「教室までご一緒にいかがですか?」
「いえ、私達はお二人を眺めていたいので……ごきげんよう」
「ごきげんよう」
僕達が登校すると、最低でも十人の女生徒が感動の声をあげるのが常になった。
歓迎されるのは何時だって喜ぶべき事だ。それが誰かの一日の始まりを明るくしてくれるなら尚更だ。
「私も憧れの的として尊敬を受けている……ウフフ」
一方、僕の主人は調子に乗っていた。
「今までは貴族の扱いをされたことがなかったから気付かなかった。けど、見本とならなければいけない立場になってみると、それがいかに大変か良く分かるね」
この人、何を分かったような口を利いているんだ。うっかりパンツを穿き忘れた原人のくせに。
でもみっともない主人よりは遥かにマシかも知れない。エストは、見た目の美しさと風格は抜群に優れているし。
周囲から注目されることで、エストの振る舞いが貴族然としたものになれば嬉しい。
「へっぶし!」
「くしゃみをする時は、せめて手で口を覆って下さい」
「ごめんなさい。あの、朝陽。はなみじゅ」
どうしてこの人は原人を抜け出せないんだろう? ポケットからティッシュを取り出して、エストの鼻を拭った。丁度周りに誰もいなくて良かった。
……それが意味する事を考えると、恥ずかしさが込み上げてくる。あの人がそろそろ来るという事を示すからだ。
ただ、今だけは感謝しよう。くしゃみをして鼻を拭われているところなんて見られたりしたら、せっかくの貴族然としたエストが疑われてしまう。
「朝陽は私と違って、準備も行動も常に完璧だね。いつもありがとう」
「それです!」
「はえ?」
「お礼を口にする時のお嬢様は実に優雅です。貴族がお礼を口にするのは、感謝を『捧げる』ではなく『与える』ものです。お嬢様は周りに愛を『与える側』という認識を持ちましょう」
「与える側。なるほど、朝陽が言うと説得力がある」
いや、全然今の僕が言っても説得力がないよ。自分でも最近『与える』というのは、本当はどういうものなのか悩んでいるんだから。ただ、今のエストのお礼だけは『与える』という印象を強く感じた。
「では朝陽に愛を与えます。貴女は私の大切な人です」
「改まって与えていただかなくとも、私は日頃からお嬢様の側にいるので自覚しています」
「えー」
内心ではちょっと嬉しいのは秘密だ。
「それなら俺に愛を与えて貰いたい!」
「あ」
ここ最近の学院での恒例行事その2。
ジュニア氏が朝必ず僕を別部門棟でも訪ねに来る。
「朝陽の事を大好きな人だ」
「お嬢様、その言葉には多少の語弊があります。私ではなく、私の髪が好きな人です」
「おっと、それも少し違うんだ。髪ってのは本人を表す鏡。つまりそれだけ美しい髪を持つ君は、性格も美しいに違いないって事だ。尤も幾ら性格が美しかったところで、年をとってハゲちまったら意味がないけどなHAHAHA!
「またジュニアさんですか! お姉様達に近づかないで下さい!」
「そうですよ! 大体、此処は美容部門じゃなくて服飾部門の棟ですよ? さ、出て行って下さい!」
「おっと俺はただ彼女の髪をカットしたいだけなんだ。そんなに興奮してカッとなるなよ。カットだけにね。って、やめろ、二人がかりで押すんじゃないジェシー! 待つんだキャサリン!」
「ジェシーじゃなくて飯川です!」
「キャサリンじゃなくて長です!」
此処までの寸劇が、ジュニア氏が現れてからのワンセット。
……飯川さんと長さんが来てしまった。と言う事は間違いなく。
恐る恐る二人がやって来た方を見てみると、僕やエストに挨拶した服飾部門の生徒だけではなく、別の部門の生徒達も来ていた。
ここ最近の朝の恒例行事その3。
小倉さんがやって来ると、一目その姿を見ようと生徒達が集まって来る。
「あ、小倉さんが来たみたいだね」
「そ、そうですね」
顔が赤くなってくるのを感じる。もう一か月も経つのに、未だにあの人に女装姿を見られるのが、恥ずかしく感じる。
早く教室に行きたいんだけど、主人であるエストは動く様子を見せない。教室で挨拶をするよりも、此処で一緒に教室に行く事も恒例行事の一環となっている。
「だから、俺は彼女の返事を聞きたいだけだ!」
「お姉様に近づかないで下さい!」
「そうよそうよ!」
僕に近づこうとするジュニア氏と、それを押し止める飯川さんと長さんの攻防も続いていた。
「あの人、アメリカではそうそう声を掛けられないほどの有名人なのに、凄い扱いをされているね」
「ええ、その事なのですが……あの、飯川様、長様。私は彼に髪を切って貰うつもりでいます」
「ええっ!?」
「マジか!」
「そんなあ! 朝陽お姉様の美しい髪を男性なんかに触れて欲しくない……触られたくない!」
「ですが、そろそろ髪の長さを整えたいと思っていたんです。この長さになると、専門家のケアがなければ髪の健康状態も心配で」
特に今は医者からストレスで危ない状態だと宣告されている。しっかりケアはしているつもりだけど、お母様譲りの髪も心配なんだ。
「ジュニア氏の実力は折り紙付きとの事なので、まだこの国に馴染んでいない私にとっては大変ありがたいお話です」
それと、アトレに頼んだ調査の結果を見て、ジュニア氏は安全と結論を出した。
一族に近づかずに暮らしていると聞いていたけれど、総裁殿とも、二、三度しか顔を合わせてないとの事だ。今は学院の近場に住んでいる筈の、総裁殿に接触しようとする様子すらない。
それならジュニア氏は親戚と言っても大蔵家という枠組みで言えば赤の他人同然、個人的に仲良くしても問題はない。
「宜しくお願いします」
「任せてくれ。ヘイハニー、俺のアドレスを渡しておくから、日程については相談してくれ。出来る限りの融通は利かせるつもりだ」
「お姉様の期待を裏切ったら許しませんからね!」
「お姉様の髪の毛以外には触れないで下さいね!」
「……何だか、賑やかですね、エストさん」
聞こえて来た声に身体がビクッと震えた。
ま、まさかと言う気持ちで振り向いて見ると、何時の間にかエストと並んで小倉さんが立っていた。
「遂に朝陽が陥落してしまったの。小倉さん」
「えっ? か、陥落って、誰にですか?」
「ジュニアさんの熱烈なオファーに負けて、髪を切らせるそうなの」
「ああ、そういう意味ですか」
一瞬慌てた様子を小倉さんは見せたが、エストの説明で勘違いに気がついてくれたようだ。
と言うよりも、今のやり取りを見ると、僕がジュニア氏の提案に関して話している間に、エストは小倉さんに挨拶をしていたようだ。
……小倉さんが来ていたんだったら、教えて貰いたい。
「フフ、顔を赤らめる朝陽が可愛い」
……この主人。分かっていて、わざと僕に教えなかったな。必ず礼をしてあげるよ、我が主人。
「うぅ、何故か急に寒気が」
「大丈夫ですか、エストさん」
「うん。大丈夫」
「おっ、小倉の姉御じゃないか」
ジュニア氏が小倉さんに気がついた。呼ばれた小倉さんは困ったように顔を歪めた。
「姉御と言うのは止めて下さい、ジュニアさん」
「いや、だって実際に歳は俺よりも上なんだからさ。名前の方で呼んだら、ハニーと勘違いされそうだし」
そうなのだ。小倉さんは実は僕よりも年上の人だった。しかもピアノ科の山県先輩よりも年齢は一つ上らしい。
つまり、僕らの世代で最年長なのは小倉さんだ。しかし、姉御か。
何時の間にそんなにジュニア氏と親し気にって思うけれど、毎朝顔を合わせて挨拶をしていたら、普通の知り合いみたいな関係にはなれるよね。
特に小倉さんは大蔵家の威光を全く見せようとしない。ジャスティーヌ嬢のように、自らの家の権威を振るって理不尽な事をして来るなら迎え撃つが、本当にこの人は普段の学院生活の中で大蔵家を感じさせない人だ。
だからと言って気品が無い訳でも無いというかなり稀有な人だと思う。
「聞いてくれよ、姉御。遂にハニーが俺の提案を受け入れてくれたんだ。毎日通った甲斐があった」
「そ、それは良かったですね」
小倉さんが凄い複雑そうな顔をしている。
僕の正体を知っているから、ジュニア氏の喜びを素直に受け入れられないのだろう。
因みに小倉さんの背後に立っているカリンが、僕に視線で『大丈夫なのか?』と問うてきている。
……大丈夫だと思う。触らせるのは髪だけだし。当日には多分。
「勿論私達も見に行きます!」
「朝陽お姉様の身体には指一本触れさせません」
彼女達が来てくれるから、ジュニア氏が約束を破ったりはしないだろう。
「おお、怖いね。まあ、そんな事をするつもりは無いから安心してくれ。これは仕事なんだから、プライベートの感情は挟まないさ……あっ、そうだ。何だったら姉御の髪の毛も整えようか?」
「朝陽お姉様だけじゃなくて、小倉お姉様にまで!」
「酷い! 私達から二人のお姉様を奪うつもりなんですね!?」
「そんなつもりはないさ。ただ提案してみただけ。どうだい、姉御?」
「嬉しい申し出ですが、私はご遠慮させて頂きます。後、姉御は止めて下さい」
「何だやっぱり駄目か」
残念そうなジュニア氏だが、それ以上小倉さんに髪の話はしなかった。
どうやら、本当にフッと思いついただけのようだ。前に小倉さんの髪と僕の髪のどちらを選ぶか悩んだと言っていたから、僕のように積極的にオファーを申し込むと思っていた。
ちょっとだけ安堵した。僕も髪とはいえ、小倉さんに男性が触れるのは複雑だったから。
そのまま喜ぶジュニア氏と別れて、僕らは教室に向かう。
……うん?
「……」
他の生徒達に紛れて、僕らと言うか小倉さんをジッと見ている人物が居た。
僕の妹、アトレだ。また、小倉さんに敵意を向けているのかと思ったけど、そうではないようだ。
何だか思い悩むような顔をして、小倉さんを見ている。アトレと一緒に居る九千代が言うには、この一か月の間、アトレは距離を置きながら小倉さんを窺っていたらしい。
最悪の事態を考えて、アトレには内緒で九千代が僕に教えてくれた。九千代自身も、もしもの時は全力でアトレを止めると言っていた。だけど……どうにも今のアトレの様子には小倉さんに対する敵意は見えない。アトレの前では小倉さんに関する話題は出さないようにしているから、今、アトレの中で小倉さんに対する感情がどうなっているのか僕は分からない。
出来れば良い方向に進んでいて欲しいと思っていると、僕が見ている事に気がついたのか、ハッとした顔をしてアトレは学生達に紛れて去って行った。
「ジャス子、すこぶる今日も来ないみたいよ」
「留学生でしょ? わざわざ日本まで来たのにもったいないね」
「このままだとクラス全員参加の行事……文化祭や年末のショーでも困るよね。委員長として何か出来ないか考えてみるよ」
ここ最近の学院での恒例行事その4。
ジャス子と言うのはジャスティーヌ嬢の事だ。何時の間にか。本人の居ないところでそんなあだ名が出来上がっていた。個人的には僕は可愛いと思う。
そんな彼女が学院へ来たのは、入学式とその翌日を除けば、この3週間でたった二日。それもデザインの自由課題が始まった日のみ、午後の講義には参加せず帰ってしまった。
一日を部屋の中でデザインを描きながら過ごしているのか、マンションでも会う機会が余りない。彼女は僕の事を気に入ってくれているみたいだから、もっと僕にかまってくるものだと思っていたのに。
……或いはそれだけ年末のフィリア・クリスマス・コレクションに意気込みを見せているのかも知れない。日本の学生賞なんて興味が無さそうな彼女だが、ジャン・ピエール・スタンレー氏の評価は貰いたいと思う筈だ。
「おかあ……」
「駄目! ……今は小倉お姉様がいるから」
「あっ、そうだった」
何かを言いかけた女生徒が慌てて自分の口を手で押さえた。
その様子に一瞬、小倉さんが険しい視線を向けたのを僕は見た。どうやら小倉さんもあの件は気がついているようだ。
つい先ほど彼女達が見ていた先には、ジャスティーヌ嬢の付き人であるカトリーヌ・コレットさんが席に着いていた。彼女は僕達よりも年齢が一回り上なため、付き人というよりも保護者という認識がクラスでされている。
その為に彼女は不名誉なあだ名。『お母さん』と陰で呼ばれている。
個人的にもあまり好きなあだ名ではない。それに彼女が小倉さんと親しいのは、クラス内では誰もが知っている。そのおかげで、表立っては呼ばれない。小倉さんの前で呼ぼうものなら、あの人が注意する。
小倉さんの注意は、身を引き締められるような印象を覚えるので、クラス内の誰もが注意されたいとは思わないのだ。だから、表立ってはあだ名では呼ばれず、陰でカトリーヌさんは呼ばれている。
本当なら陰で呼ぶ事も小倉さんは認めない。だけど、呼んでいないのに呼んだと注意したりすれば、理不尽に思われかねないので小倉さんも注意出来ずにいるようだ。
何とか止めたいのだが、カトリーヌさんの年齢に関しては事実だから。
……約一名、カトリーヌさんよりも年上の人がクラス内に居るのだが、彼女は容姿のせいでそう思われてはいないので除外しよう。主に僕らの精神の為に。知ったら結構ショックを受けるよね。
「でも……あの人が制服を着るのはすこぶるないよね」
「ほんと。自分の母親が自分と同じ制服を着てたら、おそらくいたたまれないよね」
そうかな? 仮にも服飾の世界に身を置く者。衣服のあらゆる可能性は否定すべきじゃない。
制服とは少し違うけれど、僕のお父様はメイド服がよく似合っていたよ。そんな話をしたい気持ちも少しある。
……そう言えば、小倉さんもメイド服が良く似合っていた。お父様と容姿が似ているから当然だとは思うけど。
とは言え、この問題は長くなりそうだ。残念ながら僕にそんな時間の余裕はない。かと言って、ジャスティーヌ嬢の面倒を見る余裕もない。
何せ来年には僕はこの教室には居ない。中途半端にしか介入できないのに介入したりしたら、状況が悪い方向になってしまうし、デザインの勉強とエストの側に居る時間が減ってしまう。今の僕にとって何よりも優先すべき事は、エストとの時間だ。
一方、面倒見も良く、責任感も強い梅宮伊瀬也は、我儘お嬢様相手にも、何かしなくてはいけないと考えているみたいだ。
そう言えば、梅宮伊瀬也は我がクラスの委員長に選ばれた。
エストにやらせたい気持ちもあったけれど、海外の人間であること、それに家柄を考えれば、梅宮伊瀬也で妥当だろう。家柄で言えば小倉さんも候補には上がったが、本人が拒否した事とジャスティーヌ嬢のストッパー役を任されている事でこれ以上負担をかけられないというのもあったのかも知れない。
梅宮伊瀬也本人は皆から推薦された時、『私で良いの?』と尋ねていた。後、何故か僕に遠慮していた。
本来の立場なら引き受けたかも知れないけど、僕はメイドなので。後来年には居ないから、委員長不在という事態になりそう。
そして主人が不在の教室で、カトリーヌさんは居心地悪そうに座っていた。日本語が不自由で、しかも年齢が十も離れている彼女は、話せる相手が居ない時や授業以外の時間は予習と復習に費やしている。
そんな彼女に……。
「おはようございます、カトリーヌさん」
「お、おはようございます」
小倉さんがフランス語で話しかけて安心させている。
この教室内でフランス語が出来るのは担任の紅葉とジャスティーヌ嬢を除いて四人。僕とエストに、小倉さんとカリンだ。
「おはようございます、コレットさん」
「おはようございます、クロンメリンさん」
カリンも年齢が近い事もあって、カトリーヌさんとは良く話をするようだ。
少なくとも小倉さんとカリンが隣に座っている時に、彼女はクラス内で孤独ではない。
そして僕の主人も……。
「おはようございます。今日もジャスティーヌさんはお休みですか?」
「お、おはようございます。はい。まだ部屋で寝てます」
自分から積極的に声を掛けるエストを誉めてあげたい。花マルあげちゃう。
「同じ留学生でも、エストさんは柔らかで品があってすこぶる素敵ね」
「本当、私達の想像する海外のお嬢様って感じ。ジャス子もおそらく、別の意味で典型的な海外の貴族のイメージだけど……あはは」
出来れば誰とも比較されずに認めて貰えると嬉しいのだけれど。
それはさておいても、エストは同級生からの評価が高く、教室内で徐々に一目置かれる存在になっていた。この人で良かったと誇れる主人だ。
でも、人前で下着の位置を直そうとするな。慌てて主人の前に立ち、その姿を隠した。
side遊星
僕は今……凄く緊張している。心臓がバクバクと音が鳴っているのが聞こえてきそうだ。
「前回の授業で提出して貰ったデザイン画を返します」
教卓に立っている樅山さんの声を聞いて、冷や汗が背中に流れるのを感じる。
遂に返却される。自由課題で提出したデザインが。本当に自信が無いよ。
「採点は右下に付けてあります。アドバイスを欲しい人は聞きに来て下さい。それ以外の人はデザインを始めて下さい」
教卓の前に樅山さんが座ると、クラスメイト達がそれぞれ思い思いの行動を始めた。
樅山さんのデザインの授業はある程度自由だ。学院から出なければ、購買部へ買い物に行っても構わないし、図書室で雑誌を借りて来ても問題ない。大きな声でなければ、お喋りしても注意されない。
ただデザインだけは必ず描かなければならない。そしてこの授業の形態は、僕やカリンさんには好都合だ。
「カリンさん。図書室で雑誌を借りて来て下さい。それと購買部で買い物の方もお願いします」
「分かりました。行って参ります」
僕の指示を受けて、カリンさんは教室から出て行った。
本当にカリンさんが図書室に行く訳ではない。デザインの授業は二、三時間ぐらい続くので、その隙に調査の方を進めている。調査という観点で言えば、この授業の形態は本当に助かる。
教師陣に怪しまれても、デザインの授業中だからと説明すれば怪しまれずに学院内を歩けるんだから。
……さて、問題の僕のデザインの評価は……D'。最低評価であるE評価で無かったのが幸いだったと思うべきだ。
樅山さんに相談に行ってみると。
「え~と、人体のバランスは非常に良いです。線も綺麗ですが……」
何だか凄く僕に対して評価をするのに困っている様子だ。
いや、それは仕方がないかも知れない。聞けば、彼女の服飾の師は桜小路遊星様だそうだ。その彼女にとって、僕を評価するという事は、桜小路遊星様を評価するのと同じだ。
……申し訳ないけど、それだと僕が困る。何よりもあの方と同じに見て欲しくない。
「評価をお願いします」
「わ、分かりました。その……独創性が全く見受けられません……何よりも、その……デザインの絵が古いです。ただ人体や服の描き方に問題はありませんでした」
「……ありがとうございました」
頭を下げて僕は自分の席へと戻った。自分が描いたデザインを改めて見る。
樅山さんは僕のデザインは古いと言っていた。僕の服飾の価値観は、十数年前のままだ。これではいけない。
型紙を引くにしても、今の流行を研究しなければ、良い型紙を引く事は出来ない。今後の僕の課題としては、今の流行の衣装を理解していくことかも知れない。
デザイナーを目指す者にとって何よりも必要なのは、絶対的な『センス』だ。僕にはそれが無い事は、もう十分に分かっている。
でも、デザインが古いと言われたのは不味い。僕が今の流行を理解し切れていない事の証明だ。
もっと雑誌を、世界中のファッション雑誌に目を通して研究を重ねないといけない。
そう思っていると、才華様の周りに梅宮さんを中心にクラスメイトが集まっているのを目にする。
「朝陽さんのデザインは本当に芸術的だね。自分の描いたものと比べてみると、子供の落書きそのもので悲しい」
「本当、すこぶる綺麗。モデルのポーズが全部違うもん。私なんて決まったポーズしか描けない」
「ポーズどころか、髪型も靴もアクセサリーも、おそらく全部自分で考えているんでしょう? 学院へ入る前に少しは勉強してきたつもりだったけど……はあ」
「今のところA判定の成績を貰っているのは朝陽さんだけだね。凄いな、私のデザインなんて子供の落書きだよ。そう思うよね?」
そう言う梅宮さんのデザインの右隅にはC'の評価が付いていた。
……うん? A判定が才華様だけ? 可笑しいこの教室には才華様のライバルである筈のエストさんがいる。
教室にいないジャスティーヌさんは除外するとしても、エストさんも素晴らしいデザインを描いて、アメリカで賞を取っていた筈だ。
なのにA判定が才華様だけ。……もしかしてエストさんは、以前僕に言っていた二つ目のデザインを描こうとしているのだろうか?
結果はどうだったのかと、エストさんの方に目を向ける。
「E……」
暗く沈んで項垂れていた。すぐ横で梅宮さん達と明るく話している才華様と違って、エストさんは本気で落ち込んでいる。
どうやら二つ目のデザインは上手くいっていないようだ。仕方がない。一朝一夕でやり遂げられる試みじゃない。だから、頑張って下さい、エストさん。
逆に才華様は、デザインの上手さもあってクラスメイト達から慕われている。
型紙の引き方なら僕もクラスメイトに教えられるけど、デザインだけは基本的な描き方と線の引き方ぐらいしか教える事が僕には出来ない。
寧ろ上手くなれる方法があるんだったら、僕の方が知りたいよ。切実に。
そんな事を思っている間に、才華様は梅宮さんの付き人である大津賀さんとの会話も終えてエストさんを慰めている。梅宮さんの方は、才華様に褒められたのか、席に戻って新しいデザインを描き始めている。他の人達も同様にデザインを描き始めているので、僕も描いて見よう。
あっ、でもその前に。
「カトリーヌさんはどうでしたか?」
「……C判定でした」
隣の席に座っているカトリーヌさんのデザインを見せて貰った。
うん。僕と違って今の流行が取り入れられている。これなら評価が僕よりも上だと納得した。
……早めに今の流行を認識しないと危ない。勉強も大事だけど、流行を理解出来なくなったら服飾業界で生きていけないよ。
と言うよりも、この今の僕のデザインをお兄様が見たらきっと。
『このクズがああああああっ!』
ひぃっ! ごめんなさい、お兄様! 早急に今の流行を理解しますので、どうか服飾の勉強を取り上げられるのだけは止めて下さい!
「あ、あの……どうされました?」
「はっ! ……い、いえ、何でもありません」
急に頭を抱えた僕にカトリーヌさんが心配して、声を掛けてくれた。
お兄様の恐怖を思い出したなんて、とても言えない。と言うよりも、今日お父様が夜にやって来るんだから、その時に描いたデザインを見せろと言われたらどうしよう?
……考えないようにしよう。それよりも今は新しいデザインを描いて、少しでも評価が良くなるように頑張らないと。C評価は貰えるように頑張ろう。
「チェック!」
教室内にエストさんの叫びが響いた。
『チェック』? 一体何をチェックするんだろうか?
……いや、待て。もしかしてエストさんは、あの言葉を言おうとしたのでは? エストさんが自分の部屋で才華様に対する怒りを表現する為に叫んだあの言葉。それを言わせないように才華様が苦心していたのを思い出した。
その成果が今の言葉なのだろうか?
「電波ジャック!」
……ますます言葉の意味が分からなくなって来た。
あの言葉を教室で叫ばれるよりはマシだとは思うが、それでもエストさんの変な評価が付きそうだなと僕は思った。
朝日のデザインの実力は原作よりも落ちています。
十数年分の流行遅れに加え、服飾から離れていたのが致命的なので、乙女理論に出て来る『型紙大尉』からも『不可』の評価しか貰えません。
アトレの変化については五月にやる予定です。