月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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次回で漸く五月上旬が終わります

三角関数様、エーテルはりねずみ様、獅子満月様、秋ウサギ様、笹ノ葉様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


五月上旬(遊星side)19

side遊星

 

「ふぁああああーっ!」

 

 才華様が迎えに行ってエントランスから屋上に連れて来られたパル子さんは、奇声を連発していた。

 気持ちは良く分かる。僕もこの屋上の庭園に足を踏み入れた時は、沢山の色とりどりの花の数々に、思わず見惚れてしまった。聞けば一年を通して花が溢れる庭園にしたかったそうだ。

 更に天井は、開閉式のドームになっているそうで、内側から見える景色は実はスクリーンに映し出された映像になっていて、プラネタリウムの中に居るようなものらしい。

 ……この話を聞いた時は、また言葉を失った。お父様の甥姪コンの深さを改めて理解させられた。でも、何よりも怖かったのは、才華様とアトレさんがお父様の期待を裏切ってしまった時だ。

 今のところ機嫌は良さそうだけれど、お二人がお父様の期待を裏切ってしまった時の事を考えると、怖くて仕方がない。

 

「すっごぉ……高層マンションの屋上ってこんな風になってるんだ」

 

 一緒に来たマルキューさんも驚愕の余り身体を震わせている。ただ、この桜の園と他の高層マンションを同じように考えたらいけない。

 

「いえ、この庭園とプラネタリウムは特殊です。他のマンションには無いものとお考え下さい」

 

「いや、つか、66階の、更に上とか……あんま来ないし」

 

「てゆかあれ、プラネタリウムなんですか? ほんとの空じゃないんですか?」

 

「はい。ですから、こんな事も出来ます」

 

 九千代さんから受け取ったリモコンをアトレさんが操作すると、天井に映っていた星空が無くなって紫色に輝く空が広がった。

 

「ずああああー!!!」

 

 どうやらパル子さんは大変に感動したようだ。実際こうして僕も目にすると、驚くしかない。

 ただ……八千代さんがこの事を知ったらどう思うか考えると少し頭が痛い。アメリカに居た時に、お父様の才華様とアトレさんに対する甘やかしに頭を痛めていたし。

 寝込んだりしない事を心から願いたい。

 

「す、す、す、すごいっすね。す、す、す、すごいっすね」

 

「いや、もー、びっくりして言葉もないんですけど……あのこれ、写真撮っていいですか?」

 

「はい、構いません。あ、お菓子をどうぞ。取り敢えずはこのマンゴーのパフェなどいかがでしょうか」

 

 アトレさんはテーブルに置かれていたパフェをパル子さんとマルキューさんに差し出した。

 それにしても……大分お菓子が減ってしまっている。もう用意されていた半分ほどのお菓子を食べ終えていた。主に食べていたのは、ジャスティーヌさんとエストさんだ。よくアレだけ食べられるなと思わず感心してしまうほどに、エストさんは食べていた。

 才華様がパル子さん達が来るからと止めていなかったら、もっとお菓子は減っていたかも知れない。

 

「パフェって一般家庭で作るものだっけ?」

 

「てゆかこれ完熟マンゴーじゃね? うちのママが『一生に一度で良いから食べたい』って言ってたやつじゃね? 私、これ食べたら、ママの一生をクリアしちゃうんじゃね?」

 

「アレだろ? 果物コーナーの棚の一番上にあるやつだろ。取り扱いに危険物の免許とか必要なやつだろ。見た目に騙されがちだけど、扱い的にはフグとか手榴弾とか麻を乾燥させたものと変わんないよな」

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

「いただきます!」

 

「頂かせていただきます! んめええええー!」

 

 どうやら二人ともあのパフェを気に入ってくれたようだ。

 でも、少しアトレさんの顔色に複雑な気持ちが混じっている。パフェを勧めたのはアトレさんだけど、実はあのパフェを作ったのは九千代さんだ。

 パル子さん達が来る前も、僕らと談笑しながらもチラチラとテーブルに置かれたスイーツの数々の減り具合を確認していた。結果は、残念な事にアトレさんが作った物よりも九千代さんや八十島さんが作った物の方が少なくなっていた。

 それが意味する事を分かっているアトレさんは、今少し落ち込んでいるようだ。意味があるかは分からないけれど、皆に見えないようにアトレさんの手を握ってあげた。

 握られたアトレさんは少し驚いたようだけど、すぐに笑みを浮かべてパル子さん達に話し掛ける。

 

「お口に合いましたか?」

 

「お口に合いました! これがママの一生の願いの味! 凄く美味しいいいいっ! って言うか、こんな幸せを味わって良いのかとさえ思う!」

 

「ほんとだな! 合うとか合わないとか此方がお口にするのもおこがましいと言うか、お口に入れさせていただけてありがとうございますといったレベルですけどな!」

 

 パル子さんは本当に美味しそうに手榴弾と同等の危険物と表した完熟マンゴーパフェを頬張った。

 

「俱知安町の名産物といえばじゃがいもですが、マンゴーも捨てたものではありませんな!」

 

「いえ、そのパフェに使われているのは宮崎県日向市産の完熟マンゴーです」

 

「あ、今のはくっちゃくっちゃと食べる様を豪雪うどんで有名な俱知安街にたとえてですね」

 

「宮崎県日向市産の完熟マンゴーです」

 

 強めに九千代さんは繰り返した。

 

「今回はパル子が悪いよ」

 

 悲しそうにパフェを食べるパル子さんを慰めるマルキューさんの姿は、まるで太陽のように輝いていた。

 僕にとっての太陽と言えば……ルナ様だったなあ。その太陽様に対して僕は……いや、止めよう。せっかくのパーティーなのに落ち込んで暗くなったりしたら、台無しにしてしまう。

 

「他のスイーツも自由にお食べ下さい。アンケートを頂けたら嬉しいです」

 

「それでは行かせて……」

 

「お嬢様。先ずは取って来た物を食べ終えてからです」

 

 テーブルに向かおうとしたエストさんを、才華様が手を掴んで止めた。

 ……まだ、食べられるなんて。本当に凄いなあ。

 

「思っていたよりも平凡かつ普通。貴女が銀条さん?」

 

「はい! 銀条です!」

 

 少し失礼な言い方かなと思いながらも、八日堂さんに笑顔でパル子さんは答えた。

 

「八日堂朔莉です。イトウ・サクリと言った方が分かりやすい?」

 

「はい! 『アッツ島守備隊への打電』見ました! わりと号泣レベルで涙ちょちょ切れました! 神国万歳! 万歳!」

 

「ありがとう。沢山の人に見て貰えたみたいね。故国でも評価されて嬉しい。私も涙ちょちょ切れそう」

 

「はい! それと『沈黙の真空飛び膝蹴り』も面白かったです! あれ膝蹴り当たった時に顔映ってましたけど、ほんとに蹴られたんですか!?」

 

「そうそう歯を食いしばってね。結構キツイ一撃だったのを今でも忘れない」

 

 ……凄く努力をしていたんですね、八日堂さん。

 世界的な女優の努力を垣間見させて貰いました。僕も頑張って今月の課題を……頑張ろう。後53着。

 

「と言うか、またマイナーなものを。都内でも一、二箇所でしか上映してなかったんじゃない?」

 

「たまたま見たんですけど面白かったです! あと『ボボボッ、パンパンパン』とかも面白かったです!」

 

「やだ私が初めて名前付きの役を貰えた映画。内容は、うんまあ誉められたものではなかったけど、面白いと言って貰えて嬉しい」

 

 どうやら八日堂さんとパル子さんは仲良くなれそうだ。聞いた事が無い映画の数々だけれど、二人は楽しそうに盛り上がっていた。

 因みに僕は残念ながら、りそなと暮らすまで八日堂さんが出演していた映画を見た事は一度も無い。こっちに来て桜屋敷に来てからは、屋敷の管理や掃除で忙しかったし。パリやアメリカでは服飾の勉強で忙しかったから、映画やドラマなんて見る機会は無かった。

 

「彼女は入学式で服飾部門の代表を務めました」

 

「そうなの? 私も入学式で挨拶した。同じだね」

 

 ……その入学式はりそな曰く、凄く空気が悪かったと聞いています。

 才華様も難しい顔をルミネさんに向けているし、八日堂さんもパル子さんとの話を止めて微妙な視線を向けていた。彼女はりそなから話を聞いているから、その反応は仕方がない。

 話が終わったパル子さんの視線が、ルミネさんに向いた。

 

「フィリア学院の方ですか? 美容科か女優科の方ですか?」

 

「は? いえピアノ科。どうして?」

 

 今、気がついたけどパル子さんに対してはルミネさんは敬語抜きで話している。

 

「普通にお綺麗なので。驚きました」

 

「どうも」

 

 実際ルミネさんは綺麗なお方だ。その事は本人も自覚しているようだ。

 公私ともにそう言われる事も多いだろうから、謙遜している様子はなかった。

 

「学内で、もう既に何度か告白されていそう」

 

 怖い事を言わないで下さい。ピアノ科ではその可能性が無い事が本当に救いだ。

 

「そういうのは全く。私、男子の友達なんていないし」

 

「男子『の』?」

 

「何か気になる点でも?」

 

 あります。この場に居る人達以外に、ルミネさんが同年代の友達が居るのか凄く気になります。

 特にピアノ科の生徒達の中に友人と呼べる人が居て欲しい。先日の山県さんのリサイタルの事を思い出すと、凄く難しいのが分かっているけれど。

 

「朝陽? お腹押さえて、大丈夫?」

 

「申し訳ありません、お嬢様。ルミネお嬢様が告白されたりしたことを考えたら、少し辛くなりまして」

 

「と言うか、見知らぬ相手から一目惚れされるほど、自分が綺麗だとは思っていません」

 

「されますよ! また自覚のないことを。ルミネお嬢様は、小倉お嬢様に劣らない程に綺麗なお方なんですから! 現に私は小倉お嬢様がナンパされているのを見た事があります!」

 

 その事は言わないでええええ!?

 外に出たらナンパされる事は、本当に思い出したくない! 悲しさと辛さしか感じた事がありません。

 

「お姉様はルミねえ様の事になるとムキになりますね。特別な仲でもないのに、可笑しいと思います。ところで、小倉お姉様。本当にナンパされた事があるのですか?」

 

「……聞かないで下さい」

 

 トラウマになりかけている事の一つなので。

 

「と言うか、小倉さんは当然として朝陽も男子から告白されそうだと思うの」

 

 止めて下さい。男性との恋愛なんて本気で考えたくありません。僕だけじゃなくて才華様も。

 

「小倉お姉様とお姉様が見知らぬ男子から告白されようものなら、おおお大人げない手段を用いてでもその男子を葬って」

 

「やだその気持ち凄く分かる。朝陽さんには綺麗なままでいて欲しい。永遠に女子の憧れでいて欲しい。男子と同じ空気すら吸って欲しくない」

 

 八日堂さん。貴女は才華様の正体を知っていますよね。凄い演技力だ。

 

「綺麗なままでいて欲しいって、自分が舐めたい、抱きたいと言っておいて……此処まで開き直られると、いっそ清々しい。判決を下す気にもなれない」

 

「諦めたら其処で終わりだって此方の一丸さんが言っていました」

 

「あの時はね、その日の午前中に配送へ出さなくちゃいけないのに、パル子が布団を被って寝ようとしてたからだよ。諦めたら頭かち割るつもりだった」

 

「す、すまなかった」

 

 本当にパル子さんは申し訳なさそうに謝っていた。

 

「仕方がないんです。デザイナーは、何故か時間の終わりが近づくにつれて、眠くなってしまう生き物なんです」

 

 ルナ様は寝る間も惜しんで、デザインを描いていましたので違うと思います。

 

「縫製の終盤も危険です。例えば締め切りまで4時間という状況で、3時間で縫い終えると気付いた瞬間に、縫い直しが発生する危険性や、寝過ごす可能性も忘れて、仮眠をとってしまうのはどうしてなのでしょう」

 

「おおおぉ、此処には私の味方が居る、いっぱい居るよ。わ、私、来て良かったー!」

 

「少し寝た方が効率も良くなりますもんね。起きられるかは別にして」

 

「と言うよりも多少遅れたところで、結果的に間に合って、良いものが出来ればそれが一番ですよね。ですからパル子さんは悪くありません」

 

「いや、駄目だと私思うよ。そんなやり方していたら、本気で切羽詰まっている状況になった時に乗り切れないから。特にパル子はもうブランド開いているんだから、一度の信頼の失墜で全部終わっちゃうからね」

 

「え~と。私もジャスティーヌさんの意見に賛成です。幾ら猶予があるからと言って、不測の事態が発生したら間に合わなくなってしまいますし。何よりもその余裕の時間を使って、良い物を作りたいと私は思います」

 

「ジャスティーヌさんと小倉さんの意見に私も同意。どうしてこの二人と違って、あなた達はその後に商品化するまでの工程がある事を忘れているの? 小倉さんの言う通り、時間に余裕があれば品質も上げられるんだからね」

 

「はい。すみませんでした」

 

「もう許して下さい」

 

 容赦の無いルミネさんの言葉に、パル子さんとエストさんは涙目になって謝罪した。

 

「まあ、少し前のパル子はともかく、今のパル子はちゃんとやっていますんで。でも、良い事言うなあ」

 

「彼女達はネット上に自分のお店を開いて運営しているんです。立派な経営者です」

 

「そうなんだ? 一緒だね、私も会社を経営してる」

 

 りそなが言っていた世界一の化粧品会社ですね。

 ……お世話になりたくありませんでしたが……お世話になっています。

 

「いやそんな、大層なものじゃないですけど……って会社? 経営?」

 

「うん、自分の会社。みんなでも知ってそうなものだと、化粧品……スキンケアの『ラ・リュミエール』ってブランドを聞いたことない?」

 

「え、知ってます……と言うか百貨店の、それも一部の有名なとこしか入ってない、超高級化粧品ですよね。美容液だけで2万とかする」

 

 ……。

 

「うん。私が社長やってるの、其処。あ、試供品いる?」

 

「あああああああこれ5万するボディクリームのやつだああああああ!」

 

「えっ?」

 

「なんですと!?」

 

「ルミねえ様にはいつも試供品を大量に頂いてしまって。感謝しています」

 

「……カリンさん。ちょっと」

 

 僕は席から立ち上がって、カリンさんと一緒に少し皆と距離を取った。

 

「こっちのハンドクリームも超高いのだ! この保湿液も化粧水も、雑誌の『一度は使ってみたいスキンケアアイテム』で1位になってたやつだああああ!」

 

 知りたくない情報が、どんどんマルキューさんの声で分かっていく。

 聞くのが少し、いや、かなり怖いけれど聞いて見よう。

 

「あ、あのカリンさん? 私にされているメイクもルミネさんの会社のものですよね?」

 

「そうですが?」

 

 今更なにをと言う顔をされた。落ち着け。落ち着こう僕。

 

「……あの化粧品の数々は、総額で幾らなのでしょうか?」

 

「小倉お嬢様に使われているものは、どれもこれも最高品質ですので総額でしたら……」

 

 総額を聞き終えた僕は、眩暈を覚えた。

 ……えっ? 僕のメイクに使われていた化粧品だけで、そんなにお金が使われていたの?

 凄く頭が痛い。でも、止めて貰えないだろうなと思わず遠い目をしてしまう。

 

「因みに私も頂いています」

 

 女性にとって美とは大切なものなんだと実感しました。

 男の僕には全く分かりませんが、サーシャさんなら分かるかなと考えながら席に戻ってみると、何故かジャスティーヌさんとカトリーヌさんを除いた全員に、ルミネさんが跪かれていた。

 

「……あ、あの……どうされたんですか皆さん? ルミネさんに向かって跪いて?」

 

「聞かないで小倉さん。頭が痛くなりそうだから」

 

「わ、分かりました」

 

 疑問に思いながらも、僕は席に戻った。

 その後は皆でお菓子パーティーが再開され、談笑しながら思い思いにスイーツを食べていた。

 パル子さんもマルキューさんも美味しそうにお菓子を食べている。来て良かったと思っていると、マルキューさんが近づいて来た。

 

「あ、あの……小倉さん。今大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫です。何か御用でしょうか?」

 

「……ちょっと聞きたい事がありまして。そのジャス子さんに今日は午前中は調子が悪そうだって聞いていたんですけど、どうしても聞きたい事があって」

 

「……分かりました。それじゃ、あちらの方で」

 

 何となくマルキューさんが聞きたい事を察した僕は、二人で皆と離れた。

 この場所なら話を聞かれずに済むと思って立ち止まると、マルキューさんは真剣な眼差しを僕に向けていた。

 

「……その……GW中に私とパル子のところにスポンサーの話が来たんです」

 

 やっぱり、その事か。

 お父様はさっそく動いてくれていたようだ。日本には今は居ないから、マルキューさん達のところに行ったのは部下の人だろうけれど。

 

「今日のお昼にギャラッハさん達とスポンサーの件の話をしたんですが、私らのスポンサーになってくれようとしている大蔵衣遠さんって」

 

「私の義理の父です。先月、パル子さんから頂いたデザインと型紙をお父様が見て、大変興味を示していましたので」

 

「それじゃあ小倉さんがスポンサーになろうって言った訳じゃないんですね?」

 

 確かに勧めたのは事実だけど……。

 

「私のお父様は、『才能至上主義』です。たとえ娘である私が勧めても、その作品に才能が無いと判断すれば、お父様はパル子さんとマルキューさんのブランド。『ぱるぱるしるばー』のスポンサーにはなろうとはしません」

 

「じゃあ、本当にパル子は、貴女のお父様に認められたんですね?」

 

「はい」

 

 マルキューさんは心から嬉しそうに、そして誇るように笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございました。今の話を聞いて、スポンサーの話を改めて前向きに考えてみようと思います」

 

「それは良かった。お父様は厳しい方ですが、今のパル子さんは学生の立場があるので無理な依頼とかは出さないと思いますけど、何か事情があったりしたら会った時に話した方が良いでしょう」

 

「その辺りの話も、今月末にします。スポンサーの話を持って来てくれた事……感謝させて貰います」

 

 マルキューさんは僕に向かって頭を下げてお礼を言うと、お菓子を沢山食べているパル子さんの下へ戻って行った。

 ……果たしてお父様がスポンサーになる事で、特別編成クラスの上級生達の嫌がらせがパル子さんとマルキューさんに向かわずに済むだろうか?

 大蔵衣遠がスポンサーを務めるブランドに手を出す人はいないと思いたいが、知らない人は手を出しそうでかなり怖い。パル子さん達も心配だけど、手を出した方もそれ相応の報いをお父様に与えられるに違いないから。

 

「それでは皆様。本日は私と小倉お姉様の仲直り記念パーティーにご参加頂きありがとうございました。書いて貰ったアンケートの方は、私の付き人の山吹にお渡し下さい」

 

 時刻は21時を回ったので、パーティーは終了となった。

 皆、楽しんでくれたと思う。だって、アトレさんと九千代さん、そして八十島さんが作ったスイーツの数々が全部なくなっているから。

 後から来たパル子さんとマルキューさんも、本当に楽しかったと言って帰って行った。

 エストさん、八日堂さん、ルミネさん、ジャスティーヌさん、カトリーヌさん、そして才華様も部屋に帰って行った。残された僕らは後片付けをしようとしたが、それは八十島さんと九千代さん、そしてカリンさんがやってくれるそうだ。

 代わりに僕は、アトレ様を慰めるように頼まれた。

 

「はあ~」

 

「元気を出して下さい、アトレさん」

 

 部屋に戻ってから、アトレさんは九千代さんから受け取ったアンケートを見て溜め息を溢していた。

 余りアンケートの結果は芳しくなかったようだ。その結果は大体パーティーの最中で予想出来ていた事だったが、改めてアンケートとして結果を見てみると落ち込むしかなかったようだ。

 僕もアンケートを見せて貰う。……残念ながら好評だったのは九千代さんと八十島さんが作ったスイーツだった。

 アトレさんが作ったのも悪くないと書かれていたが、二人が作った方のが美味しいと書かれてしまっている。

 誰がどのお菓子を作ったのかは秘密にしているだけに、評価は間違いなく正当なものだ。残念ながら今現在、アトレさんの技術は八十島さんはともかく、九千代さんより下だと示された。

 

「……こうして結果が出ると、やはり落ち込みます」

 

「まだ始めたばかりなんですから。文化祭までは時間もあるんですし、これから頑張りましょう」

 

「……そうですね。落ち込んでばかりではいられません。皆さんの前で決意表明もしたのですから。頑張らせて貰います」

 

「ええ、頑張りましょう、アトレさん」

 

 僕とアトレさんは向かい合うようにしながら用意したお茶を飲む。

 はあ~。甘い物ばかり食べていたから、渋いお茶が美味しく感じた。

 

「そう言えば、小倉お姉様。次は何時桜の園に来られるのでしょうか?」

 

 うぅ、聞かれたくない質問だが、聞かれてしまっては答えざるをえない。

 

「申し訳ありません、アトレさん。今月はもう桜の園に来れないかもしれません」

 

「何故でしょうか!?」

 

 思いっきり詰め寄られた。時々来ると言っていただけに、期待を裏切るような形になってしまって本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。でも、どう考えても、今月は今日を除いてもう桜の園に来る事は出来なさそうだ。

 

「実はお父様から課題を増やされてしまって。残りの43着に追加で10着増えて53着。それとドレスシャツを製作しないといけないんです……後個人的にりそなさんと約束していた服を作らないといけないので」

 

「それは……仕方がありませんね」

 

 アトレさんも少なからず服飾の製作の大変さを知っているから、残念そうにしながらも納得してくれた。

 

「伯父様の課題は滅法大変そうです。GWも終わってしまいましたから、もう大きな連休は五月にありませんし。それに加えてドレスシャツの製作ですか……伯父様本当に滅法スパルタ……あ、あの総裁殿に理由を話して、約束された服は後日とかには出来ないのでしょうか? いえ、それで余裕が出来て桜の園に来て貰おうとは考えていません。小倉お姉様がやろうとしている事は、本当に大変な事ですから」

 

「……残念ながら、りそなさんの服の製作を遅らせる事は出来ません。お父様の課題も大切ですが、約束した服を渡せない事でりそなさんを落ち込ませたくはないんです」

 

「……あの、このような事を聞いたらいけない事かも知れませんが……もしかして小倉お姉様と総裁殿は、以前からのお知り合いなのでしょうか? 私は最初は小倉お姉様の事を総裁殿が気に入っているだけだと考えていました。ですが、今は違います。お二人の間には、私なんて及ばない程の繋がりを感じられます。本当に互いを大切に想っていると言う家族の繋がりが」

 

 疑われてしまったか。

 詳しい事を話せないけど……怪しまれない程度で話そう。

 

「仰る通り、もう随分と昔の話になりますが、私とりそなさんは一度だけ、母が存命中に出会った事があります。その時は私とりそなさんも、血の繋がりがあるとは夢にも思っていませんでした。天使のような方だなと当時は思ったものです」

 

「て、天使ですか? 総裁殿が?」

 

 アトレさんは困ったように笑みを引き攣らせた。

 

「りそなさんはずっと私の事が気になっていたようです。ですが、私は自分の素性を知られたくなかったのでりそなさんからも隠れていました。それなのにりそなさんは、偶然見かけただけの私の事を真剣に探してくれていました。そんなりそなさんを私は裏切りたくないし、裏切らないと自らに誓っています。些細な約束ですが、あの方を悲しませる事だけは私には出来ません」

 

「……分かりました。もとより先日まで小倉お姉様を嫌っていた私が、総裁殿との仲を言える立場ではありません。ですが、何か急な用が有った時の為に、これをお受け取り下さい」

 

 そう言ってアトレさんは鍵を僕に差し出して来た。

 

「あ、あのこの鍵は?」

 

「この部屋の鍵です。以前はお兄様に渡していたのですが、返されてしまいましたので、どうぞ小倉お姉様が預かっていて下さい」

 

「……良いんですか?」

 

「はい。私が持っていたら、お兄様に渡そうとしてしまいそうですから」

 

「……分かりました」

 

 使う事があるかは分からないけれど、この鍵はもしかしたらアトレさんの決意の証なのかも知れない。

 大切に預からせて貰おう。受け取った鍵をポケットに仕舞い、その後はアンケートに関して話し合った。

 そうしているとカリンさん達が戻って来て、時間も22時を過ぎてしまった。明日も学院があるので帰らせて貰おう。

 

「お泊りになられても宜しいのですが」

 

「た、大変ありがたい申し出ですが、今日は帰らせて貰います」

 

 一緒に部屋で過ごしたりしたら、今度こそ正体がバレかねない。

 何だか『鳳翔』で過ごした時は、ぐいぐいと迫られたし。一緒の部屋で過ごしたりするのは、本当に危険だ。

 ……瑞穂さんと一緒に朝まで眠っても、正体がバレずに済んだ事は置いておくとして。

 

「では、また。今日は本当に楽しいパーティーに参加させて頂きました」

 

「次に来る日を楽しみにしています、小倉お姉様……壱与。エントランスまでの見送りをお願い」

 

「承知しました、アトレお嬢様」

 

 八十島さんを伴って、僕らはエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターの操作を終えると、八十島さんは僕に顔を向けた。

 

「小倉さん。実は相談なのだけれど」

 

「何でしょうか、八十島さん」

 

「奥様が此方側を怪しんでいるという話を北斗さんから聞かされたわ。それで……小倉さんが良ければなのだけど、先輩方と一度会って見ませんか?」

 

「先輩方と言うと……もしかして鍋島さん、百武さん、それに他のメイドの方々の事ですか?」

 

「ええ。先輩方はそれぞれ新しい道を進んでいられるのだけれど、それでも時たま私を訪ねに来られるの。この桜の園にも、実を言えば何度か来られている。今後、小倉さんが桜の園に来るとなれば……」

 

 偶然にもバッタリ会ってしまうかも知れない。

 事情を知らない鍋島達さん達が僕を見れば、驚くどころの騒ぎじゃすまない。りそなと相談する必要はあるけれど、八十島さんの相談を聞いておいてよかった。

 

「……分かりました。一度りそなさんに相談してみます」

 

 こっちの鍋島さん達に会いたい気持ちはあるが、事は僕一人で判断して良い問題では無い。

 先ずはりそなに相談してから。でも……会ってみたいな、こっちの鍋島さんや百武さん、それに他の先輩達に。

 ……こうやって考えられるようになれた事は良い事なのだろうか?

 以前の僕なら、会う事を恐れていた。いや、今でも心の何処かで恐れている。それでも会いたいと思えるようになれたのは、前向きになったからなのだろうか?




次回は才華side。それで五月上旬が終わりです。
でも、まだまだ五月は続きます。
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