月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
中旬の才華sideの午前中です。
秋ウサギ様、笹ノ葉様、烏瑠様、獅子満月様、難儀様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
「うーん」
手元にある物を見て、どうしても唸り声を上げてしまう。
5月の第二週の日曜日。僕は早朝から悩んでいた。アトレと小倉さんが仲直り出来た事で、一先ずの問題は解決出来たと思っていたんだけど……今、僕は予想外の難関にあたっていた。
「……やっぱりこの型紙も駄目だ。やり直そう」
せっかく引いた型紙だが、どうにも納得出来ないので破棄する。
お父様やお母様も認めてくれているデザインだと言うのに、納得出来る型紙が一週間以上も経過しているのに引く事が出来ずにいた。
「まさか……型紙の方が僕の今のデザインに追いつかなくなるなんて」
いや、恐らくこれはデザインと型紙の両方を両立させて目指す者が抱く悩みに違いない。
これまで僕は自分のデザインを自分で型紙を引いて来た。それが出来ていたのは、デザインと型紙の実力が両方とも同等の実力だったからだ。
だが、今の僕はデザインの方の実力が飛躍的に向上した。それに対して型紙の方は少々勉強が疎かになっていた。その影響が出ている事に落ち込んでしまう。
「ルミねえの衣装の前に、気が付けて良かったけど」
暫くは、型紙の方の勉強に集中した方が良いかも知れない。
型紙の実力を上げるのは地道な努力だ。お父様もそう言っていたし、僕自身もそう考えている。
「……そう言えば、小倉さんが伯父様から先月受けていた課題も型紙だったっけ?」
総学院長と食事をした時に、小倉さんが伯父様からの課題をそう言っていたのを思い出した。
最初に聞いた時は随分と簡単な課題だなと思ったが、蓋を開けてみればとても大変な課題だった。
僕だったらきっと良い型紙が出来たら、其処で満足してしまっていたと思う。多分、この考えは僕が目指しているのがパタンナーではなく、デザイナーだからに違いない。
しかし、こうして自分のデザインに対する型紙の不満を感じると、パタンナーの重要性を改めて理解させられる。
……それをあっさり熟して活躍しているパル子さんの実力には戦慄を覚えざるをえない。ジャスティーヌ嬢は僕の方がデザインでは上だと言ってくれたが、型紙で負けたら意味がない。勉強頑張ろう。
「おっと、そろそろ時間だ」
本日は病院に行く日だ。ストレスの方はアトレの問題が解決したからか、最近は調子が良いけど、何せ一時は吐くほど酷かったんだから油断は出来ない。
エストには昨日の内に伝えておいたから問題は無い。先月と違って隠す必要は無いのは助かった。
あれも何気にストレスになっていたから、病院に行く事を隠さずに済むようになったことは本当に助かったよ。
ただ病院について来られるのは困るので、それだけは丁重に断っておいた。
「さて、着替えてと」
と言っても、一度桜屋敷に行って才華としての服に着替えないといけないから余り意味は無いんだけど、一応外に出る為に着替えておいた方が良い。多分だけど。
「おはよう、朝陽!」
ほら、やっぱり外出用の服を着たエストが待っていた。
予想はしていたので驚く事は無い。僕が病院に行くって言った時に一緒に行きたそうな顔をしていたから来るんじゃないかと思っていた。ちゃんと断った筈なんだけど。
「おはようございます、エストお嬢様。ところで何故外出用の服を着ているのでしょうか?」
「朝陽の付き添いをしようと思って」
「ありがたい申し出ですが、従者が主人に迷惑をかける訳にはいきません。お嬢様はお嬢様の休日をお過ごし下さい」
「一緒に行ったら駄目?」
駄目に決まっている。
病院に行く時の僕は小倉朝陽としてではなく、桜小路才華として行くんだから。一緒に行ったりなんてしたら正体がバレてしまう。そういう訳で丁重に部屋に戻って貰おう。
「お気持ちは本当に嬉しく思います。ですが、先ほども言ったように私事でお嬢様に迷惑をかけるのは大変心苦しいので、お嬢様はお嬢様の休日を過ごして下さい」
「……うん。分かった。でも、エントランスまでは一緒に行って良い?」
それぐらいは構わないので頷いておく。
因みに、休日は八日堂朔莉が部屋の前で待ち構えている事は少ない。彼女も彼女で休日は仕事で忙しいようだ。
ただ、絶対に待ち構えていない訳では無いので油断する事は出来ない。頼りになるんだけど、変態なところは全く治らないからね。
取り敢えずエントランスまでは一緒にエストと居て、合流した壱与と一緒に桜屋敷に向かった。ドサクサ紛れに一緒にエストが行こうとしたが、明日から『優しい小倉朝陽』で学院で過ごすと言ったら逃げ去って行った。
……そんなに怖いのか? 優しい小倉朝陽の僕は? いや、本当に。
「おはようございます、若」
「おはよう、九千代」
桜屋敷に戻ってみると九千代が待っていた。毎回エントランスで会うのは不自然だ。なので事前に壱与を経由して会うなら桜屋敷でと伝えておいた。
……アトレの姿は無い。その事に少し寂しさを感じながらも安堵感を覚えた。
僕と同じようにアトレも本気で変わろうとしている事を実感できたことは嬉しい。
「若の男性の姿を見るのは久しぶりですね」
「先月も、病院に行く時は着替えていたんだけどね」
男性用の服を着ていると、桜小路才華に戻った事を実感する。
いや、戻る理由を考えると喜んだらいけないんだけどね。何せ病院に行くんだから。
どうか今日の検診は先月と違って良い報告が聞ける事を願いたい。
「本日はアトレお嬢様は、コクラアサヒ倶楽部の方々と役員を決める話し合いに参加されています」
「……役員を決めるほどの規模になったの?」
「はい。信じ難い事ですが、若と小倉お嬢様の人気はフィリア学院では予想以上だったようで、倶楽部を作るとアトレお嬢様が宣言すると入部希望者が予想以上に多くて、僅か3日で200名以上の方々が入部されました」
本当に3日で入部希望者が三桁いったよ!
八日堂朔莉が言っていた時は流石に3日では無理だろうと思っていたが、本当に三桁の入部希望者が現れるなんて!?
流石は小倉さんと僕だ。あの両親の子供だから僕は当然だけれど、小倉さんも本当に綺麗だからね。
「どうやら、元々小規模ながらも集まりは出来ていたようです。其処にアトレお嬢様が本格的に倶楽部を作るならと続々と集まって来られたようです」
そういえば、うちのクラスでも飯川さんと長さんがコクラアサヒ倶楽部に入ったと教室で言っていた。
僕は楽しそうだなあと思ったけれど、小倉さんは大きくなっていくコクラアサヒ倶楽部に顔を蒼褪めさせていったっけ。
因みに八日堂朔莉はあのパーティーで言っていた通り、コクラアサヒ倶楽部に入部したそうだ。これを機会に彼女のコミュ障も治ると良いが。後、彼女の会員番号は執念なのか一桁をクジ引きで引き当てたそうだ。変態の執念おそるべし。後、アトレは部長という事で会員番号は0番らしい。
本当ならアトレもクジ引きを引いて会員番号を決めるつもりだったんだけど、誰もが二の足を踏んでいた倶楽部設立に、アトレが最初に踏み込んだという事で特別に0番という事になったらしい。
それを話していた時にアトレは本当に嬉しそうにしていた。
「若。準備の方は出来ましたか?」
「うん。出来たよ、壱与……ところで例の件の方は紅葉に確認してくれた?」
「はい……若に頼まれた通り、もみもみに確認してみましたが……どうやら音楽部門の件は私達の想像以上に大きな問題だったようです」
「な、何があったの?」
のっけから不穏な気配が漂って来た。僕らの想像以上の事って一体何があったんだろう。
「そもそも事の起こりは、去年にフィリア学院の音楽部門で起きた出来事が原因だったようです。その件には山県様も大きく関わっていました」
「やっぱり」
山県先輩が関わっている事は、何となく察していたので驚きは無い。
「先に言っておきますが、山県様が何かされた訳ではありません。寧ろ周りのピアノ科の生徒達が、最初の発端になったそうです。その出来事が原因で、もみもみが言うには山県様が大蔵家の血縁者だとピアノ科の生徒達に知られてしまったそうです。私達ですら、ルミネお嬢様が教えてくれるまで知らなかったあの方の素性を」
あっ。壱与に言われて僕も今更ながらに気がついた。
そう言えば、僕も山県先輩の事を知ったのは2月にルミねえが教えてくれたからだ。名字も違うし、何より山県先輩本人が大蔵家とは距離を取っている。その上に、大蔵家側も実の父親の富士夫大叔父様も認知してないし、何よりもひいお祖父様が一族の人間だと認めていないんだから。
……改めて考えてみると、ピアノ科の生徒達が山県先輩の事を大蔵家の血縁者だと知っているのは不自然だ。
まだ何度か会ったぐらいで、会話も挨拶ぐらいしかしてないが、ジュニア氏から聞いた話と僕自身の印象から考えても山県先輩が自分から大蔵家の血縁者と名乗るとは思えない。
「何があったの?」
「はい。その前にお聞きしますが、若は山県様のピアノをお聞きになったそうですね? その時どう思われましたか?」
「とても楽しかったよ。時間さえあれば、夏にまた開くっていうリサイタルに行きたいなって思った」
とは言っても、夏は衣装の製作があるから無理だ。残念だ。
「若が其処まで言うほどですか。私も一度お聞きしてみたいですね……話は戻しますが、事の発端はもみもみが言うには、去年のフィリア・クリスマス・コレクションで行なわれるピアノ科のソロコンサートに選ばれたある女生徒が、山県様を自分の代わりに推薦した事が始まりでした。その方はどうやら山県様のピアノを大変気に入られていたようで、フィリア・クリスマス・コレクションに山県様を出したかったそうなのです」
「……その山県先輩を推薦しようとした人は、凄いね」
「はい、ルミネお嬢様の話ではピアノ科のソロコンサートに選ばれるのは三名だけだった筈です。なのに、その方は自分の機会を失ってでも山県様を推薦なされるなんて」
九千代の言う通りだ。
服飾部門の方は応募すれば参加する事が出来るが、ピアノ科のソロコンサートは教師達に選ばれる。
下手な相手を選んでフィリア・クリスマス・コレクションを台無しにされる訳には行かないのだから、教師達も選ぶ時はかなり慎重になるらしい。
その中で選ばれたのに、幾ら山県先輩の演奏を気に入っているからと言ってもせっかくのチャンスを差し出すなんて、今の僕でも出来ないよ。
去年の山県先輩の実力は分からないが、リサイタルの時に卒業生達が来てくれるぐらいだったんだから実力的には問題は無いと思うんだけど……山県先輩が、去年のフィリア・クリスマス・コレクションには総合部門にしか参加していなかった事から考えて結果は分かっている。
「若もご存知でしょうが、山県様はフィリア・クリスマス・コレクションには総合部門の方でしか参加なされていません。残念ながらその方の折角のご厚意も実らなかったという事です。ですが……問題は起きていたのです。その山県様を推薦なされた女生徒の方は、実は署名運動まで起こされていました」
「署名運動までやったの!?」
「はい。山県様はピアノ科と言うよりも、音楽部門ではかなり生徒の方々に慕われているとの事です」
うん。それは何となく分かってた。
リサイタルの時にも冷やかしとかは本当に無かったから。最後の挨拶の時も一人一人に丁寧に対応していたし。
……あの場で喜んでなかったのは、本当にルミねえだけだったよ。カリンなんてビデオに撮っていたし。
あのビデオ。見せて貰えないかなあ?
エストや八日堂朔莉にも来て貰いたかったなあって思ってたし。
「音楽部門だけではなく、他の部門でも署名はかなり集まり、それを持って教師達に直談判をされたそうですが、ピアノ科の教師達は取り合いませんでした。その事に不審を抱いた音楽部門の生徒達と教師達の間で、言い争いのような事が起きてしまい、その頃はフィリア学院全体がギスギスしていたそうです」
……ちょっと気になる事があった。
「……壱与。一つ聞くけれど、その問題が起きてたのって……何月頃なのかな?」
「……十月頃だそうです」
「……う、うん。分かった。ありがとう」
「あ、あの若。もしかしてあの時期に、総裁殿がお怒りになっていた理由の一つって」
「言わないで九千代」
言われなくても良く分かっているから。部屋に気まずい空気が充満した。
良く分かった。あの頃にフィリア学院で、そんな問題が起きていたなんて思ってもみなかった。
フィリア学院で起きた問題となれば、当然日本に居て理事長の総裁殿も無関係では居られない。しかもその当時は服飾部門の男子部存続に関して、他の役員達と争っていたとお父様とお母様が言っていた。
序に言えば小倉さんの事でも心労が溜まっていた。
そんな時に日本に帰って伯父様にお願いすればフィリア学院に通えると思っていた僕が帰国した。
……うん。キレるね。
フィリア学院の事で散々大変な事になっているのに、甘えていた僕がやって来たんだから。
「……何だか凄く総裁殿に申し訳なくなって来たよ」
「はい。本当に大変だったんですね」
僕と九千代は揃って顔を伏せた。
出来る事なら今すぐにでも謝罪したい気持ちで一杯だけれど、謝罪の相手である総裁殿は僕らに対して絶賛お怒り中なので謝罪を聞いてくれるとは思えない。
やっぱり結果を出すしかない。
「それで壱与。結局どうして山県先輩が大蔵家の関係者だとバレてしまったの?」
此処が一番重要だ。間違いなくこの件で、音楽部門の生徒達が大蔵家を嫌う事が起きたに違いない。
だけど、壱与はすぐには答えずに何かを悩むように顔を歪めた。
「……これは若のお身内を悪く言う事になりますので、メイドの立場にある私が申して良いのか分かりません」
「話していいよ、壱与。僕が調べてくれっていった事だから。責任は僕が取るよ」
「……分かりました……実はある教師が山県様の出生に関して生徒達に話してしまったのです」
「えっ? ちょっと待って壱与。今のは可笑しいよ。何でピアノ科の教師が山県先輩の出生に関して知ってるの? 僕だって最近までは知らなかった事だよ?」
「それに関してもご説明します。山県様の事をピアノ科の教師が知っていた理由。それは……あるお方が裏で動いていたからです。山県様を決して自分の目や耳が届く場所で活躍させない為に」
……まさか。その人物って。
「その方のお名前は大蔵日懃様。若にとってはひいお祖父様にあたるお方で、山県様にとっては血の繋がりで言えば、お爺様にあたるお方です」
……開いた口が塞がらなかった。隣に居る九千代も信じられないと言う顔をしている。
お父様から山県先輩はひいお祖父様の妨害を受けていると聞いていたが、その妨害は予想以上だ。
まさか、フィリア学院の教師達にまで手を伸ばしていたなんて。でも、確かに自分の目や耳が届く場所で活躍させたくないのならフィリア・クリスマス・コレクションで活躍させる訳にはいかないだろう。
フィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞を取れば、将来が約束されるとまで言われるほどの一大イベントだ。しかも理事長は身内の総裁殿だから、嫌でも耳に届く。
その上、非常に厄介な事に総裁殿はこの件では下手な手を打つ事は出来ない。何せ身内が不正を働いている。
総裁殿は不正の類は嫌いだが、身内の権力の大きさから考えて不正に手を貸している教師達が逆らう事が出来ないのも分かっているだろうから、教師達を辞めさせる事なんて出来ない。
ひいお祖父様の事だから、ピアノ科の教師達全員に……待ってよ。
「……もしかしたらだけど、エストが言っていたあの事もひいお祖父様が関わっているんじゃ」
「若? どうされました?」
「実は先月エストが言ってたんだよ。新しく来たピアノ科の女性教師が山県先輩の事を知っているのは可笑しいって」
「新しく来たピアノ科の女性教師の方と言うと……ルミネお嬢様が依願退職させてしまった男性教師の代わりの方の事ですよね?」
「そうだよ。この人は間違いなく総裁殿に急に雇われた教師の筈なんだ……アトレに調べて貰ったから間違いない」
九千代もその事を思い出したのか、難しそうな顔をした。今思えば、調査の依頼をアトレに頼んではいけなかったかも知れないなあ。
「だけど、エストが言っていた通り、半月ぐらいしかフィリア学院で教師をやっていないのに山県先輩の事を良く知っているみたいな感じだったから可笑しいなって思っていたんだ。……まさか、その教師にもひいお祖父様が……」
「恐らくは若のお考え通りだと私も思います。もみもみが言うには、ルミネお嬢様が入学する前は、ピアノ科の教師達は山県様の事で他の生徒達に責められないようにする為なのか、彼の件に関しては大蔵家が理由で評価を与える事が出来ないと公然と言っていたそうです。事が事なだけに、総裁殿も注意する事は出来なかったようなのです。今はピアノ科の教師の方々も口に出していないそうですが」
賄賂とかピアノ科の教師達はひいお祖父様から受け取っていると思うけれど、受けとらなかったらひいお祖父様に睨まれるだろうから受け取るしかないよね。
大蔵家の前当主というだけで、上流階級だけじゃなくて事情を知っている大半の人が押し黙るしかない。
「あ、あの若。この事をルミネお嬢様は?」
「知らないと思う。規則至上主義のルミねえが知ったら、実の父親のひいお祖父様でも絶対に怒るに決まっているよ。でも、今のところルミねえがひいお祖父様に怒っている様子は無いからね。壱与が言ったように、知られないように根回しもされているに違いないよ」
ひいお祖父様の過保護は、僕の想像以上だったようだ。
あの人の家族に対する愛情は、少し間違っていると思っていたが、まさかルミねえが絶対に許さないような事まで手を出していたなんて。
この事をルミねえが知れば、傷つく。口では一般家庭の愛情になって欲しいと言っているけれど、ルミねえはひいお祖父様も大奥様も大切に想っているんだから。
「……ひいお祖父様には、僕が言っても聞いてくれないだろうし」
いまだに昔の事を気にしているぐらいだ。
と言うよりも、お父様を含めた身内の大蔵家の人間が止められないんだから、僕なんて尚更に無理だ。
ルミねえならと思うが、そのルミねえ自身に知られないようにひいお祖父様はしているし、実の父親を悪く言われたらルミねえだって怒るに決まってるよ。
「本当に今のところ光明が見えませんね」
「うん。本当にこの問題は、僕らの手に余るよ」
事が大き過ぎる。
でも、その中で僅かに光明は確かに見えている。まだ、デザインすら完成していないが、ルミねえは僕の製作した衣装を文化祭で着てくれると約束してくれた。
その光明を教えてくれたお父様には、本当に感謝と尊敬の念しかないよ。
っと……話し込んでいたら結構な時間が経っていた。そろそろ桜屋敷を出ないと予約した時間に間に合わなくなる。
「それじゃあ九千代。アトレの方はお願いね」
「はい。若もお気を付けて行って来て下さい」
「では、参りましょうか」
壱与を伴って僕は病院へと向かった。
先月は早急に環境を変えないと危ないと宣告された。果たして今月はどんな診断を聞かされる事になるんだろうか? 結構不安だ。
「……以前よりも、危ないところまでいったようですね」
「は、はい」
「しかし、何とか持ち直せたようですね。もしも持ち直せていなかったら危ないところでした」
よ、良かったあああ!
あの時、お父様に相談したのは本当に正解だった。もしもストレスで倒れていたらと思うと、ゾッとする。
僕が倒れたと連絡がいけばアトレも小倉さんと仲直りするどころか、最悪の事態になっていたに違いない。
間一髪だった事を実感させられた。
一緒に居る壱与も心からの安堵の息を隣で立ちながら漏らしていた。心配させていてごめんね、壱与。
「ですが、持ち直せたとは言え油断してはいけませんよ。一時的に良くなっているだけで、貴方の身体は以前よりも弱っています」
うぅ、確かに先生の言う通りだ。
小倉さんとアトレが仲良くなってくれた事で、最大のストレスからは解放されたが、未だに僕の環境は変わっていない。
もしも正体がエストや学院の皆にバレてしまったらと思うと、不安で仕方がない。状況は以前よりも良くなっているが、僕が居る場所が崖っぷちなのは変わっていないんだから。
先生から薬を貰い待合室に移動した僕と壱与は、今後の予定に関して話し合う。
「それで若。これからいかがいたしましょうか?」
「そうだね」
せっかく遠出しているんだから、このまま桜の園に帰るというのも味気ない。
先月のように何処かに寄り道するのも良いかも知れない。こんな体だから、外に出る機会は少ない。
そう言えば……今月の小倉さんは服飾店を巡っているらしい。九千代からの情報だと、京都でも服飾店に行っていたそうだ。
その時に撮った写真を、つい先日屋上でエストと一緒に居る時にアトレに見せて貰った。
……白いゴスロリ系の服を着た小倉さんと和ゴスを着たアトレのツーショット写真は、実の姉妹のように見えて兄として嫉妬を覚えた。
一緒に居たエストなんて、『まるで本当の姉妹みたい』なんて言ってた。しかもアトレは本当に嬉しそうに微笑んでいたし。妹離れする気だけど、アトレの兄まで止める気はないよ、僕は。
「それじゃあ壱与。悪いんだけど、この辺りの服飾店に案内してくれるかな?」
「服飾店にですか?」
「うん。流行とかは僕はファッション雑誌で確認しているけれど、やっぱり店先で売られている物も目にしたいんだよ。後、最後に先月に行った布屋にも行って欲しい。小倉さんに贈る服のデザインを描き直したから、予備の布も欲しくなったんだよ」
「分かりました。それでは参りましょう」
さて、せっかくの休日なんだからこれを機会に少しでもストレスを発散しよう!
次回は遊星sideの午前中です。
色々と彼は頑張っています。
それと久々の選択肢です。
選択肢が発生しました。
【りそなの提案を受け入れて課題を優先する】(変化なし)
【りそなの提案を受け入れず、約束を果たす為に頑張る】(りそな好感度UP)