月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
dist様、笹ノ葉様、秋ウサギ様、烏瑠様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!
選択肢
【りそなの提案を受け入れて課題を優先する】
【りそなの提案を受け入れず、約束を果たす為に頑張る】←決定!
side遊星
「ん……タックが……ダーツが……縫製が……後37着……頑張らないと」
「部屋に戻って来なかったと思って来てみれば、やっぱりですか……下の兄。下の兄」
「……ぅぅん」
……身体が揺すられるのを感じて薄っすらと目を開けた。
心配そうに僕を見ているりそなが映った。
「はっ!? ごめん! 急いで朝食を作るから!? それに学院に行く準備をしな……」
「いや、今日は休日ですから学院に行く必要はありませんよ」
そうだ……りそなの言う通り、今日は日曜日で学院は休みだ。うぅ、また寝ぼけてしまった。
机の上に乗っていた身体を起こす。どうやらまたりそなの部屋(結局一緒に寝ている)ではなく、アトリエで作業途中で眠ってしまったようだ。
此処最近は、りそなの服作りの為に夜遅くまで作業しているので、そのままアトリエで眠ってしまう事が何度かあった。昨日の夜も明日は休日だからと思って、アトリエで深夜になっても製作を行なっていた。
「うぅ……起こしてくれてありがとう、りそな」
「それは良いんですが……下の兄。本気で大丈夫ですか? 課題の方も重要ですけれど、その前に身体の事や……後、精神的な部分で」
「な、何とか大丈夫だよ。課題の方は今のところ男性物の服を着る事で頑張っているし、追加の課題のドレスシャツの方も型紙は完成しているから」
とは言ってもキツイのは事実だ。
以前の僕ならドレスシャツぐらいは、型紙さえ完成すれば一週間も掛からずに製作出来ただろうが……今の僕では間違いなく二週間以上は掛かってしまう。
これでも先月に比べれば格段に速くなった方なんだけれど……問題は約束していたりそなの衣装だ。時期的にコートの類は合わないから、見せてもらったデザインの中から着て欲しいと思ったゴスロリ系の衣装を選んでいた。
ゴスロリとなれば、フリルなども当然多いので作業量が増える。せっかくの衣装なんだし丁寧に製作も進めている。
ただやっぱり予想通りキツかった。学院での勉強に加え、元々の課題と追加された10着の服とドレスシャツの製作は本当に大変だ。夜遅くまで製作しているが、まだ半分ぐらいまでしか進んでいない。
「ドレスシャツの方は、型紙は完成しているし、何とか残りの一週間で完成させるから安心して」
「そんなにキツそうな顔をしてどう安心しろと」
今の僕は、そんなに辛そうな顔をしているのだろうか?
「心配してくれるのは嬉しいけれど、本当に大丈夫だよ。前にルナ様のクワルツ賞に応募する為に衣装を製作していた時よりは、本当に楽だから」
実際、ルナ様のクワルツ賞の衣装を製作していた時に比べれば、まだ余裕がある。
「その時の貴方の実力は、今よりも高いじゃないですか。今の貴方の実力で本当に間に合うんですか?」
「ひぐうっ!」
うぅ……痛いところを突かれて思わず両手で胸を押さえた。
「いや、その押さえ方は本当に止めた方が良いですよ。本気で女性にしか見えませんから」
……聞かなかったことにしよう。主に僕の精神の為に。
それよりも今はりそなに指摘されたことを考えよう。
確かにりそなの言う通り、今の僕の実力でりそなの服とお父様の課題の両方を終わらせられるかというと……かなりギリギリだ。
流行の服の方は、毎日放課後や休日で頑張れば何とかなる。……女性物の服を着ている時に写真を撮られるのは、ガリガリと精神を削られるが、りそなも事情を理解してくれたのか男性物の服を着ても不機嫌にならなくなった。正確に言えば男性物の服を着る時の僕の髪型が、才華様と同じなのが気に入らないだけだ。
お父様の課題追加でそんな事は言っていられないと思ってくれたのか、髪型に関しては何も言わなくなった。正直言って心から助かった。もしも残りの殆どが全部女性物の服だったと考えると、鬱になっていたと思う。
「それで私の服は何処まで進んでいるんですか?」
「あああっ! 見たら駄目だよ!」
急いで製作している途中の服を片付けた。
服を製作しているのは教えたが、どのデザインを選んだのかは内緒にしているんだから!
隠したことに不機嫌になっていないかなと心配しながらりそなの方を向いてみる。
「……」
……どうやら不機嫌にはなっていないようだけれど、何だか悩むような表情をしていた。
「……下の兄」
「なに? りそな」
「……提案なんですが、私の服は後回しにしても構いませんよ」
「えっ?」
「上の兄がドレスシャツの課題を追加したのは、私の服を作っていることを知らなかったに違いありません……知っててやったんだったら流石に怒りますが、下の兄は上の兄に話していませんよね?」
「うん。お父様には話してないよ」
「だったら本当に偶然ですね。まあ、とにかくこのままだとキツイのは事実なんですから、私の方の服は後回しにして上の兄の課題の方を優先して下さい。課題に失敗したら、貴方はフィリア学院を退学させられてしまいます。上の兄はやると言ったら必ずやる人ですから、言い訳も聞かないでしょう」
りそなの言う通り、お父様はやると言ったら本当にやる人だ。
課題に失敗したら、僕はその時点でフィリア学院を退学させられる。
……今の学院生活も楽しいと思っているから、退学させられたくない。実際りそなの服を後回しにすれば、今月の課題に関しては問題はなくなる。
お父様も予想外だった僕の個人的な衣装製作がなければ、課題は確実に乗り越えられると思う。
でも、僕は……。
「ありがとう、りそな。僕のことを心配してくれて嬉しいよ」
「それじゃあ今日はゆっくり休みましょう……、下の兄に無理はさせられませんから。少し残念ではありますけれど」
「ううん。りそなの服を作るのは止めないよ」
「……はっ?」
「確かに体は辛いよ。でも、服飾の世界で生きていくなら、このぐらいは乗り越えられるようにならないといけないと思うんだ。それに……桜小路遊星様がルナ様の衣装を製作した時は、今の僕が置かれている状況よりもずっと大変な状況だったんでしょう?」
「いやまあ……そ、そうですね。上の兄に気が付かれないようにしないといけませんでしたし、監視の目も誤魔化したりしていましたから」
「僕の今の目標は桜小路遊星様を超えること。だったら、寧ろこのぐらいの困難は望むところだよ。もう女性物の服を着て写真を撮られても耐えられるように頑張るよ」
「……そっちはそっちで不味い気もするんですが」
うん。僕も危ないなとは思ってるよ。それでも……りそなの服を作りたいのは僕の心からの本心だ。
こんな僕の為に、色々としてくれる最愛の僕の妹。その妹に少しでも恩を返したい。
その為なら幾ら大変でも、絶対にやり遂げてみせる。
「とにかく、りそなの服作りは止めないよ。ギリギリまで頑張ってみる」
「……分かりました。妹もこれ以上は何も言いません。ただ今回の課題の時に上の兄がドレスシャツで何かを言ってきた時は、妹は擁護します」
「ありがとう、りそな」
お父様が意見を聞いてくれるかは分からないけれど、それでも心強いのには変わりはない。
「ところで先ほどルナちょむのクワルツ賞の時よりは、と言いましたが」
「ああ、それ。りそなも知っていると思うけど、ルナ様はフィリア女学院に入ってすぐにクワルツ賞の一次審査に合格して、その型紙を僕に任せてくれたんだよ」
「ええ、その話は知っています。ただまさかと思いますが、その時も居眠りとかしてしまったんですか?」
「……は、恥ずかしい話なんだけどね。ルナ様の衣装を製作するのが楽しくてつい遅くまで作業をしていたら」
「遅くまでって何時ですか?」
「……夜の二時ぐらいかなあ」
「深夜じゃないですか。メイドの仕事や学院もあるのに。いや、当時の妹の日常を考えると何も言えないんですが」
昼夜逆転していたからね、学生時代のりそなは。
「メイドの仕事の方はクワルツ賞の衣装製作があったから、ある程度は免除して貰っていたよ。まあ、逆に衣装製作をやりたくて仕方がなくてその分遅くまでやってしまったんだけどね……うっかり授業中に居眠りしちゃって、ルナ様に申し訳なかったなあ」
ハウススクーリングで学んで知っていたファッション史の講義の時は、本当に大変だった。
何度も教えられて知っていた事だからどうしても眠くなってしまって……あんな罰を受ける羽目になってしまったんだよね。
「ルナちょむの事だから怒りはしなかったでしょうが、何か貴方に恥ずかしい罰を与えたと思うのですが」
正解。確かにちょっと恥ずかしい罰を受けました。
居眠りしないように頑張ったつもりだったんだけど、結局居眠りをしてしまい……机の下でスカートをギリギリまで捲るという罰を受けた。今思えばかなり危ないことをしていたなあ。
あの時は恥ずかしさよりも、居眠りをしたことで桜小路家の名を辱めてしまった事への申し訳なさが勝っていたからなんだろうが、他の教室の生徒達に気が付かれなくてほんとによかったよ。
……実際にスカートを捲ったら、湊が頭を机にぶつけていたけれど……男の太腿なんて見てなんであんなに騒いでいたんだろう?
「まあ、とにかく朝食は取りましょう。食事は取っておかないと、元気が出ませんから」
「うん」
りそなの言う通り、朝食の準備はしないと。何が良いかな?
「……ところでどんな罰を受けたんですか?」
「スカートを捲らされて……はっ!?」
「OSSANくさっ!? 何をやらせているんですか、あの義姉は!? しかも貴方も何をやっているんですか!?」
忘れていたが、僕の妹はルナ様と同じくらいに扱いなれているんだった。この軽い口をお許しください、お優しいルナ様。
「い、いや、やらせたのは僕の方のルナ様だから……こっちのルナ様が桜小路遊星様にやらせたかは分からないよ」
「やらせたに決まっていますね……良い機会です。貴方が桜屋敷でどんな生活を過ごしていたのか話しなさい。次にルナちょむに会った時にからかうネタとして使いますから」
「絶対ダメ」
ルナ様がからかわれるのなんて認められない。序でに言えば、桜小路遊星様も思い出したくない過去だと思う。
あの頃のことは僕は絶対に喋らないと誓いながら、詳しく聞こうとしてくるりそなを伴ってキッチンへと向かった。
「それで今日はどうしますか?」
何とかりそなの質問攻めをやり過ごし、朝食を食べ終えた後、本日の予定を聞かれた。
ううん。どうしたら良いだろうか? アトリエに戻ってりそなの服の製作もしたいし……お父様の課題も終わらせないといけない。ドレスシャツはギリギリまで待つことにしたとしても、まだ37着のレポートが残っている。
学院が終わった放課後にカリンさんと一緒に服飾店に寄って、少しずつ進めて来たが、やはり休みの日にやった方が進むし、遠出もする事が出来る。それに……先に流行の課題の方を終わらせることが出来れば、放課後にすぐに家に戻って来れるようになる。
……うん。今日は流行の課題の方を頑張ろう。
「今日は外に出て流行の方に専念するよ」
「それだったら、私のブランドの店に行きませんか?」
「えっ? りそなのブランドの店に!?」
「はい。一応私の店も今季の流行の物を取り揃えていますし、上の兄も10着ぐらいなら許してくれるでしょう」
流行物ならりそなの言う通り、お父様も認めてくれるに違いない。
瑞穂さんの時は、あくまで20着も行っていたからペナルティを受けただけだ。それにりそなのブランドショップには、絶対に行ってみたい。
これまでは恥ずかしかったからなのか、ブランドを営んでいるのは知っていたけれど、りそなは自分のブランドショップには連れていってくれなかった。
「うん。行ってみたいよ」
「一応言っておきますが、私はゴスロリ専門ですから、着るのは当然ゴスロリ系ですよ」
「それでも良いよ!」
これまで行けなかったりそなのブランドショップに行けるのなら、ゴスロリ系の服を着るのは……うん、頑張って耐えよう。
「それじゃあ決まりですね」
「楽しみだなあ、りそなのブランドショップ」
「本店はパリにあるんですけどね。妹、大蔵家の当主の座を上の兄に渡したら、早々にパリで服飾に専念するつもりですし。っというか、もう本気で大蔵家の当主の座を上の兄に押し付けたい気持ちで一杯ですよ。日本に居る身内は迷惑だけしか妹に掛けませんし」
お爺様と才華様……それとルミネさんかな?
こうして不満を口にしているという事は……どうやら相当苦労しているようだ。
「ああ、そういえばあの総学院長が今年のフィリア・クリスマス・コレクションは例年と違って、二日じゃなくて三日に出来ないかと役員会議で提案してきました」
「えっ? この時代のフィリア・クリスマス・コレクションって二日間やっていたの?」
実際に参加できなかったからよく知らないけれど、八千代さんの説明ではフィリア・クリスマス・コレクションは一日だけのイベントだったはずだ。
「貴方が通っていた頃と違って、今の時代のフィリア学院は他にも科がありますから二日間になったんです。最初の一日目でそれぞれの科が。二日目で総合部門が開かれるんですよ」
「そうだったんだ」
やっぱり僕が通っていた頃のフィリア女学院とフィリア学院は大きく違うなあ。
服飾以外にも、他に科が出来たから仕方がない事なんだけど……ちょっと寂しさを感じる。
「それでラフォーレさんが今年のフィリア・クリスマス・コレクションを三日間にしようって、提案したのはもしかして」
「ええ、ジャン・ピエール・スタンレーに一つでも多く部門を審査して貰う気なんでしょう。今のところ彼や京都の人達が参加する部門は、演劇部門とファッション部門、それと総合部門の三つです。この三つはそれぞれ別の日にやる予定なので時間が被る事はありません」
「音楽部門は選ばれなかったんだ」
「候補には確かに上がりましたが……スタンレーやスイスの人ならともかく、京都の人やミナトンに音楽は難しいので、残念ながら音楽部門は外されました」
「ああ」
普通に納得できた。りそなの言う通り、ジャンやユルシュール様はともかく、瑞穂さんや湊だと僕と同じようにピアノの良し悪しは分からないと思う。
花乃宮家は日本の文化を大事にする家柄だし、湊は……ピアノを弾いている姿なんて全然思い浮かばない。
「確かに無理だね。ジャンもユルシュール様も本業は服飾の方だし」
二人とも教養はあると思うが、審査となると難しいに違いない。
音楽部門がジャン達の審査対象から外されてしまうのは仕方がない。そう思っていると、急にりそながげんなりした顔をした。
「ただお爺様が側近の部下から、或いは本家に帰宅したルミネさんから聞いたのか、今年のフィリア・クリスマス・コレクションにスタンレーが来る事を知っていまして、理事長の妹に音楽部門に審査に参加出来ないかと聞かれましたよ。当然説明して拒否しましたが」
「……ジャンは今でも有名だからね」
僕の時でも、フィリア・クリスマス・コレクションはフィリア女学院が設立されて、最初の年だというのにかなり話題になっていた。
この時代でもジャンの有名さは衰えていないから、お爺様がルミネさんが通っている音楽部門の審査員になって貰いたいという気持ちは分からなくもない。僕だって、ジャンに自分が製作した衣装を見て貰いたいという気持ちがあるんだから。
「流石にこの件への介入は妹が許さないと分かっているのか、お爺様も残念そうにしながらも引き下がりました。それに下手にしつこく言ってくれば、妹が怪しむと分かっているんでしょう。実際、しつこく聞いてきたら『ルミネさんがまだフィリア・クリスマス・コレクションに参加すると決まっていないというのに、何でそんなに聞いてくるんですか?』と聞くつもりでしたからね」
「お爺様も、その件は流石に引き下がったんだね」
「引き下がらなかったら、もう大瑛の件を追求するつもりでした。カリンさんのおかげで証拠はかなり揃っていますからね……高齢で殆ど寝たきりの生活を送っていなかったら、本気で追及してやりたいぐらいの証拠の数々ですよ」
相当怒ってる。どうやらカリンさんは、かなりの不正の証拠を見つけてりそなに渡しているようだ。
「アメリカの下の兄の母校だからフィリア学院の理事長をやっていましたが、もう学院経営なんて面倒くさくてやんなっています。ルミネさんが学院を卒業したら、速攻で辞めるつもりです、妹は」
「じゃあ、僕はりそなが理事長を辞める前にパタンナーとして使って貰えるように頑張るね」
「下の兄が私のパタンナー……夢みたいで嬉しいです」
夢にするつもりはないから安心してね、りそな。
「後、学院で思い出したんですが、何だかアトレが変な倶楽部を作っているようですね……確か名前はコクラアサヒ倶楽部とか?」
「うぅ、その事は聞かないでよ。思い出すだけで恥ずかしいから」
アトレさんの冗談だったと思いたかった。でも、本気だったのかアトレさんはコクラアサヒ倶楽部を作ってしまった。
コクラアサヒ倶楽部に入ったらしいクラスメイトの飯川さんと長さんの話とアトレさんから送られてきたメールの内容によれば、信じられないことに募集を開始してから3日で200人以上の参加希望者が集まったらしい。主に服飾部門と調理部門の生徒達が入部を希望して来たようだ。
……事実を知った時は気絶しそうになった。なんでそんなに人が集まったんだろう?
寧ろ集まらないで欲しかった。
「因みにアトレが作っている倶楽部がどれだけの規模になっても、妹はアトレの功績として認めませんからね。ルナちょむも認めないでしょう」
「それは言わなくても分かってるよ」
「ただ集まった人数が人数なので、教師達の間では正式な倶楽部活動として認めようかなという話も出ています」
ずるりと身体が椅子から滑り落ちそうになった。
ええええ!? まさか、本気じゃないよね!? だって、僕と才華様の事で盛り上がるとか、本当に意味が分からない倶楽部だよ!?
「まあ、良いんじゃないですか?」
「良くないよ!? 文化祭には桜小路遊星様が来るんでしょう!? そんなコクラアサヒ倶楽部なんて部活がある事を知ったら!?」
考えるまでもなくどうなるか分かる。
「気絶しかねませんね……それにお爺様も文化祭には来ますから、貴方がフィリア学院に居ることを知られる危険があります。理事長権限で本格的な部活としては認めないようにしておきます」
「うん。本当にお願い」
文化祭の時に桜小路遊星様とは会うつもりでいるんだから……少しでもダメージは減らしてあげたい。
……僕が一番のダメージになることは……うん。今は考えないようにしよう。っと、それよりも今気になることをりそなは言わなかっただろうか?
「りそな。もしかしてお爺様は僕を探しているの?」
「療養中だと言ってありますが、新しい血の繋がった娘ですから、お爺様も気になっているようです」
本当は男なんだけど。
「来年の『晩餐会』には会えると言ってあるんですが、貴方の事を知ってから数か月も経っていますから、少しは回復したと思っているんでしょう。会うぐらいなら問題ないと考えていそうですが……まだ、貴方をお爺様には会わせられません。事情を知っている上の従兄弟ならともかく、何の事情も知らないお爺様だと下手な事を口にしそうですし」
「会って僕の事を嫌うかも知れないんだよね?」
「はい。娘という事と血の繋がっている事で多少は認めていますが、妾の子を嫌うお爺様ですから。それなりの準備をして会わないといけません。そういう点で言えば、あの京都の人の衣装の件は助かりました」
「瑞穂さんの着物は、日本で有名だからね」
この日本の上流階級で、瑞穂さんの事を知らない人は居ないぐらいに有名だ。
「……それに下手をすれば、あの件をお爺様は話しかねませんから、やっぱりまだ会わせる訳には行きませんね」
なんだか小声でりそなが呟いたような気がする。
でも、実際僕もまだお爺様には会いたくはなかった。山県さんにしている事を知る前だったら、少し会いたいという気持ちはあったんだけど……会って否定の言葉を言われたりしたら、今の僕だと耐えられそうにない。
何よりもお父様が許してくれないだろうから、お爺様に会えない。あれでも?
「僕がフィリア学院に通っていることを、ルミネさんが話したりしないかな?」
ルミネさんは休みの日とかに本家の方に帰っているそうだから。
「話さないと思いますよ。貴方が弱っていることはルミネさんも知っていますから」
良かったあ。お爺様に会うのは、もう少し自信がついてからにしたい。
「この件に関してはもういいでしょう。それよりもショップの方には連絡して準備させておきますから、準備が終わったと連絡が来たら向かいましょう」
「うん。だったら、僕は服の製作を進めておくね」
「いや、少し眠ったらどうですか? 妹とごろごろしましょう。休みの日ぐらいは本気でごろごろしたいです」
「う~ん。魅力的な誘いだけど、服の製作は少しでも進めたいから」
それに今一緒にベッドで横になってしまったら、そのまま本格的に眠ってしまいそうだ。
眠ったりしたら起きられそうにもないし……お誘いは魅力的だけど此処は断らせて貰った。りそなも断られるのが分かっていたのか、余り残念そうな顔をせず(微妙に残念そうな顔はしている)、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、妹もアトリエでデザインしますよ」
「りそなのデザイン!」
「完成したら見せますから楽しみにしていて下さい……フフッ、やっぱり良いですね。下の兄が私のデザインを見て喜んだ顔をするのは」
僕の今の楽しみの一つだからね、りそなのデザインを見るのは。
誰よりも早く見られるこの喜びは、ルナ様のデザインを見せて貰えたあの感動に勝るとも劣らないものなんだから。最初の頃はデザインを見るたびに、りそなとの差を知って落ち込んだりしていたけど、今は見せて貰えるのが楽しくて仕方がなかった。
ルナ様の時と違って、学院での授業中に居眠りをしないのは、新しく服飾を学び直しているのもあるが、少しでも早くりそなのパタンナーになろうという気持ちが強いからだ。
それがなかったら危なかったに違いない。今の僕には本当に居眠りしている暇なんてないんだから。
「じゃあアトリエに行きましょうか」
「その前に何か飲み物を用意しておくね」
「コーヒーでお願いします」
書いていて思ったんですけど、よく原作で朝陽倶楽部なんて部活がフィリア学院にあったのに理事長のりそなに気が付かれずに済みましたね。
衣遠が手を打ったのか、それとも気付いていてあえて見逃したのか?
ただ今作だと正式に部活として認められるとしたら、文化祭後になりますね。
爺に朝日が近くにいることは、まだ知られる訳にはいかないので。