月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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才華の午後です。
果たして才華は朝日と出会えるのか!?

秋ウサギ様、笹ノ葉様、烏瑠様、ライム酒様、三角関数様、誤字報告ありがとうございました!


五月中旬(才華side)23

side才華

 

 病院での検診が終わった後、僕は壱与が運転する車に乗って一番近くの服飾店に向かった。

 其処で思ったのは……店に来て良かったと心から思った。

 

「う~ん」

 

 店員の人に流行だと教えて貰った服を見て、僕は今難しい顔を浮かべている。

 僕の視界の先に飾られている服は、雑誌に載って紹介されていた覚えがあった。こうして飾られているのを見ると、飾り方一つで印象が変わるものなんだと感心させられる。

 これまで僕は『服を売る』という経験をしたことがない。コンクールで入賞できる衣装と、売り物として出される衣装の差をこうして店に来てみると実感させられる。

 

「お母様が僕のデザインを使ってくれなかった訳だ」

 

 アメリカに居た頃の僕は、自分のデザインがお母様とお父様のブランドで使って貰えなかった事に不満を覚えていた。

 でも、そもそも不満を覚えること自体が間違いだったと今は実感している。今のデザインならもしかしたらとは思うけれど、アメリカに居た頃の僕のデザインでは無理だと納得した。悔しいという気持ちはあるが、今は素直に納得出来た。

 

「随分と難しい顔をなされていますが、どうされました、若?」

 

「……自分の未熟さを痛感させられているんだよ、壱与」

 

「と言われますと」

 

「……アメリカに居た頃に、僕はコンクールで入賞したデザインをお母様に使って貰えないか聞いてみた事があるんだ。結局良い返事は貰えなかったけどね」

 

 あの頃の僕は何で入賞したデザインなのに使って貰えないんだって不満を感じていたけど。

 

「今日此処に来て、どうしてお母様から良い返事を貰えなかったのかが分かったような気がする。あのデザインはお父様が言うように、綺麗すぎたんだよ」

 

「綺麗すぎた、ですか?」

 

「うん。今更分かった事だけどね。服は着るものなんだよ。確かに綺麗な服は良い物だけど、服だけが綺麗すぎたら駄目なんだ。着る人の方も大切にしないといけなかったんだ」

 

 アメリカに居た頃の僕はそれを分かっていなかった。

 自分というか、女装姿の小倉朝陽として姿を輝かせる事だけを考えてデザインを描いていた。

 お父様にデザインを見せた時に、僕はその事を注意されていたというのに。

 

『才華の描く衣装は、とても美しくて、とても才能に溢れていて、とても芸術的だからこそ、誰が着ればいいのか僕には想像出来ないんだ。モデルを決めて衣装を描くのもいい。だけどその人が着たいと思える服でなければ、やっぱりそれは着せ替え人形になってしまうと思う。衣服は、もちろん自分で着るのもあるけど、それよりも他の誰かが着る機会の方が多いと思うんだ』

 

 当時の僕はお父様の教えを抽象論だとしか思っていなかった。

 だけど、こうして売り物として売られている服を目にすると、お父様の言っていたとおり僕の服は綺麗すぎたのかもしれない。

 僕のデザインに足りなかったものは、『着る相手への想い』だ。今ならそれが分かる。

 だから、小倉さんに着て貰いたいという気持ちを持って描いたあのデザインをお父様とお母様は認めてくれたんだ。

 それを考えると、やはりパル子さんは凄い。売り物としては問題がないデザインを描けていたんだから。

 ジャスティーヌ嬢も警戒しなくてはいけないライバルだが、パル子さんも油断のならないライバルだ。商品として既に服を売っているんだから、フィリア・クリスマス・コレクションに審査員として来る筈の柳ヶ瀬湊さんから高評価を貰ってしまうかも知れない。

 ……改めて考えてみると、年末のフィリア・クリスマス・コレクションにやって来る面子は凄いとしか思えないよ。

 

「壱与は仕事の時は何時もメイド服で居るけれど、プライベートの時は違うんでしょう?」

 

「勿論です、若」

 

「そんな時はどんな気持ちで選んでいるの?」

 

「やはり自分が気に入ったものになります。若はどうされているのですか?」

 

「僕の場合は自分で作るか、或いはお父様やお母様が作ってくれていたからね。身体の事情もあったから、直接お店に服を見に行く事なんて数えるぐらいしかないよ」

 

 僕は無駄が嫌いだ。そんな事をしている暇があるなら、お母様の言う通り一枚でもデザインを描きたいと考えている。流行なんかはファッション雑誌で調べれば良かった。だから、これまでは直接店に服を見に行く事になんて時間を使うよりもデザインを描く方に専念していた。お母様もそうだったから、それで良いとばかり思っていた。

 小倉朝陽としての女装練習の為に外に出て店に行っても、あくまで女装の練習としてとしか考えていなかったからお店に入ってもあんまり関心を持っていなかった。でも、小倉さんに倣って学ぶ為にお店にやって来てみれば学ぶことも多いと痛感させられた。

 

「今日は此処に来てみて良かったよ」

 

 着るモデルの人が居なければ、どんな風に流行の服を飾っているのか。

 将来僕自身がブランドを開く時の参考になる。やっぱり他の店にも行ってみよう。其処でも学べることがあるかも知れない。

 

「そろそろ次の店に行ってみようか、壱与」

 

「分かりました。それでは参りましょう」

 

 その後、僕と壱与は日が沈むまで数店の店を見て回った。

 有名な服飾店を壱与が選んでくれたので、服飾の勉強に加え気分転換になる一日だった。

 そして先月に行った布屋『マルカン』に立ち寄り、予備の布と勉強用の為に製図用紙を買った。暫くは型紙の勉強に力を入れるつもりなので、製図用紙は多めに買っておく。

 

 

 

 

「今日も付き合ってくれてありがとうね、壱与」

 

「いいえ、これぐらいは何でもありません。若の楽しそうなお顔が見られて私も嬉しかったですから」

 

 買い物を終えた僕と壱与は、先月に訪れた喫茶店で一休みしていた。このお店のコーヒーは結構美味しかったので、また来れて良かった。桜の園からは距離があるからエストとは来れないからね。

 身体の事情もあるし、来るとしたら車に乗って来るしかない。

 

「壱与には本当に助けられてるよ。何時も思うけど、壱与が桜小路家に仕えてくれて良かった」

 

「よして下さい、若。照れてしまいます」

 

 日本に帰って来てからは、本当に何かと僕もアトレも壱与には助けられている。

 九千代に教えて貰ったが、時間が空いた時には壱与はアトレにお菓子作りを教えているようだ。僕ら兄妹は何かと壱与に助けられている。仕事としてだけではなく、プライベートでも僕らを助けてくれている壱与には感謝しかない。

 何時か壱与にも恩を返せるといいなあ。

 

「そういえば、若。もうすぐクワルツ賞の結果が発表される時期ですが、エストお嬢様は応募されているのでしょうか?」

 

「いや、応募してないよ。僕もだけどね。クワルツ賞の応募の締め切り時期は三月末頃だったから」

 

「その頃の若は」

 

「人生初めての崖っぷちを体験中だったからね」

 

 あの時期にクワルツ賞に選ばれるだけのデザインを描けるはずがない。

 エストにも心配されていたし。……しかし、壱与に言われて気がついたが、エストは今のところ日本で行なわれているどのコンクールにも応募していない。

 僕は小倉朝陽の件で、桜小路才華としてコンクールに応募することが出来ない。今更ながらに気づいたんだけど、学院が主催するコンクール以外の外部のコンクールに僕は応募する事が出来なくなっていた。

 何せ、エストに小倉朝陽は桜小路才華のゴーストだったと説明してしまった、

 それなのに桜小路才華の名前でコンクールに入選したら、エストに怪しまれてしまう。最悪の場合は、まだゴーストを続けているのかと僕に追及してくるに違いない。

 そうなったら終わりなので、今年は学院が主催するコンクール以外には参加するつもりはない。お父様が教えてくれた小規模コンクールには興味があるんだけどなあ。

 ……そうだ。丁度良い機会だから壱与に、お父様が言っていた小規模コンクールでの話を聞いてみよう。

 その前に周囲を確認する。

 結構遅くに来たから店内に居るお客は少ない。今なら聞いても問題はなさそうだ。

 

「ねえ、壱与。聞きたいことがあるんだけど」

 

「何でしょうか、若?」

 

「うん。お父様が学生時代にユルシュールさんが小規模コンクールで優勝した話を教えてくれたんだ。壱与は知っている?」

 

「学生時代にユルシュール様がですか? ……ああ、そういえば、そのような事が確かにありました」

 

「壱与も見に行ったの?」

 

「いえ、残念ながら私は見に行っておりません。ですが、もみもみや旦那様や奥様からお話は伺っております。あれは奥様がフィリア学院の二年生の時でした。当時桜屋敷でお過ごしだったユルシュール様が、今年はルナ様に勝ってみせると意気込みをつける為に渋谷で行なわれていた民族衣装コンクールにご参加されたそうです。当時は今のフィリア学院と違い、学内でのコンクールなどはありませんでしたから」

 

「えっ? そうなの?」

 

「はい。何せ奥様がフィリア学院に入学したのは設立されてすぐにでしたから」

 

「ああ、他の服飾学院と違って、設立したばかりだから文化祭での目玉とかで出せるものがなかったんだ」

 

「その通りです。今のフィリア学院では文化祭などでイベントがあるそうですが、奥様が通っていた当時の文化祭は模擬店などをやっていました」

 

「も、模擬店……それはお母様はかなり不満を漏らしていただろうね」

 

「ええ、学院に通っている頃は文化祭の時期が近づいて来ると、奥様はピリピリなされていました。それを当時は桜屋敷にいた小倉先輩……と旦那様が宥められている姿を何度も私どもは見かけました」

 

 きっとその時のお母様は、凄く不機嫌だったんだろうな。

 お母様が給仕をやっている姿なんて全然想像も出来ないよ。模擬店なんて下らないとか、平然と言っていそうだ。と、話が逸れてきている。

 学生時代のお母様とお父様の話も大変気になるが、今はユルシュールさんが参加したという小規模コンクールの方だ。

 

「それでユルシュールさんが参加したのは、間違いなく小規模コンクールだったんだよね?」

 

「はい。ですが、もみもみから聞いた話では場所が良かったそうなのです。渋谷の大通りでしたから、大変に人目についたそうです。見に行った奥様は文化祭の時期だというのに大変にご機嫌な様子でご帰宅されていました」

 

 お母様はユルシュール様をライバルと認めているからね。

 ライバルの活躍を見て、自分もやる気を出したに違いない。それにしても……やっぱり楽しそうだな、小規模コンクール。

 外部のコンクールに参加できない事が、こんなに寂しく感じるなんて思っても見なかった。でも、小倉朝陽としてエストの従者として仕えるには仕方がなかった。そう思って諦めよう。未練はあるけど。

 

「それにしても、お父様とお母様の学生の頃にも色々とあったんだね」

 

「ええ、ですがとても楽しい日々でした」

 

 懐かしそうに笑みを浮かべながら壱与は言った。

 本当に楽しい日々だったんだろう。それに比べて僕はといえば……一歩間違えば崖下に転落するような状況のままだ。しかもライバルも多い。

 留学生で間違いなく強敵のジャスティーヌ嬢に、既に一線で活躍しているパル子さん。

 この二人は間違いなく強敵だ。お母様の時代にもユルシュールさんと瑞穂さんという強敵が居ただろうけど。

 ……あれ? そう言えば一年目の時にユルシュールさんと瑞穂さんが活躍したという話は聞いた事がない。あの二人ならどちらかが準優秀賞をとっても可笑しくないのに。

 

「そういえばユルシュールさんと瑞穂さんは、一年目の時のフィリア・クリスマス・コレクションはどうしていたのかな?」

 

「それでしたら確か、奥様と同じグループにいたと聞いた事があります」

 

「同じグループに?」

 

「はい。当時のフィリア・クリスマス・コレクションは、今と違って個人での参加ではなくグループ参加で行なわれておりましたから。確かその時の奥様達の名前は……『朝日班』だった筈です」

 

「あ、『朝日班』? ……『小倉朝日』さんって、本当に人気者だったんだね。班名にまでされるなんて」

 

「ええ、小倉先輩は本当に人気者でした。当時、屋敷に勤めていた者で、あの人を嫌っている人は誰も居りませんでしたから」

 

「ふ~ん」

 

 そんなに人気者だった人が、何故桜小路家を辞めて大蔵家に戻ったのだろうか?

 人にはそれぞれ事情があるのは分かるんだけど……桜小路家に残ったままだったらきっと幸せな毎日を過ごせたに違いないのに。

 ……いや、それだと小倉さんが産まれないか。あの人に出会えたおかげで僕は大きく変われただけに、あの人が居ないのは困る。でも、あの人の現状を考えると……複雑だ。

 

「それでお母様と同じ班にユルシュールさんと瑞穂さんは居たんだね」

 

「他には柳ヶ瀬様やそれぞれのメイドの方々が居りました」

 

 柳ヶ瀬さんも同じ班だったんだ。

 だとすると総裁殿が言っていた三着の衣装のデザインはお母様、ユルシュールさん、瑞穂さんが描いたのだろうか?

 その事を壱与に確認してみると、首を横に振られた。

 

「私はその当時はおりませんでしたが、先輩方の話ではデザインに関しては全て奥様のデザインが採用されたとの事です」

 

「三着全部お母様のデザインが?」

 

「はい。夏頃だったと思うのですが、奥様、ユルシュール様、瑞穂様、柳ヶ瀬様、そして小倉先輩を含めてデザインの見せあいを行ない、その中で選ばれたのが奥様のデザインだったそうなのです」

 

「えっ? 『小倉朝日』さんもデザインを見せたの?」

 

「先輩方が言うにはですが。元々小倉先輩自身、デザイナーを目指していてその為の服飾を学ぶ為に奥様の募集に応じたという話でした。本来ならば服飾に明るい山吹メイド長が奥様の付き人になっても可笑しくはありませんでしたが、山吹メイド長は当時フィリア学院で講師を務めていましたので」

 

「八千代が講師。それは厳しいクラスだったんだろうね」

 

「奥様は楽しんでおられましたが、柳ヶ瀬様は苦労されておられました。話は戻しますが、奥様の募集の話を聞いた総裁殿が小倉先輩を紹介されたのがお二人の出会いだったそうです」

 

 矛盾は……無い。

 お母様から聞いた話と壱与の話は一致するし、伯父様の話とも一致する。まさか、大蔵家から居なくなった後に、伯父様が探すとは『小倉朝日』さんも思ってもみなかっただろうから。

 ……ふっと思った。もしかして、伯父様は『小倉朝日』さんに異性として興味があったのかも知れない。伯父様もいい歳して独身だし、駿我さんと同じで昔の相手を忘れないから結婚しないのではと邪推してしまう。

 まあ、流石にそれは無いかな。

 

「それじゃあ『小倉朝日』さんも、最初はデザイナー志望だったんだね?」

 

「私が桜小路家に勤めるようになってからは、もみもみと……旦那様と共に桜屋敷で型紙の勉強をなされておりました」

 

「ふ~ん。それで総裁殿がパリに留学した時は、一緒に付いていたんだね」

 

「……若。今の話は何処でお聞きになったのですか?」

 

 ん? 急に壱与の顔が険しく……ああ、そういえば壱与はジャスティーヌ嬢が教えてくれたパリでの『小倉朝日』さんの活躍の話の時に居なかったっけ。

 

「ジャスティーヌ嬢から教えて貰ったんだよ。パリで『小倉朝日』さんが総裁殿と最優秀賞を取ったって。その時の規模が凄かったって事もね」

 

「……その話は小倉さんには?」

 

「してないよ。あの人が母親の『小倉朝日』さんに対して複雑な気持ちを抱いているのは、もう十分に分かっているからね。ジャスティーヌ嬢の方にも、その場に居たルミねえから口止めをされていたし」

 

「そうでしたか。でしたら、小倉さんはその事を知らないのですね?」

 

「うん。知らないはず。一緒に暮らしている総裁殿が話していたら別だけど」

 

 僕の言葉に壱与は心から安堵したと言うように息を吐いた。やっぱりこの件を小倉さんには話さなくて正解だったようだ。

 

「メイドの立場で失礼かもしれませんが、どうかその件の話を小倉さんにはしないで貰いたいのです。もしも今小倉さんが知ってしまったら、今度こそ小倉さんは立ち上がれなくなってしまいます」

 

 普通に考えれば、母親の誇るべき功績なんだろうが、『小倉朝日』さんに複雑な気持ちを持っている小倉さんにとっては、劇薬でしかないようだ。

 もしも小倉さんを嫌っていた時のアトレが話していたらと思うと、体が震えてしまう。実際、『小倉朝日』さんが製作したあのお母様の衣装の件を考えると、本当に今度こそ立ち上がれなくなりそうだ。

 

「本当に『小倉朝日』さんは、小倉さんにとって複雑な相手なんだね」

 

「はい……その事を私は分かっていなかった為に……あんな結果を」

 

 ……壱与もいまだに服飾に戻ったとは言え、小倉さんに服飾を捨てさせてしまった事を後悔している筈だ。

 やっぱり壱与には確認することは出来ない。お母様が言っていた小倉さんが、自分で所持していた服飾道具を燃やしたという話は。

 壱与は小倉さんが服飾に戻ったと聞いたとき、本当に心からその事を喜んでいた。それなのに心の傷になっているに違いない小倉さんの服飾の件は、流石に聞く事が出来ない。

 

「……そろそろ桜屋敷に戻ろうか? もう夜も遅いし」

 

「分かりました、若。それでは参りましょう」

 

 会計を済ませて僕らは喫茶店を出た。

 ……ほんのちょっとだけ小倉さんがこの喫茶店に来ないかなと期待していたけど、流石に早々何度も休日には会えなかった。

 服飾店を巡っていたのも、クラスメイトが言っていた小倉さんのファッションショーが見れないかなと期待もしていた。まあ、無理だったんだけどね。でも、見てみたかったな。アトレが見せてくれたようなゴスロリ服や他にも色々な服を着た小倉さんを。

 僅かな心残りを残しながら、僕と壱与は桜屋敷に戻って行った。

 

 

 

 

「それでは朝陽様。失礼します」

 

「本日もお世話になりました。また来月にお世話になりますが、その時はまたお願いします」

 

 エントランスで僕と壱与は挨拶を交わして別れた。

 そのまま自室に戻る。今日もエストにはお土産を買って来たが、今日はもう遅い時間帯だ。こんな時間に甘い物を食べたら、また一歩エスト・ぽちゃっと・アーノッツに近づいてしまう。

 と言うわけでこのお土産は明日に渡そう。冷蔵庫に入れておいて。

 さて、どうしたものだろうか? まだ寝るには少し早いので小倉さんに贈る為の服の型紙の製作を行おう。

 ……型紙を製作していたら、リアルタイムでメールが届いてきた。宛て先は

 

「……エストからだ」

 

 先日に送った『会いたい』への返信だ。

 天井を思わず見上げた、途中の階層に八日堂朔莉やルミねえもいるだろうけど、その辺りはスルーしてエストの部屋を見上げた。あのメールを読んで、どんな顔で画面と向かい合い、どんな気持ちでメールを送ったんだろう。

 ……少し……いや、かなり緊張する。どんな怒りの返信が着ているのかと戦々恐々としながらメールを開く。

 

『やっとまともな返信寄越しやがってくれてありがとう(意訳)』

 

 おや? 多分だけど、以前まで感じていた怒りが薄れているように感じる。

 

『家庭の事情があって今は会えないのですね。良く分かりました』

 

 内容は、こんな出だしで始まっていた。どうやら前回のメールで納得してくれたようだ。

 此方の事情を良い方に解釈してくれたよう……。

 

『どうすれば私との面会に桜小路家の事情が関わるのか、これっぽちも想像できませんが、家庭の事情があるのでしたら仕方ありませんね』

 

 うん。君の気持ちが良く分かるよ。

 僕だってまさか、こんな事態になるなんて夢にも思ってなかったよ。

 

『会う時期もフィリア・クリスマス・コレクションの頃だと分かりましたので、一先ずは納得しておきます。つきましては』

 

 はい。

 

『方針を変えます。会う時期も分かったので今すぐ対面して下さいとは言いません。でも、私は、貴方と話したい。電話でも良いし、直接話すのではなく、メールでも構いません。私と対話をしていただけますか?』

 

 ……ふむ、どうしたものだろうか?

 余計なリスクを負うのを拒否するなら、エストとの会話は拒否すべきだ。でも、僕はエストに借りばかりを作ってしまっている。そろそろその借りを返済していかなければ……フィリア・クリスマス・コレクション後に僕は血の海に沈むことになりかねない。

 

『今月末まで返信を待ちます』

 

 考える時間までくれた。

 恐らく、これが桜小路才華に対してエストが出来る最大の譲歩なのかも知れない。なら、今月末まで返事は待って貰おう。今後才華としてエストとどう接していくのか。

 距離を取るのか、それとも少しだけ近づくのか。リスクも踏まえて考えよう。

 だから、返事は待っていて欲しい、エスト。必ず今月末に答えを出すから。




というわけで残念ながら才華は朝日に出会えませんでした。
朝日が向かった店は、りそなのお店なので、才華はいけませんでしたから。
次回は遊星sideです。それが終わったら漸く五月下旬に入ります。
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