月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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久々に早めの更新です。
この勢いを忘れないようにしたい。

秋ウサギ様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!

【選択肢】
【特別食堂に行く】
【一般食堂に行く】←決定!


五月下旬(遊星side)27

side遊星

 

「……私は構いませんよ」

 

 ……えっ?

 

「やったあっ!」

 

 一限目が終わった後の休み時間。次の授業がデザイン画の授業という事もあって、僕とジャスティーヌさん、そしてカリンさんとカトリーヌさんは理事長室を訪れていた。呼ばれた理由は、ホームルームの時に樅山さんが報告したジャスティーヌさんのクワルツ賞の件だ。

 ジャスティーヌさんがクワルツ賞に応募したデザインは、才華様をイメージして描いたデザイン。でも、その才華様がモデルを辞退した。此処までだったら僕には関係なかったんだけど……その後にジャスティーヌさんが僕をそのデザインのパタンナーに指名して来るとは思ってなかった。

 

「棚から牡丹餅じゃないですか、朝日。クワルツ賞に出す衣装のパタンナーを務めるなんて、早々ない事ですよ」

 

 一度経験しているよ、りそな。しかもその時の相手は、僕が敬愛と信仰を抱いているルナ様だって事も知ってるよね?

 

「朝日の父親にも私から連絡を入れておきます。其方も了承してくれるでしょう」

 

 お父様は……了解しそうだなあ。

 僕のデザインの腕だとコンクールの審査とかは通らないから、この機会に優勝を目指せとか言いそうだ。と言うよりも絶対に言う。

 

「じゃあ、黒い子! デザインを急いで取って来るから! 制作の時にはちゃんと見せてよね」

 

「えっ? あ、はい」

 

 勢いに負けて頷いてしまった!

 もう完全に後戻りが出来ない! どうしたら良いんだろうと悩んでいると、理事長室から出ようとしたジャスティーヌさんが振り返った。

 

「あっ、そうだ。モデルの方も黒い子が決めて良いよ」

 

「モ、モデルも私がですか!?」

 

「だって、あのデザインのイメージ。私だと白い子で固まっているし。新しくモデルを決めるのはめんどくさいから」

 

 な、何だか殆ど丸投げに近い感じになって来ているようなあ?

 

「何よりも型紙を引くのは黒い子なんだからさあ。黒い子のやりたいようにやって良いよ」

 

「パタンナーにとっては最高の状況ですね。デザイナーからの無理な要求もありませんし……ただこれで賞を取れなかったらどうするんですか?」

 

「別段賞には興味が無いから良いよ。私はただ黒い子が私のデザインの服を製作するのを見たいだけ。最近作っていたドレスシャツは終わったみたいだし」

 

 どういう事なのかとりそなに視線を向けられた。

 

「お父様の課題を学院でやっている時に、ジャスティーヌさんは良く私の作業を見ていました」

 

「黒い子の作業って、丁寧で綺麗だったんだ。それを見る為に最近は学院に早く来るようにしていたぐらいなんだよ」

 

「まあ、確かに朝日の作業は丁寧ですからね。それでは本当に賞に興味は無いんですね?」

 

「うん。無いよ。元々あのデザイン自体、白い子見て浮かんだデザインが思ったより気に入ったから、手近なコンクールに応募してみようかなって気まぐれを起こしただけ」

 

 そのデザインで応募期間を過ぎていても選ばれたんだから、本当に良いデザインだという事は明らかだ。

 一体どんなデザインなのか。ワクワクして来る。

 りそなも、本当にジャスティーヌさんが賞には興味が無い事が分かったのか僅かに安堵の息を吐いた。

 

「分かりました。つまり、朝日は賞の受賞に関しては気にせず、自分が出来る最高の衣装を作れば良い訳ですね。此処まで好条件だと断る理由がありませんね。寧ろやらせてくれと此方から言いたいぐらいです」

 

「あっ、でも制作は私の前でお願いね。私、叔母さまから黒い子の作業や作品を見れば、私に足りないものが分かるって言われているから」

 

「……貴女の住まいは姪が大家をやっている桜の園でしたね。今月は朝日も忙しくてあまり行けませんでしたが、来月からは行く予定でしたし、問題はありません」

 

 本当に問題は無い。唯一あるとすれば、来月のお父様の課題だけど、クワルツ賞の件を話せば来月は免除して貰えると思う。

 ジャスティーヌさんとカトリーヌさんは、桜の園にデザインを取りに行った。授業中だけど、デザイン画の授業は元々自由行動がある程度許されている授業だから。

 ……さてと。

 

「それでりそな。本当に良いの?」

 

 理事長室に残ったのはりそなと僕、そしてカリンさんだけだから遊星の口調に戻した。

 ……学院で遊星の口調を出すなんて、思えばこれが初めてかも知れない。

 

「さっきも言いましたが、此処まで好条件で断る方が可笑しいじゃないですか。賞を取れなくても構わない。モデルも決めていい。何よりも貴方のデザインだと絶対に一次審査を通ることが出来ないクワルツ賞にまた挑めるんですよ」

 

 ……胸にりそなの言葉がグサッと突き刺さった。

 うぅ……確かに僕のデザインじゃ、クワルツ賞の一次審査を突破するなんて無理なんだけど……こうして身内から改めて言われるのは傷つく。

 

「やっぱり、私なんて……」

 

「私の執務室で暗くならないで下さいよ」

 

 久々に暗くなって部屋の隅で項垂れていた僕の背に、りそなが呆れた声を上げた。

 

「第一、今回は暗くなる理由が無いじゃないですか。あの背の低い子に、貴方の型紙が認められているんですから」

 

「う、うん」

 

 そうだ。ジャスティーヌさんは、僕の型紙の才能を認めてくれた。

 なら、その期待に応えたい。でも……コンクールに出す衣装という事は……。

 

「製作するのはコレクション系……だよね?」

 

「まあ、授業で提出されている彼女のデザインを見る限り間違いなくコレクション系でしょうが……コレクション系だから嫌だとか言う気ですか」

 

「そんなつもりは無いよ。ジャスティーヌさんが僕を選んでくれたのは嬉しい事だから……でも、今僕が目指しているのはストリート系だから……その……」

 

「ハア~……下の兄」

 

「はい!」

 

「貴方……怖がっていますね?」

 

「うっ」

 

 図星を突かれて、僕は呻いてしまった。

 りそなの言う通り……僕は確かに怖がっている。自分ではりそなのおかげで乗り越えられたと思っていたけれど……やっぱり心の何処かで僕は自分の作品が桜小路遊星様と比べられてしまうんじゃないかと思って怯えている。

 そんなことは無いと思いたいが、どうしてもその考えを捨てることが出来なかった。

 こんなことじゃいけないって、分かってるのに。

 

「今回の彼女からのクワルツ賞への参加の提案は、ある意味では渡りに船なんです。クワルツ賞は規定で協力者が居ても『個人の制作物』扱いになるんですから、モデルならともかく貴方の名前が世間に出ることはありません」

 

「それは良く知っているよ」

 

 ルナ様のクワルツ賞の衣装製作の時にも、その事は注意されていたので良く知っている。

 当時の僕は純粋にルナ様のお役に立てる事が嬉しくて、名誉とかに全く興味は無かったけど。

 

「下の兄。貴方の今の服飾人生の目標は、アメリカの下の兄を超える事ですよね?」

 

「うん」

 

 忘れてはいない。その目標があるから僕はまた服飾を始める気になれたんだから。

 

「アメリカの下の兄は、残念ながらクワルツ賞を得る事が出来ませんでした。ルナちょむは審査を突破しながらも辞退したのが理由でしたが、他のコンクールではルナちょむと一緒に多くの賞を獲得していました。そんな彼が得ていないクワルツ賞に参加出来るんです」

 

「……」

 

「これはチャンスなんです。名誉こそ得られませんが、それでも貴方の中に間違いなくアメリカの下の兄に一歩近づけたという気持ちが抱けるんですから」

 

「……うん。そうだね。何時までも逃げたりしていたら駄目だよね」

 

 そうだ。このジャスティーヌさんがくれたチャンスを寧ろ活かすつもりで挑もう。

 授業で見せて貰ったジャスティーヌさんのデザインは、本当に良いデザインだった。クワルツ賞に出したデザインも、応募期間を過ぎていても選ばれたんだから凄いデザインなのは間違いない。

 なら、そのデザインをそのまま素晴らしい衣装として出せるかは僕の腕次第だ。

 

「分かった。全力でジャスティーヌさんの衣装に取り組ませて貰うよ」

 

「じゃあ、先ずは上の兄に連絡ですね。今日の夜に会うからって言ったところで、あの人の事だから話が出た時点で何故連絡しなかったと言われかねませんから」

 

「そ、そうだね。すぐに連絡するよ」

 

 携帯を取り出して、お父様にメールを送った。

 もしかしたらまだ飛行機に乗っているかもしれないから。電話よりもメールの方が良い筈だ。

 りそなと別れて、僕とカリンさんは教室に戻る。予想外だったけど、またクワルツ賞に挑めるんだ。

 憧れの場所でまた挑める。なら、全力で頑張ろう。

 

 

 

 

 昼食の時間になった。

 授業の間に、お父様から返信のメールが来て『詳しい話は会った時に聞く』と書かれていた。出来るだけ詳しく内容を書いたメールを送ったけれど、お父様も流石にこの件は直接会って話を聞きたいようだ。

 後、休憩時間の時にエストさんから呼ばれた。どうやら予想外の形で僕を関わらせてしまった事が、申し訳なかったようだ。

 とは言っても、ジャスティーヌさんがまさか僕に制作を依頼するなんて僕自身も思ってもみなかった事だから、エストさんに予想出来る筈が無いので、気にしないで良いとは言っておいた。

 ただ梅宮さんやその友人達は、どうやらジャスティーヌさんがクワルツ賞を辞退する事を望んでいたようだ。朝の一件を考えれば、それは仕方がないかも知れない。だが、彼女達が過ごしている服飾の世界とはそういうものだ。

 デザインや型紙の成績が幾ら良くても、それだけでは通用しない世界だという事を、僕自身が一番理解させられている。その事を考えると今日は、特別食堂に行くのは止めておいた方が良いかも知れない。

 理事長公認とはいえ、ジャスティーヌさんに協力する事になった僕は、クラスメイト達からすれば裏切り者として見られかねない。

 でも……納得は出来ないにしても梅宮さんとは一度、話してみる必要もあるとは思うし。

 ううん……どっちが良いかな?

 

 よし決まった。

 一般食堂の方に行こう。梅宮さんには本当に悪いと思うが、僕だってこのチャンスを逃したくはない。

 何よりも、モデル探しから僕は始めないといけない。ジャスティーヌさんが持って来てくれたクワルツ賞に出したデザインは、本当に良いものだった。思わず才華様が着たら、優勝間違いなしと思ってしまうぐらいに。

 ……その事を考えた時は、落ち込みかけた。才華様は男性だ。男性がドレス系の衣装を着て立つ。

 世間的にはありなのかも知れないけれど……血の繋がった相手がそれをやると考えるとやっぱり頭が痛い。

 それに……モデルも決めないといけない。特別編成クラスのお嬢様達の中から選んでも良いんだけれど、下手な相手を選んだらジャスティーヌさんが『やっぱり止める』と言いかねない。なら、芸能科やアイドル科の生徒も居る一般食堂の方を見に行ってみよう。

 そう言えば、パル子さんとマルキューさんも居るかなあ?

 お父様は今日帰国されるから、明日か明後日には会うことになるかも知れないから、お父様に関するアドバイスも会ったらしておこう。

 

 

 

 

 一般食堂に来た。

 調査の関係で何度か来たことはあるけど、相変わらず混みあっている。

 カリンさんと一緒に食事を注文して、空いている席を探す。

 パル子さんとマルキューさんは……居ない。もう二人は食事が終わったのかな?

 

「あれ? 小倉さん?」

 

 聞こえて来た声に振り返ってみると、ルミネさんが並べられている席の一角に座っていた。

 ……その周りの席が空いているのは、偶然だと思いたい。うん、偶然だよね、きっと。

 とりあえず、挨拶をしないと。

 

「こんにちは、ルミネさん」

 

「こんにちは。でも、どうして一般食堂にいるの?」

 

「ちょ、ちょっと特別編成クラスの食堂には行き難かったもので。あっ、相席大丈夫ですか?」

 

「どうぞ」

 

 ルミネさんの前の席に僕とカリンさんは座らせて貰った。

 

「ルミネさんも一般食堂を利用していたんですね」

 

「時々だけどね。何時もはお弁当を作って来るんだけど、今日は朝のピアノの練習時間が長引いちゃって」

 

「お弁当を作っているんですか?」

 

「うん。今は桜の園で一人で暮らしているからね。出来るだけ自活するようにしているの」

 

 立派だ。学生だった頃のりそなの生活を知っているだけに、一人暮らしで自活している、ルミネさんが本当に立派に見える。

 

「それで。特別食堂に行き難かったって、何かあったの?」

 

 少しルミネさんの顔は心配そうになった。

 僕のクラスには才華様が居るから、もしかしたら才華様に何かあったのかも知れないと考えたようだ。

 実際に多少なりとも才華様は関わっているだけに、ルミネさんの心配は当たっている。

 

「実はですね」

 

 僕は教室で起きた一件をルミネさんに話した。

 ジャスティーヌさんの作品が応募期間を過ぎても選ばれたという点には、一瞬梅宮さんと同じように眉を顰めたけれど、それでも才華様がクワルツ賞のモデルとして参加せずに済んだことは心から安堵していた。

 

「そんな事があったんだ」

 

「はい」

 

「小倉さんも大変だね。その……ラグランジェさんの提案を断っても良かったんじゃないの? 幾ら理事長公認とはいえ……」

 

「……確かにルミネさんの言う通り、断る事は出来たと思います。それでも服飾の道を歩む人にとっては、クワルツ賞は憧れの舞台です。それにズルい形とは言え、参加する機会を得られて少し嬉しい気持ちもあります」

 

「でも、クワルツ賞は『個人の制作物』扱いだから、評価されるのはデザインを描いたラグランジェさんで、製作した小倉さんは評価されないんだよ? それで良いの?」

 

「はい。評価とかは本当に良いんです。ただ自分の今の実力を測れる機会ですから。勿論やるからには全力で挑むつもりですが」

 

「……小倉さんは本当に服飾が好きなんだ」

 

「はい! 大好きです!」

 

 一度はそれを捨てようとしたが……やっぱり僕は服飾が大好きだ。

 これだけは変わらないと思う。

 

「ルミネさんもピアノが好きですよね?」

 

「うん……ピアノは好きだよ」

 

 良かった。ルミネさんはやっぱりピアノを弾くことが好きなんだ。

 今、ピアノを好きだと言ったルミネさんの顔には、微かだけど笑みが浮かんでいる。だけど……どうしてその嬉しさがピアノに表現されないんだろうか?

 嬉しさの気持ちが表現されるだけでも、大きく変わると思うのに。いや、ピアノに関しては僕は本当に素人だから意見を言う事が出来ないんだけどね。

 うん? ……そう言えば?

 僕は怪しまれないように食事をしながら、ルミネさんの身体を見ていく。

 ……やっぱりだ。ルミネさんの体形は、才華様が女装している時の体形とほぼ一致している。僕の場合は、自分のスタイルに合うようにしたが、恐らく才華様は同身長だったルミネさんを参考にしたんだろう。

 だとすると……ルミネさんはジャスティーヌさんが描いたデザインに体形だけは一致しているという事になる。

 ルミネさんは身長も一般的な女性に比べたら、高い方だし……何よりも美人だ。モデルとしてはとても良い人材だ。

 だけど……ルミネさんがモデルになることを了承してくれるだろうか?

 それに……お爺様の干渉も怖い。此処はあくまで候補の一人にして、もしも本決まりになった時にはりそなとお父様に相談してからルミネさんに話そう。

 

「そうなんだ。……朝陽さん。教室では頼りにされているんだね」

 

「ええ、デザインを始めとして縫製なんかも頼りにされていますよ」

 

「小倉さんはどうなの?」

 

「時々、型紙の事を聞かれたりはしますね」

 

 実際、教室内で服飾に関して質問されるのは、教師の樅山さんじゃなくて才華様だ。僕は才華様の次ぐらいで……樅山さんは残念ながら余り質問される事がない。

 本人はその事を残念がっているけど、才華様がクラスメイト達と仲良くしていることは喜んでいた。学生だった頃のルナ様が陰でクラスメイト達から陰口を言われたのを聞いた事があったから、僕も心配していたが、才華様は少なくともクラスメイト達から嫌われてはいない。

 

「そう……良かった」

 

 ん? 何だかルミネ様の様子が少し変わったような。

 ……これはもしかして……。

 

「あのルミネさんの方はどうですか?」

 

「私? ……何も問題は無いよ。今の先生も良い先生だし」

 

 ……嘘だ。

 ほんの少しだけれど、ルミネさんの顔色には寂しさが浮かんでいる。やっぱり、音楽部門の生徒達から距離を置かれているのかも知れない。

 本人もその事を少なからず理解しているようだし……本格的に自覚出来ているのかはともかく。

 

「後……そうだ。朝陽さんが文化祭で私の衣装を制作したいって言って来たんですけど、小倉さんはその話を知っていますか?」

 

「いえ、全く聞いていません」

 

 教室では才華様の席とは距離が離れているし、ジャスティーヌさんがエストさんを目障りだと思っているからか、エストさんはジャスティーヌさんの席には近づこうとはしない。

 迂闊に近づいて才華様に手を出される事を警戒しているようだ。ジャスティーヌさんは、エストさんはともかく才華様の事は本当に気に入っているようだから、本当に嫌がる事はしないと思う。でも、他のクラスメイト達へのジャスティーヌさんの行動を考えれば警戒するのは仕方がない。

 ただ……エストさんの本気のデザインをジャスティーヌさんが見れば、評価はかなり変わると思う。彼女はパリから来たというだけに、実力主義だ。

 認める実力さえあれば、ジャスティーヌさんも話を聞いてくれるんだけど。

 おっと、今はジャスティーヌさんじゃなくてルミネさんの方だ。

 

「ピアノ科は文化祭で演奏するんですか?」

 

「7月に期末テストがあるんだけどね。そのテストで成績上位者は、文化祭のステージで演奏が出来るの。朝陽さんはそのステージで着る衣装を制作してくれるって言ってくれて……正直言えば少し楽しみかなあ」

 

「私も朝陽さんが制作する衣装は楽しみです」

 

 才華様の今のデザインは授業の時に何度か見たけど、本当に良いデザインだった。

 あのデザインならジャスティーヌさんのデザインにも負けない。とは言っても、油断は出来ない。

 ジャスティーヌさんも今年のフィリア・クリスマス・コレクションにやる気をみせているし、パル子さんも居る。他にも上級生で実力のある人達も頑張るだろうから、今年のフィリア・クリスマス・コレクションは激しい競争が起きるのは間違いない。

 

「私も期末試験は頑張るつもり……小倉さんもラグランジェさんの衣装の制作を頑張ってね」

 

「はい! 頑張ります!」

 

「……おっ! 姉御じゃないか!」

 

 聞こえて来た声に僕は固まった。

 ルミネさんも僕の呼ばれ方に驚いている。カリンさんは僅かにため息を吐いた。

 ……僕の事を姉御呼びする人物は、この学院で一人しか居ない。振り返ってみると予想した通りジュニアさんが笑みを浮かべて立っていた。

 その隣には……。

 

「こんにちは、小倉さん。それに大蔵さんも」

 

 山県さんが立っていた。

 

「珍しいな、姉御がこっちの食堂にいるなんて」

 

「姉御って……」

 

 ジュニアさんの呼び方に、ルミネさんは目を伏せた。

 色々と言いたい気持ちは良く分かるんですが、何度言ってもジュニアさんは呼び方を直してくれなくて。

 ……本当に姉御呼びは止めて欲しい。僕は男だから。

 っと、今はそれよりも……。

 

「こんにちは、山県さんにジュニアさん。お二人もお食事ですか?」

 

「ああ、そんなところだ」

 

「何時もお二人は一緒に食事を取るんですか?」

 

「いや、今日は偶然。授業の片づけが長引いて」

 

「俺も同じ。それで偶然この食堂に来た時に、バッタリ大瑛君に会って。それでだったら一緒に食事をってね」

 

「そうでしたか。お二人は仲が良いんですね」

 

 山県さんとジュニアさんの間には、わだかまりのようなものは見えない。

 少なくとも、僕とお兄様の間にあった壁のようなものは、二人の間からは感じられなかった。

 

「小倉さん。食事が終わったから私、失礼するね」

 

「あっ、ルミネさん」

 

 食器を持って立ち上がったルミネさんの背に呼びかけるが、振り返らずにルミネさんは歩いて行った。

 

「……ああ、その……お邪魔しちゃったかな?」

 

「いえ、大丈夫ですから席に座って下さい」

 

「それじゃあ、お邪魔させて貰うぜ、姉御」

 

「ですから、姉御呼びは止めて下さい」

 

 ジュニアさんは笑いながら席についた。

 ……この様子だと止める気は無さそうだ。男なのに姉御と呼ばれるのは抵抗感を感じるから、本気で止めて貰いたい。

 ……いや、一番良いのは僕の正体を教えることだとは分かっているんだけど……言えない自分に落ち込むしかない。何時か二人に話せると良いな。

 あっ、そうだ。山県さんに会ったんだから、この前の事のお礼を言わないと。

 

「山県さん」

 

「何かな、小倉さん?」

 

「この前の録画の件はありがとうございました。家で見たりそなさんも楽しそうに見ていましたよ」

 

「ああ、その事か。楽しんで貰えて良かった」

 

「ん。録画の件って、何だい姉御?」

 

 事情を知らないジュニアさんが質問してきた。

 僕は手短に5月の初めごろにあった山県さんのリサイタルを録画したことを話した。

 

「へえ~、大瑛君のリサイタルを録画ね。その日は丁度用があって、俺は行けなかったから聞いてないんだよなあ……なあ、姉御。そのビデオってまだあるのかい?」

 

「ありますけど……もしかして見たいんですか?」

 

「まあね。俺はまだ、大瑛君のリサイタルを見た事が無いから。夏にまたやるらしいけど、夏は夏で忙しいから行けそうにないんだ」

 

 僕は山県さんに顔を向けた。

 山県さんは苦笑しながらも頷いた。許可は貰えたようだ。

 

「分かりました。それじゃあ、明日の朝、お会いした時にお渡しします」

 

 ジュニアさんとは朝に良く会うので渡す機会はある。

 ……朝、良く会う理由が才華様を訪ねに来るからというのは……考えないようにしよう。

 家に帰ったら準備しないといけないなあ。

 

「おっ。明日が楽しみだ」

 

 嬉しそうにジュニアさんは笑い、山県さんは苦笑を深めながらも嬉しそうにしていた。

 自分のリサイタルに興味を覚えて貰える事が嬉しいようだ。

 

「そうだ、姉御。今日は何でこっちの食堂に来たんだ? 姉御は特別編成クラスの生徒だろう?」

 

「それは僕もちょっと気になるな。確か特別編成クラスの生徒には、専用の食堂が用意されている筈だし。そっちの食堂で食べたらタダって聞いているから」

 

「そ、その……今日はちょっと行き難い事情がありまして」

 

「行き難い事情ね。姉御の性格だと、問題なんて起こしそうにないんだが」

 

「それは同感だね。小倉さんは女神みたいな人だから」

 

「女神じゃありません」

 

 男なので。

 

「ハハハッ! 大瑛君も言うね。ハニーは天使で。姉御は女神か……同感だ」

 

 止めてください。申し訳なさと恥ずかしさで顔が赤くなってきますから。

 

「それで小倉さん。ジュニアも気になっているようだけど、僕も気になるから話して貰えると嬉しい。いやだったら、別に構わないけど」

 

「……実は……」

 

 僕はルミネさんにした説明を山県さんとジュニアさんにも話した。

 

「ああ、なるほどね。そりゃ、確かに行き難いか」

 

「小倉さん本人は巻き込まれたような形だけど……確かに行き難いね」

 

 ジュニアさんと山県さんは、僕の現状を理解してくれたようだ。

 

「ただ個人的には自分の実力を試せるチャンスがあるなら、活かすべきだと僕は思う。まあ、納得のいかない子は居ると思うけどチャンスが来たならそれを逃すべきじゃないと思う」

 

 ……お爺様に妨害されている山県さんの意見なだけに、凄い説得力を感じてしまう。

 

「俺も大瑛君に同意かな。別段、姉御は名誉とか要らないんだろう?」

 

「はい。元々クワルツ賞は規定で『個人の制作物』扱いとなるように決まっていますから。私が制作したとしても、デザインを描いた方の名前が載るだけです。この話を持って来た方は、賞には興味は無くて、私が制作するところを見たいそうなので」

 

「其処まで認められているなら、問題は無いと思うよ。周りの人には納得がいかないと思う人もいるとは思うけど、小倉さんの意思が一番大事だと思う」

 

「ありがとうございます。お二人の話も聞けて、改めてクワルツ賞に挑む決意が固まりました」

 

 ルミネさんや、山県さん、それにジュニアさんと話せて良かった。

 今日の夜に会った時にお父様に、クワルツ賞に参加したいという意思を自分の口で言えそうだ。

 

「それにしてもハニーをモデルにして描いたデザインか。是非ともその服を着たハニーを見たかったぜ」

 

「僕もかな。提出期限を過ぎていたのに選ばれたぐらいなんだから、凄く良い衣装なんだろうね」

 

「ハハハッ、そ、そうですね」

 

 二人ともすみません。

 もしも才華様がモデルとして出ると言った時には、全力で止めるつもりだったので、その願いは叶いません。

 その後は食事をしながら他愛無い話をして、僕らは別れた。

 ジュニアさんも山県さんもやっぱり良い人だ。何時かは……遊星としてあの二人と話をしたい。

 その時には才華様もアトレさんも……そしてルミネさんも加えて。その時が来る事を願いながら、僕はカリンさんと共に教室に戻った。




個人的に山形もジュニアもチャンスがあれば活かすべきだと考える人物だと思うので、二人は朝日の決意を更に固めさせました。
今のところ、クワルツ賞の衣装のモデルの最有力候補はルミネです。
スタイルが女装時の才華と一致しているし、背も同じなので衣装の違和感が少なくなるので。他にも候補者は二名ほどいますが、エストと才華はありません。
次回は才華sideです。

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