月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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キリが良い処までと進めていくうちに、久々の一万五千文字越えです。
またお待たせしてしまった、皆さん。本当にすいません。

笹ノ葉様、秋ウサギ様、ハイマスター様、dist様、レラ様、獅子満月様、烏瑠様、ヒドゥラ様、誤字報告ありがとうございました!


五月下旬(才華side)28

side才華

 

 今日の昼食は朝にエストと約束した通り、特別食堂だ。

 それにしても午前中には驚かされる事ばかりだった。正直言えばジャスティーヌ嬢が、僕をモデルとしてデザインを描いたと聞いた時には心が動いた。

 『クワルツ・ド・ロッシュ』と言えば、全国的に知名度のある雑誌。その雑誌のコンクールのクワルツ賞で、天才の作る服のモデルを務める。

 ……僕の元々の目標であるこのお母様譲りの美しい髪を知らしめる絶好の機会じゃないか。

 とは言え、ジャスティーヌ嬢の提案にのる訳にはいかない。元々お披露目する予定だった年末のショーとかは関係なく、『クワルツ・ド・ロッシュ』に僕が載ること自体が大問題に発展してしまう。

 『クワルツ・ド・ロッシュ』は……アメリカにいるお父様とお母様が必ず取り寄せて読む雑誌なのだ。そんな雑誌に女装した僕が載っていたりしたら……言い訳なんてきかない。

 今度こそ間違いなく僕はお母様の怒りに触れて終わるだろう。

 だけど、断ったりしたら自分の希望通りに進まなかったジャスティーヌ嬢はクワルツ賞を辞退する。それは学院、引いては紅葉に申し訳なかったのですぐに断ることが出来なかった。

 その窮地をエストが救ってくれた事には感謝しかないのだが……まさか、ジャスティーヌ嬢がクワルツ賞の衣装の制作を小倉さんに任せるなんて思ってもみなかった。

 小倉さんが休み時間でドレスシャツの制作をしている時に、何時も興味深そうに見ていたが、どうやら相当ジャスティーヌ嬢は小倉さんの才能に目を掛けていたようだ。しかも小倉さんがジャスティーヌ嬢の提案を了承し、総裁殿まで了承するなんて思っても見なかった。

 休憩時間の時に、ジャスティーヌ嬢が桜の園から持って来た件のクワルツ賞に出したというデザインを見せて貰ったが……悔しいが本当に良いデザインだった。思わず僕はそのデザインから制作された衣装を着た自分を想像してしまったし、エストも口を開けて驚いていた。

 朝の一件から悔しそうにしていた梅宮伊瀬也も、デザインを見て更に悔しさが増したようだ。

 あのデザインなら確かに応募期間が過ぎて提出されても、認めるしかない。僕自身も納得してしまうほどに素晴らしいデザインだ。

 だけど、僕と違って納得できない人もいる。昼食の為にエストと二人っきりになる機会を利用してお礼を伝えよう……と思っていたら、珍しく梅宮伊瀬也から昼食に誘われた。

 用件は大体想像がつく。ジャスティーヌ嬢のクワルツ賞の一件以外にない。

 

「他人の成功を妬んじゃいけないのは分かってる。でも……コンクールにジャス子が参加するのはどうしても納得が出来なくて。もしもこのまま入賞したらなんて思うと……私のプライドはずたずたになっちゃうと思うの。だけどあからさまに妬んでいるのを表に出すのも悔しくて……それに妬んじゃいけないのも分かってるから、ジャス子が私に声を掛けて来た時も何も言えなかったの。見せて貰ったデザインは本当に良いと私も思ったから……本当は妬んでたんだろうね」

 

 どれだけ彼女を妬んでいるんだ君は。同じ単語を繰り返し過ぎだ。

 

「自分じゃ何も言えなかったけど、エストさんが戦ってくれた時は嬉しかった!」

 

「私は彼女の妨害をしようと思ったのではありません。朝陽を好きに扱われるのが認められなかっただけです」

 

 そう。エストは僕の主人としての務めを果たしてくれただけで、もし僕がモデルをやると言えば、今とは逆に、ジャスティーヌ嬢を応援する側に回っていた筈だ。

 つまり今、梅宮伊瀬也とその友人達に歓迎されているのは、エストにしてみれば謂れのない感謝だ。それに普段のエストならば問題無く送られる感謝に対して対応できるが、今回はそうではない。

 

「それに……無関係だった小倉さんを巻き込んでしまいました」

 

 小倉さん本人は全く巻き込まれたとは思っていないだろうが、僕の主人は自分がジャスティーヌ嬢を止めたことで巻き込んでしまったと落ち込んでいた。

 別の休憩時間の時に小倉さんに謝罪したようだ。尤も本当に小倉さんは巻き込まれたとは思っていないようだから、エストの気持ちも謂れのないものだが……優しい僕の主人は気にしてしまっている。

 元を正せば、僕がすぐに拒否の意思を示していれば良かったんだけど、心が惹かれていたのは事実なので言い訳は出来ない。まだまだ僕はお母様には及ばないと思い知らされる。

 

「小倉さんかあ……ちょっと残念だったなあ。小倉さんならエストさんと同じようにジャス子の提案を拒否すると思ったのに」

 

「うんうん。何時もならジャス子が理不尽な事をしようとしたら、正面からすこぶる止めてくれるのにね」

 

「おそらくクワルツ賞の受賞に心が惹かれたんじゃないのかな?」

 

「なんだか残念だなあ。エストさんと同じように強い人だと思っていたのに」

 

「『付き人のためー!』ってあそこまで言えるのかなってなると……あ、ごめんね頼子。すこぶる頑張るからね」

 

「いえいえ、そのお気持ちだけで嬉しいですよ総子お嬢様」

 

「私もおそらく頑張るよ、綱子」

 

「あ、ありがとうございます、光子お嬢様」

 

 ……何時かの食事の一件以来、この主従は仲が良くなったなと良く思う。

 あれ以降、此方が遠慮を覚えるほどに僕は感謝されていて、エストとの関係は『理想の主従関係』として、教室内で妙な尊敬を受けている。

 だからと言って……小倉さんが悪く言われるのはイライラする。それに……彼女達は勘違いを一つしている。

 

「あの、たとえ小倉さんが制作した衣装がクワルツ賞で入賞したとしても、小倉さん本人は全く名誉を受けることはありません」

 

 僕が口を開く前に、エストが厳しい表情で梅宮伊瀬也達に話しかけた。

 

「えっ? そうなの?」

 

「はい。クワルツ賞は規定で出された衣装は『個人の制作物』扱いになります。応募したのはジャス子さんですから、小倉さんが殆ど制作を行なったとしても表彰されるのはジャス子さんだけです」

 

 応募自体はしていなかったようだが、エストはちゃんと日本で行なわれているコンクールの事は知っていたようだ。

 エストが今言った通り、たとえ小倉さんがジャスティーヌ嬢の衣装を制作しても、小倉さん本人が表彰される事はない。規定でそう決まってしまっているんだから。

 

「だったら、何で小倉さんは?」

 

「小倉さんの日本での保護者はこの学院の理事長の大蔵りそなさんです。ジャス子さんのクワルツ賞一次審査通過は、理事長も知っていると朝、樅山先生が言っていました。学院の経営に関わっている理事長も関心を向けていて、しかもジャス子さん本人は小倉さんが了承しないと辞退する雰囲気でしたから、断るに断れない状況になってしまったんです」

 

 エストの言葉に、梅宮伊瀬也達は黙るしかなかった。

 感情としては納得しきれないだろうが、彼女達も家柄のあるお嬢様達だ。断りたくても、家の繋がりで断れない事がある事は知っているだろう。

 ……このままエストにばかり任せておくわけにはいかない。僕も少し口を挟ませて貰おう。

 

「それに衣装制作にしても、ジャスティーヌ様は制作の方を全て小倉お嬢様に丸投げするつもりのようです。突然制作を任されて、しかも、モデルまで自分で探して決めないといけない小倉お嬢様の負担はかなりのものになるでしょう。クワルツ賞は一次審査を通過した後に制作期間は一ヵ月しかありません」

 

 自由にやって良いと言われて好条件が揃っているように見えるが、実際に制作する小倉さんにとってはかなりきつい。遅くとも2、3日以内にはモデルとなる人を決めて、制作を開始しなければならない。

 そうしなければ、先ず間に合わない。今更僕がやっぱりモデルをやるなんて言えないし。

 迷惑をかけた代わりに自分がモデルをなんてエストも言えない。容姿で言えば、エストはモデルとして通用するレベルの美人だが、デザインを描いたジャスティーヌ嬢との関係は良くないので論外だ。

 

「皆様はまだ服の制作にまで手を出していませんから分かり難いと思いますが、服の制作は本当に大変な事です。しかもデザインに関しては既に十分に認められていますから、もしも入賞を逃したりしたら小倉お嬢様の責任になってしまいます」

 

「えっ!? ジャス子が押し付けたのに!?」

 

「はい。制作の殆どを任せることは教室でジャスティーヌ様は宣言されていますから。理事長にもその話は既にされているでしょう。小倉お嬢様が今回のクワルツ賞で得られる事と言えば、自分の今の実力を確かめる機会ぐらいですね」

 

 尤も、それだけでも十分に小倉さんにとっては嬉しい機会に違いない。

 言っては何だが、授業で小倉さんが描いたデザインを見る限り、コンクールでの入選は難しい。服飾においてデザイナーは光で多くのコンクールが開催されていてチャンスが多いが、服飾の影に当たるパタンナーは実力を確かめる機会は少ない。クワルツ賞のような大きなコンクールでは尚更にだ。

 だから、小倉さんにとってはジャスティーヌ嬢の提案は急だったが、それでも嬉しい機会に違いないだろう。

 僕の説明を聞いた梅宮伊瀬也は、それぞれ申し訳なさそうな顔をした。

 

「……小倉さんには悪いことしたかも。てっきり小倉さんも表彰されるものだと思っていたから。うん、そうだよね。家の事情とかは私も分かるから……そうだよね。しかも、小倉さんは養子だし」

 

 どうやら梅宮伊瀬也は小倉さんに抱きかけていた悪感情を払拭できたようだ。

 エストも安心したように口元を緩めている。本当に良かった。

 

「エストさんも朝陽さんも通じあっているんだね。やっぱり海外の貴族となると、付き人への扱いとか意識がしっかりしているのかな?」

 

 それは誤解だ。此処まで変わったのは、本当に一、二ヵ月ぐらいだから。その前は……目も当てられない程に酷かったよ、僕の主人は。

 

「大昔の日本でも、お姫様と侍女みたいな女性同士の主従関係もあったんだろうけど、明治に入って、一度それを捨てて、海外式を輸入しようとしたイメージ……エストさんと朝陽さんの関係は、華族の時代に私達日本人が憧れた、そういう『主従関係』なのかもね」

 

 ……嬉しいことを言ってくれるけど、僕は本当に素晴らしい『主従関係』を知っているだけに、素直に喜ぶことは出来ない。

 僕が本当に心から素晴らしいと思えるような『主従関係』を築いていたのは、お母様と『小倉朝日』さんだ。

 今の僕では『小倉朝日』さんのように、主人に全てを捧げても構わないという決意まではできない。

 エストにしても最近はしっかりしてきているが、その前はニューヨークで一人暮らしをしていて、貴族らしからぬ没落貴族の生活をしていたようだし。

 最近は本当にしっかりしているから心強く思っているが。

 

「少し妬ましいくらいだなあ」

 

 僕とエストまで妬まないでくれ。

 

「そんな、憧れるだなんて、大袈裟ですけど、意外と真実かもしれませんねウエヘヘヘ」

 

 ……今、いけない事だと分かっているんだけど主従関係を放り投げたくなった。何故そこで鼻の下を伸ばした。酷い顔をしないでくれ。本気で。

 せめて笑い方が『えへへ』程度なら可愛く聞こえたけれど、今、明らかに人として出してはいけない、豚寸前の笑い声だっただろう。遂に恐れていたエスト・ぽちゃっと・アーノッツになってしまったか?

 

「朝陽、どうしよう。私と朝陽の関係、憧れだって。胸がドキドキしてしまうね。こういう気持ち、なんと言えばいいのだっけ。インターネットの日本語で見た事がある気がする。ブヒる?」

 

「……アーノッツお嬢様。お口が汚れています。私達は憧れの主従関係なのですから、優しく(・・・)お口を拭いて差し上げましょう。さあ、顔を此方に向けて下さい、アーノッツお嬢様」

 

「ごごごごめんなさい! 調子に乗っていました!」

 

 優し気な僕の声音と笑みに、エストは心から理解してくれたようだ。身体を震わせて、嬉しそうにしていてくれている。

 口ではなんと言おうと、大切なところでは僕を守ろうとするからね、この主人。

 

「そ、そういうわけで、私も朝陽の事を大切に想っていますよ」

 

「私も大切に想っております朝陽お姉様。小倉お姉様の事も勿論。青春のこの輝かしい日々、二人のお姉様と過ごせる、この幸福に感謝を」

 

「正直に言えば、コンクールでモデルを務める朝陽お姉様も見たかった。でも、朝陽お姉様が遠い存在になってしまわれることのない今が、嬉しくもあります。この切なさをご理解下さい、朝陽お姉様」

 

「過分なお言葉に感動しております。ですが、従者である私を姉などと、いけません。そのお言葉は小倉お嬢様にお向け下さい。この身は今の主人に捧げております。この胸の内をどうかお察し下さい」

 

「ねえねえ主人の方も見て。私、私。私のことももっと大切にしなさい。あっ、優しくじゃなくて何時もの対応でお願い」

 

 寂しそうに袖をエストが引いて来たので、アイスバインを口に運んであげた。共食いでないと良いなあ……。

 

「ああ、この対応に感動してしまう、自分にちょっと危機感を感じながらも、しあわせ」

 

 ところで君は、ときどき女性として可愛いね。性的な興味は全く湧かないが。

 

「私も餌付けされてぇー……」

 

「大津賀さん、いくら何でも餌付けは失礼じゃない?」

 

「申し訳ありません」

 

 いや、間違ってないよ、ある意味これは餌付けだからね。

 

「ふう。でもよかった。こうして話していたら、ようやく立ち直って来た。まだ納得できないところもあるけれど、二人には感謝してる。いつかお礼させてね。でも立ち直る為に、もう一つだけ私の話を聞いてほしい。どうしても、納得が出来ないんだけど、何で応募期間の締め切りを過ぎたのに、ジャス子の作品が認められちゃうの?」

 

 おっと、これはまた難しい問題を。

 

「あんな結果を出されたら、私が、間違ったこと言ったみたいじゃない。提出期限を過ぎても入選出来るなら、なんのために締め切りがあるの? 時間を守った人にとっては不公平じゃないの? ジャス子が言ったみたいに、良いものが出来ればどんな不条理でも通っちゃうの? 悔しい。私、間違ってない」

 

 梅宮伊瀬也の言葉は間違ってない。言っている事だけを見れば、彼女が正しい。時間は守られるべき絶対の規則だ。

 例えば規則至上主義のルミねえ。彼女なら、事前連絡をしなければ理由があっても締め切り破りは絶対に許さないだろう。そしてあの人は成功している。この結果を見れば、梅宮伊瀬也の言葉こそ正しい。

 だけどジャスティーヌ嬢が間違っているのかと言えば、彼女の言葉も充分に正しい。良いものは認められる。特に創造の産物はそうだ。商品としての作品は、手に取る人が得たいと思わなければ価値がない。

 もし時間を守った物しか認められないのであれば、世にある絵画、美術品の名作たちの大半は消えるのではないか。だけど後世の人間にとって、製作当時の納期なんてものは関係がない。見たものが全てだ。

 コンクールで言えば『過ぎた時間分の価値が作品にあるか』だ。その判断は手に取る人に委ねられる。今回のジャスティーヌ嬢の作品がそれだ。

 審査員がジャスティーヌ嬢の作品には、応募期間を過ぎていても選ぶだけの価値がある作品だと認めたのだ。

 この件に関しては間違っているか間違っていないかを判断する事は出来ない。どちらも間違ってはないのだから。

 もしも間違っているとすれば、それは……申し訳ないのだけれど、梅宮伊瀬也とジャスティーヌ嬢を比べることが間違っている。

 ジャスティーヌ・アメリ・ラグランジェは、いわゆる天才で、アメリカのコンクールで入賞した僕が判断する限り、彼女の才能は同世代に留まらず『世界で数人レベルの天才』だ。

 デザインと言う、分かりやすい優劣が付けにくい題材である事や、存在が身近過ぎる為に、梅宮伊瀬也や同級生には気付かないのだろう。

 だが、現実として彼女達と比較するなら、横綱とわんぱく相撲レベルの違いがある。ジャスティーヌ嬢の本気のつっぱりで身体が縦に一回転してしまうほどの力量差。

 クワルツ賞の審査員もさぞかし驚いただろう。学生横綱を決めようとしたら。本物の横綱が出しゃばって来たんだ。多少の締め切り突破なんて不問にして問題が無いほどの本物が。

 ただジャスティーヌ嬢には、彼女の大好き伯母が言うところの『足りていないもの』があるら……思い出した。

 その伯母が彼女に言ったそうではないか。小倉さんの衣装を見れば、自分に欠けているものが見つけられると。

 今回の件は、ジャスティーヌ嬢にとって、その足りていないものを見つけられる良い機会じゃないか。

 ……思うところはあるが、今は梅宮伊瀬也だ。今、僕が考えたことを懇々と説明したところで……納得は出来ないに違いない。

 

「同級生の成功を祝えない委員長なんて最低だって分かってる。分かってるよ、でも悔しい」

 

 気持ちは分かる。僕も少し前までは彼女に近い状況にあったから。

 口では『分かってる』と言いつつ、その実何も分かっていないことを含めて、梅宮伊瀬也には同情の余地がある。正論を突き付けて良い状態じゃない。

 となると、梅宮伊瀬也に同情しつつ、ジャスティーヌ嬢の実力も理解している僕らから言えることは。

 

「梅宮様は、間違った事を言っていません。当然の事だと思います」

 

「本当!?」

 

 この驚きよう。間違っていないと言いつつ、自分が正しいと思っていなかったという事か。

 いや、3対7くらいで間違っている方に傾いていたのかな。

 

「朝陽さんに言われると安心するなあ……よかったあ」

 

「梅宮様は正しい……のですが、世の中は正論だけでは回りません。清き流れに魚棲まず。清濁併せのむことが世の中には必要です。ただし梅宮様は正しいです。そう、正しいのですから、梅宮様は人間的に魅力的です。だからこそ大きな器量で、締め切りはともかく、それだけのデザインを生んだ相手を認めましょう。勿論梅宮様は全く間違っていないのですが。委員長として、梅宮様は教室の中心です。梅宮様が白と言えば、教室が白一色に染まってしまいます。多少の緩みがなければ日々を楽しく過ごせません。少し正論を緩めても良いのではないでしょうか。何故なら梅宮様は明らかに正しく、何一つ間違っていないのですから」

 

「そうかな? まあ、私が間違ってないならそれでいいんだ」

 

 梅宮伊瀬也が素直で助かった。これがルミねえだったら、穴だらけの僕の理論へ次から次に駄目だしされる。

 何から何まで駄目だしをさせることで、ようやくスッキリしてルミねえは納得する。

 まだ服飾の世界に足を踏み入れて日が浅い彼女達の説得に具体的な回答はいらない。今は肯定と共感と忍耐と時間が必要だ。

 

「朝陽さん、ありがとね。エストさんといい、貴女達二人と話したあとって、凄く気分が楽になる。とっても感謝してるよ。すっきり! うーん、すっきりしたらお腹空いてきた! 私の好きなものいっぱいたべよっと。それと甘い物!」

 

 梅宮伊瀬也に友人が多いのは、こうした素直さが魅力なのだろう。喜怒哀楽がはっきりしていて、愛すべき人だと思う。

 ……ルミねえも、もう少し感情を僕達以外に表に出したら魅力的なんだけどね。

 

「分かりやすすぎるけど、いいんですかお嬢様ー……」

 

 流石に大津賀かぐやの方までは誤魔化しきれなかったか。

 まあ、彼女もこれ以上何か言うつもりはないから問題はないが。ただ友人になるなら梅宮伊瀬也のような分かりやすい相手の方が良い。

 だからアメリカの頃の僕は、楽しければ笑うようにしていた。良い顔ばかりしていたから八方美人だって、アトレには言われていたなあ。

 とはいえ、今はメイドの立場だから黙っている。その間に、梅宮伊瀬也とその友人達は、料理を取りに行ってしまった。

 

「朝陽は相変わらず誰からも愛されているね。でも最近は私もみんなに認められはじめている気がするのウフフ」

 

「皆様と料理を取りに行かなくてもよろしいのですか? またデザートがなくなってしまいますよ?」

 

「それも大切だね。ただ、朝陽の本音を尋ねておきたかったの。ウメミヤさんが一緒だと聞けない事。どちらかを選ばなければいけない時が来たら、朝陽はジャス子さんと同じでクオリティを優先する? それともウメミヤさんを正しいと言ったように提出期限を死守する?」

 

 かなり難しく、そして面倒な質問を。エストの質問も、梅宮伊瀬也と同じで正否なんて僕じゃ決める事が出来ない。今回は事情があって逃げる選択肢しか出来なかったが、同じ状況で僕が逃げる必要性がなければ、その時にならないと答えは出せない。

 ただ、主人から質問を受けた以上は、答えを口にしなくてはいけない。この問題の答えは僕としては、ケースバイケースだと結論は出ているが、それではエストは認めてくれないだろう。

 なら、従者としての立場と僕の現状で出せる答えで満足して貰うしかない。

 

「どっち? 朝陽はどっちを優先する? 答えなさい」

 

「私個人の時では悩んでしまうでしょうが、もしもその時にお嬢様が関わっているなら、お嬢様を優先します。お嬢様のお望み次第で、質と時間のどちらを優先するか決定します」

 

「良き従者」

 

 頬をつつかれた。君も良き主人だよ、誇り高きエスト・ギャラッハ・アーノッツ。

 

「うん、満足した。朝陽の答えは分かったし、じゃあ今度こそ料理を……あれ?」

 

「お嬢様? どうされましたか?」

 

「ハルコさんがいる?」

 

 思わず口から『え?』と出る前に振り向いた。声を出して驚くと、他の生徒達も気付くと思ったためだ。

 うん、エストの言う通り、パル子さんがいて、その隣にはマルキューさんもいる。

 

「あ、メイドさん! どーもパル子ですー!」

 

 その傍にはなにか小さな生き物も一緒に居る。背の低いパル子さんよりも、さらに低い背……ジャスティーヌ嬢だ。

 

「うわぁ、なんかすっご、これ全部食べ放題? うわぁあ、うわああぁ、超豪華ー……」

 

 そしてマルキューさんはきょろきょろと特別食堂を見ている。もうこの時点で何となく状況を察した。

 よくない。これはタイミング的に、とても宜しくない。

 

「ジャス子さんとハルコさんとキュウさん? 皆さんご一緒でどうしたんですか?」

 

「うん。この子たちに聞きたいことがあったから探してたんだけど、下の階の、人が多い食堂にいたから。座るところもなかったし、この子たち、こっちの食堂へ来た事ないっていうから連れてきてみたよ」

 

「一度来てみたかったです」

 

「良いのかなー……って感じですけどねー……」

 

 よくなくはない……けど、今日は良くないかもしれないね。寧ろ不味い。

 通常一般生徒の特別食堂の使用は禁止されている。無断で使用したりしたら、一人一万円の食事代を支払わなければいけない。

 だけど、特別編成クラスの生徒が一緒の場合に限り、使用を許可されている。勿論人数に限度はあるし、形式的とはいえ、用紙に理由を記入しないといけない(ショーの打ち合わせなどだ)。

 尤も、特別編成クラスの生徒と一般クラスの生徒は基本的に仲が悪い訳で、僕が入学してから、一般生徒だと思われる学生が食事をしている姿は見た事が無い。この時点で以前、梅宮伊瀬也が教室で小倉さんに語った話と矛盾しているような気がするが、実際、他の特別編成クラスの生徒達はいい気がしないだろう。

 『私達は両親が特別な施設設備費を払っているのに、どうして同じ金額を出していない彼女達が?』という気持ちになる。これに関しては尤もだ。

 ……やっぱり梅宮伊瀬也の話には矛盾を感じずにはいられないが、今はパル子さん達の方だ。

 同級生や上級生とも付き合いのないジャスティーヌ嬢では、学院に渦巻いている事情なんて知らないし、本人も知っても無視するだろう。また、ジャスティーヌ嬢に手を出せないのは上級生たちも理解している。面と向かって注意出来るとしたら……小倉さんぐらいだが。

 

「あの、小倉さんは一緒じゃないんですか? てっきりジャス子さんと打ち合わせをしていると思っていたのですが」

 

「黒い子? 知らないよ。モデルを探しているんじゃないかなあ?」

 

 ……完全にクワルツ賞の衣装は小倉さんに丸投げか。

 僕も食堂を見回してみるが、小倉さんの姿は見えない。恐らく例の一件が原因で、今日は自分が特別食堂に行くのは空気を悪くすると思って、一般食堂かカリンにお弁当を買いに行かせてサロンで食べているのだろう。

 ジャスティーヌ嬢も一般食堂に行ったようだが、昼の一般食堂の混みあいは凄いものだから、もしも小倉さんが一般食堂に行ったとしても運悪くすれ違ってしまったのかも知れない。

 しかし、尚更不味い。パル子さんとマルキューさんが小倉さんの友達だとは、恐らく梅宮伊瀬也達も気がついていないだろう。このままでは上級生達の矛先が、特別編成クラスと一般クラスの関係に向きかねない。悪化という方向で。

 パル子さんとマルキューさんも空気が読めない人ではないんだけど、今はこの食堂の雰囲気に感動して、周りが見えなくなっている。それも大きな声で『凄い凄い』と騒いでいるから、神経逆撫で三昧だ。

 ……初日に新入生達が騒いでいたが、それと一般クラスの生徒が騒ぐのは別という事だ。

 更に止めとして、本日のジャスティーヌ嬢と梅宮伊瀬也のやり取り。……どうしてこうも最悪のタイミングが続くかなあ? いや、僕も最近何度か経験しているんだけどね。

 久々にお腹が痛くなって来そうだよ。

 でも、これらの事情をジャスティーヌ嬢に説明したところで、どんな返事をするかは分かり切っている。

 

『だからなに?』

 

 ……此処まで連れて来た以上、パル子さんとマルキューさんが帰ると言っても、ジャスティーヌ嬢は一緒に食事をすると言い張るに違いない。そして、声を掛けられた僕達も。

 更に厄介なのは、僕達は梅宮伊瀬也に誘われて特別食堂にやって来た。元々来るつもりだったが、そんな事は関係ない。

 ああ女性社会とは、こんなにも複雑で難しい社会だと改めて思い知らされる。

 此処で『梅宮様から誘われたので』と僕が言っても、ジャスティーヌ嬢は『じゃあ一緒に食べる』と同じテーブルへ来るだろう。

 ……梅宮伊瀬也とジャスティーヌ嬢とパル子さん&マルキューさん。恐ろしい食卓になりそうだ。考えるだけで、胃が痛くなって来てしまった。

 せっかくお父様の助言と小倉さんの頑張りのおかげで、ストレスが下がっていたのに!

 お腹を押さえかけた僕に、エストがアイコンタクトを送って来た。彼女は頭が良い。状況は理解している筈だ。

 アイコンタクトの意味を理解して、僕はこの場の解決を試みた。

 

「エストお嬢様、ジャスティーヌ様やパル子さんが一緒なら、賑やかな昼食になりそうですね。私達の友人を梅宮様にも紹介しましょう」

 

「うん、そうしよう。食事は賑やかなのが一番だね。食事を共にするのは、万国共通の友情を示す手段だね」

 

 此方に向かって来ていた梅宮伊瀬也に届く声で言った。この状況では、向こうから断って貰うしかない。

 もしも彼女が承知して同じテーブルを囲むのなら……全力で二人で、出来る限りの行動をとって、場を盛り上げよう。……胃が持つかなあ?

 

「あ、ごめんなさい。私、先輩に相談があったの思い出して。今日は向こうのテーブルで食べるね」

 

 素直な梅宮伊瀬也は、ジャスティーヌ嬢に加えて、一般クラスの生徒まで一緒では耐えられないと思ったのか、自分からごめんなさいと断ってくれた。良い人だ。

 君のおかげで僕の胃は救われたよ。

 それにしても今日は多国籍の人間が集まる食卓になった。此処に黒髪の小倉さんがいたら、唯一の日本人だと思われるんじゃないかなあ? あっ、でもあの人、壱与や伯父様が言うには片親は外国人らしいから、純粋な黒髪の日本人はいないという事になるね。

 豪華な料理の数々を目の前に、パル子さんとマルキューさんは、本当に楽しそうな顔で料理が載ったプレートを持って帰って来た。

 

「いやー、バイキングとか普段あんまり食べないもんで、つい山ほど盛ってしまいましたよ」

 

「バイキングってか、掛かってる看板にビュッフェって書いてね。まあ違いわかんないんだけど。でも、ついよそいすぎる気持ちは分かるなー、私もだ」

 

「右に同じですウフフ」

 

 ……予想通り山盛りか。朝の一件がなければ、取り過ぎだと注意したいが、今日は僕が悪いので叱るのは止めよう。もう二度と学院に通っている間は、寝坊しないようにしないと。

 

「私ね、なんとか賞の一次審査通過したんだよ」

 

「クワルツ賞ですね」

 

 僕が補足しておいた。カトリーヌさんはまだ日本語が堪能じゃないから仕方がない。

 

「なんですかそれ? アメリカ人みたいな名前ですね」

 

 『クワルツ・ショー』か。居ても可笑しくない名前だ。

 

「『クワルツ・ド・ロッシュ』の賞じゃね? 聞いた事ある」

 

 パル子さんと比べて、マルキューさんは博識だ。彼女は経営者志望だから、業界の幅広い知識は必要だから当然だけどね。

 

「いやまだわかんね。何とかロッシュってなんだよドイツ人か?」

 

「ロッシュってフランスの姓だよ」

 

「そのフランス人がなんでしたっけ?」

 

「『クワルツ・ド・ロッシュ』は服飾の雑誌な。ファッション誌と言えばファッション誌だけど、服飾全般を取り扱ってる雑誌みたいな?」

 

「ファッション誌なんて『GERA』と『Vupper』と『GUTiE』くらいしか読んでない。あとたまたま『FRUiTiN』」

 

 ……まあ、パル子さんは興味がないものには目が行かない人だから、仕方がないよね。

 

「図書室に雑誌があるから勉強しろな。わりとためんなるから。で、そのクワルツ賞の一次審査通った」

 

「いや、そのクワルツ賞の規模がいまいちわからんので、野球で例えて貰えませんか?」

 

「ドラフト会議」

 

「すげえ! プロ寸前!」

 

「めんどくなったから、黒い子に全部丸投げした」

 

「はあっ!? く、黒い子って……あの小倉さんの事ですよね?」

 

「うん。そう」

 

「ま、丸投げって……一体何処までですか?」

 

「だから、全部だよ。モデルを決めるのから、型紙、縫製。制作の全部任せた」

 

「ウワー、そりゃたいへんだ」

 

 制作をやっているだけに、小倉さんのこれからの大変さを悟ったパル子さんとマルキューさんは同情していた。

 ただ丸投げした張本人は全く気にした様子も見せずに、話を続ける。

 

「日本では有名な賞みたいだから、もしかしてパル子もーって思ったけど、その感じだと応募してないみたいだね」

 

「あはい。私あのコンクールとか良く分かんないので。なんていうか東京ゲイーズコレクションとかなら興味あります。見る側で」

 

 確かにパル子さんの作る服は、コンクール向きの服ではない。それ専門のコンクールなら評価されるだろうが。

 彼女の服を大勢に評価させるのだとすれば、ミュージシャンの衣装だったり、映画やアニメなどの作品の方が合っている。

 僕やエストのようなデザインが芸術を自称するのであれば、彼女は大衆文化のチャンピオン。

 良いと思えばパル子さんは興味を持つのだろうけれど、基本的に彼女のスタイルは『描きたいものを描いて』だ。だから、『勉強』はしないのだと思う。

 コンクールは『自分の作品の評価をされる場所』という意味では、『勉強』の成果の発表会だ。描きたいものを描く彼女が興味を持たないのは当然と言えば当然だと言えた。

 

「でもコンクール出した方が良いよ。実力わかるし、一番になると気持ち良いし」

 

 確かに賞を取って一番になった時は気持ち良い。認められる喜びもあるしね。

 

「経営者視点でも、賞とかとると、宣伝効果すさまじいんだよな、勉強してると良く分かる。ああいやいや、パル子に応募しろって言ってるんじゃないよ。狙ってとれるもんでもないし。ただほんとお前そういうの興味ないよなと思って」

 

「マジすか。すんませんした。でも、審査員にあの服ヘンとか言われたりしたら泣いちゃうじゃないっすかへへへ」

 

「メンタル障子紙レベルだもんなおまえ」

 

 その気持ちは良く分かる。僕も誉めて貰えるのが大好きだけれど、批判されたり中傷されると、とても傷つきやすい性格だ。

 以前は自信があったから耐えられたが、今はもしかしたら耐えられないかもしれない。例えば服飾以外の部分で悪く言われたりしたらすぐ傷つく。特にこの髪が汚いなんて言われたら耐えられずに泣いちゃう。

 

「目立てばその分叩かれるのは当然だよ」

 

「あ、そういうのもう。そういうの聞くだけでもう。想像するだけでジブン泣きそうになります。へへへ」

 

「でも一番になりたくない? 一番にならないと意味なくない?」

 

 ジャスティーヌ嬢は僕と同じように一番に拘りがあるようだ。

 お父様やアトレのような、自分の技術と向き合うタイプの人とは余り接して来なかったのかも知れない。

 

「いやーそんなに。一番とか、なれば嬉しいけど、特別なりたくはないっす」

 

「この子、ほんとに『一番』が苦手なんです。というかうっそだーとか思うかもしれないけど、競争できないんです。メンタルが、ほんと弱いので」

 

「どうしようもない女です」

 

「100点とったりとか、かけっこで1位になるのとか好きなんですけど、其処で『次はまけないからな!』だと喜ぶんですけど、『お前さえいなければ!』とか言われると謝る子です。ほんと弱いので」

 

 ……今のでちょっとパル子さんに危機感を覚えた。

 何せこのフィリア学院に服飾部門で蔓延している空気は、今、マルキューさんが言った『お前さえいなければ!』の方だ。

 伯父様がスポンサーに就くという話があるから大丈夫だとは思うんだけど……ちょっと心配だなあ。

 

「え、なんで。自分が一番になったことで悔しがる子がいたら、指差して笑えば良いよ。だって負けた子に何も言う権利なんてないから、悔しがるのは当然だし仕方ないよ。そこは大声で笑いながら馬鹿にしてあげようよ」

 

 ……言い方は悪いが、ジャスティーヌ嬢の言い分には一理ある。

 だけど、それで相手が納得出来ないのが人だ。ルミねえの一件で、僕はその事を思い知っている。

 それにパル子さんはジャスティーヌ嬢と違って、社会的な立場が弱い人だ。

 

「あのそういうの聞くだけで。もうなんか笑われてたほうが楽です。私あの悔しいとかないので」

 

 ジャスティーヌ嬢が理解出来ないというようにパル子さんを見ている。

 このまま話を続けるのは不味いと思って、またエストにアイコンタクトを送った。無言でエストは頷いてくれた。

 

「それではジャス子さんが服のデザインをするのは、一番でいるためなの?」

 

「私がデザインする理由? だって私、子供の頃からずっと続けているんだよ。夢はパリコレに出て、世界中のセレブが私のデザインした服を着ること!」

 

「素晴らしい目標ですね。ジャスティーヌ様なら、その大きな夢も叶えてしまうのかもしれません」

 

「そう思う? 気分いいなあ。やっぱり私、白い子好きだよ!」

 

「という事は、パリのコレクションに作品を出して、世界中のセレブが自分の服を着れば、ジャス子さんは満足してしまうの?」

 

「ん。なにそれ、また棘のある言い方して」

 

「ううん、そんなつもりはない。誰かに聞いてみたかったことなの。それも実力のある人にしか聞けないことだから」

 

「そういうことならいいけど……というか満足ってあるの? だってパリコレに出て、世界中のセレブが私の服を着るなんて、どうすれば分かるの? それに、私の目標ってファッションデザイナーとして最高の夢じゃない? これ以上にどんな目標を持てって言うの?」

 

 確かにそれ以上の目的と言われても、似たような夢を持っているだけに僕も困る。

 エストは一体ジャスティーヌ嬢、いや才能あって実力のある人に何を聞きたいんだ?

 

「でもジャス子さんは、それも叶えてしまいそうだから。朝陽もそう言っていたじゃない?」

 

「ん、まあ……そう、なのかな。そうかもね。うん、そうだった」

 

「其処へたどり着いたら終わり?」

 

「そんなの今はわかんないよ。その時に考えれば良い事だよ。じゃあ大統領になりたいって言ってた子供が、大統領になったらそれで終わりなの? 違うよね? 一流のデザイナーになっても、やることいっぱいあるよ。良い服作って、ちやほやされて、いろんなお金持ちにデザイン頼まれて、世界中の有名人から声をかけられて……あれ? じゃあ私……子供の頃からやりたいこと変わってないってこと? 言ってる事が子供と同じってこと? ……私、なんでファッションデザイナーじゃなくちゃいけないんだっけ?……」

 

 傲慢で、自信家で、自分を全く疑わないジャスティーヌ嬢が、珍しく考え込んでしまった。そんな彼女をエストは真剣な目で見つめてる。

 ……この場に小倉さんがいたら、もしかしたらジャスティーヌ嬢に適切なアドバイスが出来て、エストの質問にも答えられたかもしれない。あの人は一度本気で服飾を捨てようとした人だ。でも、服飾に戻った。

 ジャスティーヌ嬢以上に不安定ながらも、服飾をやる意義を持っていると僕は思う。

 どちらにしても、昼食の場ですべき会話じゃない。

 話題を変えるつもりで、同じように苦い顔をしていたマルキューさんに話しかける。

 

「例のスポンサーの人とはもう会ったのですか?」

 

「あ、まだです。何でも今日帰国するらしくて、明日に会う予定なんです」

 

 伯父様。今日、日本に帰国するんだ。

 以前なら会えるのが楽しみで仕方がなかったけれど……今はまだちょっと会うのが怖い。もしもいきなり厳しい伯父様に会ったりしたら、僕は腰を抜かしてしまうと思う。

 ただこれでパル子さんとマルキューさんに安全は保障されるに違いない。大蔵衣遠に喧嘩を売るような行動をする人は、この日本にはいないだろうから。

 

「それは良かった。では、映画の衣装制作の方はいかがですか?」

 

「そっちもお陰様で順調ですよ。あの時、背中押して貰って良かったなって思ってます。あの後、一週間くらいで、この子がぱーっと30枚くらいデザイン画描いてきて、珍しく早かった」

 

「まあな! 本気出せばあんなもんさ!」

 

「じゃあ常に本気出せよ」

 

 容赦の無いお言葉に、パル子さんは寂しげにフリッカセを頬張り始めた。

 

「で。デザイン画送った中の10枚くらいを電話でオッケー貰って、今もうこの子が縫い始めてるとこです……そっか、良く考えたら、万が一応募してクワルツ賞とか通ってたら、とても注文受けきれなかった。ただでさえ時間もお金もギリギリなのに」

 

「お金ですか?」

 

「生地代です」

 

 生地代……10着分ならそれなりの額だ。スカートやTシャツなら、それほど掛からないだろうけど、例えばジャケットとかだと。

 1mで2000円の生地だとしても4m、それに裏地やボタン代、その他諸々で1万は超す。あくまで今のドシンプルな形の場合だ。パル子さんのデザインは生地も特殊そうだし、形も凝った物ばかり。拘れば、生地代だけで倍か、その倍まで行くかもしれない。

 以前、バイトで生地代とかを稼いでいると言っていたし、スポンサーとなる伯父様との正式な契約はまだだから余裕はあるのだろうか?

 

「うちらお金ないんで。正式な契約も決まっていないんで、例のスポンサーになってくれる人には頼めませんし、とりあえず今まで黒字だった分で生地買って、後は私が今バイトしてます。この子は縫い続けないといけないんで」

 

「経費として事前に受け取ることはできないんですか?」

 

「え? ああ、どうなんでしょう。そう言えば聞いてなかったけど、そういうのって事前に貰えるものなんですかね?」

 

 ……聞かれても困る。僕は服を売った経験がないから。

 小倉さんなら的確なアドバイスが出来たかも知れないのに。少し無力感を覚える。

 

「領収書貰ってるんで、後から精算するものだと思ってました。個人のお客さんで、オリジナルのデザインを受ける時は、製作費先に振り込んで貰って、生地代は別に貰ってるんで」

 

 ……何だか少し心配になって来た。

 

「契約内容は詰めていないのですか?」

 

「デザイン料と縫製代は確認してます。デザインの返事も貰ったし、進めていいのかなって。相手の身元はしっかりしてるので、バックれたりとかはできませんし」

 

 果たして本当にそうなのだろうか?

 

「それで今はデザインの残り10点の返事待ち何で、少しでも先に進めておこうかなって……個人のお客さんの注文もあるし、時間がないので」

 

 いよいよ大丈夫なのか、本気で心配になって来た。

 マルキューさんの表情にも不安そうな色が浮かんできた。そんな顔をさせて申し訳ない。

 だけど、今回の一件はパル子さんとマルキューさんのブランド『ぱるぱるしるばー』にとって、重要な一件だ。

 もし彼女が『ちゃんとした企業相手だから』という理由のみで、契約書も交わさずに作業を進めているのなら、嫌な顔をされると分かっても注意するべきかもしれない。

 或いは、明日会う伯父様に確認して貰うように言っておくべきだろうか?

 何事も起きなければ僕の取り越し苦労で済むが……最近は客観的な視線も得たので危機感を感じる。知り合って、まだ二ヵ月ぐらいで、同じ学生でメイドの立場の僕が注意するべきか。

 それとも企業関係のエキスパートの伯父様に相談するように、話しておくべきか?

 どっちが良いだろうか?




才華にとっての重要な選択です。
片方を選んだらルートが消失します。

選択肢
【よく確認するように念を押す】(パル子ルートフラグゲット!)
【明日にあう伯父様に説明して確認して貰うように進言する】(パル子ルート(才華side)消失!)

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