――ウチは多分『めんどくさい女』に分類すべきタイプなんだろうな。
一足早く昼食を済ませた耳郎はそう思った。恋人が出来てから分かったのだが、自分で思っていた以上に典型的な『恋人らしい事』をしたいという欲求が強いらしい。寮、校内、買い出しなどの外出中でも衆人環視の中でなければ基本ボディータッチなどのスキンシップ(キスは流石に人目が無いと確実に分かってからでなければしないが)は割と露骨にべたべたやる方だ。頻度も上がってきている。
出久は照れこそするが満更でもないし、逆に彼の方から仕掛けて来る事もある。素直に嬉しいし、引っ込み思案な彼の積極性に応えたい。温もりも体温も匂いも、全部が好きだ。そして触れ合っている時の安心感とマイナスイオンが半端ない。
だが自分が『めんどくさい女』認定してしまう理由はもう一つある。独占欲の高さだ。一皮剥けて社交性が増した出久は今やB組の生徒とも(約一名を除いて)ある程度ラポールを形成している。それは別に構わないし、むしろ喜ばしい事だ。頭を撫でて褒めてやりたい。
男は別に構わないが、問題は女がその友達の輪に含まれているからだ。合同演習を境に女友達と呼んでも差し支えないぐらい親密になっている生徒が二人いる。その一人が角取ポニーである。
「Last strawは、言ってしまエバ、悪い事が何度モ起こって我慢ノ限界を過ぎた事を意味シマス。Camelの背骨を折る最後の藁と言う逸話から来ているらしいデス。日本のコトワザで似ているのは・・・・・感染ブクロ?の緒が切レル、って奴です。」
「なるほど、そうか!流石ネイティブスピーカー、知識量からして違う・・・・・!それと『感染』じゃなくて『堪忍袋』だよ、角取さん。感染だとCDCに隔離して貰う奴だから。『ウォーキング・デッド』しちゃうから。」
日系アメリカ人の帰国子女である為、プレゼントマイク以上に流暢な英語を操る彼女は度々彼の英語の練習に付き合ったりアメリカンポップカルチャーについても教えている。今やネットフリックスで海外映画を字幕なしで観て台詞を理解出来る程に上達しているのだ。
「ソレにしても、緑谷サンは発音が上手くなってマス。チョーイイね、サイコー!イェーイ!」
「イェーイ。」
交換条件として苦手科目である日本語および古文、国語を手伝わせており、予習復習の合間のおやつに青りんごを食べたり、英語や日本語で取り止めない会話をA組のクラスメイトも伴って食堂で楽しんでいる事もある他、彼女の『個性』である角砲で一対多を想定した練習にも付き合っている。彼女は勉強という建前がある以上そのラインを超える事は無いだろう。
問題はもう一人の方、B組の推薦入学者である取蔭切奈である。出久と彼女の交流はヒーローノートの一ページから始まった。と言うのも、I・エキスポで怪獣ヒーロー ゴジロを見た時にその撮った写真を参考に絵を描いている所を見られて絡まれたらしい。なんでも、恐竜が好きで画像とコピーしたノートのページをくれとせがまれ、仲良くなったそうだ。
加えて『同じ緑の癖毛持ちのよしみだ』と何かと彼との距離が近く、ちょっかいを出してくる。二人を知らない人間がその様子を見れば似ていない姉弟かいとこ同士がじゃれ合っているようにしか見えないだろう。B組委員長の拳藤曰く、『どっちもイケる』のだとか。
ちなみにこの二人とも既に連絡先の交換は済ませている。取蔭の場合半ば無理矢理スマホを奪って赤外線を使ったらしいが。
サポート科の発目明とも懇意にしているそうだが、あの竜巻の様に果てしなく自分のペースにグイグイ持って行く感じには相変わらず苦手意識があってタジタジであるのは知っている。それでも改良やアイデアの為に良く出入りしているのは本人の口から聞いた。
更に付け加えるなら今ではメリッサ・シールドと言う金髪碧眼のナイスバディーな清楚系お姉さんとの付き合いもある。オールマイトの親友の娘という立場上、たとえ出久が畏まってしまっても仲が良くなるのはほぼ必然だ。I・エキスポを案内して貰っていたのが何よりの証拠である。
彼に友達と呼べる人間が増えるのは嬉しいが、素直に喜べないしはっきり言って気に食わない。出久が一途なタイプなのは身を以て理解しているから浮気の心配はまずありえない。そう頭で分かっていても胸の内側が痒くなる。ムカムカする。イライラする。出久目掛けて空き缶をぶん投げてやりたくなる。
――気安くウチの男に触んな!(してるつもりは無いだろうけど)出久もデレデレすんな!
そうは思いつつも、同時につくづく自分の度量の狭さが嫌になる。告白当初の丸ごと受け止めてやる気概はどこに行ってしまったのだろうか?
彼のこの快挙は素直に喜ぶべきだし、彼を信じている以上心配したり、やきもきする必要は無い筈だ。むしろ余計な干渉はいらぬ軋轢を生んでしまう他、強く出たくても嫌われるかもしれないという可能性が果てしなく恐ろしい。これはやはり慣れの問題と言う奴なのだろうか?
「でもなあ・・・・・・」
プッシーキャッツの言葉を借りるなら、緑谷出久を見初めたのは自分だ。比喩的にも、逐語的にも唾を付けたのは自分だ。今になってようやく彼の良さが分かったのだろう。だがもう遅い。彼は渡さない。誰にも。
今こうして寮の屋上で仏頂面を引っ提げているのも遊びに来た例のB組女子と和気藹々としているのが気に食わず、臍を曲げて八つ当たりするのを未然に防ぐ為だ。
その所為で今日一日ずっと出久とハグどころか手を繋げてもいない。手が届く距離に立っているのが精々だ。
「ウチってやっぱしめんどくさい女だ・・・・・・ほんと、どうしよ・・・・・・」
「僕は響香さんのそんなむくれた所も途轍もなく可愛いと思いまーす。」
「何を馬鹿な事言ってん、の――!?」
「どうも、
「ウチ、めんどくさい女じゃない?重くない?緑谷が別に誰と仲良くしようとウチが口出しする様な事じゃないのに。」
「ぜーんぜん。めんどくさいのは誰しもそうだし。」
抱き締める力が強まり、軽く、本当に軽くだが唇の先で耳を舐られた。耳の裏、耳たぶ、首筋、鎖骨。下へ下へと彼の唇が、歯が、焼き印の様に熱い。その熱を、痛みを、痺れるような快感を齎す彼が、好きだがそれをよしとする自分が、嫌になる。
「ちょ、コラ調子乗んな馬鹿・・・・・・ぁっ!!」
初めて彼女が出来た男子高校生の分際で本当に狡猾な男になってしまった。いや、自分がそう作り変えてしまったのか。綺麗な目をしているくせに、やる事は汚い。やる事は汚いくせに優しい。優しいくせに少し痛くして来る。そして痛くするくせに臍の少し下辺りが気持ちいいと断続的に腹筋を引きつらせる。
振り向いて彼と抱き合い、額を分厚い胸板にぐりぐりと擦り付けて唸った。拗ねて構って欲しい時によくやる『いつものアレ』だ。彼はいつも頭を撫でて、髪をかき上げ幾度も額にキスしてくれる。たったそれだけで幸せな気持ちになれるのだから不思議だし、上手くなっているから質が悪い。
「いた、痛い。いったい!響香さん、痛い。痛いです。ちょ、ホントに!イタタタタ!」
そんな彼の首筋に血が出て歯形が残るぐらい強く噛みつく自分は、もっとどうしようもない女なんだろう。
「ウチは怒ってんの。
「逃げませんから、僕は。それだけ本気だって事が伝わってきますから結構嬉しいです、個人的に。」
まあ逃がすつもりはどちらにせよ無いのだが、やはり口に出してくれると多少は安心する。
「そろそろ、言おうと思うんだ。
「まあ、多分バレてると思いますけどね、聡い人には。特に僕の部屋は隣が峰田君だし。」
あいつはもう正直墓穴を自分で掘らせて処すべきだろう。青少年とは言え歩く性欲と言う人間の形をした二足歩行の別の生き物だ。煙草同様、百害あって一利なしだ。
「でも言うのは賛成です。はっきり言葉にした方がケジメつきますし。けどその前に一つやっておきたい事があります。」
「やっておきたい事・・・・・?何?」
「デートです。マジモンの。」
「デー、ト?デートってウチと?」
「当たり前でしょ?彼女以外誰と行かせるつもりなの、
意地悪な質問に耳まで赤くなったのをごまかす為にとびきり濃厚なキスを返してやった。
狼みたいな忠犬で、悪魔みたいな天使な緑谷出久とのキスが大好きになってしまった自分は彼以上に度し難い。