大開眼!緑谷出久、Level X
「なあ、やっぱしやめねえか?他人様のデート覗きに行くとか、見つかったら色々ヤバい事になんぞ。そもそもデートかどうかも分かんねえだろ?ヤオモモと待ち合わせでお茶しに来てる、なんて結果だったら無駄足だぜ?」
目立たない服と目深にかぶったキャップで出来るだけ変装をした上鳴が心配そうに同じく変装した峰田の肩を指でつついた。
「どちらにせよ見つかったら耳郎がキレるのは間違い無いとして・・・・・・よしんばデートだった時の方が怖ぇわ。峰田が言うみたいにもし相手が緑谷だったら猶更だぜ、あいつがマジギレした所なんて想像出来ねえから余計におっかねえ。」瀬呂も頷いて付け足した。
やらないとは思うが、もし万が一やろうと思えばデコピン一発で頭をザクロの様に弾けさせる事が出来る『個性』の持ち主なのだ。怒らせれば下手をすると爆豪以上の激怒した何かを呼び起こす事になるかもしれない。
「とか言いながら気になってるから付いて来てんじゃんかよ、お前らもよお!オイラは緑谷と部屋が隣同士だから分かんだよ!廊下とかすれ違う度に別の匂いが混ざってるって事が。あいつから・・・・・あいつから女とシャンプーの匂いがしてんだよぉ~~~~!!!!」
峰田がバシバシと悔しそうに拳を膝に叩き付ける。目尻と噛み締めた下唇から血が滴り落ちた。
「屋上でもデートの話してやがったし、これ見よがしにキスしてやがったんだよぉ~~~~」
「マジでか!?」
「まあ確かに以前より緑谷ってびくつかなくなったし、B組とも折り合いが良さげになってっけど・・・・・・ぶっちゃけあいつ耳郎が惚れるタイプとは思えねえぞ。むしろ真逆まである。」
「逆に考えろよ、上鳴。緑谷が惚れて告ってこうなったってのも十分あり得るだろ?」
「・・・・・・まあ、それならあり得なくはない、かな。にしても緑谷いつ来るんだよ?慌てたりそわそわしてる様子はねえからまだ時間には早いっぽいけど。」
およそ二十メートル前後離れたベンチには耳郎が腰掛けて出久を待っていた。服装は買い物に行った時に出久が選んだコーディネート一式である。普段身に付ける様なパンキッシュなチョーカーや鋲のあるレザーバングルなどは一切なく、爪も青系で統一してあり、うっすら香水とファンデーションも使っている(あくまで峰田の嗅覚頼りの為真偽の程は定かではない)。
「けど・・・・・・緑谷がデートに行くとなると、どんな服着て来るんだろうな?」
「あー、たしかに想像つかねえな、あの二人っつー組み合わせからして。少なくとも寮にいる時に着てるモンはデート服にするなんて事は流石に無いだろ?」
上鳴の何気ない質問に瀬呂も首を傾げた。
「耳郎が今来てる服とは真逆のパンクな服装とかだろ、絶対。彼女の趣味に合わせるなんざジョーシキだ、ジョーシキ。」
彼女が出来た事すら生まれてから一度も無いくせに上から目線で峰田が胸を張って自信満々に答えた。
「いやいやいやいや、似合わねえだろ。」三者三様のパンキッシュな緑谷出久を思い描いてみたが、あり得ない。特に整髪料なしのあのモサモサな髪形ではパンクのトガッた雰囲気が台無しになってしまう。ヴィジュアル系を狙って化粧も使うとなるとまた分からないが。
「じゃあアメカジとか?」瀬呂が提案した。
「けど色合いによっちゃ悪目立ちしそうだな。瀬呂みたく背が高かったりガタイが良い奴じゃねえと服に着られてる感パねぇぞ。」
「案外ポロシャツとジーパンみたいなカジュアル系で行くんじゃねえか?一番失敗しにくい奴。」
「お、ちょっと待て、誰か耳郎の後ろから来てんぞ。」峰田の言葉に意見を出し合う二人の視線が耳郎の背後に注がれた。
機能美を追求するミリタリーファッションを意識しているのか、彼女の背後に近づく人物のコーディネートは黒いトライバル模様のプリントを入れた白いシャツの上にワッペンを幾つか縫い付けたオリーブグリーンのM65フィールドジャケット、カーキのカーゴパンツにブーツと言うアースカラーをふんだんに使った服に身を包んでいた。首にはアフガンストールも巻いており、AK47でも肩に担いでいれば名うての少年傭兵に見えなくもない。左腕には腕章の様に紫とオレンジのバンダナを巻き付けてある。
髪型は耳郎より短いショートヘアーになるまで後頭部と側面を短く切り、頭頂部の髪を耳の上に触れる程度の長さにまでさっぱりと切ったツーブロックになっていて、頭と顔の形をより際立たせていた。
若干ジャケットのサイズが大きい故に遠目からでは分かり辛いが十中八九男だろうと容易に予想はつく。ベンチで待っている耳郎に目が行ったのか、彼女目掛けて一直線に歩みを進めて行く。そんな彼が耳郎の肩を指でつついて彼女の注意を引き付けた。
「ちょっと待て、あれ・・・・・・」
「何か話してるな。耳郎が応対してる以上赤の他人やナンパって訳でもないっぽいし。」
「ええええええええええええええええええええええええ!?!?その声まさか、み・・・・・出久、なの!?」
耳郎の突然の叫びに三人は愕然とした。
「な――」
「ん――」
「だ、とぉ・・・・・・・!?」
髪の色からしてもしやと思ってはいたが、疑問が確信に変わったその瞬間、三人は我が目を疑いたくなった。涼しい笑みを浮かべた彼はまごう事無き緑谷出久本人だ。耳郎も恋人のあまりにドラスティックな変わりように呆気に取られて開いた口が塞がらず、彼を凝視したまま硬直していた。
夢か幻だと思いたいのか、上鳴は何度も目を擦った。「あれが・・・・・・あれが緑谷?そんなんアリかよ、ぱっと見じゃまるっきり別人じゃねえか!モノスグウェーイ・・・・・・」
髪型と服装も相まってPV衣装姿のダンス&ボーカルグループのメンバーにしか見えない。瀬呂とて認めたくはなかった。「いや、でも耳郎も下の名前で呼んでたし・・・・・マジパネーイ・・・・・・」
しかし擬態の『個性』でも使っていない限り、自分の恋人を見間違える人間はいないだろう。
「ざっっっっっっっけんな、あ・の・や・ろぉ~~~~・・・・・・!!!!」
ベンチの手摺が捻じ曲がるほどに握り締めていくら悔しがろうとも、認めざるをえなかった。緑谷出久という地味メンの未だ底知れぬ可能性は常識では測れない。何故なら覚醒したばかりとは言え既に
買い物に付き合わせて服を買い、更に彼の爽やかコーディネートを見たのはあの一度きりだけだ。あの一度でかなり印象は変わったが、今回の出久の風体はそれの比ではない。あのもさもさのマリモヘアーが無くなり、バンダナを除けばおとなしめなアースカラーで統一しただけだ。
ただそれだけの筈なのに、この伸び率は異常だ。予想外だ。そして何よりも卑怯だ。
――何コイツ、滅茶苦茶カッコいいッ・・・・・・!?
元々カッコいいとは思ってはいたが、それはどちらかと言えば内面の話だ。外見については勿論可愛げがあって文句は無い。忠犬キャラな彼の種類を例えるなら愛嬌のあるコーギーか、幼く人懐っこいジャーマン・シェパードと言える。しかしそれがどうだろう。化けに化けた結果、彼は今やウルフドッグだ。内外共にきっちりかっちりイケメンになっている。
「えっとぉ・・・・・・一応自分で色々調べて安価で出来る髪形に変えて古着屋さんとか回ったんですけど、やっぱり変、だよね・・・・・・」
片膝をついて目線を合わせる彼の眼に満ちた自信の火が緊張、恐怖で吹き消されそうになっていた。心臓が止まる程に恐ろしく感じている。可能性は無いに等しいが、もし今日のこれを彼女に否定されれば恐らく立ち直る事は出来ないだろう。
呆けたまま半開きだった口を閉じて耳郎はハッと我に返った。いけない。とりあえずこの否定から入りがちな彼氏の悪癖撲滅の為に褒めてやらなければ。
「いや、その・・・・・・カッコいいよ、うん。や、やれば出来んじゃん。」声を上擦らせながらも頭を撫でてやると人目も憚らずに抱き付かれた。公衆の面前ではやめろと何度も念を押してはいたし、彼もそれを順守していた。今日までは。居心地悪そうにもぞもぞしていたが徐々に強まる彼の抱擁にいつしか折れ、身を預けた。
「響香さんも、凄く綺麗です。」
しばしの間二人は見つめ合っていたが、先に照れ臭さが勝った耳郎が立ち上がった。このままでは衆人環視の中でありながら変な気を起こしかねない。
「そ、それで今日はどうするの?」
「色々考えてありまして。」
「色々って?」
「色々です。」
あの笑ったような、困ったようなそばかすがあるいつもの表情は失せ、指先でこめかみを叩く彼の眼は我に
「響香さん、部屋にステレオターンテーブルありますよね。」
「うん、あるけど?」
「お店で何かイイ奴、探しましょう。試聴も出来るんですよ!」
いつになく積極的な彼の言葉に押されて無言で頷くやいなや、手を握られて軽く躓きながらも彼の後について行く。そして耳郎は少しの間忘れていた。彼氏は俗に言うロールキャベツ男子。度胸も十分ついている。一度主導権を握れば勇気で爆進していく。
店自体は多少さびれてはいたが品揃えの豊富さと店主が現役のミュージシャンで仕入れる物も――特にレコード盤は――こだわりを見せている為、人気は根強い。
「・・・・・・おお。」
趣味とは言え幼い頃から楽器に触れている耳郎をしてこの店は当たりだと考えずとも分かった。
「目当ての物って、ある?」
「ジャズかブルース系で。」
「あ、人が折角ロックの良さを教えてあげたのに。裏切者ぉ~。」
脇腹を強めにジャックでつつかれて出久は身を捩った。
「ブ、ブルースやカントリーミュージックはロックの起源だからセーフです。」
しかし耳郎は面白がって更に継続した。本音を言えば幅広く楽しもうとしてくれているのが一番嬉しいのだが、改めて口に出すのが恥ずかしいのだ。
「う~ら~ぎ~り~も~のぉ~!」
「ちょ、響香さんやめッ・・・・・ぷくく・・・・あはははは、くすぐっ・・・・・!!」
調子に乗ってやり過ぎたのが災いして他の客の生暖かい視線を四方八方から浴びる破目になった。
「ケロ。透ちゃん、見た?」少し離れたカフェの席で蛙吹梅雨がチャイ・ラテを飲みながら小声で尋ねた。
「うん、しっかりと。」葉隠透は激しく頷いた(見えはしないが)。
「私も見ましたわ。ええ、はっきりと。」鈍器・大手での変装が楽しかったのか、八百万百は今回もかなり凝っている。「もしやとは思いましたが、やはり実際に目にしても奇妙な光景ですわ。緑谷さんと耳郎さんは性格も趣味嗜好も正反対とまでは行かずともほぼ対極と言えます。それがまさか・・・・・・もちろん、喜ばしい事ではありますが。」
「対極だからこそ、なんじゃないかしら。同族嫌悪って言葉もあるぐらいだし。それにあの緑谷ちゃんをあそこまで積極的な性格に変えたのが響香ちゃんなら色々と納得出来るわ。あんなに楽しそうな緑谷ちゃん、初めて見るもの。私と話してる時に慌ててるのが嘘みたい。」
「うん。緑谷君の引っ込み思案が消えたのってあの二人にいつの間にか接点が出来て話し始めてからだよね。髪型とかも新鮮で客観的に見てもかなーりカッコいいし。B組の女子とかとも仲良くなってるから、結構狙ってる人っているんじゃない?」
「ですわね・・・・・・」三人が知っているだけでも恋愛感情の有無に関係無く仲が良い女子はサポート科の発目、I・アイランドのメリッサ、そして麗日お茶子がいる。恋愛感情かどうかは本人が出久並みにあたふたしながら必死に否定している故に真意の程はいまいち分からないが、少なくとも悪感情を抱いている事はまずない。「しかしそれは当人同士の事ですから、向こうがアドバイスを求めて来ない限りは首を突っ込むべからず、ですわ。」
「あ、緑谷ちゃんがおでこにチューしたわ。響香ちゃん赤くなってるわよ。」
「はいぃ?!」
「ヤオモモ、シーっ!」
こうして二人は出久が考案したデートプランに沿って考えつく限りのいわゆる『恋人らしいイベント』を消化してから悠々と寮に戻った。
「ふぃ~。」
「お疲れ。凄く楽しかった。」
「ありがとう。それと、はい、コレどうぞ。」寮に入る前に胸ポケットから二つのヘアピンを取り出して耳郎の手に置いた。それぞれ楽譜に使われるト音記号、ヘ音記号がついており、色も彼女の髪に合うミントグリーンをチョイスしてある。
「締めくくりはやっぱり何か渡さなきゃなーと思って色々見てたらこれが目に入っちゃって。髪の長さとかも全然気にせず付けられるし。」
――ミントグリーン。グリーン。緑。パーソナルカラー・・・・・・つまりコレは男避けって解釈で良いのかな?
実際出久はデート中トイレ以外では片時も耳郎の傍から三歩以上距離を空けた事は無かった。当然しっかりリードはしたものの、周囲に気を配る様子は哨戒中の軍用犬に見えた。
「今、付けてもいい?」
「どうぞ。」
「よし、と」特に選ぶ必要も無いので二つを左側につけ、スマートフォンのインカメラで見ると、中々可愛く見える。得意げに胸を張りながら寮の玄関へと足を踏み入れた。
「お、耳郎、丁度良かっ・・・・・・隣のそいつ誰?」
共有スペースの台所に向かう切島、芦戸、砂藤の面食らった顔に思わず吹き出しそうになったが、どうにか堪えた。
――まあそうなるよね。彼女のウチですら面食らったんだから。
「やっぱりここまで変わると見分けつかなくなるんだ・・・・・・嬉しい様な悲しい様な・・・・・・」
「そ、その声・・・・・まさかお前――」
「うん、出久だよ?ウチの彼氏。てか声で分かるでしょ普通。」
「カレ・・・・・マジか?」切島の問いに耳郎は無言で頷いた。
「マジで?」芦戸が発した二度目の問いに今度は出久が首肯する。
「マジ、だな・・・・・・!」砂藤も二人程表情に変化はなかったが、目は大きく見開かれていた。「峰田が色々言ってたのは分かるけどいつものバカ騒ぎかと思ってたのに、まさか本当に付き合ってたとは・・・・・・!」
「まさかって何?ウチの見る目疑ってんの?」イヤホンジャックが鎌首をもたげる毒蛇の様にゆらゆらと揺れ始めた。
「待て待て待て待て、それは誤解だ、解釈の相違だって!意外だっただけだよ!」
「けど緑谷・・・・・・漢らしいぜ、そのヴィジュアル!イイな、それ!好みだ!」
「ご丁寧にありがとう、切島君。響香さんもこう言う反応は予想しといた方がいいって。あ、それと多分クラスの人なんだろうけど、五、六人ぐらいに見られてた。内二人は上鳴君と峰田君なのは間違い無いから、瀬呂君に縛っておくように連絡回すの、ヨロシクね。」
「・・・・・・ちなみに縛ってどうするつもりなの?」芦戸が恐る恐る尋ねた。
「誰なのかにもよるけど、タバスコ100%一気飲みはしてもらうよ?鼻から。」
「鬼か!!何その恐ろしい罰ゲーム!?」
「その後は全員纏めて・・・・・・Volare Via」
その時の出久の満面の笑みを見た三人は心の底から恐怖を覚え、夜が更けても安眠は出来なかった。
自分よりも先に恋人が出来た事が非常にムカついた爆豪は夜通しどういう事だと悪態をつきながら部屋の壁を殴りまくっていた。