続々行く~ぞ~!
――お、恐ろしいっ・・・・・!
後ろを振り向くのがここまで恐ろしい事だと感じたのは今回が初めてだった。
「で?どういう風にお詫びしてくれるのかなぁ~?かき氷のスタンドでの手伝いが終わったら連絡くれるって算段だった筈なんだけどなぁ~?おかしいなぁ~。」
何やら金属製の物を手に軽く何度もつっぺしつっぺしと打ち付けている音がする。明らかに扇子などの小物の類より重い音だ。特殊警棒か?はたまたスタンガンか?いや、まさか足して二で割って伸縮式のスタンバトンか?創造の『個性』を持つ八百万が友人なのだ、何を持たされてもおかしくはない。
「待てど暮らせどメッセージの一つも来ないんだもん。この浜、一往復しちゃったよ?それなのに呑気にホットドッグ食べてた挙句にB組女子にパシられてたもんね、林檎飴を。二つもさあ。」
「それについてはですね・・・・・・弁解の余地を頂けないでしょうか?百文字で結構ですので。」
「五十字以内で述べよ。」
――容赦無いな・・・・・・!?
だがスマートフォンが入ったカバンをかき氷のスタンドに置き忘れたままその場を後にして連絡を怠った責任は全面的に自分にある。この状況に於いて彼女の要求に応じないと言う選択肢は最早無い。「スタンドに一人だけだったから頼まれました。代金分は返してくれたので奢ってはいません。」
「オッケー、分かった。本人にも確認は取ってるからそれは特赦って事で水に流したげる。だ・け・ど・も!連絡の一つも寄越さず、恋人と夏祭りデートするって約束を取り付けたにもかかわらず、ほったらかしにしたと言う極刑レベルの責任問題が残ってるんだけど。無いと分かってても色々勘繰っちゃったんだけど。精神的苦痛に対する賠償を要求するから。」
ぐりぐりとジャックが背中にアイスピックの様に突き立てられている。痛い。じわじわと痛い。しかし、言えない。言ってしまったら最後だ。兎に角歯を食い縛って出久は堪える。「で、では・・・・・・今夜思いつく限りのリクエスト全てに気が済むまで僕が全身全霊で応じると言うのは、いかがでございましょうか?」
「当然でしょ?じゃあ早速。こっち向いて。」
「ハイ・・・・・・」最悪の場合、『愚か者め、首を出せ』などと言われたら差し出すしかない。正直あれで駄目なら五体投地も辞さなかったが、どちらにもならずに済んで出久は内心ホッとした。
そして言われた通りに振り向いた刹那、呼吸と言うものを忘れた。
――オーマイ・・・・・・オーマイ・・・・・・グッネス!!!
女性用の甚平という物があるのは知っていた。耳郎が着ている物は白地に紫のナデシコ模様のそれだった。肩に辛うじて触れるおかっぱヘアーに音符のクリップだけでなく一部を三つ編みにしていた。それが見える様に浅くストローハットをかぶっており、甚平の生地に負けず劣らず白い足にはスポーツサンダルがある。手足の爪も紫色で統一してあった。
――薄化粧もしてる・・・・・・こんな綺麗な人を待たせてたのか?
確かに、極刑レベルの大罪である。
「呆けてないで、さ、さっさと感想言えよ馬鹿!」
「惚れ直しました。何もかもが素晴らしいです。三つ編みと言う新しいチャームポイント開拓もグッドです。可憐です。可愛いです。かぶりつきたいです。」
「ぁ・・・・・・・ぁあ、うん。オッケー、分かった。その・・・・・・ありがと・・・・・・・って、か、かぶ――人前で変な事言うな!」脇腹を肘で小突き、手を握って引っ張って行く。帽子を深めにかぶり直し、にやける顔を隠す。まさか真顔で返されるとは思わなかった。こんな役得を拾えるなら天に運を任せるのもたまには悪くない。
彼は打算的な男ではない。ヒーローとしては勿論、人間としてもそうだ。だからこそ厄介なのだ。恋愛の駆け引きが上手いと言う訳ではなく、下手と言う訳ではない。ただ、正直だ。裏表が無い。無いが故に、読めない。次に彼が何を言うのか、何をするのか、まったく分からない。分からないからこそ息苦しいほどの動悸に苛まれる。狂おしい程の情欲に突き動かされる。そして――天の高さも測る事すら叶わぬほどの幸せの高みへ導いてくれる。
――でも、この暖かいの・・・・・・五年後にはどうなってるんだろ?
五年後。世間一般で言うところの成人、二十歳前後の未来だ。
それから、どうなる?自分の隣に出久はいるだろうか?いてくれるだろうか?自然災害、テロ、ヴィラン――相澤の言う通り、理不尽と言う名の世の理は何物にも屈せず、地球滅亡の日まで湧いて出る。プライベートで会う時間も取れるかどうか分かったものではない。雄英にいる間でも二年、三年に進むにつれ忙しさは増していく。
関係を持ったヒーロー同士が活動やその他の都合で会えなくなって関係が自然消滅、なんてこともよくある事だと話には聞く。しかしいざその状況を自分に当て嵌めてみると、夏の暑さが霧散する程に背筋が凍った。
「わ、綿菓子!綿菓子食べたいから買って。ほら、カバンも持ってきたし。」かき氷スタンドで事情を説明して回収した出久のカバンを鈍器のように脇腹に叩き付けてよこした。
自分から告白した手前、全く以て厄介な男に惚れてしまったと常々思う。惚れた弱みは、まっこと恐ろしい。
「ごぉぅふ!?・・・・・・はーい。」
綿菓子のスタンドはリカバリーガールが仕切っており、サービスで少しばかり大きめの綿菓子を貰った。餌付けでもするかのように出久はそれを小さく千切っては耳郎の口に運んだ。時折指を舐められ、驚いて引っ込めようとした所を噛まれて数秒放さずにいる。まだ怒っているぞというアピールなのだろう。
一旦休憩用に用意されたパイプ椅子に腰かけて指を拭くと番傘の柄を短く持ち、前方と左右の視界を一瞬遮って仕返しとばかりにカプリと耳に歯を軽く立てた。
「ひぅ?!」
二秒、三秒と時が経つ。熱の籠ったザラザラした表面の舌先が飴玉でも転がすように耳を弄ぶ。「こら、ちょ、何す――」四秒、五秒、六秒。粘着質な舌の動きが、吐息がダイレクトに頭蓋に響く。七、八、九、十。ぐずぐずになるまで沸騰した脳味噌を吸い出さんばかりの舌捌きに、二度三度耳郎の体が小刻みに跳ねた。
「ぁぅあ・・・・・・」
「指齧られるの、案外痛いんだよ?周りの人にも滅茶苦茶見られてたし。だから仕返し。」何食わぬ顔で居住まいを素早く正した出久はそのまま傘を畳み、したり顔で耳郎の方を見る。
真っ赤になった一対のイヤホンジャックが鎌首をもたげたコブラの様に顔面を狙っているが、先端がプルプル震えている。俯いているため表情は窺い知れない。
――あ、多分出たな。嬉し恥ずかし腹立たしモード。
「ね、出久はさ・・・・・ウチの事、好き?」
「好きだよ。今でもちょっと驚いてるんだ。親でもない人をここまで好きになる事が出来るんだなーって。それが響香さんで良かったと思う。」
「じゃ、じゃあ――アレ優勝して。」
「アレって?」
耳郎が指さした所の砂がいつの間にかステージとなって大きく盛り上がっている。ワイルド・ワイルド・プッシ―キャッツも手伝いに来ているようだ。ステージには司会を務めるプレゼントマイクがどぎついネオンカラーの法被を羽織って盛り上げている。「レッツ・パーリィ!!始まるぜ、一発闘魂!のど自慢大会!これは事前に有志を募り、そこから更に抽選で選定された十名のシンガーが一曲ずつリスナー達にプレゼントするっつー仕組みだ!ルールは簡単!審査員が歌唱力、パフォーマンス、音程などの基準でそれぞれ十点満点までの点数をつけるぜ!なお!優勝者にはささやかではあるが景品も用意してある!内容は勝ってからのお楽しみ!それまでしっかり待ッテローヨ!」
観客の沸き具合が更に高まって行く。
「続いて今大会の審査員の紹介だ!進行役を務めさせてもらってる不肖この俺ことプレゼントマイク、海の大親分ギャングオルカ、一昨年に殿堂入りを果たしたエクトプラズム、ヘアスプレー『UNERI』でお馴染みのMs.ウワバミ、そして今回初めて審査員を務めるゲストはレアもレア!知ってる奴は知っている、知らねえ奴は見知りおけ!鋼のムーンサルトキックが大得意!勝気なバニー・・・・・・ミ・ル・コォ~~~~!!!」
「・・・・・・いや、抽選だし僕は応募なんてしちゃ――」
「ウチが出久の名前で代わりにエントリーしといた。曲も夏祭りの雰囲気に合う奴選んであるし。」
「パードゥン?!」思わず英語が口から飛び出る。
「優勝したら、ほったらかしの件は本当に許したげる。で、終わったら・・・・・・終わったら、ウチからもプレゼントあげるから。」
――やられた・・・・・抽選だから一々筆跡とかも確認してないだろうし、これはもうマジでやるしかないんだろうなあ。それに事前にやってたって事はほったらかしにしていようといまいと結局やる事になってたのね。まあヒーローが戦うのは
「響香さん、帰ったら全身歯形&キスマークの刑ね。さて、一旗揚げに行きますか。」
――いざ出陣!エイエイオー、なんちゃって。
次回でラストです。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。