糞ナードも案外良いかもしれない   作:i-pod男

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三部構成のアレで終わりだと言ったな。

あ れ は 嘘 だ

やっぱりエピローグというか、後日談的な何かが欲しいなーと思って書き上げました。

追記:UAが9万オーバーだと・・・・・・お気に召して頂けたようで何よりでございます。


エピローグ:日曜の午後にて
事後のお昼とあれやこれ


人生一目覚めの良い朝、否昼だった。勉強机の目覚ましも兼ねているシンプルな置時計は正午十分前を指し示していた。隣でモソモソと何か動く気配がする。掛け布団をゆっくり引き剥がすと、そこかしこに赤い歯型とキスマークに覆われた一糸纏わぬ女の子が彼女に負けない数のキスマークに覆われた自分の体を枕にして安らかに、軽やかに寝息を立てていた。

 

「流石に……やり過ぎた、かな。」

 

昨日の夜の事はしっかり覚えている。極度の興奮か、与え合った快楽か、所々記憶が欠落している所がある。まるで自我に新たな人格が栞のように差し挟まれ、それが記憶と共に水溶紙が如く溶け込んでしまったような、そんな不思議な感じだ。

 

十重二十重の鎖で雁字搦めにされていた奥底に眠る何かが覚醒してそれを引き千切り、自分の中にあった箍という箍を悉く吹き飛ばした。吹き飛ばして互いが互いを委ね合った。

 

違和感こそあれど、嫌悪感などはまったく無い。好きな人の寝顔をこうして間近で見て目覚める特権を自分は持っているのだ。恋人同士である者だけに許された実に贅沢な至福を味わえるのだ。あろう筈もない。くしくしと指先でつむじを撫でると、何やら不明瞭な寝言と共に押し当てられた唇が鎖骨辺りまで滑りあがって来る。スレンダーな脚がするすると下半身に絡みついて来た。

 

その一撫でで昨夜の睦みがフラッシュバックとなって鮮明に蘇った。部屋に充満するフェロモン、弾ける汗、上気する肌、淫らな水音、婀娜っぽい嬌声、荒い息遣い、そして軋むマットレスのスプリング。未だ部屋に漂う事後の匂いも相俟って情欲の奔流が再び堰を切り始め下腹に熱がこもり始めた。

 

――でも寝込みを襲うのはいくら何でもなあ・・・・・・けどおでこにキスぐらいはいいよね?

 

心電図の模様が入った髪は水の様に淀み無く指が通る。一度、二度、三度と唇が軽く額に触れる。くすぐったそうに身を捩った耳郎は寝相を変えた。

 

「ヤバい、可愛いいいいいい・・・・・・!」

 

キスの位置を額から瞼、耳、頬、鼻先と、更に変えて行く。まだ寝ぼけているのか、唇へのキスも腕を巻き付けて受け入れた。流されてはいけないと思いつつも、出久は女の味と言う物を知った。知ってしまった。何物にも代えがたい、黄金の果実の味を。

 

渇きはまだ、消えない。出久、出久と息絶え絶えなれども愛おしく自分の名を呼ぶ彼女の声も耳にこびりついて離れない。一口味わえば二口、二口味わえば三口と、甘美な感触に溺れて行く。

 

しかし、そんな濃厚なキスをされ続ければ耳郎も覚醒するのは当然の帰結だった。

 

「・・・・・・何してんの?」

 

「えっとぉ・・・・・おはよう響香さん。」

 

「ん、おはよ。で、何してんの?」

 

元々三白眼である彼女の眼付は鋭いが、寝ていたところを起こされて更に機嫌が悪そうな顔に出久は起床早々冷や汗が背筋を伝うのを感じた。正直に言うしかない。「えーっと、寝顔見ててムラムラしちゃいました。」

 

「変態。」

 

「ごめんなさい。」

 

「ケダモノ。」

 

「スイマセン・・・・・・」

 

「鬼畜。女の敵。ベッドヤクザ。」暴言一つ言う度に共にした一夜の情景が蘇り、顔の赤みが増していく。まさか自分があそこまで乱れるとは。あんな声を出してしまうとは。今更過ぎるのは分かっていても止められない。

 

「そ、そこまで言います?」

 

「あんだけぐちゃみそにされたら言うわ!それにウチまだ眠いんだけど。腰も凄い痛いんだけど。しかもこれ・・・・・・うわ、全身・・・・・・?隠しきれないじゃん、どーすんのコレ?!」部屋は防音仕様の為声は漏れていない筈だが、水疱瘡並みに全身を駆け巡る歯形やキスマークは防寒具とマスクでも着用しない限りは見えてしまう。

「どうすんのも何も・・・・・・もう全員付き合ってる事は知ってると思うから今更なんじゃない?それに響香さんも割とノリノリだったよね。思いっきりマウント取られてものすっごい腰使いと言葉攻めで自分も二、三回連続――」

 

「あーー!あーー!聞こえない聞こえなーい!突発性の難聴でなーんにも聞こえなーい!」出久の言葉を遮り、毛布を頭からかぶって悶え始めた。

 

――嘘だぁ~~・・・・・・・ウチがあんな声とかあんな事するなんてあり得ないし!!夢・・・・・じゃないのは分かってるし、誘ったのもウチだし夢だと色々困るけど!嬉しいし気持ち良かったけど!けどぉ!!

 

出久はうーうー唸るこんもり膨らんだ毛布を苦笑しながら見つめた。恐らく普段の自分とは想像もつかない魔貌を思い出しているのだろう。かくいう自分も軽くだが自己嫌悪に陥っていた。最初こそ恋人とは言え赤の他人の前で服を脱ぐという事に抵抗はあったが、その場のムードと彼女の積極性も相まって普段とは想像もつかないガツガツした己の一面を思い知らされたのだ。いやいやとかぶりを振りながら涙と汗と鼻水でぐちゃぐちゃになった彼女の顔を見て更に攻め立てる自分は、彼女の言う通り鬼畜の所業でしかない。明らかに悦んでいたのは間違い無いが。

 

それに余すことなく互いを見せ合い、触れあった以上、今更恥ずかしがるのも違う気がする。

 

毛布を引っぺがして未だ互いに服を着ていないのも構わずに彼女を抱き寄せた。「ありがとう、響香さん。」今はそれしか言える言葉が見つからない。

 

――僕の傍にいてくれて、僕を受け止めてくれて、受け入れてくれて、僕を強くしてくれて、僕を好きになってくれて、本当にありがとう。

 

「出久も、ありがとね。色々。それとウチをキズモノにした代償は高くつくからそのつもりで。」

 

「はーい。それと、まだ眠いなら・・・・・・二度寝する?」

 

「ん~~・・・・・・どうしよっかな?もう昼過ぎだし、流石に起きてご飯食べなきゃいけないし。」思わせぶりな言葉にご褒美を吊り下げたまま『待て』と命じられた忠犬系彼氏のどこか残念そうな弱々しい唸りに反応し、両手で髪の毛をわしゃわしゃと乱してやる。

 

――可愛いな~、もう。惚れた弱みって怖いわ。ま、悪い気はしないけど。

「腰痛いし、まだだーめ。治ってから、ね?」

 

「・・・・・・はーい。」

 

どちらともなく顔を近づけ、ソフトなキスの応酬が始まる。起き抜けの昼に互いの反応を見ながら楽しむそれは昨夜とは違う毛色の快感と多幸感があった。

 

「にしても・・・・・・卒業しちゃったんだね、お互いで。」

 

「ですね。こう、思ってた程――」

 

「――凄いハードルじゃなかったね。こう、一度しちゃうと開き直って割とね。」まあ多少の優越感は否めないのはお互い様だろうが、思っていたほど大した事は無かったと言うのは事実その通りだった。出久も一回戦は自分勝手な行動はせずに大概自分の下知を待ち、丁寧に緊張をほぐしてくれたのが大きくプラスに働き、三十分と経たずに不安は彼方へとデトロイト・スマッシュされた。

 

「勿論出久以外の人とはこんな事考えられないし、嬉しかったけど。こーんなに出久の女だーって印付けられちゃったし。」

 

「それはお互い様。頑張ろうね。ヒーローも、恋愛も。」

 

「うん。今後ともよろしくね、彼氏君。」

 

「こちらこそ、彼女さん。」

 

「あ“~~、やっぱ好きだ、出久の事。腰痛いけど、二度寝も悪くないかも。なーんて。」

 

しかしほんわかした空気はノックの音で掻き消えた。

 

「響香ちゃん、私よ。お昼過ぎになっても起きないから様子を見に来たんだけど、大丈夫かしら?ケロ。」闖入者は一年A組女子屈指のしっかり者の梅雨ちゃんこと蛙吹梅雨だった。

 

「あ、うん、大丈夫!少し……と言うか、かなりだけど寝過ごしただけだから!」

 

「ご飯はもう出来てるから早く下りないと切島ちゃん達が全部食べちゃうわよ?ちなみに緑谷ちゃんのレシピを改良したナポリタンなの。自分で言うのもなんだけど、中々上手く出来たと思うわ。」

 

「ヤバッ、じゃ急がないと。ありがと、すぐ降りるから!」

 

「それと響香ちゃん、緑谷ちゃんがどこにいるか分からない?障子ちゃんが部屋にはいないって言ってたし、靴も玄関にあるからロードワークに出た訳でもないし気になってるんだけど。」

 

いきなり核心を突かれた。分かってて聞いているのか、それとも本当に行方が分からずに本心で心配しているのか。思った事を何でも口にするのが彼女の持ち味なのだが、冗談を言う時も真顔なお陰で時折分からなくなる。ドア越しで顔も見えない為、猶更分からない。

 

「あー・・・・・・ちょ、ちょっと待っててくれる?説明するから。」

出久と耳郎は目配せし合って静かに立ち上がり、脱ぎ散らかされた服を回収して身に付け始めた。

 

「ケロ、そう?なら待つわ。」

 

三分ほどしてからドアの鍵が開き、全身歯形とキスマークでデコレートされた二人が気まずそうに戸口に現れたのを見て全て納得したのか、「・・・・・・そう言う事だったのね、ケロ。」と、蛙吹は何度か小さく頷いた。

 

「あんまり深く聞かないでくれると嬉しい。」

 

「峰田ちゃんと一緒にしないで欲しいわ。これでも口は堅い方なのよ。」

 

「男子は特に峰田君や上鳴君とか、後かっちゃんからの質問攻めは全部ノーコメントで通すとして・・・・・・」

 

「いや、ノーコメントってのも面白くないから、ウチは一言二言話そうと思う。」

 

「ちなみに響香さんは何を言うつもりでしょうか?」出久は恐る恐る尋ねた。

 

――出久って舌、めっちゃ長いんだよ?

 

「それは・・・・・・秘密。」

 

昨日は7:3の割合で受けに回らされたのだ。意趣返しに軽く引っ掻き回してやってもばちは当たらないだろう。彼なら笑って許してくれる。

 

彼は強いから。強い故に優しい。優しい故に笑顔が眩しい。そんな笑顔の彼が大好きだから。

 




今度こそほんとに 完了です。

お付き合いいただきありがとうございました。

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