糞ナードも案外良いかもしれない   作:i-pod男

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三つ子が来た!!

今から五年前の話である。

 

稲妻が黒雲に覆われたアメリカ東海岸の空を裂き、嵐が吹き荒ぶ七月中旬。親子二世帯の家族旅行二日目にそれは来た。

 

陣痛である。予定日より三日程遅れたが、やって来た。七分間隔で押し寄せる激痛の波状攻撃がきっかり五十分続いたところで、待機していたメリッサが全局面に対応する可変型ビークル『オールモービルMkII』を発進、時に陸路を走破し、時に空を飛んで病院まで担ぎ込んだ。

 

不安は当然だし自分たちがしっかりサポートすると看護師や助産師、そして担当医が勇気づけてくれるが、そんな使い古されたフレーズなど父母になりつつある夫妻の精神安定の足しにすらならなかった。書籍を読み漁って知識だけは身についていたので段取りこそ良かったが、初産なのだから気を張るのも仕方ない。

 

そして陣痛室入室から実に二十一時間三十五分が経過し、二度の輸血の末、家族に見守られる中、七月十四日の十四時二十一分に女児一人、男児二人の二卵性三つ子が母体共々健やかなままこの世に誕生した。ちなみに三つ子の体重は例外なく三千グラム以上を記録し、アプガースコアも満点を叩き出した。

 

緊張の糸が切れた祖父母は凄まじいストレスと過労、更には落涙による脱水症状で起こる連続的な失神で十余年は老け込んだ風体となり、二日ほど入院する羽目になった。命に別状は無く、今はえらくすっきりとした寝顔で枕を高くして寝ている。片や男児を欲しがる祖父母、片や女児を希望していた祖母。双方の願いを一度の妊娠で一気に叶えてもらえた事が余程嬉しかったのだろう。

 

ようやく不安から解放された父親の姿はワン・フォー・オールを受け取るトレーニングを始めたばかりの頃に戻ったかのようで、一時間弱は情けない顔での号泣が続き、宥めるのにかなり手間がかかったが、最終的には五人に増えた家族の隣に座り、雨が止んで夜が明けるまで妻と子供達の側を離れず、彼女の手と六法全書並みに分厚い姓名判断の本をそれぞれの手にしっかり持ったまま眠ってしまった。

 

寝ている最中、手を右肩に置かれた気がした。大きくて武骨だが、まるで陽光を思わせるような、力強くも芯まで届く優しい温もりだ。その温もりが頭や左肩、背中など一つ、二つ、三つ、四つと、最終的には八つにまで増えた。

 

――――泣き虫なのは変わらないな、緑谷少年。おめでとう。

 

笑いを含ませた恩師のそんな声が聞こえた気がした。跳ね起きて辺りを見回しても、自分を含めた家族五人しかこの病室にはいない。

 

「オ、オールッ・・・・・・・!?夢、か。」

 

既に日は昇り、壁に掛けられた時計の針は正午を既に過ぎている事を示していた。切っていた携帯の電源を入れると、祝福の言葉を綴ったメッセージの通知が一斉に現れた。

 

「おはよ、出久。」

 

「おはようじゃないよ。もっと寝ててよ、丸一日眠れてないんだから。」

 

「言われなくても動けないし、うつらうつらしてるから。は~~、これリハビリが地獄になるのが見えるわ。」

 

「みんな応援してくれるから、頑張ろう。ホントにお疲れ様。」

 

「ありがとね、我儘聞いてくれて。二人欲しかったのが勢い余って三人になっちゃったけど。名前は決まったの?」

 

「うん。三人にぴったりな名前。」

 

「聞かせて?」

 

 

 

 

 

「出久、ゆかり達起こしてくれる?今ご飯作ってるから。」

 

目玉焼きがベーコンの脂で焼ける音と回る換気扇をバックグラウンドに響香が声を上げた。

 

「了解。あ、今日の演習ってSPやSATの人もいるんだよね?確か。」

 

「メリッサが言うにはそうらしいよ。対ヴィラン用特務部署の人材育成の為に力を貸してくれって。警視総監直々に任命が来るとかビビったよ、ウチは。」

 

「それは確かにね。でも僕だけじゃないからよかったよ、幸い同期の人が大半だし。渡りは心操君がつけてくれてるからあーんまり心配はしてないんだけど、問題は他の部署なんだよなあ・・・・・・あー、考えるだけで胃が痛い。塚内警視正が上手く纏めてくれてると良いんだけど。」

 

三つ子が寝ている部屋の扉をそっと開けると、そこには既に引子、美香、響徳の三人が孫と孫娘の着替えを手伝っていた。

 

長女のゆかりは顔立ちから目元、髪質に至るまで出久似で、新しいものを見つける都度目を輝かせる旺盛な知識欲までそっくりだった。だが『個性』は母と祖母の物をしっかりと受け継いでいる。恥ずかしがり屋で、他人に慣れるまでは親の後ろやぬいぐるみ、果ては本の表紙を使って身を隠し、恐々と様子を窺ってくる。だが打ち解けると瞬く間に友達の輪を広げ、中心的人物になってしまうカリスマ性を発揮する。五歳の割に背は高く、鼻筋も通っており、響徳と引子は間違いなく聡明な美人に育つと自分の事のように声を合わせて豪語する。

 

双子の長男響生は、顔立ちや目つきこそ母親に似ているが、姉と違ってあまりはしゃがず、五歳児とは思えないほど聞き分けがいい。何よりも親の手料理が好きで、好き嫌いこそ多少はあるものの、三つ子きっての健啖家で一番背が高い。

 

母より短く切ったストレートヘアーを横切る二本の心電図の模様は緑色だ。耳たぶにイヤホンジャックこそ無いが、心音を爆音の衝撃波として放つ能力は健在で、全身のあらゆる部分から発することが出来る。転んで膝を擦り剥いてわんわん泣いていた際に『個性』を発動させ、彼を中心にアスファルトやデパートの床などの接地面にいくつもの亀裂を走らせたのは記憶に新しい。しかしそれだけではない。伝来の常人離れした聴力で音をソナーのように視認する事も出来るのだ。

 

次男の紫音は悪く言えば予測不能、良く言えばマイペースで、広いスペースなら時と場所を選ばず駆けずり回り、足がつかないほど深いプールに浮き輪なしで飛び込んだり、次の瞬間ベンチで昼寝をしていたりと、見ていて飽きない甘えん坊の末っ子である。一卵性双生児であるため兄の響生と瓜二つだが、兄と違い、右の目尻に泣きぼくろが二つある。

 

里親として緑谷家が引き取った雄のスコティッシュフォールドのチャコールと黒猫のシャープに一番懐かれており、二匹と一人で日向ぼっこをしている写真でアルバム三つが埋まっている。『個性』は雑種強勢か何かの影響か、イヤホンジャックは左右一本ずつどころか三本に枝分かれしている。時折絡まってしまうのが難点であり、美香や響香にそれを解いてもらうのは今や一種のお約束となっている。

 

一癖も二癖もある三つ子には『個性』発現の前も後も手を焼きっぱなしだが、親のサポートもある。何より十月十日の超特注である我が子はそれらを度外視できるほど可愛いのだ。

 

「お、よしよし、三人とも起きてるね。えらいえらい。」

 

「おとーさん、おはよー!」

 

「おはよ。」

 

「おあよあいま・・・・・ふぁあ~~・・・・・・」

 

約一名まだ眠いのか、ネコ科の動物を思わせる大欠伸が止まらない。紫音である。

 

「ほら、紫音は顔洗ってきて。ゆかりと響生はご飯が冷める前に食べに行って。」

 

「ふぁ~い・・・・・・・」

 

「ご飯~~!!!」

 

「あ!ひーちゃん待って!!しーちゃんの分は食べじゃ駄目だからね!?」

 

カバンを持ったまま一足先に響生が部屋を飛び出し、少し遅れてゆかりが慌てて後を追った。

 

「こら、転ぶから走らないの!」出久がそう注意した頃にはもう小さくも忙しない足音は廊下の向こう側に消えてしまった。「元気があり過ぎるのも考え物だな。」

 

「段々父親が板についてきたわね、出久。」

 

母の言葉に出久は苦笑した。

 

「いやいや、五歳でこれなら十年後とかどうなってることやら。ごめんね、パートあるのに幼稚園の送り迎え任せちゃって。」

 

「いいのよ、別に。孫をほぼ毎日甘やかせるなんて贅沢な楽しみがあるんだもの。」

 

「心配しなくても大丈夫よ、響香と貴方の二人なら。なんせ私達の息子でもあるんだもの。ね、響徳さん?」

 

「うん。君は良くやってる。この調子で頑張ってくれよ?」

 

「はい。朝御飯は全員分用意してあるんで、良かったら孫三人と一緒にどうぞ。」

 

「あら、そう?」

 

「じゃあ遠慮なく。いやー、にしても娘の料理が美味くなったのは感動的だな。」

 

「ですね。」

 

 

 

 

保育園に向かう子供たちと送迎する両親に別れを告げると、二人は即座にコスチュームに袖を通した。

 

「とうとう三十路超えたね。あーあ、ウチもいよいよおばさんに片足突っ込んじゃったのかぁ。やだなあ。」

 

「大丈夫、十五歳から変わらずにずっと奇麗だから。」

 

「おバカ。」苦笑しながら首筋に鼻先と唇を擦り付ける旦那の頭をぺしりと叩き、撫で回してやる。「んじゃ、そろそろ行こうか。」

 

「だね。」

 

コスチュームΣ(シグマ)と子供達のリクエストで短めの赤いスカーフを身に着け、マンションの屋上まで上がった。

 

「じゃ、出久、いつものよろしく。」

 

「はーい。指さし確認。遮蔽物、飛行体はナシ、と。」

 

響香を横抱きにしてワン・フォー・オールを発動。出力は二十パーセント。

 

「New Hampshire・・・・・・・SMASH!」飛び上がり、出力を倍に上げると再び空気を蹴って空中に躍り出た。

 

雲一つ無い晴天。絶好のパトロール日和である。




緑谷三兄弟の『個性』などを改めて書いておきます。

緑谷ゆかり
『個性』:イヤホンジャック
母、祖母同様耳から伸びる左右のジャックの先端を通して増幅した心音を衝撃波として相手に叩き込む。聴力も人並み外れており、射程距離は最大8メートルまで伸びる。

緑谷響生
『個性』:破砕超音波&ソナービジョン
増幅した心音を増幅して衝撃波に変え、触れた所から相手に叩き込める、いわば全身イヤホンジャック状態。出力次第でコンクリートも強化ガラスも粉々に砕く。触れずにそのまま放出も可能。ソナービジョンは音と反響で遮蔽物を通して物を視認する事が出来るが色彩が判別不能で、全神経を集中させる必要がある。使用中は動けず、この間に大音量をぶつけられるとダメージを受けてしまう。

緑谷紫音
『個性』:イヤホンジャック・トリプル
耳から最大六メートルまで伸びる左右のジャックの先端を通して増幅した心音を衝撃波として相手に叩き込む。ジャックは片耳に三本ずつの計六本で、それぞれ独立して動かすことが可能。聴力も人並み外れている。

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