糞ナードも案外良いかもしれない   作:i-pod男

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意外だな
割と人気な
この話


胃袋の掴み合い

女っ気の無い部屋。ノン淑女。

 

耳郎の部屋を見てつけられたコメントだ。コメントした者は特にどうとは思っていない(コメント直後に制裁を食らって手をついて謝ったが)が、部屋の主も思春期真っ盛りの乙女なのである。傷つくのは当たり前だ。

 

冷めて一歩引いているテンションが彼女の通常運転なのだが、恋愛には一定の興味はあるし、典型的な『女子っぽい』事もやってみたいと言う気持ちも少なからずある。その内の一つが料理だ。プロヒーローになり、事務所にサイドキックとして雇われてヒーロー業に携わっていくとなると、実家を出て自分の住まいを見つけ、食い扶持を稼いで己の腹を満たす必要がある。冷凍食品やインスタントも手軽で良いが、どうせ食べるならそこそこ美味しい物を一から作って食し、自己満足に浸りたいと思う気持ちに男も女も関係無い。社会で生きて行く為だけでなく、ゆくゆくはプロヒーローとして被災地に派遣され、炊き出しの手伝いなどをする時には一定水準は必要なスキルでもある為、ほぼ必修だ。雄英には家庭科の授業もあるのが良い証拠である。

 

そして当然、『男の心を掴むにはまず胃袋から』と言う立派な格言も存在する為、それに則って行動する為に腕を磨く必要がある。不味い料理を美味いと言ってくれる相手の優しさに甘えていては色々まずい。主にプライドが。

 

そして更に追い打ちをかける様に、今日の家庭科の授業で自分の胃袋を掴む能力が著しく低い事を思い知らされた。『料理が出来る人間』と『料理が美味い人間』の差は天と地ほども隔たっていると。特に自分の周りに後者が多く、自分が前者であるが故に持つ者と持たざる者の差が人一倍身に染みる。

 

麗日お茶子は寮住まいになる前はアパートで独り暮らしをしており、当然自炊していた為台所で何をどうするかにはかなり明るい。蛙吹梅雨は親が留守の間は下の兄弟の面倒をずっと見ていた為、家事全般のスキルは恐らくクラスの中では上位どころかトップと言えるだろう。

 

男子で料理と言えばそこそこ出来る者はいる。砂藤力道は実家の人間がプロのパティシエと言う事もあり、料理の手際の良さは強面な見た目からは想像もつかない。自称『ギャップの男』瀬呂範太は部屋のエイジアンなインテリアに違わぬ若干手抜きながらもカレー以外にエスニック料理に精通しており、トムヤムクンなどで皆の舌を唸らせた。良く才能マンと呼ばれる爆豪勝己も林間合宿で見せた様に包丁捌きは中々の物だ。轟焦凍も良く姉と並んで台所で手伝っていると言っており、彼が料理をする時の食卓はかなり豪勢になる。当然予算オーバーする場合は補填している。エンデヴァー名義でだが。

 

失敗せずに作れる物が精々サラダ、トースト、スクランブルエッグ、茹でパスタ、カレーなどの余程下手でない限り失敗する事は無い物だ。一度の家庭科の授業で作ったロールキャベツなども形は八割方保ってはいるが如何せん味が濃すぎる。冷蔵庫の上の段で小さいタッパーに三つほど入ってそのままになっているのだ。他の料理は多少焦げ付いたり形が悪くなったりするが、一応食べられなくはない。しかしどうせなら一定水準以上のクォリティーの料理を作りたい。

 

そんな彼女に今日という日がやってきた。寮内で取り決められた当番のローテーションで料理係である三人の内の一人として組み込まれる、忌避すべき日が。献立は冷蔵庫の中身と次回の買い出しの予算も念頭に置いて毎度合議制で決められるが、料理スキルがそう芳しくないメンバーが過半数を占める場合は一番料理が上手い者にほぼ丸投げされて指示に従う。

 

今回のメンバーは耳郎を除き、切島鋭児郎と緑谷出久の三人だ。

 

緑谷出久が料理をしている所を耳郎は見た事が無い。基本部屋にこもって楽器を鳴らしているか、課題と取っ組み合っていてスマホに通知が来ると下に降りて食べに行く、と言うのが常だった。しかし今現在、台所で男同士の合議が始まっていた。

 

「で、どうするよ、緑谷?冷蔵庫の中身メモッといたけどはっきり言ってこれで作れる料理って俺ぁ何も思い浮かばねえわ。」

 

「ウチにも見せて。」

 

切島からメモを受け取り、耳郎は顔を顰めた。肉や野菜はある。あるにはあるがどれもこの大所帯を鑑みると量が中途半端過ぎる。ビーフシチューやカレーなどのルー系料理をしようにもそのルーの在庫が無いのだ。唯一かなり残っているのが卵である。

 

「ん“~・・・・ごめん、ウチもギブ。」

 

家庭科で料理本などを見て頑張りはしている物の、経験が浅い自分に出来る事などたかが知れている。

 

「気にしなくていいよ。父さんが単身赴任で海外にいて母さんがパートで遅くなる時はしっかり料理出来るようにって教えて貰ってたし。何度も指切ったり焦がしたりしたけど。にしてもホント中途半端だね・・・・・でも決まった。洋食系で行こうと思う。」

 

「具体的には?」

 

「ポトフと、確か青山君が割と上手く作ったトマトソースが余ってた筈だからそれに作り足してアラビアータ風パスタ。」

 

「ポトフ?」

 

切島は聞き慣れない料理の名前に首を傾げた。

 

「フランスの煮込み料理だけど、冷蔵庫の余り物は何でも使えるから家ではカレー並みに良く作るんだ。特に材料を選ばないから消費期限の迫ってる食材でも火を通せば問題無く食べられるし。スープもコンソメとお肉と野菜の味であっさりしていながら味の深さはあるから、一つの料理で二度美味しい。」

 

「おぉ、美味そうじゃん!てか飯の話してたら腹減って来たぜ。」

 

「さっき言ったそのアラビアータ風、だっけ?それは普通のトマトソースと何が違うの?」

 

「身も蓋も無い言い方しちゃうと辛くするだけなんだけどね。ポトフはある程度薄味にしてパスタは濃いめでバランスを取ろうかなーと。」

 

「うっし、んじゃ決まった所で早速始めようぜ!まず何をすれば良いんだ?」

 

待っていたとばかりに出久はポケットからオールマイトのヤングエイジコスチュームのデザインをあしらったエプロンを引っ張り出し、更に重ねて折った紙切れを数枚取り出した。まさかのレシピである。心なしか目付きが変わっている。通常運転のオタクモード、緊急事態になって切り替わるヒーローモードに続く、第三のモード、さしずめ『オカンモード』と言う奴だろう。

 

「切島君はまずお膳立てをお願いしていいかな?鍋敷きとスープボウルと平らな小皿二つずつ。ナイフ、フォーク、スプーンは言わずもがな。急いで、煮込み料理はある程度時間かけないと味が落ちるから。」

 

「お、おお・・・・」

 

まるで開店前のレストランで指示を飛ばすスー・シェフの様な有無を言わせぬ不思議な圧力に切島は唯々頷くしかなかった。

 

「さてと。耳郎さんはまず野菜洗って皮剥きが必要な奴は剥くのお願い。ピーラー予備があって、先週家から持ってきたから包丁で剥く自信が無かったら使って。僕は先にトマトソースを作り足しとくから。」

 

「あ、うん・・・・・」

 

無言でコンロを点火し、タッパーに入っているトマトソースをフライパンに流し込んだ。温まる間に中途半端に残ったトマト二つを別のガスコンロの上にかざして直火を当て、黒くなったところで冷水の下で皮を剥き、ざく切りにした。そして既に下準備の為に用意していたであろう刻みニンニクとオリーブオイルをフライパンに流し込み、刻んだまま使われなかった玉ねぎ半分と切ったばかりのトマトをへらで潰しながら入れて唐辛子の粉を適量混ぜ込み、蓋をして火を弱めた。

 

「よしと。ほうれん草は後で入れるとして・・・・・」

 

凄い。それ以外の言葉が見つからない。家庭料理だろうが何だろうが、こんな知識、自分は知らない。傷だらけでごつごつした手の動きは実にスマートだった。

 

ただ洗ってジャガイモやニンジンなどの皮剥きなどの単純作業でしか役に立てないのが妙に悔しく、羨ましい。

 

「あ、あのさ、緑谷。」

 

「緑谷です。」

 

「ポトフ・・・・・・手伝いたいから教えて。皮剥き以外で。」

 

「分かった。」

 

ヒーローノートに加筆修正を加えながらアドバイスを出す所を見て思っていたが、やはり彼は教えるのが上手い。緻密な分析でどう説明すればいいかという適応力のパラメータ上昇にも一躍買っている。切島も戻って来て人手が増えたのも相まって安心して言われるがままに野菜や肉に包丁を入れたり野菜のあく抜きが出来た。最初の心配はどこへやら、若干のぎこちなさは残る物の、準備は着々と進んでいく。

 

「えーと、火の通りにくい食材から入れて、と。」

 

最後にコンソメスープの素を少しばかり加えて蓋をし、柔らかくなるのを待つばかりだ。

 

「あ、切島君、パスタは出してあるから十五分ぐらい経ったら今お湯が茹ってる鍋に放り込んで。塩をちょっと振ってから。それとソースの方は玉ねぎが完全に溶けたかどうか確認してくれる?味見もよろしく。火を最弱にしたら、焦げない様に満遍なく混ぜること。」

 

「お、おう。分かった。いやーしかし緑谷が一緒で助かったわ。家庭科で作ったサバ味噌、あれ美味かったぜ。」

 

「ありがと。ネットで調べただけなんだけどね。」

 

いつもの照れくさいような困ったような笑みが浮かび上がった。

 

「いや、けど、『週末ウチに来てこれ作ってくれ』って和食に関しちゃ結構うるさい轟が真顔で頼んだ時はマジかって思ったわ。俺はずぼらな男飯しか作れねえし・・・・・ハァ。」

 

「ずぼらって・・・・・物は言いようだよ、切島君。手間がかからないイコールずぼらって訳じゃないからね。ランチラッシュが言ってたんだ。料理の味を決めるのは下準備と手際の良さだって。手の込み具合は何を作りたいか、本人のさじ加減一つだよ。僕は切島君が一昨日圧力釜で作ったバター風味のスタミナ肉じゃが好きだったし。もっとあったらご飯四杯ぐらいは行けたと思う。」

 

「そ、そか・・・・・なんか、ありがとな。面と向かって褒められると妙にむず痒いけど・・・・・」

 

耳郎もその点については同意せざるを得ない。特に最近は妙に出久の百万ワットの笑みに対する耐性が弱くなってきた気がするのだ。それに男なのに『母性』すら感じさせるあのオーラは一体何なのだろうか?

 

「ご飯もうすぐ出来るってメッセージ送信するからパスタとソース和えるのお願いね。 食べる前にパセリ出してあるからパラッと一振りして唐辛子もかっちゃんが座る所に出しといて。念のため。」

 

「あー、辛いの好きだもんなそういや。そろそろパスタ入れんぞ~。」

 

「よろしく~。さてと、耳郎さんはポトフの具が柔らかくなったか確認して。フォークが一番堅い食材にそこそこすんなり入れば十分だから。」

 

「ん、分かった。」

 

ニンジンやジャガイモを取り、軽く刺してみたがあともう少しと言った所だ。スープも素朴だが確かに家庭的な味でほっこりする。

 

「どう?」

 

「うん、美味しい。素人の味覚なんてあんまり当てになんないと思うけど。」

 

「僕もちょっと試してみよっと。」

 

「え?ちょっ、それ・・・・」

 

耳郎が止める前に先程使った小皿を取り、スープをすくって飲んだ。

 

「うん、いいね。耳郎さんの言う通り美味しいよ。」

 

何だこれは?何故動揺している?間接キスだ何だと、小学生じゃあるまいし。本人は気付いた様子は無い。ならわざわざ言う必要も無い。自分も忘れてしまえばいいだけだ。

 

 

 

料理は端的に言って大好評だった。爆豪は普通だと連呼しながらも二度おかわりを要求した。出久がパスタを作った事を知るとまずいに決まってるだろうがと言っていたので腹いせに唐辛子の粉が入った瓶の蓋を緩めて赤い小山がパスタの上に出来上がる様に仕向けたのはささやかだが非常に満足な復讐だ。

 

耳郎は個人的にはパスタの方が好きだった。特にこれと言った特筆すべき理由は無いが、やはりいまいち言葉に出来ない味わい深さという物がある。たとえるなら初めてBrian The Sunの曲を聞いた時の気分に似ていた。

食後は消化の為に皆思い思いに時間を過ごしていたが、小一時間ほど経過した所で短パンとシャツに着替えた出久はブツブツと何事かを呟きながらノートにペンを走らせ、いつもの自主トレーニングの為に相棒の音楽プレイヤーと共に外出した。

 

それを見て思わず耳郎は破顔した。バイアスありまくりだが、良い趣味をしている。このままどんどんロックに染めてしまうのも悪くない。

 

「耳郎ちゃん、随分緑谷ちゃんが気になってるみたいだけど何かあったの?」

 

思った事は何でも口にする事に定評がある蛙吹の質問に我に返り、耳郎は首を横に振る。

 

「ん、へ?い、いや別に。なんか、料理してる所見て女子力高いなーと思ってさ。」

 

「耳郎ちゃんも十分女子力あると思うわ。料理が得意になるのは男でも女でも関係無くプラスになると思うのだけど。ケロ。料理なんて数をこなして行けば身につく物よ。私は下の兄弟の面倒を見る為に必要に駆られてやっていたけど、自分なりに楽しみながらやれば上手くなると思うわ。」

 

「好きこそものの上手なれって奴?」

 

「ケロ。」

 

首肯し、蛙吹は立ち上がった。

 

「私はそろそろ部屋に戻るわ。おやすみ、耳郎ちゃん。」

 

「ん、梅雨ちゃんもお休み。また明日ね。ウチはもうちょっとここで頑張るわ。ホント数学嫌い・・・・・・」

 

また出久に頼むべきか?いやいや、トレーニングが終わった後となれば間違い無く疲れている。そんな状態の彼に頼むのはいくらなんでも間が悪い。

 

一旦数学から離れようと、何を思ったのかキッチンに向かった。

 

「・・・・・・・夜食、作っとこうかな?」

 

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