皆さん耳郎ちゃん好きすぎるでしょ(誉め言葉)
まあ可愛いから分かるんですけどね、それは・・・・・・
寮住まいのヒーロー志望生に休日と言う物は有って無い様な物だ。平日は授業に訓練、自主トレーニングや課題の消化などで八割以上は時間が潰れてしまう。外に遊びに行くにも門限がある上、授業や訓練に影響が出ない程度に抑える必要がある。故になにかと匙加減が難しいのだ。
友人の八百万百が淹れてくれた紅茶を片手にハイツ・アライアンスの共同スペースでファッション雑誌に目を通す耳郎もこの土曜日を外に出て消化するか否か、悩んでいた。
「随分とお悩みの様ですが、どうかしましたの?」
「ん~?ヤオモモはさあ、イメチェンしようって思った事ある?」
「イメチェン、ですか・・・・・特にありませんわね。私は別に無理に自分を変えようとは思いませんもの。」
「無理に変えようって訳じゃないけど、何というか・・・・・己のまだ見ぬ一面の開拓、と言えば良いのかな?で、やるならまず形からって事で雑誌見てるんだけど。」
「成程、そう言う事でしたか!どういった一面なのでしょうか?」
「・・・・・男子から見て、その・・・・・・じょ、女子っぽい、とこ・・・・・・」
I・エキスポで着て行った正装も八百万の個性によって創造された物だ。一応の基準としてはあれがベースに定めてある。
「でしたら折角の休日と言う事ですし、私と買い物に繰り出すと言うのはいかがでしょう?必ず耳郎さんの新たな一面の開拓に繋げて御覧に入れますわ!午後には所用があるのでご一緒できる時間は多少縛られてしまいますが。」
プリプリしたオーラが相変わらず可愛い友人の厚意は素直に嬉しい。だが、彼女はいわゆるお嬢様だ。庶民的な感覚は未だ発展途上中な彼女に付き合わせてしまったらはっきり言ってどうなるか分かったものではない。服をラックごと全て買い取るなんて事もやりかねない。というか、間違い無くやっている。恐らくベネチア辺りで。
「いやいや、そんな一日で開拓出来たら誰も苦労はしないって。氷山の一角でも見つけられれば儲けもんだから。それに、さ・・・・・・男子の意見も必要かな~って思ったり・・・・・・思わなかったり。荷物持ちが欲しいし。」
「ん~~、でしたら・・・・・・同伴に上鳴さんを誘うのはいかがですか?それなりにお二人共仲は宜しい様ですし。」
「却下。女子二人と買い物に行くって分かったらあのジャミングウェイ絶対にデートに行ったとか何とか調子乗るし、好みの際どい服ばっか勧めて来るから、絶対に。後々の事後処理もめんどい。」
主に峰田が。
「・・・・・・轟さんは?」
「まあ文句言わずに黙々持ってくれるだろうけど・・・・・ウチ、あいつとはヤオモモ程話さないし、本音で話してても表情変わらないから駄目。本気で言ってんのか分かんない。」
「瀬呂さんと切島さんは・・・・ご実家の用事で戻っていらっしゃいますからどちらにせよ無理ですね。」
常闇は買う物全てが黒一色に染まってしまう可能性が大だ。耳郎は色として黒は嫌いではないが、余りくどすぎるのは自分のセンスとは違う。
切島は部屋のインテリア並みに暑苦しい柄物の服を勧めてきそうで無駄に疲れるだけに終わってしまう。
青山は本人も勧める服も見ていて目も心も痛々しい思いしかしない。
爆豪は・・・・・・誘っても暴言の嵐と共に断られるだけに終わる為度外視である。
「となると、ベストチョイスは緑谷さんですね。上鳴さんの様に調子に乗る事もありませんし表情も豊かです。惜しむらくは普段着のセンスが・・・・・・多少残念、という事でしょうか?」
「まあ否定は出来ないけど。でも緑谷って良くも悪くも真面目だから、しっかり意見は出してくれると思うし。それにほら、将来の為のコスチュームの色調とかも視野に入れて参考にしたいとか尤もらしい事言えばすぐ食いついてくるって。」
「耳郎さん、ワルですわね。」
「女は悪くてナンボでしょ。男をたま~に顎で使うのは女の特権だよ。」
ちなみにこれは恋愛結婚した母の受け売りである。含み笑いと共に出久に送るメッセージを打ち始めた。
はっきり言って緑谷出久はモテない。生まれてこの方、モテた事が無い。
例えばヒーローオタクだから。
例えばヒーロー活動以外の場面の八割で極端に緊張するから。
例えば単純に人付き合いが苦手だから。
理由を挙げればキリが無いが、出久自身は大して気にはしていない。人並みに彼女の一人も欲しいと思ってはいるが、別にモテたいと思った事は然程無いのだ。元よりその方面でのメンタルは豆腐以下の強度であると言う弊害が主な理由だが。
しかし気付かれない様に寮を出て待ち合わせをするように言われた時は本気で携帯が壊れたか、たちの悪い明晰夢を見ているのではないかと何度も思った。それもそうだ、荷物持ちとは言え女子二人に買い物に付き合ってもらえるかというお誘いを受けたのだから。全く何の脈絡も無くこんな誘いが来る確率はポーカーの初手でロイヤルストレートフラッシュが揃うぐらいあり得ない。しかし今日というこの土曜日に、その『あり得ない』が覆されたのだ。
オールマイトとの出会い、ワン・フォー・オールの継承など、一生涯分の運を使い切ってしまったのではないかという出来事がこの一年で幾つも起こった。しかし今回の状況こそ正しくそう思わなければ正気を保てない程に出久は緊張していた。
七分丈のズボンとシュールな文字のプリント入りTシャツ(今回はフランネルシャツとある)、薄手のパーカー、そしてお気に入りの赤いハイトップスニーカーを履いて指定された待ち合わせ場所に向かった。幸いと言うべきか、まだ二人は来ていない。自分の気を落ち着かせるだけの時間は出来る限り多い方が良い。自分がポカをやらかして二人に恥をかかせるような真似だけは避けなければならない。
「お、早いね緑谷。」
「レディーを待たせず待つとは、殊勝な心掛けですわね。加点しておきますね。」
しかし吸った息を吐き出す間も無くポンと背中を叩かれて空気に喉を詰まらせてしまい、出久は激しく咳き込んだ。
「ビ、ビックリシタ・・・・・!」
「ごめん、そこまで緊張してるとは思わなくて・・・・・・緑谷って・・・・・女子とこういう風に出かけるのって初めて?だからどうだって訳じゃないけど。」
目を激しく泳がせながらも出久は小さく首肯した。正直今この場でいっそ気絶してしまった方が幾分か楽だ。
「そっか・・・・・そうなんだ。まあウチも実はそうなんだけどさ。ありがとね、休日なのに付き合ってもらって。」
「暇ダッタカラ、別ニ大丈夫デス。ハイ。」
まるでロボットのように固く、抑揚が無い声で返事が返ってきた。出久なりの自己防衛本能か何かなのだろうが、これで飯田並のロボットダンスが出来れば本当にアンドロイドか何かに見間違えられる。
「ヤオモモ、駄目だわこれ。気付けに何か出来ない?」
「何かと言われましても、公共の場では緊急事態でもない限り『個性』は使えませんし・・・・自動販売機がありますのでそこで何か買い求めると言うのはいかがでしょうか?兼ねてより以前から是非缶コーヒーという物を試してみたく思っておりましたの。」
相変わらずナチュラルに生まれの違いを遠慮無しに叩き付けるピュアセレブ節に耳郎は苦笑しながらも小銭を渡して自分の分も買うように頼み、緑谷の傍に立った。指で何度か彼の脇を小突き回していると、カチコチに固まった表情筋が偉く不細工な顔を形作っていく。面白がった耳郎は更にしつこく続けるうちにようやく笑わせる事に成功し、緊張を僅かばかりではあるがほぐす事に成功した。
「耳郎さん、ヒドイ・・・・・・いじめられた・・・・・」
「何を大袈裟な。あんたがそのままだったら色々困るでしょ、お互いにさ。今後の為にも慣れといた方がいいよ。これも勉強だから。」
適当に尤もらしい御託を並べ立てたのにそれもそうかと頷く彼に自分も思わず笑ってしまった。彼は本当に純粋で見ていて飽きない。
「お待たせいたしましたわ。どうぞ。」
八百万は微糖の缶コーヒー、耳郎はジンジャーエール、出久はスポーツドリンクをそれぞれ近場のベンチで飲んだ。
「落ち着きましたか?」
「うん・・・・・うん、大丈夫。ありがと、八百万さん。」
「では、緑谷さんも多少の落ち着きを取り戻した所で、参りましょうか。」
訪れた所は商業施設の激戦区である木椰子区である。週末だからか一段と人混みが凄まじい。
「で・・・・・・荷物持ち以外に僕は耳郎さんが試着する服についてセカンドオピニオンを出して貰いたいってあったけど・・・・・何で僕?コスチュームとかのデザインや色合いならまだしも、服のセンスで僕を頼るのは的外れなんじゃ?」
「端的に言うと、緑谷さんなら良識の範囲内でセカンドオピニオンを挟んで頂けると思っているからですわ。恥ずかしながら私はその・・・・・・庶民的なテイストという物に疎くて、適度に下方修正が出来る殿方がいた方が耳郎さんも安心出来ると仰っていたので・・・・・・」
若干歯切れの悪い八百万の返答に、出久は苦笑した。爆豪救出の際に『激安の王道、鈍器・大手』で変装用の服を買いたいのを経済の歯車がどうのと言い訳を宣っていたのはまだ記憶に新しいのだ。
しかし予想の斜め上を行くお願いに内心冷や汗が止まらない。出久からすれば二人は魅力のベクトルこそ違えど高嶺の花である事に変わりはないのだ。そんな二人のファッションセンスに自分如きが茶々を入れるなど許しが出ているとは言え烏滸がましいにも程がある。しかし頼まれてしまった以上、やらない訳にも行かない。耳郎が言った様に、これも勉強なのだ、怒られてしまう方が得る物もあるだろう。
「僕なんかの意見が参考になるかどうかは分かんないけど、最大限協力するよ・・・・・・できればあんまり当てにして欲しくないけど・・・・・・」
「よし、じゃ行こうか。」
女子二人が先行して出久はその散歩後ろをおっかなびっくりついて行く。約二時間、カジュアルからセミフォーマルのブラウスからワンピース、ショートパンツからスカートまで二人が考えつくありとあらゆる衣類を組み合わせては感想やセカンドオピニオンによる下方修正が続いた。
「まあ、こんな物でしょうね。流石に私も疲れましたわ。にしても、少々意外でした。緑谷さん、中々的確なセカンドオピニオンでしたね。」
「うん、懐にも優しいチョイスだった。」
「最初の一、二回はわけわかんなかったけど、数こなしていくとね・・・・・・」
表情には出していないが、しんどい。出久自身は服装に対して正装でもない限り特に頓着はしないが、それでもこの服の吟味は自分のノート並みに緻密にして綿密だったと言える。確かにこれは勉強になった。
「緑谷さんの印象に一番残ったのはどのコーディネーションでしょうか?単刀直入にお願いします。」
「え、ちょっ、ヤオモモ!?」
「殿方の意見を取り入れたいと言ったのは耳郎さんですよ?あれだけ試着して何も買わずに帰るのはいかがな物かと思います。ですからコーディネート一式を買ってお開き、と言う事に致しましょう。」
試着の都度、八百万はスマホで写真を撮っている。最早ちょっとした写真集と言っても差支えない程の画像がある。
「この中から一つ選んでくださいまし。」
「んーと・・・・・」
プレッシャーが凄まじい。心臓が内側から胸を叩いて地味に痛い。画面をスライドする指が震える。新しい一面の開拓なのだから最適解などと言う物は無い。少なくともその筈だ。
しかし心のどこかで出久は直感していた。この中の幾つかは耳郎にとって間違い無く『ハズレ』であると。ノートに纏めてある微妙な表情筋や眼球の動きや無意識な癖で読み取れる。記憶の糸を手繰り寄せながら、一つ一つ丁寧に見て行く。
「こ・・・・・これで、お願いします。」
自分が見た物に関しては自信はある。だがノートにまとめてあるからと言ってそれが必ずしも正しいとは限らない。当たりか外れか、二つに一つの大博打である。
「素晴らしいチョイスですわ、緑谷さん!」
「ん?・・・・・・・え、と・・・・・・緑谷、マジで言ってる?」
出久が選んだのは白と黒のボーダーストライプ柄の膝丈ワンピースとネイビーのカーディガン、そしてアンクルストラップ付のフラットサンダルのコーディネーションに身を包んだ耳郎の画像だった。オプションだと言って八百万がかぶせた麦わら帽子が良いアクセントになっている。さる高名な漫画家が連載している漫画の発行部数が既存のギネス記録を塗り替えたお祝いキャンペーンという事で割引が効く、懐にも優しい総合価格でもある。
「ハィ・・・・・・」
「ん、じゃ・・・・・これにしよう・・・・・・かな?」
八百万からの反応は良好だが、最終的な評価はまだ分からない。このプレッシャーに慣れる日は、恐らく来ないだろう。
そんな時に八百万の携帯がメッセージ受信を告げるベルの音を発した。
「残念ですわ・・・・・耳郎さん、緑谷さん、申し訳ありません。用事を済ませなければならない時間になってしまいましたのでお先に失礼させて頂きます。」
「気にしなくていいって。わざわざ付き合ってくれてありがとね。」
「こちらこそとても楽しめましたわ!ぜひまた誘ってくださいまし!」
手を振って別れを告げた八百万は交差点で曲がり、路肩に停車した黒塗りのロールスロイスの後部座席に乗り込んだ。ドアが閉まり、二人をその場に取り残して車は走り去った。
「・・・・・・じゃ、じゃあ、買いに行きましょうか耳郎さん!」
「うん。そだね、うん・・・・・・行こうか。」
人一人分の微妙な距離を間に保ち、二人は歩き出した。
服を買う事自体は手持ちで十分払える金額だった為問題にはならなかった。問題は店員だ。勝手にカップルか何かだと勘繰ったのか、断れないまま出久はぐいぐいとメンズの服が置いてある所までずずいっと押されて試着した服を勢いに逆らえず買う羽目になった。
白Tシャツに赤、黒、白の格子柄のフランネルを重ねて袖を肘まで折り畳み、暗いベージュのチノパンと言う普段の地味な見た目からは想像もつかない爽やかなコーディネートに耳郎は思わず目を見張った。
意外と、と言うのは失礼だとは理解している。だがしかし、それでも意外なのだ。地味と言う概念に服を着せたような人間がたかが服装を変えただけでよもやこうも化けるとは。
「折角ですし、お買い上げ頂いた物に着替えてみませんか?彼氏さんと一緒に。」
「かれっ!?・・・・・いや、ウチら仲はそこそこいいけど別にそんなんじゃなくて・・・・・!」
「そそそでそで、そうですよ!?僕らは高校のクラスメイトではありますし日は浅くともあくまで友人関係にありましてプラトニックな部類に入る物でしかないし恐れ多いと言うかなんというか!?」
しかし店員はただの照れ隠しだとしか思っていないのかその初々しさに無言で小さく頷いた。
「・・・・・・・・あのお節介焼きな店員・・・・・・・顔覚えたから後で覚悟しろ・・・・・」
「なんか、ごめんなさい・・・・・・」
結局慣れないスタイルにしどろもどろな出久を見かねて耳郎も試着室で着替えてから店を出た。当然来ていた服は店の紙袋に入れて貰っている。
「で、どう?」
「凄く綺麗で似合ってると思います・・・・・!!」
帽子があって心底良かったと耳郎は思った。深くかぶり直してつばで赤くなってにやける顔の大部分が隠せるのだ。
「緑谷も、もそっとおしゃれしてみるのも良いと思う。タッパ無いけどガタイは良いんだし。今度はウチが選ぶから。」
耳郎は有体に言って八百万を心底恨みたかった。私用で一足先に抜けるのは別として、自分の普段着のセンスが多少残念と風評があったのに他人の服選びのセンスは抜群ではないか!とんだ大番狂わせだ。
二十弱ある写真の中からこうも的確に試してみたいと思う物を選ばれると意識せざるを得ない。いや、ちょっと待て。『意識』?一体何を意識しているのだ?普段は引っ込み思案なのが玉に瑕だが、緑谷出久は目端の所まで気が付く良い奴だ。それだけだ。の筈だ。
確かに料理やら数学の勉強やらで気を使ってくれた。だがクラスメイトのよしみで、同じ当番で必要だったから。
それだけだ。の筈だ。