お気に入りが1,000件突破、UAは四万間近って大概ですね。応援、ありがとうございます!短編なので切りよく後もう二話で終わらせようかと思ってます。
吐く息が震えた。耳郎は気分を落ち着ける為に紅茶を入れて飲んでいたのだが、効果はゼロ。逆に舌を火傷してしまった。はっきり言って今の自分がやろうとしている事がとんでもなく恐ろしい。ベクトルこそ違えど怖さで言えばUSJ事件も凌ぐ。普段の表情や言動こそ冷めているが、自分とて花も恥じらう思春期女子なのだ。恋愛に興味はあるし、生き物である以上、性欲だってある。
「ああ~~~もう、ウチの馬鹿野郎・・・・・!!」
今回ばかりはタイミングを見誤ったのは否めない。しかもメッセージも送ってしまった以上、最早引っ込みもつかなくなった。適当に別の話題で逸らす事も考えたが、彼は妙な所で察しが良い。まごついたらウソがばれて自分で作ろうと動いたチャンスを自らの手で潰す事になる。勿体無い事この上ない。
緑谷出久との付き合いははっきり言って浅い。クラスメイトである事以外特にこれという接点が無い他、彼に対する評価自体かなり長い間保留のままにされていたと言うのが大きい。しかしそれは入学初日に行われた『個性』把握テスト、そして後日の屋内対人戦闘訓練以降の行事で塗り替えられた。
第一に思ったのが『凄い奴』である事。入試実技当日に遅咲きの『個性』が覚醒し、最近でこそ出力に制御を利かせられる様になってきたが、それが出来ない頃でも彼は決してコントロール不足を言い訳にしなかった。まともに力を扱えない状態で雄英体育祭の障害物競走に『個性』を使わずに一位入賞、騎馬戦も同じく『個性』を使わず、チームの『個性』とサポートアイテムを駆使して死に物狂いで四位に食い込んで決勝戦進出の切符を辛くも掴み取った。偶然でも何でもない、純然たる観察眼と想像力、柔軟性、そして度胸で乗り切った所を目の当たりにしたのだ。その冴え渡る思考能力はヴィラン襲撃時や仮免試験、授業中など、様々な状況で活躍している。
第二に思ったのが『危なっかしい奴』であるという事。これは特に推薦入試で雄英入りを果たした轟焦凍との戦いで印象付けられた。自損覚悟の攻撃をああも躊躇わずに敢行出来る奴は、どこか多少頭のネジが緩いどころか外れているような奴でなければ出来ない。今でも彼の両腕にある夥しい傷を見る度に僅かに顔を顰めてしまう。今でこそ力の制御はある程度できているが、有事の際は間違い無く何処かの誰かの為に体を張り、字面の如く粉骨砕身するのだろう。
第三に思ったのが『尊敬できる奴』であるという事。はっきり言って自分には大言壮語出来る様な未来のヴィジョンはまだ凝り固まってはいない。ただ、欲を言うなら自分が好きな音楽や歌を通してオールマイトの様に誰かを笑顔にさせる事が出来る、失われた笑顔を取り戻せる、そんなヒーローを目指したい。それが自分の中での暫定的だがトップヒーローの定義だ。
しかし緑谷出久と言う奴は寮の部屋でオールマイトのファンどころか信者ともいえる程に彼を尊敬している。彼の様になりたいと。ただそれを一心不乱に脇目も振らずに目指している。その姿を見て応援したくなるだけでなく自分もより一層身を入れて励まねばと思わせる発破にもなっている。担任には問題児扱いされているが、その問題児の余計なお世話が無ければ爆豪救出は無かったと聞いている。やっとの思いで入れた雄英生徒としての立場どころか自分の命すら投げ打ってでも『正しいと思った事』の表明、そしてそれを曲げずに則って敢行する『強さ』は毎度脱帽しっぱなしだ。
そんな印象を持つ彼との交流は得る物が実に多かった。ヒーローとしても、人間としても。
そんな彼にこんな短期間であっさり惚れてしまう自分はちょろいのだろうか?恋とはする物ではなく落ちる物であるなどと言われているが、正直言って癪だし腑に落ちない。中学時代も何人か告白してきた男子もいたが、一人残らず切って落としてやった。それは別に彼らの所為ではない。見た目が悪かった訳でもない。別段嫌っていた訳でもない。ただ何か違ったのだ。そんな自分が男を呼び出すなど、あの頃の自分は想像もしていなかっただろう。皮肉にも程がある。
恋愛について改めて母親に相談した事もあった。何を基準として人を好きになればいいのか、好きかどうかの判断材料は何なのか、告白のノウハウ等々。しかし返って来るのはどれもそれは自分で決める事だ、会えば分かる、惚れた人による、などと曖昧ではぐらかした回答ばかりだった。
それでも唯一はっきりとした答えを出してくれたのは何故父親を好きになったのかという質問に対してだけだった。
――尽くし甲斐がある人だと思ったから、かな?どういう訳か、放っておけなかったから私から告白しちゃったわ。あ、プロポーズは勿論男がする物だって言うのは譲れないけど。
「尽くし甲斐、か・・・・・」
もう少し深呼吸をしようとした所でメッセージ受信をスマホが告げた。
『丁度エレベーター内です。すぐ降りるので少々お待ちください。』
彼の部屋はたしか二階だった。となればここに来るのはもう一分あるか無いかだ。正直、ここまでナーバスになったのは初めて自分の演奏を披露する事になった学園祭以来なのだ。
エレベーターが到着し、ドアが左右に開く音がする。
「耳郎さん、一応来たけど・・・・・・話って何?」
「ま、まあ、とりあえず座って話そ?緑谷が立ったままじゃウチも落ち着かないし・・・・・」
食事に使うテーブルを挟んで座り、沈黙する事約一分、曖昧な雰囲気が立ち込めた。どう切り出せばいいのか、そこからどう告白に繋げればいいのか、耳郎は見当もつかなかった。
「その・・・・・・急に呼び出してごめん。でも、コレ今言わなきゃ後々になって多分言いたくても言えないメンタルになる気がして・・・・・・」
「僕は別に大丈夫だからいいけど・・・・・・どうかしたの?」
『個性』であるイヤホンジャックをいじる癖と、彼女のただならぬ表情の強張りに出久の心臓は矢継ぎ早に胸を内側から叩き始め、脳も警報を鳴らしていた。聞くな、耳を貸すな、そしてこの場から逃げろと。ああ言う表情をする人間が言う事は決まって言いにくい事だと相場が決まっている。経験上これは分かる。自分が何かしてしまったのはほぼ確定だろう。彼女は優しい。だから出来るだけオブラートに包もうと言葉を選ぼうと苦労しているのだ。ならば今出来る事はただそれを待って素直に謝る事だけだ。
「うん、同じクラスになって結構経つけど、こう・・・・・・挨拶以外で面と向かって話し合うのって割と最近じゃん?それでいきなりなのは百も承知だけど、その・・・・・・う、ウチと、付き合って欲しいんだ・・・・・・」
「付き・・・・・・え、っと・・・・・・それはその、いわゆるこ、こい・・・・・・恋人同士でという意味でお間違いナイデショウカ?」
出久は思わず声が裏返った。何だ?何を言っている?彼女は一体何を言っている?何故そんな事を言っている?何故自分に向かってその言葉をかけている?
「う、うん・・・・・そうです・・・・・・」
「え、あ、のっ、ちょ、ちょっと待って・・・・・・ちょ・・・・・・え?」
脳の奥がフリーズした。警報は消えたが胸が痛いのは変わらない。
「それ・・・・・・何、何かの罰ゲームで言ってるの?それともドッキリ?」
そうとしか考えられない。目の前にいる人間は、普段は冷めていて言いたい事は辛辣な内容であろうと歯に衣着せずにズバッと言う耳郎響香とは似ても似つかない。相手に言う事も、自分が言うのもおいそれとは出来ないのだからここまで口籠るのはむしろ当然の事だ。そうであって欲しい。どこかからスマホを持ったクラスメイトが出て来てくれればそれで楽になれるのだ。頼むからこれ以上引き延ばさないで、出て来てくれと出久は祈った。
「違う!」
身を乗り出して掴みかからんばかりに耳郎は語気を荒らげて否定した。
「混乱してるのは分かるけど・・・・・・ウチ、そんな事しないよ・・・・・・」
「いや、だって・・・・・・だって、僕だよ?」
訳が分からない。彼女が自分をどれ程評価しているのかは知らないが、これは過大で過分で、分不相応だと言わざるを得ない。今まで彼女がしてくれた事には勿論感謝している。音楽という新しい楽しみを発掘した。服を変えて違う自分を見つける旅に出るきっかけもくれた。精神的に追い詰められた、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった情けない自分を助けてくれた。
だがそれはあくまで善意。ヒーローを目指す者としての行動に過ぎない。
新しい友達が出来た。喜ばしい事だ。嬉しくなって当然だ。なのに、彼女は自分が越える事を最も恐れる『友人』という境界線を踏み越えて手を差し伸べている。冗談でもドッキリでも何でもない、本心を曝け出してその手を掴んで欲しいと言っている。
分かっていても、恐怖を感じずにはいられない。裏があるのでは、と勘繰らずにはいられない。
「何で僕なんかにそんな勿体無い事・・・・・・言うの?耳郎さんは、そんな・・・・・・」
「勿体無いかどうかはウチが決める!ウチは、緑谷だから、緑谷に言いたいから言ってるんだよ!?」
出久は泣いていたが、耳郎も悔し涙が頬を伝っていた。背水の陣に自分を追い込み、高校生活で初めての告白を初手から冗談ではないか、ドッキリではないかと疑われた。プライドは少なからず傷つき、なけなしの勇気も今や風前の灯火である。今この場で全てを投げ出して部屋に戻ればこの二つに一つのロシアンルーレットから解放される。だが答えを聞くまでは動けない。
「分かった・・・・・・・耳郎さんが本気だって言うのは理解した。冗談だとかドッキリじゃないかなんて言って、ホントにごめん。凄く失礼だった。でも・・・・・・でも分からないんだ。僕のどこに耳郎さんみたいな人が僕を好きになる要素があるの?それがどうしても分からないから教えて欲しいんだ。」
「どこにって・・・・・・」
「ご、誤解の無い様に言っておくけど、別に答えを出さずに逃げようとしてるわけじゃなくて!その、耳郎さんもここまで勇気を振り絞ってくれたんだからノリで安請け合いなんてしたくないし、自分でもしっかり納得した上で答えを出したいんだ。その方が後味も悪くなくなるし、白黒もはっきりつくし・・・・・・」
「全部だよ。」
「全、部?」
「ウチは緑谷が、緑谷だから好きになったの。音楽の事で話せる人が出来て嬉しかった。音楽の事をわざわざ教えて欲しいって頼まれて嬉しかった。適当に言っただけなのにクリームあんみつわざわざ買って来てくれて嬉しかった。料理も、当番の時にコツ教えてくれて楽しかった!ヤオモモと一緒に買い物行ってくれて楽しかった!ウチに出来ない事がたくさん出来るのも色々知ってるの見て、正直凄いって思った!凄い奴だって思った!カッコいいって思った!クラスの誰よりもヒーローみたいだって思った!」
それなのに当の本人が己の美点を、自分が惚れた理由を否定、卑下している。それが無性に歯痒いやら悔しいやら腹立たしいやらで、涙が止まらない。いつの間にか彼の胸ぐらを諸手で掴んで引っ張り上げていた。
「答えたよ。ウチは本気だから。だから、緑谷も答えて・・・・・・!」
出久はすすり泣く彼女を見て顔を手で覆った。なんと愚かなのだろうと自分を罵りながら。自分が一番欲しかった物と、それを差し出してくれた人を怖がっていたのだ。そんな自分の馬鹿らしさが彼女を泣かせてしまった。
答えなんて決まっている。
「僕で・・・・・・僕でよければ、よろしくお願いします。泣かせちゃって、ごめん・・・・・・」
「ホントだよ、もう。女泣かせるなんてサイッテー。」
差し出されたティッシュの箱からそれぞれ数枚取って涙を拭い、鼻をかんだ。
「じゃあ、その・・・・・・正式に彼氏彼女の関係になったという事で。」
「え、ちょ!?」
出久は両手首をジャックで縛られ、頭の上で固定された。更にそれを手で掴まれ、ぐいぐい押されて背中から壁に押し付けられた。
「あの、これ・・・・・・耳郎さん・・・・・・?これ一体どういう状況か説明して頂けると非常にありがたいんですが。」
「いいから動くな!な、泣かせた罰。そう、罰だから!」
空いた手で首根っこを掴まれて背中を丸め、耳郎も更に軽く爪先立ちになって出久のファーストキスを奪った。テクニックもへったくれもあったものではない、ただ唇同士を押し当てるだけの素人丸出しのキスだ。
たっぷり十秒間キスをされた本人は突然の事に目を白黒させ、放された直後にすとんと尻餅をついた。
「ざまあみろ、バーカ。こっちこそヨロシクね。」
放心した出久に捨て台詞を吐き、耳郎はエレベーターに乗った。