白百合の騎士と悪魔召喚士   作:気力♪

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連日投稿記録、破れたり

どうでもいいですが、バレンタインイベで欲望を抑えきれませんでした。残りの石は3つです。呼符はマナプリ分も含めて飛びました。
無(理のない)課金勢としては、貴重な課金石を使う訳にはいかないという自制心が効いてくれて良かったとは思います。


魔女と少女と騎士と悪魔召喚士

ヘラクレスは、まるで暴風だ。

 

斧剣を一振りすれば大地は爆ぜて散弾となり、踏み込み一つで地面にクレーターが出来上がる。

 

そんなのに対して、筋力と反応性の補助を受けているとはいえ真正面からやり合えるデオンは、正直なにかおかしい。が、デオンの存在はこの奇策の肝なのでここは無視しよう。

 

「メディアさん、任せた」

「現代魔導の力とやら、見せてもらうわね」

 

異界からMAGを吸い上げたメディアさんが魔力砲撃を準備する。それに合わせてストレージからルーンストーンを装填し、魔力砲撃に実弾を乗せる。これなら、向こうの術者にラインを操作される事はないだろう。

 

「まずは定石、サマナー潰し!」

 

メディアさんの魔力砲撃がアリスを襲う。だが、見えていたかのようにその砲撃が回避される。MAG感知能力の類はあるようだ。

 

これで、まず一点。

 

「ヘラクレス、そんな雑魚さっさと潰しなさい!」

「―――■■■■■■■■■■■■!!」

「...雑魚とはよくも言ってくれるね」

 

ヘラクレスの連撃を、逸らし、躱し、潜り抜ける。

 

「確かに私ではこの大英雄を殺しきる事は出来ないだろう」

 

デオンの反撃は、再生される事を見越しての手足の末端を狙ったものしかない。バランスを崩させて動きを暴発させ、それをもって時間稼ぎをしている。デオンを無視して俺たちを襲いに来れば両足を刻まれ続けるとわかったヘラクレスはデオンと向き合うしかない。

 

「だが、この大英雄が私を殺す事は出来ないよ。理性を失ったこの状態ではね」

 

()()()()()()魔力砲撃の援護により、斧剣を持つ手を斬り飛ばすデオン。

 

そして、残っている腕で拳打を仕掛けるヘラクレスに対して、踏み込んだデオンの蹴りが直撃する。

その衝撃により、バーサーカーは狙った場所に吹き飛んでいった。

 

「聞こえているとは思えないが、あえて言おう」

 

「私には、君の動きがよく見えるよ」

 

その挑発に、ヘラクレスは吠えるだけだった。地面に着弾した時にどこか折ったのだろう。回復を待っているのだろう。

 

それが、俺たちの狙い通りだとは思わずに。

 

条件はいくつかあった。ここの異界の主が味方である事、あの影の死体が異界強度(ゲートパワー)の局所的増大を引き起こしていたことなどだ。だが、そういうのは全てクリアした状態でこの戦闘は始まっている。

 

デオンの今の攻撃で、全てのラインは繋がった。

 

()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()

 

ならば後は、悪魔召喚士(デビルサマナー)のお仕事だ。

 

「悪魔召喚プログラム、展開!」

 

メディアの砲撃により狙った位置に着弾したルーンストーンにより、術式を邪龍召喚のものに補正。

 

英雄ヘラクレスの血を触媒にして召喚対象を限定。

 

そして、金の暴力(300万MAG)により召喚対象をハイクラス悪魔に限定。

 

これが、ヘラクレスに対する切り札、対抗召喚(カウンターサモン)の術式である。

 

「ここまで限定してやったんだ、他の出てくるなよ!」

「待ちなさい!最後運頼りなのこの召喚⁉︎」

「待てない!もう起動した!後は祈れ!」

「どこの神によ!」

「ペガサスにいる勝利の女神にだよ!」

「...え、そこで私ですか⁉︎私何も出来ませんよ!」

「...あーもう!こんな博打に乗るんじゃなかった!異界強度(ゲートパワー)最大解放!」

 

さぁ、来い!

 

圧倒的なMAGにより、一時的に吹き飛ぶ異界の風。

砂煙が晴れた時、その巨体を表したのは。

 

9本の首を持つ、猛毒の邪龍であった。

 

「我が名は邪龍ヒュドラ。小さき者よ、何用だ」

「あそこにヘラクレスがいるんで、お好きにどうぞ!」

「なんと!...良かろう、我に捧げた贄に免じて先にヘラクレスを殺すとしよう!」

 

ちなみに、悪魔召喚プログラムは召喚と契約の簡易化をしてくれるだけのものなので、召喚した悪魔に契約を強制する事は出来ない。ヒュドラがヘラクレスから逃げたら割とどうしょうもなかったりした。まぁ、結果オーライだ。いいだろう。

 

「ヒュドラの召喚⁉︎ヘラクレス、下がって!」

「もう遅いわ!」

 

ヒュドラの9つの首から放たれる猛毒の吐息(ポイズンブレス)がヘラクレスに襲いかかる。ヘラクレスは縦横無尽に逃げ回るが、ヒュドラの首は9つ。理性がある時ならば首同士の思考のズレを利用して首どうしを絡ませるなんて妙技をしてしまいそうだが、そんな事は今の理性のない状態での屍鬼であるヘラクレスには関係のない事だ。

 

ブレスの当たった地面は、紫色に変色する。あれに触れれば毒で大ダメージを負う事間違いないだろう。故にヘラクレスの動ける場所はだんだんと少なくなっていく。

 

だが、それでもヘラクレスは捉えられなかった。掠る事が致命傷になる事を魂で理解しているから、回避行動は鮮やかではなくても正確だった。

 

「やっぱ、一筋縄じゃいかねぇか」

「サマナー。ヒュドラの毒でも私なら行ける。」

「それは駄目だ。お前抜きでアリスとやらを殺せるとは思えねぇからな。ヒュドラとヘラクレスはどっかしらで勝手に戦わせていよう」

 

ヒュドラとヘラクレスが大怪獣決戦しているうちに、態勢を整えてアリスを殺しに行く。アリスはあの大怪獣ヘラクレスをネクロマなんていう面倒なやり方で制御しているんだ、間違いなく相当の負荷はかかっている。

 

異界の主として顕現しているメディアの力をもってすれば、打倒できない事はない

 

「まずは小手調べといきましょう。紫光弾(ユピテル・ロッド)

 

キャスターの指から5連の魔弾が放たれる。

 

それを簡易展開した魔導障壁で受けるアリス。

術式は古典魔導に近い。要素を抜き取る事は不可能なため、無効化術式は組めそうにない。

だが、今のシングルアクションを回避でなく防御を選んだあたり、アリスというのはそう速い奴ではないのだろう。

 

「バルドル、GO!」

「相っ変わらずの盾だなぁオイ!」

 

バルドルの存在を無視したメディアの多彩な魔術がアリスを襲う。

大きな魔弾、火炎弾、雷撃、氷結、レーザービーム、なんでもありだ。改めて考えると自分は危ない橋を渡った物だと思う。まぁ、勝算はあったから次があっても同じ事すると思うが。

 

だが、アリスにそれは全く通用しなかった。初めに張った魔導障壁が硬い。耐久特化の魔術師系サマナーか?

 

「バルドル、次の召喚を許すな!」

「わーってんだよんな事!万魔の乱舞!」

「邪魔!」

 

バルドルの万魔の乱舞を躱すアリス。あの体捌きの質は、対人ではなく対悪魔に特化したものだろうか。生き汚さのようなものが感じられた。アレでは、バルドル単体では殺す事は出来ない。

だが、向こうからしてもバルドルを殺す事は出来ない。なにせ、バルドル曰くただ一つの弱点以外全てのものから傷つけられる事がないというのだから。

 

それを神話についての知識を伝聞でしか得ることのできないこの平成の世で知ることはほぼ不可能だ。故に、バルドルは不死身の悪魔のままである。

 

だが、不死身である事と無敵であることはイコールではない。実際、バルドルの動きはもうアリスに見切られて、片手間で処理されるようになってきた。

 

『良い仕事だ、そのまま張り付き続けろ』

『嫌味かテメェ』

 

バルドルを起点にして、魔法陣を遠隔精製する。その術式の意味は分からずとも脅威に思ったのか、アリスはその魔法陣から離れていった。

 

そうして戦っているうちに、天をメディアの描く魔法陣に埋め尽くされる。片手で術を放ちながら、もう片方の手で陣を組み上げていたのだ。本当に恐ろしい技量である。

 

神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・ グライアー)!」

 

メディアの全力の魔力砲撃が、収束して俺の展開した魔法陣へと吸い込まれる。その中心には、俺がバルドルに持たせたメギドラストーンが存在している。

 

「相乗術式、起動!メギドラストーン、オーバーロード!」

 

その神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・ グライアー)の過剰な魔力を持ってメギドラストーン(時価)を相乗的に起動する。

その火力は、もはや核レベルだ。

 

アリスがどんな耐性を持っていようが、力場を貫く万能属性の攻撃、防ぐ手段はどこにもない。

 

故に、アリスはバルドルを盾に躱そうとして

 

送還(リターン)

 

その盾を奪われて、高位万能魔法(メギドラ)の一撃をモロに食らった。

 

「やったか!なんて言わねぇぞ!デオン!」

「了解だ、サマナー!」

 

クレーターの出来上がった着弾点に向けて、カラドリウスの反応性向上(スクカジャ)でスピードの増したデオンが突っ込む。

これで、トドメだ。

 

そう思っていたところ、デオンの斬撃は鋼鉄の何かに受け止められた。まだ手駒があったか。さすが災害級のサマナーだな。

 

『デオン、どうなってる?』

()()()()()だ。今度は屍鬼ではない、本物の英雄ヘラクレスが来た!』

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

咆哮によりヘラクレスの周囲の空気が爆ぜ飛ぶ。至近距離にいたデオンは音の衝撃波により吹き飛ばされ、距離を取らされた。

 

そうして宙に浮いているところを、ヘラクレスの黄金の斧が大上段から振るわれる。

 

直撃を貰ったデオンは、ボロ切れのように吹き飛ばされた、

咄嗟に張った弾性術式(クッション)によりどうにか一命は取り留めた。だが、直ぐに戦線復帰は不可能だろう。

 

ヘラクレスの姿は、変わっていた。獅子を象るブローチに魔術的装飾の増した腰鎧。そして何よりも神聖さすら感じさせる黄金の斧。死霊召喚魔法(ネクロマ)でヘラクレスを運用していたのは、英雄ヘラクレスを制御できていないからではない。()()()()()M()A()G()()()()()()()()()()()()()()()

 

「規格外も大概にしろよ、マジで」

「...理性がない分、生前より弱いわよアレ」

 

「ヘラクレスゥ!どこに消えたぁ!」

 

遠くにやっていたヒュドラが、こちらに向かってやってくる。お前高いMAG払ってやったのに撒かれるとか大概にしろよ。

 

「ヘラ、クレス!殺しなさい!」

 

半身が吹っ飛んでなお生きているアリスという術者。メギドラを右半身を犠牲にすることで魂への致命的なダメージを防いだのだろう。相当に肝が座ってる。経験者じゃなきゃアレは思いつけない。

 

その渾身の指示に従って、ヘラクレスは「■■■■■■■■■■■―――! 」という咆哮とともに踏み込んできた。

 

こちらに向かって神速の突撃をかましてくるヘラクレス。その攻撃を大上段と予測して斜線にバルドルを簡易召喚。一撃だけ受け止める。

 

「メディアさん!」

「わかってる、仕切り直しよ!瞬来(オキュペテー)!」

 

神代の転移術式により、再び距離を取る。現在位置は、学校を挟んで裏側だ。一先ず、難を逃れたといったところだろう。

 

「デオン、無事か?」

「...ああ、食らう寸前から自己治癒を始めていたんだ。なんとか生きてはいるよ」

「魔石だ。回復したら、また仕事だぞ」

「それは、少しサボりたくなるね」

「お前以外に誰があの化け物を止められるんだよ。そうなりゃ俺たち皆殺しだぜ?」

「わかっているよ。だが、言わせてくれ。今の私ではヘラクレスには勝てない。支援魔法を貰っても、基本となる霊基の規格が違いすぎるんだ」

「つまり、魂自体を強化しない事にはひっくり返っても勝てないと」

「そういう事だよ」

「じゃあ、やるしかないか。霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の術式は頭にあるからな」

「貴方、まだMAGとやらの貯金があるの?」

「ああ、ある」

 

息を吸うように覚悟を決めろ。どのみち、ここでやらなきゃ命はないのだから。

 

「俺の命を燃やす。マグネタイトは生命エネルギー、それで代用できるさ」

 

「...どこの時代にも愚か者はいるものね」と一言、不思議な笑顔で呟いたメディアは、一つの提案をしてくれた。

 

「...いいわ、一つ契約をしてくれるならこの異界のMAGを分けてあげる」

「なんだ?」

「マヒロをお願い。この子は、私の弱さが巻き込んでしまっただけの子だから」

「お姉ちゃん?」

「ああ、任せろ。必ず、この子を日常に戻してみせる」

 

「決まりね」と呟くメディア。異界の主、メディアとの仮契約がここに結ばれた。本来の流れとは逆に、メディアから膨大なMAGが流れ込んでくる。

 

「行くぞ、デオン!」

「気をつけなさい、今の漏れた魔力で、私たちの居場所を気付かれた!」

「大丈夫さ、僕はサマナーを信じる」

 

魔法陣展開代行プログラムにより、術式を展開。

契約のラインを辿って、魂に直接MAGを注ぎ込む。

魂の形を崩さないように丁寧に、されどより強靭になるように大量に。

 

そうして何時間にも感じられる数分で、デオンの身体は光り輝いた。加わった意匠は大したものではない。ただ白いマントを羽織っただけだ。だが、その魂の強さは、明らかに前とは違う。

 

これが、白百合の騎士シュバリエ ・デオン!

 

「行こうか、サマナー」

「ああ、ヘラクレスは任せる!」

 

校舎をヘラクレスが突き破って来るのと、デオンがそれを真正面から迎撃するのは全くの同時だった。

 

斧の巻き起こす風だけで立っていられないその暴風域、その中心に折れず曲がらない白百合の騎士はいた。

 

大上段をサーベルで逸らし、返す一撃にはふわりとジャンプして斧の上に乗り、ついでのように目を斬りつける。

その後ヘラクレスは斧を振り回す事でデオンを吹き飛ばそうとするも、再び宙に舞い、()()()()()()()()()()()()()()()を足場にしての突撃でヘラクレスの右肩を突き貫いた。それを捻ってから引き抜く事で、肩の再生完了までの間ヘラクレスは斧を十全に扱えない。

 

反撃として左拳による打撃が放たれるも、それを紙一重で躱して地面に降り立ち、振り抜いた後の左肩にもサーベルを差し込み、捻り、引き抜いた。

 

あのヘラクレスを圧倒している。十二の試練(ゴットハンド)により死因に耐性がつくという性質さえなければもう殺しきれていただろう。

 

デオンの戦闘論理、心眼は狂化により鈍ったヘラクレスのそれを圧倒していた。だが、それも霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の時間が切れるまで。触媒となる力の結晶(ピース)を用意できなかったため、デオンの再臨は時間制限があるのだ。残り時間は、30分とないだろう。

 

なんとかその間に、ヘラクレスを殺し得る手段を見つけなくてはならない。

 

そんな時、メディアが俺に声をかけてきた。

 

「チヒロ、策があるわ。ヘラクレスを貴方の術で拘束して。一瞬でいいの」

「乗った。任せるぞ、メディア!」

「裏切りの魔女を信じるだなんて、馬鹿ね貴方」

「今、メディアは俺の仲魔だ。契約がある限り、俺はメディアを信じる。悪魔召喚士(デビルサマナー)ってのはそういう人種なんだよ」

「...あなた、魔女より悪魔してるわよ」

「よく言われる」

 

ストレージからありったけのシバブーストーンを取り出し、投擲により配置する。デオンに緊縛魔法(シバブー)がかからないように目標指定(ターゲットロック)の術式を込めながら。

 

『デオン、足を!』

『任された、サマナー!』

 

横薙ぎの斧の下をくぐり抜けたデオンは、神速の斬撃により両足首を斬り取った。これで、わかっていても回避は不可能!

 

「術式展開!緊縛魔法(シバブー)乱れ打ち!」

 

単純に出力を上げる事により、未確認耐性を突破する作戦だ。実際、用意したシバブーストーンの7割は弾かれた。

 

だが、3割は通った。

 

「メディア!」

「飛んで行きなさい!瞬来(オキュペテー)!」

 

ヘラクレスに対しての転移魔術。緊縛魔法によりヘラクレスは動けない。その指定先は、邪龍ヒュドラの目の前だ。

 

「よくぞ、ここまで弱らせた。あとは我に任せよ小さきものよ!」

 

猛毒の吐息(ポイズンブレス)!」

 

校舎により見えないが、ヘラクレスはヒュドラの猛毒に犯されただろう。メディアの反応を見るに当たりのようだ。

あとは、ヘラクレスが猛毒にのたうちまわって11回死ぬのを待つだけだ。

 

ヒュドラの猛毒は神話性のもの。ちょっとやそっとの解毒魔法(ポムズディ)解毒薬(ディスポイズン)では治せない。勝ったな。

 

「...ヘラクレスがヒュドラに対して攻撃を始めたわ。間違いなく痛みで狂ってる。手当たり次第に襲いかかってるみたいよ」

「じゃあ、最後に死にかけのアリスをしっかり殺して、この騒動を終わらせるか」

 

ヒュドラとヘラクレスの戦闘区域に入らないように回り道をして、アリスのいるクレーターに向かう。

 

アリスのは、消し飛んだ半身を泥のような何かで補う事で生きながらえていた。

 

「ヘラクレスはもうすぐ死ぬ。詰みだぜ?お前」

「いいえ、まだ私は生きている。詰みなんてないわ」

「デオン!」

 

嫌な予感がしたので、デオンに即座に指示を出す。神速の刺突が、アリスの頭蓋を貫く。アイツが何であれ、これで終わりだ。

 

「さようなら裏切りの魔女。それに花咲千尋にシュバリエ・デオン...また会いましょう」

 

「今度は、貴方を殺す策を持ってくるわ」

 

そんな言葉を言い残して、アリスは生き絶えた。

残った身体が、泥となって崩れて落ちた。これは遠隔操作の術人形か何かか?

爺さんの知識を探っても回答は見つからない。とりあえずは映像データと泥自体の回収をするとしよう。平成結界以前の術式を調べられるアーカイブなら何かわかるかもしれない。

 

「...まさか、ね」

「何か知っているのか?メディア」

「いいえ、ありえない事を考えただけよ。アレに飲まれて、人が意思を持っていられる訳がないのだから」

 

とりあえずサマナーは倒した。だが、まだ終わりではない。

嵐のような戦闘音が聞こえ続けている事から、ヘラクレス対ヒュドラの大怪獣決戦はまだ続いているようだ。

 

「メディア、ヒュドラの方の死因は何だ?」

「切った首を焼き潰して再生を封じてから、不死身の首を岩で潰したって話だったわね」

「...要はどっちも焼けばいいのか。じゃあ簡単だな。メディア、合わせろ」

「わかったわよ。まったく、私の事を魔力タンクか何かと考えてないかしら」

「気にするな、行くぞ。魔法陣展開代行プログラム起動。マハラギストーン、設置」

「魔力過充填。セット」

 

「「擬似展開、高位広域火炎魔法(マハ・ラギオン)!」」

 

異界の魔力で作り上げられた炎の牢獄。それがヘラクレスとヒュドラを纏めて焼き払った。

 

だが、ヒュドラはMAGに分解され霧散し始めたが、かの大英雄は未だ健在だった。毒に塗れ、炎に包まれ、されどまだ立ち上がった。斧を構え、正面からデオンの事を見据えていた。

 

毒と炎の痛みで正気などとうに飛んでいるだろうに、それでも戦士として立ち会う事を望んでいるかのようだ。

 

「デオン、行けるか?」

「もちろんだ」

 

華麗に一歩デオンが前に出る。霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の効力は残り5分ほど。

 

この2人の戦士の立ち会いには、十分な時間だ。

 

「白百合の騎士、シュバリエ・デオン。いざ、尋常に!」

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

猛毒と燃焼のダメージがあるにもかかわらず。否、ダメージがあるからこそ洗練された動きで接近し、筋力を限界以上に稼働させた斧の乱舞により白百合の騎士を屠ろうとした。

 

その乱舞をヘラクレスを知る者は言うだろう。射殺す百頭(ナインライブス)と。

 

「...少し残念だ。屍鬼であった頃の君の動きを見ていなければ、結果は違っただろう。だが、私はあの時言った」

 

「君の動きがよく見えるよ、と」

 

刃の檻が閉じる前に、華麗としか表現できない一太刀で斧は逸らされて、続く一太刀にてヘラクレスの首は落とされた。

 

これぞ、シュバリエ・デオンが絶技。百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

 

剣舞によって作り出された幻想の白百合が散っていく英雄ヘラクレスの心を癒したのだろう。ヘラクレスはただ一言「...見事なり」と言い残して消えていった。

 

「凄いわね、貴方の騎士」

「実はまだ仮採用なんだ。向こうがつれなくてね」

「あら、じゃあ私が連れて行ってしまおうかしら。あの子、可愛い服がとても似合いそうだもの」

「それは困るな。デオンとは、約束があるんだ」

「そう、じゃあ仕方ないわね」

 

どちらが言うでもなく、メディアとの契約は断ち切れた。

 

メディアは、懐から歪んだ形の短剣を取り出し

 

それを、こちらに投げて渡してきた。

 

「その短剣は破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。貴方達の働きの追加報酬よ。どうせ消える私には必要のないものだから、もののついでに貴方にあげるとするわ」

 

そう言い放ってから、メディアはペガサスからマヒロという少女を下ろし、抱きしめた。

 

この世界に来て1ヶ月、彼女もいろいろあったのだろう。デオン達と示し合わせて、そっと距離をとった。

 


 

帰りたい、だけだった。

 

悪魔使いから隠れ、教会の騎士達から隠れ、異界から逃げ、異能者から逃げ、辿り着いたのはどこにでもある家の前。

 

残り少ない魔力で観察した結果、この世界では人を襲った化生を生かしてはおかない。自分を構成している魔力と似た要素はだんだん減っている。

 

霊体として、自分は魂食いをするしかない。だが、その先は?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「無様ね...このまま、消えてしまおうかしら」

 

そう思った自分の目の前に、少女が駆け寄ってきた。周囲の状況を見るに、逃げてきたのだろう。あの口の血を拭いきれていない餓鬼から。

 

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 

ひたすら走った結果息も絶え絶えで、言葉は声をなしていない。

そんな彼女は、この魔女を見て何をするのだろう。

 

絶望?それが普通だろう。

嘆願?それは賢い奴のする事だ。

 

そのどちらとも、この少女は違った。

 

「逃げ、て!私が、食べられてる、うちに!」

 

それは、献身だった。見ず知らずの魔女のために、残り少ない命を使うと決めたのだろう。

 

その姿に、自分の命の使い道を見た。

 

紫光弾(ユピテル・ロッド)

 

残り少ない魔力を込めた、魔弾により餓鬼を始末する。あとは、この子の記憶を消して終わりにしよう。そう思ったが、自分の想像以上に身体を構成する要素を使いすぎていたのだろう。

身体が、解けていくのを感じる。嫌なものを、見せてしまう。所詮は魔女。ガラじゃないことをすると、こうなるのだろう。

 

だが、心のどこかで生きることを願っていた私は、意識が落ちながらも最悪の行動を取ってしまう。粘膜接触による魔力の奪取。

 

この日、私は少女を生かし、少女に生かされた。

 


 

その日からは、不思議と穏やかな日々だった。

少女はわからないなりに私のことを受け入れてくれたのだ。あの餓鬼に両親を殺された事で、縋るべき誰かを求めていたのかもしれない。

私も、守るべき誰かを得た事で、この終わった世界で生きる意味を見つけた気がして。この世界で生きる事を決めた。

 

その為に彼女の健康に支障のないレベルで魔力を供給してもらい、それが足りなくなってきたら念入りに準備して犯行を行った。

 

この世界を構築する術式は、神代のものよりも高度で自動化されている。だが基本となる要素の理解はキルケーより受けた教えで何とか紐解くことができた。

 

そして、終わってる世界の本当の意味を知った。

 

どんな奇跡があったとしても、この世界に未来はないのだ。ずっと見ないふりをしていた事実、この世界を覆う()()()()()()()()()()()()()()を認識した事で、私は折れた。

 

マヒロを生かしたい。そんな些細な望みでさえ、この世界では叶わない。

 

それからは、本当に惰性で生き続けた。

だから使い魔の配置を嗅ぎつけられ、悪魔使いに追い詰められた。

 

「お姉ちゃんは、私の家族なの!だから、一緒に行かせて?」

 

そう言ったのは、決戦の地を比較的霊脈の安定しているマヒロの通ってる学校に決めた時だった。

 

マヒロには、私の匂いが付いている。悪魔使いに捕まりでもしたら殺されるかもしれない。

 

だから、「隠れていなさい」なんて甘い言葉を出してしまった。

 

そして私は戦い、破れた。

それどころか、押さえ込んでいた揺らぎを広げてしまい、外からの者達の干渉を許してしまった。

 

せめて、マヒロは守る。それだけを思っていた時に

 

大英雄と渡り合う白百合の騎士と、現代魔導を駆使する悪魔召喚士(デビルサマナー)と触れ合った。

 

この2人は、希望だ。どこまでも正しい心と、権利を持っている。

 

彼らなら、マヒロの生きられる明るい未来を作れるかもしれない。

そんな希望を心に秘めて、裏切りの魔女の短剣を投げ渡していた。

 


 

「お姉ちゃん?」

 

マヒロの身体をぎゅっと抱きしめる。この温もりを最後まで忘れないようにしっかりと。

 

「マヒロ、私の目を見て」

「...うん」

 

これが、お別れだ。記憶操作の魔術で私が魔術師であったという記憶を消して、旅に出たという記憶を植え付ける。

 

この触れ合いの記憶が完全になくなってしまうのは、きっと耐えられない。それだけ穏やかで、幸せな日々だった。

 

「マヒロ。私はきっと、貴方に会う為にこの世界にやってきたの。それだけは絶対に嘘じゃない」

「うん、私もお姉ちゃんと会えて良かった」

 

「料理はいっつも失敗するし、時間を忘れて模型作りしてたりするし、私の事を着せ替え人形みたいにするし、大事なことはいっつも教えてくれないけど」

「それは...ごめんなさい。私、そういう風にしか生きられないの」

「けど、私も幸せだった。お姉ちゃんがいたから、私は父さんと母さんの事を受け止められたの。本当に、ありがとう。私、今なら言える」

 

「あの日、お姉ちゃんと出会えた事は、運命だったって」

 

その目は、一つの壁を乗り越えた、強い目だった。どの道世界の命運はこの子には関係ないけれど、この子の生きる世界ではきっともう転んで立ち上がれないなんて事はないはずだ。

 

「...さようなら、マヒロ」

 

そう言って、頭を撫でた。それが、魔女と少女の関わりの終わりだった。

 


 

倒れた少女を抱えて、メディアがやってくる。

 

「この子には、私は旅に出たって事にしておいて。そういう暗示をかけたから」

「ああ、わかった。...介錯は必要か?」

「いいわよ、この身体のことは入念に調べたわ。退去の術式くらいわけないわ」

 

自分の身体を構成しているマグネタイトの結びつきを解いて、光となっていくメディア。その満ち足りたような顔を見ていると、言いたかった文句の類は頭の中から消えていった。

 

「じゃあな」なんて言葉すら、きっと無粋だろう。

 

そうして、光が完全に消えたと共に異界は消滅し、虚数座標から実数座標へと弾き出される。

 

これで、この事件は終わりだ。

 


 

それからのこと

 

純一は自分が異界に入った状況をしっかりと確認し、アンカーから虚数座標異界という未知の異界だということを説明して、術式もないのに飛び込もうとしている縁と所長を止めてくれていたようだ。

侵入術式を持っていたと思われるミズキさんの到着は俺たちが異界から帰還してからであったため、「申し訳ありません」との言葉とボーナスの支給を約束してくれた。やったぜ。

 

とは言ったものの、ヒュドラ召喚という大暴挙は経費には含まれず、異界を構築していたマグネタイトは虚数異界という性質からかアブゾーバーに吸収できずに終わったため、トータルで見れば大赤字だ。戦利品がなんらかの魔術の込められた短剣一つというのが、また金策をしないといけない苦難の日々を思わせて少し憂鬱だ。

 

マヒロさんは、異界が消滅してからすぐに目を覚ました。魔力探知機によると魔力反応は残っていたため、しばらくはヤタガラスの監視付きとなってしまうが、両親を亡くした少女を監視ついでに守ってくれるのなら悪いことではないだろう。

 

アナライズしたが、覚醒段階は無し。彼女は、この世界でごくごく一般的な人間だった。だからこそ、メディアという気難しそうな魔術師の心を解きほぐせたのだろうと思うと、何が良い方に転ぶかはわからないものだ。

 

「サマナー。これからあのアリスという少女と戦うにあたって、このままでは私の力が足りないと実感したよ」

「俺もだ。もっとバリエーション豊かな仲魔の確保とお前の霊基再臨(ハイ・レベルアップ)に必要な力の結晶(ピース)、本格的に探すとするぞ」

 

金策、力の結晶(ピース)探し、仲魔集め。それらを一挙に行えそうな施設がこの遡月の街にはある。

 

次の目的地は、悪魔競売(デビル・オークション)会場だ。

 




次回、金策

これは本編にはなかなか入れ辛いネタなのですが、デオンくんちゃんって実は機密文書を担保にして金を借りるというロックな事をした人だったりします。やっぱ英雄ってすげーや

調整平均8.9とかいう作者的にはヤバイ数字出しているこの作品の評価について、評価機能がどれほど使われているのかの個人的興味からのアンケート。暇な時にでもどうぞ。

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