まぁ、意味があるかは知りませんけどねー。
ヤタガラス、遡月支部。
呼び出された俺とデオンはのんびりとバスに揺られてそこに向かう。
若干寝不足な俺の代わりにバスの停車ボタンを押してくれる人が居るというのはいいものだ。デオンは英霊だからか造魔だからか、睡眠をMAGで補えてしまうのでいつでもコンディション良好なのだとか。まぁ、覚醒した人間もMAGで意識を誤魔化すことくらいはできるのだが、ベースが人間なので無理は出てくるのだ。集中力の欠如とかの致命的なのを引っさげて。
なので、こういう時は少しでも睡眠を取るのが正解なのだがまぁたまにはゆらゆら揺られるのもいいだろう。停車ボタンを押したくてウズウズしてるデオンは、見ていて面白いのだし。
「サマナー、何か変な事を考えなかったかい?」
「気にすんな」
「考えていた事の否定はしないんだね」
そんなこんなをしているうちに、停車駅に着く。遡月支部の表向きの顔は、郷土資料館。面白いものはないが何故かそこそこの人が降りていくという遡月市の七不思議の一つとなっている。
「お待ちしていました、花咲千尋様」
顔を認識阻害の仮面で隠す術者の一人が、バス停前に迎えに来てくれていた。わりと至れり尽くせりでびっくりである。
なにせ、こちらはヤタガラスが全力で隠している情報を握っているかもしれないとの容疑者なのだから。もっと手荒に来ると思ってはいた。最悪ガイアーズに逃げ込むかと考えるくらいには。
「こちらです」
「道案内、ご苦労様です」
そうして裏口を通り上に上がったり下に降りたりの一見奇妙な道順で案内された。さすがヤタガラス。手が込んでいる。
『サマナー、彼はどうして真っ直ぐ目的地に向かわないんだい?』
『結界の一種だよ。決められた道順でゲートを通る事が入る条件になってるんだろうさ。ほら、うまく隠してあるけど、天井辺りにMAGが集まってる場所があるだろ?あれが結界の基点の一つだろうさ』
『なるほど、考えられているね』
『情報のない侵入者じゃあ、絶対にたどり着けない秘密の部屋。多分下手打ったら殺されるな』
『だが、サマナーなら逃げる算段の一つでもつけているのだろう?』
『いや、無理無理。準備質も量も違うから。ここまで対策を講じられたらMAG頼りの力技でしか抜けないし、抜いたとしても術者に取り囲まれておしまいだ。どうしようもねぇよ』
『君は、意外と使えないんだね』
『敵が強すぎるだけだっての』
そんな念話をしながら8つ程基点を通り過ぎて行った先に、その部屋はあった。
おそらく、条件を満たさなければ視認すらできない類のゲート。MAG隠しの術式が感知できる。
コレは、大物悪魔がいるな。
『デオン、間違っても斬りかかるなよ』
『わかっているさ。この世界の常識にも多少は慣れたからね』
「この中へどうぞ。私はこれにて」
「案内、ありがとうございました」
そう一礼して、ゲートの中へと入る。
そこには、九つの尾を持った和服の美女がいた。デオンとはまた違う“美しさ”を感じる。傾国の美女とはこういうのを言うのだろうか。
「花咲千尋に、シュバリエ・デオンかえ」
「...あなたは?」
「妾はヤタガラス遡月支部相談役の、キュウビと申す。今日は、そなたらに詰問があってここまで出向いてもらった。何分、封印されておるものでな」
そう言って、美女は足枷を見せてきた。込められた術式は、許可が出るまで力を封じるという類のものだろう。だが、漏れ出しているMAGだけでも先に死を感じさせたシェムハザとやりあえるだろうことが分かる。これが遡月支部の切り札かと思うと、恐ろしい限りだ。
「支部長は来られなかったんですか?」
「アイサは真面目じゃが、それ故に本当の真実までたどり着いてはおらぬ。故に妾と貴様らだけの会話に留めておく事にしたのじゃよ」
「本当の真実ですか...」
「ファントムのシェムハザと会話したのじゃろう?なら、この世界がどうなっているかは大体予想ができているはずじゃ。貴様のような優秀な術者ならの」
「あー、ちょっと違います。海馬雅紀って覚えています?」
その名前であの術の存在を思い出したのだろう。キュウビさんは驚いた顔で俺を見据えた。
「あやつの死は貴様と同じ異界事故...継承の術か!」
「ええ、なんの因果か、魔術師やってた海馬の一族の知識は今、俺の中にあるんです。なので、平成結界の構成から破り方まで全部知ってるんですよ」
「...成る程、あ奴はこの終わった世でも足掻き続けた賢者よ。その知識は失伝したと思っておったが、ここに継承者がおったとは驚きじゃ」
「まぁ、魔法の方はからっきしなんで知識しか使えてないんですがね」
「じゃからこそ、サマナーになったのじゃろう?」
「はい」
「...しかし成る程、海馬が知識を託したのか。それならば安心じゃの。あの偏屈の信頼を勝ち取ることはそれそのものが信頼の証ぞ。うむ、そなたらは大丈夫そうじゃ」
「ありがとうございます」
とりあえずひと段落。だが、イマイチ話についていけてないデオンは俺の方をじっと見つめてきた。ジト目って奴だろうか。
『サマナー、私はそんな大切な事を全く聞いていなかったんだが』
『俺は傷口晒して喜ぶ趣味は無いんだよ』
「おや、そちらの騎士は納得しておらんかったのか?」
「すいません、仲魔にしたのは割と最近でして」
「あと、秘密主義のサマナーのせいでもあるね」
「...デオン、もしかして拗ねてんのか?」
「拗ねてなんかないとも、うん」
「仲が良いのぉ。ではせっかくじゃ、説明してやろう。この国に何があって平成結界などという大結界が張られる事となったのかを」
その始まりは、平成11年の始めの頃。それは世紀末の始まり。西暦という昔の暦で1999年の時だった。
南米大陸東の海上に、小さな黒点が現れたのだ。
始めは、その黒点はただそこにあるだけだった。ただ、生き物を全て分解してしまうという性質を除いて。
その黒点に対処する技術力は当時の人類には無く、傍観しかできなかった。ミサイルの類とて、その黒点には全く意味を成さなかったのだ。
そうして、地獄の一年が始まる。
その黒点が、広がり始めたのだ。ゆっくりと、だが真綿で首を締めるかのように着実に。
命だけを分解する地獄の空間が、かつて地球と呼ばれていた世界を覆い始めたのだ。
「そっから先はわかるだろ?黒点が現れたのは、地球ってので見るとちょうどこの世界の反対側。つまり、その黒点を止める手段がない以上」
「...人々は、最後の楽園を求めて日本へと殺到する。武力すら用いて」
「その通り。それが、楽園戦争。この世界と外の世界との生存競争」
「誠に、度し難い話じゃったよ。なにせ、この国を守ると言っていたアメリカという国が真っ先に日本に対して武力を用いだしたのじゃからな」
楽園戦争が始まってから、日本は孤立無援に陥った。どの国の誰もが、日本という最後の楽園に住み着く事を望んだが故に、その土地に住んでいる人々を殺す事に躊躇いを持たなかったのだ。
たった一年の戦争。全世界の武力と、全世界の魔導が本気で日本という国を奪いに来たのだ。それに対して日本という国が一年もの長い間国を守り続けられたのは、第二次世界大戦時においてすら静観を保っていた皇族が実権を持って動き出したからだ。
現人神たる皇族は、その絶大なる力を用いて、敵国たちの聖遺物や最新兵器を悉く打倒していったのだ。その影にクズノハやヤタガラス、在野の異能者たちさえもがいた事に疑いはないだろう。
それは、牙を奪われて尚守るために訓練を続けてきた自衛隊という者たちを奮起させ、その最後の一兵に至るまで身命を賭して戦い続けた。
そうして稼げた時間が、1年。その時間をもって、日本という国を守る最後の砦は生み出された。
日本でしか通じない平成という年号という呪いを持って防衛地域を限定した大魔術。世界中に散らばっていながらこの楽園戦争のために日本に集まった聖なる盃の欠片たち。
そして、最後の皇族の生き残りの姉妹。その妹の献身をもって、この国に敷設されたのだ。
平成結界という、最悪で最善の結界が。
「生きてる姉さんの末裔が、この前会った真里亞だよ」
「成る程、結界が敷かれるまでの流れは大体理解したよ。だが、それだけではこの国は結局滅んでしまうのではないか?外の世界では未だ、黒点が広がり続けているのだろう?」
「そこもなんとかしようとしたのが、この結界の目的の一つでな。この結界の中はある種の異界になっていて、時間の流れが違うんだ」
「時間の流れ?」
「ああ、この平成結界の中は、外と比べて16倍近い速度で動いているんだ」
「...そうか!今の技術で黒点に対応できなくても、未来の技術ならという事か!」
「その通りじゃ。三百年にも渡り決死隊を送り込んだ結果、その目的も果たされ、黒点の調査を完遂させた。それが、去年の話じゃ」
「それなら!」
「黒点の正体は、世界そのものが世界をリセットしようとしているもので、人間のスケールではどうあがいても防ぐこともできないってクソみたいな調査結果だけどな」
「...ッ!」
戦う相手がいるのなら、この世界の全戦力をもって戦い打倒する。それだけの覚悟が、この結界を作った者たちと、今この国を守る者たちにはあった。
だが、そんなものがないのなら?世界を襲う邪悪などおらず、ただの現象としてこの世界が終わろうとしているのなら?
答えは、どうしようもないだ。
「まぁ、運命だったのじゃろうよ。この世界は滅びる。抗う術はない。それだけのことじゃ」
「...では、結界の更新というのは?なんの目的でそんな事を?」
「単なる延命のためじゃよ。今や平成331年、平成結界も長く保ち続けた。じゃが綻びが生まれておる以上、代替わりが必要なのじゃよ。このままでは結界は崩れ、無為に終わるだけじゃからな」
たとえそれが、逃避に近いものだとしても。そんな事を言外に含ませながらキュウビさんはそう言った。
「少し、話し過ぎたかの」
「いえ、大変参考になりました」
「では、最後に質問じゃ。
発せられるMAGの質が変わった。これまでは爺さんに免じての温情だったのだろう。この殺意じみた意思に対してどうするのか。それが、このキュウビさんが本来見るべき事だ。
なら、正直に言うとしよう。俺の信じる未来の事を。
「今を少しでも長く未来に道を繋ぐ為、道を探し続ける事をもって俺の道とします。この世界は滅びかけているけれど、まだ滅んでない。だから、諦めません。それが那由多の果ての可能性で、たった一瞬の延命だとしても、賭けてみせます」
その言葉にデオンはどこか納得し、キュウビさんはバカ笑いを始めた。まぁ、無茶苦茶言ってる自覚はある。
「...貴様、海馬の記憶を継いでまだ諦めぬと言うのか!アホじゃな!」
アホとまで言われるとは思わなかったが、殺気の類は消えたのでとりあえずはでいいだろう。
そうしてひとしきり笑った後に、キュウビさんは爺さんの最後の記憶と同じ事を言い放った。
「残り時間は8年、外の時間で半年じゃ。もはや大陸は飲まれ、残っている大地はこの日の本しかない。道を見つけ出せるとは思えんが、それでも足掻くのが人の子というものじゃろう。気張るが良い、花咲千尋」
その言葉をもって、俺たちのとりあえずの生存は認められたようだ。
「あぁ、シュバリエ・デオンは残れ。貴様には別口で聞きたいことががある」
「サマナー、どうする?」
「何も取って食おうとされてる訳でもねぇだろ。表で待ってるから好きに話してな」
そんな言葉を最後に、俺はその部屋を去った。
『やばかったら念話しろ。バルドルを突っ込ませる』
『ありがとう、サマナー』
そんな念話を残しながら。
「さて、要件はわかるの?」
「いえ、あいにくと」
「とぼけるでない。貴様、アウタースピリッツじゃろ?」
「...はい。ですが、人に危害を加えたりするつもりはありませんし、私の存在が結界に影響を与えるという事もないそうです。サマナーが正しければ、ですけれど」
「そこは良い。結界に影響を与えるのはアウタースピリッツではなくあくまでそれが発する魔力じゃ。造魔と化している貴様には関わり合いはないじゃろうよ。じゃが、汝らアウタースピリッツに刻まれた
「
「玄奘三蔵が命がけで示してくれたのじゃよ。今際の際の魂を、気合いで保ち続けることで解析を進めさせてな」
「貴様らアウタースピリッツには、一つの
「...その、
その答えは、考えていた以上の最悪のものだった。
一つ、サマナーに隠しておきたい事実ができた。
サマナーに危害を加える程度のものならきっと彼は受け入れてしまうだろう。しかし、それ以上の事ならきっと彼は躊躇わない。だからこそだ。こんな世界でも優しさを失っていない彼にとっては、きっと傷になるから。
その時がいつ来てもいいように、自ら命を絶つ覚悟だけはしておこう。そう思った。
「よ、終わったか」
「ああ、アウタースピリッツについて少し教わってきた。度し難いね」
「まぁお前はお前だ。気にしなくていいだろ」
「少し、適当すぎやしないかい?」
「だって肉体を持ったアウタースピリッツなんざ他に例はないんだぜ?比較しようにもできないんだから、出たとこ勝負しかないだろ」
「そんなものかな」
「多分な」
デオンの表情は、暗かった。というか、暗いのを隠しているような顔だった。この短い付き合いでもそれがわかるのは、きっとデオンの根が真っ直ぐすぎるからだろう。
なら、仲魔のケアがてら少し寄り道ををしよう。
「ただ帰るのも味気ないし、郷土資料館見てこうぜ。この世界の歴史を知ったデオンなら、割と面白く見えると思うから」
「...そうか、320年の戦いの歴史の証になるのか」
「そうだよ。そんなに長い間、頑張り続けた人の歴史の一端だ」
「それは楽しみになってきたね」
そうして、デオンとともに寄り道をする。帰る分には結界を通る道順は適当でいいので楽なものだ。
郷土資料館は、そこそこ綺麗にされていた。まぁ、受付の人がこっちに人が来たことに驚いて読んでいた本を落としたのは些細なハプニングだろう。だいたい依頼の後始末とか事情聴取は裏の方に回るからなー。
「この街、遡月というのは後に名付けられた名前なのか」
「ああ。爺さん、海馬の魔術師の記憶によると、楽園戦争の時にこの街を守ったのが遡月って家だったらしくてな。しかも平成結界敷設にも力になったって話だ。その功績を忘れないように、この街には遡月って名前が付けられたんだよ」
「なるほど、やはり街にも歴史はあるものだね」
「もう300年前のことだから、伝説じみてるけどな」
「これは、この街の模型かい?」
「ああ。ほら、ここがウチの事務所な」
「本当だ。私の生きていた時代にはここまで精巧なものはなかったからね、なんだか巨人になった気分だよ」
「ちなみにここでも豆知識。この街に沢山ありすぎるクレーターあるだろ?」
「ああ。だが、埋め立てられていないのを見るに、これも何か事情があるのかい?」
「これ、当時の遡月のサマナーが外の世界の軍勢と戦った戦闘跡。極大魔法が飛び交うイカれた戦場だったらしくてな。潜在MAGの暴発とかが怖いからヤタガラスが時間かけて調律してたんだよ」
「それで小さいのが残っているのか。大きく、影響のあるものから処理していったから」
「そういう事。まぁ、時間経ったしMAGも自然に散っただろうからこのクレーターだらけの都市も見れなくなるかもしれないけどな」
「残り8年でかい?」
「そこなんだよなぁ。ぶっちゃけ今の国の方針って黒点対処に全振りだったのがなくなったせいでふわふわしてるしなー。最低限の衣食住を保証してのみんなでのんびり死のうぜ!な政策にシフトしてもおかしくないんだよ。まだ夢も希望もないからな」
「この世界を束ねる政府は、そこまでなのかい?」
「みんな命懸けで一致団結してたのが無くなっちまったからな。これからどうしていいかお偉いさんもわかんないんだよ」
二人だけしかいない資料館をてくてくと回っていく。この世界、日本という国に慣れてきていてもやはりフランスという亡国に心を置いているデオンであるが、だからこそこの歴史の積み重ねに心を動かされていた。
「サマナー、ここにあるものに時々異国のものが混ざっているように見えるのだが、それは何故だい?」
「異国のもの?」
「ここにある懐中時計や、さっき見た軍刀などだね。軍刀は私から見ても年代物だが、イギリス軍が採用していたものに見える」
「あー、それは多分文化の合流が原因だな」
「文化の合流?」
「ほら、この世界に平成結界が敷かれたのって戦時中だろ?当然いろんな人にこの世界の大地に踏み込まれている訳だ」
「...その時日本に寝返った外国人が残したものか」
「そ、まぁ寝返りざるを得なかったんだけどな。外との通信はほとんど絶たれた訳だし、大型核ミサイルによる援護だってこれから自分たちが住む場所を汚すわけにはいかないから撃てないし。踏み込んだ奴らは自己判断で生き残る為の道を選ぶしかなかったんだよ。それが、この世界にちょっとだけでも他の国って奴の文化が残っている理由だな」
「国を裏切る決断か、苦渋のものだっただろうに」
「それでも、この世界はそれを受け入れた。最後の楽園で生きる仲間として」
「...それだけは、少し救いだね」
「さて、どうだった?この世界の片隅の資料館は」
「思っていたよりも面白かったよ。君の説明があったからかな?」
「それなら良かった。ま、俺の知識ってほとんど爺さんのものだから俺が威張れはしないんだけどな」
「その爺さん、海馬雅紀さんの事、聞かせてくれないか?」
「...凄い魔術師だったよ。決死隊の報告を聞いて、それを確かめる為に平成結界ギリギリまで...」
「違う、君が見た、君の話をして欲しいと私は言ったんだ」
「...それじゃ、あんまり語れる事はないぞ。たった3日しか俺と爺さんとセミラミスの道は交わらなかったんだから」
「それでもいい、君の話を聞かせて欲しい」
「んじゃ、散歩ついでにな」
どうにもこの真面目な騎士様はまた何かを抱え込んだようだ。
その助けになるかどうかはわからないが、まぁ話すだけならタダだ。外回りのついでに済ませよう。
郷土資料館を出て、大回りにパトロールのルートを設定し所長に報告する。ヤタガラス支部の近くとはいえ、小さな異界は足で探さないと見つからなかったりするのだ。成長して手がつけられなくなる前に見つけられるととても良い。だからフリーのサマナーは皆、暇を見つけてはパトロールをするのである。
大きい異界討伐と小さい異界討伐にヤタガラスからの報酬に差が無いというのも理由といえば理由だが。
「それで、爺さんの話だっけ」
「ああ」
「爺さんはなんていうか、クソ爺だったな」
「恩人にいきなりソレかい⁉︎」
デオンはいきなりの事に驚いているが、実際そうなのだ。自分が一般人であった事を仮定して自分の食らった術式を逆算すると、恐ろしい事実が浮かび上がってくるのだから。
「俺さ、初対面の時に殺されかけてんだよ。爺さんの手持ちのMAGがないって理由で電池にされてさ」
「それは...うん、酷いな」
「その時に覚醒したのが今の俺。覚醒してなきゃ悪魔の餌だったな、うん」
九死に一生の綱渡りの始まりが席選びでエコノミーを取る事とか予想できなくて笑えるレベルである。
「まぁ運良く覚醒できて、ちょっとだけの手ほどきを受けて俺は爺さんと共にこの世界の裏側に踏み込んだ。でも、それから先も新人で雑魚だった俺の事を何も考えないクソっぷりでな。雑魚なりの立ち回りができてなかったら多分悪魔のついでに殺されてたわ」
「...それで?」
どこか優しい表情で、デオンは先を促す。まぁ、言葉の端々に出てしまうのだろう。殺されかけてたりしたが、なんだかんだで俺は爺さんの事を嫌いになれていないという事を。
先人として、恩人として、本当に尊敬しているのだという事を。
別段隠す事でもないので良いか、なんて事を思い話を続ける。
「それから色々あって、俺とカラドリウスと爺さんとセミラミスで防衛戦をする事になったんだよ。そんときの事は、まぁぶっちゃけ良く覚えてない」
「恐怖体験というのは、結構記憶に残るものじゃないかい?」
「恐怖っていうか、怒りに我を忘れてたってのが正しいな」
「サマナーがかい⁉︎」
「そ、一応人の情が真っ当に残ってたころのことなんで」
「すまない、そう言う意味で驚いた訳ではないんだ」
「いーんだよ。俺が冷血野郎なのは自覚してるから」
自覚しているが、冷血野郎と思われるのはちょっと傷つくのだ。いや、そう思われるような行動を取っている自分が10割で悪いというのはわかっているのだが。
まぁいい、話を進めてしまおう。
「けど、怒りに我を忘れてても俺は結局雑魚でしかなくてさ。出来ることは悪魔の落としたアイテムを使うことと、カラドリウスで治療をする事、あとは爺さんのMAG電池係くらい。雑魚すぎて笑えるよ本当」
「サマナー」
「わかってる、感傷だよ。あの時もっと出来ることがあったらって思わない事はねぇんだよ。結末は、変わらないだろうけどさ」
実際、わかっているのだ。あの時の俺が状況に与えた変化など10か20くらい。今の俺が行ったとしても1000程度だ。対して状況自体の大きさは1万は軽く超えていた。
それこそ、伝説の葛葉ライドウくらいの超人でなければあの状況はひっくり返せなかっただろう。
「けど、そんな俺の事を見ててくれたんだよ、爺さんは」
「それだけで、救われてた。最後の一線を踏み外さないで済んでた。不思議なもんだよな」
「だから、恩人なのか」
「ああ」
「俺の生き方を変えてくれやがったクソ爺だけどさ」
そんな言葉を言い訳のように残した。
「はい、終わり!パトロールに集中するぞ。即金とはいかないが、金のためだ。見落としはしない」
「...サマナーが諦めないと決めたのは、彼に報いるためかい?」
「...終わりだって言ったろうが」
「すまない。けれどこれだけは聞かせてほしい」
デオンは、真っ直ぐに俺の目を見てきた。ただ、誠実に。この目に嘘や誤魔化しは無礼どころじゃない。だから、しっかりと胸の思いを返そう。
「悲しい事にそんな理由で生きる道を決められるほど俺は義理堅くはないんだよ。ただ、俺が生きたいだけだ」
「胸を張ってさ」
その言葉に「ありがとう」と一言言ってデオンは何かを考え込み始めた。
コイツの抱え込んだ何かは、少しは楽になっただろうか。
予定していたパトロールルートを巡り終わると、夕暮れ時となった。
ちょうど丘の上の住宅街に来ていたため、夕暮れが綺麗に見える。少し得した気分だ。
「...サマナー、この夕暮れも作られたものなのかい?」
「ああ、そうだ」
本物の太陽は、今どこにあるのかはわからない。今俺たちを照らしているのは平成結界の作る偽りの太陽だ。これは、日本という国をベースに異界を作ったが故の副産物である。気候や気象などが、平成12年の日本のものを再現され続けているのだ。
ちなみにこれは狙って作ったものでないあたりが本当にギリギリだったのだなぁと思わせたりもする。
「偽物だらけだね、この世界は」
「だから、たまに混じる本物が際立つんだよ」
「例えば?」
「こうして夕暮れを綺麗だと思う心、とか?」
「...そうだね。作り物でも、綺麗なものは綺麗なものだ。それでいいのかな」
「いいんだよ。多分な」
ふと、デオンを見る。デオンは夕暮れを見て、ふとこんな言葉を零した。
「サマナーは、僕が道を違えた時、僕を殺してくれるかい?」
そんな馬鹿な問いかけを。
「それでお前の心が安らぐなら、約束するよ」
「ありがとう、サマナー」
その儚げな雰囲気は、まるで死地に向かう者のようであった。
だが、あいにくとそんなのはこの騎士には似合わない。
この真面目な騎士は、誇りを持って凛と立っていないとしっくりこないのだ。
だから、その約束の前に前提条件をつけよう。
「だけど、その前に止めるからな?俺の勝ち筋って割とお前に依存してるから、お前に死なれるとかなり困る。それに...」
「...それに?」
「お前と一緒にフランスって国を見に行かないといけないからな」
その言葉に、デオンはハッとしたようだ。
それは、なんでもない日の何気ない約束。ほとんど不可能と決まりきっているにもかかわらず、それを守ると口に出して言う事。
それは、覚悟だ。
コイツを一人で死なせはしない。どうせ目指すなら、共に生きる道を目指す。そんな覚悟。
「約束を守るのが、
「...馬鹿じゃないのかな、君は」
「馬鹿の方が人生楽しいからな」
その言葉で、デオンも少し吹っ切れたのだろう。凛とした空気が戻ってきた。
「...うん、僕と契約したのが君でよかったよ。サマナー」
「そりゃありがとう。じゃあ、契約を本契約に更新するか?」
「...うん、決めたよ。私が私である最後の時まで、君の騎士である事を」
「すまん、冗談のつもりだった」
「僕は本気さ」
「もちっと自由を満喫してもいいんだぜ?」
「君の騎士になると、僕の自由で決めたのさ。反論は受け付けないよ」
その凛とした空気に、コイツはもう大丈夫だと感じられた。
なら、命くらいは預けてもいいだろう。今までよりも、深く。
「俺は、
「私はシャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモン」
「「ここに、契約を結ぼう」」
契約の形は、ただ名乗り合うというもの。
その後の握手は、ただの流れ。意味なんかない。
それでも、魂が今までよりも深く繋がった事が感じられる。きっとこれが、信頼なのだろう。
「痛ッ⁉︎」
「サマナー?」
「なんか、手の甲に...なるほど」
そこには、セミラミスとの契約の際に現れた、令呪という聖痕が現れていた。
「これが、契約の証かね?」
「そうみたいだ。...まるで、鳥のようだね」
「片方翼消えてるけどな」
「いいじゃないか。片翼では飛べないから、仲魔を頼るんだろう?」
「上手いこと言うな。でも、確かにそれらしいし、俺らしい」
なんとなく、夕暮れに令呪の宿った右手をかざしてみる。
消えた一枚の翼が、あの日の無力さを思い出させる。でも、歩き出すためにこの力はきっと必要になる。割り切っていこう。
「じゃあ、改めて。これからよろしくな、デオン」
「こちらこそ、よろしく頼むよサマナー」
とりあえず、皆の分のケーキでも買ってから帰るとしよう。
「所で結局お前って男なの、女なの?」
「それは秘密という事で」
その日、夢を見た。
華族の着るような豪華な服を着る人々の中、軍服を着ている自分/デオン。社交界では、遠巻きにされずっと笑われてきた。男でも女でもない半端者だと。
そんな自分/デオンに対して、白百合の女王は美しい青いドレスを贈りながら言った。
「あなたが本当に着るべきものを贈ります、わたしの素敵な騎士へ」
その言葉の暖かさから、騎士として必ず彼女を守ると誓った。
そんな場面で眼を覚ます。今のは、契約が深く刻まれたことによる記憶の流入だろう。白百合の女王の存在だって、正直アレには勝てないと思うがそれだってどうでもいい。
「...俺は、狂ったのか?」
鏡を確認するも、そこにあるのはきちんと自分の顔だ。少なくとも俺の顔は正常だ。俺の頭もおそらく正常だ。
なら、アレは何だ?何を見た?
「...調べなきゃならない事がまた増えた。時間無いんだから余計な手間被せてんじゃねぇよ畜生」
海馬の魔術師の知識から、平成結界の効果は把握している。故に、この現象は結界の効果外なのはほぼ間違い無い。結界の効果だとしたらそれは誰かが意図的に悪意を持って加えたものだろう。何かの為に。
目、耳、鼻、口、それらが顔についている器官なのは知識としてある。だが、今の自分たちが見ているものと過去のデオンの記憶のもの、正しいのはデオンの記憶のほうだろう。ということはこの世界で俺たちが個体を認識する為に見ているものが、根本的に平成以前とは異なっている可能性?何のために?
「クソ、意味がわからない事しかわからねぇ。朝っぱらからんな事させんなよ畜生」
答えは謎のまま、時ばかりが過ぎていた。
説明&デート回。と見せかけて特大の伏線というか地雷仕込んで次話に続く!
爆発するのはもう少し先なのでお待ち下さいな。
あ、感想欄での質問疑問反論はドシドシ下さい。気をつけているつもりですが、作者が描写ミスってた可能性は捨てきれてないので。
調整平均8.9とかいう作者的にはヤバイ数字出しているこの作品の評価について、評価機能がどれほど使われているのかの個人的興味からのアンケート。暇な時にでもどうぞ。
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