県立遡月学園、それが俺の通っている高校の名前だ。
ごくごく一般的な普通の公立高校である。とは実の所言い切れない。何故ならこの学校、俺と同世代の裏の関係者が全員通うというミラクルを起こしているのだ。
「やぁ、千尋くん。元気かい?」
「内に秘める嫉妬の炎とサイフポイントに余裕がない事を除けば元気だよ、西条」
「...今度は何を失敗したんだい?博打?麻薬?マネーロンダリング?」
「人聞き悪いこと言うな馬鹿野郎。合法だよ」
だからこそ解せないと言うところはあるのだが。
昨日、護衛任務が終わってすぐにデオンの服を買いに行った。認識阻害の札を使えば白衣オンリーというロックな格好でも怪しまれないというのはありがたかった限りである。
その札の効果で最低限の服を揃えて私服を探しに歩き回ったところ、奴は恐ろしい事をしでかした。
なんと、男物の服と女物の服、どちらも買い揃えやがったのである。
流石に少し値段は抑えてくれたが、それでもお洒落な服というのは金がかかるもの。出費がかさんで仕方がない。
その上、男物の服を着てからの奴の行動はまさに紳士だった。右に迷子がいれば助け、左に老婆がいれば手を貸し、女子高生に逆ナンされれば快く応じて写真を撮る事を許すのだ。
何という紳士的ムーブ。見た目で俺に勝っているくせに中身も完璧とかやめてくれ。
「君と私は違う。比べても仕方ないよ?」とは本人の談ではあるが、彼女のいないフツメンとしてはやはりイラつくのだ。
駄目だ駄目だ、頭を切り替えろ。過去の事を思い出して自爆してどうする。
「んで、西条。そっちは今どんな感じだ?」
「...まぁ、ぼちぼちだよ」
「何その露骨に何かあるって言い方。気になるだろうが。」
「んー、ちょっと調査が上手くいっていないんだよ。」
「そりゃお気の毒に。でも調査系の仕事はぶっちゃけ運だぜ?気にすんな」
「ありがと。でも君、探偵として名前が売れてきてるじゃん」
「そりゃ、その手の仕事では仲魔を使ってズルしてるからな」
「流石異端、何でも使うね」
そんな会話と共に予鈴が鳴る。もうすぐ授業の始まりだ。
「ま、どうしようもなくなったら浅田探偵事務所を頼れ。力になる」
「ありがとう。でも、被害者も出てないしもうちょっと自力で頑張ってみるよ」
そんな会話と共に、別れて席に着く。さぁ、しっかり学ぶとしよう。
放課後、クラスの連中と別れて家に戻る最中、念話が繋がった。
『もしもし、サマナー。聞こえているかい?』
『どうした、デオン。何か問題でも?』
『いいや、生前このような術の類とは縁がなかったものでね。練習しろと所長さんに言われてるんだ』
『確かに、焦って失敗したら笑えないな』
『だろう?』
『ま、俺も今から帰りだ。ぐだぐだ念話しながら事務所に向かうとするよ』
『そうか、それではグレムリンのチーズケーキとカラドリウスのとちおとめといういちご。あとは所長さんへのケーキを忘れないようにね』
「...あー、出費がかさむなぁ」
というわけで、懇意にしているスーパーとケーキ屋に途中で寄る。
ケーキ屋は、俺が元々バイトしていた所であるため、行くとちょっとサービスしてくれるのだ。店長にはマジで頭が上がらない。
「お疲れ様です、ケーキとか買ってきました」
「おー、よくぞ来たね千尋くん。ちょうど一件依頼が来た所だよ」
「...どっちのですか?」
「探偵のさ」
事務所の奥に入ると、そこには20代前半に見える青年がいた。大学生だろうか、スーツなどは着ていない。
「はじめまして、この探偵事務所で働いている花咲千尋と申します」
「...俺は
所長に手続きとかは終わったんですか?と目で合図すると、終わったよと帰ってきた。なら、早速取り掛かるとしよう。
「では、特徴を教えてください。できれば写真などがあると嬉しいのですが」
「これが彼女の写真だ。名前は
「家族構成は?」
「今、彼女は一人暮らしだ。それで察してくれ」
「...どういったご関係で?」
「それは、答えなくてはダメか?」
「...あなたが、神野さんの情報を悪用しようとする人の可能性もゼロではありません。なので一応聞いておこうかと」
「...話したくない。だが、害意は持っていない」
「...わかりました。では、連絡先などは知っていますか?」
「ああ、この番号だ。だが、知り合いが何度連絡しても答えなくなったんだ。だから心配になってこうして人探しを頼みに来た」
「住所は?」
「...あいにく、分からん。連絡を密に取っていた訳ではないんだ。彼女の母親が死んだことすら、ニュースで知った程だからな」
とりあえず、今ある情報からは、神野さんとやらを害そうとする意思は感じられない。この依頼、受けても良いだろう。
「では、今から調べはじめてみます。十文字さんはどうします?」
「どうする、とは?」
「調査に同行するかという事です」
「...いや、やめておこう。俺の事を、彼女は覚えていないだろうからな」
「わかりました。では報告は書面かメールにて。デオン、行くぞ」
「ああ、わかったよチヒロ」
デオンは優雅に、俺はふつうに一礼して事務所から出て行く。連絡先は所長が交換済みだという事なので、さっさと動くとしよう。
まず、調べるのは星野海中学だ。あそこの職員室を覗けば住所と現在の状態の二つの情報が手に入るのだから。
バスで移動して10分、近場で助かる。
「それで、これからどうするんだい?サマナー」
「もちろん、仲魔の力を使う。出番だ、グレムリン!」
スマートウォッチから展開される魔法陣。その中から、邪鬼グレムリンが召喚される。
「知性派のオイラを呼び出すとは、また頭を使う仕事かい?」
「ああ、あそこにある星野海中学のサーバーにアクセスしてくれ。神野縁という女生徒の情報が知りたい」
「オッケー任せて。と、言いたいところだけど。サマナー、わかってるよね?」
その言い方に若干イラッとするも、表情には出さずストレージからチーズケーキを取り出す。
「ほら、前の仕事の報酬だ」
「うっひゃっほい!流石サマナー話がわかるぅ!」
チーズケーキをしっかり味わって食べてから、グレムリンは自身の体をマグネタイトに分解し、電波に乗って学校へと飛んで行った。
「成る程、グレムリンは機械を狂わせる悪魔。こういった任務はお手の物という事か」
「ああ、役に立つ奴だよ。じゃあ俺たちは聞き込みだ。何か変わった事があるかを調べるぞ」
「...ただの人探しの依頼ではないのかい?」
「サマナーネットの情報なんだが、どうにもあの星野海中学付近で悪魔の出没が見られてるらしいんだ。被害が国に上がっていないから噂レベルだけどな。でもとりあえず関係があると見て動いておくべきだ」
「成る程、理解したよ。所で、どうして所長さんが依頼に出向かないんだい?学生の君より上手くやると思うんだけれど」
その質問に、一瞬固まる。確かに、客観的に見れば探偵業を学生の俺が主導するのはおかしいだろう。だが、しかし...
「所長はな...致命的に探偵に向いてないんだよ」
「...そ、そうなのか」
「誰しも弱点はあるって事だよ、悲しい事にな」
衣服の確認。遡月の学生服に乱れなし。
「じゃ、デオンはここから不審な動きをしている奴がいないか見張っててくれ。俺は聞き込み行ってくる」
「任せてくれ。お手並み拝見とさせてもらうよ」
「すいません、ちょっとお話良いですか?」
「はい、大丈夫ですけど...」
「俺は花咲千尋、探偵事務所でバイトをしている者です」
「...何かあったんですか?」
「いえ、単なる人探しの依頼です。小学校の同窓会を開きたいのに連絡がつかない子がいるらしくて。神野縁さんという子なんですけど...」
「...すいません、心当たりは無いです」
「いえ、わざわざありがとうございます」
『ダメだったじゃないか、サマナー』
『今の子の校章を見ろ。赤色だった。んで、生徒全体を見たら赤、青、緑の三色の校章がある。つまり、赤は2年生の校章じゃないって事だ』
『...成る程、色々と考えているんだね』
『なんかディスられてる気がする』
『褒めているつもりさ、これでもね...待った、妙な動きをしてる女生徒がいる。右前方の茶髪の子だ』
『流石英雄、良い仕事だ』
その茶髪の子に近づいてみる。校章の色は緑だ。怯えているのか?
「すいません、ちょっと話を伺っても良いですか?」
「ち、近寄らないでください!」
声をかけると、大声で叫ばれた。これは、情報を抜き取るにはちょっと小細工が必要になるな。
『即興芝居、俺が悪者でお前がヒーロー。どう?』
『それは楽しそうだ。彼女の心を掴み取ってみるとしよう』
『ま、お前なら演技しなくても立ち振る舞いだけで落とせるかも知れないけどな』
打ち合わせは終わった。デオンの移動速度を考えてちょっとゆっくりめに彼女に近づく。
「別に、取って食おうってんじゃない。ちょっと話を聞かせて欲しいだけなんだ」
「例えば、どうしてそんなにも怯えているのかについてとかな」
「お前が怯えているのは、お前が神野縁の件に関わっているからだ」
「それがどんな事かは、まだわからない。だが、ただ事じゃないってんだろう?」
「話を聞かせてもらう。だから、俺と」「そこまでにするべきだ、悪漢」
狙ったようなタイミングでデオンが俺と少女の間に入る。それだけの動作でも凛とした空気が伝わってくるのは実に王子様らしい。まぁ、多分それは素だろうが。
「彼女は、怖がっている。それは、君に対してだ」
「関係ないお前は黙ってろ」
「いいや、黙らない。僕は、僕が正しいと思うことをする。」
『俺ちょっと右に逸れるな』
『愛の逃避行をしろと?』
『似合うじゃねぇか紳士サマ?』
「君がこんな悪漢と付き合う必要はない」
「...え、でも」
「いいから、さぁ、行こう!」
デオンが少女の手を取って俺の横を通り過ぎていった。少女の顔には安堵の表情があった。ならあとはデオンの手管でどうにでも情報は抜き出せるだろう。
追いかけようと迷う仕草をした後、渋々といった感じで聞き込みに戻る。ターゲットは緑色の校章を付けている生徒だ。もっとも、大当たりを引いてしまった以上それよりも大きな情報は得られないだろうが。
「大丈夫かい?
「?...はい、なんとか」
「あの悪漢は撒けたようだ。安心してくれ」
その言葉に緊張が解けたのか、彼女はほっと一息をついた。
「私はシャルル、君は?」
「私は...サツキと言います」
「...そうか。サツキ、とりあえず家まで送ろう。あの悪漢とまたカチ会う可能性はゼロじゃないからね」
「ありがとうございます、シャルルさん」
「何、これでも紳士たれと言われて育ってきたからね。これくらいは当然さ」
彼女をエスコートしながら、たわいのない会話で緊張をほぐす。その甲斐もあってか、彼女は十分に私を信用してくれたようだ。
「ここが、サツキの家かい?」
「はい。わざわざ送って頂いてありがとうございました」
「じゃあ、私はこれで...と言いたいが、駄目だ。やはり君を放っておけない」
「シャルルさん?」
「聞かせてくれないか?君に起こっている事を。僕は、君の力になりたいと思っているから」
「...どうしてですか?」
「女の子は、笑っている方がいい。だからだよ」
その言葉に込められた真摯な思いに、少女は心を動かされた。見ず知らずの自分に手を差し伸べてくれる運命の王子様。そんな風に見えてきたのだ。
だから、縋ってしまったのだろう。
「...正直、荒唐無稽な話なんです。信じてもらえないかもしれません」
「構わない、言ってみてくれ。それだけで肩の荷は降りるものさ」
「吸血鬼って、信じますか?」
グレムリンの仕事が終わり、神野縁の住所を手に入れた俺は聞き込みを切り上げてそこに向かうことにした。中学校から徒歩5分。私立に関わらずこの近さは、なかなかに楽しかろう。友人の溜まり場になっているとの事だ。
だが、神野縁はここ2日学校に来ていないらしい。その事を心配して見舞いや電話による安否確認を行ったが繋がらないとか。
神野の保護責任者をしている人も連絡がつかないとの事で、警察沙汰にするかどうかといった所なのだそうだ。
アパートの周囲を確認する。監視の目はない。周囲の目もだ。
それならば、ちょっと不法侵入と行かせてもらおう。
「サモン、モコイ」
マグネタイトで体を構築する悪魔は、悪魔召喚プログラムにて召喚を行い現世に肉体を固定するまでは霊的存在だ。だから、MAGコーティングされていないアパートのドア程度ならすり抜ける事ができる。これぞ悪魔召喚プログラムのちょっとした応用、透過召喚である。
ガチャリと、鍵の開く音がする。モコイはうまくやったようだ。
「サマナー、弱いけど悪魔の気配がするよ。気をつけて」
エネミーソナーを確認する。コンディショングリーン。マグネタイト量の少ない雑魚だ。そう大した相手ではないが、念のためP-90を取り出しておく。
「モコイ、先行」
「また僕はそんな役回り。悲しいね」
とか言いつつしっかり命令を受けてくれるあたり、コイツはなかなかの仕事人だ。しっかりと報いてやらねば。
MAGの波長から周囲を感知するオートマッピングアプリ“ネオ・クリア”によると、この部屋は2LDK。一人暮らしには大きすぎだ。近いうちに親でも亡くしたのだろうか。それが原因で悪魔に魅入られた?...可能性としてはなくはない。
ゆっくりと奥に進み、手前の部屋のドアを開ける。そこには、締め切られた部屋で布団に包まって怯えている誰かの姿があった。
「神野縁か?」
「...来ない、で!」
俺が誰かということよりも俺の心配を優先するのか。大した根性だ。根が良い子なのだろう。
だが、エネミーソナーの反応と位置から察するに、彼女は悪魔だ。人を喰らい弄ぶ者。警戒は解けない。
そんな時、デオンから念話が届いた。
吸血鬼、それは血を吸って人を喰らい、眷属を増やす邪悪の者。それはフランスでも日本でも変わらないようだ。
「サツキ、君の見たことを正直に言ってくれ。僕はそう言った怪異について詳しい。きっと君の力になれる」
「シャルルさん...」
どこか悲痛さを感じる彼女の緊張を優しく解きほぐす。大丈夫だと。
「私、見たんです。吸血鬼が神野さんを襲っているところを」
「...神野という子は、生きているのかい?」
「わかりません。吸血鬼が、人の血を吸うのは眷属を作るためだって聞いたことがあります。だから、あのとき立ち上がったのは神野さんじゃなくて化け物なのかも知れなくて、今も誰かを襲っているかも知れなくて!でも、警察に言っても相手にしてくれなくて!」
熱くなるサツキの頭を、優しく撫でる。
「大丈夫だ。私がいる」
「シャルルさん...」
「神野という子が吸血鬼かどうかは、今の私には断言できない。もしかしたら死にかけた恐怖で家に閉じこもっているだけかも知れないしね」
「...そうなんですか?」
「ああ、きっとそうだ。なにせ、吸血鬼に成ったのなら見ていた君が生きているはずないからね。だからきっと大丈夫さ」
「...大丈夫じゃなかったら?」
「なんとかするよ、私たちが。私は、白百合の騎士だからね」
『サマナー、聞こえるかい?』
『ああ、だが手短にしてくれ。こっちも立て込んでる』
『この街に吸血鬼が出た。神野縁は噛まれた被害者だ。彼女の友人が、それを見ていたんだ。もっとも、誰も信じてはくれなかったようだがね』
『...なるほど、成ったのか。情報感謝だ。急ぎでこっちに合流してくれ』
警戒をしながら、彼女にゆっくりと近づく。
彼女は言った、「来ないで」と。つまり、彼女は俺を恐れているのではなく、俺を殺してしまう事を恐れているのだ。世が世なら聖女にでもなれそうなメンタリティをしているな、この子は。
そして、そんな反応をするということはまだ
「俺は、
「デビル、サマナー?」
「ああ。信じてくれとは言わない。けれど、話くらいは聞いてくれ。対価は前払いでくれてやる」
そう言ってから、蓋を開けたMAGアブゾーバーを彼女の方に放り投げる。吸血鬼の吸血衝動の根幹は、マグネタイトの不足だと聞いたことがある。なら、他の手段でマグネタイトを与えれば、その衝動は押さえ込める。
例えば、周囲のマグネタイト濃度を上げることとかで。
「...少し、楽になりました。魔法か何かですか?」
「それは秘密。さて、確認だ。親からの指令は来ているか?...ああ、お前を吸血鬼にした奴って意味だ」
「...頭の中に、人を食らって力を付けろって声が常に響いてます。それが指令なのならそうです」
「...それを気合いで押し留めてるって訳か。大した奴だな、神野さんは。じゃあ提案だ。神野さんを吸血鬼にした奴を仕留める策が俺にはある。でもその為には神野さんの力が必要だ。協力してくれないか?」
「そうしたら、私は人間に戻れるんですか?」
「いや、わからない。でも、君みたいに吸血鬼に人生を狂わされる奴を出なくさせる事はできる。後はまぁ、吸血鬼なりに人と暮らしていける方法を提供することもできる」
「...わかりました、協力、します」
「じゃあ、ちょっと準備があるからしばらくゆっくりしていてくれ。狩は、夜からだ」
サツキさんとやらから情報を抜き取ったデオンと合流してから数時間、さまざまな下準備をしてから神野さんを拘束する。
事前に説明し了承を貰っているとはいえ、女子中学生を縛るとかちょっと興奮しないでもない。いや、俺の中の理性がそんな不埒なことは許さないが。
「さて、やるぞ。暴れても大丈夫だ。こっちのデオンは腕利きでね、君が全力で暴れても無傷で抑え込むくらいはやってのける」
「大した信頼だねサマナー。ならば答えてみせよう。白百合の騎士の名にかけて」
「わかりました、お願いします!」
悪魔召喚プログラムをどっかの天才が解析して作り出した魔法陣展開代行プログラム。それの中心に神野さんを置いて術式を起動させる。
術式の内容はシンプル。マグネタイトの伝達ラインを辿るというものだ。神野さんと吸血鬼が霊的に繋がっているのは明らかである。
なら、それは死にたいと言っているようなものだ。
「うわ、本当になんの障害もなく辿れちまったよ。神野さん、体調はどうだ?吸血鬼からのカウンター指令とかはあるか?」
「いえ、大丈夫です」
「なら、私の出番はなさそうだね。楽でいい」
「ああ、俺たちの仕事は達成される。なにせ、本業の悪魔殺し達が親を殺しに行っているんだからな」
「お前の探してる相手って、吸血鬼だろ?」
そんな一声が、彼から届いた。
自分は、調査系の任務をしているとしか零していない。にもかかわらず彼はそうだと断定してきた。吸血鬼の親を見つける術式の準備が整ったなどとのたまって。
「それが、罠の可能性は?」
「かなり低いが、ゼロじゃない。でも、罠なら罠でいいだろ。テンプルナイトなら罠ごと食い破って吸血鬼を殺すなんて訳ないんだから」
「...否定はしない。けれど仲間を無駄に危険に晒すつもりはないよ」
「無駄じゃない。テンプルナイトが罠にかかれば逃したとしても吸血鬼の存在が白日の元に晒される。そうなりゃ後は誰かが殺すさ。なにせ敵は、コソコソ隠れてMAGを集めているだけの小物なんだから」
「...わかった、支部長にはそう報告しよう」
そんな会話のあと携帯に入った連絡から、テンプルナイト本部に情報を伝達する。
よーいどんで戦えば彼を倒せる自信はあるが、こういった手管については一生叶う気がしない。契約からの逆探知など、熟練の術者でも手こずる大儀式なのに彼はあっさりと成功させてみせた。
これが、彼の強さ。力ではなく知恵と知識で戦う人間の力。
彼が異端の騎士の元で働く
「吸血鬼は、西地区の4-8の廃ビルに移動したようです」
「なるほど、大した術師だ。いいツテを持ったな、誠」
「はい、そう思います」
とはいえ、彼がサマナーである事は話せない。今の世情により黙認されているとはいえ悪魔使いはやはり異端であり、粛清される対象だからだ。
吸血鬼、アルバート・ペッツは焦っていた。
自分はまだ、この街では死人を出してはいない。きちんとマグネタイトを残し、
自分を辿る糸など、ないはずだ。
「クソッ、クソッ、クソッ!アイツは何をしている!せっかく俺が高貴なる種族にしてやったのにちっとも役に立ちやしねぇ!」
しかし、嗅ぎつけられた。悪魔にとっての最悪の中の最悪。悪魔殺しの専門家集団、
自分は、所詮元人間の吸血鬼だ。純粋な悪魔と比べれば力は落ちる。だから知恵をもって生き残ってきた。30年もの長きにわたってだ。それなのに、それなのに!こんな辺鄙な街で一生を終えてなるものか!
そう思い、夜の街へと飛び出そうとする。この包囲網から逃れるために、溜め込んできたMAGを身体強化に全力で回しながら。
「馬鹿め、体を出したな。まぁ、所詮隠れるのが上手いだけの小物か」
瞬間、心臓に刺さる何か。高速で動いている自分に当てられる腕にはもはや悪夢かと思うばかりだが、それはそれ、そんなもの再生してしまえばいい。そう思って刺さったものを抜こうとして、
それが、
「場所さえわかれば、楽な仕事だったな。ガイアーズもこれくらい楽に殺せたらいいんだが」
その声に、もはや自分の存在の事を露ほども気にしていないのだと理解して、アルバート・ペッツはその命を完全に終わらせた。
ただの名を名乗ることすらできなかった無力な吸血鬼として。
「頭に響いてくる声が、なくなりました!」
「流石テンプルナイツ。仕事が早い」
「この時代に至っても陰ながら人々を守るために研鑽を積んできた戦士達か、是非会ってみたいものだな」
「ま、俺たちは俺たちの事をするのが先決だ。移動するぞ」
「...どこにだい?私は彼女を休ませてあげるべきだと思うのだが」
「彼女の事を思うからこそ、今行くんだよ。この街一番の知恵者、Dr.シーホースの所にな」
そんなわけでタクシーを使って20分。たどり着いたのは旧市街を一望できる丘の上。そこから少し下れば、この街の地脈の集まる一等地にある洋館がある。それがDr.シーホースの個人ラボだ。
「ドクター、来ましたよー」
そう言って、インターホンの右にあるレンガに手を置く。生体MAGのスキャナーがここにあるのだ。いつ来ても、ちょっと凝った作りに浪漫を感じなくはない。
「あ、門が開きました」
「そして俺が出迎えに来た!」
二階の窓から飛び、空中で三回転決めて着地するアクロバティック。相変わらずサプライズの好きな人だ。
「フゥーッハッハッハ!良くぞ来たな新米サマナー!このDr.シーホースのラボに!」
「お久しぶりです。元気そうでなによりです」
「...サマナー、どういう状況か説明してくれ。エニシが固まっている」
「フゥム、この少女が話していた吸血鬼にされた少女だな?」
「はい。神野縁さん、14歳です」
「成る程、実に良い魂をしている。これなら処置は簡単そうだ。中に入れ」
そうして、全員で洋館の中へと入る。ドクターに先導されて地下に降りていくと、炉心とそれに繋がる様々な装置。それなりに知識を取り入れているつもりだが、未だに分かるのはMAG伝導パイプと
そんな事を考えていると、最後尾を歩いていた神野さんが突然大声を出した。
「あの!私は、人間に戻れるんですか⁉︎」
「...純粋な人間には戻れんな。魂が覚醒してしまっている」
「...そう、ですか」
「いや、だからこそ良いのだ。君の魂は悪魔のMAG汚染に耐えきった。そういう者をこういうのさ。“超人”とな」
「“超人”?」
「それがどんな覚醒に至ったのかは汚染を取り除いてみなくてはわからない。だが、そう悪いものではないという事だけは確かだ。なにせ、君自身の魂なのだからな」
「さぁ、カプセルに入るが良い。施術を始めよう」
「...まだちょっと怖いですけど、わかりました!お願いします!」
「元気がいいのはなによりだ!」
「サマナー、私はいつでも斬りかかれるよ」
「大丈夫だ。ドクターを信じろ」
「...彼女に万が一があれば、僕はサマナーとあの男を斬る。それでもかい?」
「信用ねぇなぁ。俺」
「君の事は信用してるさ。でも、それとこれとは別だ。彼女が邪法により自由を狂わされる事を、僕は認めない」
「...本当に、正義の騎士だな。デオンは」
「茶化しているのかい?」
「いや、本心だよ。でも、俺の恩人を信じてくれ。ドクターは研究バカで若干キチガイ入ってるけど、心根が腐った外道じゃない。ちゃんとした人間だ」
「...ひとまずわかったよ、サマナー」
施術にかかった時間は30分程。その間に会話はなく、緊張だけがあった。デオンが常に戦闘形態でいるのがその原因だろう。
そんな目に見えた殺気を放たれているというのに、ドクターの手つきに迷いはなかった。本当に、すごいヤツだ。
「フゥーッハッハッハ!成功だぁ!」
「...彼女は、どうなっている?」
「慌てるな青の騎士よ。彼女はもう健康だ。いや、それ以上だな。こんなケース、メシア教徒でも見た事はないだろう」
「...神野は何に覚醒したんだ?」
「聖女だよ」
その時点で、神野縁の問題は俺の手に余るという事を理解した。隣のデオンも絶句している。高位覚醒段階“聖女”とは、下手したらデオンどころか所長すら倒しかねないポテンシャルを秘めているという事なのだから
とりあえず、神野縁の音信不通問題は解決した。その事を所長に報告し十文字さんへの偽の報告書をでっち上げる作業をしていると、ベッドで寝ている神野が目を覚ました。
「...ここは?」
「あの個人研究所の客間だよ。施術に疲れて、君は眠ってしまったんだ」
「そう、ですか...」
「それで、気分はどうだ?聖女サマ?」
「...聖女?」
「そ、お前の覚醒パターン。神野の魂は聖女のものに覚醒した。人間卒業おめでとうってとこだな」
「何が変わったんでしょうか、私」
「ま、おいおい慣れていけばいいさ。とりあえず、家まで送るよ。もう夜も明けたからな」
その言葉に、恐怖を覚えた神野。それはそうだろう。吸血鬼としての日々は、日光への恐怖心を植え付けるのに十分なものだ。
だから、自分にできる精一杯の笑顔で安心だと伝えよう。
「もう、お前は大丈夫だ。」
それを見た神野は、「ありがとうございます!」と空元気に返してきた。
「ドクター、今日はありがとうございます。深夜だってのに力を貸して貰って」
「気にする事はないぞ、サマナーよ。報酬はしっかりと貰ったからな」
「じゃ、また」
「ああ、また来るがいい」
そう言って、ドクターは地下のラボへと向かっていった。なにかの研究の続きをするのだろう。
「...ところでサマナー、いくら支払ったんだい?」
「あ、それ私も気になります。私のせいですから」
「70万MAG、今の換金レートだと1500万くらいかな?」
あ、神野が固まった。一般人の感性だと確かに大金に思えるか。
「安心しろ、俺の稼ぎはいい方だ。この程度の赤字すぐ取り返せるさ」
「でもでも!1500万ですよ⁉︎そんなお金ポンと貰うわけには!」
「何言ってんだお前、貸しに決まってんだろ」
「...え?」
神野が再び固まった。だが、これはこれから苦難の道を歩む神野に対して、俺から送れるエールなのだ。
「いつかの未来で、びた一文まけることなくお前から返してもらう。安心しろ、利子はつけねぇよ」
だから死ぬな。そう言外に言い含める。
「...わかりました、しっかり働いて、キッチリバッチリ返してみせます!」
「おう、期待してるぜ、聖女サマ。さ、空を見てみな」
「...え?」
そこには、燦々と輝く朝日があった。会話で意識をそらして、日の当たる場所に誘導したのだ。神野の体に異常はない。施術は完全に成功している。
「ようこそ、悪魔の蔓延る裏の世界へ。歓迎するよ」
それからのこと。
神野縁は、家に戻ることなく事務所でしばらく過ごすことになった。それはそうだろう。聖女に覚醒したことで、14年間生きてきて作り上げられた自分の力のスケールが完全にぶっ壊れた訳なのだから。
紙コップを何度も握りつぶすその姿は、ちょっと笑えたのは内緒だ。
「じゃあデオン、神野と所長を任せた」
「ああ、疲れているだろうが学ぶ事は大事な事だ。励んでくるといい」
「いってらっしゃい、千尋さん!」
ストレージからバッグを取り出して学校に向かう。
だが、その途中に黒塗りの車があった。スマートウォッチで確認してみると、対MAGコーティングがなされている。ヤクザか同業者のようだ。
触らぬ神に祟りなし。そう思い無視して通り抜けようとすると、車の窓が開いた。そこには、十文字さんが居た。
「探偵さん、十文字です。」
「...十文字さん、何かあったんですか?」
「中に入って下さい。縁の事で話があります」
渋々と中に入る。召喚プログラムを待機させながら。
「それで、話とは?」
「そこから先は儂が変わるとしよう」
声を出したのは、好々爺という印象を受ける和服のお爺さんだった。どこか、神野に似ている気がする。
「それで、要件はなんですか?時間がないんで単刀直入にお願いします」
「ここに、3億がある。これを報酬として、君に縁を守って貰いたいのだ、
額としては魅力的だが、答えは決まってる。
「断らせて貰います」
「...何故じゃ?」
「金で繋がった関係は、金で切れる。だからです」
契約を操るサマナーとして、短いながらも様々な人や悪魔を見てきた。誰もが、生きるのに一生懸命戦っていた。その拠り所は様々で、その指針も様々だった。だけどやっぱり最も多くの人の戦う理由は、金のためだ。
俺は、彼女に戦う理由の一つとして70万MAGの貸しを与えた。彼女と関わる事によって俺がそれ以上のリターンを得てしまったのなら、彼女の緊張の糸は途切れてしまうかもしれない。それは、致命的な隙になる。
たかだか3億と彼女の生存。天秤に比べるまでもない。
「話はそれだけですか?」
「...君は、縁を守ってはくれないのかね?」
「当面は守りますよ。なにせ、彼女には70万MAGの貸しがありますからね」
「それでは」と一声かけて車から出る。引き止められはしなかった。
「ところで、デオンさんってどんな人なんですか?この辺りの人じゃないみたいですけれど」
「あぁ、私も気になるね。千尋くん、肝心なところは何も説明しないんだから」
「...いいや、話すのはやめておくよ。サマナーと本契約を結んでいない以上、情報を漏らす事はマイナスにしかならないからね」
デオンは、少しの違和感を覚えていた。自分の知識と今の世界の常識が異なることを。これは、異なる国だからだろうか。
故郷、フランスがとても恋しくなってきた。
「...死人にも、郷愁の念はあるのだな」
そんな事を、ひとりごちた。
今作において、テンプルナイトは雑魚ではありません。悪魔狩りに全てを捧げたヤベー奴です。というか、大組織のバックアップの元訓練に励んでいた連中が弱いわけがない。
調整平均8.9とかいう作者的にはヤバイ数字出しているこの作品の評価について、評価機能がどれほど使われているのかの個人的興味からのアンケート。暇な時にでもどうぞ。
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