白百合の騎士と悪魔召喚士   作:気力♪

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Vジャンプ7月号買えなかったショックで予約投稿を忘れる作者がいるらしい。馬鹿じゃねぇの?


ヤタガラス遡月支部制圧戦

驚きはあれど、それ以上に喜びが大きい。

一日とはいえ、共に遊んだ友人なのだから。

 

それは向こうも同じようで、向日葵のような笑顔を向けてくれた。

長い黒髪が似合う、大和撫子。そんな印象が映える。

 

「それで、なんで内親王殿下がこんな僻地に?」

「...真里亞で構いません」

「じゃあマッサン、なんでウチに来たのさ」

「気安くなるの早すぎませんか?」

「性分なんだ」

「...まぁいいでしょう。友人に距離を取られるのは何ですから。私は結界の確認に来ました。あの日の帝都の混乱を思えば結界更新などできるはずなかったのに、何故か今もこの世界は終わっていない。ならば、やはり基点であるここだと」

「正解だよ。そのことには関わってるから詳細まで話せる。だが、ヤタガラスには行かなかったのか?」

「...今のヤタガラスはどこも同じです。私という威光を手にしたらそれを利用して張り子の権力を得ようとする。そういう者達の吹き溜まりになってしまいました。なまじ、異変前から力があった事が原因なのでしょうね」

「悪魔狩りって、人々からの感謝とかないからな。化け物を見る目で見られるのがほとんどだ」

「志貴くんが言うと説得力あるなー」

 

志貴くん、そうは見せないが楽園戦争時代からの転生者なのだ。それも多分英雄クラスの。もしかして美遊ちゃんの事を知っていたりするのだろうか。後で確認してみよう。

 

「とりあえず中に入ってくれ。...この人数となると少し手狭になるか?」

 

俺、デオン、所長、縁、志貴くん、ミズキさん、風魔、内田、美遊ちゃん、士郎さん、真里亞、計11人だ。いつの間にやら大世帯になってしまっている。

嬉しい悲鳴という奴だろう。

 

「おかえりー...なんか多すぎない?」

「なんでですかねー。まぁとりあえず椅子出しましょう。パイプ椅子倉庫にありましたよね?」

「...どーだったっけかなー?」

「おい所長」

「私が手伝います。おそらく今のこの事務所の事を把握しているのは私でしょうから」

「...ミズキさんが新所長でいいんじゃないですか、コレ」

「いえ、テンプルナイトにもガイアーズにも顔の効く彼方さんが所長である事は抑止力になります。私は所詮ヤタガラスでは下でしたから」

 

何はともあれ全員分の椅子を集め、ブリーフィングを始める。

 

「それでは、ブリーフィングを始めます。今回の目的は俺、花咲千尋の帰還報告、志貴くんの調査報告、西之宮真里亞内親王殿下の依頼内容の確認の3つです。そんなわけでまずは俺から」

 

いきなりお前かという目で見られる。そんな爆弾発言をするつもりはないのだが。

 

「今から2年前、葛葉ライドウとアウタースピリッツギルガメッシュの戦闘の余波で平成結界が破壊されました。そして、その穴から多くの堕天使が侵入しました。それに対処できる位置にいた俺と内田は平成結界のコアである術式に干渉し、俺式の令和結界を作り上げました。ただ、結界のコアを別の聖遺物で代用した事と、相対速度が8倍、以前の倍のスピードで時間が進むことになったことで時空が不安定になり、そこを何者かに突かれた結果、2年間時間跳躍現象でこの世界から吹っ飛ばされていました」

「しれっと世界を救ったとか言ってない?千尋くん」

「いや、このクソ世界で救ったも何もないでしょうに」

「...いえ、この日の本が続いているのは貴方の英断のおかげです。この世界を代表してお礼申し上げます。本当にありがとうございました」

「お礼のスケールがデカいわ」

 

「それからは、周辺の情報収集をしつつここに合流したというのが現在までの流れです。以上、質問は?」

「はい!」

「どうぞ、縁さん」

 

ちょっとインテリっぽく話しを促す。やはり、こういう時は伊達眼鏡をつけておくべきだったか?いや、先生イコール眼鏡というのは偏見だ、うん。

 

「内田さんと、遡月さんたちって何者なんですか?千尋さんが連れてきたんですから悪い人じゃないとは思うんですが、気になって」

 

ごめん、約1名大罪人だわ。

 

どーすんのよ花咲?と目線で訴えられる。が、言い訳はさっき椅子を運んでいるときに考えついたのだ!

 

『即興か!』

 

思考が漏れていたようだ、反省。

 

「内田は、俺の個人的な外部協力者だ。魔導も使えるサマナーってので共通点があってって感じだな。異変の日に遡月に来てて、ちょうどいい位置にいたから味方に引っ張り込んだ」

「千尋さん、割と外道な事言ってません?」

「報酬関係の釣り合いは取れてるからセーフだ、多分」

 

お互いの力がなければ結界更新はできなかったのだから契約の釣り合いは取れているのだ。今は契約の浮いてる隷属状態だけど。

 

「それで、遡月兄妹は?お兄さんの方は造魔だよね?」

「ああ、この二人は事情が混み合ってるので他言無用でお願いします」

 

「士郎さん、お兄さんの方は魂を造魔に移して尚自我を失わないでいた精神的超人です。正直解剖して調べたいです」

「...流石に解剖はごめんだな。血液提供とかじゃ駄目か?」

「士郎さんだっけ?千尋くんに餌を与えちゃ駄目だよ。どーせデオンくんの更なるパワーアップの為の実験台が欲しいだけなんだから」

「...話を続けますね」

 

「否定しないのかい!」と皆からツッコマれる。いや、貴重な類似サンプルなのだ、士郎さんは。デオンと合わせて見ればアウタースピリッツの造魔定着現象そのものに手が届くかもしれない。それはまだ理解しただけの人類の進化系(ネクステージ)理論の補強になりうる。

 

手段は基本、選べないのだ。

 

「美遊ちゃんは、かつて冬木市と呼ばれていたこの街の神稚児。まぁ、簡単に言えば結界をずっと維持していた偉い子だ」

「...あなたが!」

 

マッサンが隣の美遊ちゃんの手を取る。

 

結界の事を知っているのなら、そりゃ万感の思いになるだろう。

こんな小さな女の子を生贄に捧げるも同然に使っていたのだから。

 

「あなたには皇族を代表して感謝の念を。これまでこの日の本の300年が平和であったのはあなたのおかげです。今の私には言葉しか与えられませんが、必ず相応の報酬を約束しましょう」

「はいストップ、美遊ちゃん今記憶喪失なのよ。そんなせっつかないで時間を与えてくれや」

「...こんな少女が記憶すら燃やして守った平和だというのにッ!私は皇族として情けない限りです」

「えっと、気を落とさないでください。私は多分、望んでやったんだと思いますから。それだけは、なんとなく覚えているんです」

「美遊さん...」

 

「じゃあ、他に質問は?」

「では、私が。花咲さんの作った令和結界ですが、どのようなものにしたのですか?」

「炉心を別の遺物を利用したシステムに切り替えた事と、外壁テクスチャの出力をやめた事、時間加速を前の二分の一にした事以外は以前の結界とほとんど変えていません。全国各地に最適化された結界のパラメータいじる余力はなかったですから。変えた理由はほとんど出力不足ですね」

「...では、この顔がなくなった異変は?」

「あいにくと、検討も付きません」

「...わかりました、ありがとうございます」

 

「じゃあ、他に質問も無いみたいなので次、志貴くんどうぞ」

「ああ」

 

「まず、七夜街への安全なルートは今回も見つかりませんでした。どこも悪魔の群れが出来てます。詳細はCOMPに纏めてるので後で確認してください。あと、その帰り道に、悪魔の群れと戦闘している西之宮さんを見つけて合流して、ウチの事務所に用があるとの話だったので連れてきました。以上です」

「質問だ、交戦した悪魔のアナライズデータはあるか?」

「すいません、ハイクラスだったんで」

「暗殺したのな、了解」

 

志貴くんの不意打ちに対応できる悪魔はそうはいまい。なにせ条件付きとはいえ力場無視万能即死属性という意味のわからないものなのだから。味方でよかった、本当に。

 

「じゃあも一個。観察した中で遡月に侵攻してきそうな群れはあったか?」

「いえ。多分どこも分かってんでしょうね。最初に動いたら後から漁夫の利を取られるってのが」

 

それが、今まで七夜街へのルート開拓ができなかった理由か。

どこかの群れを攻めれば、感づいた他の群れが横槍を仕掛けてくる為に、横槍を入れてこられても対応できる軍団としての戦力が必要なのだろう。

 

「状況は把握した。ありがとう」

「じゃあ、最後に西之宮さん」

「はい」

 

マッサンが立ち上がる。立ち振る舞いにどこか優美さがあるのはやはり教育の賜物だろうか。

 

「私がここ、浅田探偵事務所にやってきたのはただ一つの理由です。それは、この世界を救う為」

 

「この世界の理を知る海馬の魔術師の助力を得る為に、私は単身この地に来ました」

「助力っても、何かアイデアでもあるのか?」

「...ありません」

「じゃあ、俺の計画に乗ってくれ。現状唯一世界を救えるかもしれない案だ」

「...計画?」

「結界を維持していた7つの遺物、聖杯のカケラを一つにまとめてあの黒点を超える規格の人類の進化系(ネクステージ)を作り上げる」

「そんな事が可能なのですか⁉︎」

「ああ、可能だ」

「...ならば、協力は惜しみません」

「言ったな?なら、コイツだけは聞かなくちゃあならない」

 

「お前は、あの異変の際に起きたという皇族暗殺事件から、どう逃れた?」

「...花咲さんと同じです。時間跳躍現象、あれが私の命を拾いました」

「...凄い偶然だな。都合が良すぎる」

「私もそう思います。ですが、それ以外の答えを持ちません」

「じゃあ、それからはどうしてた?」

「ある人を頼り、情報収集に努めていました。暗殺の件に対応して私を隠してくれたのです」

「その人の名前は?」

「...葛葉キョウジ」

「じゃあなんで同行していない?」

「キョウジは、帝都に封印されているある悪魔に対処するのに全霊をかけています。故に、私一人で帝都からここまで来たのです」

 

マッチポンプの可能性はあれど、まぁ信じられるだろう。噂に聞く葛葉キョウジほどの実力者が対処しきれない悪魔というのには興味があるが、それは実際に会ってから聞けばいい。どうせ帝都には行かなくてはならないのだから。

 

「じゃあ、世界を救う為のプランを話すぞ。残り時間は2年、そのうちに北海道、沖縄、新潟、長野、京都、香川、帝都の7つの都市から聖杯のカケラを奪取する。その為の前準備として、遡月のヤタガラスを制圧する」

「腐ってもヤタガラス。実力者揃いだよ?」

「錦の御旗はこっちにある。真里亞がいれば向こうは耳を傾けざるを得ない、その隙にヤタガラスに侵入して、キュウビさんを解放する」

「...向こうの過激派と穏健派は真里亞様を巡って争い始めるでしょう。力尽くで来るかも知れません」

「その辺は考えています。支部に潜入するのは俺とデオンのみ。残り全員で真里亞を援護すればいい。まぁ、それでも人手は欲しいのでミズキさんは伝手を使って中立派を集めてくれるとありがたいですね」

「それでは、花咲さんが危険では?」

「多少の手傷は覚悟の上ですよ」

 

というか、閉所でデオンのカバーリングを抜ける敵などほとんどいないと分かっているからの話だが、そこは言わないでおこう。格好つけときたいし。

 

「わかりました。では、早速準備段階に移りましょう。現在浮いてる中立派は十数名。少ないですが、粒ぞろいです」

「とすると、他の面子は襲撃の際に横槍を入れられないように悪魔狩りだね」

 

戦うと決めたなら、行動は迅速に。

ヤタガラス遡月支部制圧作戦が、始まろうとしていた。

 


 

その日は、快晴だった。

ヤタガラス遡月支部の屋上で、

 

「なぁ、土御門。空はこんなに青いのに、なんで俺らはこんななんだろうな」

「さぁ、多分噛み合わせる歯車が無いからじゃない?千尋がいたら第四勢力に加わってた自信はあるよ、僕」

「確かに、あいつがいたならばそれも楽しそうではあるな。こんな世界だ、しがらみより心で道を決めた方がいい」

「じゃあハリマ、適当に戦闘痕をつけて帰ろうか」

「そうだな...待て、何か来る」

「悪魔?」

「恐らく人だ。人数は20人から30人、感知範囲に入った」

「じゃあ止めようか。他所から流れてきた人たちかな?」

「いや、襲撃だ!とんでもないのが先頭にいる!」

「目視で確認する...錦の御旗(インペリアル・フラッグ)⁉︎」

「宮内庁からの刺客か?俺は笹本に報告に行く」

「だが、これは良い流れかもね。笹本とノボルがアレの対応で動けなくなれば、皆を助けられるかもしれない」

「だろうな...何か来るぞ!」

「このタイミングで⁉︎」

 

上空から、二つの影が落下してくる。

一人は、いつか見た気がする騎士然とした造魔。

もう一人は、魔導で強化されたケプラーベストに身を包んだ顔無しの男。

 

この状況は、間違いなく好機だと理解できた。

ヤタガラスの結界を魔導技術で抜けて侵入してくるなんて真似ができる騎士の造魔を連れた人物など、一人しか思い浮かばないのだから。

 

「そこの二人、こちらは皇族直轄の工作員だ。協力か気絶かは選ばせてやる」

「...こういうの、噂をすればって奴なのかな?」

「だろうな。俺たちは協力を惜しまない。だが報酬は弾めよ?花咲」

「なんでこっちの名前...ハリマか!」

「僕もいるよ、千尋」

「土御門⁉︎そうか、お前らヤタガラスにいたのか」

「ああ、俺は穏健派、土御門は過激派で戦闘員をしている」

「まぁ、力量的にぶつかる事が多いから談合してる感じかな?」

「平然と仲間を裏切ってくのな、嫌いじゃないけど」

「それで、千尋は何しに来たの?」

「ヤタガラスの大将をこっち側の悪魔にしようって目論見だ。この内ゲバを終わらせる」

「じゃあ、僕とハリマはそのサポートが良いかな?」

「良いのか?」

「元々反逆の機を待っていた。それが今だと決めたというだけのことだ」

「そーゆーこと」

「感謝する。俺は術で姿を隠してこの支部の結界を回る。それまで内側からMAG感知を邪魔するように暴れてくれ」

「「了解」」

 

そういう訳で、最高のタイミングで僕達は裏切る事が出来た。

短く濃い戦いは、今始まったのだ。

 


 

錦の御旗が掲げられたその軍は、過激派と穏健派どちらにとっても寝耳に水だった。だが、これを機と笹本とノボル、過激派と穏健派のリーダーは見た。互いの戦力もこの支部の情報理解度も互角であるから、錦の御旗さえあれば自分たちがこの支部を完全に支配できる。

 

そんな甘い考えは、先頭に凛と立つ少女の一声でかき消された。

 

「護国の士、ヤタガラスを私物化した者達よ!我が名は西之宮真里亞!神に連なる皇族が一人!貴様らを問いただす為に私は来た!」

 

死んだはずの第2皇女、それが少数とはいえ軍を連れてヤタガラスの前にいる。自分たちがあと一歩で得られるはずの権力を破壊する為に。

 

軍は少数、対して自分たちの実力は十分。

皇族とはいえ、数で押せば殺せない事はないだろう。

 

そんな事を即座に思いつき、過激派と穏健派は戦力を外に向けた。

それが、罠であると知ること無く。

 


 

「こっちに合流の合図が来た。外に攻撃を仕掛けるっぽいね」

「こちらにもだ。穏健派が聞いて呆れるな」

「それはこっちの想定通りだ。極大級の攻撃が飛んできたとしても、あの軍はビクともしないように配置してる。内部から動く身としては、三つ巴でぐちゃぐちゃになった方がありがたい」

「じゃあ、僕らは戦いを始めようか。サモン、ケルベロス」

「そうだな。悪魔変身(デビルシフト)、クルースニク」

 

ケルベロスのファイアブレスと、ハリマのアギラオがぶつかり相殺される。互いの信頼があるからか、その曲芸に迷いはなかった。

 

「行こう、サマナー」

「ああ、まずは2階の階段前を東から西にだ」

 

慌ただしく動いている人々を尻目に、透過(ステルス)の術式をかけながら走り抜ける。この術式はオリジナルであるため、対策が練られているという事もない。もっとも、勘とかで見きってくる人がいるのは百も承知なので警戒は怠れないが。

 

「過激派が西側、穏健派が東側に陣取ってるな。個人個人の力場はそう強くないが、奇襲以外の戦闘は避けたいな」

「力場の強さが全てではないと、サマナーが自ら証明しているのだしね」

「俺の貧弱力場をディスってんじゃねぇよ。気にしてんだよ割と」

「それはすまない、悪気は...そんなにないよ」

「少しはあるのな」

 

チェックポイント一つ目クリア。結界の基点の構造は以前来た時と変わっていない為、あと7つのポイントを走り抜けるだけで問題はなさそうだ。

 

「「「人の、未来の為に!」」」

「「「平等な、権利の為に!」」」

 

二階からそれぞれの派閥の鉄砲玉と思わしき連中が真里亞達に攻撃を始める。銃撃と魔法の嵐、極大クラスこそないものの、食らえば負傷は免れないスケールのものだ。

 

が、それは軍の先頭にいるのが西之宮真里亞でなければの話。

 

彼女は、最後の皇族(ラストエンプレス)。皇族の魂に分かたれて保存されていた遺物を使いこなせる最後の一人だ。

 

故に、彼女の盾は絶対防御。その程度の力で砕けるものではない。

 

「八咫の鏡」

 

受け止められた銃弾と魔法がかき消えていく。その防御規模の大きさは、敵にしてみたらちょっとした絶望だろう。

 

「攻撃をしたという事は、護国の士を私物化したのを認めたが同じ!笹本!ノボル!その首を差し出しなさい!」

 

状況が動き出す。

 

過激派と穏健派が、各階から飛び出してそれぞれに分かれて軍を包囲し始める。

もはや言葉は不要だと言わんばかりの蛮行だ。

 

が、蛮行には蛮行で返すのがこの業界のセオリー、狙撃ポイントに陣取っている美遊ちゃんと士郎さんが的確に指揮官を無力化していくのが見える。あの距離で、力場を計算した火力で、殺さずに。

 

「士郎さん実はなんかの転生者じゃないかね。技量がカッ飛んでるんだが」

「さてね、私にはわかりかねるよ」

 

道中に残っている敵は少ない。が、存在していない訳ではない。

 

明らかに力場の強い者が何人か残っている。これは戦闘が避けられないかも知れない。

 

次は、3階を西の端まで行ってから階段を降りる道。だが、そこを通さないと言わんばかりに熟練の風格を漂わせる男がいた。

 

「笹本の旦那にゃ世話になってんだ。その分くらいは返すさ」

 

明らかに、こちらを認識している。武芸者タイプと見た。

 

「悪いが、こっちには余裕がないんでね!サモン、クー・フーリン!」

「よしきた!コイツが俺の相手だなぁ!」

「幻魔でないクー・フーリン?希少種か、厄介だな」

 

男の横を走り抜けようとする俺とデオンに蹴りが放たれ、それをクー・フーリンの槍が弾き飛ばす。

実力は互角、敵がサマナーかバスターかが問題だ。

 

だが、どちらにしても走り抜けなくてはならないのは同じこと。構わず行くのが俺の戦いだ。

 

「任せた」

「おうよ」

 

背後で起きている格闘戦の音を感じながら、一階まで降りる。一階には防衛戦力と思わしき連中が合計で20人。ただし、直線上に纏まっている。

 

「サモン、メドゥーサ」

「ええ、纏めて蹴散らしてあげましょう。石化の魔眼(ペトラアイ)

 

メドゥーサをあえて見せる事で敵の意識をそちらに集中させ、その隙に走り抜ける。一階はあと二回通らなくてはならないので、制圧して安全に行きたい。

 

が、やはり腐ってもヤタガラス。石化の十分でなかった連中が石化解除薬(ディストーン)を使って持ち直してくる。中には悪魔召喚を行う者も居て、ミドルクラス相当の武者の悪魔や相当の尾を噛んでいる蛇、竪琴を構えた妖精などよりどりみどりだ。

 

「しゃーなし。押し通るぞ!」

「いや、それには及びません。俺が片付けます、千尋さん」

 

いつのまにか侵入していた黒いシャツの少年。竪琴の悪魔の胴を断ち、蛇を頭から二つに裂き、武者の胸を貫いた。

 

俺の空白の2年間は、知っているはずの少年の強さを爆発的に成長させていた。

 

これが、七夜志貴か。

 

「任せた」

「はい」

 

志貴くんに前を任せて走る。

なんとも、心強い背中だろうか。

 

少年が男になる、そんな過程を見れなかった事が少し残念に思えた。

 


 

規定のルートを走ったその先に、鳥居が見える。

全8つのチェックポイントを抜けた結果だ。

 

だが、鳥居の前には一人の男が立っていた。

頬に刀傷のある男、端正な顔立ちという訳ではないが、顔無しではない。

 

「やはり、狙いはキュウビか」

 

透過(ステルス)の術式もあっさり見切られている。目が良いのか、勘が良いのか。どちらにせよ厄介だ。

 

「デオン、任せる。情報通りなら奴が笹本、過激派のリーダーのサマナーだ」

「仲魔の姿が見えないが」

「それだけ、コストがかかるって事だろ。行くぞ」

 

対サマナーの戦いの基本は相手に何もさせない事。

召喚すらさせずに倒すのが理想だ。

 

が、デオンの斬撃を大振りなナイフで受け止める男を見ると、何もさせないというのは無理だ。練度が違う。

 

「サモン、バルドル!」

「サモン、アレス!」

 

放たれた斬撃を体で受け止めるバルドル。だが、傷こそつかなかったもののかなりの勢いで吹き飛んでいった。

 

「俺のアレスの一撃で死なぬか。面倒な悪魔だ」

「...力場のプレッシャーが小さいが、あの力、ハイクラスか?」

「いいや、戦い続ける事で力をつけさせた。アレスを殺すにはハイクラス程度では足りぬよ」

「じゃあ、バルドルを呼んだのは正解だな。戦いの密度なら、俺たちだって負けてない!」

 

背後から高速で飛んでくるバルドル。アレスはその暴走とも言えるスピードに対処しきれずに吹き飛んでいった。

 

あれが、バルドルが霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の際にコツを掴んだという加速技。

背中から万能属性魔法を加速の為に放つという単純明快な技だが、それ故にそのスピードは侮れない。

 

「バルドル、そのままぶちのめせ!デオン、行くぞ!」

「了解だ!」

「任せろクソサマナー!」

「やれるか?貴様ら程度に!」

 

『支援要請、4階西側』

『任せろ』

 

窓の外から剣が飛んでくる。笹本の意識の範囲外からの援護射撃は、完璧に不意をついた。ほんと士郎さんが味方で良かった。

 

だが、射撃耐性の力場でもあったのか、笹本はあの一撃を耐えてみせた。伊達にヤタガラスの頭は張っていないという事だろう。

 

しかし、それは予想外の援護射撃に対して隙を晒さなかったという事ではない。滑り込むようにデオンは剣を振るい、その首を断ち切った。

 

「...倒したか?」

「手応えはあった。殺せた筈だよ」

「じゃあ別口だな!中に!」

 

デオンに抱えられて鳥居の中に押し込まれた俺。

 

そして、異界に逃げ込む寸前に見たのは、大氷結の波

 

極大氷結魔法(ブフダイン)だ。

 

「漁夫の利狙いで狙ってやがったな、ノボル」

「サマナー、バルドルとの連絡は?」

『バルドル、状況は?』

『俺もアレスのクソ野郎も無事だよ。氷結を撃ったのは白衣を着てる顔無しだ。交戦するか?』

『いや、様子見で頼むわ』

『あいよ』

 

「ぬしら、人様の前で何をしとるのじゃ」

「すいません、キュウビさん。極大クラスから逃げ込んだもので」

「まぁ良い、ここを知っている事と隣にいる騎士から見て、花咲とデオンじゃな?」

「はい、花咲千尋です」

「お久しぶりです、キュウビ様」

「堅苦しいのはよしとくれ。久方ぶりの来客に心が踊っておるのじゃ、これでもな」

「じゃあ、キュウビさん。ついでにこのクソ世界で権力手に入れてみる気になりませんか?」

「妾、封ぜられとるのじゃが」

「解放しますよ、それしか無いんで」

「妾これでも前科持ちなのじゃぞ?」

「大丈夫ですよ。どんなディストピアを作ろうと、多分今よりはマシですから」

「どんな世界になっとるのじゃ外は」

「自分で見て、確かめてくださいよ」

 

「妾が、望んでここにいるのだとしてもか?」

「でしょうね。でも、その願いは人と共に生きたいって事の裏返しに見えました。なら、今は立ち上がって下さい」

 

「この世界を救う為に、あなたの協力が必要なんです」

 

キュウビさんを縛る足枷に、術式を流し込む。

やはりアップデートをサボっていたセキュリティは脆弱だ。いや、古い封印に触りたくない気持ちはわかるけどね。

 

そんな事を考えながらも術式を流し込んで封印処理を司るプログラムをオーバーフローさせアカウントを初期化、乗っ取り封印解除を正規のプログラムに偽造して実行する。

よし、問題はなし。

 

「こうもあっさりと、か...」

「得意分野なんで」

「これ、晴明の奴に縛られたものなんじゃがなぁ」

「現代魔導を舐めるなよって話ですよ」

 

「じゃあ、ヤタガラスをお願いしますね、キュウビさん」

「...なんだか、貧乏くじを引かされた気もするが」

 

「行くとしようか」

 


 

「何だ、このMAGは⁉︎」

「妾を知らぬとは、ヤタガラスの質も落ちたものじゃな」

 

圧倒的なMAGを身に纏った傾国の美女が、封印の間から現れる。

 

「化け物め!凍てつけ、極大氷結魔法(ブフダイン)!」

「ヤタガラスの新しい主に相応しき力を見せてやろう。魔法反射障壁(マカラカーン)

 

氷結の力が、そのままにノボルを襲う。

耐性力場をも貫く筈のその氷結は、そのままに反射された。

 

「貴様ッ⁉︎」

「沙汰は追って下す、今は幻惑の中に沈むがいい。魅了魔法(マリンカリン)

 

「お見事です、支部長代理」

「お主、早速上司をコキ使いおって。後で覚えておれよ?」

 


 

「聞け!ヤタガラスの同胞たちよ!我が名はキュウビ!現時点をもって支部長代理を名乗らせてもらう!」

 

圧倒的なMAGで場を支配して名乗り出るキュウビさん。

 

片手にノボルを、もう片手に笹本の首を持って。

 

「我らの本来の使命に基づいて、今後は人々を守る為の行動を開始する!」

 

「恐怖政治じゃねぇか」とはこの場にいる皆の思った事だが、まぁ仕方ないのだ。うっかり過激派の首を取ってしまったのだから。

 

いや、あそこは殺す以外に選択肢なかったから仕方ないのだが。

 

「我が名は西之宮真里亞!この血に誓いキュウビ殿のヤタガラスの管理を承認します!」

「承った!」

 

(花咲!皇族の娘が来ているとは聞いておらぬぞ!)

(すまん、時間がなかった!)

 

そんなやりとりを小声でしながら、自然とヤタガラスの者達はキュウビに従った。

そうしなければ死ぬとわかってしまったからだ。

 

まぁ、当人はそんな気は無いのだが。

 

「恐れるな!人質がどうなってもいいのか!」

「人質ってのは彼等のことかい?」

 

すかさず動いていた土御門とハリマが事務員や非戦闘員と思わしき人々を連れてくる。狙ってたなこのタイミングを。

 

「あいにくと、両派閥の拠点異界は破壊させてもらった。人質はもう解放した」

「つまり、君たちがのさばれる要素なんてもう何もないんだよ」

 

状況を把握した幾人かは、それぞれの武器を指揮官に向け始めた。

生きる為、怒りの為、消しきれなかった国への忠義の為、様々な理由で、仲間に向ける為でない、本来の牙を向け始めた。

 

ヤタガラス遡月支部は、ここに復活した。

 


 

「じゃあ、行ってきます」

「行ってくるが良い。遡月は我らに任せろ」

 

ターミナルの限界転送人数は6人、戦力などの諸々を考えた結果、俺、デオン、縁、所長、内田、真里亞の6人が赴く事になった。

 

まず赴くべきは沖縄、渡来亜市。

海で隔てた先であることで、反撃の可能性が少ない事と他所に情報が流れる心配が少ないことがその理由だ。

 

「じゃあ、旅の始まりだ...が、なんか作戦名とかあったら格好いい気がしてきた」

「サマナー、気が抜けるからそういうのは後にして欲しいのだけれど」

「でも、気合の入り方が違うから良いと思います!」

「...花咲の周りってこんなんばっかりなの?」

「楽しそうですし、良いのではないですか?」

「じゃあ、所長権限で一つ」

 

「グレイルウォーってのはどう?」

「所長、まだ戦争にはなってないですよ」

「どうせなるんだから、良いでしょ?」

「...まぁ、しっくりとは来ましたけどね」

 

「それでは、作戦名グレイルウォー第1戦!渡来亜攻略作戦、開始します!」

 

ノリに乗った真里亞の声を聞きながら、機材を外したターミナルを起動させる。

 

光と共に自分たちは情報に分解され、渡来亜支部のターミナルにて再構築された。

 

「...警備が居ない?アーカイブとして使用されていないのか?」

「千尋くん、見て。埃だ。相当使われてないよココ」

「悪魔が住み着いてる可能性もあります、周囲を警戒しつつ進みましょう」

 

そうして警戒しながら支部の外に出た自分たちが見たのは

 

悪魔と組織的に戦う人々の姿だった。

 

「明らかに元一般人ですね。防具に魔導的防護が施されてません」

「では、助けに入りましょうか」

「必要ないかなー。連携は取れてるみたいだし悪魔のクラスも高くない。私たちがどうやって来たかってのは隠したい訳だから、ここはこっそり行こうか」

「所長が、真面目な事を言ってるッ⁉︎」

「千尋くん、私だって色々考えてるんだよ?」

 

そうして、悪魔を避けながら欠片の収められていた渡来亜神社の祭具殿に赴く。だがそこには()()()()()()

 

「...これは確かに戦争ですね。欠片を持ち出した奴を探し出して奪わないといけないんですから」

 

グレイルウォー第1戦は、まずは敵を見つけ出す事から始めなくてはならないようだ。

 

今回の旅路は、なかなかハードなようだ。




第1戦、沖縄県渡来亜市開始です。

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