まぁ、電池食うのが困りものですが。
「沖縄産の地酒って奴よ。北谷長老って名前だっけかな?」
「私もここ一年勉強はしましたが、漢字というのは難しいものですね。言葉は何故か伝わるのですが」
「そういえば、私は言葉に苦労した覚えがないな。漢字も特に苦もなく読めていた。サマナー、この違いはどうしてだい?」
「あー、言葉の方は単純な話。お互いに魔界言語を使ってるからですよ」
「魔界言語?オジサンふつうにギリシャ言葉喋ってるつもりなんだけど。あ、コップちょうだい、注ぐから」
「ありがとうございます、ヘクトールさん。魔界言語ってのは主に悪魔の使う言葉ですね。悪魔の中にはどう頑張っても声を作れない声帯をしてるのに喋る奴いますよね、あれは、言葉の音じゃなくて念で言葉を伝えてるからなんですよ。だから、注意深く聞けばギリシャ言葉も奥に聞こえると思います」
「ま、死人も悪魔も一緒って事かね?」
「ふぅむ、計算ではわからない事ですね」
「そうでもないですよ。人間は計測で魔界言語を解析して、使用するに至ってるんですから」
「その辺りは、コンピュータの強みだね。複雑な計算を一瞬でしてしまう機械というのは、やはり凄まじいよ」
「...こういうのは、英雄トークという奴なのでしょうか?」
「あー、メドゥーサは気に障ったか?」
「いえ、私の記憶でも勇士とはこのようなものだとわかっているので、特に問題はありません。あ、おかわりお願いします」
「お、蛇のお嬢さん良い飲みっぷりだねぇ!」
「うわばみ、と言うらしいですね」
「そりゃ蛇だけども」
なんとなくわいわいと喋りつつ酒を楽しむ。
一口目には、はなやかな香り。二口目には、極上の喉越し。風味の変化や香りを楽しめるとても美味しい酒だ。
COMPから出せーと叫んでいるベルデルとクー・フーリンは今回は待機してもらおう。一本しかないのだからそんな大人数で飲めないのだ。
つまり自分の分が減るのが嫌だって事である。身勝手?それがサマナーだ。
そんな姿を見て、デオンは苦笑いをしていた。
「こりゃ、もっと酒用意した方が良かったかい?」
「いえ、十分ですよ」
そんな会話が、ふと途切れる。ヘクトールさんもレオニダスさんも窓に映る月を見ていた。
黒点に消える、短い月を。
「じゃあ、真面目な話をしよっか」
「...ヘクトールさんの内部の聖杯の欠片の事ですか」
「そ。これを取り出したら、一年前の焼き直しになると思うのよね」
「一年前?ダゴンが前に攻めてきた時ですか?」
「そう。あの時はオジサン幽霊になったばっかでね。まぁそれでも良いサマナーに恵まれて、一緒に戦ってたわけだ。...あのダゴンを結界の外に吹っ飛ばしたのは、そのサマナーの決死の力だったのよ」
「良い、サマナーだったんですね」
「うん、オジサンにはもったいない、綺麗な心の子だったよ。もっと未来を生きても良いと思ってさ、だからダゴンを吹き飛ばした時の反動でサマナーが死んだ時は、怒りに震えて、アレに負けた」
「俺たち幽霊を襲う、衝動みたいなものにさ」
「アウターコード、ですか」
「そう言うの?魔術師さんは物知りだ」
「まぁ、そのアウターコードに負けちゃってね。目につく人を殺して回っちまった。ダゴンに殺されたヤタガラスの奴は半分くらい。もう半分は、オジサンが殺しちゃったんだよね」
勤めて軽く言っているが、その手には力がこもっている。コップを握る手の力が強くなっているのがわかる。
「それで、衝動に飲まれて暴れた結果、なんの因果か欠片を取り込んじまってさ。そしたら、理性を取り戻せた」
「だからさ、オジサンから欠片を抜いたらまたあーなっちゃうっていう予感があるんだよ」
「...それは、欠片を諦めろって事ですか?」
「いんや、逆。欠片を無くして暴れた俺達を始末してくれって頼みさ」
その壮絶な覚悟に、兜輝くヘクトールの本当の英雄性を見た気がした。
「...レオニダスさんもですか」
「ええ、私はヘクトール殿の加護を受けてあの意思を跳ね除けているのです。その根元も聖杯の欠片。私も狂ってしまうのは避けられないでしょう」
「じゃあ、殺しあうしかないか」
「そういうこと。まぁ、欠片の力は今日の戦いであらかた使っちまったから、そっちの方では安心して良いよ」
「いや、そこは問題ないですよ。ウチには天下の真里亞様がついてるんですから」
「ああ、あのお嬢さんね。確かに、アレなら俺が全力出しても殺してくれそうだ」
「けどオジサンは、お前さんに託したいと思ったのよ。お前が、損得を除外して人を助けるって決めてるからかね」
「それは、真里亞の方針がそうだからで」
「そんなの投げ出せるだろ?君なら。あの強いだけの子なんて騙くらかして目的の為の駒にするくらいはする筈だ。オジサンも似たタイプだからわかるのよ」
「けど、お前さんは信じる事を選んだ。助ける事を選んだ。それは、とっても尊い事なんだと、オジサンは思うんだよ」
「だから、オジサンはお前さんが良いって思ったのさ」
「でも、この渡来亜にはあなたが必要です」
「そうならないように、鍛えてきた。それに、もう皆には言ってあるのよね、君らの世界を救う旅に同行するって」
「...」
この人は、本当にッ!
と声を荒げたくなるのを抑えて、冷静に問いかける。
「あなた達の、幸せは望んでないんですか?」
「うん。俺たちは思いっきり生きたからね。後悔とかはないのさ。それに」
「この街は、俺たちのトロイアだ。守りたいんだよ」
その瞳の真摯さに、俺の心は動かされた。
「わかりました。明日、お二人の命を獲らせて頂きます」
「ただ、楽に獲らせてはあげないよ?オジサンたち、これでも歴戦の猛者ってやつだから」
無言でコップを合わせる。
それは、今生の別れを約束する、契約だった。
「じゃあ皆、達者でねー」
「はい、ありがとうございました!ヘクトールさん!」という自警団と、彼らに守られていた市民たちの声が揃う。
鎮魂の儀はつつがなく終了した。
まぁ、世界全体の
そうして、旧ヤタガラス渡来亜支部の前までやってきて、自然と俺とヘクトールさん達は別れる。
「良いのかい?手段は選ばないと思ってたんだけど」
「選んでませんよ。輝く兜のヘクトール、スパルタ王レオニダス、貴方方を殺すのは、この
「その騎士シュバリエ・デオンだ」
ヘクトールさんはひとしきり笑った後、「舐めてんじゃねぇよクソガキ」と殺気を込めて口に出した。
「舐めてねぇよ。単純に、それで十分だってだけだ」
「上等だ、ヘクトールの名を、刻んで逝け!」
「
「サモン、バルドル!」
ミサイルのように投げられたその投げ槍を、バルドルを壁にして受け止める。着弾からの炸裂は事前に知っていたので、バルドルの光の翼の推力で押し留める。
これで、一手。だが、投げられた槍はダゴンを殺すときに投げた名槍ではなかった。欺瞞情報で防御札を引き出す戦術のようだ。ただでさえ強いのに小手先がある。厄介だ。
「サモン、クー・フーリン、メドゥーサ、ドミニオン、カラドリウス!」
召喚と同時に、デオンがヘクトールさんに向けて走り出す。
メドゥーサ、バルドル、カラドリウスの三色
そこにカバーリングに入るレオニダスさん。
「我が背に通すとでも?」
「通して貰うさ」
「そういう事!メドゥーサ!」
「ええ、
「これは、氷ッ⁉︎」
レオニダスさんの足を絡めとるように氷結の波が走り抜ける。
これで、跳躍して回避する事を選ぶならレオニダスさんは終わりだ。デオンの剛剣を防ぐただ一つの方法、受け流すという事が出来ないのだから。
「この程度で!」
だが、やはり歴戦の英雄。足を絡め取られる覚悟で、立ち止まってデオンと相対する事を選んだ。
足は止めれて一瞬、横を抜けるにはレオニダスの槍も盾も射程がありすぎる。
そして、そんな事を考えていると、槍がデオンに向けて飛んでくる。
剣で弾いて事なきを得るが、レオニダスさんから2歩距離を離された。
その隙に、レオニダスさんは足の氷を砕く。
肉の皮でも剥がれてくれれば儲けものだったが、デオンと同じように再生能力が付いていると考えるのが自然だ。
ダメージにはならないだろう。
「ドゥリンダナは投げさせるな!押し込めバルドル!」
「任せろクソサマナー!...あ、やっぱ無理だわ」
「不死身の相手は慣れてんのよ、オジサンは!」
最速で突っ込んでいったバルドルをあっさりと受け流して槍で巧みに投げ飛ばすヘクトールさん。せめて足止めくらいはして欲しかったが、まぁバルドルなら仕方ないか。
次善の策として、デオンを中心に攻めて行く方針に切り替えていこうとするも、レオニダスさんが立ち塞がった。
防御札であるベルデルがカバーできない位置に投げ飛ばされた事で、向こうの戦術はこちらの想定していたオーソドックスで最強のものに切り替えてきたようだ。
砦の向こうからひたすらにミサイルみたいな投げ槍が飛んでくるという戦法に。
「私が通さない!これが、スパルタだぁ!」
ヘクトールさんとレオニダスさん、そしてレオニダスの配下の300人の兵隊が篭る砦が
「それを抜く方法は、単純明快に!サモン、ペガサス!」
「空ッ⁉︎」
「その砦にファンタジーも対空砲火もない事は百も承知!たかが訓練された弓兵部隊じゃあ空からの奇襲が止められないさ!」
ペガサスに乗り込んだデオンと、自前の跳躍力のみで砦を飛び越えたクー・フーリンが挟み撃ちの形で300人を制圧する。
「飛ばして行くぜ!
ひとりの兵士の盾を突き破り胴を抜き、そこから成長する樹木のように伸びる死の棘が砦という狭い空間を埋め尽くす。
「同胞達よ!」
「残念ながら、サマナーが仕上げしたあの槍の呪いは止まらないよ。そして、あなたは最前線にいたが故にそれを躱し、孤立した」
「まず1人、獲らせて貰うよ」
「なんと見事な戦術。しかし、ただでは終わりませんとも!手足の2本は持って行かせて貰いましょう!」
「あいにくと、このレンジに入れた時点で私の勝利だ」
「
見るもの全てを魅了するその絶剣がレオニダスさんを魅了し、その一瞬でレオニダスさんの霊核は断ち切られた。
「ですが、勝機は我々にあり。この砦は、内側からの攻撃には弱いのですよ」
「そういう事さ!今度は本気よ!標的確認、方位角固定……
手甲からの爆炎による加速を1段目に、鍛え抜かれた体による投合を2段目にするミサイルのような投げ槍が、レオニダスさんの砦ごとデオンとクー・フーリンを狙い打った。
「前衛は潰れたよ、どうする?」
「ドミニオン!」
「私の役割に疑問を投げかけたい所ですが、有効なので文句は言えませんね...この主に神罰とか当たらないでしょうか」
「いや、さっさと頼む。あと、お前が神罰とか言うと割と来そうだからやめて」
「では参りましょう
命を燃やすドミニオンの回復魔法が、傷つき倒れているデオンとクー・フーリンを回復させる。
そして、崩れた砦の瓦礫を吹き飛ばして、デオンとクー・フーリンがヘクトールさんに襲いかかる。
「回復が早いねッ!」
「私たちが空中で迎撃されなかった事から方針は透けていた!サマナーの悪辣さを甘くみないで貰おうか!」
「仕方ないね、じゃあこの世界由来の力を使わせて貰おうか!」
槍でデオンとクー・フーリンを相手どりながら、魔力を俺の位置まで浸透させてきた。この現象はッ⁉︎
「さぁ、決戦場にご招待さ!」
「虚数異界転移現象ッ⁉︎」
咄嗟にクー・フーリンを
虚数異界と現実世界の位置にはズレがある。それを向こうが利用してくるというのならッ!
「さぁ、オジサンとタイマン張ろうか。花咲千尋くん」
「もしかして、いざって時に袋叩きにするつもりだったのバレてました?」
「そりゃね。オジサンだってそうするもん」
突き出される一筋の光。そう幻視してしまうほどの美しい突きを、ショートソードをストレージから取り出して打ちはらう。
3歩、距離は取れた。だが、それはヘクトールさんからしたら一足の間合いであり、俺の剣が決して届かない間合いでもある。
「この世界は特殊でね、オジサン以外を襲う黒い奴らが沢山いる。まぁ、オジサンの成れの果てはああなるって事なんだろうけどさ」
「援軍は期待するなって事ですか」
「そゆこと。言っておくけど、手加減はしないよ?だって、こんな所で躓くような奴なら、世界を救うだなんて事に手が届く訳がないし、他の欠片を持ってる奴なら、命を繋ぐためにもっと悪辣な手を使ってくるだろうからね」
「貴重な授業をありがとうございます。けど、覚悟はしてるので安心してください」
「ターミナルで世界と繋がってから、なんでもありだってのはわかりきってんですよ。悪意も、未知の技術も、途方も無い所まで広がっているって魂で感じたんですから」
「おせっかいだったかね?まぁいいさ。切り抜けて見せてくれよ、この時代の英雄さん!」
「英雄にはならない!俺は、
「お前さん、意外とやるね?」
「受け太刀だけは一級品とは俺の事さ!」
「確かに、よくやるよ!」
斜めに叩きつけられる槍、それに剣を合わせて宙に飛び、衝撃で距離を取ろうとする。
だが、俺が飛ぶよりも速くヘクトールさんは追いついて、心臓に向けて刺突を放ってきた。体は吹き飛んでいる為、回避は不可能だろう。
と、考えるのはイカサマをしていない時の考え。今の俺には、対処法がある。
やりたくは無いが、このくらいの曲芸はできなければ駄目だろう。
これから先の、グレイルウォーを切り抜ける為には。
「ッ⁉︎」
「ダメージは無くても、結構痛いか...」
「...何をした?」
「秘密です。タネが割れたら死ぬのは俺なんで」
「...いや、分かった。悪魔を召喚したな?あの不死身の悪魔を、自分の体の一部に限定して」
「さて、どうでしょう」
「否定はしないのは、図星って証拠かね?」
「...やり辛いッ!」
槍を防げるイカサマまでは見切られていないだろうが、これで向こうは戦術を変えてくるのは目に見えている。刺突でなく、範囲を重視した払いを中心にした動きに。
バルドルの
「だが、間に合った」
「メドゥーサとクー・フーリンが近くにいて助かったよ。奴らの相手を任せられた。さて、サマナー、そろそろ
「ああ。しっかし、戦士の世界って凄いんだな。ヘクトールさんの動きがよく見えた」
「...不思議だね、1人やってきただけなのに空気が変わった」
「お前さん達、良いコンビなのね」
「まぁ、長くはないですが、濃い時間を過ごしてきたので」
「そうだね、この妙なサマナーとの奇縁は切って切れるものではないんだよ」
「じゃあ、再開するとしますか!」
「デオン、任せた!」
「任された!」
剣を槍と合わせるデオンとヘクトールさん。その隙に周囲にストーンを配置しつつP-90を取り出して構える。
先ほどまでの感覚の残りか、ヘクトールさんの動きがよく見える。デオンの動きは知っている。
だから、弾速を計算して置けば、当てられる。
「チッ、毒かい!」
「サマナー、やるね!」
力場を抜けて神経弾が突き刺さる。その毒に蝕まれたヘクトールさんは体の動きの精彩を欠き、デオンの一撃を受け流せずに槍で受けた。
名槍なのだろう。砕けはしなかった。
だが、ストーンを配置したキルゾーンにヘクトールさんを押し込む事には成功した。
「並列起動!シバブーストーン!」
「毒といいこの縛りといい、やることがエグいねぇ」
「終わりだ、トロイアの英雄ヘクトール」
「それはちょっと違うさ」
「今のオジサンが名乗るなら、渡来亜の英雄さね」
その声を残しながら、ヘクトールさんはデオンの斬撃に倒れた。
崩壊を始める虚数異界、その中で俺とデオンはヘクトールさんに近づく。
ヘクトールさんは、最後の力を振り絞り霊核に同化している聖杯の欠片を抜き取り、こちらに渡して来た。
その手に、言葉以上の想いを込めて。
「...はい、頑張ります」
その返答は、ふわっとしたいつもの笑いだった。
虚数異界から弾かれるように現れる俺と仲魔たち。虚数異界による奇襲は恐ろしいものだった。そして、あそこで出てくる黒い連中の強さは以前よりも強くなっているのだそうだ。
実際に数体と切り結んだデオンの言葉だから間違いはないだろう。あの世界に関しても、調べる事がありそうだ。
「千尋くん、お疲れ」
「終わりました。聖杯の欠片は、ここに」
それはつまり、ヘクトールさんを殺したという事の証明であった。
「...それじゃあ戻ろうか。私たちの街に」
そうして、ヤタガラスの施設に戻ろうとすると後ろから声がした。
これは、自警団の連中だ。ここがパトロール範囲に入っていたのだろうか。
「あの、ヘクトールさんとレオニダスさんは⁉︎」
その言葉に、一瞬迷いが出る。
真実を伝えるべきか、そうでないのかと。
ヘクトールさんは言った、俺たちと共に行くことにしたと。
なら、その優しい嘘は守らなくてはならない。
あの英雄を、殺した人間として。
「...先に、行ったよ」
「そうですか...じゃあ、伝えてください!俺たちは、大丈夫だからって!頑張って世界を救って来て下さいって!」
「バカ、皇族の方々に迷惑かけてんじゃねぇ!」とその自警団の少年は引きずられていった。
「花咲...」
「嘘だけは、つかないって決めてたんだけどなぁ」
「優しい嘘なら、それでいいのではありませんか」
「真里亞?」
「真実が人の幸せを奪ってしまうのなら、例え身を削るような事でも嘘を付かなくてはならない時が来る。現人神をしていた先代の陛下が仰っていたんです」
「そうか」
「ええ、だから千尋さんが受けた思いの傷の痛みを飲み込んで、優しく在れた事は誇りに思います。あなたの友人として」
「...そうかね」
「そうですよ」
皆の俺を見る視線の優しさを受け止めて、ターミナルルームへと向かう。
その前に、埃の溜まり方に妙なのが混ざっているのがわかった。足型は人型でなく、徘徊している。
「...悪魔の侵入でもあったのか?」
「人の臭いのしないこんな建物に?...そっか、ヘクトール達が居るから逃げてた連中か」
「というか、しれっと普通のテンションになられても困るんだけど、アリス内田ちゃん」
「ガーディアンに引っ張られてただけですから。あと、そんなプロレスラーみたいな呼び方はやめて下さい」
「じゃあ、もののついでに駆除しておこうか。立つ鳥跡を濁さずってね」
「所長、暴れ足りないだけとか言いませんよね?」
「...正解!縁ちゃんには花丸をあげましょう!」
「「開き直った⁉︎」」
「...ええ、悪いことではないはずなのになんでしょうこの罪悪感は」
「多分、主導がカオスの人だからだと思うよ、真里亞」
そんなわけで、出かけに悪魔を退治する事になった。
トラルテクトリは歓喜していた。
かつて自分に痛手を与えた憎きヘクトールのMAGが感じられなくなったからだ。それは弱ったか、死んだかという事。
かつては大地に擬態する事で生き延びた。今では小さな地霊達だが、仲魔もいる。
反撃はこれからだ。
そう思った矢先に、悪鬼の気配を感じた。
力を垂れ流す、強者の威圧が伝わる。
だからこそ、トラルテクトリは次の行動を迷わなかった。
「俺、お前達の、仲魔になる。貢物、ある。だから、仲魔の命、見逃せ!」
それは、弱っていた自分をここまで生き延びさせてくれた仲魔達の助命だった。
「良いじゃないのトラルテクトリ。私、そういう義理堅い奴は好きよ」
「ちょっとアリスちゃん、私の獲物なんだけど」
「アリスちゃん言うな!戦いたいなら仲魔にした後で好きなだけやらせてあげるから、ここは引きなさい戦闘狂」
そんなわけで、内田たまきの仲魔に地霊トラルテクトリが加わったのだった。
「お帰りなさいませ!真里亞様!」
「ええ、ただ今帰りました。しかし、出迎えとは妙ですね、帰還の途に着いたことを知らせる術などないはずなのですが」
「すみません、単にアーカイブを通じてやってくるかもしれない侵入者の警戒をしていただけなので、真里亞様に相応しいお出迎えができていないのです」
「いえ、私を想って迎えの言葉をかけてくれるだけでも十二分に報われるというものです。私たちはキュウビ様の元へ向かいます。今は支部長室ですか?」
「あ、キュウビ様は2階の執務室におられます。今のヤタガラスはそこを指揮所にして体制を立て直しているところですから。真里亞様のお陰でガンは取り除かれましたが、やはり混乱はまだ残っていますから」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえ!」
そうして、俺たちは支部長室に向かう...と見せかけて外に出て、事務所へと向かう。
「花咲さん、アナライズは?」
「とりあえずシロですね。悪魔のネットワークだので伝わったなんて事はなさそうです。アナライズかけられても普通の反応でしたから。まぁ、ジャマーあるから大丈夫だとタカを括ったという線もありますが、敵がそこまで考え無しならてこずる事はないでしょうね」
「そこまで疑うもの?別に手を出してくるまで放置して、爆発するまで待ってれば良いと思うんだけど」
「そうはいかないですよ。俺たちが持ってる聖杯の欠片は、欠片だけでもアウターコードを跳ね除ける力を持ってます。悪用したいなんて奴は幾らでも居ますよ」
「まぁ、私なら総取りを狙うからまだ攻めはしないけどね」
「一応、先ほどの人から害意の類はありませんでした、それだけは確かです」
「じゃあ、美遊ちゃんの所に向かうまでは手筈通りに」
皆が頷くのを確認してから、行動に移る。
だが、良いのか悪いのか、今回は敵の魔の手が迫るなんて事は無かった。それに越した事はないのだが、やはり解せない。
が、それは良いだろう。
「たっだいまー!」
「お帰りなさい、彼方」
「アレ、ミズキだけ?」
「ええ、士郎さんと美遊ちゃんは今私たちの昼食を作っています。志貴くんと薊は事務所周囲の警戒ですね。もうじき帰ってくるので、昼食はその時に取ろうと思っていた所です」
「それで、首尾は?」
「成功です。が、今回のはヘクトールさん、欠片の持ち主が協力的だったという事が大きかったので、次からはこう上手くはいかないでしょう」
「じゃあ、昼食を取ったら美遊ちゃんの中に欠片を入れます。これが、一歩目ですね」
そうして帰ってきた志貴くんと薊さん、料理を持ってきた美遊ちゃんと士郎さんの暖かい昼食と、携帯食料を分け合いながらひさびさに仲間での食事を楽しむこととなった。
「じゃあ、簡単な報告会も済んだことだし、早速美遊ちゃんの中に欠片を入れたいと思います。安全な所に欠片は保管しておきたいからね」
「が、頑張ります!」
「肩に力入れなくて大丈夫よ。術式自体はすぐに終わるから」
そうして、術式の前準備として美遊ちゃんの状態のスキャンと欠片のスキャンを行った所、マズイことがわかった。
美遊ちゃんの神稚児の力は、聖杯へと至る為に必要なものだ。だが、それを受け入れられる口は一つしかない。
MAGをやり取りするチャンネルは、普通の人間には無数にあるものだ。だが、美遊ちゃんのチャンネルは太すぎる一本だけしかない。そこ自体には何も問題はないのだ。太いチャンネルのMAGは受け取る側が分割して扱えば悪魔召喚などは問題なく行えるのだから。だが、問題は聖杯の欠片が超一級の遺物である事。一つでチャンネルの大半を占拠してしまうのだ、そんな無作為な入れ方をしてしまえば、後の6つの欠片を入れる事が出来なくなる。
「これは...どうしたもんかね?」
グレイルウォーの勝利条件の一つに、聖杯の欠片を防衛し続けるという項目が増えた瞬間だった。
聖杯の欠片の事は内密にして、一先ずは次の行動に移る。俺とデオンと内田は仲魔の治療や合体を行う為にまずは西の回復道場に、それ以外の面子でキュウビさんに第一次グレイルウォーの報告に行く事となった。ヤタガラスに安全な欠片の保管所があるのなら紹介してもらいたいという事もある為、欠片は真里亞が持ち歩く事になった。
「にしても、相変わらず滅入る空模様ね」
「まぁ、そりゃな。黒点現象の拡大が見えている訳だし」
「これ、空にも伸びてるけどまだ点って言っていいの?」
「現象自体は変わってないんだしいいんじゃないか?それに、黒球現象って言いにくいし」
「適当ね」
「うっせ」
ペガサスの背に乗るデオンと俺と内田。
大橋の修理は今のところなされる気配はない。仕方がないと思うが、やはり不便だ。
「ねぇ、花咲」
「どうした?」
「なんで、ヘクトール達との戦いで私たちを出さなかったの?」
「...礼儀だと、思ったんだ」
「礼儀?」
「悪魔相手なら、俺は手段を選ばなかったと思う。だけど、ヘクトールさんはどこまでも英雄だった。だから、雰囲気に引っ張られたんだと思う」
「サマナー、その言い方は違うだろう?」
「君は、死の向こうでも彼らの魂が救われるように、そう願ったから彼らとの戦いに正々堂々と向かったんだ。たとえサマナーでも、そこに嘘をつくのは許さないよ」
「あんたら、変な主従ね」
「自覚はしてる」
「私もだ」
大橋を渡り終え、ペガサスを
「それで、回復道場に行くのよね」
「ああ。でも、そこも自警団の溜まり場になってるから脅かすなよ?」
「アリスじゃないんだから、しないわよそんな事」
「アリスはするのか」
「するわね、あいつ死ねば皆友達!なんて思ってたから。...死ぬ前にも友達になれるって事を教えるまでにどれだけかかったか」
「ご愁傷様、かな?」
「憐れまないでよ、死にたくなるから」
そうして回復道場に向かって、雑魚悪魔の討伐などを行いながら進んでいく。
建物が無事である事から、とりあえず結界は破られてはいないようだ。
「じゃあ、行きますか」
「ええ、そうね」
そうして入り口の警備をしていた自警団達に声をかける。
が、またしても銃口を向けられた。
「お前ら、花咲千尋さんですよー。結界張った人ですよー」
「だからこそ通せないんだ。なぁ、花咲さん」
「聖杯の欠片を使えば、人間に戻れるって本当か?」
グレイルウォーは、まだ続いている。
情報戦という、こちらに圧倒的不利な局面で。
渡来亜編、終了です。
新たな火種を持ち込みつつも次への準備期間へGOです。
調整平均8.9とかいう作者的にはヤバイ数字出しているこの作品の評価について、評価機能がどれほど使われているのかの個人的興味からのアンケート。暇な時にでもどうぞ。
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