「聖杯のカケラ?そんなの持ってませんね」
今はだが。
「嘘をつくな!あの人が伝えてくれたんだ、花咲千尋がカケラを持っているってな!」
「...あの人?」
「俺たちに武器をくれた恩人だ」
「...旅の者って奴ですか」
だとしたら不味い。旅の者のネットワークは信じがたい事にまだ日本を網羅している。恐らく、沖縄で起きた件を沖縄の自警団から聞いたのだろう。
「...ただ、人間への戻り方は興味があります。今が人間じゃないって事を肯定したいって訳でないですが。旅の者にコンタクトを取らせてくれませんか?」
「お前!」
「確かに、あんたには恩がある。皆が落ち着いて暮らせるのはお前の結界のおかげだ。だが」
「じゃあ、その結界が人質という事で。話通してくれないのなら、割りますよ、したくないですけど」
「鬼か⁉︎」
「サマナーなんで」
「...わかったよ、通してやる」
「あざーす」
「ねぇ、今しれっとライフライン人質に取ってなかった?」
「サマナーはあんな感じだよ」
そんな訳で回復道場内部へと侵入する。反応は好意的なものが半分、ギラついたものが半分くらいだ。やはり、顔を取り戻したいのだろう。気持ちはわかるが、仮面とか傷とかタトゥーとかでキャラ付けできるのでは?と思ってはいる。俺がデオンを常に横に居させる事で俺としているように。
「お兄ちゃん...」
「よ、タカヤくん。で、合ってる?」
「うん。合ってるよ」
「良かった、割と怖いんだよなー人違いトラップ」
「じゃあ、俺は仲魔の回復を頼んでくる。元気かどうかは微妙だけど、生きててくれて良かったよ」
そうしてドミニオンの尊い犠牲ループにより治療費を節約しつつ話を聞く。
パソコン通信による、旅の者への交信だ。
「なるほど、サマナーネットのミラーサーバを経由して物資や情報のやりとりをしてるのか。ていうかミラーサーバなんてあったのかよ」
「お前、わかるのか?」
「まぁ、それなりには。これでも知識はある方なんで」
というか、集合的無意識にミラーサーバがあることに割と驚いている。特定の波長変換機器を通さないとアクセスできないという事は、このサマナーネット機能そのものを機械的に完全に理解しているという事だ。
これが、当面の敵か。
「はじめまして、サマナーの花咲千尋です。っと」
とりあえず無難な挨拶から始める。この旅の者が敵になる可能性が高いとはいえ、まだ敵ではないのだ。なら、友好的に行くべきだ。
そうして送信してすぐに言葉が帰ってきた。これは魔術的通信術のアドレスだ。この裏サーバにやって来いとのことだろう。
一応、魂を任意のアドレスに伸ばす術式は知っているし使った経験もある。だが、かなりリスキーな招待状だ。
「デオン、俺が乗っ取られてたらぶん殴ってくれ。ここなら治療もすぐできるしな」
「それほど危険な術なのかい?」
「防壁は張るけど、魂を剥き出しにするからな。万が一はある」
さて、何が出てくるのやら。
魔法陣展開代行プログラムを走らせて、俺の魂を指定されたアドレスの集合的無意識の作り出す海の上にあるセーフスペースへと降り立つ。
そこにいたのは、黒い何かが集まって形を作っているかのような人物だ。偽装の術式だろう。
「あなたが、旅の者か?」
「そういうお前は花咲千尋。沖縄のヘクトールを倒した現代の英雄殺し...で合ってるか?」
「ああ、俺が花咲千尋だ。英雄殺しはしらんが。だが、お前はどの術者ならすぐにわかるもんじゃないのか?」
「体を見てみろ、ここに来た奴はこうなるんだよ」
「...あー、この黒いのお前の欺瞞じゃないのか」
「そうだ。母体にしてるサーバーの問題だよ。表のサマナーネットが生者の意識を繋いでいるのに対してここは死者の妄念をつなぎ合わせて形作っているのだ。死人に口なし、でなくこの場合は死人に顔を見る目なし、かね?」
「じゃあ、とりあえずこっちは名乗った訳だが、そっちも名前くらいは教えてくれよ。旅の者って言い辛いんだ」
「ならばアケミと呼ぶが良い」
「偽名か?」
「気に入らなかったか?」
「その名前の偉い人が、悪魔召喚プログラムを作り出した英雄なんだよ。だから、偽名にしては大層なもん名乗るなと思っただけだよ」
「それならば安心しろ。私は中島朱実の魂を引き継いでいる。本人という訳さ」
「...もしかして、内田に協力してた中島ってのもあんたか?」
「...そうか、たまきは生きていたか」
「言伝があったら聞くぜ」
「そうだな、それでは甘いものばかり食べていると虫歯になるぞ、とだけ伝えておいてくれ。私達の関係など、その程度だ」
「了解」
一度深呼吸、魂の今では意味はないがスイッチを切り替えるのには一番だ。
「じゃあ、本題に入ろう。お前は、
「良い直感をしてるな、花咲千尋。だが、その問いには答えることはできない。それを答えるには、この世界にはまだルールが足りないのだ」
「ルール?」
「ああ、君とは違う私の回答だ。君達がアウタースピリッツと呼ぶ彼らをこの世界に呼び寄せる事で、ある人物の降臨に必要な穴を開けること」
「その人物ってのは、メシア様か何かか?」
「それは話す事はできない。君は既に繋がってしまったからね」
「繋がる、か」
思い当たるのは、ターミナルに初めて触れた瞬間のこと。あの時俺は、ナニカから知識を受け取った。
その時に、魂にタグでもつけられてしまったのだろうか。
「オーケー、とりあえずそっちも人類の存続を望んでいるって事は大きく敵対するのはなさそうだ」
「私がいつそんな事を言った?」
「内田に知恵を与えたのはあんただろ?なら、そうなんじゃないのか?」
「いいや、違うとも。たまきに協力していたのは、彼女のプランと私のプランが競合しないからだ」
「じゃあ、あんたの目的は?」
「この世界を素晴らしいものにする事だ。私はずっとその為に行動している」
「じゃあ、どうして聖杯の欠片についてのデマを流した?疑心暗鬼しか産まないだろうに」
「そんなもの、私がいずれ奪いに行くからに決まっている。強固な守りを固めるか、分散して隠すかそのどちらかだろう?ならば、そちらの方が早く済む」
「...こっちに欠片を集める理由があるからって、好きに勝手に言いやがる」
「そう言うな、私は君にとって有益な事も行うことができるのだぞ」
「欠片集めを助けてくれるってか?」
「
「私は、君に武器と情報を与える事ができる。武器生産プラントや食物生産プラント、生きているそれらをネットワークで結びつけているのは私なのだからね」
「逆に言えば、それらを繋いで大軍にする事もできると」
「そう言う事だ。が、君達が欠片を遡月に集めてくれるのは私にとってもプラスなのだよ」
なんとなく、この人の人となりがわかってきた気がする。
この人は、人を数字で見ている。だからこそ最適に人々という群れを組み立てられ、最適に人々に道筋を与える事ができ、そして目的のためならその全てを一瞬で切り捨てられる。
情がない訳ではないのだろうが、それを上回る意思がそこにはあるのだろう。
恐ろしい敵だ。
「オーケー、そっちの話に乗ってやる。とりあえず各種高位魔法のストーンを5個ずつに神経弾を5.7×28ミリで200発、いつまでかかる?」
「ふむ、それならば少しかかってしまうな。属性ストーンもその種類の弾丸もそう多くは取り扱わせていないからな」
「各地の自警団を強くし過ぎない為にか?」
「そうだ。そして、いずれ来たる脅威に対しての選別でもある」
「その脅威ってのは何だ?」
「あいにくと、話せはしないな」
「まぁ、情報は断片的に拾っていくよ。口に出さなきゃ大丈夫なんだろ?」
「...さてな」
「なんだ、外れたのか。カッコつけて言ったのに」
今の間は、肯定の意味だろう。
おそらく、口に出す事がその脅威の盗聴の条件。この顔無しの顔が盗聴器となっているのだろう。
魂レベルでの広域干渉とすれば、脅威とやらは当然ハイエストクラス。人知を超える大悪魔だ。
「...とりあえず、当面は敵じゃないって事はわかった。お互いに今は殺せる距離にいないって事だろうけどさ」
「その通りだ。だが、どうしてそう思った?」
「俺があんたの立場なら、自分のテリトリーに入った奴を自由にはさせたりしない。つまり、ここはあんたの支配領域の中って訳じゃないただの心の海に浮かぶ小島なんだろ。それは、あんたも結構無理してここに介入している事を意味する。単純なロジックだよ」
そんな事を言いながら、アナライズ完了の通知音をわざとらしく響かせる。
「手癖が悪いな」
「ま、この黒いのが欺瞞を流してるからアナライズに意味はないんだがな。データ破損が多すぎて使いものにならない。棚ぼただと思ったが、そう上手くはいかないもんだな」
「では3日後に遡月の回復道場に来るがいい。その時に言われた装備と、次に行くであろう北海道の情報を纏めておくとしよう」
「なんでわかったってのは無粋か。単純な事だしな」
試験運転である沖縄戦が終了したので、反撃の可能性の低い距離的に遠い場所から潰していく、それだけの話である。
ちなみに試験運転が沖縄からなのは、その気になれば遡月に帰れるからだったり。海越えたら割とすぐだし。
「じゃあ、3日後に」
「ああ、3日後に」
どちらともなく接続を切る。魂が体に戻る感覚は割と気持ち悪いのだが、こればっかりは仕方ない、必要経費だ。
「サマナー、無事かい?」
「とりあえずお前に殴られる事はなくて安心してる」
異物感を気合いで誤魔化しながら、再びパソコンの画面を見る。
そこには、「花咲千尋は現在欠片を持っていない、こちらのミスだった」と書かれていた。
「...それは、すまない事をした。欲に目が眩んで恩人に銃を向けさせてしまうとはな」
「いえ、撃たれてないんでセーフですよ。本物は死ぬ5秒前の相手に魔石をチラつかせて脅してきますから」
誰とは言わないが、ウチのカオスの人の実話である。
「じゃあ、ドミニオンも回復した所で質問してもいいですか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「今、どんなもんですか?」
「...正直厳しいな。物資に余裕は出来てきたが、やはりまだ悪魔の影は重い。極力周囲の悪魔は殺しているが、それでも避難民たちの心は暗いままだ。...自由がないのは、ここまで辛いものだったのだな」
「...すいません、俺にはどうしようもないですね。結界はこの建物って括りで張って始めて有効な効力を発揮させられるものですから、外に広げる事はできません」
「ああ。君は有能だが万能ではない。わかっているつもりだ」
「だが、どうせ死ぬなら人として自由に死にたいと思ってしまうのだよ。私たち顔無しは」
「...皆さんが人として生きられる未来を、俺は目指しています。まだ遠い話ですけど、今は信じて耐えて欲しいです。必ず、実現させてみせますから」
「...羨ましいな、その強い心は」
「そういうものじゃないですよ、多分」
ただ一つ残された使命だからそれに縋っている。きっとその程度の心なのだ。そう、俺は解釈している。
「じゃあ、俺たちはこれで」
いずれ殺しあうであろう人々でも、今はまだ。
そんな事を、思っていた。
「にしても、中島が居たとはねぇ」
「ああ、そっちに連絡入ってないのか?」
「入ってないわね。まぁ、私も中島を裏切ったみたいなもんだし当然といえば当然か」
「でも、お前の事心配してたぞ。甘いものばっか食ってると虫歯になるぞって」
「あいつらしいわね。人間として終わってるのにそういう細かいところは人間らしい所」
大橋を渡る空の上。時はもう日暮れ、というか日隠れ。黒点により見えない所に太陽が消えてしまっている。結界の作る擬似太陽であるが、黒点はその光を隠している。
黒点のテクスチャとしての優先度が擬似太陽を上回っているからだろうか、なんにせよ冬でもないのに日が短くて嫌になる限りである。
「中島さんって、何者なんだ?」
「コンピュータに住んでる幽霊みたいなものって言ってたわ、その割にはたまに実体化してたりしたけど」
「中島朱実は魂を電子の世界に保存してたのか。...電霊化させてか?やっぱとんでもねぇな」
流石、フロッピー一枚サイズで悪魔召喚プログラムを作り上げた超天才である。なんでもやってきそうだ。
「まぁ、本体は魔界の軽子坂高校にあるはずなんだけどね」
「魔界かー、いざって時の暗殺は難しそうだ」
「やるつもりなのかい、サマナー」
「そりゃ、敵対するって言われたんだから手段を選んでいられるかよ。向こうはマジもんの天才だぞ」
正直向こうのネットワークで生かされている人々を見た身としては躊躇う所は無いわけではないが、それは除外して動かなければならない、そんな相手なのだ。中島朱実という伝説は。
「そういや、来るべき脅威って奴の事について何か聞いてないか?」
「...話せないわ」
「あー、話す事で存在が確定するタイプ?」
「そういう事。正直どこまでがセーフなのかもわからないから、断片の情報も流せないわ」
「面倒な悪魔もいるものだね。だが、逆に情報を意図的に流して待ち伏せして殺してしまうというのは可能かい?」
「...無理ね。私の持ってる情報は中島のものよりも少ないけれども、それでも不可能だと言えるわ」
「それはどうしてだい?」
「あなた、海を殺せる?」
「そういうスケールの相手かい。この世界は広いね」
海を蒸発させるとなると、真里亞が100人居ても足りないだろう。黒点の向こうでも一応海水は存在している(と推測されている)のだから。
「中島さんは、来るべき脅威ってのにどう立ち向かうんだろうな」
「何もしないでしょ。世界がアイツの目的ギリギリまで存在していればそれで良い、なんてクソな考えしてんだから」
「目的?」
「恋人ともう一度会いたいんだって」
「...それは」
「無理だって思うでしょ?死人に会うなんてさ」
「...その人が、アウタースピリッツにまでなっていれば可能性はゼロじゃない」
「驚いた、そこまで話したの?」
「いや、向こうの話を聞いてそう思っただけだ」
「じゃあ、一応スタンスだけは明確にしておくわ。私、多分スパイとかとして見られるだろうから」
「別にいいよ、お前はお前だって知ってるから」
「どこからそんな信頼が飛んでくるの...って、まぁいいわ」
「私は、中島の味方はしないけど積極的敵対もしない。恩人だから」
「言わんでいいってのに、頑固だね」
「いいじゃないか、私はタマキのその心のあり方は好ましいものだと思うよ」
「ありがと、デオン」
太陽が隠れる夕暮れ時に、俺と内田はまた一つ仲を深めていった。
なんだか、内田に対してはズブズブだ。最低限のラインを感情が超えてしまう。
隷属契約のせいだろうか?
まぁ、いいか。
久しぶりの海馬邸、ただでさえ異様なのに荒れまくってる周囲の家々と比較するともはや別次元である。
流石築500年の長寿物件だ。
「そういや、俺のMAGパターン消されてんのかねー」
とりあえずインターホンの右に手を置いてスキャニングをかけてみる。
すると、何故か門が開いた。
「ありゃ?」
「何驚いてんのよ」
「いや、最悪侵入者扱いされると思ったから」
「あー、顔無しのMAGパターンの関係って奴?」
「そう、だから俺の記録とか意味なくなってる筈なんだよ」
「それは本人に聞いてみるのが一番早いのではないかい?屋敷の屋根の上でスタンバイしているが」
「「あ」」
「そこのナイトよ!我がインパクトを台無しにしてくれおって!」
「ねぇ花咲、この人が凄腕のドクターなの?」
「ああ見えて腕も知識も確かだよ。ちょっと奇抜なことが好きなだけだ」
「そこぉ!コソコソ話をするな!」
というわけで、ふらりと中に入る俺たち。ネタが潰された事で若干ふてくされ気味だが、ドクターに変わりがないようで何よりだ。
「お久しぶりです、ドクター」
「うむ、久しぶりだな若きサマナーよ。風の便りで戻ってきたとは聞いていたが、まさか顔無しになっていたとはな」
「んで、こっちは内田たまき。新規の顧客として紹介したいサマナーです」
「はじめまして」
「...フゥム、
「ええ、ちょっと我の強い奴でね。戦う時以外は眠って貰ってるの」
「サマナーとしてのキャパシティも高いな。ハイクラス悪魔かアウタースピリッツを仲魔にしてるな?」
「...そこまで分かるものなの?」
「目が違うのだよ」
「一応確認だ、アウタースピリッツのリスクはわかっているな?」
「ええ、キャパシティ以上の“世界の意思”が流れ込むと虚数異界現象、自我の崩壊の順で暴走する。けど安心して、意図的に虚数異界現象を空撃ちさせる事でそのリスクは回避できるわ。その為のプログラムは私のアームターミナルにある」
「マジか、デオンにもしてもらいたいんだがそれ」
「デオンは多分大丈夫よ。嫌な感じしてないし」
「わかるもんか?」
「霊視みたいなもんね。中の淀みが感覚的にわかるのよ」
「なるほど、つまりそのプログラムがあればアウタースピリッツを安全に戦力に出来る訳か。そのプログラム欲しいなガチに」
「...プログラム作った奴曰く、所詮対処療法でしかないらしいの。淀みは吐き出しきれないから、必ずどこかで決壊する」
「それに、どうやら特別性のコンバータが必要なようだ。複製も調べれば不可能ではないだろうが、現実的ではないな」
「甘い話はないという事だね」
「嫌な話だ」
その後、内田の合体プランを練りつつ悪魔全書の起動に足りないマッカを貸し出したりしつつもなんとか悪魔合体は終わった。
三色
「それでドクター、俺顔無しなんですけどどうしてスキャンで通ったんですか?」
「さぁな、俺も詳しくはわからん。弄れたサンプルが少ないからな」
「あー、確かにそうですね」
「別に探し回れば1人2人くらいは攫えるでしょ」
「いや、ドクターってサマナーとしての能力クソザコなんだよ」
「フッ、天は二物を与えずという奴だな」
「それに、メシアとガイアもドクターの有用性はわかってるから迂闊に動いて攫われでもしたら大変だ。仲介料が発生しちまう」
「心配するのそこ⁉︎」
とりあえずやるべきことは終わった。後は、この周辺の悪魔を殺しつつ帰るとしよう。
「じゃ、また来ます。お元気で」
「今度は、サプライズを期待してるわね」
「面白い、ならばその期待の上を行かせてもらおう。心しておくんだな」
特筆することはなく、順当に終わった。珍しい事もあるものである。
「ただまー」
「おかりー」
「...緩いわねぇ、あんたら」
既に事務所に戻っていた皆と合流する。
顔色は悪くはないが良くもない。ヤタガラスにも情報が流れていたのだろう。
「で、どうなったんですか?」
「ヤタガラスに封印術に長けている人材はもういない。というか、いても全員顔無しだった。つまり、ココで保管するしかないってこと。千尋くん、あの金庫使いたいから一緒に来て」
「あの金庫?」
「本当に大事な物を入れている隠し金庫があるんだよ。私と千尋くんの2人じゃないと開けられないようにしてるの」
「へー」
「じゃあ、私たちはここに残った方が良いわね。隠してるならそれを見る人は少ない方がいい」
「それもそうだね、じゃ皆は適当に休んでて」
「甘いもの食べ過ぎて虫歯になるなよー」
「うっさいわ!」
「何、アリス内田ちゃん甘党なの?」
「虫歯の心配されるくらいには甘党らしいです」
そんな事を言いつつも所長の私室の中に入る。
相変わらず物取りにでも入られたような光景だが、カモフラージュにはいいだろう。...うん、ポジティブシンキングだ、俺。
「じゃあ、千尋くん」
「はい、所長」
2人で取り出したMAG認識タイプのカードキーを部屋に隠してある二箇所のポイントに同時にかざす。すると、壁が開き金庫が現れる。
そこに、所長しか知らない暗証番号を入れてようやく金庫は開くのだ。
ちなみに、部屋に金庫を埋めたのは俺である。Do it yourself!
「オーケー、空いた。欠片を入れるよ」
「はい、確認します」
「...千尋くんを人間に戻すためにこっそり使っちゃうって可能性、誰も考えなかったのかな?」
「その時は、俺と所長で殺し合いが始まっただけですよ。100パー俺が死にますけど」
「この狭い部屋で、デオンくんいないもんね」
「さ、馬鹿なこと言ってないでさっさと閉じちゃいましょう」
「そだね。...ねぇ千尋くん」
「なんですか?」
「私さ、別に世界を救うとか全く興味ないんだ」
「私が動いているのは、千尋くんと一緒がいいから。だから、多分聖杯と千尋くんを天秤にかけたら私は千尋くんを選ぶ。それは、忘れないで」
「...はい」
そんな言葉を最後に、金庫は閉じられた。
中に、世界を救う欠片を内包しながら。
蠱惑的な魔女の横顔、そんなものが所長の見せた顔だった。
「戻ったよー...って、何この空気」
「ねぇ花咲、あんた知ってて連れてきたの?内田がアリスだって」
「他に手はなかったからな。でも、内田を殺したいってなら俺は止めない。けど、手助けもできない」
「...そう」
「じゃあ、内田。1発殴らせなさい。それでとりあえずは矛を収めてあげる」
「ああ、それでいいか?」
「ええ、私があなたを使い捨て同然に扱ったのは確かだもの」
そうして、風魔の拳が内田の腹を叩く。
体が浮き上がるほどの一撃だ。ダメージはかなりのものだろう。
「...これで満足?」
「いいえ、あと100発は打ち込みたいわ。けど、一応命の恩人でもあるんだからこれで許してあげる」
「...気付いてたの?」
「私の村を滅ぼしたのはあなたじゃない。滅ぼした奴らを殺したのがあんた。それで見つけた唯一の生き残りに、復讐って生きる道を与えようとしたのがあんた。これに気付くのに2年かかったけどね」
「でも小太郎の事を許した訳じゃない。だから、私に隙を見せないで」
「わかったわ、薊」
「じゃあ、作戦会議を始めましょう。空気悪くして悪かったわね」
「カラッとしてんな」
「殺して小太郎が帰ってくるならやるけど、そうじゃないもの。小太郎に生かされたこの命、黒点だのにくれてやるものですか」
「でも、黙ってた花咲にはムカついたから、後で覚えておきなさいよ」
「やめてくれ、貧弱サマナーの俺は今みたく殴られたら水風船みたく吹き飛ぶ」
「殴りはしないわよ、多分」
そうして、次のグレイルウォーへの作戦会議か始まった。
とはいえ、ターミナルのクールダウンにかける時間が必要であるためすぐに行動するという事は出来ない。1人を飛ばすならインターバルは少なくてすむが、6人を飛ばした事で負荷は加速度的に倍増して行った。おおよそ2週間。距離の近い沖縄でもこれだけだったのだから、距離の遠い北海道では月単位のクールダウンが必要になるかもしれない。
やはり時間は、敵だ。このクールダウンを加速させる術式や機能をどうにかしてつけられないか検討してみる必要もある。
でなければ、2年という短い期間で全ての聖杯の欠片を集めるのは難しいだろう。
「ターミナルに繋がるのは、怖いんだがねぇ」
「サマナー?」
「なんでもない、じゃあ次の話だ。こちらのグレイルウォーに対して旅の者と名乗っていた男、中島朱実が情報戦を仕掛けてきてる。欠片で人間に戻れるとかの邪魔な情報を流してきたのは、こちらの欠片を分散させる事が狙いだ...って本人は言ってた」
「会ったのなら殺しといてよ千尋くん」
「ですね、間違いなく中島とやらは敵です。殺して損になる事はないでしょう」
「ミズキさん所長に汚染されてません?」
「...ハッ⁉︎」
「いーじゃん、ミズキ。カオスサイドに堕ちるのだー」
「...いえ、私は護国の徒!邪心に堕ちるものですか!」
「これは、即落ち2コマという奴かい?」
「お前どっからそんな知識得たよデオン。俺も思ったけど」
「まぁ、そんなわけでそいつから3日後に情報と物資をもらう事になってます。罠の可能性はあるので、事務所の警備は厳重に」
そうして、その日は終わりを告げた。深夜警備のローテーションをジャンケンで決め、そして案の定負けた俺が自室でストーンを作るようにプログラムしてから事務所の屋上に行く。
警戒術式の動作確認の為だが、そこには先客がいた。
「あ、千尋さん。どうしたんですか?」
「お前こそどうしたんだよ縁」
「私は...ちょっと考えてました。旅の者、中島朱実は目的はどうあれ、この終わった世界で人を、物凄い数の人を救って生かしています。ただ邪魔だからって殺していい敵なのかどうかって」
「縁...お前、2年も所長と一緒にいたのによくそんなお利口さんな考えが残ってたな」
「そこですか⁉︎」
「半分くらい冗談だよ。でも、お前はそれでいいんだと思うぞ」
「悩んで迷って、苦しんでそれでも考え抜いた先にしか自分の答えは存在しない。そんなもんだよ」
「千尋さん...」
「ま、先輩風を吹かさせて欲しいから相談はいつでも受け付けるけどな」
「...いいえ、それはもうできそうにないですね」
「そりゃまたどうして?」
「もう、日付が変わりました。私、今日が誕生日なんです」
「私、17歳になりました。千尋さんと同い年です。だから、同僚って事になります。先輩だからって千尋さんになんでも背負わせてしまう私は、卒業です」
「これでも、結構頼ってるんだがなぁ」
「今まで以上に、頼って下さい!」
「私、千尋さんと一緒に、この世界を救いたいです」
その顔は、迷いはあれどそれを上回る決意を持った、美しい聖女の笑みだった。
今回は、カオスヒロインとロウヒロインの攻勢でした。
尚、中島は欠片を持っている事は否定しても欠片を使えば人に戻れるという事は決して否定しないクソ野郎ですが、コイツが居ないとガチに人類は滅んでました。自警団の人々に信じられているのはその為です。
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