白百合の騎士と悪魔召喚士   作:気力♪

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白い世界

「アラクシュミー様の知識では、この辺りに拠点があるはずだ。もっとも、街からはかなり離れているがな」

「...街から離れると手のつけられてない廃墟なのね。リソースの問題?」

「さぁな。アラクシュミー様の知識を引き出せるとはいえ、十全ではない。私の知識をあまり当てにしないでくれ」

 

などと言いつつも警戒の構えをとるラクシュミー。街から出て、随分な数の悪魔に襲われている。

 

それも、種族は天使に連なる者が多い。ガイアの街を取り戻そうとする勢力だろうか。

 

「邪悪なサマナーめ、死ね!」

 

「...私はあまりキリスト教圏の事には詳しくないのだが、天使とはこういう者の事を言うのだろうか」

「そうなんじゃない?実物がそうなんだし」

 

「人の善悪を、その心を見る前に決めつけないで!」

 

天使パワーを中心にした天使の群れから放たれる数多の魔法を、縁がその両手から生み出す神々しい盾により防ぎきる。改めて思うが、なんだろうかこの力は。聖女であると言うだけでは説明しきれない何かが彼女にはあるのかもしれない。

 

まぁ、今は使える仲間と言う事で十分だろうからそんなに気にはしていないのだが。細かい事は後でいいのだ。厄ネタなら花咲あたりがきっと何とかするだろう。

 

「貴女は、まさか⁉︎」

「とか驚いてくれている隙にかますよ、ラクシュミー」

「ああ、雀の涙だろうが、殺しておく事には意味があるさ」

 

グリフォンを召喚しその背中に乗ってヒノカグツチにMAGを込める。すると刀身から退魔の炎が伸びて、大群を両断する大剣と化した。

 

花咲に教えられるまで知らなかった、ヒノカグツチの礼装的利用法である。黙っていた中島に殺意が湧いてくるがそれは傍に置いておこう。

 

そして、大剣からなんとか逃れた天使は、ラクシュミーの銃撃と志貴の暗殺で終わらせる。ラクシュミーが戦線復帰してからというもの、戦闘の組み立てが楽でいい。近遠どちらにも強いというのは、それだけで役に立つのだ。

 

「...良し、残りは居ないわね。先を急ぐわよ」

「ああ、しかしこのトラックを取り出したストレージとやらは凄い技術だな。私の時代にもあれば補給の問題を解決してくれたかもしれないというのに...」

「無い物ねだりはしたくなるわよね、こうも技術が進んでると。私の時代なんて腕に5キロあるコンピュータつけて戦ってたのよ?それが今じゃ何グラムの世界なんだから。本当に凄い時代よ」

「そうなのか...お前も私同様時代を飛ばされて生まれ変わった者なのか?」

「結界の外にいた時間が長かっただけだから、私は死んでないわね。まぁ、改造はされてるからある意味生まれ変わっているかも知れないけど」

「そうか...世界を覆う結界の外、どんなところだったんだ?」

「どこも変わらないわよ。少しでも長く生きられる土地を我先に奪い合って殺しあってる。そこに、ガイアもメシアも人間も悪魔も関係なかった。だから、滅んだんでしょうね」

「...そうか」

「湿っぽい話はこの辺で切りましょう。丁度志貴も戻ってきたみたいだし」

「...なぁ、所で運転を変わる気はないか?お前の運転は、なんというか、荒っぽい。それでは彼らも心労が増すばかりだろう」

「でも、運転できるの?」

「もう見た。問題はないさ」

「本当に?」

「出来ると感覚が告げているんだ。これも生まれ変わった結果だろう。輪廻転生とは少し違うようだが、まぁ使えるものは使うさ」

 

そうしてラクシュミーが運転を始めたトラックの運転は安全を配慮したものだった。何故か悪魔との遭遇率が跳ね上がった気がしたが、対処可能な範囲なので問題はない。

 

「このビルが拠点だ。トラックを付けるぞ」

「廃ビルねぇ、悪魔が住み着いてそうな良い所じゃないの」

「実際、力のない悪魔たちの寄り合い場の役割もあるようだ。彼らと助けた人々が上手くやっていけると良いのだが」

 

そうして日は暮れる。助けた人々は、悪魔や天使に毅然と立ち向かう縁の姿に感化されたのか少し生きる気力を取り戻しているように見えた。ああいうのが、カリスマと言うのだろう。

 

「いつの間にやら、彼女がこの一団の長となっているな」

「いいんじゃない?あんたもあの子の仲魔になれば指揮系統も混乱しないし」

「お前は良いのか?リーダーはお前だったのだろう?」

「拘りは無いわよ。まぁ縁が暴走したら止めるけど、基本は自由で良さそうね。そっちの方が性に合ってるし、楽で良いわね」

 

「では、仲魔とやらになりに行くとしよう。もっとも、彼女が私を受け入れてくれるかは...いや、私次第だな」

 

そうして、ガイアに対抗する小さな一団に反逆の種火が生まれた。

それがこの札幌を覆う大火になるとは、その時はまだ誰も知らなかった。当の本人達でさえも。

 


 

ガイアの街についてから1週間。俺たちはこの街のシステムを大体理解してきた。

 

まず、この街には団員に仕事を割り振る機関などは存在しない。基本的に自由なのだ。主要箇所の防備などは大将であるヨスガの仲魔が行なっている。ミシャクジ様も実はヨスガの仲魔なのだとか。キャパが多いとは面倒な話だ。まぁ、敵対するかはまだわからないのだが。

 

だが、団員達に仕事を与える機関は存在する。それが悪魔ハンター協会だ。

ガイア教団の東地区に存在する大きな建物で、割符を見せれば依頼を出したり受けたりする事が可能なのだ。このあたりのシステムは旧来のヤタガラスのものに似せて作られているが、UIなどが別物だった。おそらく1から作り直したのだろう、突貫で。バグの報告をすれば地味にマッカが貰えるので、ちょっぴり稼がせてもらったりした。ソフトウェアの知識なら一から悪魔召喚プログラムを組み立てられるほどにはあるのだ。海馬の知識には。

 

そんなわけで2日目以降は戦闘系の依頼を協会で受けてこなしつつ、ガイアの街の情報収集をしていた。

 

わかったことはいくつか。

 

まず、このガイアの街の主要区画、ヨスガの住んでいると思われるガイアタワーを中心に円形で半径10キロほどの範囲では、建造物の構築がほとんどMAGの物質化(マテリアライズ)現象によって行われている。それにより都市を清潔、かつ機能的に保つことができているのだ。

ただ、ここまで大規模なマテリアライズなど補助演算装置などが無いと不可能だろうから、そこから逆算すればこの街にバックドアを仕込む事も可能かもしれない。街の外にいる縁達の活動の助けになるとすればこのあたりだろう。

 

次に、所長の実力について。

 

まず前提として、俺たちの試験をしてくれた志島さんは試しにおいて突破率ほぼ0%を記録していた鬼試験官だったらしい。本来は試験官の情報を集める情報収集力なども試されているのらしいが、志島さんは基本どんな策や奇策にも対応してしまうのでこの人は無理だと諦められたのだ。お陰で門番は働かないで金を貰える良い仕事になっているらしい。羨ましいな畜生。

 

なので、まずその時点で目をつけられてガイアの連中に喧嘩を売られるようになった。

 

そうなると途端に活き活きするのが所長である。襲ってくる人も悪魔もばったばったと切り倒していた。お陰でガイア入信から最短での幹部昇進の声がかかったのだ。所長のノリでいつのまにか断られていたが。

 

つまり、所長の実力はこの悪鬼蔓延るガイアの街においても十分に通用するエースであると言う事だ。つまり、所長を倒せはしないものの追い縋れる俺とデオンでもそこそこにはやれるという事。これは少し意外だったが、まぁ偉くなれば足の引っ張り合いもあるのだろう。幹部クラスの実力者に死人が多いのはその為だ。確認はしていないが。

 

尚、幹部の席を蹴った事で所長の名声はガイアの中で更に高まっている。ロックな生き方をしている方が好かれるらしい。流石カオスだ。

 

そんなわけで、今日も今日とて天使殺しの日々である。

 

「この1週間じっくり調べてみましたけれど、この街の内側にはアウタースピリッツはいなさそうですね。誰かの仲魔になっているんでしょうか」

「んー、居ないとも思えないんだけどねぇ。そんで、居るならひけらかされていないとも思えない。手札を隠したまま生きられるほどの強さがあるなら、そもそもアウタースピリッツなんて意味のわからないもの仲魔にしようとは思わないからね」

「ラクシュミーさんみたく顕現した瞬間に義憤で動いて殺されてた、みたいな事ですかね?英雄と呼ばれた人がそんな死に方をするとも思えないんですが」

「それ、何気に彼女をディスってない?」

「だって人が良いことと運が悪いことと()()()()()()()()()()くらいしか知りませんし」

 

アラクシュミーという女神を不足なく、むしろ過剰なくらいに内包した事で、縁のキャパシティでは扱いきれなくなってしまったのだ、ラクシュミーさんは。

あの縁のキャパを超えるあたり、相当の大物になったのだろう。これは、ガイアにけしかける際に役に立つ筈だ。

 

まぁ、支配下に置けなくとも契約のラインは繋いでいる。話に聞いたラクシュミーさんの人となりから考えても縁と反発することはないだろうし大丈夫だろう。

 

アウタースピリッツの専門家である内田も向こうにいる以上、虚数異界現象やアウターコードの心配もない。

 

何気にとんでもないのを味方につけられたかもしれない。幸先が良いな。

 

などと思っていたのが災いだったのだろうか。ヴァーチャーの群れがやってきた。しかも左右からの挟撃で。

この区域での警戒クエストは残り30分ほど、あの群れの数では残業コースかもしれない。それは面倒だ。

 

「所長、他の人の目はないんで俺たちも出ますね。さっさと終わらせましょう」

「うん、じゃ私右半分ね」

「サモン、クー・フーリン。大群相手だ、思いっきり頼む」

「あいよ、久々の出番だ、暴れさせてもらうぜ!」

 

クー・フーリンが獣のようなフォームで足で槍を投げ、それを空中で分裂させる事で対軍用の投槍術と化す。

 

相変わらず頼りになる事だ。

 

銃撃属性に対しての力場は大してなかったのか、あっけなく散るヴァーチャーたち。残りは運良く急所を外れた数匹程度だ。これならすぐにカタはつく。

 

そう思って所長が対応していた側を見ると、意外な事に苦戦をしていた。

 

「所長、何やってんすかー」

「こいつら、斬撃と疾風に耐性力場がある!この天使は私用にカスタマイズされてる奴よ!」

「サマナー付き⁉︎クー・フーリン、所長への援護!デオン、サマナー探すぞ!元を断たなきゃ次がどうなるかわからない!」

「仕方ない、クー君!この雑魚どもお願い!」

「あいよ、2発目行くぜ!蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

そうして、再び放たれた槍の雨によってヴァーチャーはあっけなく散っていった。そしてその残骸を回収して逆探知の術式を仕掛ける。

 

こういった大規模召喚術では直接に本人に結びつくことはなく、中継アンテナの位置から術者の位置を逆算することは可能だろう。

 

そう思ってヴァーチャーに意識をダイブさせようとルートを開こうとしたら、そのルートが弾かれた。霊的防壁(ファイアウォール)だ。

 

そこまで高度なものではなかったが、強固なものだ。使っているリソースの量が多いのだろう。慎重なサマナーだ。

 

ガイアの膝下で天使を使っているのだから当然といえば当然か。だが、これは考えようによっては悪い事ではない。

 

ガイアに対抗する勢力か個人かが確かに存在しているという事だ。

 

この規模の奇跡をやっている以上、聖杯は間違いなくヨスガが持っていると見て良い。盗むか、奪うか。どちらにしてもこの街の規模を考えると正面突破は無謀だ。

 

所長でさえ、幹部クラス止まりなのがこの街の強さのレベルなのだから。

 

だから、これは幸運だ。実力で所長に劣る俺が出来ることは、このファイアウォールを破り契約の主を見つけ出すこと。

 

やってみせよう、それを押し通せる力も知識も俺の中にはあるのだから。

 

「侵入ライン、多重化。侵入角度、乱数回避パターンCを選択、実行。...23番、ヒット。ライン集中。中継部に侵入、座標特定開始...完了。術式を切断、痕跡の消去シークエンスを実行...完了」

 

思考を258のラインに振り分ける荒技をしたためか、頭がクラクラする。やっぱり分割思考は3つくらいが人間の限界だ。

 

と、この辺りでヴァーチャーの残骸がMAG化し昇華される。ギリギリセーフだったらしい。危なかった。この残骸が先に消えていたら元のラインが切断されて俺の意識は虚空を彷徨うことになっていたかもしれない。

 

こういうリスクが最初に頭に浮かばないあたり、俺は知識を受け継いでいてもまだ使いこなせてはいないのだろう。日々精進あるのみだ。

 

「千尋くん、どう?」

「...ヤベーですよこの術者の根性。中継部のある位置はガイアの街中心部、ガイアタワーの地下に中継ポイントを置いてます。これは、行ってみる価値はありそうですね」

「でも、地下への侵入口なんて調べた?ガイアタワーはセキュリティ厳しくて中は幹部じゃないと入れないらしいじゃん」

「そこなんですよねぇ...誰かに調べてもらうって訳にはいきませんから、札幌旧市街のトンネル図とかを照らし合わせて探してみるってのが良さそうです。次はデータセンター行ってみましょうか」

「札幌のデータセンター...ギリギリ街の中じゃない?」

「跡地でもなんでも何かしらはあるでしょう。というか、ないとお手上げです」

「サマナー、なんだか場当たり的過ぎやしないかい?」

「仕方ないだろ、情報の出所が突然やってきたんだから」

 

そうして、東区域警戒クエストを後続の人に引き継ぎデータセンター跡地へと向かう。幸い、この辺りから離れてはいないのが救いといえば救いだ。

 

「何が出るかなー」

「鬼が出ても蛇が出ても括りは悪魔なので一緒ですよ」

「というか、カナタは何かが出る事を期待しているのかい?」

「そりゃね。ここの連中どっか飛んでて楽しいし」

「これまでの日々を楽しいと言えるのか...やはり大物だね、カナタは」

「頭カオスなだけだと思うけどなー」

「千尋くんも大分こっち側だと思うけどねー」

「そうなのか、それならサマナーを切る準備はしておかなくてはならないね」

「それは勘弁してくれ」

「なら、人並みの善良さを失わない事だね」

「へーい」

 

仲魔にこうまで言われてしまうとは、サマナーとしては落第点かもしれない。が、正直それも含めて関係性としては心地良いものなので別に構わないと思っている。仲魔のコンディションを最善にするのもサマナーの役目だろう。多分。

 

「...着いたよ」

「綺麗さっぱりな更地ですね。こりゃ望みは薄...ッ⁉︎」

 

瞬間、常駐させていた対抗術式の1つに反応があった。

認識阻害系の結界のようだ。つまり、データセンターはここにある。存在している。

 

そして、それが隠されている。

 

「所長、中の探索に入ります。外の警戒お願いできますか?」

「...罠だよ。私じゃ中を見れないから勘でしかないけど」

「押し通します。幸い、この街に来てからまだバルドルもデオンの実力も見せてません。切れる鬼札(ジョーカー)はありますよ」

「...どっちにしても中に入らないとか。定時連絡密にしようか。10分刻みでコールするから本気で気をつけて」

「了解です。...アクティブソナー、起動。反射係数から周囲の光景を逆算、網膜に投影完了。デオン、そっちにも映像回した。ラグがあるから戦闘では視界はあまり信用しないでくれ」

「了解だ、だが全く見えないのと少しは見えるのとでは大分違う。この視界、ほどほどに頼らせて貰うよ」

「オーケー、じゃあ行くぞ」

 

そうして結界の中に入る。視界の中には何も見えていないのに投影映像にはきちんと建物の形が確認できる。高さは3階建くらい。広さは不明だが、そう巨大ということはないようだ。建物の周囲を一周してみたが20分とかからなかった。中が拡張されているタイプの建物だろうか。

 

「入り口は、南側にあるドアのひとつだけのようです。鍵はかかっていませんでした。これから侵入を開始します」

「...引き際を間違えないでね」

「分かってますよ」

 

中へと侵入する。この時点で俺の姿は所長からは完全に見えなくなった。俺からも所長の事は見えていない。見えるのは街の風景の静止画だけだ。

 

正直、空中を歩いている気分がして気味が悪い。それはデオンも同様のようだ。

 

「デオン、カラドリウスを出しておくか?」

「いいや、天井の高さがわからないのであれば彼も厳しいだろう。偵察の手が欲しくはあるが、それよりも戦力の方に回すべきだよ。この建物、何かが居る」

「...引くか?」

「帰り道のマーキングはしているのだろう?なら、進みたいね。敵か味方かそれ以外か、そのくらいは掴んでおきたい」

「...わかった。だが、前は任せるぜ?さっきからマーカーとの距離を測ってるけど、距離が()()()()。多分距離が不安定なんだ。観測されていない事でそういうギミックを作りやすくしてるんだろうな」

「なるほど、帰り道はわかるがどれだけ走るかの距離はわからないと」

「そういう事。だから前から手に負えないのが来たら逃げる...ってのが簡単にはいかない訳だ。こればっかりは祈るしか無いな」

「祈る神がこの世界にいるのかい?」

「いっぱいいるけど、応えてくれるかは微妙だよなぁ...あー世知辛い」

 

馬鹿話をしながらもゆっくりと確実に進む。1階のマッピングは完了てはいないが、上に上がる階段を見つけることができた。

というか、階段なのな。エレベーターは無いのか。

 

「健康志向なのか、電力を極力見せたく無いのか...どっちかねぇ?」

「流石に健康志向というのは無いと思うよ。というかサマナーも思っていないだろうそんな事」

「いや、ちょっとは思ってる。こんな変な所に変なもの置いたのは、心眼を獲得するため!とかさ」

「言っておくが、心眼というのは自然に周囲を感知できる魔法のようなものでは無いのだよ?空気のズレや微弱な音、そういうのと記憶した直前の視界の情報を組み合わせて次の敵の手を経験的に予測するというのが心眼と呼ばれる技術だ。まぁ、私の私見だがね」

「そりゃ、なんとも修行が必要そうな事で」

「出来る人は一瞬で出来るし、出来ない人は一生かかってもできない。そういう技術なのだと思うよ」

「つまりお前はできた側だと」

「言わぬが花、という奴さ」

「言ってるようなもんじゃねぇか」

 

P-90を握る手に少し汗が滲む。階段を上がる瞬間は緊張するものだ。

 

「サマナー、来るよ」

「だよなぁ、居ないわけないよなセキュリティ!」

 

そうして自分が目にしたのは、天使ドミニオンの群れだった。

ウチのドミニオンとは違い、腹に檻のようなものを抱え込んでいる。アナライズ結果がそうだと示していなければ新種の天使だと思っただろう。

 

「サモン、ドミニオン!仲介頼めるか?」

「ええ、やってみましょう」

 

そうして天秤を手にドミニオンに話をつけようとするドミニオン。だが、反応は思わしくない。

 

むしろ、ドミニオンを見た事で警戒度がより高まった気すら感じる。

 

「すみませんサマナー、ここから離れるなら追いはしない。しかし奥に入るなら容赦はしないとの事です」

「じゃあ、ここから話をする事はどうか。って聞いてみてくれるか?」

「望みは薄いでしょうね。彼らは、天使を拒絶している。奇妙な話ですがそう感じたのです」

「...なら、言うだけ言っておくか」

 

息を大きく吸い込み、群れと化しているドミニオンに対して声を投げかける。

 

「俺たちは、ガイアの敵になるかどうかを決めかねている!俺は花咲千尋。この街についての情報が欲しいとお前たちの主人に伝えてくれ!」

 

「...そう、あなただったのね」

 

そんな声が、どこからか聞こえた。

瞬間、身体を襲う圧倒的なMAGのプレッシャー。ハイエストクラスの人間がすぐ近くに現れたのだ。

 

前兆もなく、瞬間的に。

 

「...あんたが、天使たちの主人か?」

「そう、そしてガイアの街の主。私がヨスガよ」

「...は?」

「私の目的は、少数精鋭の強いチームを作ること。この札幌は立地が悪くてね、日本で真っ先に黒点に飲み込まれてしまうのよ。だから、ここを選別の場所にしてるの。いずれ、楽園を奪い取る為に」

「...待て、なんでそれを俺に話す?」

「だって、貴方はとても良いもの。ヴァーチャーを殲滅出来る仲魔を従えておきながら、それを必要があるまで隠し続けてきた事。そして、ヴァーチャーの残骸の細い糸を手繰って私のCOMPまで辿り着いた事。そして、このデータセンターを見つけ出した事。どれも、ただ力があるだけではできなかった事。貴重な人的資源よ」

 

その言葉にデオンが前に出て、俺が一歩下がる。コイツは、ガイアを統べているにもかかわらず論理的(ロジカル)だ。カオスの思想とロウの思想を兼ね備えている。だからこそ天使を扱う事が出来ているのだろう。

 

「わかったら、私に跪きなさい」

「...まだ、頷けない」

「実力差は確かなのに?」

「強さで言えば、俺はヨスガ様と比べればナメクジみたいなもんだ。だけど、意地はあるんだよ」

 

「俺は、黒点現象解決のプランを持っている。その為にこの街にやってきた」

「それって、これを使うって事?」

 

黒く染まった右腕で胸を開くヨスガ。そこには、聖杯の欠片が埋め込まれていた。

 

万能の願望器である聖杯は、それがたとえ欠片だとしても強いMAGで起動させれば十分な出力のエンジンになる。この街を作り、外敵を作り、そしてそれを運営する。それが可能になる力だ。

もちろん、本人の強い思いとその器たる強さがあっての事だが。それでもそれは聖杯の欠片を侮って良い理由にはならない。

 

なればこそ、誠実に。心の底の底から。

響く言葉は、本心からしか生まれないのだから。

 

「それは、聖杯の欠片。それを集めて完全体にする事で万能の願望器が完成します」

「それで、黒点をなんとかしてもらおうって?」

「違います。黒点現象に聖杯によるアプローチが可能だったならばこの世界がこうなる前に聖杯は使われています。だから、アプローチの仕方はミクロに。黒点現象を超えられる人類の進化系(ネクステージ)に成る事で向こう側に渡り、原因を究明し、解決する。それが俺たちの目的です」

「つまり、あるかわからない原因を探してみせるから欠片を渡せって言うの?」

「...でも、ゼロか那由多の果てかの違いはあります。人類が生き残る為にやるべき事だと、俺は信じています」

 

「だから、欠片を俺に渡してください」

 

そんな言葉の後には、ヨスガの嘲笑があった。

 

「あなた、馬鹿ね」

「自覚はしています」

「じゃあ、試練をあげる。この試練を超えられたならあなたを信じて欠片をあげる。ただし、あなたが負けたらあなたの大切な仲魔、そこの英霊の契約を貰うわ」

「優しいんですね、命を獲らないなんて...って訳ないですか」

「この騎士の最初の仕事は決めているの。わかるでしょう?」

「悪いが、私はそのような命令を受けることはない。どんな悪辣な試験であろうとサマナーは超えていく。私は仲魔として、サマナーを信じている」

「良いわね。サマナーと英霊の深い繋がりは。じゃあ、試練に行きましょう。内容は単純、こっちの時間で一月の間、ある異界で過ごす事。それが試練よ。付いて来なさい」

「すいません、仲間に連絡入れても良いですか?」

「構わないわ」

 

そうして、俺は通信石により所長に連絡を入れて招かれるままにヨスガの元へ行く。

 

「死なないでね」と一言告げられて。

 

そこで一瞬の浮遊感の後に自分たちがいたのは、街のあらゆるポイントを監視している映像をモニターしている部屋だった。そこでは低級のエンジェル達がコンソールを操作している。

 

あの高速転移だ。体感はしても術理がわからない。これも聖杯の力の類なのだろうか。

 

「じゃあ、奥の間に行きなさい。花咲千尋、あなた1人で」

「...デオンは?」

「これはあなたへの試練よ?英霊は連れて行かせないわ」

 

「そして、COMPも武器も無しよ。体1つで」

「...異界強度は?」

「ピクシーも現れない程度の安全な異界よ。トラップはあるけどね」

 

「改めて、一月の間あなたがその異界で過ごす事が出来たのなら、あなたに欠片をあげる。でも、途中で諦めて自分から外に出てしまったのなら失格よ。事前の装備は...服くらいら許してあげるわ」

「そうですか...ならデオン、COMPを任せる」

「サマナー、良いのかい?信じても」

「毒を食らわば皿まで、だよ」

 

スマートウォッチとスマホをデオンに渡す。流石に1月もの長い間他人に自分の生命線を任せる訳にはいかないのだから、デオンが外で待っているというのは案外悪いことだけではないのかもしれない。

 

「じゃあ、行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい。ああ、それと」

 

「私が中に入るまでが一月だから、間違えないでね」

「...はい」

 

そうして、その試練の間へと入る。

入り口は普通の異界同様のスタンダードなもの。だが、話を聞いた限りではそう恐ろしいものではない。

これが試練になるのだろうか。そう思ったのは、おそらく一生の後悔だろう。

 

異界の中に入った瞬間、俺の体は崩れ落ちた。

 

「身体を保てないほどのMAG密度の薄さって、拷問用の異界か何かか畜生。やってくれる」

 

まずは、この異界に適応する事だ。

 

「やるべきは、身体を作り変えることかね、これは難易度高いのわ」

 

この異界には、何もない。一面真っ白で、地面と空の違いすらわからないほどだ。

 

「まぁ、1月もあるんだ。なんとかなるか」

 

そうして、徐々に身体を慣らしてなんとか自由に行動できるようになって。

 

ここの馬鹿みたいな広さに圧倒された。

 

「ヤベー、入り口近くから離れない方が良いな。これじゃあ迷って死にかねん」

 

そうして、一月が過ぎた。

 

「1人で一月とか割とやばいな、独り言だらけだったぞ」

 

そして、入り口近くで声が聞こえた

 

ひどくゆっくりな、その声が

 

「ああ、言い忘れていたけどその異界の相対時間速度は私たちの世界の2400倍。あと199年と11ヶ月、頑張ってねー」

 

世界が凍った気がした。

 

それが、俺の戦いの本当の始まりだった。




なんだか上手いこと文章量が膨らまない問題です。まぁ区切りの良いところで切ってるからなんですがねー。

調整平均8.9とかいう作者的にはヤバイ数字出しているこの作品の評価について、評価機能がどれほど使われているのかの個人的興味からのアンケート。暇な時にでもどうぞ。

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