白百合の騎士と悪魔召喚士   作:気力♪

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白と黒の掛け算

思考を回し続ける。まず、このまま200年そのまま耐え続けるというのは無理だ。MAG濃度の関係で取り込める栄養がこの周囲では枯渇している。危険を覚悟で入り口付近から離れなくてはならない。

 

だが、離れるといっても問題だ。この異界の入り口は転移タイプ。床にある円形の光が入り口を示す唯一の印だ。

 

3メートルも離れれば、見えなくなるほどの。

 

「クソ、動かなきゃ確実に、動いたら8割方死ぬか...」

 

いや、8割方というのは安く見過ぎているかも知れない。九分九厘が正しいかと考えると泣きたくなってくる。

 

だがダメだ。いま崩れたら立ち直れない。立ち直るきっかけになる刺激がこの世界には存在しない。

 

仕込んでいた手持ちの装備は、ほとんどが意味をなさない。今の自分には魔法陣展開代行プログラムが存在しない。そのため、ストーンの類からMAGを抽出して非常食とすることもできない。

 

本気で、生き残る為に動かなくてはならない。

 

「さて、どうせ動くなら一直線にだな。ペンでもあれば目印には事欠かないんだが、ストレージの中なんだよなぁ...」

 

悔やんでも仕方がない。タイムリミットはあと200年ではない、俺の心がこの状況に折れてしまうまでだ。一月は、頭の中にある魔法陣や人類の進化系(ネクステージ)理論の再検討で何とか、それもネタ切れだ。再検討の為に魔法陣を描こうにもそれを代行してくれるプログラムがないのだからシミュレーションもできやしない。

 

「...少しでもMAGの濃い方へ、手持ちのストーンでもこの規模のMAG濃度で出てこれる奴なら倒せる」

 

そう思って進んでいくが、MAG濃度が一定しない。観測能力が自分の主観頼りなのでマッピングして規則性を掴むなんて事も出来ない。

 

...このMAGのブレの原因は何だ?強力な悪魔が自身の存在規模を抑え込んでいる結果だろうかとも思ったが、そんな悪魔がこんな地獄に捕らえられている訳は...ひとつあるか。

 

それは、異界の主の存在。異界である以上、維持する為には楔となる悪魔の存在が不可欠だ。

 

それはもしかしたら、この異界のタイムスケールをいじることのできる唯一のチャンスかもしれない。

馬鹿正直に200年も待つ必要があるのではない。ヨスガがこの異界の中に入ってくるまでが試験のタイムリミットなのだから。

 

「うし、やるぞ。不規則なMAGの濃い場所を辿れば大元に行ける筈だ。それからどうするかは、その時に決めればいい」

 

どうせ選択肢などないのだ、行き当たりばったりがこの場合の最適解だろう。

 

そう思って、歩き続ける。

 

そうして、不規則なパターンの理由はわからないままにソレを発見してしまった。

 

巨人、というわけではない。ただ、この薄すぎるMAGの中では際立ちすぎる鋭い刃のような存在感。

 

人の形を取っているのは、MAG抑制のための擬態だろう。

 

あれは、間違いなくハイエストクラスの悪魔だ。そして、この異界の主でもある。

 

自然と、息を飲む。隠れる場所のないこの異界では、最悪全てを投げ捨てて逃げるしかない。

 

そして、俺のMAGを感じたのかその悪魔はチラリとコチラを見た。

 

それだけで、死を予感した。

腹の中の物を戻さなかったのは中に何も入っていなかったからだろう。一月MAGだけで生きていたのは幸運だったか。

 

あれは駄目だ、戦ってはならない。存在を認識されてはならない。

 

死が、人の形をしているだけだ。

 

「...何者だ?」

「驚いた、殺さないんだな俺を」

「俺はこの異界の中では自我を保てている。そういうようにサマナーが作ってみせた。だから、まだ殺さないで済んでいる」

「そうか...俺は花咲千尋、ここに放り込まれたヨスガのおもちゃだよ」

「そうか?随分と()()()なようだが」

「一月ずっと頭の中で術式練ってた。だから、自我境界のズレとかはまだ何とかなってるよ。でも、それだけだ」

「なら、教えてやろう。お前の試練の期間がなん週間かは知らないが、それを短縮できる蜘蛛の糸はある」

「お前を殺してこの異界の支配圏を奪うってか?あいにくと俺は体1つで戦える異能者じゃないんだ」

「そんな事はどうでもいい」

 

「俺は、俺として殺しがしたいんだ。貴様のような奴をな」

 

瞬間、抜かれる刀。反射的に下がった事で左手の中指と人差し指の先が切り落とされる。程度で済んだ。それは、まさに幸運と言って過言ではない。

 

今の一振りでわかった、今の俺では確実に殺される。これは、恐怖が告げる確信だ。

 

逃げろ、逃げろ、逃げろ!

 

「ああああああああああああああああああ!」

 

隠し持っていた手持ちのジェムを手当たり次第に投げまくる。当然そんなわかりきった攻撃は奴に通用せずに躱されるが、それは本命ではない。

 

本命は、MAGチャフ付きのスモークグレネード。ブーツに仕込んでいた本当のとっておきだ。

それが展開したかを確認せずに、脇目もふらず、ただ逃げる。それ以外に方策などないのだから。

 

そうして、がむしゃらに走り続けた結果、

 

俺は、自分の位置を見失った。

 

「...最っ悪だ」

 

この時点で、俺は自分の帰還が不可能であると理解してしまった。

この、何も障害のないただ白い空間において、術の使えない魔術師があの悪魔から200年逃げ切るというのは不可能だ。

そして、200年以内に強くなるというのも同時に不可能、顔無しである事を利用しての肉体改造をしようにも、あれは自我境界を自ら曖昧にする事で新たな自分を獲得するという現象と見て間違いないだろう。

こんなMAGの薄い空間でそんな事をしてしまえば、精神は形を保てずにたちまち拡散して消滅してしまう。つまり、俺は死ぬ。

 

最後に、一か八かの勝負に出てあの悪魔を倒すという事だが、それが可能であると思えるほど俺は俺の実力を理解していない訳ではない。

勝率は、間違いなくゼロだ。なにせ、緊急攻撃用のジェムはさっきの逃亡で全て使い切ってしまったのだから。

 

残る攻撃手段は、殴る蹴る。そんなんで悪魔が殺せたらこの世界にサマナーは必要ない。

 

「つまり、賭けるなら未知の可能性。あの悪魔以外にこの異界に存在している何かを探す事」

 

意図的に口に出す事で目的意識をはっきりさせる。というか、喋っていないとどうにかなりそうだ。自我境界を保て、俺はここにいる。俺はここにいる。俺はここにいる。

 

そうして、MAGの補給を最小限にMAGの濃い方から逃げるように探し続ける。ただひたすらに。何かを。

 

そうして20日ほど彷徨っていく。栄養補給をMAGで代用している代償で、必要な栄養素を作り出すために身体機能をコントロールしていないといけない。その分のMAGを計算損ねてMAG切れで倒れる事は幾度となく。その度に、この倒れた音であの悪魔がやってきていないかと恐怖しながら身体にMAGが溜まるのを待つ。そんな、死んでないだけの日々。

 

自分の原点を思い出せ、俺の目的は、この世界を救う事。そのための知識だ、そのための犠牲だ、そのために、俺は親を、師を、仲魔を殺して生き延びたのだ。

 

絶対に、生き延びる。

でも、どうして世界を救いたいだなんて思ったのだったろうか...

 

 

 

 

ふと、呼ばれた気がした。ここと心のどこかから。

 

「罠でもなんでもいい、道しるべはないんだ」

 

その先に待つのは、地獄だと心の大部分は言っている。

だが、他に道があるなら言って欲しい。俺の意識が混濁しているとはいえ、海馬の知識があるのだ。何か回答をくれ。

 

いや、海馬の知識にはこの前提条件に合う知識はないのだから仕方がない。

 

俺には、魔法を出力するための魔導出力回路(サーキット)がないのだ。そんな前提中の前提が誤っているのだから、正解となる知識が出てくるわけもない。

だからこそ、魔法陣展開代行プログラムなんてものに縋っていたのだから。

 

そんな思考をよそに置いて、地獄に向けて歩みを進める。

何故、そちらが地獄なのかはわからない。心がそう感じているだけだ。こう言う時にすぐに探索術式を投げられたのが夢のように思えてくる。

 

そうして、地獄の気配を頼りに20日ほど歩いていくとようやくたどり着いた。

 

白い白い世界の中で、ドス黒い醜悪な黒が地面に貼り付けられている、その場所に。

 

「あれー、こんなとこ来るとか馬鹿じゃねぇの?今回のオモチャさん?」

「...そうだ、これが言葉だ。思考を整理、自己を再認識。花咲千尋、17歳、海馬の知識を受け継いだ魔術師モドキ」

「...やっぱイっちゃってるかー、仕方ないとはいえ、俺の前で壊れられてもなって思うわけですよ」

「...ちょっと久し振りに聞く言葉に感動してるんだ、悪かった」

「おや、復帰が早い」

 

「タフだねぇ」とケラケラと笑いながら、黒いヒトガタは地面に四肢を串刺しにされていた。

 

「改めて、俺は花咲千尋。お前は、何だ?」

「俺は...名無しの生贄1号ってトコだな、うん」

「お前は生贄を捧げられる側だと思うんだが...軽く見たが、これは怨嗟の念を凝縮し液体化したものだ。そんなのを垂れ流せる奴が生贄って、腹を下させる作戦か?」

「ハハッ、良いねその作戦。俺は食われたかねぇけど絶対使えるわ」

「というわけで、ちょっと食われてきてくれないか?お前を縛ってるこの杭を抜いてやるから」

「どうやって?お前さん、この泥の上歩けないだろ」

「他に、道はない。千に1つの好機、逃して死ぬようならそれまでだ!」

 

一歩、泥に足を踏み入れる。

 

死ね

 

もう一歩、泥に足を踏み入れる。

 

死ね 死ね

 

そして、枯渇しかかっていた身体は、泥に込められているMAGを吸い上げてしまう、その中の呪いとともに。

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

意識が、押し流される。

この泥に溶けて消えてしまうのは、きっと人間として正しいことだ。負の側面ではあるけれど、これは人間の心の海に繋がっているのだから。

 

だが、なにかちっぽけなモノが俺の心を補填する。

 

それは、何気ない日々だったり

それは、命を賭けた戦いの日々だったり

それは、ささやかで、しかし荒唐無稽な約束だったり

 

そんなものが、俺を俺にしてくれていた。

 

「...マジか?」

「すまん、痛いと思うから歯を食いしばれ」

 

そう言って、深く刺されている杭を真っ直ぐに抜く。

防壁による精神へのダメージはあるが、皮肉なことにこの泥がそれをすぐに補填してくれる。

 

そうして、4本の杭を抜いた事でこの異界の空気が変わった。

 

「一応説明しておくぜ。この異界は、完全に悪である俺を奴が殺し続ける事で元の善性を取り戻しているのが理屈だ。だから、奴の刺した杭がなくなった事で俺への継続攻撃がなくなって、善性を削れた結果あいつは戻ったのさ」

 

「この異界の本当の主、悪路王にな」

 

邪悪が、真っ直ぐにこちらに向かってくる。感知できたMAGからすると残り時間は1分。規模は、災害クラスだろう。

 

「どうする?ご主人」

「...お前の力、借りるぞ!俺の名は花咲千尋!悪魔召喚士(デビルサマナー)だ!」

「あいよ!名乗って良いかは分からんがこれしかないから名乗らせて貰うぜ!俺はアンリマユ!」

 

「「ここに、契約を!」」

 

そうして、アンリマユと繋がった事でさらに精神への呪いの侵食が進んでいく。そして、切り落とされた左手の指のあった部分に補われるように形ができていた。

だが、これは良い。呪いの事を除外すれば、これは極めて現実侵食性の高いMAGの液体だ。

そして、俺になかった魔導出力回路(サーキット)を代用できる最高の素材だ。

 

頭の中にしか描けなかった術式が、今結実する。

 

「召喚魔法陣、転写(トレース)高等悪魔召喚魔法(サバトマ・ダイン)起動!」

 

泥で代用している左手の指で魔法陣を描き、術式を起動する。

 

この術式を形作っているのは、邪神の類のアウタースピリッツであろうアンリマユの呪いだ。

だから、その呪いに耐えられる身体を持った仲魔しか召喚は出来ない。

 

つまり、それは無敵の悪魔ならなにも問題はないという事だ。

光を司り、悪魔の力とも親和性の高いあの悪魔を!

 

「来い、()()()()()!」

「随分な状況じゃねぇか!この泥についても聞きてぇが、目の前の敵が先だよなぁ!」

「お前以外は泥の汚染に耐えられない、前線はお前1人だ!」

 

そうして、光の翼を輝かせてベル・デルが神速の一撃をヒトガタを保ってる悪魔、悪路王を打ち据えた。

そして、ベル・デルが初撃を当てると信じて打ち出したアンリマユの邪悪の泥を槍状にして狙い当てる。

 

今の一撃で、外殻は完全に破壊できたようだ。

 

「さぁ、ここからだ!」

「サマナー、一応言っておくけど俺は戦力としてはクソザコだから期待するなよ?」

「今言う事か真っ黒マン!」

 

頼りにしていた未知数の戦力が自らドロップアウトしてきやがった。お前それで良いのか。

 

「サマナー!」

「了解、術式演算代行魔法陣、転写(トレース)実行(ラン)...良し全力の全開でぶっ放せ!」

「おうよ、余波で死ぬなよサマナー、黒いの!」

 

高位万能属性魔法(メギドラ)!」

 

出力を最大限に上げた、小型核弾頭クラスの破壊規模をもたらす絶殺の魔法。

 

それを、悪路王は受け止めた。小細工なしで、真っ正面から。

 

「殺す」

「やべーって悪路王ちゃん。人のガワ完全に無くしてやがる」

 

メギドラを受け止めた悪路王は、首に一筋の赤い線のついた鬼だ。

だが、そこにいるのに特徴が捉えきれない。まるでいくつもの姿が重なり合って偏在しているようだ。

時には、大きさすら重なってブレている。

 

これは、弱点属性を探って突くというサマナーの基本戦術は通用しないだろう。見てから偏在を変えて耐性を変更してくるくらいはやってきそうだ。

 

万能属性で、焼き切るしかない。だが、メギドラでは火力不足だ。

 

ベル・デルが強力な悪魔である事は疑いようがないが、限界出力は先ほどのメギドラの規模だ。

 

強化された万魔の乱舞や万魔の一撃で物理を絡めながら殴り殺すのは、まぁ無理だろう。あの偏在の中に物理無効耐性を持っている鬼も混ざっていない訳はない。どうする?

 

思考は一瞬で、決断に躊躇いはなく。

 

思いっきり、全身全霊を賭ける事に決めた。

 

「ベル・デル!2分、いや1分半止めろ!」

「サマナー...上等!やってやらぁ!」

「ハハ、あいつなにも聞かずに乗ったよサマナーの博打に。好き者だねぇ」

「言っておくが、お前も使うからな」

「俺にできる事なんてたかが知れてますよー?」

「安心しろ、ちょっと身体を借りるだけだ」

「いやーん...って言うとこ?」

「ああ、お前の魂、借り受ける!」

 

あの一月の間構想していた術式、それは夢幻降魔(Dインストール)を俺自身に適応できないかという悪魔合体とは違うプロセスの悪魔化現象だった。

 

それがひどく難しい事であるのはわかっていたが、サマナーである自分が自衛、迎撃ができれば戦術の幅は大きく広がる。だが、それには悪魔の強い情報に耐え切れる魂が必要だった。

 

故に、人に近く、人より強いアウタースピリッツを繋ぎにする事でその現象は可能なのではないかというアプローチ。デオンとカラドリウスで可能かどうか実験をするつもりだったが、理論的に不可能でない事は理論上証明できている。

 

ならば、やってのけるまでだ。

 

「術式、展開完了。起動(アウェイクニング)

 

「アンリマユ!」

「おうさ!」

 

呪いの塊を体に宿し、それでもなお笑うアウタースピリッツ、アンリマユを両義の陣の陽の側に。

 

「ベル・デル!」

「しくじったら乗っ取ってやるからなクソサマナー!」

 

光を司るオーディンの子、無敵のバルドルの悪魔の側面が表に出たベル・デルを両義の陣の陰の側に。

 

俺の体を1つの世界にして、陰陽合わせた2つの力を混ぜ合わせ、形作る。

 

人類の進化系(ネクステージ)理論応用!モード、カオス・マギア!」

 

背中には、光の翼と泥のマント。

体を走るのは、光と闇の2つの光のライン。

体に走る激痛以外は、問題なく動ける。

その激痛とて、アンリマユの泥から感じた死の怨念に比べれば大したものではない。

 

「ぉおおおおおおおおおお!」

「うがぁああああああああ!」

 

青鬼の姿を強く現出させた悪路王が神速で間合いを詰めてくる。それをベル・デルの無敵の体で受け止めて弾き飛ばされる。

 

アンリマユと俺が混ぜ合わされている事で無敵の部位は全てではないが、急所が盾に使えるのは大きい。

 

『サマナー、そう長くは保たねえぞ!バランスが崩れりゃお前が吹き飛ぶ!』

『知ってる!だから、一撃必殺以外に考えてなんかいねぇよ!』

『ヒュー!カッコいいねぇ!』

 

泥から抽出したMAGでひたすらに出力を上げ、目視情報からのターゲットロックの術式を左手で走らせて

 

理論上存在すると言われてきた、その伝説に手をかける。

 

「光と闇の反作用でMAGを加速、収束!」

 

瞬間、こちらの攻撃にただならないものを感じたのか緑色の鬼を現出させて弓でこちらを狙ってくる。

 

だが、タッチの差でこちらが早い。

 

放たれた矢がまず消滅し、その延長線上にある悪路王の全ての偏在の耐久力を纏めて消しとばす絶殺の閃光により、その身体は飲まれていった。

 

反則を重ねてようやく届いたこの伝説の名前は、ただ一つ。

 

極大万能属性魔法(メギドラオン)

 

だが、所詮は紛い物、悪路王の偏在全てを殺しきる事はできなかったようだ。目の前には、最初に見た人の姿の死の権化が存在している。

 

「驚いた。ここまでやるのか、ヒトは」

「最初に言っておく、こっちは無茶して撃った魔法でガタガタだ。マギアを維持できるのはあと30秒が良い所」

 

「お前を、奪わせてもらう。阿弖流為(アテルイ)!」

「否、我が名は悪路王!人の身であるものか!」

 

光の翼を最速で展開して、離れていた距離を一瞬で詰める。そして、右手で放った万能属性魔法(メギド)を目くらましにして左手でダミーの泥人形を作り出す。

それにより、そのままカウンターを狙う阿弖流為を騙す作戦だ。

しかし、そんな小手先はあっさりと見切られた。

 

泥を切った後に地面スレスレを飛ぶ本命も切るという絶技によって。

 

「死ね!」

「残念だが、お前の負けだ」

 

先ほどのメギドはかなり無理をして放った為に、マギアの効果は切れていたのだ。

よって、今切られたのは

 

光の翼によって勢いよく飛ばされていたアンリマユだった。

 

「てめえの、自業自得だ!逆しまに死ね、偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)!」

 

そして、アンリマユの使えるクソッタレな秘術が炸裂する。この作戦を思いついたときは難色を示されたものの、囮が必要な事がわかり、それは存在規模が大きいベル・デルではできない事だとわかったアンリマユは切り札と共に行ってくれた。

 

まぁ、アンリマユが死ななかったのはガチに運なのは本人に言わないでおこう、うん。

 

「グッ⁉︎この激痛はッ⁉︎」

「俺と同じ痛みを味わってもらってるって訳よ。あーでも俺も死ぬわコレ、サマナー、助けてー」

「後でな」

 

そうして、俺は左手で描いた魔法陣を阿弖流為に叩きつけた。

 


 

「あなたも、飽きないわね」

「私はサマナーの騎士だ。彼が死ぬまではここを動くつもりはない」

「そういう所、嫌いじゃないわ。私の下僕にしたい後は可愛がってあげる。あなた、可愛い顔してるから」

「確かに経験豊富なのは認めるよ。しかしヨスガ、私は心から君に抱かれたいとも抱きたいとも思ったことはないよ、どんなに美しい顔をしていても、どんなに美しい身体をしていたとしても、その心を見ればね」

「その減らず口がいつまで叩けるか見ものね」

「私は、私のサマナーを信じている」

「羨ましい事」

 

そうしてヨスガが飽きて外に出ようとした時に、オペレーターのエンジェルの1人がアラートを鳴らした。

 

「襲撃です!場所は北区の8本柱の一本、そこが襲われています!」

「下手人は?」

「不明です!ですが光波系の術を使っていることから、メシアの残党かと!」

「構わないわ、せいぜい浸らせてあげましょう。ゲリラ的に破壊活動をしても、正しい順番で解呪をしないとガイアタワーと街を守るメシア式聖教結界は崩れない。そうすれば次の街造りで元通りよ」

「ですが、襲われた箇所は一本目です。情報が漏れてしまっているのでは⁉︎」

「ここに来て生きて出た人間はいない。ありえないわ。それに街造りの度にランダムに順番は変えているのよ?そんなの、たまたま運が良かったと考える方が自然よ」

 

「でも、襲撃者は邪魔ね。適当な団員を向かわせなさい。見目麗しい女が敵だって言えば食いつく無能はいるでしょう」

 

そうして、その日はガイア教団員すらもねじ伏せた襲撃者が名を馳せて終わった。

 

アラクシュミーのガーディアン使い、ラクシュミー・バーイーの名を。

 


 

「防衛の天使は何をしていたの!あそこに置いていたのはソロネよ?生半可な力じゃ焼かれて終わる筈なのに!」

「それが、ラクシュミーの側付きと思われるメシアンの女、鉄壁に完封されたようです。殺されず、押さえ込まれてその隙に解呪をされたと」

「ソロネを抑え込む力を持ったメシアン?...マリアンヌは確かに殺した。その権限は私にあるのだから間違いない。...データベースからメシアンの情報を片っ端から集めなさい!実力は問わない、女である事で絞りをかけて全部見ればどれかは当たるわ!そこから弱点を割り出しなさい!」

 

既に、3つの塔が攻略されていた。

 

一つ目の塔は偶然だと、ヨスガは偶然と断じた。

二つ目の塔が正解であった事も、まだ偶然と見ていた。だが念のために護衛の天使の配置換えを行ったその次の日に、再び襲撃が起こった。それが今日の事。

 

最強クラスの天使ソロネを抑え込んだ事、この街を守るメシア式聖教結界の解呪方を知っている事。

 

明らかに、何かがおかしい。

 

「天使の造反?あり得ない、私は完璧にコントロールしてる。それに、ガイアタワーから外部への通信は特定のプロトコルを通さないと遮断される仕組みになってる。...私が直接行った方が確実ね。力尽くで吐かせればいい」

 

そうして、塔の迎撃には自分も当たるようになった。

 

しかし、逃げ足が速い。こちらの行動に対応しての撤退の手際が良すぎる。

 

深く追えばその隙に、敵側の使い捨ての仲魔が解呪をするというおまけ付きで。

 

高速転移は大量のMAGを消費する。万が一悪路王が反逆を企てた時のためにあまり多用は出来ない。

ならばと待ち伏せてみるも完全にスカされた。

 

そんな直接戦闘に発展しないギリギリの追いかけっこの日々が続き、半月。

 

未だ、入れた男は生き延びている。生き続けている。廃人になっているかもしれないが、悪路王からの通信がないのだから生きているのだろう。あの人間のスペックでは悪路王から逃げられる筈は無いのだから。

 

あるいは、あのアーマリンもどきに飲まれて分解されたか?

そうなら、中に入るまで確認は出来ない。厄介な事だ。

 

「にしても、あんたもよくやるわ。ここ半月ずっと立ち続けてるんだから。何があんたをそうさせるの?」

「信じているからだ」

「そんな良いサマナーには見えなかったけどねぇ」

「ああ、サマナーはスペックで言えば雑魚だよ。正面での戦いの強さで言えば君の足元にも及ばないだろう。月とすっぽんと言うのだろう?」

「あなた何気に酷いわね」

「だが、サマナーには君よりも持っているものがある」

「へぇ、それは?」

「運だよ」

「...運って」

「結局のところそこに帰結するのさ。那由多の果ての可能性を掴もうとする意思も、その可能性を見れるという運が絡んでいる」

 

「私は、その奇妙な運を知っているのさ。何せ、私もサマナーも絶体絶命のタイミングで引かれ合うように出会ったのだからね」

 

その言葉を聞いて、これはもしかするかもしれないと悪路王に連絡を入れてみた。

返答は「問題なし」だった。随分と返答が遅かったが、まぁ不安定な時だったのだろう。

 

「まぁ、今は些事ね。オペレーター、ラクシュミー一派の拠点は割り出せていないの?」

「いいえ、街の外のようで確定には至っていません。候補地ならいくつか」

「なら、まだ防衛の段階ね」

 

「報告です!西3番タワーに襲撃です」

「これで18本目、本気でどうなっているのかしら。護衛にいた団員たちは?」

「...寝返りました」

「は⁉︎」

「西3番タワーを襲撃したのは、浅田彼方!それと彼女の率いるガイアーズです!」

「信じられない、花咲を見捨てた?いや、カオスにそれはないわね。天使を見つけたから殺しに入っただけと言うのが考えられる状況?」

「待ってください、北1番タワーにも襲撃が!ラクシュミー一派です!」

「19本目を狙って⁉︎...繋がっているの、この二つの派閥は⁉︎どうやって?ガイアの街から外へのネットワークはない!通信術式だってここの通信プロトコルを通さないと遮断されるのに⁉︎」

 

ガイアの首領ヨスガは、確かに無敵を誇っている。

 

だが、彼女はそれだけだ。

 

聖杯の欠片から無限のMAGを引き出せようと、この街において最強の力を発揮できようと

 

盤上のルールそのものを無視していく者達には、先手を取られてしまう。

 

「...仕方ないわ、最後の南6番タワー以外捨てるわ。それまで両派の動向をきちんと把握して。拠点が割れたら幹部連中を送り込んで欲しいけど、まぁ無駄ね。私は、本気の戦闘準備に入るわ」

 

「...ここまで来ると、笑えてくるわね」

「一応助言をしておこう。ウチのサマナーはこういった術式に強い。頼めば力を貸してくれるかもしれないよ?」

「ありえないわ」

 

「だって、あいつは嫌いだもの。あり得もしない可能性に命を賭けるなんて、狂っていないとできないのに狂ってすらいない。あんな人間は、私達の世界には要らないわ」

「つまり、あと半月後に試験を終わらせるというのは」

「嘘に決まってるじゃない。当然でしょ?」

 

「私が、欠片を手放すとでも?」

「...キミのそれは、邪悪としか言いようがないな」

「いいえ、私は正義よ。だって勝ち続けるもの。これまでもこれからも」

 

剣を抜いてかかってくるかと思ったが、シュバリエ・デオンは何故か冷静だった。

 

「なら、予言をしよう。キミがあの異界に入る時、その中でキミを待つのはサマナーだ。その時は、諦めて欠片を渡した方が良いよ。きっと命は助かるだろうから」

「生意気言うじゃない、ただ立ってるだけの悪魔風情が」

 

そうして、半月に渡りガイアの指揮を取ることに集中していた事でどうにか侵攻は遅らせることができた。私の戦闘準備が整うまでに。

 

「一応言っておくけど、私がいなくても異界の中には入れないわよ。この中に入ることを許可されているのはあなたのサマナーと私だけ。余計な気は起こさないでね。貴女は、私の仲魔になるんだから」

「...それはどうかな?」

「どうしてサマナーをそこまで信じられるのだか、所詮契約で繋がっているだけの癖に」

 

そうして、最後のタワーである南6番タワーに転移する。

 

そこにいるのは、ガイアーズとラクシュミー一派の連合軍。ガイアーズは強者が、ラクシュミー一派には弱い悪魔が集まっているが、不思議と噛み合っている。

 

これまでの共同戦線で、仲間意識でも生まれたのだろうか。

 

「そんな弱者は要らないわ。万能属性魔法(メギド)、ランスシェイプ、ファランクスシフト」

 

総勢52名と69体、回避される事も想定して発現させるメギドは倍の242本

 

「案の定こっち来たぞ!ヨスガだ!用意は良いなテメェら!」

「おうよ!この日の為に準備してきたんだ!」

「皆、私たちが守るからねー!」

「そうだホー!」

 

「ターゲットロック。一応言っておくわ、投降して情報を吐く最初の1人は生かしてあげ...え?」

 

「「「「トラポートストーン!」」」」

 

瞬間、目の前にいた反逆者達は転移の光に包まれて消えていった。街の外へと。

 

「...コケにしてくれる!」

 

タワーのコンソール前に転移する。幸いここに詰めている天使は、これまで殺されたソロネや、虎の子のケルプを投入している。時間稼ぎには十分な戦力だ。

 

だが、殺されるスピードが速い。ハイクラスの上の上であるケルプを殺すには浅田彼方だろうと時間がかかると踏んでいたのだが。

 

「噛み合ってる?ラクシュミー一派と浅田彼方みたいなカオスの権化が?」

 

そうしてたどり着いたのは、ほとんど無傷の5名の人間と、2人の英霊に2匹の悪魔。ここに来てサマナーを投入してきた?これまでも激戦だったと言うのに英霊を従えられるほどのサマナーが隠れていたのは何故だ?

 

まるでこちらの手を読みきっていたかのようだ。

 

何かが、噛み合わない。

 

だが、ここは絶対強者として対応しよう。いかに浅田彼方やラクシュミー・バーイー、鉄壁が居たとしても、この街にいる限り私を殺すことは敵わない。

 

「やぁ、ウチの千尋くんが世話になったね」

「...ああ、そんな名前だったわねあのサマナー」

「そう、奇跡に手を伸ばす愚かで美しい人間だよ」

 

戦闘態勢に入る敵。だが、最悪このタワーを破壊しても構わない私と違って彼らはこのタワーの術式を解呪しなくてはならない。

 

これでは、負ける方が難しいだろう。

 

「魔法陣展開代行プログラム、起動!空間反転、虚数異界起動!」

 

そして、最初の一手が自分を確実に討ち取る為の策である事を理解させられた。

 


 

「これはッ⁉︎」

「実数領域のガイアの街において、貴女は無敵だ。何せ街そのものが貴女の武器なんだから。だから、ここに引っ張りこませてもらった」

「これで、私が殺せるとでも?街が無くても、私のはコイツが居る!顕れろ、我が力の象徴!牛頭天王(ゴズテンノウ)!」

 

「吹き飛びなさい!高位万能属性魔法(メギドラ)!クアドラブル!」

 

4発のメギドラの相乗効果により、消滅の威力を集中させて纏めて消しとばす。小手調べだ。

 

「やはり防ぐか、鉄壁!」

「貴女には、この街に虐げられた人達の痛みを、踏みにじられた願いを!必ず叩き返す!」

 

いともたやすく、万能属性のMAGの奔流はシャットアウトされた。神々しさすら感じさせる、その盾で。

 

あれが鉄壁の神威の盾。あらゆる力を遮断する空間断絶に近いMAG障壁。

 

そして、盾がなくなった瞬間に神速で突っ込んでくる影

 

クレイモアを脇構えに疾風魔法で飛翔してくるその弾丸のような女の名前は。

 

「へぇ、硬いねその手!」

「あいにくと、特別性なのよ!浅田彼方!」

 

見えない何かで繋がっているこの一団の頭がどこにあるかはやはりわからない。だが、浅田彼方と鉄壁のタイミングは完璧に合っていた。カオスの権化でおる浅田と、聖女の如き振る舞いを見せる鉄壁。

 

その2つを繋ぐ、遊星歯車のような人物がいる。おそらく、この場には居ない。

 

何故か、一度しか見なかった、今絶対に干渉できる筈のない顔無しの男が頭に浮かぶ。

 

那由多の果ての未来の可能性より、自分の欲を満たせる今日を優先するのが正しい筈なのに。

 

何故か今、あの目が心にこびりついて離れなかった。

 

 




ちなみに、今千尋くんがいる異界はとある事情により中心部である司令室の隣にあります。という次回のネタばらしをしれっとしてみたり。

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