白百合の騎士と悪魔召喚士   作:気力♪

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序章が終わるまでは連日投稿を目指していましたが、投稿時間ミスとかいえバカやらかしたせいでそれも難しくなってきました。辛いですねー


現代のヤコブの手足

「この異界に侵入者が居るという事かい?」

「ああ、それも多分素人だ。靴がただのスニーカーでしかない。それが4つ。仲良しグループの肝試しってとこだろうな。運が悪い」

「じゃあ、助けに行かないと!」

 

そう、すぐに決断できる神野の心根は良きものだ。だが、それは悪手だ。

 

「所長、余分なリスクは負うべきじゃありません。彼らは無視して異界の討伐を」

「そう、あなたはそうなのね()()()()()()()

「この靴跡は比較的新しいとは言っても、鑑識じゃないから何時間前のものかはわからない。もう死んでる可能性の方が高いですよ」

「...そんな」

「でも、生きてる可能性はゼロじゃない。私は行くわ。悪魔に命を犯させてたまるものですか」

「マルタさん、質問があります」

「なんですか、所長さん」

「縁ちゃんを守ったまま、探索を続けられる?」

「...ええ、任せてください」

「じゃあ、方針は決定だ。私、千尋くん、縁ちゃんとマルタさんの3組に分かれて異界探索を行う。目的は要救助者の確保。COMPのマップリンク機能を使ってしらみつぶしに探すよ。異論は?」

「ありません。所長の指示に従います」

「あら、意外。デビルサマナーはもっと反抗するかと思ったわ」

「リスクを言っただけだよ、マルタさん。俺だって、命を助けたくないわけじゃないんだ」

「...ごめんなさい、あなたの事を少し誤解していたみたい」

「いいですよ、サマナーは人でなしが基本ですから」

 


 

三手に分かれての探索。正直死体探しの面があるので一つ一つの部屋をじっくりと探さなくてはならない。手間だ。百太郎にもエネミーソナーにも覚醒していない人間は映らないのだ。

 

「サマナー、これを見てくれ。前に見たカプセルというものではないか?」

「いや、違う。これはデビルスリープ。睡眠魔法(ドルミナー)のこもったMAGを投げつけることで敵を眠らせる道具だ」

 

即座に、所長と神野に連絡を取ろうとする。繋がらない。マップリンク機能も途中で途切れているため現在位置の把握も不可能だ。

 

「これは、入った民間人の中にサマナーが混ざってるな。全く、間の悪い!」

 

施餓鬼米を、背後に近づいてきたゾンビに投げつけて昇天させる。入り口から侵入してきたようだ。百太郎がなければどうなっていたことか。

 

「デオン、一匹は残せ!追尾術式をかける!」

「了解だ、サマナー!」

 

デオンの華麗な剣舞により手足を切り裂かれたゾンビが一体こちらに投げつけられる。これで生きているからゾンビの相手は厄介なんだ。まぁ、今はいいだろう。

 

「サモン、ノッカー!そのゾンビを抑えろ!」

「任せろい、サマナー!」

 

逆探知術式によって、ゾンビの誰かに操られている可能性を精査する。ラインあり、野良ではない。

 

「デオン、手はなるべく見せるな!コイツらは斥候だ!」

「注文の多いサマナーだね!」

 

逆探知術式に深く潜る。だが、霊的ファイアウォールの存在があるために術者の位置を把握することはできない。やり手の術者だ。

 

「あらかた片付いたよ、サマナー」

「わかった。あと、ゾンビ連中の頭を集めてくれ」

「何をするんだい?」

「湧き潰しだよ。ゾンビは、残ってる体を寄せ集めて復活してくるらしいからな」

 

魔法陣展開プログラムを起動。効果は、広域化。その分威力は下がるが動かないゾンビの魂を浄化するのには十分だ。

 

「今度は、蘇るなよ。施餓鬼米、超過起動(オーバーロード)

 

魔法陣の中心に投げつけた施餓鬼米の力を解放してゾンビを浄化する。敵サマナーは、牽制だけで7人の犠牲者を出している。

 

何もわからずに操り人形となって命を散らしたこの人達の顔を見て、覚悟は決まった。

 

「デオン、葬いだ。敵サマナーを殺すぞ」

「...了解だ、サマナー」

 

そうして、俺たちの探索は始まった。

 


 

「速く、鋭く!」

 

ゾンビに向けて真っ直ぐに拳を突き出すエニシ。筋は決して悪くない。だが、拳に迷いがある。

 

「敵は一体じゃない!周囲を全身で把握しなさい!」

「はい!」

 

防御、回避面については文句はない。まさに天賦の才だ。戦いを重ねるごとに目に見えて強くなっている。この分だと、正面衝突であのデビルサマナーを倒す事とて不可能ではないだろう。

 

「腰が上がってる!死にたいの!」

「死にたくないです!」

「じゃあ直しなさい!」

 

ヤコブの手足と呼ばれる対悪魔用格闘術。神聖な魂の加護をうけている者にしか十全の力を発揮できないが故に現代では廃れたという技術だが、()()()()()()。なんの因果かわからないが、自分の死んだ時よりも遠く未来の遠き地に現界したのだ。魔力によって体を構築している幽霊として。

 

正直、魔力の総量を考えると今日いっぱいで私は消えるだろう。だが、この世界に未練はない。この、なんの因果か弟子にしてしまったこの少女以外には。

 

「エニシ、ちょっと休憩にしましょう。前に出過ぎよ」

「いいえ、休んでいられせん!こうしているうちにも、死んでしまう人がいるかもしれないんですから!」

「まったくあなたはもう...わかった、探索を続けましょう。でも、私が前よ」

「...はい」

 

襲いかかってくるゾンビを薙ぎ払いながら前に進む。その数は多く、20は超えている。それだけの数の人間をゴミのように使い捨てている邪悪がいる事に憤りを覚えるが、それを表には出さない。なにが原因かはまだわからないのだから

 

「マルタさん...この悪魔どうしてこんなに人みたいなんですか?」

「それは、彼らがゾンビ。成仏できなかった命を邪法で操られている存在だからよ」

「まるで、吸血鬼の眷属みたいですね」

「...エニシ?」

「なんでもありません。ただ、思っちゃっただけですから」

 

「私が、もし戻れなかったなら、こうなっていたのかなって」

 

その言葉に、神野縁という少女の迷いの根源を見た気がした。

彼女は、自分が悪魔になった可能性を捨てきれていないのだ。だから、もしかしたらの未来である悪魔にも、未来を願ってしまう。

 

まるで、どこかの村娘のようだ。そう思うと、言葉をかけずにはいられなかった。

 

「すいません、切り替えます」

「エニシ、その迷いは捨てちゃダメ」

「マルタさん?」

「あなたのその迷いは、愛なの」

「...愛?」

「そう、たとえどんな存在でもその未来を願う愛の形。それが躊躇いとして現れているだけ」

「だったら、捨てないとダメじゃないですか!殺さないと死ぬのは私じゃない、それがこの世界なんでしょう⁉︎」

「違うわ」

 

「心の中の愛は、拳の中にぎゅっと握りこむの。それを持って心を伝える。それが、あなたに教えた格闘術の奥義よ」

「心を、伝える?」

「そう。それが、これからあなたの出会ういろんな人を救うことになる。忘れないで。...さ、本丸よ」

 

異界の最奥。そこにたどり着いた聖女二人は幸運だった。

なにせ、迷い込んだ少年少女は未だ生贄になる前だったのだから。

 

「メシアン側の雑兵か?2人とは、随分と手ぬるい」

「あら、あなた程度私一人で十分だとは思わないあたり、随分と間抜けなのね」

「俺はサマナーだ。そして生贄がある。そんな状況で大口を叩けるのか」

「要は、その生贄を捧げられる前にあなたを倒せばいいだけでしょう?聖女舐めないでよ」

「聖女とは、よく言う!」

 

寸前、サマナーは生贄になっている少年少女に目を向けて、それをフェイントとしてマルタの杖から放たれる奇跡の爆炎を回避した。

 

「サモン、チェルノボグ!」

「やらせない!」

 

生贄を無視した召喚により一瞬の虚を突かれたマルタであったが、即座に距離を詰めてチェルノボグに杖による打撃を与える。だが、チェルノボグに応えた様子はない。

 

「効かないッ⁉︎」

「アナライズも待たずに攻めてくるとは、素人か?」

「いいえ、打撃に破魔属性が混ざっていました。あなたの元で強化をしていなかったら今ので死んでいたでしょう」

「敵の前で随分と悠長ね!」

 

マルタの奇跡がチェルノボグを襲うが、悪魔合体により破魔属性に無効耐性を持っているチェルノボグにダメージは通らない。

 

「やれ、チェルノボグ」

「ええ、高位広域呪殺魔法(マハムドオン)

「そんなもの、当たるわけが!」

「狙いは、お前じゃない。メシアンなら庇うよな、無辜の民を」

「...畜生!」

 

その捨て台詞を残して、マルタは呪殺魔法を一身に受け止める。呪いに耐性のない自分では、末路は決まっているだろう

 

だが、ここにいる聖女は一人じゃない。

 

「護りの、盾ぇええ!」

 

神野縁の固定化されたMAGフィールドが、呪殺魔法をかき消す。鉄壁の盾。彼女の使える、唯一の術。

護る術、それが彼女のここにいる意味。

 

「なんと、見事な盾よ」

「違う、チェルノボグ前だ!」

 

「ありがとうございます、エニシ。あなたの、誰かを守りたいという思い、十二分に伝わってきました」

「...マルタさん?」

「大技を使います。その間、前は任せました」

「...はい!」

 

「チェルノボグ、小娘は無視しろ!俺が止める。お前はあの聖女を!」

「やらせません!あなたが、誰かの未来を奪うのなら!」

 

チェルノボグとマルタの間に入り、打撃を加える神野。速く、鋭い打撃。いつのまにか、その右拳にはガントレットが装着されていた。

 

「クッ、なんだこの威力は⁉︎」

「続けていきます!」

 

連撃の左拳にも、ガントレットが装着される。まるで天が彼女を祝福しているかのように手足に力が集まっていった。

 

「チッ、こっちも覚醒者、しかも戦闘形態持ちか!」

「この心のままに、真っ直ぐに貫いてみせる!ハレルヤ!」

 

「なんと気持ちのいい魂だ。だが、直線的だ!」

 

チェルノボグは、その数合にも満たない交錯によって神野の拳を見切ってみせた。

 

「「死ね!幼き聖女よ!」と、次にお前は言う」

「死ね!幼き聖女よ!...ッハ⁉︎」

「よっしゃ決まった。やってみたかったんだよこれ」

「ウチのサマナーはなにをしているのやら」

 

「千尋さん!デオンさん!」

「チッ、仲間がいたのか。運の悪い!」

「悪いのは君さ。君は、命を弄んだ。その贖いをしてもらう」

 

反応速度向上(スクカジャ)をかけられたデオンが神速の斬撃によりサマナーのCOMPをつけている左腕を断ち切る。これで、奴は何もできない。

 

「その首、貰った!」

 

そうして放たれる二の太刀を、片手で取り出した特殊警棒で受け止めた。

 

「あいにくと、まだ俺は生きている。チェルノボグ!コンタクトアウト、オーバーロード!」

「流石サマナー、しからば私とて命を賭けて打ちましょう!」

「何が来ても、止めてみせる!護りの盾!」

 

「打ち砕く!奥義一閃!」

 

チェルノボグから放たれるその一閃は、護りの盾に食い込み、切れ込みを進めていた。このままでは、盾ごとエニシが切り裂かれてしまうだろう。

 

「大丈夫よ、エニシさん。もう、終わらせるから。愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)、星のように!」

 

だから、自分の残りの全魔力を込めて、タラスクを召喚し杖で殴り飛ばした。奥義を放ち隙だらけのチェルノボグに向かって。

 

タラスクの圧倒的な質量による攻撃は、チェルノボグを殺すのに十分だった。

 


 

「あー、疲れた。デビルサマナー、人質はどう?」

「回収成功だ。これが全員なのかはわからないが、とりあえずこの四人は助かった。マルタさん、神野、貴方達のおかげだよ」

「んー、それじゃあいいか」

「マルタさん⁉︎体が透けてます!何かの技を受けたんですか?」

「単純な魔力切れよ、安心して。タラスクを呼ぶのに力を使い果たしただけだから」

「じゃあ補充しないと!」

「いいのよ。私、別に生き返りたいって訳じゃないし」

 

「なんの因果か遠い地で目覚めた死人の魂だけど、その遠い地で弟子ができるなんてちょっとした運命よね」

 

「それじゃあね」と体の構築を解こうとするマルタさん。だが、それは違う。

 

「それは、認められないな」

「何よ、デビルサマナー。ケチ付ける気?」

「あんたを仲魔にした契約は、金と住むところの提供だ。俺たちはそれを果たしていない」

「あんた、頭固いわね」

「だから、もう1日くらい生きてみろ。あんたの苦難の人生には、それくらいの報酬があって良いはずだ」

「そうですよ!だから、マルタさん!」

 

「私の、仲魔になって下さい!」

 

その言葉に、ため息を一つついたあと、マルタさんは諦めたようだ。

 

「じゃあ、改めて。私はマルタ。遠くフランスの地にて邪竜を払った竜の聖女。契約に免じてあと一日だけ、貴方の道行きの手助けをするわ。それでいいでしょう?エニシ」

「はい!ありがとうございます!」

 

そうして、そこに契約は結ばれた。たった一日共に過ごすというだけの、ちっぽけで大切な契約が。

 


 

男、マックスは走っていた。契約解除したチェルノボグのオーバーロードによる暴発スレスレの攻撃により目線は逸らした。COMPも左腕も回収済みだ。あとは組織に戻れば十分な治療を受けれるだろう。

 

チェルノボグを失ったことは痛いが、代案がない訳じゃあない。またどこかのスポットを餌場にして生贄を集めれば強力な悪魔などすぐに召喚することができるのだから。

 

そうして、ようやくの思いで異界から離れたところで

 

空からの、死神を見た。

 

「キミ、あのゾンビを使ったサマナーだね?」

「...同業か。1億だ。それで見逃せ」

「嫌だね、私は金では動かない」

「なら、悪魔だ。ハイクラスの悪魔を召喚できる法則がもうすぐ完成するんだ。それを分けてやってもいい」

「嫌だね、どうせチャチな生贄を使った邪法だろう?そんなものに頼るつもりはない」

「じゃあ、正義感か?」

「違うよ、ただ単に」

 

「私は、生きる意志のあるものの味方をするって決めているだけだよ」

 

風を纏ったクレイモアが、マックスの脳天をカチ割った。

 


 

それからのこと。

 

所長がぶった切ったサマナーについての裏取りを俺とデオンが行なっている中で、マルタさんと神野はショッピングに出かけていった。

 

あのデビルサマナーの名前はマックス。近頃怪しい噂の絶えないファントムソサエティのサマナーらしい。COMPに残っていたログから見るに、軽い異界を転々として、迷い込んだ人と討伐しに来たサマナーを捕らえて実験に使っていたようだ。

法律的、倫理的には認められないが、人を触媒に使った高位悪魔召喚の実験ケースは大変参考になった。今度機会があれば試してみよう。

 

「サマナー、悪い顔をしているよ」

「ちょっと悪巧みをな。高位悪魔は維持コストはかかるが、強力な手札だ。惹かれない奴はいねぇよ」

「私というものがありながら、かい?」

「ああ、広範囲に術を使える仲魔が欲しいんだよ。それさえあればお前にエース同士の一対一で着実に勝つってプランが実現可能になるからな」

「...色々考えているのだね、サマナーは」

 

そんな会話をしていると、宅配便がやってきたのでサインをして受け取ると、中身は昨日頼んだもの。レトロな守護霊に現代科学を見せてやろう。

 

「ほら、デオン。プレゼントだ。」

「...いったいどんな風の吹き回しだい?サマナー」

「まぁ、開けてみなって」

 

そこには、読書用のタブレット端末があった。

 

「すまないサマナー、使い方がわからない」

「ここをこうして電源オン。あとは画面の指示通りにタッチすればできるぜ、読書がさ」

「こんな板でかい?」

「ああ、無料読者サービスに入ってるから、その板だけで約120万冊の本が読める」

「120万冊⁉︎」

「そ、時代は変わったんだよ」

「...これは凄いな。感謝するよサマナー。...しかし、どうして私が読書をしたいと気付いたんだい?」

「ほら、COMP屋でお前魔本型COMP見てたろ?使わないのに。だから、昔は結構本を読んでたんじゃないかって思っただけだ。間違ってたら、そんときゃ自分で使えばいいだけだし」

「感服だ、サマナー。君は周りをとてもよく見ている。それが少し嬉しいよ。だってそれは、君が優しい人であることの証明だからね」

「それは違うぜ、デオン」

 

「優しい奴は、サマナーになんかならねぇよ」

 


 

「マルタさん!次クレープ食べましょう!」

「こらエニシ、引っ張らないで、行くから!」

 

マルタさんは、幽霊だ。

 

マグネタイトで肉体を構成している悪魔で、でも人の心を持っている。聖女の幽霊。

 

契約のラインという奴のせいで、お互いの感情が伝わってしまう。だからこそ、多分私たちは出会ったあの日より仲良くなれた。

 

それに、行動指針も少し似ている。私が考えなしに人助けに走れば、マルタさんは動きながら考えて人助けをしてくれる。

 

心の繋がった友達、そんな気がして不思議と一緒にいるだけで笑顔になれた。

 

でも、マルタさんは今日が終われば消えると公言している。それは、マルタさんが死人であるから、なんて理由だ。

 

どうでもいいではないか、と私は思う。マルタさんはそこにいて、こうして言葉を交わすことができる。なら、それは生きているのと同じだ。

 

「だからこそ、ちゃんと死ななきゃならないのよ」とマルタさんは言った。私にはそれはわからない。

 

「いい、エニシ。人の一生には絶対に終わりがある。それを覆すことは、最後の審判の日がやってくるまでできたらいけないの。だってそうでしょう?終わりがあるから、人は輝けるんだから」

 

そんな風に、優しい言葉でマルタさんは私を導いてくれた。これから私が聖女として生きていくために必要な心構えを、心の深いところに教えてくれたのだ。

 

それが、とても誇らしい。

 

けれど、楽しい時間はすぐに過ぎてしまって、もう夕暮れ時だ。

 

別れの時は、近い。

 

「ちょっと早いけど、私はここで失礼するわ」

「どうしてですか?一緒に晩御飯食べましょうよ!」

「...いいじゃない。最後の晩餐は、あの人の事を思って食べたい気分なのよ」

「...そう、ですか」

「じゃあね、エニシ。貴方の未来が幸せなものである事を私は祈ってるわ」

 

優しくギュッと抱きしめた後、マルタさんはどこか覚悟を決めた目で虚空を見つめた。

 

だから、私は帰ったフリをしてこっそりとマルタさんを尾行することにした。

 


 

「ありがとね、エニシが帰るまで手を出さないでくれて」

「いいえ、アウタースピリッツと戦うのに邪魔立ては不要、そう判断しただけの事です」

「ノリが悪いわねぇ。それじゃあいいわ、殺しなさい。それが目的なんでしょう?」

「はい。貴方方に恨みはありません。ですが、これも世界と、そこに生きる人々のため」

 

「貴方を殺します」

 

黒服の女性のアサルトライフルが火を噴く。自分の意思で死を選んでくれるアウタースピリッツの相手は、楽だが心が痛い。だから一思いに殺そうとフルオートで撃ち抜こうとした。

 

しかし、その弾丸はマルタに届くことはなかった。

 

神野縁の、護りの盾である。

 

「何やってんですかマルタさん!敵ですか?なら戦わないと!」

「...雑魚なら払える人払いの結界は張ってあるんですがね。どうにも貴方は強い力をお持ちのようだ」

「エニシ、あなた...」

「戦いましょう!マルタさんは、最後の晩餐をするんでしょう?ならこんなところで死んじゃダメです!」

「実力差もわからないで突撃してくる。危ういですが、有望ですね。この業界、最後にものをいうのは気合ですから」

「そうね。じゃあエニシ」

 

「構えなさい」

「え?」

 

少女にマルタが殴りかかる。それを反射的に迎撃する少女だったが、返し技により関節を取られ動きを封じられた。

 

「狙いが甘い!だからこうして極められる!」

「...うおりゃぁあ!」

 

力尽くで少女は関節技から抜け出すが、ダメージは大きいようだ。

 

「こっからは、聖女としてじゃない。ただのマルタとしてのレクチャーよ!喧嘩は、根性!」

「なんで、突然レクチャーがはじまってるんですかぁ!」

 

今、マルタは隙だらけだ。殺すなら今だろう。そう理性は言う。だが、彼女は消えてしまうものらしく何かを残そうとしている。それを止めるべきではない、そう思った。

 

「三蔵ちゃん、あなたならきっとこうしますよね」

 


 

唾での目潰しのあとのかかと落とし。

両腕を掴んでからの頭突き。

足払いで体制を崩してからのストンピング。

倒れた相手に対してのサッカーボールキック。

 

これは、聖女の戦い方ではない。村娘マルタの喧嘩殺法だ。

 

彼女に教えた48の聖女の技は、所詮正道の技。使用者の癖を把握していればいくらでも隙を突くことはできる。

 

次第に、エニシからの攻撃にも邪道が混ざるようになってきた。彼女は、彼女なりの戦い方を掴みかけているのだろう。

古臭い古代の格闘術でなく、新たな技術を貪欲に取り込む現代のヤコブの手足が生まれつつある。

 

それの、なんと嬉しいことか。

 

あの人がいなくなってから数千年経った現代でも、あの人の教えは届いている。それが、人の営みなのだと言わんばかりに。

 

「でも、形だけとはいえ師匠として負ける訳にはいかないのよ!」

「どうして戦ってるのかもわかりません!でも負けるつもりもありません!」

 

「「ハレルヤ!」」

 

最後は、正道の拳のぶつけ合い。

最後に、エニシは私の拳に互する力を見せてくれた。

 

こんな地獄のような時代だけど、きっと未来は明るい。それを信じて、魔力切れで仰向けに倒れこんだ。

 

「タラスク、あんたエニシの所に行きなさい」

『なんででやすか!姉御!最後まであっしはついていきますよ!』

「エニシの未来には、多分そんじょそこらの聖女じゃ投げ出すような苦難が待ってるわ。だから、私が一番信頼するあんたに任せる。あの子に、残してあげる死に行く私の願いとして」

『...わかり、やした!』

「ありがとう、タラスク。私と共に来てくれた、愛しい龍」

 

タラスクの魂をエニシの魂に押し付けて、最後の力を使い果たした。

もう、体を構成する魔力などどこにもない。

 

「ごめんなさいね、なんか変なことに巻き込んじゃって」

「いいえ、良いものが見れました。ヤタガラス所属のサマナーとして、神野縁さんに最大限の便宜を図る事を約束します。それだけ、貴方方の拳舞は清らかだった」

「ありがとう、優しいサマナーさん」

 

「...私が優しい人なら、あなたの命も救いたいと思いますよ、普通」

 

最後に、そんな言葉が聞こえた気がした。

 


 

どこかの病室を思わせる白い天井が見えた。そしてすぐに現状を確認して、体に傷がない事が確認できた。

 

「マルタさん⁉︎」

「第一声がそれですか。愛されていたのですね、彼女は」

「...あなたは、マルタさんを撃った人!」

「ヤタガラス所属のサマナー、ミズキです」

「あ、どうもミズキさん。神野縁です」

「あなたには選択肢が2つあります。何も聞かずにここから去るか、話を聞いて私たちの協力者となるかです」

「突然ですね」

「あまり時間はありませんので」

「...話は、聞きます。でも協力者となるかは決められません」

「まぁ、いいでしょう。では、教えます。マルタという悪魔の周りで起きた事件について」

 

ミズキさんはコホンと、1つ咳払いをした。

 

「まず前提を言っておきます。あのマルタという悪魔はアウタースピリッツ。この世界の外から来た悪魔です」

「この世界の、外側?」

「それがどこであるかは私たちの技術ではまだ探知できません。ですが、平成結界が弱まった最近になって多くの者達が入り込み始めたのです。この世界を破壊するために」

「待ってください、マルタさんはそんなことしません!」

「ええ、だからこそ恐ろしいのです。アウタースピリッツが存在しているだけでゲートパワーは上昇し、異世界の法則が流れ込んでくる。無自覚で、無意識な爆弾。それがアウタースピリッツです」

「存在するだけで、害ってことですか?」

「はい。だからあのマルタという悪魔は自ら命を断とうとした。それができないから私が処理しやすいように自分から動いた。それが、私がマルタさんを撃った事の理由です」

 

しばらく、沈黙が続いた。

 

「じゃあ、マルタさんは何のためにまた生まれてきたんですか。爆弾としてこの世界を破壊するため?馬鹿げてる!」

「それは、私にはわかりません。ですが、あなたは託されている。技と心を」

 

「きっとそれが、彼女がアウタースピリッツではなくマルタとして生きた証です。大切にしてください」

 

涙が、一筋溢れた。

 


 

「それで、私に協力して欲しい事って何ですか?私はただの中学生ですよ?」

「アウタースピリッツの説得及び討伐です。あなたの力と魂なら、それが可能だと判断しました」

「魂?」

「はい、あなたは英雄受けの良い魂をしています。アウタースピリッツのこれまでの統計から言って、現れるのは異世界においての英雄です。あなたの綺麗な魂は説得にとても有利に働くでしょう」

「褒められてるんですよね、ソレ」

「はい、褒めているつもりです」

「...なんか、ミズキさんのことがわかってきた気がします」

 

この人は、ちょっと素直にズレている。だが善人だと伝わってくるあたり良い人なのだろう。だからこそ、迷う。

 

「...正直、殺すことにはまだ納得はできてません。説得して元の世界に帰ってもらうって事は出来ないんですか?」

「アウタースピリッツ第1号、玄奘三蔵と様々な実験をしましたが、異世界への扉を開く事は現在の科学力では不可能でした。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()どこにも繋がらないのです。」

「そうですか...」

「それにアウタースピリッツ第2号、仮称ジャック・ザ・リッパーのように人に害をなす者もいます。アウタースピリッツ第4号、シェヘラザードのように死ぬ事を拒む者も。だから、こちらに来れば無理矢理殺さなくてはならない状況に置かれる事は多々あります」

「...辛いですね。」

「...結界の更新が終わればこの現状は改善できると報告が上がっています。なのでそれまでの間、私たちに協力しては頂けないでしょうか」

 

決して、悪い事に誘われているわけではない。この世界のことを想うのなら二つ返事で了承するべきだ。

だが、優しい顔の所長と優雅に佇むデオンさん、そして私を助けてくれた嘘つきな千尋さん。そんな彼らの顔が過ぎると、答えは簡単には出せなかった。

 

「...すいません、まだ決められません」

「そうですね、こちらも急ぎ過ぎました。私の連絡先をあなたのCOMPに送っておきます。決心がつきましたらご連絡を」

「はい、ありがとうございます。ミズキさん」

「ですが、最悪2月末までには連絡をくれるとありがたいです。戦力に加えられるかどうかを決めるのはその時期ですから」

「...はい」

 

残り時間は、あと一月程度だった。

 


 

病院から出て自分の家に向かう。マルタさんは消えることを選んだと言うと、皆さんは納得していた。覚悟が足りなかったのは、私だけだったのだろうか。

 

「そういえば、私千尋さんのこと何も知らないな」

 

そう思って携帯で花咲千尋と検索してみると、すぐに情報は手に入った。

 

「...え?」

 

JIL4987便消失事件、その唯一の生存者として。

 




アウタースピリッツ=サーヴァント です。デオンの運転と3話の頼光の描写の通り、クラススキルが入っています。
ですが辿ってきた歴史が違うため、この世界の人々は英雄と認識することができません。その根本的な食い違いの部分は、そのうちにて。

12:27 サイレント修正 人数間違いとかいう初歩的なミス。笑うしかねぇ

調整平均8.9とかいう作者的にはヤバイ数字出しているこの作品の評価について、評価機能がどれほど使われているのかの個人的興味からのアンケート。暇な時にでもどうぞ。

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