白百合の騎士と悪魔召喚士   作:気力♪

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ボックスガチャというかガーデン級の周回が忙しすぎて今週落とすかなー?と思ったらほぼ一日でかけてしまいました。びっくり。

なお、文字数は一万文字くらい。12000の壁が高いッ!


赤の主従

「これで、マサカド公の土地定着化術式は完了しました。気分はどうですか?」

「...貴様のMAGが無くても問題はなくなったな」

「そりゃ重畳。じゃあ、契約完了って事で...本当は宴でも開いて別れたかったんですが、なにかと立て込んでまして」

「構わぬ。今はまだ戦う時だ。我の分け身でも渡せればとも思ったが、四天王が逝った事が大きいな」

「そこまでは望んでないですよ。そのかわり、結界の維持は本気で頼みますよ?」

「誰にモノを言っているのだ」

 

そう言ってお互いに苦笑する。なんだかんだと短いが濃密な時間だった。

 

「では、お主は行くが良い。この世界を救おうとする愚かで愉快なサマナーよ」

「はい。一時とはいえ、あなたの主で在れた事は楽しかったです。どうかお達者で」

 

そうして、あり合わせの資材でなんとか形だけ再建した社にマサカド公を置いて、その場を去る。

 

戦いは、まだ終わっていないのだから。

 


 

思えば、奇妙だった。どうしてサカキはマサカド公という強大な悪魔へと変化したのか。変化できたのか。

 

そんなもの、外からの介入があったからに決まっている。

 

こうして護国神の影響が消え、自由に術を使って探索ができるようになった事で、それは確定した。

 

この帝都に、もう聖杯はない。持ち去られた後なのだ。

 

それを隠す為の帝都結界の破壊。それの防衛にこちらの手を完全に誘導したその手管。それはまさに悪魔的な場の動かし方だ。

 

そして、そのことから敵は令和結界が破壊された後の残り2月弱で聖杯集めを終了できる力がある事が逆算できる。それは情報力なのか、機動力なのか、戦闘力なのか、それはわからない。

 

だが、あの戦闘が終わった後の現象から言って、そのどれもが当てはまるだろう。

 

「真里亞、もういいか?」

「...はい、私たちは未来に行かないといけませんから」

 

それは、一つの区切り。

 

灰となった皇居を前にして、しっかりと祈りを捧げる事。それは、騒乱の最中にあった帝都ではできなかった事で、今のほぼ全ての人や悪魔が消えた廃都市になって初めて出来たこと。

 

「じゃあ、戻ろう。敵を探し出して始末する。話はそれからだ」

「...はい」

 

そうして、再び神田明神地下にあるシェルターへと転移する。ターミナルは安全性を考えて、シェルターへと移し替えた。マサカド公がしっかりと見張ってくれているので悪用されることはないだろう。

 

そんな事を考えながら、()()()()()()()()()()()()()のことを思い出していた。

 


 

それは、本当に突然に始まった。

 

「逃げろ、サマナー!俺たちから!」

 

鳴り響く不快な音色。放たれる意思の波。

 

護国神を倒して現実の相対座標、皇居跡地に現れた俺たちを待っていたのは、邪悪すぎるそれだった。

 

COMPの表示に現れるアウターコードの文字。豹変した藤太さん達の姿。

 

敵の姿はもう見えず、あるのは地獄の始まりを告げる不協和音だけ。

 

「キョウジ、叔父様...」

「...我は汝、汝は我、我は心の海より出でし者。...この端末は、良い体だ。そうは思わないか?花咲千尋」

 

俺たちの事を、モノでも見るかのような目で見るキョウジさんだった者。皮膚は全て裏返り、そこから肉が溢れて形作られた顔のない、あるいはどんな顔でもある悪魔。

 

これが、ニャルラトホテプなのだろう。追いつかない感情と、叩き込まれた戦闘論理が導く身体の反射がそれを告げていた。

 

現状は、最悪。こちらはMAG切れ寸前のサマナーと異能使い。対して敵はアウターコードにより離反したアウタースピリッツ4名にニャルラトホテプの端末と化したキョウジさん。

 

「デオン、お前だけが頼りだ。死ぬほど働かせるぞ」

「...サマナーと真里亞は守るよ。白百合の騎士の誇りに誓って!」

 

そうして二方面からの攻撃に対応するためにショートソードで初手を受けようとしたその時に

 

アウタースピリッツ達は、ニャルラトホテプに対して攻撃を始めた。

 

「人理の影法師風情が、私をどうすると?」

 

無言で、戦闘を続けるアウタースピリッツ。その技量に陰りはなく、その魔力に制限はない。そうして陳宮さんの指揮によって刑部姫の兵力が全力以上に活かされ、その兵力に隠れて藤太さんと紫式部さんが攻撃を仕掛ける。

 

確認していたスペック以上の攻撃だ。アウターコードは、アウタースピリッツの潜在能力を引き上げる力も持っているようだ。

 

「...今のうちに離れるぞ。この戦い、どっちにも介入のしようがない」

「...チャクラドロップがひとつだけあります。残りのMAGを考えると、1発は放てます」

「撃てるか?」

「...撃ちます」

「なら、状況は俺が作る。デオン、行くぞ」

「どうするんだい?」

「...あいにくと、ノープランだ!」

 

そうして、戦闘エリアへと切り込む俺とデオン。

マサカド公しかり他の仲魔達は、既に送還している。命を燃やせば人柱降魔(D・ライブ)くらいはできるだろう。

 

どうせここでの戦いでどちらが勝っても死ぬ命だ。ならば、燃やした所でロスはない。

 

そう思って突撃しようとしたところに、一つのモノが投げられた。

 

藤太さんの、無尽俵だ。

 

「サマナー、よ!持っていけ!此奴は、俺たちで終わらせる!」

「そう、ね!ちっひー!パスカルの、事!お願いね!」

「私たちは、大丈夫です!」

 

答える、3人の声。そして、それに何も反応しないで堅実に指揮を進めている陳宮さん。そして、一つのハンドサインを見せるニャルラトホテプ。

 

それを見て、この場を終わらせる算段はついた。最悪で、犠牲だらけで、それでも最大限の数が生き残れる算段が。

 

「...ここで、好きでもない事をやらされてる仲魔の始末をつけないで逃げてられるほど、情のないサマナーじゃねぇんだよ!全員纏めてかかってこい!俺が相手になってやる!」

「狂ったか⁉︎花咲千尋!」

 

それだけで、伝わるだろう。

少しの間とは言え、本当に濃密な時間を共に過ごしたのだから。

 

俺が、真っ当に戦うなんてことはありえない。何故なら1発良いところに当たればそれだけで霊核が弾け飛ぶだろう貧弱防御力なのだから。

 

だから、かかってこいというのは当然なにかを仕込んでいるという事の裏返し。アウターコードに縛られている中での自由がどれだけあるかはわからないが、顔無しを殺そうとすることはまぁアウターコードの方針には間違っていないだろう。

 

そこを逆手に取って、仕留めさせてもらうことにする。

 

こちらに向かってくる3人のアウタースピリッツ、そして1000の折紙兵達。

 

それらにまとめて、命を燃やしたMAGで作り出したアンリマユの泥を叩き込む。

 

肉の身体を持たずにエーテル体で身体を構成するアウタースピリッツは、この想いの泥には耐えられない。そして、向こうにはそもそも耐えるつもりはない。

 

だから、これで3人のアウタースピリッツの無力化は完了した。

 

地獄のような苦しみなのはわかっている。だが、結局俺の取り得る手段ではこれしかなかったのだ。

 

「真里亞、やれ!」

「ですが、キョウジ叔父様は⁉︎」

「あっちは、()()()()()()()()()!だから、全開で!」

「...ええ、わかりました。炎天よ、走れ!極大広域火炎魔法(マハラギダイン)!」

 

そうして、無防備になった身体を真里亞の火炎が襲う。それで、アウタースピリッツ達は終わった。

 

地獄の苦しみの中で、最後に笑顔を見せて。

 

...あとは、キョウジさん次第だ。

 

「サマナー、私は介錯に行く」

「ああ、悪いが任せた。とはいえ、あの2人の奇策が終わってからな」

「...ああ、そうだね」

 

そうして、ゆっくりと視線を陳宮さんとニャルラトホテプの方に向ける。陳宮さんは俺たちから離れていく。それを追う形でニャルラトホテプは攻撃を始め。

 

自身の体に取り付けられている装置が起動した事に、気付いた。

 

「全く、自分の体に自爆装置をつけて欲しいなどとは本当におかしな仕事でしたが、それが役に立つというのだからこの世は侮れない。そうは思いませんか?サマナー」

「ああ、お陰で大事な姪を守れた。感謝するぜ陳宮」

「葛葉キョウジ、貴様⁉︎」

「顔無しは悪魔になる、それが利用されてる。なら、対策は打つに決まってんだろ。馬鹿かお前は?」

「ですが、全く奇妙な事です。貴方が私を殺すという契約と、私が貴方を殺すという契約、二つが同時に成立してしまうなどとはね」

「そういう事だ、あばよニャルラトホテプ。お前の事は、次の世代に任せるさ」

 

「おのれぇええええ!...などと言うと思ったのか?」

「ああ、思った」

 

そんな言葉と共に、キョウジさんは、ニャルラトホテプは爆散した。その爆発に巻き込まれて陳宮さんは消滅し

 

後に残るのは、死にかけのニャルラトホテプの端末だけだった。

 

「霊核が砕けたか...まぁ、及第点だろう。花咲千尋、貴様らの勝ちだ」

「...デオン、そいつを喋らせるな」

「いいや、大切な事だ。話させて貰おう。この帝都のマサカド乱立を引き起こしたのは、1人の顔無しだ。私と共存している特別性のな」

 

「そいつは、もう帝都には居ない。次の目的の為に、三咲に向かっているよ。貴様がなにをしようと、もう間に合わないだろうな。貴様の人類の進化系(ネクステージ)は見てみたかったが、それより早く世界が終わるのだから関係はなかったか」

 

「では、世界が続けばまた会おう」

 

そんな言葉を最後に残して、デオンの一太刀によりニャルラトホテプは消え去った。

 

キョウジさんは死に、帝都からはほとんど全ての人が死に、聖杯はまだ見ぬ敵に奪われた。

 

それが、今回のグレイルウォーの結末だった。完全敗北だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、それだけでは終わらなかった。

 

「ワン!」

 

そう、パスカルの鳴き声が聞こえる。その事に違和感を覚えてそちらに歩いて行くと、1人の女の死体が転がっていた。やったのは、パスカルだろう。

 

その口には、死んだ女のCOMPが咥えられていた。

 

「まさか、キョウジさんをニャルラトホテプにしたあの音の出所か!」

「ワン!」

 

肯定するパスカル。そうしてそいつのCOMPを調べていくと、美咲市にターミナルの受信専用端末がある事が確認できた。このデータがあれば、ターミナルのない美咲に長時間かかる調整をしないで辿り着く事ができる。

 

これなら、縁を邪悪の手から救うのに間に合うかもしれない。次の世界の終わりを止められるかもしれない。

 

全く、ツキというものは良いところに転がっているものだ。

 

「パスカル、お前も来るか?」

「ワン!」

 

そして、道連れも一頭増えた。

 

「必ず、縁を助けよう」

 

誰に言い聞かせるてなく、自分の覚悟を口にする。

 

戦いはまだ終わっていないのだから。気を引き締めていこう。

 

差し当たっては、食事による体力の回復だ。藤太さんが咄嗟に投げ渡してくれたこの無尽俵、活用させて貰おう。

 


 

「じゃあ、真里亞、パスカル、デオン。行くぞ」

「だが、遡月の皆には連絡しなくて良いのかい?」

「このターミナルからラインを通して、真里亞には美咲に行くって伝えた。ノイズだらけだけど向こうからの反応もあったし、多分伝わっただろ。向こうからの増援も期待して良い筈だ」

「それは有難い。なら、心配事はないね。縁を助けに行こう」

「ま、縁なら自力で脱出していてもおかしくはないけどな」

 

そんな希望的な軽口を叩きながら、ターミナルを起動させる。ふわりとした感覚の後、視界は暗転し、どこかの屋敷の一角にあると思われる受信アンテナの前に現れた。

 

瞬時に戦闘態勢を取るが、奇襲はない。ニャルラトホテプから俺たちが生き残った事は伝わっているだろうに、どうして迎撃を置かない?

 

不自然な点はあれど、まずは動く事だ。デオン、パスカル、俺、真里亞の順で隊列を組みゆっくりとドアを開ける。

 

丁寧に掃除が行き届いている奇妙な屋敷だ。建築様式から言ってかなり古い屋敷だと思われる。そうしてゆっくりと探索しながら外に出ると

 

そこには、普通の街並みがあった。大厄災前の、普通の街並みが。

 

「おいおい、冗談だろ?」

「千尋さん、ゲートパワーは安定しています。これでは悪魔はそこまで存在できないでしょう。これは、異常です」

「だな、どうしてこんな事になっているのか、話を聞かなきゃな...ッ⁉︎」

 

瞬間、デオンが剣で飛んできた剣を弾き飛ばす。投剣...違う、これに似た技術を俺は知っている!

 

「物陰に隠れろ!狙撃だ!剣を矢にする変態アーチャーがいやがる!士郎さんか畜生!」

「こちらは補給も最低限だというのに!千尋さん、ペガサスは⁉︎」

「ペガサスじゃあの狙撃は躱せない!今は普通の剣だけど、概念装備まで弾にしてきたら空間ごと削ってくるわ当たるまで追尾するわのインチキのオンパレードだ!今は逃げるしか無い!」

 

そうして、走り始める。時折やってくる狙撃を躱しながら屋敷の敷地にある森の中に入り、そこにある離れに滑り込む。

 

「...あら?お客さんですか?」

 

そこには、赤い髪が綺麗な女中さんがいた。が、今はそれどころでは無い。

 

「すいません、軒先を借ります!詳しい話はまた今度で!中距離転移魔法(トラフーリ)!」

 

そうしてわざと転移の痕跡を見えるようにした囮の転移と、最小限のMAGしか見せない本命の転移を重ねて使う。

 

そうして屋敷から逃れた俺たちは、狙撃をしてきたであろう山の上に高くそびえるビルから逃れるルートで撤退する。

 

「なんとか、撒いたか?」

「ああ、多分ね。囮に引っかかってくれたのだと信じたいね。さて、ここはどこだい?」

「待ってくれ、今地図を開く...美咲市の繁華街だな。店の看板と位置は一致している。さて、これからどうするかだな」

「縁の居場所は、探さなくて良いのかい?」

「いや、一択だろ。あのビルの中以外に考えられない。となると、あの狙撃をどう潜り抜けて行くかだな」

 

とりあえずは、MAGの補給が先だ。

この街の現状なら、生体エナジー協会とかも生き残っているかもしれない。マッカならファントムの物資だったものからたんまりと受け取れたのだ。攻めるにしろ忍び込むにしろ、なんにせよ補給だ。

 


 

そうして、酷くあっさりと俺たちは受け入れられた。生体エナジー協会はきちんと運営されており、マッカを適正なレートでMAGに交換することができた。

 

そして、この街が不思議なほどに安全である理由も同時にわかった。生体エナジー協会には、さまざまな人がMAGを売りに来る。

 

なぜそんな自殺行為を?と尋ねたら、遠野様が守ってくれているからだと告げられた。

 

遠野様とやらは古くからの鬼の血を引く一族で、代々この美咲を守ってきたのだと。そうして、遠野様とやらが建てたビルの屋上から悪魔がどうやって侵入してこようとも射殺してくれるのだとか。

しかも、この街のエネルギー全てをあのビルから配分しているために日々の暮らしには問題はないのだと。

 

随分と、都合が良すぎる。こんな世界でそんなことを続けるにはどう考えてもリソースが足りない。遠野様とやらは相当な無茶をしている。だから聖杯や縁を求めたのだろう。

 

「千尋さん、私たちが縁さんと聖杯を取り戻す事ってもしかして...」

「だろうな、砂上の楼閣を蹴り飛ばすのと同じ事だよ。...交渉で話が済めば良いんだがなぁ」

 

なんにせよ、夜を待つ。どんな鷹の目とはいえ、夜ならば狙撃も多少はマシになるだろう。

 

まぁ、ちゃんと街灯が灯っているこの街でそれが有効かは疑問だが。

 

「サマナー、少し良いかい?」

「どうした?デオン」

「この街の外がどうなっているのかを知りたい。それ次第で、どういう選択をしたのかがわかるだろうからね」

「了解、サモン、カラドリウス」

「サマナー、撃ち落とされて死ぬ未来しか見えないんだけど、そこの所はどうなのさ?」

「死ぬことも仕事だ、頑張れ悪魔!」

「サマナーは心が悪魔さ」

 

そうして、路地裏を縫うようにカラドリウスは飛んでいく。今のところ狙撃はない。そうして、徐々に人の暮らしの灯りがなくなっていった時に、その光景は見えた。

 

「...マジか、この街の頭は⁉︎」

「千尋さん、どうしたんですか⁉︎」

「今映像を出す、かなりやばい事になってるぞ」

 

そうして、カラドリウスの目が見た光景か映像として表示される。

 

それは、堕天使の軍勢がMAGを確保している光景。

その出どころは、都市に張り巡らされていたMAGパイプの末端。

 

この街の機能が生き残っている理由は、人間牧場だからだろう。だとしたら、顔無しを悪魔にするあの音楽の出所もここなのだろう。

 

そうして、カラドリウスが気付かれる前に送還(リターン)して、作戦を練り直す。

 

これは、罠だったのだろうか?

ニャルラトホテプにわざと美咲市の名前を出させて、ここに誘導して包囲の中で仕留め切るという敵の計略の。

 

「...これは、どうしたもんかね?」

「私個人の意見を言わせてもらっても良いかい?」

「ああ、構わない」

「あのビルに潜入することは生半可な手管では無理だ。だから、堕天使を使えないかい?あれだけいるなら、誘導に乗る愚か者もいるかもしれない。マッカがあれば交渉も可能だろう?」

「...交渉に時間を割いていいのかがわからない。向こうは聖杯の欠片を持ってる、なんでもありなんだ。だから、時間は敵に利しか産まない。だが、着眼点は良いと思うんだよ。交渉時間なしに堕天使、もしくは他の何かに遠野様を釘付けにする方法...あ」

「お?サマナー、閃いたかい?」

「ああ、要は堕天使が動けばいいんだ。そこに俺たちが直接出向く必要はない。...行けるな」

 

そうして、狙撃を警戒しながら美咲の街を巡っていき、仕込みをする。高度なセキュリティがあるものと覚悟していたが、どうにか俺でも抜ける程度のものだった。これなら、行ける。

 

だが、心には来るものがある。

懐かしい、日常の感覚が本当に泣きたくなるくらいに懐かしいのだ。

ふつうに人が笑って暮らせる世界。それがここにあるのだから。

それを守る事は、本当に尊い事なのだから。

 

だが、俺はこれをこれから壊すのだ。覚悟を決めろ、世界を救うって決めたんだから、覚悟だけは折れない鋼であれ。

 

それくらいしか、弱者の自分にはないのだ。

 


 

そうして、日が落ちる。それと同時に各地に仕込んでいた術式を起動させる。対象はMAGパイプ。

 

この街から外の堕天使へと向かうMAGを、各地に配置した仲魔を通じて盗み取る。そうすれば、堕天使達は反逆に怒り狂って見せしめの攻撃を始めるだろう。当然、遠野様はその対処に追われる。

 

その分だけ、接近の難易度は下がる。

 

あり合わせからできた作戦とはいえ、悪くはないだろう。

 

「サモン、ペガサス!翼は畳んで、地面を走ってくれ、良いな?」

「ヒヒーン!」

「ワン!」

 

何故だかペガサスに対抗するパスカル。パスカルのグレートっぷりを考えると地上ではペガサスにもスピードは劣らないだろう。思いっきり走らせてやる事にする。

 

「GO!」

 

カラドリウスの目が堕天使を捉えた時点でペガサスを走らせる。反応性向上(スクカジャ)をかけているので、機敏に動けるだろう。

 

そうして、遠野様の剣の矢は、弓から放たれるものではなく空中に投影して射出する形で俺たちを妨害するようだ。

 

だが、それならば防げる。あの狙撃が厄介なのは、威力ではなく正確性なのだから。

 

そんな片手間での妨害など、しっかりとMAGを補充した今の真里亞の敵ではない。

 

高位火炎魔法(アギラオ)!」

 

実際、剣は投影されて射出されるまでのタイムラグで焼き尽くされている。そんなものは俺には見えないが、あると言うのだからあるのだろう。

 

だが、流石に攻撃可能な距離まで入り込まれたらアクションを起こされる訳で、士郎さんが使っていた追尾の概念装備の矢が放たれる。それを見たペガサスは俺たちを前に飛ばし、剣を引きつけて空を走り出す。予想していた通りの行動だ。

 

「しゃあ!こっからは正面突破だ!全員、送還(リターン)!アンド、サモン、クー・フーリン!続いて高等悪魔召喚魔法(サバトマダイン)!ベル・デル!」

「「しゃあ!行くぜサマナー!」」

「お前ら息合うな!ベル・デルはそのまま射手に突っ込め!真っ直ぐに!最速で!クー・フーリンはその影から槍を投げろ!ベル・デルには当たっても構わない!全力でな!」

「構うに決まってんだろが!当てたら殺すぞお前!」

「ハッ!お前がわざと来ない限りは当てねぇよ!誰にモノを言ってやがる!」

 

そうして、ベル・デルは最速で射手に飛んでいき

 

真っ直ぐ綺麗に撃ち落とされた。まぁそうだろう、だが、それで死なないのがベル・デルの...

 

『サマナー!奴は知ってやがる!ヤドリギで剣を作りやがった!』

『動けるか⁉︎』

『無理だ、良いのを貰ったせいで霊核にダメージが入った。こりゃ蘇生魔法貰わねぇとどうにもならねぇな』

『そうか...戻れベル・デル。お前は盾としてまだ使えるから、死体になられたら困る』

『了解だ、サマナー...それにしても理由が最悪だな』

 

射手の対処はクー・フーリン1人に任せてしまう事になるが、あいにくともう動き出しているから止まらないし、止まれない。

 

高位衝撃魔法(ザンマ)!...流石に当たらねぇか!」

 

クー・フーリンは、持ち前の身軽さを利用して射手を惑わし、ノールックで出せるというルーン魔術を利用した衝撃魔法で反撃する。

 

だが、射手の目を引く事には成功している。できれば殺して欲しいが、それは無理だろう。

足を止めれば、即座に貫かれるのだから。

 

「真里亞、八咫の鏡は?」

「...まだ貼れません。昨日の今日ですよ?」

「それもそうか。つまり、頑張れと!」

 

次第に、こちらに向けてくる投影剣の弾幕は密度を増してくる。防御にはギリギリ極大クラスが必要になるくらいの絶妙な強さの概念装備の剣で。

 

真里亞も最初は適切な反撃を選ぼうと努力したようだが、もう今では極大(ダイン)をノータイムで放っている。

 

それは、真里亞が考えるのを面倒に思ったとかではない。

剣の生成速度が上がったのだ。それはそうだ、なにせ術者に近づいているのだから。

 

だが、まだ対処できる。そう思った時に術者がふわりとこちらに降りてきた。

 

それと同時にクー・フーリンに着弾した剣。それによりクー・フーリンは生き絶えた。

 

「ふむ、見た目は普通の顔無しと同じだな。くだんの英雄殺しがどんな男か気になっていたのだが、随分と見かけに覇気がない」

 

赤い外套、色黒の肌、そして白い髪。

 

どこか士郎さんを思わせるその男は、両手に陰陽の中華剣を作り出してこちらに対峙する。

 

「あいにくと、こっちの手札はまだ尽きてない!サモン、アテルイ!シェムハザ!」

「仲魔としては初の召喚ですね、少し心が踊ります」

「無駄口を叩ける相手ではないぞ」

 

そうして、男と紫のアテルイが斬り合う。力で押すアテルイと、技で躱す男。

 

本当に、バトルスタイルが士郎さんそのものだ。とすれば、こちらに隠している切り札とやらも同一かもしれない。

 

まぁ、そんなものは撃たせるつもりはないのだが...ッ⁉︎

 

「全員、離れろぉ!」

魔法反射障壁(マカラカーン)!」

 

瞬間、察知して即座に指示を出すが、アテルイは速度を落として防御力を上げている色の鬼である紫鬼のため躱しきれず、その両腕を蒸発させられた。

 

そうして、ビルの二階にあるテラスから見下ろしてくるのは、赤い髪の少女。

 

今のは、何だ?

ソロモンのMAG察知で何かを感じて、咄嗟に退避とシェムハザのマカラカーンを張った。そこに間違いはない。なので、今のアテルイの両腕を蒸発させたのは魔法ではない技だという事になる。

 

アテルイに当たったのは、障壁を抜けて伸びてきた二本の髪の毛だけ。

それだけでアテルイの体を蒸発させるとは本当にどうかしている。術の枠に囚われない異能という奴はこれだから困る。

 

「すいません、あなたが遠野さん?ウチの従業員を返して欲しくてカチコミに来たんですが」

「...なら、あなたはあの子を殺したのね」

「そっちが先に仕掛けてきて、ウダウダ言われる謂れはないですよ。いいから縁を返せ。それからそっちの事情次第で協力するか敵対するか判断してやる」

「...断るわ。神野縁は奇跡の存在、彼女なら受胎が可能なの」

「...子供でも産ませようってか?」

「いいえ、私は、私たちは...」

 

「彼女に世界を産んでもらうつもりなの」

 

それは、決して交わらないもう一つの世界を救う選択肢。

 

たった1人の少女に全てを押し付けて、全てをひっくり返す事だった。

 


 

「侵入者がやってきたみたいだねー」

「...そう、ですか...」

「どうしたの?あなたはこれから聖杯を受け入れて世界を救う聖母になれるのに!」

「こんな、こんなやり方でいいんでしょうか?これまでの沢山の人が繋いできたこの世界を使えないからと切り捨てるようなやり方で」

「それ以外に皆が助かる道はないよ?」

「...生贄になるのは私です。だから、この選択肢に思うところはありません。関わった皆さんが生きられる世界を作れるのなら、それは決して悪いことではないですから。でも、でも、でも!私が、私が戦って守りたかったのは世界じゃなくて笑顔だから!私が死ぬことで、涙を流す人がいるから!私は、その選択肢をまだ選びません」

「...なら、どうするのお姉ちゃん」

「戦います。まずは、貴方と!()()()!」

 

瞬間、作られるMAGの力場の衝突

 

多重に張り巡らされた拘束術式の嵐を、一度受け止めて、その力全てを己の力に変えて殴り返す。

 

それにより、37層に織り成されていると言われた特殊拘束室の壁は、一撃で粉砕された。

 

そして、そのまま外に飛び降りる。もののついでにとテラスにいた少女を殴り飛ばしておきながら。

 

「待たせましたか?千尋さん」

「ああ、待った。けど、そろそろ来るかなって思ってた。さぁ、反撃と行こう」

「はい!」

 

花咲千尋という(ヒト)は、これだからずるい。ロジカルな思考で考えているくせに、大事な所を感情で決めているのだから。それはまるで心の底から信じられていること以上に、神野縁という女の心を喜ばせるのだ。

 


 

縁が壁をぶち破って現れてついでに遠野さんをぶちのめした件について。

所長の影響ってやっぱ強いなーと思いながら、戦況を整える。

 

向こうの手は、赤の射手と赤髪の彼女。どちらも単体ではこちらの戦力を上回っている。

 

だが、こちらに絶対の防御札である縁が戻ってきてくれたのは本当に大きい。

 

デオンが射手を、縁が遠野さんを抑えてくれればチャンスはある。

 

そう思っていると、突き刺すようなMAGの奔流が先ほど縁が飛び出してきたところから現れる。

 

「有栖、出てくる必要はありません。下がっていてください」

「えー?でもここで花咲千尋を殺しておかないと、絶対に受胎の邪魔をするよ?せっかく集めた二つのカケラも無駄になっちゃう」

 

「だから、私がやるよ!秋葉は私を解放してくれた恩人だからね!」

 

そうして、溢れ出す呪怨のオーラ。

 

それだけで、縁が防御態勢を取るほどだ。

 

「さぁ、皆!私の受胎の為に...」

 

 

 

 

「死んでくれる?」

 

 

血色のような赤いドレスを着た有栖という少女は、無邪気にそう告げた。

 

 




大分前(作者も忘れた)に出てきた繋がれてた少女、有栖の参戦です。そして、グレイルウォーに第2勢力、堕天使が本格参戦。

混沌としてきた状況を、描ききれるかが心配です。まぁ頑張るしかないんですけどネ!

週間連載やってるこの作品の文字数は、どれくらいが望まれているのかのアンケート。尚、作者の力量を超える文字数の場合は頑張るだけ頑張りほしますが、まぁ無理でしょうねー。

  • 4000字〜6000字のお手軽コース
  • 平均8000字の中盛りコース
  • 平均1万2千文字の現在目指してたコース
  • 平均1万5千文字以上の特盛コース

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