「よし、ナイスだカプソ。これで堕天使の分布がリアルタイムで見れる」
「うーん、何度死んだかなー?」
「気にすんな、俺も途中から数えてない」
「そこは数えてて欲しかったり」
堕天使の本拠地と思わしき建物を見つけてからは、やることは単純だった。
まずは、堕天使の数を調べること。特に、戦闘を起こしてからの数を。
それにはカプソを介しての遠隔レーダー術式をいくつか配置する事でどうにかこぎつけられた。
正直数が数なので正確な数を調べるというのは無理だったが、確実にわかったことが一つだけある。
どれだけの数の堕天使を殺しても、堕天使の総数が変わることはなかった。
「決まりだ。堕天使側にはサマナーがいる。そいつが、鍵だ」
堕天使に渡しているMAGパイプは、敵サマナーのCOMPに直結しているのだろう。バカみたいな数の堕天使の制御と召喚にはMAGが必要だから。
だから末端の堕天使はMAGが足りず、パイプから漏れ出すMAGがなくなったことで即座にキレて反旗を翻した。
見せかけだけでも、数を揃えることに意味があるのだろう。つまり、堕天使のサマナーと遠野秋葉は完全な協力関係にないのだろう。
「琥珀さん、遠野秋葉はこのことを知っていますか?」
「いえ、堕天使は堕天使としてこの世界にいると認識していたようですよ。エミヤさんから忠言くらいはあったかもしれませんが、それでも可能性として考えているくらいでしょう」
「じゃあ、琥珀さんはこのことを知っていましたか?」
「知ってはいませんでしたが、そうではないかと。あの氷川さんがタダで死ぬとは思えませんでしたから。氷川さんを殺すほどのサマナーか氷川さん自身か、どちらかだとは思っていました。私にはどっちでも関係ないので良かったんですけど」
「...その氷川ってのは、遠野秋葉に受胎の術式を渡した術者ですね?」
「はい。ですが大災厄の1年前に他界したという事になっていますね」
「どう考えても偽装ですねー。何がしたかったんだ?隠れる意味なんてな...あー、大災厄の後の基盤作りか」
「というと?」
「あの日、平成結界に対してメシアとガイアからアクションがあったんですよ。だから、こういう世界になるのは読んでいたんじゃないかと」
「なるほど、花咲さんは博識ですねー」
「琥珀さんほどじゃないですよ。...とりあえず、こっちの当面の目的は氷川(仮)の暗殺ですね。周囲の堕天使が居なくなれば儀式の難易度は相当上がりますから。...まぁ、堕天使が塞き止めてるであろうゲートパワーを街に流すんで赤い射手...エミヤさんは大変でしょうけどね」
「...サマナーそれでは無辜の民が犠牲になりはしないか?それを当然と割り切っていないか?」
「デオン。この先の世界で生きていくにはどうしたって変わらなきゃいけないんだよ。日常を失わないことは美徳だけど、それに固執して戦う牙を抜かれたのが今のこの街の人たちだ。だから、目覚めさせるには刺激が必要だろ」
「それに、血が伴ってもかい?」
「ああ。だけど、この街がこの世界で生き残るには変わらなきゃいけない。...だから、この街の人々の意識が変わったら武器やら食料やらを支援するのが俺たちのできる精一杯だ。ファントムからガメた分があればそれなりの自警団は作れるだろうしな」
「...サマナー、それを先に言ってくれ。てっきり見捨てるのかと思ったじゃないか」
「やだよ、見捨てたら絶対夢に出るやつだろコレ」
「...そんな理由で、縁もゆかりもない人を助けに動くんですか?花咲さんは」
「まぁ、ノリで動いてから計算するタチなんで」
「偽善者って言われません?」
「いや、悪魔とはよく言われる。誠に遺憾だ」
「サマナー、犠牲者であるボクから言わせて貰えば、サマナーは相当な冷血漢だよ?」
「ちゃんと猫缶やったのになにが不満だよ、カプソ」
「猫缶で命が買えると思ってるその感性だよ」
なんて馬鹿話をしながら、詳細に調べ上げられたこの街の地図を元に作戦ルートを決定する。
今のところ想定している転移先は、この街の外にあるちょっとした廃墟の中。そこからなら敵本拠地の背後を突く形で進軍ができる。あの施設がどちらからの攻撃に強く警戒しているのかは正直わからないが、現状交渉のテーブルに持っていけるカードを縁の生贄以外に持っていないことは問題を通り越して論外だ。
ならば、カードを奪うしかない。力尽くでではあるが、一瞬でも交渉のテーブルに着いても良いと思わせなければならないのだ。
何故なら、あのエミヤの狙撃と遠野秋葉の略奪の異能を潜り抜けるだけでこちらの戦力は全壊する。にもかかわらず奴らの側には有栖が控えているのだ。
近接戦闘能力はそう高くないそうなので、デオンか縁がレンジに入れれば殺せるだろうけれど、そんなことをさせるような甘い主従ではない。
つまり、交渉のテーブルにつかせてそこを闇討ちするというのが最も可能性の高いプランなのである。
「あの施設にいるのが氷川なら、確実に受胎に対しての術式を持っている。止めるにしろ利用するにしろ、資料は必要だ」
「ですが、あの数の堕天使を突破するのは言うほど容易くはありませんよ?」
「いや、真里亞の火力なら包囲網に穴を開けるくらいは簡単だろ。堕天使つっても数だけ揃えられた連中が大半だぞ」
「いえ、むしろその後の事を案じているのです。私が撃ち終わった後にできた道から侵入するというのは構いません。ですが、その後に残るのは私の一撃で殺せない手練れの堕天使です。そこに戦力を割いてしまえば、最も警備が厳重な施設突入の力が足りなくなってしまうのではないかと」
「あー...それもそうだな。それならちょっと手管を変えるか」
そんな事を考え始めると、この地図が3Dデータである事を思い出す。
正面からが無理なら空から...は無理だ。撃ち落とされるのがオチだ。
が、このマップには丁度いい施設が示されていた。丁度廃墟と施設を結ぶ直線上に。
そうなれば、この手で行くとしよう。
「炎天よ、走れ!
「ヤベェ!襲撃してくる連中が本腰入れてきた!逃げるぞ!」
「なにを言っているのです、行きなさい。あなた方もサマナーに従っているのですから」
「でもよぉダンタリアン様!俺たちじゃあ肉壁にもなりゃしねぇ!火炎の余波だけで仲間達が消し炭になっているんだぜ!」
「...チッ、これだから木っ端の堕天使は使えませんね。では私が参りましょうか」
そうして出て行くダンタリアン。ダンタリアンは、自身に
「貴女は見たところ火炎の純適正の異能使い。故に、魔法を封じてしまえば力は振るえない!
「あいにくと、その程度では!」
そして、
そんなんでいいのだろうかラストエンプレス。割と軽かったのがびっくりである。
信頼してくれるという事なのだろうが、こんな外道魔術士に血を分け与えるなど未来の皇族の事がちょっと心配だ。
そんなわけで、自分は只今所長の所有物であり、内田の隷属的契約相手であり、皇族の血を賜ったインペリアルナイトであり、縁の血の主になったのだ。
何だこれ、カオス過ぎるぞ。
まぁ、良いけれど。
そうして真里亞は炎をバーニアにした蹴りでダンタリアンを貫き、こちらにサインを出した。
「うし、真里亞は問題なさそうだ。入るぞ。地下商店街だ」
「...地下からの侵入か、考えたね」
「崩壊した世界ならではの荒技だな。...うし、ここだ。術式展開、収束
メギドを掘削に使えば、あっという間に施設の壁に。この位置からの直線上に壊したらまずいものは特になかったので楽チンだ。
「じゃあ、突入だ。どうせセキュリティは万全なんだ、ぶち破るぞ!」
「はい!」
縁の拳で破壊されるMAGコートされたその施設地下の壁。そして、そのカケラが地面に落ちる前に中に侵入してそこに居た二体の堕天使を斬り伏せた。
「デオン!」
「わかっている!」
ここはどうやら倉庫のようだ。が、MAG認証タイプのセキュリティがあるので宝探しは出来そうにない。
まぁ、それはそれだ。すっぱり諦めよう。
デオンに出入り口の監視を任せた所で、開いているコンセントを確認。MAG防壁あり。相当にやり手だ。
「サモン、グレムリン!ここの有線ネットワークから辿れるか?」
「んー、知性派の僕はムリだって言わざるを得ないかなー?軽く先を見てみたけど、ファイアウォールを突破できないね」
「そうか、ありがとう。...情報はないが、突撃するぞ。制圧にあたって必要なのは地図だ。サモン、カプソ。走り回ってセキュリティルームを見つけてくれ。陽動はこっちがする」
「悪魔使い荒いね。そんなんじゃ反逆しちゃうよ?」
「ファントムの物資を整理していたらちゃおちゅーるを見つけた」
「犬と呼んでくれてもいいよ」
「それで良いのかいカプソ...」
「食は正義さ」
そうして、扉を蹴破り周囲を確認する。案の定警備の悪魔が多く居た。堕天使の中に、闘鬼ベルセルクが混ざっているのがサマナーがいるという事の裏付けになるだろう。
しかもあのベルセルク、かなりMAGが濃い。以前遡月でやりあった奴と同じに見ると死ぬのはこちらだろう。
「位置情報は送ったぞ!来い、真里亞」
瞬間、トラフーリストーンの力でラインを辿り真里亞が駆けつける。建物自体にMAG干渉を防ぐフィールドはあるが、それは先程の縁の拳で穴が開いている。この位置になら転移は可能なのだ。
通信石ではラインを辿るのにラグが生まれてしまうので、俺と真里亞は共に世界を救うという契約を結んだのだった。俺のプライバシーが侵略されていく!のは、別に良い。精神に防壁を張るのは術士の基本だし。
問題は、真里亞の防壁がちょっと薄いために多分今の俺なら普通に洗脳できてしまうことだ。魔が指すからやめてほしいのだその選択肢がある事は。
「とりあえず上層に向かうぞ!力押しで、突破する!」
ベルセルクに真里亞が収束させた《アギダイン》を放つ。だが、それを刀一振りで無力化するベルセルク。
周りにいたそれなりの堕天使は余波で焼け死んだ事を考えると、コイツは本当に特別性なのだろう。
「サモン、メドゥーサ!」
「了解です、
ならば搦め手ではどうかとペトラアイで石化を試みるも、体が完全に石化する前に後ろの通路から視線の外に逃げられた。
「デオン、そのまま前に!ベルセルクに他の仲魔と連携を取らせるな!真里亞は後方警戒!縁とメドゥーサはデオンのサポート!」
そうしてデオンが角を曲がる寸前に引き返し
極大クラスと思わしき氷の波が通路を埋め尽くした。
「縁!」
「我が守りは想いの形!神威の盾!」
俺たち全てが力場を抜けた氷結の質量で押し殺されるのはなんとか縁の万能MAG吸収防壁である神威の盾で防げたが、逃した。
つまり、この地下には特級の手駒を配置してでも守りたい何かがあるのだ。
『カプソ、信じるぞ』
『りょーかい、サマナー』
その謎を明らかにするには、もっとこちらが暴れなくてはならない。
「施設のダメージは気にするな、どうせ敵のものだ!ぶちかませ!」
「はい!神威の、一撃ッ!」
アクティブソナーで大体の位置を割り出し、そこへの道を作る為に縁が受けた極大魔法のMAGを力に変えた拳で部屋を破壊する。
コレで、直線距離に障害物は存在しない。
「遅れて合わせろ、メドゥーサ!ソロモン、
「ええ、お任せを。...
完全にコントロールされたメギドラで見えたベルセルクの力場を消し飛ばす。そして、その消えた力場に合わせる形で放たれたジオダインがベルセルクにぶち当たり、その身に電撃を食らわせた。
しかし、ベルセルクはすんでの所で食いしばり、その身のから耐えて見せた。やりやがる!
「このまま畳み掛ける!戦闘距離までにベルセルクは回復してると仮定!真里亞、パスカル!バックアタックの警戒は任せる!縁を先頭に俺たちが援護、あとは流れだ!」
「任せてください!伊達に盾役をやっていません!」
「頼もしいね!」
そうして見えている射線から再び俺たちを襲う極大氷結魔法。そのMAGを縁の神威の盾で吸収し、そのまま前に出る。
見えた。
敵はもう3体。ベルセルクに、花に包まれた男の姿を取っているおそらく神樹系統の悪魔、そして壺か何かから体を出している女神。
おそらく、あの女神が最強だろう。前衛がベルセルク、中衛に神樹、後衛に女神の陣形を取っている。だが、それでしっくりと来ていないことからおそらくまだ仲魔はいる。
「まずベルセルクを崩す!メドゥーサ!」
「ええ、ここならば外すことはないでしょう。
「させませんよ。
「それをさせるか!ソロモン!
ほとんど反射的に放つ障壁解除魔法。メドゥーサは自身の逸話により、自身の放った石化に対して耐性を持てないのだ。
だが、それはつまりそんな制約がなされるほどにその魔眼が強力であることを意味する。実は仲魔の中でジャイアントキリングの可能性が最もあるのがメドゥーサの石化だったりするのだ。
そうして、石化の魔眼を完全に食らったベルセルクは数瞬で石化し、その体を縁の拳に砕かれた。まず一体。
「ベルセルク、まだ仕事は終わっていません。
「貴様に助けられるのは癪だが、今は感謝しよう!デスバウンド!」
「クッ!」
先頭を走る縁は、ガントレットにMAGを注ぎ込んで強化することで蘇ったベルセルクの多重斬撃をいなし切った。しかし、その隙は大きく、今の縁には盾を張る余力がない。あれは縁のガントレットを触媒にするある種の異能なのだから。
「凍てつきなさい。
「来てください、タラスク!ファイアブレス!」
だが、それは縁が一人であることに限った話。彼女は、ずっと一人ではない。竜の聖女から託された邪竜がその身を守っているのだ。
そうして、タラスクの全力のファイアブレスが極大クラスの氷結を抑えた数瞬で縁は拳を放つ。タラスクごと。
そうして伝わったエネルギーが炎を強化し。極大魔法を相殺した。
たが、それを想定して動いていた二つの影。
ベルセルクと、デオンだ。
デオンが出た理由は単純。どうにかすると信じていたから。それを判断させるだけの信頼がそこにはあった。
対して、ベルセルクの反応が早いのは純粋な戦闘経験によるものだろう。そういう事ができる悪魔とか、仲魔に欲しいぞおのれ。
そうして数合剣を交わした二人は、奇妙な事に同時に飛び退いた。
『サマナー、私一人では千日手だ。お得意の奇策でなんとかしてくれ』
『弱音とは珍しいな』
『事実だよ。力場が強くて切りにくい。』
『...向こうもそれはわかってる感じだ。だから、あえてデオンにはベルセルクの相手をしてもらう。その隙に蘇生使いの神樹を殺す。...ってのが本筋な』
『なるほど、私がベルセルクを殺すのがサマナーの狙いかい?』
『ああ、懐かしの合体技で叩っ斬れ!』
「蘇生役の神樹を殺す!火力を集中させろ!」
「消し飛ばす!
「ええ、
「させん!デスバウンド!」
極大魔法二つを力で押し返そうとするベルセルク。
そしてその隙に女神が極大魔法の
「アギラオストーン、遠隔起動!ぶちかませデオン!」
「ああ!紅蓮斬!」
その斬撃はデスバウンドをくぐり抜けて、その首を焼き切った。相変わらず芸術じみた体さばきだ。
そして、デスバウンドが途切れた事で二つの極大魔法が神樹にぶち当たり、その命を奪った。
「一手足りなかったな、人間!
「受け止る!その全てを!神威の盾!」
そうして、極大魔法が縁の神威の盾に吸収される。しかし、あれはあくまで吸収する異能。攻撃MAGの量がキャパシティが上回ってしまえば縁は爆発四散するだろう。
だからこそ、血の契約を結んでMAGの逃げる道を作ったのだ。これを縁から提案された時は正直驚いた。俺のいない2年の間に、相当修羅場をくぐり抜けたのだろう。
縁は俺を通じて皆に過剰なMAGを分け与える事で、キャパシティオーバーを回避した。いや、縁のMAG量を上回るってどんな化け物だこの女神。これだから特化型に作られた悪魔は怖い。
だが、それもさっきまでのこと。
縁が蓄えられる全力が、今彼女の拳に宿っている。
「神威の、一撃!」
その拳は、確実に女神の体を貫き、ついでにその先の部屋をまとめて破壊してみせた。
「周囲の警戒を厳に!まだいるぞ!」
とりあえず、援軍が蘇生魔法なりをやってこないように
「...仕掛けてこないな、探査する、護衛任せた」
再び、アクティブソナーを使用する。確認できた悪魔は一体感知できたMAG量を考えると、コイツがリーダー格なのだろう。木っ端の堕天使たちはこちらにMAGを与えるだけだと判断されたのかもう退却させられている。
『カプソ、ぶち抜いた部屋の探索を頼む』
『もうやってるよ。...うん、なにかの実験施設かな?椅子と頭に被せる感じの機械がある。見えてる?』
『ああ。...さっきの一撃で吹き飛んだから全容が見えないな。見えていてもわかるかは微妙だけど』
『とりあえずそのまま調査しつつ潜伏しててくれ。パーツとかから用途が推測できるかもしれない。だけど、一番強そうなの潰した先の調査が本命だ。見つかるなよ』
『らじゃー』
そうして、本命と思わしき門番の前に出る。
そこには、擬人化して力を抑えている悪魔がいた。
「侵入者か」
「ああ、その奥のに用がある。無駄に死にたくないなら、退いてくれないか?」
「断る。ここで守るのが私への指示だ」
「そうか、じゃあ死ね。ソロモン、
「本気を出す前に消し飛べや、万魔の乱舞」
「そうはいかない、万魔の乱舞」
二人の放つ万能属性魔法が全く同じ力、同じ規模で相殺し合う。なんつー曲芸をしでかすんだよこの悪魔。
そうして、ベル・デルは突如現れた悪魔の尾による叩きつけで地面に叩きつけられた。
そうして露わになっていく姿。赤い翼の空を飛ぶ蛇。
そして、圧倒的過ぎるMAGのプレッシャー...来る!
「縁!盾!」
「忌念の戦慄」
瞬間、放たれる邪悪過ぎるMAG。あの女神のマハブフダインすら越えるMAGの量に、ラインを通じて即座に放出による反撃を試みる。
そうして盾の外に左手の指先を出して、全MAGを解放する勢いで泥を生み出す。
「
「ほう?」
泥を高速で生成することで、敵のMAGを捕食させて盾への負担を減らしつつ敵に攻撃を行う。肉体を持たない者に対しては基本的に必殺のこの泥は、圧倒的なMAGに阻まれて赤い蛇には届かなかった。
冗談は大概にしてくれ。そう思ったのは敵のMAGに触れた左手の指先からこちらに浸食してくるMAG汚染に気付いた時だった。
視界がブレて、思考がまとまらない。そして声も出ず、体が動かない。辛うじて状態異常の重ねがけだと気づいたが、それを伝えるだけの余裕は俺にはなかった。
「...千尋さん!」
声が、聞こえる。
だが、意識が保てない。これは、どうしようもない。
...あぁ、道半ばで終わるのか。
そう思って意識を落としかけたその時、暖かい力が俺を包むのを感じた。
「メシアライザー」
縁の、MAGだ。
目の前で命を落としかける彼の姿を見て、失われていくその顔を見て、神野縁はひとつブレーキを壊した。それが続けばどうなっていくのかは魂で理解しているはずなのに。
その喪失感に身を任せてしまうのを止めて、戦う事に集中しようとしたその時、空から放たれた螺旋の剣が赤い堕天使を貫いた。
その剣が生み出した破壊により堕天使と自分たちは分断されたが、その一瞬の休憩にほっと一息を吐いた。
まだ、私は人間だと思いながら。
瞬間、目を覚ます。状況を認識。縁は盾を外して回復魔法を使ったと断定、赤い蛇は、
「おや、目が覚めたのか。君は死んでくれても良かったのだがね」
「あんたは...エミヤ?なんであんたがこっちを助けに?」
「いいや、私はこの三咲に害をなすであろう堕天使を殺しに来ただけだ。君たちを助けた訳ではない」
「...奴は?」
「私のとっておきで撃ち抜いた。君たちの戦いから逆算して避けてはならない射線で放ったため、体を張ったのだろうよ。最も、咄嗟に回復をされただろうからそろそろ起きてくるがね」
「じゃあ、とりあえずアンタは味方って事でいいんだな?」
「正しくは、敵の敵だ」
「なんでもいいさ!皆、ここであいつを殺しても意味はない!サマナーを狙うぞ!ベル・デル!聞いてるな!お前はそいつと踊ってろ!」
「無茶言うなクソサマナー!」という声を無視して、エミヤさんが崩した天井から上に登る。
アクティブソナーでは敵サマナーの位置は把握できなかった。それは、部屋そのものにステルス性能があるということ。つまり、手当たり次第に傷をつけて、その反射波に変化のない部屋が当たりだ。
「こういう時に役に立つのは、数打ち!ファントムからガメた9パラ二丁拳銃だ!」
「サマナー、遊んでいないかい?」
「いいじゃん、ちょっとくらい。二丁拳銃は浪漫なんだよ。クソエイムになるからまったくもって使えないけれど」
ちょっと頷きかけるエミヤさん。結構話せる人かもしれないぞコレは。
そうして銃弾を打ち込んでいくと、アクティブソナーの反射波に変わりがない部屋が見つかった。
「どうせこっちには気づかれてんだ。ド派手に行くぞ!」
「はい!...ハレルヤ!」
縁の拳が本当にド派手に壁を破壊する。
そうして見えた部屋には書斎のようだった。壁ごと弾け飛んだ本棚と、ゆったりとしたパーソナルスペースがそれを物語っている。
そうして、こちらに背を向けたままのその男は、しかし油断できない実力者である事が見て取れる。
なので、油断しているうちにぶっ殺すとしよう。
「こんにちわ!死ね!」
ノータイムで放つ
だが、その万能属性はあっさりと弾かれた。
こちらに目を向けないで放たれた万能属性魔法によって。
「...ふむ、今の世界には詳しくないのだが、挨拶とはそのようなものなのか?」
「安心したまえ、そんな変なのはサマナーだけだ」
「いや、所長もやるぞ」
「...確かに」
「...君たち、戦いの場だというのにその緊張の緩さはどうなのだ」
「このくらいのノリの方がいい動きができるものですよ、エミヤさん」
そうして椅子をくるりと回してこちらと目を合わせてくる。
冷酷な男、そんな印象だ。
「で、お前は氷川ってのであってるか?いや、どっちにしても殺すつもりなんだけど」
「いかにも、私が受胎術式を作り上げた魔術師、氷川だよ。英雄殺し花咲千尋」
「そうか、じゃあアンタを殺せば受胎は防ぎやすくなるって事だな」
「できるかな?君たち程度に」
「やると決めてる。あいにくと世界もこの街も見捨てる気は無いんだわ。俺が切り捨てる事を選ぶのは、0%の時だけだ」
「愚かだな。ならば、死ぬがいい」
瞬間、発現する異界。
いや、これは内的宇宙だ。氷川という男はなんらかの術式によって内的宇宙に俺たちを取り込んだのだ。
この、静寂しかないシジマの世界に。
「....⁉︎」
声が出ない。いや、音が伝わらない。
咄嗟に通信石をエミヤさんに渡してラインを繋ぐ。コイツの存在はあまり敵側に見せたくはなかったが、そんな事を言っていられる状況ではない。
『指示は俺が出す!全員耳に頼るな!目と空気だけで周囲を把握しろ!全体は俺が見る!正面に氷川、後方に赤い鳥蛇だ!挟まれているが、だからこそ極大クラスの乱発はない!氷川の相手はパスカルとデオンを中心に!他の皆はその援護を!背後には
そうして背後を向きながらベル・デルを
対象は、アテルイ。
今までは伝承に姿が詳細に描かれていないという性質から赤、青、緑、紫の4色の姿を取ることができたアテルイだが、この召喚ではその4色の力を一つの力に束ねる。
その為、ハイエストクラス4体への同時術式制御なんて事と同格の制御難易度になるため他の仲魔を出す余裕はない。マサカド公はマサカド公自身で存在を確立させてくれていたため、マサカド公の制御難易度すら上回るだろう。
それでもその黒のアテルイに頼るのは。
その制御難易度に見合った最強の手札であるからだ。
『行くぞ、阿弖流為!』
『任せろ、サマナー!』
黒のアテルイの飛び蹴りが、赤い蛇の放った万能属性砲撃を押し返し、そのままの勢いで口を塞いだ。
そして、そのまま口の内部に攻撃を放つ。あれは弓の奥義、至高の魔弾だ。
そして、このタイミングでアナライズが完了した。
ジャマーのせいで殆どの情報は見れないが、それでもわかることはある。
奴の名はサマエル。その名は、堕天使の最上クラスのものだ。
『阿弖流為、前に抜けろ!メギドラオンが来る!』
『了解だ!』
ダメージを食らいながらも溜められたMAGの量、それは伝説を放つに足る力だ。前に有栖が放つものを見ていなかったら、メギドラクラスと見間違えて致命傷を負わせてしまったかもしれない。
本当に、何が糧となるかわからない世の中だ。
そうして阿弖流為は前に抜け、その位置に俺はトラフーリして射線を確認。皆に危険範囲の指示を出す。
それに答えて皆が前に動き出す。しかし、それを狙っていたかのように氷川は泥を作り出す。
あれは、アンリマユの泥だ。
その泥を回避すればメギドラオンに巻き込まれる、最悪のタイミングでの隠し球だ。
しかし、俺とラインの繋がっていた連中はわかっている。
この状況を抜けるのに何が必要なのかというのを。
そうして皆は泥に飛び込んで、そこに置いた
そして、パスカルの咥えた短刀での一閃が氷川を切り裂いた。
「やはり、ブランクはあるか」
そんな言葉を最後に、サマエルと氷川は合流した。おまえの声は響くのかおのれ。
「サマエル」
喋れないサマエルはあっさりと回復魔法を行い、氷川の傷を治療した。アレで回復役かよあの堕天使。
シジマの世界での戦いは、ちょっと一筋縄ではいかないようだ。
Dr.STONEを電子書籍でまとめ買いしてしまったせいで執筆がギリギリになった作者です。いや、今週も危なかった。
とか言いながら文字数は一万千文字程度。もうちょい頑張れと思わなくないですが、今回はここで切るのが一番だと思ったのです。
週間連載やってるこの作品の文字数は、どれくらいが望まれているのかのアンケート。尚、作者の力量を超える文字数の場合は頑張るだけ頑張りほしますが、まぁ無理でしょうねー。
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4000字〜6000字のお手軽コース
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平均8000字の中盛りコース
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平均1万2千文字の現在目指してたコース
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平均1万5千文字以上の特盛コース