赤の女王   作:HIPのYOU

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お ま た せ 。

十一話しか無かったけど、いいかな?


十一話:格上殺し(ジャイアント・キリング)

 冷たい空気の壁が何度も顔にぶつかる。

 

 現在、私はアクィラの首にしがみ付きながら高度一〇〇〇m上空をおよそ時速二〇〇キロで高速飛行していた。無論、生身で。

 初めて味わう生身での、かつ命綱無しの高高度飛行に思わず何度も股の間を濡らしそうになる。

 

「平気?」

「だっ、大、丈夫っ……! まだっ……」

「そう」

 

 一言だけ心配するそぶりを見せたアクィラであったが、私の声が震え切った返事を真に受けたのか、そのまま一切速度を緩めることなく目的地へと直行を続けた。

 

 アクィラ。下水道に住む『呪われた子供たち』の小規模集団の中で唯一単独飛行能力を保有する少女。

 

 年齢は今年でおよそ七歳になり、性格は中々に寡黙かつ打算的。自身に相応の利益があるならリスクの高い役目すら引き受ける度胸を持ち合わせるなど、集団の中ではかなり頼れる実力者と評せる。

 

 戦闘能力も上から数えた方が早く――――というか戦闘能力だけなら事実上の№2。イーヴァ以外では手も足も出ずに敗北を喫することを強いられる。

 

 保有する因子は恐らく鳥類、しかもかなり強力な動物だ。少なくとも子供一人を背負ったまま時速二〇〇キロ前後という速度を息一つ上げずに維持していることから大型の猛禽類と考えられる。実際、視力も相当優れているようで今もなおイーヴァの居場所を高度一〇〇〇mから俯瞰して捜索している。

 

 となるとモデルは大方、鷹か鷲か――――。

 

「――――見つけた」

「っ!」

「捕まってて」

 

 思考の最中でアクィラはその目を細め、そう端的に説明すると急降下を開始した。

 

 今までの速度を過去にするかの如き速さ。強烈な浮遊感と空気抵抗に胃が咽びかえりそうになりながらも堪え続け、力を解放して少しだけ瞼を開きながら先にあるモノを見る。

 

 第三十一区の埠頭。その最奥の縁に誰かが腰掛けているのが微かに見えた。明かりが無い故に確信は抱けないが、私よりも遥かに視力の高いアクィラは「見つけた」と言ったのだからほぼ間違いないだろう。

 

 ある程度の距離まで達すると、アクィラは急減速。少なくない負荷が両者に掛かるが些事だ。ある程度の減速が見込めたと判断した瞬間、私は即座にアクィラの首に回していた手を放した。

 

 空中で体制を整えつつ両足をバネの代わりにして衝撃を相殺。サンダルの底のゴムを削りながら滑るように減速することで無傷での着地に成功した。

 

 

 ――――奥で、赤い光が灯る。

 

 

 イーヴァはこちらを一瞬だけ一瞥すると、すぐに視線を海の向こうのモノリスへと戻してしまう。だがその一瞬でも彼女の瞳の中にあった感情が垣間見えてしまった。

 

 空虚。虚無。空洞。

 

 今の彼女は、一言で表せば「抜け殻」だ。全ての欲求が吹き消え、地に寝転がれば死体と勘違いされかねない程瞳に生気が無かった。

 一瞬だけ見ただけなのに、思わず戦慄して身震いしてしまうほどに。

 

「……イーヴァ」

「…………まさか、もう回復するとはな。そんなにマリの死は軽かったか? それとも、お前が強かっただけか」

「……親切な人に、助けられた」

「そうかい」

 

 互いの会話が聞こえる距離で、私は足を止めた。これ以上近付けば、彼女が何をするか想像できなかった故。

 

「……アクィラ。残りの二人、連れてこい」

「なんで「さっさと行け」ッ…………!」

 

 殺意に染まった、しかし静かな一言がアクィラを襲う。自分に向けられたわけでもないのに、私は背中につららを突っ込まれたような悪寒を感じてしまった。

 

 アクィラは私へとチラリと視線を送り、すぐに来た道を引き返した。今の彼女ならやりかねない、と判断したからか。確かに、以前の彼女を知っている身としては想像できないくらいに荒み切っている今なら、アクィラであろうと本気で殺しかねないと思えてしまう。

 

 無論、一番殺意を抱いているのは私だろうが。

 

「……なあ、レーナ。私たちがどうしてこんな世界に生まれ落ちたのか、わかるか?」

「え……?」

「メリー……いや、先代の死から、ずっとそんなことを思い続けている。どうして私たちはこんな身体で生まれたのか。どうしてこんなクソみたいな世界に生まれてしまったのか、ってな」

 

 ハッ、と嘲笑を漏らし、彼女は狂ったような笑みを浮かべながら私の答えを待たずに結論を述べた。

 

 

「二年間考え続けて、今日ようやく結論に至った。――――私たちは憎しみの捌け口として生まれたのさ。普通の人間様よりよっぽど強いガストレアに手出しできない臆病者共の、体のいい憂さ晴らしのサンドバッグ。幼いころから『恐怖』という鎖で縛りつけて、調教して、嬲って、切り刻んで。……ヤツらからすればこの上なく都合のいい存在だろうさ? ご丁寧にガストレアの特徴を幾つも備えた人の形をした化け物なんだから。おかげ様で変態共にもウケが良い」

 

 

 イーヴァは苛立ちを込めて握りこぶしを地表に叩き込んだ。彼女の血と共にアスファルトの表面に蜘蛛の巣状の罅が広がる。しかし彼女は痛がる素振りすら見せない。

 

 痛みすら気にできない程に、その胸の内で感情が渦巻いているからか。

 

 

「なあ、誰がこんな身体で産んでくれと頼んだ? 誰がこんな姿で生まれたいと言った? 私たちが『奪われた世代(お前たち)』に何をした? 戦争で妻を、夫を、子供を、恋人を、家族を失った? ガストレアのせいで? ―――――なんでそれが『呪われた子供たち(私たち)』の責任になるんだ?」

 

 

 理不尽だった。

 

 生まれてもいない時に起こった出来事の責任を、大人たちは私たちへと押し付けた。ただガストレアの血が流れているという理由で。

 誰もこんな身体を望んでいなかったというのに。誰も何もしていないというのに。

 

 どうして?

 

 

「ガストレアへの憎悪? 笑わせる。

 ――――奪われた世代(アイツら)』は正当性のある報復をするつもりなんて一切ない! ただ現状への不満を誰かへとぶつけたいだけなんだよ!! 丁度良い、そこらで歩き回っているガストレアによく似た『呪われた子供たち(私たち)』にさぁ!! 自分たちから何もかも奪ったガストレアのように私たちから何もかも奪おうとするんだ!! ――――………ふざけんなよ……ッ!!!」

 

 

 確かに、家族や友人を失った『奪われた世代』の気持ちはわかる。

 

 その恨みを晴らしたいと思うのも、理解できる。

 

 だけど、どうしてその憎しみを無関係の私たちにぶつけようとする。理解ができない。納得ができない。許容ができない。お前たちに何の権利があって私たちを迫害する? 何故私たちから全てを奪おうとする?

 

 

「何度も私たちを痛めつける奴らを殺そうと思った! 住宅地で暴れて悉くを殺し尽くそうと思ったさ! でもその度に、私たちを迫害する『奪われた世代』の醜い顔がチラついて、思い留めていた! アイツ等の様にはなりたくないという思いで留まってきたッ……!! 耐え続けてきたんだよ!! いつか世界が良くなるって信じて!! なのに世界はちっとも変わらない!! 何年経ってもアイツ等は私たちに理不尽な憎悪をぶつけてくる!! ……なぁ、教えてくれよ……!

 

 一体何時まで、何時までこの地獄に耐え続ければいい!?

 

 何時までこんな世界で生き続ければいいんだよォッ!!!」

 

 

 それは全ての『呪われた子供たち』を代弁する言葉だった。

 

 私たちは一体何時までこんな世界で生き続けなければならないのだろう。一体どうして世界は一向に優しい物にならないんだろう、と。

 

 原因はわかっているんだ。

 

 だけど、私たちではそれをどうすることもできないだけで。

 

 

「だから、さ……もう、十分だろ――――?」

「ッ――――」

 

 

 懐から、イーヴァは黒光りする物体を取り出して、それをコツンと己の側頭部に当てた。

 

 ニューナンブM60。彼女がよく使っているソレは、普段は頼れる武器に見えていたはずなのに、今だけは一切の慈悲さえ見えない悍ましい凶器にしか見えない。

 

 そして勿論、中に籠められたのは黒い弾丸。ガストレアだけでなく、『呪われた子供たち(私たち)』を最も恐怖させるヒトの憎しみの結晶。

 

「もう、十分だ。もう、沢山なんだよ。これ以上は、耐えられない」

「……残った子供たちはどうなる!? 全部無責任に放り出すの!? 今まで積み上げた犠牲はなん――――」

「知った風な口を利くなァァァアアアッ!!!!」

 

 怒号と共に、黒い凶弾が頬を掠めた。

 

 そして、視界には暗闇で赤く光る、立ち上がってこちらを向いているイーヴァの怒りに染まった双眸がはっきりと見える。こちらに向いている恐ろしい銃口も。

 

 

「母親代わりの恩人がッ、親友がッ、育てた子供がッ、信頼していた仲間がッ――――目の前でただの肉塊になった瞬間を、私が何度見てきたと思ってる!!! 二年間お前たちの命を背負ってきた私の苦しみがどれだけ大きかったかわかるのか!!! その報酬はこんな壊れ果てた世界で生き続ける事と来た!! ふざけるなッ!!! 私が望んでこんな立場にいるとでも思っているのか!?

 

 私だってっ――――私だってこんな責務を背負いたくなかった!! 普通の家庭で生まれたかった!! 普通の子供の様に、誰かに甘えながらッ……両親に愛されながら育ちたかったんだよ……!! なのに、どうしてっ……どうして、こんなっ…………!!!」

 

 

 ”普通に生きたい”。

 

 私たちに取ってその言葉は、何よりも重い物だ。全ての『子供たち』が欲して止まぬ物であり、今の世では絶対に叶わない願い。

 

 子供が親の愛を願って何が悪いのか。何が間違ってるのか。

 

 間違っているとしたら、この世界そのものだ。

 

「普通になれないなら、もう死ぬしか無いだろうがッ! 絶対に手に入らないモノならもう生きようと抗うだけ無駄なんだよ!! 確かに、今までの暮らしが楽しくなかったのかと言えば嘘にはなるさ……! 嬉しいと思うことも偶にあった! だけど性根の腐った奴らはソレを奪おうとする! これから生き続けて、大切なモノを増やして、ソレを奪われる苦しみを何度も味わえと……? ――――私は、御免だ……!!」

 

 ………彼女の言い分は、きっと間違っていない。大多数の『呪われた子供たち』が思っていることだ。普通の子供になりたい。親に愛されたい。幸せになりたい。それに対して私は否定の言葉は述べることはできないだろう。私とて同じ穴の狢なのだから。

 

 だけど、それでも、だ。

 

 だからと言って自死だけは許容することはできない。それは”身勝手”という言葉の極地であり、究極の自己満足に他ならないのだから。

 一度はその選択を選んだ私が彼女にどうこう言う資格はない。が――――それでも、厚顔無恥も承知で敢えて言わせてもらおう。

 

「逃げるな」

「…………あ?」

 

 

「生きることから、逃げるな……!!」

 

 

 私は正面から彼女の言葉を叩き潰した。

 

 それはただの『逃げ』だと。自分に課せられた責任全てを放り出して、周囲全員に迷惑をかける行為であり、何よりも――――後に託された者の義務を放棄することは、私たちへと託してくれた者への侮辱に他ならない。

 

「……………ふはっ」

 

 私の言葉を聞いたイーヴァは銃を握った腕をダランと下げ、逆の手で顔を押さえながら静かに狂気の籠った笑い声を零す。

 

 

「アッハハハハハハハハハハハッ!! ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!

 

 ――――なるほど、ああ、全く。久々に虫唾が走った。これ程不快な気分になったのは久しぶりだよ」

 

 正気を失った笑みを顔に張り付かせながら、イーヴァは手に握っていた拳銃を地面に放り投げた。だが、彼女からにじみ出る嫌な空気は未だ止まず。

 むしろ、悪化しているような気さえする。

 

 選択を、間違ったか……?

 

「一つ、ゲームをしよう。まあ、我慢比べだ」

「…………?」

「別に難しい物でもないさ。互いに『参った』と言うまで戦う。で、勝った方の願いを叶える。それだけだ。簡単だろ?」

 

 数メートルまで近づいてようやくはっきりと見えてきた彼女の顔を見た瞬間、戦慄が身体を駆け巡る。

 

 顔は笑っているのに目は全く笑っていなかった。実にアンバランスな笑顔であり、見る者に生理的な恐怖を感じさせる程その顔から観える『闇』はドス黒く。

 彼女が今の今までどれほどの負の感情を溜め込んでいたかが垣間見える、真っ黒な狂貌。

 

「さて、私の願いを先に言おうか」

 

 

 

「私を殺して新しいリーダーになれ」

 

 

 

「………………………は?」

 

 自分以外の誰かが居たとしても、発していた言葉は同じだっただろう。

 

 それほどに彼女はあっけからんとした様子で、何でもない様にそんな無茶無謀な要求を私に掲示した。

 

 道理も秩序も蹴り飛ばしたその要求。水の入ったコップを逆さにして中身を零すなと言われたような理不尽。イーヴァとてその要求が『成功』するとは思っていないだろう。だがその結末を彼女が気にする必要は無い。

 

 そもそも、その願いが成立した時点で彼女はこの世に居ないのだから。

 

「何、言って」

「……それはお前に与える私からの『』だ。嫌なら、全力で抗えよクソガキ。嫌なら”逃げて”もいいんだぞ? その場合、私はあそこに転がっている銃で脳天を撃ち抜くだけだがな」

「ッ…………!!」

 

 事実上選択の余地はない。逃げれば彼女は死に、例え立ち向かっても勝機は限りなく低い。

 

 今までの訓練の中で打ち立てた彼女への白星はゼロのまま。何度か攻撃を与えたことは有っても、有効打は何一つなく、悉くを返り討ちにされて叩き伏せられた。

 

 現状、私の知る中で彼女は最強と言っても過言では無い。それに、私は勝てるのか?

 

(――――いや、違う。勝てる勝てないじゃない)

 

 ()()()()()()()()()()んだ。彼女をこんな所で、あんな心情のまま死なせてはいけない。

 

 あんなイーヴァを、真璃に元になんて送って堪るものか。

 

 

「私が勝ったら――――生きて。私の事は煮るなり焼くなり、好きにしていいから」

「……普通はこれで折れるモンなんだがな。……ホント、後悔してるよ」

 

 

 空っぽの笑いを漏らして、彼女はトントンとつま先で何度か地面を叩いた。

 

 瞬間、

 

 

 

 

「お前なんざ拾うんじゃなかった」

 

 

 

 

 ミシリ、と。体の中から異音がした。

 

 

(――――――――え?)

 

 

 高速で流れる前へと景観。間髪入れずに背中に強烈な衝撃が叩きつけられ、金属が凹む轟音が耳を貫くのを他人事の様に認識しながら何度も固いコンクリートの床をバウンド。やがて廃材の山に着弾して……ようやく自分が蹴られたことを認識できた。

 

「ごっ、ぶぁっ――――」

 

 折れた肋骨が肺に突き刺さったのか、体感したことのない苦しみが胸を満たして口から夥しい量の血が這い出てくる。

 

 見えなかった。一切の動作が捉えきれなかった。

 

 あり得ない。彼女の動きは訓練では何度も見ているはずなのに――――!?

 

 カツン、カツンと無機質な足音が近づく。朦朧とする頭を叩き起こしながらその方向を見つめれば、冷ややかな嘲笑を浮かべたイーヴァの姿が。

 

「今の内に勘違いを正しておく。――――私がガキ相手に本気を出すと思うか?」

「な、ぁ――――」

「私が本気を出すのはアクィラくらいだよ。そういう意味では、アイツを真っ先に排除できたのは望外だった」

 

 言われてみれば、確かに私はイーヴァとアクィラの戦いを見たことが無い。それは両者ともに戦う意味がない故にしなかったというのも大きいが、何よりこうして自身の「本気」を誤認させるためだったのか。

 

 何はともあれ、私は彼女に対しての脅威度を大きく上方修正せざるを得ない。

 

 私も、殺す気で行かないと――――殺されるっ……!!

 

「ふ、ぅっ……はぁっ……!」

「さて、降参するなら今の内だぞ。『呪われた子供たち』の再生力だって無限じゃないんだ。急所、心臓か頭を潰せば当然死ぬし……再生が追いつかないレベルで滅多打ちにすることだって、不可能じゃない」

「――――……来い!!」

「ほざいてろ」

 

 今度は見逃さない。過去最高の域まで五感を研ぎ澄まし、イーヴァの動きを隅々まで観察する。

 

 ワンテンポ程間を開けて、加速。三〇m以上空いていた距離が一秒もせずにゼロへと変わる。だが今度は見えている。私はイーヴァの蹴りに合わせて身体をしゃがませ顔面への膝蹴りを回避する。そして反撃の拳を叩きこむために一歩踏み出し――――

 

「遅ぇよ」

 

 同時に、膝蹴りを繰り出した逆の足で側頭部を蹴り飛ばされた。

 

 彼女は避けられる前提で動いたのだ。当然だ、私があそこまで注意深く観察していたのだから、避けられることなど既に考慮済みだったのだろう。

 

 経験の量が、違いすぎる。

 

「ッ――――」

 

 きりもみ回転する身体を勘で制御して、爪でコンクリートを削りながら着地する。以前、イーヴァはノーダメージ。これでは一撃与えることすら夢のまた夢。

 

 考えろ。今自分が何をすべきか、何ができるか。実力差を埋める方法を考え続けろ。

 

 多人数で襲い掛かる――――駄目だ、此処に味方は私一人しかない。

 

 強力な装備――――そんな物ありはしない。周りにあるのは廃材くらいだ。

 

 一発逆転を狙える必殺技――――そんな都合のいいものがあるなら苦労はしない。

 

 故に、

 

 

(――――吸収するしか、ない)

 

 

 経験の量が足りないのなら、今この場で埋め合わせるしかない。相対している彼女から可能な限り学び取るしか突破口は見つからない。

 

 強引かつ無茶無謀。分の悪い博打とほぼ変わらないが――――逃げるよりかは、ずっといい。

 

「ふっ――――!」

 

 今度はこちらから攻め込ませてもらう。両足に力を入れて一気に走破。空いていた距離を最短時間で詰め、最速の一撃を叩きこむことを試みる。

 

 しかし無慈悲に交わされる。一直線で突っ込んでの攻撃だ。そんな結果はやる前から既にわかり切っている。

 

 反撃のボディブローが鳩尾に捻じ込まれた。またもやミシリという嫌な音が頭に響いた。

 

 だが、()()()――――!!

 

「捕まえ「てないからな?」ごっ――――」

 

 攻撃が撃ちこまれた瞬間を狙って彼女の右腕を捕獲し、このまま関節技を決めようとした瞬間、彼女の腕がまるで()()()()()()()()()()私の腕の中から抜け出した。茫然としていたのもつかの間、気づいた時にはもう私の頬にイーヴァの拳が叩き込まれていた。

 

 数回床を跳ねながら態勢を整え、先程の怪現象を頭の中で整理しようとする。

 

 何が起こった。完全に捕まえていたんだぞ。一体どんなトリックを使って。

 

「そういや、私の因子を教えていなかったな」

 

 イーヴァは見せつけるように、右腕を本来なら曲がりえない方向へと曲げだす。普通の者ならば複雑骨折を疑う程の曲がり方。明らかに関節じゃない場所が複数個所も九十度以上にねじ曲がっている。

 

 まるで軟体生物の触腕のように。

 

「私は『モデル・オクトパス』。感染源種はミズダコ。因子の影響で、先天的に骨格が変異していてな。関節の数は常人の十倍近くあって、こうしてタコの触腕みたいに曲げられる。他にも色々あるが……まあ、教える義理もないか」

 

 ミズダコ。それは世界最大のタコの名前。

 

 体長は最大で九m。体重はおよそ三〇〇キロ。無論平均はもっと小さいものであるが、それでも成人した個体はサメや鳥すら襲い、人間ですら下手にちょっかいを出せば殺されかねないという危険性を持つ生物だ。

 

 更に知能もかなり高く、なにより肌の色だけでなく質感すら変容させることのできる高度なカモフラージュ能力を持っている生物で――――

 

「ぼーっと突っ立ってんじゃねぇよ!!」

 

 思考の最中で既にイーヴァは動いていた。彼女が振りかぶったのは右手――――なのに、右手が見えない。その位置を探ろうとした隙を見逃す彼女ではなく、既に私の胸に彼女の右拳は撃ちこまれていた。

 

 攻撃が見えない。軌道が読めない。まずいマズい不味い――――!! 何とかしないと一方的にやられるッ――――!!

 

 よろける身体を正そうとして、顔に一撃――――脇腹に二撃目、鳩尾に三撃目、左頬に四撃目。絶え間なく放たれる拳と蹴りのラッシュが全身を蹂躙していく。その度にミシリバギリと発してはいけない音が頭に響く。

 

 既に十を越える攻撃を撃ちこまれ、締めに強烈な後ろ回し蹴りが胸板に叩き込まれた。

 

 さながらピンボールの様に跳ね飛び、老朽化した工場の壁に激突してようやく止まる。壁は大きく凹んでおり、その威力の痛烈さを物語っているようだ。

 

「ごぼ、っ、が、ぶぁっ――――」

 

 格上殺し(ジャイアント・キリング)。フィクションでは腐るほど見ることのできるその現象は、普通ならばまずあり得ないことだ。

 

 単独で巨人を屠る。ああ成程、確かに実現すれば素晴らしい英雄譚になりえるだろう。しかし現実ではそんな都合の良いことが起こる確率など極低。草野球チームがメジャーリーガーで勝てるか? たとえ野球に詳しくない人でも「無理だ」と断言するだろう。

 

 言い過ぎかもしれないが、今の私とイーヴァの差はそう言い表すことも可能だ。私が一~三だとすればイーヴァは六~十。戦いの経験を積み始めて半年も経っていないというのに、四年以上もこの地獄の様な世界を生き抜いてきた彼女に勝てる道理などありはしない。

 

 

 ――――無論、()()()()()()()()()()()場合の話だが。

 

 

 血液の塊を吐きながら、私は手近にあった”ソレ”を拾う。

 

「……で? 降参する気にはなったか?」

「――――……か」

「喉でも潰れたか? おい、しっかり声を――――」

 

 

「死なせるもんか……!!」

 

 

 静止状態から最大限の瞬発力を以て私は手に持った”ソレ”でイーヴァの胸を突いた。

 

 明らかに死に体の私から放たれたそれは、ほぼ不意打ちに近く完全に油断していたイーヴァはその攻撃を避けきれずに正面から受けてしまい、数メートル程後方に吹き飛んだ。

 

 私が手に持った物とは――――ただの鉄パイプ。

 

 先程私が廃材の山に激突した際に吹き飛び、偶然手にできる位置にあったソレは十分な強度とリーチを保有する立派な武器だった。

 

 その鉄パイプを使って放った全力の突き。想定していたリーチの遥か遠くから放たれた一撃は常人ならば胸が陥没していてもおかしくない攻撃なのだが。

 

「……ってぇなァ……!」

 

 イーヴァはそんな悪態をつきながら何でも無さげに立ち上がる。咄嗟に体を引いた、という様子もなかった筈。完全に直撃を食らってなおほぼノーダメージとは、どんなタフネスをしているんだ。

 

「だがまあ、褒めてやる。一撃食らうとは思わなかった。もし先端に刃物でもあったらやられてたかもな」

「っ……」

 

 両手の骨をパキパキと鳴らしながら、彼女はそう告げる。

 

 ――――刃物だったら……? もしや、彼女は打撃系の攻撃に耐性を持っているのか?

 

 あり得ない話では無い。彼女が常人と比べて数倍の数の関節を持っているならば、攻撃に合わせて身体を曲げることで効率よく衝撃を受け流すことも不可能では無い。

 しかし、だからと言って近くには刃物になりそうな代物は存在しない。いっそ手に持ったパイプを引き千切って先端を尖らせるか? いや、『呪われた子供たち』の再生力の前ではそんな物で傷を付けてもほぼ無意味だ。

 

 それに、この戦いに置ける勝利方法は相手に「参った」と言わせること。戦闘に勝利することが条件では無い。

 

 彼女にその言葉を言わせる方法はなんだ。何がある? 考えろ、私。

 

「考えるよりまず身体を動かしたらどうだ?」

「ッ――――」

 

 いつの間にか不可視の一撃が迫っていた。ソレをほぼ直感任せに鉄パイプで防御して凌ぎ――――鉄パイプが一撃で折れ曲がったのを直視して絶句した。

 

「くっ!!」

 

 即座に鉄パイプをイーヴァへと投げつけ、後方へと飛びながら何か武器になりそうなものを探す。ボロボロのポスター、段ボール、割れたガラス瓶、錆びたネジ――――クソッ、どうにでもなれ……!

 

 錆びたネジを幾つか鷲掴みにして割れたガラス瓶を拾う。直後、悪寒。咄嗟に頭を上げて後方からの攻撃を回避し、振り返り様に手の内にあるネジを投げつけた。

 ただの子供が行うならばその行為は普通ならば少し危ない程度の物ではあるが、『呪われた子供たち』の身体能力を持ってすればそれは天然の散弾となりうる。予想外の攻撃によりイーヴァは顔を両腕で庇いつつも、全身に食いこむネジの痛みに「いッ」と小さく呻いた。

 

「はぁぁぁぁあッ!!」

 

 そこに出来た隙を突き、割れた瓶の切っ先をイーヴァへと突き出した。致命傷にはならないだろうが、今するべきことは好機が訪れるまで時間を稼ぐこと――――

 

 

「――――いい加減しつこいんだよクソガキがァァァァァッ!!!」

 

 

 イーヴァの拳がガラス瓶を正面から打ち割りながら私の顔面へと叩き込まれた。更に彼女の拳に食いこんだガラス片によりダメージが加速する。

 

 地面を跳ねた回数はもう何度目かわからない。しかし倒れることだけはすまいと、私は折れた歯を吐き捨てながら、ボロボロの体を鞭打って立ち上がらせる。

 

「勝てないのはお前自身も分かっているだろうがッ!! 私は実力差もわからない馬鹿に育てた覚えはないぞ……!」

「――――そんなの! わかっているさ!! 貴方には逆立ちしたって勝てないのは拳を交える前からわかっている事だ!!」

 

 そうだ。純粋な戦いで勝てないのは勝負をする前からわかっていた。私と彼女では力の差があり過ぎる。余程の奇跡でも起こらない限り、私に待っているのは敗北という未来だけだ。

 

 だが、これが条件付きの勝負であるからこそ私は今ここで立ち続けようとしている。

 

 勝てる可能性が少しでもあるのならば。ゼロでないならば。

 

 立ち上がる理由としては十分すぎた。

 

「貴方をッ、死なせたくないんだ……! 貴方、だけは……!」

「何でだ!? 私が死のうとお前には関係無いだろッ……! 確かにあの集団は空中分解するかもしれない……! だが生き続けたいなら別の集団に入って暮らせばいいだけの話だ!! そんな様になるまで立ち続ける理由にはならんだろうが!!」

()()()()()死なせたくないんだよ!! 私にもう一度()()()()()()()()を見せる気かぁッ!!」

「っ――――――――」

 

 ……私にとって彼女は先導者(リーダー)であり、同時に『親』でもあった。おかしな話ではあるが、あの下水道の中でそう思っている子供は少なくはないだろう。

 

 何より私は、真璃と彼女の手で拾われた。救われたんだ。例えこんな憎悪だらけの酷い世界で生き続けることになってしまった要因なのかもしれないけど。

 

 生きる喜びを、与えてくれた。

 

 だから私にとって、目の前に居る彼女はかけがえのない存在に他ならない。真璃の死によってソレをようやく自覚することができた。

 

 だから、今度こそ、助けて見せる。

 

 絶対に。

 

「それに真璃は、私たちに『生きろ』と言った……! 私は、その意を汲む! それが、彼女を死なせてしまった私のできる唯一の贖罪だ……!!」

「……それが、マリの遺言か?」

「…………『皆で、仲良く生き続けて』と」

「…………………………知るか、そんな言葉」

 

 長い間を開けて、親友の遊言に対する彼女の出した答えはそんなあっけないものだった。

 

「私を置いて勝手に逝った馬鹿の言う事を聞く義理なんざ無い。アイツがしたいことをしたように、私もしたいことをするだけだ」

「なんで……」

「逆に問うが、この世界に生きる価値なんてあると思っているのか?」

 

 答えは、返せない。いいや、言わなくても分かることだ。

 

 そんな物が無いことなんて、嫌でもわかっていることなのだから。

 

 だが――――

 

「だったら……」

「あぁ?」

「だったら――――価値のある世界に変えればいいだろ! 私たちが、幸せに生きることのできる世界に!!」

「それがっ、それができたら苦労しないんだよ! 出来もしない夢物語を語るな!!」

「やる前から諦めんな! やってから言えこの馬鹿ぁっ!!」

「ッ――――だったら……!」

 

 怒りの形相を浮かべたイーヴァは静かに構える。今まで虚ろさは何処かに失せ、内に秘める怒りの炎をその双眸で燃やしている。

 勢いに任せているせいで自分でも何が何だかよくわからない。しかし――――何かが噛み合ったのは、間違いない。

 

「私を越えてみろ……! 『世界を変える』なんて大言壮語をほざいたんだ……私一人に止められてくれるなァッ!!」

「上等だッ……!!」

 

 こちらも同じく拳を構え、間を開けずに駆けだす。

 

 当然イーヴァも私を迎撃するために動き出すが、ある程度の距離になった瞬間私は手に握っていたガラス瓶の首を握り潰し、粉状にしたモノを彼女へと投げつけた。

 

「なっ――――」

 

 反射的に目を瞑るイーヴァ。その瞬間を狙って私は回し蹴りを彼女の顔面に叩き込んだ。

 

 初めて私が生身で彼女に与えた有効打。どれだけ打撃に対して頑丈であろうが、頭部は例外。外面が無事でも中身()は衝撃に弱い。故に頭部を重点的に攻めれば、勝機はある。

 

 私の蹴りによって吹き飛ぶイーヴァ。――――だが彼女は後ろへと引っ張られる身体を踏ん張ることで強引に戻す。そして一瞬で復帰した彼女は未だ滞空中の私の足を鷲掴みにした。

 

「しまっ――――」

 

 足を引っ張られ、私は顔から思いっきり地面に叩き付けられた。床に小さくないクレーターが生じ、私も鼻が折れる痛みを感じる。

 

「ぐっ、ぁぁあぁあぁあああああああッ!!」

 

 だが此処で倒れるわけにはいかない。私は咄嗟の判断で飛び散ったコンクリートの破片を手につかみ、後方のイーヴァに向かって全力で投げつけた。

 

 無茶な姿勢から投げられた破片は無理に復帰した影響で動きが鈍くなっているイーヴァの脇腹に真正面から突き刺さり、彼女に少なくないダメージを与えることができた。その拍子に私の足を掴んでいた手も放される。

 

「倒れろぉぉぉぉおおおおおッ!!」

 

 すぐさま立ち上がり、復帰しきれていない彼女の頬に向かって右ストレート。綺麗に吸い込まれた一撃が彼女の頬に突き刺さる。――――同時に、その手がまたもや掴まれる。

 

「――――ッ、らぁぁぁぁあああああああッ!!」

 

 直後に引っ張られてこちらの顔面にも一発。骨が砕ける音がするが無視。痛みなんて頭から溢れ出てくるアドレナリンでもう感じなくなっている。

 

 軽く目を剥きながら、私も彼女の真似をして自分を殴った彼女の手を捕まえた。

 

 掴んだ手を思いっきり握りしめてイーヴァの無数にある腕の骨を幾つか砕きつつ、両手を引っ張って彼女の頭を地面へと落としながら全力で跳躍。そして膝で彼女の顔面を打つ。

 私の地面へと引っ張る力と跳躍の勢いが合わさった飛び膝蹴り。その威力は尋常では無く、膝からイーヴァの鼻が折れる音を感じ取った。

 

 だが、油断はしない。彼女は腕や鼻の骨が折れた程度で心が折れるような軟な相手では無い。すぐさま手を放し、捕まれた手の拘束を無理矢理解きながら距離を取る。

 

 

「――――え」

 

 

 突然視界がブラックアウト。イーヴァに顔面を掴まれたと認識し切る前に、私は頭から地面へと叩き落とされ、地面を大きく跳ねた。脳が揺れてまともに抵抗もできず、やっとの思いで見えたのはこちらの首根っこを掴んで投げの体勢に入ったイーヴァの姿だけだった。

 

 視界が激しく変動する。何度も地面を水切りの様に跳ねて、途中で何かに頭からぶつかり、そのまま貫通して工場の外へと放り出された。

 

 身体からは端から端まで嫌な音が不協和音を奏でており、『呪われた子供たち』としての再生力が総動員してそれを収めようとしている。だが私の死神はそれを待ってはくれない。

 

「……中々、効いたぞ。二秒だけ意識が飛んでた。褒めてやる、大戦果だ」

「ぃぎ、はっ、ぁっ…………!!」

 

 潰れそうな肺で空気を取り込みながら、何かないかと手を伸ばし続ける。何か、この状況を打開できるものは――――

 

 

 

 冷たい鉄が、指先に触れた。

 

 

「だが、此処までだ。いい加減、此処で諦めろ……!」

「あき、らめないッ――――」

 

 後ろから首を掴まれ、そのまま裸締めによる喉仏の圧迫が始まった。更に身体の柔軟性を最大限まで生かしながら絡みつく様に絞めているので、外すことは困難を極める。

 

「がっ、は――――」

「早く言えよ……! 首の骨が折れても知らないぞ……!!」

「い、ゃ……だっ……!!」

「言えッ!!」

 

 身体から力が抜け始める。しかし右手に握る”冷たいモノ”の感触だけは今だにはっきりと感じている。そして、コレの存在にイーヴァは気づいていない。

 

 上手く行けば、逆転の鍵となる。だが一歩間違えれば、両方とも死ぬ。

 

 だが迷っている時間は無い。私は右手に持った”ソレ”を自分の左肩に当て、

 

 

 

 ――――()()()を、引いた。

 

 

 

 火薬の炸裂する音と、吹き出した血液が地面に落ちる音だけが静かに響く。

 

 イーヴァは思わず拘束を解いて――――自分の左肩付近から溢れ出している血を見て、茫然とした。いつもならすぐに始まるであろう再生も勢いが鈍っており、瞬間自分の肩に何が撃ちこまれたのかをようやく理解した。

 

「お、前……まさかッ――――!!?」

「ぐ、っぅぁ……は、ははっ……!」

 

 私は自分の左肩に空いた穴を見て、思わず笑いを零した。

 

 辛うじて動脈は避けたようだが骨は砕けているし、やはりというか、()()()()()()()()()()である証拠なのか傷の直りがいつもと比べて格段に鈍くなっていた。

 それでも、無視できないレベルの出血ではあったが。

 

 右手に持った――――イーヴァの持っていたニューナンブM60が手から滑り落ちる。

 

 これを見つけた瞬間、直感的に手にしたことは偶然ではあったが――――私の勘も、そう捨てた物では無いらしい。

 

 アドレナリンに浸かった頭を酷く刺激する肩の痛みを堪えながら、私は狼狽する彼女へと踏み出す。

 これが最後のチャンスだ。決して逃してはならない――――!!

 

 

「うあぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!」

「っ、オォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 互いに繰り出す今出せる全力の拳打。それは正面からぶつかり合い、数瞬の拮抗の末に――――私の右腕の骨折という形で決着がつく。

 

 だが、()()()()()()()()()

 

 

 私の本当の狙いはッ――――!!

 

 

「まさかッ――――」

「ハァァァァァァアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!!」

 

 

 右腕を犠牲に攻撃を凌ぎ切って突っ込んでくる私へと咄嗟にもう一方の腕を突き出そうとするイーヴァであったが、そちらの腕は現在肩関節付近にバラニウムの弾丸が深く食い込んでいるのか機能不全となっている。

 あの弾丸は殆ど偶然とはいえ、彼女の腕を暫く使い物にできないくらいのダメージを与えていたのだ。

 

 それが、彼女の命運を分けた。

 

 無防備になった懐に入っての、全力の蹴り上げ。私はそれをイーヴァの顎に打ち込んだ。肌と空気が破裂する音が爆発のように響き、同時にイーヴァは十数m上空に打ち上げられた。

 

 イーヴァは、何が起こったのかわからないような顔をしている。

 

 両脚を踏みしめて、跳躍。イーヴァと同じ高度まで上昇し、身体を強引に半回転。頭を下にしながら、片脚に残ったすべての力を集結させて――――

 

 

 

(………そうか、お前は)

 

 

 

(マリの命を、背負ったんだな)

 

 

 

(……すべて捨てようとした私が、)

 

 

 

「――――……勝てないわけだ」

 

 

 

 

「届けぇぇぇぇぇぇえええええええええッッ!!!!」

 

 

 

 

 脚を、振るう。

 

 ギロチンの如きオーバーヘッドキック。今まで生きてきた中で最高最強の、渾身の一撃が寸分違わず彼女の胸に叩き込まれ、イーヴァの全ての肋骨を粉砕しながら彼女の体を吹き飛ばした。

 

 時速数百キロもの豪速で吹き飛ばされた彼女はかまぼこ状の廃工場を幾つも貫通し、倒壊させながら遥か向こうの瓦礫の山へと叩き込まれ、巨大な爆発と粉塵を上げてようやく沈黙。

 

 そしてくるくると、私は蹴りの反動で空中を回転した末に地面に激しく打ち付けられる。

 

 身体にもう力は入らない。立って、イーヴァの安否を確認するための余力すらあの蹴りにつぎ込んでしまったらしい。

 

 

 ――――ヤバイ、少し、やり過ぎたかしれない……。

 

 

 衝撃への耐性を見越して、それでも彼女なら平気だろうと渾身の一撃を遠慮なくぶち込んだわけだが……正直、予想外の威力で不安になってきた。

 事実、もう二、三分は経っているのに、未だに聞こえるのはさざ波の音だけで。

 

 まさか、まさか死んでしまって――――

 

 

 

「――――――――げほっ、ごぶっ…………絶対殺す気でやってくれやがったなクソガキ……」

 

 

 

 朦朧とする視界の中で、そんな声だけがクリアに木霊した。

 

 血液が喉に溜まっているのか少しだけくぐもってはいるが、間違いなく、イーヴァの声だ。疲労による幻聴で無ければ、の話だが。

 

「あ、ぁ……よかっ……たぁ…………」

「はぁぁ……人様にあんな一撃ぶち込んでおいてなにが『よかった』だ、ったく。…………”参った”よ。本当に、参った。お前なんかに、ここまで絆されるなんてな……」

「ぅ、ぐ…………」

 

 血を流し過ぎたのか、目に入る光すら覚束なくなる。意識の方も、もうすぐ落ちそうだ。

 

 ……頭に、何かが触れる。

 

 

「……休めよ、()()()。介抱くらいは、してやるから」

 

 

 その声に従って、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 ――――ねぇ……私、今度は。

 

 

 ――――ちゃんと、助けられたよね……?

 

 

 

 




サブタイトル:格上殺し(ジャイアント・キリング)(出来たとは言って無い)

Q・結局レーナは勝ったの?
A・勝負に負けて試合に勝ったんだよなぁ……。

正直イーヴァちゃんが純粋な殺し合い提案してきてたらイーヴァちゃんの耐久力が高すぎてレーナちゃんの方がすり潰されて死んでたゾ。
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