赤の女王   作:HIPのYOU

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鬱展開はやるけどバッドエンドにするつもりは無いゾ(ハッピーエンドになるとは言わない)


十二話:零れた欠片を拾い集めて

 全身が痛い。

 

 目覚めて、まず思い至ったことはそれだった。事実、身体の端から端までミシミシと嫌な音が響いており、同時に『呪われた子供たち』の再生能力が傷を治しているのだと再認識できる。

 

 勘違いされやすいが、別に私たちの保有する再生能力はそう便利な物では無い。確かに傷の治りこそ常人の数十倍早いが、それに伴う激痛は確かに存在する。普通ならじっくりゆっくりと癒えていく傷を爆発的な新陳代謝により無理矢理”生まれ変わらせる”のだ。

 

 おかげで全身から決して低くはない高温が発せられて頭がクラクラしている。

 

 考えられる限りのダメージとしては、右腕の重複骨折、鼻骨格の骨折、肋骨も幾つか、全身に打撲、頭の強打、左肩の貫通銃創。それと蹴りを放った脚も反動で骨に罅が入ったらしく今も尚ジンジンと鈍痛を脳に訴えていた。

 

 まあ、放って置けば治るだろうが……やはり痛いものは痛いものだ。

 

 朦朧とする視界を正していくと、やがて見知った顔がはっきりと移ってくる。――――イーヴァの顔だった。どうやら、私は彼女の膝を枕にしてベンチで寝ていたらしい。

 

 それを見て、気絶する前にあったのは幻聴でも幻覚でもないことをようやく認識できて、深い安堵の息を吐いた。ああ、よかった。

 

「お、起きたか。気分はどうだ?」

「……全身が痛い」

「だろうな。私も同じだ。ったく、肋骨全部折られるなんて初めての体験だよ……」

 

 正直、あの最後の一撃は個人的にも予想外すぎる威力だった。少なくとも想定の三倍近い威力。

 

 興奮状態に陥ったことで脳のリミッター的なモノが外れてあんな超威力の蹴りが出てしまったのだろうか、甚だ疑問ではあるが、今の私の持つ情報では謎の現象に対する答えは導き出せない。

 

 とはいえ、やはり前述した理由が原因だとは思うのだが。

 反動で自分の体にもダメージが入る程だ、間違いなく身体の安全装置が吹き飛んだのはほぼ確定だ。

 

 これを常時発揮できれば……いや、自壊しかねないから駄目だな。自爆技など実戦ではナンセンス以外の何物でもない。

 

「……ねえ、私、勝ったんだよね」

「ああ、お前の勝ちだよ」

「本当に?」

「本当だ」

「……もう一回、ちゃんと言って」

「ああ? ……あー、わかったよ。”参った”、これでいいだろ?」

「…………よかったぁ」

 

 念のためにもう一度彼女からその言葉を聞いて、ふにゃりと顔の筋肉が緩んだ。

 

 私は、勝った。勝ったんだ。

 

 とても小さな勝機ではあったが、使える物を文字通り総動員して勝利と言う結果を引き寄せることができた。代償として身体はボロボロだが、得たモノはそれを鑑みて余りある。

 

 今度は助けることができた。

 

 その結果があれば、私は十分喜べる。

 

「本当に、予想外の結末だ。適当にお前を相手して、最悪気絶させた後に自死するつもりだったんだがな……。今では、すっかりその気も無くなった」

「……どうして?」

「マリの言葉もあるし……お前を見て、目が覚めた」

 

 さすり、とイーヴァは膝の上に乗せている私の頭を撫でる。浮かべた顔には前までの虚無感などは見当たらず、しかしいつもと違いまるで母親の様な穏やかな表情をしていた。

 

 何と言うか、今までのイメージが崩壊していく様な感覚を味わう。

 

 こんな表情もできたのか。

 

「前にも言ったが、こんな醜い世界で生きるのは苦痛だ。それは今でも思っているし、お前もそう思っているだろう。そして私たちはその中で耐え続ける事を選んだ。何時か誰かがよい物に変えてくれると信じて待ち続ける道を選んだんだ」

 

 いつか聖天子の様な人間が、東京エリアを変えてくれると。『呪われた子供たち(私たち)』に優しい場所を作り出してくれると。

 

 私たちがするべきことは待つことだと、信じていた。

 

 心のどこかで「出来るはずがない」と諦めていて、しかし別の場所では「いつか」という期待もあったのだ。

 

 だが、

 

()()()()()()()()()()()。いつか、なんて言葉に惑わされてはいけなかった。私たちの望む世界は何年後、何十年後に訪れる? いや、もしかしたら百年経っても実現しないかもしれない。そうなれば、私たちが耐え続けた意味なんて、無くなる」

 

 そう。実現できなければ、待つことに意味は無いのだ。

 

 なら、どうするべきか――――?

 

 

「私たちは今まで耐え続けようとした。だが、それは悪手だと悟ることができた」

 

 

「だったら、やることは一つだ」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 求めよ、さらば与えられん。

 

 本当に欲しい物は自分の力で勝ち取らなければいけない。ただ待つだけで手に入る物など、本当に自身の望むモノでは無いのだから。

 

 例え聖天子の掲げる『ガストレア新法』が明日施行されようと、正直言って効果は薄いと私は確信している。何せ、私たちへの迫害の原因は人権の有無ではない。

 最大の原因は私たちがガストレアウィルスを持っているという事であり、そして世界で生き残っている人類の大半がガストレアに対して憎しみを抱いているという事。それが原因に他ならない。

 

 本当に私たちが幸せに生きられる世界を作るには、その原因を解消もしくは排除する必要がある。

 

 無論、生半可な方法では不可能だ。人から憎しみを取り除くなんてことが簡単にできるわけがないのは子供でもわかる。そして、悠長な時間をかける程私たちに余裕があるわけでもない。

 

 ならば方法はいくつかに限られる。

 

 

 ――――全ての『奪われた世代』を殺し尽くすか。

 

 

 ――――もしくは『奪われた世代』の私たちに対する憎しみを別の感情に”塗り替える”か。

 

 

 前者は、困難を極める。現人類の八割を殺し尽くすことに他ならないし、当然その過程で新たな憎しみが生まれるのは想像に難くない。こんな道を選べば最後に待っているのは全人類の抹殺だ。

 それに何より、結果を出すのに必要な労力が圧倒的に大きすぎる。故にこの方法は非現実的としか言えない。

 

 無論、各エリアの存在するモノリスを一、二個程完全に破壊してしまえばできなくはないが――それを実現するための火力は途方もないだろうが、この場合は理論上可能と仮定する――それは私たちに対して何も思っていない者達まで殺す可能性がある以上、決して許容できる方法では無い。

 

 である以上、残された道はただ一つ。

 

 『憎しみ』を別の感情に――――『羨望』もしくは『恐怖』に塗り替える。

 

 この方法なら、あるいは――――。

 

「……あー、それより、その、なんだ」

「ん……? 何?」

「……ごめんな、色々と、酷い事言って。正直、ちょっと言い過ぎた」

 

 その言葉を、少しだけ反芻する。

 

 確かに先程までの彼女の言動は常識を逸した物であり、実際私があの状態のイーヴァに対して戦慄した数は二回や三回では済まないだろう。それ程の狂気を彼女は纏っていた。勿論今は影も形も見当たらないので一先ずは安心できる状態と言えよう。

 

 しかし、それも仕方のないことだ。彼女からすれば共に生きてきた己の半身を、相棒を、何の心構えもできないままその凄惨な死に様を見せつけられたモノ。

 

 大人ぶっていても、イーヴァは見も心も九歳なのだ。親友の死という事実をそのまま受け入れられるほど成熟しているわけがない。むしろその責を自分の物と思いこんで閉じ込めるより、衝動的に発散する選択をしたのはベストとも言える。

 でなければ恐らく、彼女は当日中に自死していた。

 

 その怒りの受け皿になったのは私の不運でもあり幸運でもあった。その時の私も、きっと何もされないまま放置されていたのならば罪悪感で彼女と同じ選択をしていたかもしれないのだから。

 

 結果論でこそあるが、最悪に見えて最善に近い行動を取ることができたのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 

 故に、私は彼女に対して親愛の情こそ抱いたままだが、怒りはもうありはしない。でなければ悠々と頭を膝に乗せたりするものか。

 

「……私こそ、ごめんなさい。私がもっと強ければ……」

「それは……もういい。もういいんだ。それを言うなら、外出の許可を出した私にも責任はある。お前だけの責任じゃない。むしろソレは、私が背負うべきものなんだよ」

「でも……」

「私も、お前も、マリも。全員何かを間違えた。そしてあんなことが起こった。……間が、悪かったんだ。あっけなくて、理不尽だけどさ……『死』なんて、そんなモンだ」

 

 幾度となく仲間の『死』を見てきた彼女はそう語った。

 

 生きていればいつか『死』は必ず訪れる。それが偶然か必然か、どういった形であれ。そして、その中でも望む形での死を遂げることができるのはごく一握りだ。

 

 だけど、どんな形であれそれは一つの命の終焉だ。否定なんてできやしない自然の摂理だ。

 

「マリは、死んだ。どうあがいても、その事実はもう変えられない。……なら、せめて。アイツの残した願いだけは、叶えてみせる。そうすれば、アイツの死もきっと、無駄にはならない」

 

 死した者の意思を受け継ぐ。

 

 綺麗ごとで言い繕っても、ただの自己満足と言われれば何も言い返せない。だけど、それでも。

 

「……なあ、レーナ。私と一緒に……アイツの死を、背負ってくれるか?」

「うん」

「…………お前なぁ、二つ返事で引き受けるようなことじゃ「勝手に話を進めないで」えっ……」

 

 突如第三者からの割り込みが発生した。

 

 声がする方を見れば、星の弱々しい明かりに照らされた純白の少女――――下水道における三人目の最年長組、シルが静かな足音を立てながら近づいてきていた。

 

 一体どうやってここまで来たのかと思ったが、ハッと上空に視線を移すとげんなりとした表情のアクィラがリザと佐奈を足で掴んで滞空している。どうやら私たちが長々と話をしている最中にようやく到着したらしい。

 

 ……アクィラ、もしかして三人もここまで運んできたのだろうか。道理で遅いと思った。

 

「シ、シル……? お前、なんで――――」

 

 

 

 ――――パシィン!!!

 

 

 

 星の下で、甲高い音が木霊した。

 

 イーヴァは訳が分からないという顔で、自分の頬にできた紅葉を指で触れる。対するシルは、その両目から大粒の涙をポロポロと零しながら嗚咽を漏らしていた。

 

「私がっ、どれだけ心配したかっ……!! 真璃が死んでっ……悲しんだのはあなただけだと思っているの!? 私だっていっぱい泣いた! 苦しかった! なのに、次はあなたまでっ……私を、残してっ…………!!」

「………………すまなかった」

「みんな、みんな勝手よ!! メリーも、(かなで)も、真璃も、あなたも! みんな私を置いて先に逝こうとする!! なのに……私は、何もできない……っ! こんな、こんなか弱い体で、生まれたせいでっ……! 私だって、あなた達の隣に、一緒に居たかったのに…………!」

「…………本当にすまん。心配、かけた。ごめんな、シル」

「ッ……馬鹿ぁ!」

 

 そのようなやり取りを経て、イーヴァとシルは互いにギューっと抱きしめ合った。もう話さないというかの如く、熱烈に、深く、長く。

 

「ちょちょちょ、もっと低い所で放して――――ぶぺっ!?」

「待って待って待って! 今バランス崩れて――――ったぁ!?」

「あー、重かった……」

 

 熱烈なハグの最中、向こうでは小さなコントが繰り広げられていた。

 

 流石のアクィラも三人同時懸架はくたびれたらしい、顔から汗を流して深いため息を吐いている。そして顔から地面に突っ込んだリザと佐奈は小さく呻き声を上げていた。この場合は不憫と思うべきなのだろうか。

 

「ったた……あ、リーダー。もうマトモになったみたいだね。いやー、よかったよかった」

「たいちょー! 私もハグしてハグ!」

「ちょっ、おい! まだ傷が治り切っていたたたたたたたぁ!?」

 

 危うく私も巻き込まれそうなので、私は素早くイーヴァの膝上から退避した。

 その予想は正しく、佐奈はイーヴァの身体からミシミシと音が聞こえるほどに遠慮なく抱き付いていた。もし私が回避という選択を選ばなかったらそれに巻き込まれていただろう。南無南無。

 

「……レーナ。ごめん」

「アクィラ?」

「貴方を一人にさせてしまった。危うく、どちらも死なせるところだった」

 

 確かに、あの時にアクィラがあの場を去らずに共闘できていれば私の受けるダメージはかなり減っただろう。イーヴァが自ら「本気を出す」と明言するくらいだ。彼女の戦闘力も生半可で無いのは確か。

 

 しかしそうした場合はイーヴァをさらに刺激していただろうし、最悪彼女が「我慢比べ」を持ちかけることなく全力での殺し合いに発展していた可能性が高いと私は思う。そうなればもう取り返しはつかず、どちらかが死ぬまで、最悪私とアクィラが死に、イーヴァが自殺するという最悪の事態になる可能性すらあったのだ。

 

 故に私は彼女を責めるつもりは無い。むしろ短慮な選択をしなかったことに感謝すら覚える。

 

「大丈夫ですよ。私も、イーヴァも生き残れた。……それで十分です」

「……いずれ借りは返す。覚えてて」

 

 借りを返す、か。

 

 彼女には申し訳ないが、返される日が来ることはたぶん無いだろう。何故ならば――――私はもうすぐ、彼女らの元を去らねばならないから。

 

 今の彼女たちならば、私をもう一度受け入れてくれる可能性は無くはない。だけど……私は自分にその資格が無いと断じていた。一度、背を向けて逃げてしまった私には。

 

 無論彼女らには最大限協力するつもりではある。例え、傍に居れなくても――――

 

「さて……ガキんちょ、家に帰るぞ」

「へ?」

 

 ガシッとイーヴァに腕を掴まれて引っ張られる。まるで逃がさないとでも言うように、彼女は力強く、しかし決して痛くない程よい強さで私の腕を確保していた。

 

 私が瞠目の表情を浮かべてイーヴァを見れば、呆れ半分といった顔の彼女が見えた。

 

「で、でも私は」

「……何遠慮しているのか知らないけどな、この場にお前を受け入れない奴は「私がいるよ!」佐奈お前ちょっと黙ってろ。……あー、とにかくだ。()()()()()

「……………」

 

 …………帰りたくないかと言われれば、嘘になる。勿論帰りたいさ、あそこは私の、家なんだから。

 

 でも、本当に私の居場所はあるのか? 本当に私の事を、受け入れてくれるのだろうか? ――――そんな不安が、私の心をつかんで離さない。

 

「本当に、いいの?」

「ああ」

「いつか、迷惑かけるかもしれないよ?」

「人間生きてりゃ誰かしらに迷惑かけるもんだ。お前だけの話じゃない」

「……あそこは、まだ私の家なの?」

「当り前のことを一々確認すんなこの馬鹿」

「………………う゛んっ……!」

 

 土や埃だらけになった服の裾を皺くちゃになるまで握り込む。そんな私を、イーヴァは無言で抱き寄せてくれた。もう流れるモノも尽きたと思っていたのに、両目から涙がポロポロと零れ出てくる。

 

 

 私は泣いた。大切な自分の居場所を取り戻せた歓びに。

 

 

 私は泣いた。大切な家族を失った事実を受け入れた悲しみに。

 

 

 

 

 

 もう戻らないと思った。

 

 手から零れ落ちた物は、もう拾えない物だと、そう思っていた。

 

 だけど少しだけ足を止めて、一度は未来(希望)に背を向けてしまったけれど、死に物狂いで足掻いて幾つかの落とし物(幸せ)を拾い集めることはできた。

 

 勿論、全て取り戻したわけじゃない。一番大切なモノ(真璃)は欠けたままだ。

 

 それでも、全部失った訳じゃない。だったらまだ、前に進める。希望へと歩く気力が残っている。

 

 真璃は死んだ。悲しいことだし、きっと私は何時までも何処までもその()を負ったまま生きるのだろう。彼女の事を忘れたくないから。

 

 だけど私は、私たちは、彼女の、今まで死んでいった者達の(願い)を背負って生きよう。

 

 

 

 皆で明日を幸せに生きるという、ささやかな願いを叶えるために。

 

 

 

 

 

 ――――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある者だけだ。

 

 

 

 ――――お前たちは、私たちに銃口を、矛先を、憎しみを向けた。

 

 

 

 ――――十年も耐えたんだ。

 

 

 

 ――――今度は、私たちの番だ。

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 ――――翌朝、私とリザと佐奈はスコップで水が染み込み泥状になった土を掘り返していた。

 

 グチャリという水音と、泥から滴り落ちる雫の音。それらを人が入れそうなほどの穴を()()出来上がるまで繰り返し、大体一時間足らずでその作業は終了した。

 

 何を作っているかと言うと、所謂墓穴だった。普通の人間ならばかなりの労力を必要とするだろうが、『呪われた子供たち』としての高い身体能力が幸いしてこういう作業は手早く終わらせることができる。

 

 ……正直に言って、この力を墓造りに使うなんて今後無いことを祈りたいのだが。

 

 私たちは順に穴から抜け出し、スコップを地面に放りながら近場に鎮座してあった木箱の表面を撫でた。

 

「…………本当に、どうしてこんな事に、なったんだろうね」

「……たいちょー、もう大丈夫だよね?」

「…………………」

 

 リザが沈鬱な呟きを漏らしたが、私はそれに対して何も返せなかった。

 

 木箱の蓋を開ける気にはならない。中には、これから埋める真璃の惨死体が入っているから。ついでに言えば、私たちの様な子供にエンバーミングの技術などあるわけも無く、中身は更に悲惨なことになっているだろう。箱の隙間から漂ってくる腐臭が何よりの証拠だ。

 

 一度目を伏せ、その後私は隣に置かれたやけに古びた木箱に視線を移す。

 

 中身は――――真璃の、母親の遺骨が入っているらしい。

 

 当時の子供たちには「死人のために墓を作る」という知識がなく、今の今まで倉庫で延々と放置していたようだった。今回の真璃の埋葬の話が浮上したことによってその事を思い出し、母子共に埋葬することになったのだ。

 

「――――すまん、遅れたか?」

「あ、たいちょー」

「……ううん、今終わったところ」

「これって非力な私にやらせる作業じゃないと思うんだけどなぁ」

 

 マンホールの中から少々大きめの石版を持ったイーヴァやその他子供たちが出てきた。その石版は勿論墓石であり、今から埋葬する者の名が刻まれている。

 

 

 日和野 真璃。

 

 日和野 麗那(れいな)

 

 

 真璃の母親の名前を知った時、数分間絶句したのはつい数時間前の出来事だ。

 

 彼女が何を思って私に母親の名を付けたのかは、あるいはただの気まぐれなのかはもう知ることはできない。ただ軽い気持ちでこの名を私に預けたとは、とても思えなかった。

 

 故に私は自身の名前に重い意味を見出した。一度は憎しみに打ち勝ち、己が子を、『呪われた子供たち』を愛すと決断した女性の名を継ぐことに。

 

「…………家族の墓を作るのは、これで最後にしたいな」

「……そうだね」

 

 これで最後になってくれれば、どれほどの救いか。

 

「ねぇ、マリちゃんホントに死んじゃったの……?」

「嘘だよね? ねぇ?」

「…………………」

 

 小さな子供たちがイーヴァの服の裾を引っ張りながら、そう呟いた。それを聞く度に私の胸が張り裂けそうな痛みを訴える。

 

 全員が全員、真璃の死を受け入れられたわけじゃない。特にまだ精神が未熟な五歳以下の年少組がその傾向にある。

 なにせ彼女は他の者が面倒くさがる子供の世話を積極的に焼き、恐らく一番深く、長く触れあってきた者だ。先々代が死んでから拾われた子供たちからすれば、彼女は母親同然の存在だっただろう。

 

 そのような存在が突然消えるという現実など、まだ幼い子供が受け入れられるわけがない。だからこそ彼女たちは集団を率いているイーヴァに問いかけるのだ。

 

 きっと自分たちを驚かせるための冗談だと信じたくて。

 

「……ごめんな。アイツはもう……帰って、来ないんだ」

「なんで? どうして? ねぇ?」

「マリちゃん何も悪い事なんてしてないのに!」

「……………もう、居ないんだよ。マリは」

 

 両手を握り締めながら、イーヴァは震える声で彼女たちに現実を告げた。

 

 イーヴァの様子が冗談でも何でもないと悟ったのだろう、子供たちはそれを最後に嗚咽だけを漏らすようになってしまった。それを見て、私の両目からも涙が出始めた。

 

 ああ、全く。本当に嫌な世界だ、クソッタレ。

 

「……もう、埋めよう。子供たちが開けようとするかもしれない」

「わかってるよ、アクィラ。――――リザ、佐奈、レーナ。土の用意を」

 

 そう言ってイーヴァとアクィラは遺体の入った木箱を持ちあげ、慎重に穴へと入れた。それを母子分ともに終了したことを確認して私たち三人は掘り返した土をスコップで掬い上げて、箱の上に積み上げていった。

 

 一挙動起こすたびに吐きそうになる。畜生。畜生。こんな、こんな筈じゃなかったのに。

 

「ッ…………! ッ、ぐぅ……………ッ!!」

「れーちゃん……」

 

 堪えようとしても涙が全然止まらない。真璃の死という事実が重く圧し掛かってくる。それでも、私は崩れそうな両脚を支えながら全ての土を被せ終えた。

 

 そして、ついに膝が折れた。

 

「れ、れーちゃん!? 大丈夫……?」

「大、丈夫、です。……まだ、やるべきことは、ありますから」

 

 そう、まだ作業は残っている。それまで休むなど他人が許しても私が許さない。私は崩れそうな脚に鞭打って立ち上がらせる。

 

 荒くなる息をなるべく整えながら、その後私たちは自力で作り上げた墓碑をそれぞれの場所に打ち立てた。ちゃんと倒れない様に深く埋めて、土を被せて強く固める。

 

 これで、全ての作業が終わった。

 

 例えその死が幸せで満足のゆくものでなくとも、これで少しは彼女らの魂が安らぐことを願う。

 

「うっ……ぐすっ……うわぁぁあぁぁぁぁあああああああん! わあああああああああああん!」

「なんでぇぇぇぇぇ……! なんでマリちゃんがぁぁぁぁ……! こんなの絶対おかしいよぉぉぉぉぉぉ……!」

「っ……ぐ、ぅぅぅっ……!!」

 

 墓が完成したのとほぼ同時に、この場に居る全員が涙を流し始めた。

 

 それ程、彼女は愛されていたらしい。気持ちは、よくわかる。私だって彼女とずっと一緒に居たかった。一緒に生きたかった。だからこそ、思うのだ。

 

 

 ――――なんで私では無く、真璃が死んでしまったのか。

 

 

 私を生かしてくれた真璃の覚悟に対する侮辱だというのは重々承知している。それでもなお、そう思わざるを得ない程、彼女の存在は大きすぎた。

 

 ほとんど倒れ込むように座り込んだ私も、声を押し殺しながら泣いた。

 

 神様、もし本当に居るなら、かの母子を安らかな天国へとお送りください。

 

 

 

 

 結局泣き声のオーケストラは一時間に渡り続き、子供たちは顔を泣き腫らしながら下水道に戻っていった。

 

 そして、未だ地上に残っているのは私を例外とするなら全員七歳以上の者。私、イーヴァ、シル、リザ、アクィラ、佐奈、その他四名。

 件の四名は戦闘訓練こそ受けてはいないが、それでもこの世界を七年に渡り生き抜いてきた猛者たちだ。言うなれば非常時に駆り出される予備戦力と言っても良いだろう。ただし一名――――私と真璃が保護した少女だけは例外ではあるが。

 

 とにかく、その者らは下水道に戻らず地上へ残っている。イーヴァが今後の方針を語るために、こうして集まってもらったのだ。

 

 いずれ反旗を翻すために力を蓄えるため。

 

「――――というのが、今後の方針だ。守るためでは無く、攻めるために力を蓄える。これ以上、奴らの好きにさせないためにも」

「あ、あの、たいちょー……それって、ホントに大丈夫なの? 失敗しちゃったら……」

「確かにお前の言う通りだ。失敗すれば『呪われた子供たち(私たち)』の立場はますます追い込まれてしまうだろう。だけど、やり返さないのも駄目なんだよ。このエリア全体に示す必要がある。()()()()()()()()()()()()()()()だと」

 

 何処の世界に鋭い爪と牙を持った猛獣に襲い掛かる馬鹿がいるだろうか。

 

 だが今の私たちは言わば幼獣。爪も牙もあるが、戦い方を知らない獣である。故に彼らは手を出す、私たちが反撃する方法を知らないから。やり返されると思わないから。

 

 その認識を覆す必要がある。普通の人間だけでなく、『呪われた子供たち(私たち)』に対しても。

 

「私たちには抗うための力が既にある。殆どの子供たちはそれに気づいてないか扱い方を知らないだけだ。それを直せば、私たちは戦える」

「でも、銃とかで一斉射撃されたら……」

「んなの馬鹿正直に正面からやり合わなければいい話だし、いざとなれば私たちも同じ物を使って戦えばいい。幸い伝手はある」

「伝手?」

「ほら、そこら中にあるだろ? 違法組織(ヤクザ)やら闇市(ブラックマーケット)やら」

 

 一般人でも許可証さえあれば銃器の所持が認められていても、やはりというか銃器の類は非常に高価だ。例え拳銃であろうと正規品であれば数万円を超える額である。

 

 しかし違法製造(コピー)品の類ならば性能こそ不安が残るだろうが、その購入額はかなり下がる。そしてそういう商品は大抵の場合闇市で流れているものだ。

 

 正直言って安全性で考えれば正規品を購入した方がずっといい。かといって私たちの様な子供にそんな高価なものをダース単位で購入できる資金力も、それ以前に購入という行為を行うためのコネも無い。だから奪うしかない。

 

 一応、正規品を取り扱っている警察や自衛隊への襲撃も視野に入れていたが、流石に鎮圧のプロフェッショナル相手では分が悪すぎる故に却下した。どれだけ戦い慣れていようがあちらは量と質を両立させているのだから、あんな場所に突っ込むのはただの自殺志願者がやることだ。

 

 それに下手に暴れて目を付けられ、準備もままならないまま潰される可能性がある以上愚策と言えよう。

 

 だからこそ小規模な暴力団や違法な物品の売買をしている組織などを探り出し襲撃する。幸か不幸か、そういう組織は外周区付近に腐るほどいると思われるので、少し力を入れて探れば見つかるだろう。

 

 闇市に関しては今後も利用するかもしれないので襲撃はしない方が妥当か。

 

「む、無茶だ! そんな事できる訳――――」

「勿論、したくないなら素直に名乗り出てくれて構わない。その場合いつも通り下水道の中で自分の作業に戻ってもいいし、このグループから抜けて別の場所に行ってくれても構わない。後者の場合はできるだけ安全な所に行けるように根回しはするつもりだ」

「…………リーダー、本気なんだね」

「ああ」

 

 リザに問われたイーヴァは力強く肯定の頷きを返した。

 既に彼女の中では決心がついており、恐らく自分以外の全員が否定の言葉を述べたとしても、恐らく彼女は独りで抑圧に対する反逆を実行する気に違いない。

 

 それ程の気迫を、今の彼女は放っていた。

 

「話は、これで終わりだ。抜けたい奴がいたら手を挙げてくれ。私は、その意思を尊重する」

 

 深く息を吐いて、イーヴァは一度目を閉じて数秒置いた後、もう一度開いた。

 

 

 そこには――――誰も手を挙げていない光景が広がっていた。

 

 

「……お前ら、私の話を聞いていたか?」

「たいちょーの行くところならどこにだって着いて行くよ!」

「いーちゃんに着いて行った方が退屈しなさそうだし」

「……見返りさえあれば別にどうでも」

「ふふっ、一人残った親友を見捨てる訳ないじゃない」

 

 いつものメンバーは変わらない調子でそんなことを述べていた。その他の四人も一部は不安そうな顔を浮かべてはいるものの、明確に忌避や嫌悪といった様子は見えない。

 

 イーヴァが二年間積み上げてきたモノの賜物、と言っても良いか。彼女は短い時間ではあったが、確かな信頼を彼女らから勝ち得てきたのだ。

 

 それが、ここでついに芽吹いた。

 

「ところでたいちょー、力を蓄えるって具体的にはどうやるの?」

「高度な戦闘知識のノウハウを持っている所から吸収する。私たちの様な『呪われた子供たち』に戦闘訓練を施してくれる場所でな」

 

 この世界で『呪われた子供たち』は忌避と嫌悪の対象ではあるが、同時に『戦力』として一定の価値を有する。

 少し鍛えれば大人すら容易に捻りつぶせる身体スペック、これを有効活用しない手はないと考えた人間たちは私たちを怪物(ガストレア)退治のための道具として運用することを考えたのだ。

 

 すなわち、民警におけるイニシエーター。対ガストレア戦闘の専門職(スペシャリスト)の片割れ。

 

 それを育てるために国際イニシエーター監督機構(IISO)という機関では素質のある『呪われた子供たち』を訓練を施しているらしい。これを利用すれば、私たちは更に強くなれる。この手を使わない理由は無い。

 

 更に目を向けるべきなのは『浸食抑制剤』と呼ばれるモノだ。外周区暮らしの『呪われた子供たち』ではまずお目にかかれない代物であり、何よりもそれは私たちの中にあるガストレアウィルスの浸食を抑えつけることのできる薬品だ。

 

 様々な書籍で私たちが力を付けるための方法を調べているとき、この存在を見つけた時は目から鱗だった。つまりこれがあれば、普段から頻繁に力を解放してウィルスの浸食を進めている私たちの寿命を延ばすことができるのだ。

 

 これを安定して得ることができるのもイニシエーターになるメリットの一つだ。最良なのはその製造法を知ることなのだが――――この話はまた今度にしよう。

 

 結論としては「イニシエーターという立場を利用する」というものだ。恐らく一番現実的で、目標に向かえる最短の方法だ。

 少なくとも身内で延々と組手を続けるよりはよっぽど有意義と確信できる。

 

「……さて、今後の方針も、目的も、方法も決まった。お前たちの意思も確認できた。――――ようやくだ。ようやく私たちは反撃のための爪を磨き始めることができる」

 

 感慨深そうにそう漏らすイーヴァは、嗤っていた。

 

 世界が変わるまで耐え続けるしかない――――そんな固定観念を払拭し、見えた世界はどれだけ清々しいものだっただろうか。

 きっと内側に押し込めてきたドス黒い感情が漏れることを止められないくらいには心地よいのかもしれない。

 

 だって、私も同じなのだから。

 

 

 

「――――始めるぞ、私たちの戦争(たたかい)を」

 

 

 

 叛乱の種が芽を出した。

 

 

 それが蕾になることもできずに枯れるか、

 

 

 それとも花を咲かせて災厄をもたらすか、

 

 

 結果は神のみぞ知るだろう。

 

 

 

 




最初は隠れ蓑なんか用意せず初っ端からテロリストの路線も想定していたけど、戦闘経験をまともに詰んでいる奴ら数人がソレをやったところで全滅しかしなさそうなのでこうなった。

やっぱり力を蓄える時間は必要なんやなって……。
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