赤の女王 作:HIPのYOU
内容は蓮太郎が改造の影響で淫夢語録を使いまくるホモガキ化し、木更と延珠は胃を痛める役で(語録汚染済み)、ティナはレ厨、菫は鍵っ子、聖天子は腹黒、菊の字おじいちゃんは
でも語録を使いこなせる自信がなくてそのまま中断になったゾ。誰か書いてくれねぇかな~(他力本願寺)
「…………よしっ!」
私はトイレにある洗面台に付いた鏡を見て、自分の身なりが整っていることを最終確認する。
この日のために貯蓄を切り崩し、わざわざ高級なシャンプーやらボディーソープやら服やらを購入したのだ。少しでも駄目なところがないかを綿密にチェックし、およそ四度目の確認でようやく自分で納得が得られた。
イーヴァとの死闘から三日後。私は何とか確保した時間をとある事に使おうとしていた。それは、ある人物へのお礼参り。
そのとある人物とは誰か? ――――言うまでもない。私の再起の切っ掛けになった少女、司馬未織だ。
あれから彼女に顔を合わせておらず、機会も無かったのでお礼を言えずじまいだったのだ。流石にマナーがどうとか以前に人として駄目だと思ったので、今できる最高の水準で身なりを整えて、こうして会おうとしている。
とはいえ、相手は巨大企業の社長令嬢。一言お礼を言うだけとはいえ、アポ無しに会えるのかどうか……最悪、なんとか忍び込んで早く退散するつもりだ。
念のため土産として用意した、包装されたそこそこ高級品な部類の饅頭を片手に、私は地図を片手にかつて招かれた屋敷を探し始める。
「ええっと……こっち、いやあっちかな」
初めて通う道路などで慣れない場所や目新しい建物を眺めつつ、私は数十分かけて目的の場所にたどり着くことができた。
その場所は、一言で表すなら『武家屋敷』だった。
さながら時代劇に出てくるような広大な敷地一体を丸ごと取り囲む築地塀。その高い壁に隠されていてもなお三階建てらしき家屋の屋根が見え隠れしている。
引き攣った笑いが無意識に浮かぶ程のスケールのデカさ。思わず感嘆の息が漏れる。
「うわぁ……これ、ほんとに会えるのかな……」
これほどまでに広大な敷地ならば、張られているセキュリティも尋常では無いだろう。正門から訪ねて無理だったら侵入してでも会うつもりだったのだが、その思惑は実行する前から折れそうになっていた。
私はどこぞの蛇ではないのだ。持ち合わせているスニーキングスキルなど一般人に毛が生えたレベルに過ぎない。
いっそ通学路で待ち伏せでもするか? と考えながら歩みを進めていると、正門近くで女中らしき者が困ったような顔で風呂敷に包まれた箱の様な物を持ったまま佇んでいた。どうしたのだろうか。
「あの、どうかしましたか?」
「え? ……ああ、貴方は」
よく見れば、彼女は前にこの屋敷の中で世話になった際に、私へお粥を運んできてくれた女性だった。あちらもどうやら私の顔を覚えていたようで、一瞬だけ警戒されたがすぐに解かれた。
「その、お嬢様が昼餉を持ち忘れたようでして。運転手もタイミング悪く出払ってしまっており、困っていたのです。誰かに運びに行かせるにも、皆手が空いていない状態で……」
なるほど。どうやら未織はお弁当を忘れるというベタなミスをしたらしい。
そして間が悪く持っていけるような人が不在、と。……運命的、もしくは作為的なものを感じるが、これはまたとないチャンスと見ていいかもしれない。
「あの、もしよければ私が持っていきましょうか?」
「? いえ、しかし」
「えっと、大丈夫です。くすねたりはしません。未織さんにもちゃんとお礼を言いたかったので、会うならこれは良い機会かな、と。……勿論、無理にとは言いませんが」
風呂敷の中にあるのは重箱の様な高級お弁当箱だろう。売ればそこそこの値はつく。故に女中さんは一度会っただけの、しかも子供に預けるのは流石に気が憚れるはずだ。
私としても「できればいいなー」くらいの思いだ。受け取れなくてもどの道彼女の通う学校を聞き出して行くつもりであるのだし――――
「……わかりました。では、これをお嬢様の通う勾田高校に届けてください。無くさない様にお願いね?」
「えっ」
女中さんは優し気な笑顔を浮かべながら私へと風呂敷を預けてきた。
……えっ。
「あ、あの……大丈夫なんですか? 見ず知らずの子供に、こんな大事なものを……」
「ご安心を。責任は全部私が持ちますし、貴方の目からは嘘は見当たらなかったので。……お辛い環境に居るでしょうに、よく此処まで健やかに育ったものです」
「……ありがとうございます」
同情されていい気分がするとは言わないが、それでも褒められて悪い気はしないのは確かだ。私ははにかみながら素直に女中さんへと頭を下げて礼を言った。
その後、持っていた地図に印をつけてもらい、その場所へと向かってまた長い道を私は歩き出す。
何も持っていなかったのならば力を解放して人目につかないルートを駆け抜けるのだが、残念ながら土産の饅頭と弁当箱を抱えた状態でそれをやると中身が悲惨なことになりかねない。故に大人しく歩いて行くのが正しい選択だろう。
もう少しで昼に差し掛かる頃だからか、人影や通りを過ぎる車の数も多くなってきた。周りからこちらへと向けられる視線は何やら微笑ましいものを見る暖かな目が大半だ。
――――もし私が『呪われた子供たち』だと知ったのなら、彼らの視線はどう変わるのだろうか。
ふとそんな考えが過り、すぐに振り払う。自分から正体をバラすメリットなど皆無だし、試さなくても結果など分かり切っている。ほぼ例外なく私へと向けられる視線は畏怖と憎悪に染まる。
未だに回復しきっていない己の軟弱な精神にため息をつきながら、気晴らしに軽く周囲を見渡す。
少し遠くの場所に小さな公園があった。そこではまだ幼い子供たちがじゃれ合いながら遊んでおり、その近くでは保護者らしき女性たちが談笑している。どこにでもありそうな、普通の光景だ。
そして、『呪われた子供たち』がどうあがいても手に入れられないモノ。
ああいう光景をみて、思わずにいられない。何故自分たちはあの輪に入れないのか、と。
(……いいや、違う。輪に入る必要は、無い)
そうだ。必ずしもあそこに入る必要なんてないんだ。
私たちが入ることのできる”輪”は、私たちが作り上げる。最初こそ直ぐに壊れそうなソレを、少しずつ地道に強くして、いずれは誰であろうが壊せない”輪”を……。
湧き上がる激情を握りこぶしを作って抑えつけながら、信号機が青く点灯したのを確認して横断歩道を渡る。
絶対に、変えて見せる。世界を。
電車を乗り換えつつ、徒歩での移動も含めればほんの一時間前後で目的地である勾田高等学校に着くことができた。
高校自体は見た目は何の変哲もない三階建てだ。既に休憩時間に入っているのか広いグラウンドで十数人の学生がサッカーやら野球などで暇を潰しており、端に置かれているベンチで談笑している女子高生の姿も確認できる。
何の戸締りもされていない正門を潜り抜け、グラウンドを遠回りしながら生徒玄関らしき場所まで歩いて行く。道中学校の生徒らしき者達がこちらを見ながら何やら好奇の視線をこちらに向けながらヒソヒソと話していたが、無視する。態々私が気にすることでもないだろう。
そして数分かけてやってきた生徒玄関の前で、私は立ち尽くした。
「……………未織さん、何処にいるんだろう」
高校までやってきたのはいいが、彼女のクラスなどは知らされていない。今更ながら盲点だったと己の不注意さに呆れて、とりあえず近くを通りかかった女子生徒に質問することにした。
司馬家の令嬢ならば多少なりとも噂にはなっているはず。だったら生徒に聞けば彼女のクラスくらいなら聞けるだろう。
「あの、すいません。司馬未織さんを探しているのですが……」
「え? 生徒会長を? 今の時間なら生徒会室にいると思うけど……君、あの人の妹? にしては髪の色とか目の色とか全然違うし――――」
「ありがとうございました。失礼します」
聞きたいことを聞けたので私は足早にその場を立ち去った。後ろから「あ、ちょっと!」という声が聞こえてくるが無視だ無視。変に探られたら面倒だ。
しかし、彼女は噂の人物どころか生徒会長だったらしい。もしや見た目も完璧なのに頭も凄く良かったりするのだろうか。天は二物を与えずという言葉があるが、彼女に関してはそれは当てはまらないような気がする。
もし欠点があるとするならば、運動音痴とかだろうか? これも当てはまらなかったら未織は文武両道才色兼備呉越之富というパーフェクト女子高生ということになってしまう。何だそのフィクションから出てきたような人物……。
……本題から逸れそうな思考を正して、近くのコルクボードに張ってあった学校地図を見て生徒会室の場所を確認し其方へと向かう。
正面玄関から見て一番西側奥の二回への階段を上がり、右手に折れるとほどなく『生徒会室』のプレートが見えてきた。
部屋の前に立ち、一度大きく深呼吸してドアをノック――――しようとして、中から会話が聞こえてきたことに硬直して手が止まった。
ただの会話なら特に止める理由はなかった。だが聞こえてきた声が、あまりにも自分の知っている人のモノと似ていて――――
『……おい未織、昼飯忘れたのは知ってんだが、それが何で俺をこの部屋に連れてくる理由になるんだ?』
『え~? 別に何もおかしゅうないと思うんやけど? ウチが里見ちゃんと一緒に購買に行って、一緒に昼食を買って、一緒の部屋でご飯を食べる。なんもおかしくないやろ?』
『最後がおかしいだろうが!? 前二つと因果関係が全く見えないんだが!?』
『じゃあウチと一緒にご飯食べるのは嫌?』
『……別に嫌じゃないけどよ』
『ほらやっぱり!』
ひゅう、と喉からかすれた声が這い出てきた。
里見――――里見、蓮太郎。最後に会ったのは、あの時以来で。どうやって別れたのかも覚えていない。だがそれでも、私たちを助けようとしてくれた人。暖かな手を持つ優しい人。
私は、彼に会ってもいいのだろうか。彼のつらい記憶を掘り起こさないだろうか。
数秒だけ考え込み、私は弁当箱と饅頭だけを置いてこの場を去ることに決めた。彼と再会するのは、まだ早すぎる。せめてもう少しだけ時間を置いて――――
『……ん? 誰かおるん?』
「あっ」
無意識に何かの音を発していたのか、扉の向こうに居る未織はこちらに気付いた。思わぬ展開に頭が付いて行かず私の体はそのまま固まり、回復など待ってくれず扉は開かれて。
「……レーナちゃん?」
「――――なッ」
「…………お久しぶり、です」
未織と蓮太郎は驚きの表情を浮かべた。だが質が違う。未織は意外なものを見るような顔だったが、蓮太郎はさながら幽霊でも見たかの様な顔だった。
複雑な感情を表情に浮かべながら、私はぺこりと頭を下げた。
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生徒会室は、ごくごく普通の部屋だった。広いテーブルに適度な数のパイプ椅子。何かの本やトロフィー、賞状等が入っている棚。隅で鎮座しているホワイトボード。
しかしそんな生徒会室の中央で異色な雰囲気を放っている物体が一つ。
金箔で装飾された美しい四角の漆器。質に出したら十数万は下らないであろう容器の中には数々の高級食材で作られた料理がバランス良く入れられていた。私と蓮太郎はそれを見て引き攣った笑いしか浮かべられない。
「はい、お茶やで」
「あ、どうも」
差し出された茶碗に急須で茶が注がれる。銘柄は知らないが、確実に高級品であると直感できるほどには色鮮やかで芳ばしい香りが漂っていた。
いや、お茶について考えてる場合じゃ無かった。私は居たたまれない気持ちで向かい側に座っている蓮太郎へと視線を投げかける。
「……あー、その。元気、だったか?」
「ええ、まぁ、はい。色々、ありましたけど」
正直気まずい事この上ない。彼からすれば己が助け損ねた少女が心の準備をする暇もなくいきなり現れたのだ。私としても此処で再会する気は微塵もなかったので、どういった言葉を彼に掛ければいいのかさっぱりわからない。
そんな私たちの心情を知ってか知らずか、未織は弁当箱から幾つかの料理をよそって私と彼の前へと差し出した。
「ほらほら、そう暗い顔したらあかんて。美味しい料理でも食べながら話すとええよ」
「つってもだな……にしてもお前と未織が知り合いだったとは」
「知り合い、と言っても一度未織さんに拾われてお世話になっただけですよ。……未織さん、その節は本当にお世話になりました」
さり気なく蓮太郎の隣に座り込んだ彼女へと深く、頭を下げる。
もし彼女が私を見つけてくれなかったら、きっと路上で死んでいた。イーヴァの凶行も止められなかった。彼女がいなければ今以上に悲惨な出来事が下水道の皆に襲い掛かっていただろうと思うとぞっとする。
だからこそ私は心の底から感謝の言葉と念を彼女へと送るのだ。それ程の、大恩である。
「んー、ウチとしても色々と貰えたから別に気にせんでもええんやけどなぁ」
「? あの、饅頭で事足りる恩では無いと思うんですが……」
「そうやなくて。あの時ウチ、妹が出来たみたいでちょっと嬉しかったんよ? んふふ~、いい思い出が作れただけでもう十分返させてもらったわぁ」
「えぇ……」
あの少しの間の出来事だけで、彼女に取って恩返しは済んだらしい。どうやら彼女は自分がそれ程大きな事をしたとは思っていない様だった。
が、私にとってはとても大きな事だ。彼女の意には反するが、今後彼女の助けになるのならば体を張ってでも成し遂げよう。勿論、無理のない範囲で、だが。
「それにしても、レーナちゃんと里見ちゃんが知り合いだったのも驚きや。きっとこれは運命やね!」
「な訳あるか……」
「ところで里見ちゃん、レーナちゃんとはどういう関係なん? もしかして新しい居候だったりするん?」
「いや、二、三回会っただけの関係だよ。そこまで深い仲って訳じゃねぇ」
「なんや、残念」
ちょっとだけ不満そうな顔をする未織。でも仕方ない、本当に何回か会っただけの関係なのだから。
「あ、レーナちゃん。お友達と色々と拗れていたって聞いたけど、それについてはもう大丈夫なん?」
「はい。お互いに腹の底にある本音をぶつけ合った結果、何とか関係は修復できましたね。……でもやっぱり、心の傷が完全に癒えたとは言えませんけど」
「まあ、とにかく良かったわ。でも、もしレーナちゃんが失敗して居場所を無くしてたら、ウチの家に入れるつもりやったんやけどなぁ~」
「はい?」
一瞬彼女が何を言っているのかよくわからなかった。家に入れる? どういうことなの……?
「あ、ウチが司馬重工の運営の一端を担っているのは知ってるやんね? で、最近そこで私設の民警部門を立ち上げたんやけど、まだ人員とかは集めておらんのよ。だからレーナちゃんに記念すべき初メンバーになってもらいたいわー、とか思っていたんやけど――――あ、里見ちゃん今の会社やめてウチのトコに来る気はあらへん? 今ならウチの体を好きにしていい権利を付けてもええで?」
「えっ」
「ぶぅぅぅぅぅ――――っ!?!?」
蓮太郎が飲んでいた茶を思いっきり吹き出した。そしてそれは向かい側に座っていた私の顔に直撃する。
だがきっと私は彼に非はないと思っているに違いない。だって未織が言い放った事の内容が割とトンデモ無いものであったから。誰だって吹くわコレは。
「げっほげほっ!? みっ、未織お前、何言ってんだ!?」
「勿論里見ちゃん限定やよ? ほら、木更程やないけど、ウチも結構”持ってる”方なんよ。……触ってみいひん?」
「お、おまっ、子供の前だぞ!? 少しは自重しろッ!?」
「あー……お邪魔そうなのでお暇しますね」
「助けろよッ!?」
手持ちのハンカチで顔を拭きつつ、私は「こほん」と小さく咳き込んだ。未織も流石に私の前ではマズイと判断したのか、しかし艶やかな笑みを浮かべながら蓮太郎に迫らせていた身体を元の席に戻した。
「ええと……一応、何日か後に
「は?」
「え、ホントに?」
「はい。なので、運がよければそちらのお世話になるかもしれません」
当り前だが、どんな『呪われた子供たち』でもイニシエーターになれるわけでは無い。申し込む分には無料だし、一定期間訓練も受けられる。
しかし”使い物”にならないと判断された場合は問答無用で切り捨てられる。あちらだって金を使って戦力の育成を試みているのだ。
確かに『呪われた子供たち』は軒並み身体能力が高いものの、ガストレアもしくは銃口等を見て怯んで動けない等々の症状を持つ者を何時までも懐の中に置いておく理由も余裕もない。
故に厳しい審査を抜けてようやくイニシエーターは世に排出されるわけだが、その死亡率は口にするのも悍ましい数字だ。
なので『呪われた子供たち』にとってイニシエーターという道は敷居が低くても生存のためのハードルは高い職なのだ。ぶっちゃけ生き残るだけなら外周区でコソコソして居る方がまだ可能性が高い。
まあ、審査に関しては私や他の食糧調達班ならほぼ無問題だし、生存率云々も目的のためならば十分許容できる範囲だが。
「ともかく未織さん、里見さん。お世話になりました。いつか必ずこの恩は返しますので」
「いや、俺は……」
「う~ん……わかったわ。気長に待ってるで~」
差し出された食物と茶を素早く平らげ、私は小さく頭を下げてこの場を立ち去ろうとする。そろそろ休憩時間も終わりそうだし、長居するのも個人的に肩身が狭い気分になる。
彼らと別れるのは正直残念ではあったが、これが最後では無いのだ。次は、もう少し余裕があるときに再会したいものだ。
早足で部屋を出て階段を駆け下り、後者の外に出る。
空を見上げれば、変わらずの快晴。曇っていきそうな私の心と相反するような天気に沈鬱とした気分になりながらため息を吐き、再び歩き出そうとして。
「――――おい、待ってくれ!」
後ろから蓮太郎の声が聞こえてきて、足が止まった。
振り返れば彼は軽く肩で息をしながらこちらに手を突き出していた。何か忘れ物でもしたのだろうかと思い返したが、特にそんな物はない。では何故彼はあんな必死そうな様子なのだろう。
そう、思っていたら。
「……お前に、返したい物があるんだ。その、暇なら俺の家まで来てもらいたいんだが」
「返したい、もの?」
「ああ」
はて、彼に何かを預けただろうか。……いや、あった、筈。確か、それは――――
「――――友達と買った品物を俺に預けたの、忘れてただろ」
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日が沈み始めた頃に、私と蓮太郎は隣に並びながら歩道を歩いていた。彼は何だかバツが悪そうな顔をしながらこちらをチラチラと見ていて、私と目線があったかと思えば一瞬で視線を逸らされる。
シャイボーイか貴様。
……結局あの後、私は彼の授業が終わるまで適当に図書館で暇を潰すことになった。周りから奇異の視線を集めたのは肩身が狭い思いであったが、彼の言葉はそんな環境を忍耐しても良いと思える程のものだったのだ。
公園で私と蓮太郎が分かれた際に預けた買い物袋。それを預けていたことをすっかり忘れていた。翌日から色々とあり過ぎたせいか。
「……その、さ。お前は、俺の事を何とも思っていないのか?」
私の歩幅に合わせながら歩いている蓮太郎は、少しだけ震えた声で私に問いを投げかけてきた。
それを言われると、何とも言えない。彼については感謝こそすれ、特に負の感情は抱いていない。むしろ何故私にここまで気を掛けてくれるのかという疑問が浮かぶくらいだ。
「何とも、とは?」
「……恨んで、いないのか? 俺がもっと早くお前たちを助けに来れていたら、お前は、お前たちはッ――――」
「里見さん」
その場で立ち止まって、私は彼の手を自身の小さな手でギュッと握った。その心が変な場所に、飛び出さない様に。
「恨んでませんよ。いえ、むしろ感謝しているんです」
「なんで……」
「初めてだったんです。『呪われた子供たち』を助けようとした人を見たのは。私が忌み嫌われる存在だと知ったのに、こうして変わらず接してくれる普通の人は。……きっと貴方たちに出会わなければ、今頃私はおかしな行動に走っていたかもしれません」
もし彼や未織と出会わなければ、私はどうなっていただろうか? どこかの路地裏で惨めに死んでいただろうか。それとも――――死ぬまで何処かで暴れ続けていただろうか。
そう思うと、蓮太郎や未織の存在は私の往く道を照らしてくれた光だと思えた。
だから、恨まない。確か二彼が私たちを助けるのが遅れたせいで、真璃が助からなかったのかもしれない。だけど、その原因は私たちにあるのだ。
間に合わなかったことを残念に思うことはあれど、恨みを抱くことは筋違いと言えよう。
「気にしなくていいんです、里見さん。彼女の死は、貴方が背負うべき物では無い」
「……お前が、背負おうってのか? まだ五歳のお前が背負い切れるモンじゃねぇだろッ……!」
「はい。だから、皆で背負いました。これまでの犠牲も、これからの犠牲も。皆で背負うことに決めたんです」
「――――――――……すまねぇ」
蓮太郎は、苦虫を噛み潰したような表情で顔を伏せる。
それきり一言も会話を交わさぬまま、しかし手を握り続けながら私たちは目的地に向かって歩き続けた。
やがて見えてきたのは二階建てのボロアパート。一瞬廃墟か何かと勘違いしかけるほどに老朽化の進んだソレは今にも崩壊しそうな雰囲気を醸し出している。本当に人が住む場所なのかアレは。
固唾を飲んで建物を見上げていると突然、二階の窓が開いて、湯煙らしきものと小さな人影が桟から乗り出してきた。満面の笑みを浮かべながら手を振るソレは明らかに少女であり――――何より全裸だった。
「蓮太郎ぉ~~~! おかえり~~~!!」
栗色の長い髪を揺らしながら、快活な声を上げる全裸の少女。蓮太郎は当然絶句した。
「なっ、何やってんだこの馬鹿ッ!? 誰かが見てたらどうするつもりだお前!?」
「安心するのだ!
「……里見さん?」
思わず半眼になって彼を見上げた。前からもしやとは思っていたが、まさか本当に
「違うからな! 俺はいたってノーマルだッ!?」
「はぁ……その、私は里見さんがどのような異常性癖を持っていたとしても、良い人だって信じてますから」
「俺はロリコンじゃねぇよッ!」
半分冗談だ。半分本気だが。
「むっ! 蓮太郎! その隣にいる女は誰なのだ!? まさか新しい女か! 浮気なのか!」
「違ぇよアホッ!? ったく、今説明しに行くから早く窓を閉めろ!」
「むぅぅぅ~~~~~!!」
蓮太郎に引っ張られながらアパートの階段を最速で駆けあがり、二階の角部屋へと招かれた。
その部屋は八畳一間の、広すぎず狭すぎずの大きさだった。一人暮らしにはちょうどいいだろうが、察するに二人暮らし。狭かったりしないだろうかと思っていたら、蓮太郎がげんなりとした顔で満面の笑みの少女と脱衣所から戻ってきた。
「はぁ……勘弁してくれよ、全く。最近はアパートの住民からロリコン呼ばわりされてるってのに……」
「ふふん、大丈夫だぞ蓮太郎! 妾の『ふぃあんせ』ならばいずれそんな事は気にしなくてもいいようになる!」
「お前は俺を社会的に抹殺する計画でも立ててんのかッ?」
そうぼやきながらも蓮太郎がネグリジェを着た少女の濡れた髪をタオルで拭いている辺り、二人の仲は悪くなさそうに見えた。
そんな風に笑顔を浮かべていた少女だが、私の存在を認識した瞬間謎の敵愾心を剥き出しにしてファイティングポーズ。怒りの籠ったシャドーボクシングを始めながら彼女は蓮太郎へと問いかけた。
「蓮太郎! この女は誰なのだ!? まさか菫の言っていた『幼女はぁれむ戦隊SATOMI』とやらの一員なのか!?」
「人様の相棒に何吹きこんでんだあの医者ァッ……!」
どうやらすべての元凶は「菫」という医者の様だった。幼女にそんなことを吹きこむとは、きっと空前絶後の変態に違いない。
「はぁぁぁぁ……コイツはただの知り合いだ。前に少し預かり物をしててな、それを返しに此処に来てもらっただけだよ」
「ホントか? ホントのホントにか?」
「ホントだよ」
蓮太郎から何度も何度も聞いて同じ答えが返ってきたのを確認した少女は「うーん」と腕を組んで数秒間呻き声を上げ、パチンと軽く自分の両頬を叩くと私の方へと向き直る。
そして、私の手を取って満面の笑顔を浮かべた。
「妾の名は
「あ、わ、私の名前は……レーナ、です。苗字はありません。今年で、五歳になります」
「うむ、では妾の方がお姉さんという事だな! さぁ、敬うがいいぞ!」
「『敬うがいいぞ』、じゃねぇよ。……ほらよ、レーナ。これで合ってるよな?」
呆れ顔の蓮太郎から紙袋を受け取った。中身を確認すると……確かに、真璃と買った品物が一つ残らず入っていた。
ミシリと、頭の中から異音がする。ああ、クソ。傷が抉り返されるような気分だ。
「……レーナよ、大丈夫か?」
「あ……はい。大丈夫です、少し眩暈がしただけで……。里見さん、ありがとうございました。ではそろそろ、失礼しますね」
「…………ああ。気を付けて帰れよ」
ぺこりと頭を上げて、最後まで仄かな笑みを崩さないまま私は部屋を後にした。
帰りの電車の中で座席に腰掛け、微細な振動で体を揺らしながら私は紙袋から一つの箱を眺める。
箱と装飾用リボンの間に挟まれた小さなメッセージカード。そこには小さく『Happy Birthday』の文字が刻まれている。中を空ければ、赤い硝子を直方体に削ったモノをぶら下げたペンダントと――――もう一つ、球状に加工されたライラック色の小さな輝石を金具に埋め込んだペンダントが入っていた。
商品のラベルを見るに、このライラック色の輝石はクンツァイトと呼ばれる宝石の一種だ。とはいえそこまで品質は高く無いようで、レシートには五〇〇〇円弱程の値段が書いてある。
だが値段は別に問題では無い。私が気にするべきは、この宝石の意味。
クンツァイト。その石が持つ意味は――――無条件の愛。
頬に、暖かいモノが流れる。
「…………ありがとう」
二つのペンダントを自身の首にかけ、それを軽く握りしめながら涙を流す。
彼女からは沢山の物を受け取った。それを返すことは、もうできないが。せめてもの手向けは、するべきだろう。
『
墓の前に打ち立てられた粗雑な木製の十字架に、赤い硝子のペンダントが掛けられる。
それを見守るは、同じペンダントを首に掛けた五人の少女。
数秒間だけ彼女らは髪を風で揺らし、やがて長い赤髪の少女が踵を返した。
「――――行くぞ。私たちの戦いをするために」
その言葉をきっかけとして、全員が同じく踵を返してその場を立ち去る。
平穏の象徴に背を向ける様は、まるで戦場へ向かう戦士のようで。
墓に飾られたペンダントは、嘆く様に小さく揺れた。