赤の女王   作:HIPのYOU

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もりのほん氏が描いた漫画版ブラック・ブレットは控えめに言って神だから皆買ってくれよな~(ダイマ)
なんで4巻で終わってしまったの……。

アニメは……(色々と作りの粗が目立っていたので)ナオキです……。設定の説明や作中人物の心境描写をおざなりにしているアニメはダメだってはっきりわかんだね。

この小説の設定解説も大概最低限だがな!


三話:はじめてのおつかい

 息を吸って、三つ数えて、息を吐く。

 

 閉じた瞼を開けば、目の前には自分の握りしめているコンビーフの缶詰があった。それ自体は問題では無い、何の変哲もない光景だ。

 この缶詰が窃盗品で無ければ、の話だが。

 

(……なんだかなぁ)

 

 事が終わり、冷静にものを考えると「ついにやってしまった」という後悔が心を埋め尽くした。

 

 別に嫌々やっていたわけでは無い。事前に説明され、理解した上で事に望んだ。パトカー二台とカーチェイスと銃撃戦を繰り広げたことに関しては完全に予想外だが、もう過ぎたことだ。今更どうこういうことでは無い。

 

 しかしやはり、理解出来ることと納得できることは別だ。

 

 確かに私たちの行動によって数十人の子供を飢え死にさせずに済む。大いに喜ぶべきことだ。それはきっと『良い事』なのだから。

 だがやはり数年前から保持していた知識によって組み上がった『常識人』としての思考が”窃盗”――――というか”強盗”という行動に対して酷く拒否感を抱いてしまっている。

 

 数日前からカッチカチの古いパンや味の無いビスケットだけの生活を送っていた時は、それはもう「なんでもやってやる」という気概だったが、余裕が出てくるとこうも余計なことを意識してしまうものなのか。

 

 人間とは酷く不細工な生き物だとつくづく思う。

 

 周囲を見渡せば、皆がそれぞれの食い物を頬張っていた。皆一様に笑顔だ。

 だが……素直に、喜ぶべきなのだろうか? もっと他に方法があったのではないだろうか? もっと良い方法が――――

 

「レーナちゃ~ん! そんな落ち込んだ顔してどうしたの? ほら、笑顔笑顔!」

「え、ふぉっ、ひ、ひっはらないで!?」

 

 いつの間にか傍にまで気かづいていた真璃が私の頬を掴んでぐにーっと伸ばし始めた。ちょっと待って、意外と痛い痛い痛い!?

 

「おい、なにやってんだこのアホ」

()ったい!?」

 

 ゴン、と真璃の頭から鈍い音が響く。

 

 通りかかったイーヴァが持っていた缶詰の縁で真璃の脳天を叩いたらしい。痛がる真璃に対して私は心配したが、同時に小さなスリップダメージから解放してくれたイーヴァに心の中で感謝を捧げた。

 

「何すんのさ! 人がせっかく親睦を深めていたって言うのに!」

「明らかに拒否されてたろーが。……おいガキんちょ、今日の仕事の報酬だ。受け取れ」

「へ……わわっ!?」

 

 イーヴァが真璃の頭を殴るのに使った缶詰を私に放り投げてきた。

 

 それは、桃の缶詰だ。どこにでも売っているような安物だが、外周区の中ではかなりの価値を持つ食べ物だろう。外周区では長生きするために綺麗な水と保存の利く食べ物の確保を最優先にする。甘味は余裕のある者にのみ許された贅沢品と言っても過言では無い。

 この様な安物の缶詰は内地ではそれほど希少でなくとも、ここでは立派で高級な嗜好品なのだ。

 

「で、でも私、今回そんなに働いてないよ……?」

「初めてでアレなら十分だ。そもそも、お前みたいなガキに大層な戦果なんぞ最初から期待している訳ないだろうが」

「イーヴァは素直じゃないね~。さっき私に『アイツはよくやってくれた』って言っ―――たたたぁ!?」

「余計なことばっかり喋る口はこれか? ん~?」

「い、いっひゃい!? ほおほひっひゃらないひぇ~!?」

 

 頬をびくつかせながらイーヴァは容赦なく真璃の頬を私の時とは比にならないほど強く伸ばした。痛そう。

 

 数秒間いじりつけてようやく飽きたのか、イーヴァは小さくため息を吐きながら真璃から手を離して手を私の頭に乗せた。

 私が「?」と頭の上でハテナマークを浮かべていると、彼女は自分の頭を掻きながら私の頭をワシャワシャと雑に撫でまわした。……まさかコレ、頭を撫でてくれているのか?

 

「ったく……ガキのくせに深く考えるなっての。とっとと飯食って寝ろ。次の食糧調達は一ヶ月ちょい後になるが、気を抜くなよ。明日もお前に仕事はあるんだからな」

 

 それだけを言い残し、イーヴァは手を振りながらボロ布で作られた就寝用の天幕へと入っていってしまった。

 

 ……皆が彼女をリーダーと呼ぶ気持ちがわかった気がする。

 

「――――ん」

「えっ?」

 

 肩をつつかれて、振り返れば口に食べ滓のついたアクィラが私の方に手を出しながら突っ立っていた。

 

 そのジェスチャーは明らかに何かを要求するモノであり、更に言えば彼女の視線は私の持つ桃の缶詰に向けられていた。それの意味することは……そういうことなのだろう。

 

「私は貴方を二回助けた。だから、報酬」

「ちょっとアーちゃ~ん? 私そういうの大人気ないと思うよ?」

「……年齢に関係ない平等な判決を要求する」

「うっわぁ……本当に大人気ない……」

 

 真璃は珍しく心底ドン引いた顔をした。うん、まぁ、気持ちはわからないでもない。

 一応彼女は過労働分の報酬はリーダーから支給されているはずなのだが、どうやらまだ足りないようだ。なんて強欲な。

 

 いや、もしかしたらカロリーを消費しやすいモデルなのかもしれない。少なくとも人間サイズの質量をあそこまで縦横無尽に飛び回させるほどの揚力を生んでいるとなれば、消費するエネルギーは普通に走るのと比べて多量である可能性は非常に高い。

 ならば、糖分のような高カロリーの食物を要求する執拗に理由も理解できる。

 

 数秒程考え込み、私は缶詰を彼女に手渡した。

 別にもう手に入らない物でもないしそこまで困窮した状態でもないのだ、ケチケチする必要もないだろう。

 

「……本当にもらえた」

「? 桃、嫌いなの?」

「ううん……ありがとう。次があったらまた助ける」

 

 缶詰のために――――という小声が聞こえたような気がしたが、幻聴だと信じたい。

 

 そのことに対して問いを投げる暇もなく、アクィラは鼻歌を歌って缶詰を手で弄びながら自分の天幕に帰っていってしまった。

 

 ……あ、結局お礼言えてないや。どうしよう。

 

「んも~、アーちゃんったら……レーナちゃんも甘やかさないの! あの子ああ見えて粘着質なんだよ?」

「……そうなの?」

「そうなの!」

「―――ひよりっちー! さっちゃんが私のご飯食べたぁぁぁーーーー!!」

「たふぇてないふぉ! わはしはたたふぇてないふぉ!」

「嘘つけェ! その口にあるモノはなんだオラァーッ! 吐き出せコンチクショー!」

 

 リザが佐奈を羽交い締めしながら涙を流して叫んでいた。どうやらご飯を食われたらしい。量が少なかったのだろうかと思ったが、思い返してみればこの二人組数年前からこんなコントを役を度々交代しながらやっていたような気がする。

 

 因みに勝手に食べる役の割合はリザが4で佐奈6だ。正直どっちもどっちだこれ。

 

「おぶっ、で、出る……出てはいけないものがうぷっ……

「こーらー! 二人とも喧嘩しないの! ほら、私のおやつあげるから」

「あ、ずるい! リザずるーい!」

「どの口が言っとんじゃコラーッ! スッゾオラー!」

「だーかーらー喧嘩するなっていってるでしょ!」

「あーれー」

 

 言うことを聞かない二人に流石に怒ったのか、真璃はプンプンと頬を膨らませながら佐奈の首根っこをガシッと掴んでそのまま一緒に天幕の中へと消えていった。

 

 嵐の様な奴だった……。

 

「うう……私のご飯……」

 

 ご飯を失ったリザは悲しみに明け暮れながら真璃から貰った細いビーフジャーキーを齧っている。流石に哀れだと思ったので、私はもう一方の手に持っていたコンビーフの缶をぐいっと彼女の胸に押し付けた。

 

「えっ!? こ、これ、貰っていいの!?」

「うん。……食欲無いから」

「心の友よーっ!」

 

 リザの全力のハグが私を包んだ。息苦しいかと思ったら、別にそんなことは無かった。むしろ彼女の肌が不思議なくらい瑞々しく柔らかいので、さながら全身をクッションで包まれたような気分だ。

 

 うん、いいな、これは。

 

「この恩は必ず返すから! ちゃおー!」

「……ちゃお~」

 

 リザは喜びのあまりピョンピョンと跳ねながら最後には天幕にダイビング。こっちもこっちで嵐だ。つまりあの食料の奪い合いは嵐と嵐がぶつかっていたという訳か。そりゃ荒れる。

 

「……寝よう」

 

 今日は色々あり過ぎて、流石に疲れた。

 

 私は壁のでっぱりに掛けられていた薄汚れた毛布を手に取り、自身に割り振られた天幕の中で毛布に包まった。

 数秒もせず同居人の一人が十分な温もりを求めて抱き付いてくるが、何年も前からこんな感じなのでもう気にすることでもない。少し暑苦しいが、寝ること自体に問題は全くない。

 

 瞼を閉じながら、頭の中で気になる単語を反芻させる。

 

(『ガストレア』……『呪われた子供たち』……モノリスに囲まれた『エリア』……)

 

 私が持っていた『知識』には全く存在しなかったそれら。終わりゆく世界を作り上げた化け物たちと人類がなけなしの努力で作り上げた偽りの平和を成り立たせるための鳥籠。

 

 その中で周囲に責められながら懸命に生きようとしている私たちは、一体どんな選択をすべきだろうか。

 

 このまま下水道で、コソコソと盗みを働きながら惨めに生きるか。

 

 現状を改善するために理想を持って立ち上がるか。

 

 

(――――生きるって、難しいな)

 

 

 本当に、酷い世界だ。

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「ぶべらっ!?」

「あっ」

 

 本当に酷い世界だと思う。私は蹴り飛ばされて地面を転がりながら昨夜寝る前に独白した言葉を思い返し、そんな結論を出した。

 

 今私が何をしているのかと言えば、何の変哲もないスパーリング、組手、戦闘訓練だった。

 

 何故そんな事をしているのかと思うだろう。なんて事は無い、私の戦闘スキルがクソ雑魚なままだと今後に支障をきたす可能性が高いため、こうやって他の食糧調達班と共に力や技を磨こうとしているのだ。

 

 今の今まで物を袋に入れて走ることしかしてこなかった私を舐めるがなかれ。戦果は今のところ全戦全敗。各自の保有している『呪われた子供たち』としての特殊能力無しでの組手でこれだ。とはいえ年齢差や経験の差が大きすぎるという格差があるので、当然の結果と言える。

 

 でも流石に非戦闘員の真璃にまで負けるとは思わなんだ。

 

「レ、レーナちゃん! 大丈夫!?」

「う、うん……だ、大丈夫」

「ふむ……身体はそこそこ頑丈だな。力と速度を鑑みるにバランス型……。こういうタイプが一番育成が面倒なんだよな……はぁ」

「レーちゃんよわーい」

「よわっちぃ~」

「……ザコい」

 

 先輩たちからの辛辣な評価に私は何も言い返せず、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 ――――『呪われた子供たち』は保有する動物因子によって大まかにパワータイプ、スピードタイプ、バランスタイプの三つに分かれる。

 

 パワータイプはゴリラや象、牛などが想像しやすいか。

 力の解放に伴い筋肉量が膨れ上がり、ウィルスの恩恵による生来の筋力に上乗せする形で他の追随を許さない圧倒的な破壊力を生み出す。誰かがパワー型は動きが鈍重、などと言っていたが、それにはこう返そう。ヘビー級プロボクサーのパンチが遅い訳ねーだろドアホ。

 

 しかし欠点として攻撃が大振りになりやすいことが多く、隙を突かれると崩れやすいという弱点を持つ。

 

 スピードタイプはウサギやチーター、馬などの類だ。

 字に書いての通り、瞬発力がとても発達しており凄まじく動きが速い。一部の熟練者は影すら残さず縦横無尽に動き回り相手を翻弄するという。パワータイプもある程度の速度は出せるが、やはり純粋な敏捷特化型と比較すればその差は愕然とする程大きい。人知を越えた速度から繰り出される攻撃は十分な破壊力を持っている故に油断などしていたら肉片に変えられる。

 

 欠点として狭い空間では自爆しかねないため十全に速度を出せず、パワー型と比べればやはり攻撃力不足な所が否めない所か。普通のガストレアを撃滅する程度ならば全く問題は無い様だが。

 

 そして最後にバランスタイプ。殆どの動物がここに属し、多少の差異で『パワー寄り』やら『スピード寄り』やらと割と適当に振り分けられる。

 戦闘能力は、よく言えば万能型。悪く言えば器用貧乏。詰んだ経験量が同じならば余程工夫を凝らさない限りは特化型に絶対に勝てない宿命を持つ悲しいカテゴリ群だ。無論尋常じゃない経験を積んだなら凄まじいパワーとスピードを両立させることが出来、半端な特化型なら多数相手にしても蹴散らせるらしいが、そこまで至れるのはごく一握りくらいだ。

 

 欠点は前述したとおり、パラメーターがばらけ易いため一発の破壊力では特化型に劣るという点か。一応固有能力のバリエーションが豊富というメリットがあるが、正直運の要素が強いので何とも言えない。

 

 ……それで、だ。特殊能力すらわからない練度ほぼゼロのバランスタイプがそこそこ経験を積んだ奴らに勝てるわけがあるだろうか? 結果は見ての通りだ。無理。

 

「変に技を教え込むより基礎基本を鍛える方がいいか……。おいガキんちょ! 訓練は一先ず終了だ。お前にはまだ早かった」

「……もうちょっと早く言ってほしかった」

「知るか。それよりも、昨日言ったと思うがお前に仕事を任せる。拒否権は無い」

 

 このリーダー、素直に尊敬できる所を見せてくれたと思ったらこう言うところでマイナス点を稼いでいこうとしているのは何故なのか。もうそういう性分なのかもしれない。

 

 全身が訴える鈍痛を我慢しながら起き上がると、イーヴァは私の前に赤色と青色のポリタンクをいくつか放り、次にキャンプ用のキャリーカートを出した。ポリタンクから仄かに香るのは……灯油と、ガソリンの臭い?

 

「???」

「内地まで行ってガソリンと灯油を買ってこい。青が灯油で赤がガソリンだぞ。ああ、それ用の服も渡さないとな。流石にその身なりじゃ直ぐに外周区暮らしだってバレるだろうし」

「え? え?」

 

 ガソリンは、恐らく車両を動かすことに使う燃料だという事はわかる、しかし灯油は一体何に使うつもりなんだろうか。下水道内で使っている照明は全部安価なLED製だ。コンロやストーブだって中古の電気式だし、灯油なんて使う用途など――――

 

「……言い忘れていたがな、私たちの暮らしている下水道に電線なんてものは引かれていないぞ」

「え、じゃあ今までどうやって……」

「アレだよ」

 

 イーヴァが指をさした場所には、錆びだらけの機械がぽつんと置かれていた。その機械からは無数のコードが繋がれており、下水道へと続いている。

 保有していた知識と照らし合わせてみて、初めて理解する。……ディーゼル発電機。そうか、そう言う事か。

 

「燃料自体はまだ余裕はあるが、夏になる前に色々備えないといけないんだよ。夏季に入ると下水道の中は熱すぎて生活すら儘ならないから、秋になるまで地上で凌ぐ必要性が出てくる。そうなると今以上に燃料を消費するからな。ほら、代金だ。無くすなよ」

 

 イーヴァが手渡したボロ雑巾の様な財布の中を確認してみると、そこそこのお金が入っているのが確認できる。こんなお金一体どこから――――いやまさか。

 

「……えっと、もしかして」

「あん? ああ、スーパーからいくらかくすねてきた。化石燃料の類を取り扱う店は都心近くにしかないからな。流石に盗むにも逃げきれない可能性がかなり高い。ある程度リスクを加味して、正攻法が一番確実と判断したんだ」

 

 ……食糧だけでなくお金まで盗んでいたとは、抜け目がない。その蛮族っぷりに私は感心半分ドン引き半分といった珍妙な顔を浮かべてしまう。

 

 この行為に慣れるいつかまではこの抵抗感と共に過ごすことになりそうだ。

 

「――――あら、皆さん随分泥だらけになっていますね~。駄目ですよ、ちゃんと綺麗にしなきゃ」

「来たか、シル。生糸はどれぐらい用意できた?」

「えーと、三キロ程ですね。すみません、最近出が悪くて……」

「いや、問題ない。そいつを使った収入は扱い切れない資源の処分ついでなんだ。気にするな」

 

 下水道に繋がるマンホールから大きな箱を抱えた温和そうな少女が出てきた。

 

 その少女は髪だけでなく肌まで真っ白で、少し力を入れれば折れそうなほどにとてもか細げな身体をしている。栄養失調……にしては少々肌が綺麗すぎるか。恐らく先天的な疾患か、モデルになった動物の影響だろう。

 

 太陽光を受けても特に苦しそうでは無いことから、後者の線が強いか。

 

「よし、アホマリ! こいつと一緒に内地に行ってコレ売ってこい。多少足元を見られても構わん」

「え? 私でいいの? 今日は年長組でジャンク拾いの日じゃ……?」

「そいつ一人だと何処かで野垂れ死にそうなんだよ。いいから行ってこい。お前一人抜けた所でどうにでもなる」

 

 敢えてこの言葉を好意的に解釈するなら、『一人で行かせるのが心配だから年長者のお前が付いて行ってやれ。フォローはこっちでやっておくから』という言葉に変換できるだろう。実際、言葉の端々に悪意は感じられないので、そう言った意味合いだと思う。真璃もそう受け取ったのか変わらずニコニコしているし。

 

 イーヴァの口には言葉を改悪させるフィルターでも着いているのかと思えてきた。とはいえ環境が環境だし、もうかれこれ四年間も付き合っているので大分慣れてしまったが。

 

「ほら、綺麗な服だ。汚すなよ。それと外周区近くで着るんじゃないぞ。身なりが良いと襲う奴らがごまんといるからな。内地のトイレか何処かで着替えろ。それと――――アホマリ! ……極力騒ぎは起こすなよ」

「オッケー! だいじょーぶ! どーんと任せて!」

「お前の『大丈夫』は一生信用できそうにないわ……」

 

 その言葉には大いに同意の意を表明したい。

 

「さあレーナちゃん! 早速出発しよう! 油を売ってるところも知ってるから、このおねーさんが案内してあげよう!」

「う、うん……」

「ふっふっふ~、レーナちゃんとデート♪デート♪」

「ほざいてないでとっとと準備しろボケども」

「ぴゃあ!?」「ったぁ!?」

 

 そんな感じで私たちはリーダーに尻を蹴られながら内地へと出発の準備を始めた。

 

 車は食糧調達か緊急時以外は使わないので、移動手段は基本的に徒歩に限定される。しかし徒歩とはいえ”私たち”の場合は『力』を最低限解放すれば片道一時間もかからないだろう。本当に肉体労働するときだけはつくづく便利な体だと思う。

 

(……都心、か)

 

 折角の機会だ。存分に見物しても罰は当たらないだろう。同伴者が真璃だというのが少々……凄く不安だが、なるようになれ、だ。

 

 私は都心部への小さな期待を胸に、キャリーカートを引きながら真璃と共に歩を進めた。

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「デート♪デート♪レーナちゃんとデート♪」

「………………」

 

 ガラガラとキャリーカートが引かれる音と一緒にそんな鼻歌が隣から聞こえてくる。自分はダウナー気味なのに隣人のテンションはハイと来た。一体どんな対応をすれば正しいのか、私の中のマニュアルには記されていなかった。

 

 友人、もしくは妹の様な子と買い出しに行くというのは果たしてデートと言えるのだろうか。女子同士でショッピングと言った方が正しいはずだが……嬉しそうな彼女の気分に水を差すことなど私には出来なかった。

 

 たださえ日常的に窮屈を強いられているのだ。こんな時くらい好きにやらせた方が良いに決まっている。

 

 割といつも好きにやっているような気がしなくもないが。

 

「……えーと、レーナちゃん。もしかして私と一緒は、嫌だったり?」

「え? いや、別に、そんなことは……」

「じゃあもっと笑おうよ~。レーナちゃん可愛いんだからさ~」

「と言われましても……」

 

 今歩いているところが何の変哲もない都市だったら笑っていただろうが、残念ながら今現在歩いているところは外周区内。ギラギラした目をしている大人たちと必死に物乞いをしているストリートチルドレンがそこいら中に散見できる場所だ。どんな気分で笑えというんだ。

 

 この状況で笑える真璃は実は腹黒なのではないかと言う疑いが私の中で芽生えてきた。

 

「うん、確かに気持ちはわかるよ? でもね、私の言う笑顔は『嘲笑う』んじゃなくて『微笑む』の方なんだよ? 誰かが笑顔を浮かべれば、暗い空気も少しは良くなるって、私は思ってるから」

「それは……そうかも、しれないけど」

「それに、レーナちゃんってあんまり笑わないから……。折角こんなに可愛いんだから、女の子としてもっと可愛さを作らなきゃだめだよ?」

「……そうかなぁ」

 

 言ってしまえば、私は今現在もなお、”女性”という自覚が希薄だった。

 

 別に前世が男だったわけでは無い。かと言って女とも断言できない。今の私の精神的な性別状態を表現するなら、”中性”もしくは”無性”だ。

 

 一言で言えば性別に無頓着なのだ。本来ならば成長と共に形作られるはずの男女の自意識が、過程をすっ飛ばし成熟してしまっているためか成長の余地が無い状態になってしまっている。

 

 とはいえ、それでも女性として四年も過ごせば微細な変化は起こっているはずなので”女性寄りの中性”と言い表してもいいのかもしれない。自覚があるとは、言い難いが。

 

(……まぁ、正直どっちでもいいんだけど)

 

 楽観視と言われたら否定できないが、こればかりはどうしようもない。私は精神医学を修めているわけでは無いだから。改善するための策が無いのだから放置するしか無い。

 

 それに、今はそんな問題を気にするより一日一日を生き抜く方が余程大事だ。

 

 素早く結論を出して思考を切り、その後は真璃の会話に対して適当に相槌を打ちながら数十分ほど歩き続け――――ようやく目的の内地へと私たちは到着した。

 

 周りを見渡せば外周区の廃都とは比べ物にならないほどの綺麗な建築物や自然環境だ。控えめに言ってあの劣悪な環境の下水道から即刻此処に移り住みたいと思える程に。

 叶わぬ願いだとわかりながらも、やはり整った環境と言うのは魅力的過ぎる。財政に余裕があれば……いや、無理か。恐らく戸籍や保護者すら存在しない『呪われた子供たち』だという理由だけで追い出されるのがオチだ。

 

「ほらレーナちゃん、早く着替えよ?」

「あ、うん!」

 

 モタモタして居られない。周囲に人影が少ないうちに早く着替えねば、この身なりだと外周区出身のストリートチルドレンだと一発で見抜かれるだろう。

 

 キャリーカートを引きつつ私たちは最寄りの公衆トイレを発見。その中の個室で各自に与えられた綺麗な衣服に着替えた。

 

 私に与えられたは飾り気の少ない白のワンピースとそこそこ歩きやすいサンダル、そして簡素な麦わら帽子だった。私はそれらを軽く眺めた後、トイレにある洗面台から水を出し、軽く髪や身体を洗ってトイレットペーパーで水分を拭きとり着替えを始めた。

 

 着替えは数分もかからずに終了し、此処まで来るのに着ていた服は私服が入っていた紙袋によく畳んでキャリーカートに置く。それらの作業を終えれば、丁度着替え終わった真璃がトイレから出てきた。

 

「お待たせ~。待った?」

「ううん、私も今終わった」

「そっか。あ、どうかなこの服。似合う?」

 

 真璃が着ているのは青いパーカーにハーフパンツ、靴はスニーカー。最後にいつものベレー帽と中々にボーイッシュなものだった。遠目から見れば男の子に見えそうなくらいだ。

 しかし普段から快活な彼女には妙にピッタリに思えてくるのだから実に不思議だった。

 

「うん、似合ってるよ」

「えへへ、ありがと。それじゃ、出発しんこー!」

 

 元気な掛け声と共に、私たちは歩くのを再開する。

 

 最初に訪れたのは仲買人の元だった。私たちに渡された出所不明の生糸――恐らくそう言った能力を持つ子供が作り出したと思われる――は、仲買人を介すことで売ることができる。何故そんな遠回りなことをするのかと言われれば、やはり私たちが”子供”だからだろう。

 どこの世界に子供の持ってきた物を大真面目に買おうとする馬鹿がいるのか。例え品質が保証されていようとも”信頼”がなければ物は売れない。

 

 故に仲買人、即ちブローカーを通じて匿名で売りに出すことで正規の方法と比べれは格段に安くはあるが売りつけることはできるのだ。

 

 それに今の時代に天然繊維はとても高価であり、買い手は意外と多い上にそこそこ高値で購入してくれるのが救いだ。売り上げの何割かは介在料で持っていかれるが、何も得られないよりかは遥かに良いと言える。

 

 私たちが接触したのはさながらヤクザのような強面の仲買人だった。しかしどうやらかなり昔から交流があるようで、特にこれと言った問題は無くスムーズに糸の売買作業は進んだ。売り上げの四割を持っていかれたのは流石に法外だとは思うが、半分以上持ってかれなかった事で良しとして私は苦言を飲み込んだ。

 

 次にガソリンや灯油だが――――意外にもこちらもトラブルの類はなく、普通に各種をポリタンク四個分程購入して事は終了した。

 

 事前予想に反してここまで荒波が立たなかったのは、やはり『顔馴染の店』を利用したことが大きいか。様子から察するに年単位で関わりがあるのだろうし、真璃のスマイルスキルによって相手にあまり警戒心を与えなかったのも大きい。

 

 笑顔にそんな使い方があったとは……もしやこれを狙っていつもニコニコしている――――訳ないか。

 彼女がそのような悪辣な性格だとはとても思えない。真璃の笑顔の裏にそんな黒い感情があったら私は人間不信になれる自信がある。

 

「あ、レーナちゃん、お腹とか空いてないかな?」

「はえ?」

「ほらあそこ。たこ焼き……ってわかるかな? 前一回食べてみたんだけど、美味しかったなぁ……あ、お腹空いてるなら買ってくるよ?」

 

 帰り道、すっかり夕焼けが差している国定公園を通り過ぎようとして、唐突にそんなことを言い出した真璃が指さした先には確かに小さなたこ焼きを売る屋台があった。人もそこそこ集まっており人気そうだ。

 よくよく耳を澄ませば真璃のお腹から小さな音が出ており、小腹が空いていると察せられる。因みに、当の私は特に空いていなかった。昨夜余り食べなかった事がバレたせいでイーヴァから朝を少し多めに貰ってしまったせいだろうか。

 

 隣をチラリと見れば真璃の口からは涎が垂れている。ああ、うん、私を口実にして食べたいのね。

 

 財布に余裕は、ある。イーヴァがいざという時のために余分に入れてくれたのだろう。たこ焼き六個入りを一つ買うだけなら十分すぎる程の金額だ。

 

 苦笑を浮かべながら私は首を縦に振った。顔をパーッと輝かせた真璃は「行ってくるね!」とはしゃぎながらたこ焼き屋に駆けだした。

 イーヴァからは無駄な出費だとかグチグチ言われそうだが……初めて内地に来た記念だ。大人しく二人で怒られよう。

 

「ふぁ~~~……眠い」

 

 大きな欠伸をしながら、私は最寄りのベンチに腰掛けた。遠目に見れば、真璃の並んだ列は少し多い。客の消費速度を鑑みるに後五、六分くらいかかりそうだ。それまではこのベンチでゆったりと休憩させてもらおう。

 

 ……こうして暖かい夕焼けを浴びていると、この世界が終末に向かっているのが嘘のように感じる。

 

 『呪われた子供たち』やら、ガストレアやら、そう言う物が夢であってくれたら――――そんなことを一体これから何度思えばいいのか、私にはわからない。

 

 今はとにかく、この心地よさを少しでも長く堪能しよう。

 

「――――あー、クソッ。どうすりゃいいんだってんだ。子供と仲良くなる方法なんて知らねぇし……。木更さんは木更さんでイニシエーターだからって敵意剥き出しだし……。俺一人でどーしろってんだ、ったく……」

「ん……?」

 

 そんな恨めしい呟きが同じベンチの反対側の端から聞こえた。

 

 閉じていた瞼を開けて視線を向ければ、線の細いボサボサ頭の少年が高速で貧乏ゆすりをしながら俯いていた。

 その顔はかなり整っており、しっかりと管理すればモデルとして食っていけそうなほどだ。……が、顔の節々からにじみ出る不幸オーラで色々と台無しになっている。赤の他人である私から見ても将来苦労しそうだと直感で理解できた。

 

 彼の姿を真顔でじーっと見つめていると、私の視線に気づいたのか少年が不機嫌そうな顔で私を見返してくる。

 

「あぁ……? ……何見てんだよ」

「あ、えっと、すみません。何でもないです――――不幸顔さん

「はっ倒すぞテメェ――――ッ!!?」

 

 つい出てしまった本音は(当り前だが)少年を激怒させてしまう結果に終わった。

 

 

 




初対面の幼女から不幸顔呼ばわりされる蓮太郎君の心境や如何に。
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