赤の女王   作:HIPのYOU

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クッソ今更ですけどブラック・ブレット8巻発売は何時になりそうなんですかねぇ……(叶わぬ願い)


四話:人、それを『勇気』と言う

「――――ってな訳なんだよ……」

「はぁ……」

 

 今更なのだが、何故私はこんな所で歳が二倍以上離れていそうな少年のお悩み相談など受けているのだろう。

 

 いや、発端についてはわかる。私が不注意にも本音を漏らしたことで少年は激怒、というほどでもないが憤り、その詫びとして軽く愚痴を聞くことにしたのだ。

 

 少年はその提案に少しだけ抵抗したものの、やはり精神的に参っていたのだろう。そのまま崩れるように胸の内に溜めている不平不満を私へと打ち明けてきた。

 

 美少女社長がメシマズでつらいやら、美少女の支援者(パトロン)の子がやたらとベタベタしてくるので一般の思春期男子には色々キツイとか、その社長と支援者の仲がアホみたいに悪くて間に挟まれると精神がガリガリ削られるやら、諸事情があって一緒に住むことになった子供とギズギズしているやら、お金がなくてつらいやら――――この少年、まだ若いというのにもう色々苦労しているようだ。

 今の時点でコレなのだから将来はどれだけの苦労を背負うことになるのか想像もつかない。

 

「まぁ、木更さんと美織の件は永遠に解決できそうにないからともかく……なぁ、お前みたいな子供って何をされたら一番嬉しいんだ?」

「私の場合は……そう、ですね」

 

 正直私を女児というカテゴリに収めていいのか非常に疑問なのだが、折角相談されたのだから答えくらい返すべきか。

 

 子供されて一番嬉しいこと――――強いて言うなら、美味しいものを食べる事や服とかアクセサリーを貰う事、後は一緒に遊ぶことくらいしか思いつかない。

 人間、腹いっぱい食えば大抵の悩みはすっ飛んでいくし、そこそこ綺麗な装飾品を貰えば機嫌は良くなる。相手が小食で金属アレルギー、そしてインドア派なら話は別だが。

 

「って言うのはどうでしょうか」

「飯と贈り物と、一緒に遊ぶ、か……。飯はともかく贈り物は懐事情の問題で厳しいな。遊ぶにも、基本拒否か無視されるし、難しいかも知れねぇ」

「……そもそも、その子供とは一体どれくらいの付き合いで?」

「あぁ? えぇと、まだ一週間ちょいくらいだけど、これは多分時間の問題じゃねぇな。詳しくは言えないんだが、そいつは前に居た所で大人に酷い目に遭わされたらしくてな。まぁ、人間不信ってやつだよ」

 

 ――――もしかしてこの人は、外周区育ちのストリートチルドレンを引き取ったのか?

 

 可能性は高い。少なくとも今のご時世、人間不信、特に大人に信用を置いていない子供など外周区の劣悪環境かつ悪辣な大人たちに囲まれて育った子供くらいしかいない。

 

 だとすれば、その子供とこの少年が信頼関係を築くのは困難を極めるだろう。何せ好感度初期値がマイナスなのだ。一筋縄では行かない。

 

「……とりあえずは、貴方がその子供に対して真摯に向き合って根気よくコミュニケーションを試みるのが良いかと。今下手に何かを与えたら『何かを企んでいる』と勘繰られかねないので、時間をかけて付き合うのが最善だと思います」

「そう、か。……わかった、言われた通りにやってみるよ。駄目だったら、また方法を探ってみる」

「ええ、諦めないのが肝心ですよ。頑張ってください」

 

 世論がすっかり『呪われた子供たち』への差別に向かっているこの時代で、ガストレアの血を持っている可能性が高い外周区の孤児を育てようなんて物好きは居ないと思ったが、どうやら違ったらしい。

 

 少年の目を見れば、彼が決して悪しき物で無いと何となくわかる。きっと彼ならばその子供と正しく向き合って絆を紡ごうとするだろう。個人的には是非とも今後も彼を応援したい。

 

「レーナちゃ~ん! お待たせ~……ってアレ? その人誰?」

 

 こうして少年からのお悩み相談が終了した頃、遠くから真璃がホカホカのたこ焼きを持ちながら駆け足で戻ってきた。芳ばしい香りが空いていないはずのお腹を的確に刺激してくるが、それよりまず隣にいる少年の事を説明せねば。

 

「お帰りなさい真璃。隣にいるのは世間の荒波に揉まれてすっかり意気消沈し、ついには四歳児に人生相談を持ちかけてきた不幸顔系男子です」

「えっ……それはお気の毒に……たこ焼き食べます?」

「違ぇよ同情すんな!? 大体お前が相談くらいなら聞くって言ったから話したんだろうが!?」

「いやだって、本当に話すとは思わなかったので……」

 

 適当に提案したら相手がマジで乗ってきたみたいな。

 

「ったく、本当に四歳かよお前……鯖読んでないだろうな?」

「ちゃんと四歳ですよ。もうすぐ誕生日らしいので実質五歳みたいなものですけど」

「五歳でも信じらんねぇよ……」

 

 私もこんな四歳児がいたら「嘘だろ」と言いたくなるよ。気持ちはわかるぞ少年。蝶の幼虫に何故かもう羽がついててそこら辺を飛び回っているみたいな意味不明さだ。実際私の存在は自然の摂理に真っ向から喧嘩を売っていると思う。

 

「あっ、どうもお兄さん、日和野 真璃です! こっちはレーナ! お兄さんのお名前は?」

「俺の? 俺は……里見(さとみ)里見 蓮太郎(さとみ れんたろう)。今年で十五歳だ。……所でお前ら、保護者はどうした? それらしき人は見当たらないんだが……」

「あー……それは、そのー……」

「大丈夫です! ちゃんと二人で家に帰れますから!」

「そうなのか。まだ小さいのに凄いな」

「えへへ……」

 

 里見蓮太郎という少年は真璃の言葉を聞いて素直に感心したのか、私たち二人の頭を撫でてきた。

 

 年上の男に頭を撫でられるなんて初めての体験だった。彼の手は細身の筈なのに、とても大きく感じる。仄かに伝わる温かみも、予想以上に心地が良い。誰かに褒められながら撫でられるというのは、此処までの魔力を持っているのか。実に意外だ。

 

 しかし何故だろう。私を撫でている彼の右手――――少しだけ、重々しいような……?

 

 

「――――この”赤目”がッ! 人間様から金をせびろうなんて生意気なんだよ!!」

「あぐっ! や、やめっ、ひっ……!?」

 

 

 思考が、止まる。

 

 無意識に怒号が発せられた方向に視線を移すと、予想通りの光景が見えた。

 

 ガラの悪いチンピラの様な外見の青年が、ボロボロの衣服を着て路上で物乞いをしていた少女を何度も踏みつけていた。その行為は何処からどう見ても手加減されている気配はなく、蹲る少女からは身体の至る所から出血している。

 

 思わず飛び出そうとして――――しかし蓮太郎が私たちの視界を体で遮ってしまい、その行為は中断してしまう。

 

「……おいお前ら、早く帰れ」

「な、なんで――――」

「いいから帰れ! 子供があんなもの見るんじゃねぇ……ッ!」

 

 彼は歯を食いしばりながら私たちを彼方へと押しやろうとしている。純粋な善意から行われているのは理解できる。だが、それに甘えてアレを見逃すわけにはいかない。思わず彼に抵抗仕掛けた――――が、真璃が無言で私の服の裾を掴んでそれを阻んだ。

 

(なんで――――)

 

 真璃が同じ”子供たち”を見捨てる選択をするとは思えず振り返ると……笑顔を浮かべた、しかし目が全然笑っていない真璃の顔がそこにあった。

 蓮太郎は何も思わなかったようだが、いつもの笑顔を見慣れている私からするとゾッと肝が冷える程の恐ろしい笑顔だった。明らかに何かを企んでいることは彼女と親しいものならば一瞬で見抜けるだろう。

 

「レーナちゃん、行こ?」

「あっ、はい」

「……気を付けて帰るんだぞ」

 

 そんな蓮太郎の優し気な言葉に見送られならが、私たちは一時的にこの場を去った。

 

 一分ほど歩いて、ある程度人気の無いところまで出た瞬間、真璃は荷物の中から”ある物”を取り出し、その瞬間私は今から真璃が実行しようとしていることをある程度察してしまう。

 

 その時の私の心を一言で表そう。

 

 

 嘘だろオイ。

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 俺は二人の子供を直ぐに帰路に着かせた後、後ろ腰のベルトに挟んである拳銃を抜き放ちたい衝動を抑えながら少女を足蹴りにしている青年へと詰め寄って肩を掴んだ。

 

「おいアンタ! なにやってんだッ!」

「あァ? 見りゃわかんだろうが。生意気な”赤目”を躾けてるんだよ。人間様の住む所に二度と出れないようになッ!」

 

 明らかにヤンキーと思しき青年は声を荒げながら再度強い蹴りを蹲っている少女の腹に入れる。

 

 それによって少女は口から胃液を血と共に勢いよく吐き出した。当然だ。『呪われた子供たち』は不死身でもなんでもない。ただ常人より少し力と再生力が高いだけだ。子供が大の大人に何度も蹴られればこうなるのは自明の理だった。

 

「もうやめろ! 相手は子供なんだぞ!? このまま続けたら死ぬぞ!」

「……んだよ。テメェ、この化け物の味方をするのか? アァ?」

「ッ……!」

 

 周囲を一瞥すれば、全員がこちらを避けるように動き始めている。客観的な目で見ればガラの悪い青年が年端もいかぬ少女を暴行している光景だというのに、誰も警察に通報する様子はなかった。

 当り前だ。暴行を受けているのは『呪われた子供たち』――――一般世間ではガストレアと同列に扱われている”化け物”なのだから。

 

 むしろここで助けに入ろうとした俺の方が異端と言えるだろう。

 

(だけど、よ――――ッ)

 

 俺だってつい一週間前は『呪われた子供たち』に対して良い感情は持っていなかった。いや、むしろ恨んでいたと言っても過言では無い。無辜の人々を襲うなら容赦なく撃ち殺してやるという気概もあった。

 

 しかし直接見て、ようやく気付けたのだ。

 

 あの子達は呪われてなどいない、ただの少女たちなのだと。大人が守らなければならない存在だと。なのに、この光景は何だ。何故大人が子供を殺そうとしている現実を、彼らは平気で許容できるのか俺は一片たりとも理解出来なかった。

 

 確かにガストレアウィルスを保菌しているとはいえ、彼女らが世界を滅茶苦茶にしているわけでもなければ、人類を此処まで追い詰めたわけでもないというのに――――!

 

「チッ、いつまで人様の肩掴んでんだ! 失せろガキが!!」

「ガッ――――!?」

 

 視線を男から蹲った少女へと移した瞬間、男から放たれた裏拳が頬に刺さった。

 

 いつもの調子ならば避けられたはずなのに、衝撃的な光景を目の当たりにして注意散漫になってしまったのか。俺は尻もちを着きながらも「正当防衛だぞ」と小さく呟きながら拳を握ろうとして――――

 

 

 

「――――待てィ!!」

 

 

 

 ――――して、背後からそんな鋭い声がして思わず振り返った。

 

 そこには、カオスがあった。

 

 

 

「悪の暴力に屈せず、恐怖と戦う正義の気力!人、それを……『勇気』という!」

 

「な、なんだテメェはッ……!?」

 

 

 二つの街灯の上に、二人の影が佇んでいた。

 

 恰好こそ外周区のストリートチルドレンのようなみすぼらしいものであったが、その堂々とした佇まい――片方は何故か悶えていたが――から放たれる覇気は周囲へ自身がただ者ではないことを示している。

 

 何より特徴的なのは顔に付けている仮面。その仮面はまるで――――今年から放送が始まり謎の層から人気を獲得している『赤穂浪士魔法少女萌え』という理解不能ジャンルのテレビアニメ『天誅ガールズ』のキャラクターを模した、スーパーで売られているような成り切り仮面だった。

 

 ……いや、何でだよ。

 

 

「不当な暴力を振るう悪漢を倒す正義と子供の味方! 天誅レッド!!」

 

 

「あー……そのー……天誅ホワイトです。よろしく……」

 

 

「――――あなたの心臓(ハート)に天誅天誅♪」「…………てんちゅーてんちゅー」

 

 

 その時の俺の気持ちは、きっと将来になっても言葉で表すことはできないだろう。いや、どう現せというんだこんなの。

 

「な、なんなんだテメェら! ふざけてんじゃねぇぞガキ共が!」

「そうだよ天誅ホワイト! もっと腹から声出して!!」

「だ、だってぇ……!」

 

 どうやら天誅ホワイト(仮)は巻き込まれ体質らしいと俺は直感的な何かで理解出来た。思わず同情の視線を投げてしまう。あちらも同情されたのを理解したのか、頭を抱えて今にも泣き出しそうな様子だ。

 

 数秒程使って俺は冷静になり、じっと彼女らを観察した。すると何故彼女らが現れたのかがわかる。

 

 仮面の目の部分に開けられた穴から見えるのは仄かな”赤い光”。瞬時に俺は彼女らが『呪われた子供たち』だと理解出来た。故に、息を飲む。

 

 ――――まさか、騒ぎを起こすつもりなのかッ!? この内地で!?

 

 内地と外周区では警備の量と質が文字通り桁違いだ。もし彼女らがここで傷害沙汰を起こし、警察を呼ばれた場合逃れるのは至難を極めるだろう。

 だというのに彼女らに躊躇の色は見えない。まさか、玉砕前提で――――

 

「クソッ、おいテメェら! 寝てないで手伝え!」

「え~、みっちゃんが『とにかく赤目をボコしたい。邪魔するなよ』って言ったから引っ込んでたんじゃん」

「ミツオ、俺この前バラニウムの弾丸手に入れたんだよ。試してもいいよな? な?」

「ヒャッホーウ! 俺のトカレフが火を吹くぜ~!」

 

 ヤンキーの男が遠くで駄弁っていた者達を呼び寄せた。よく見れば全員銃を持っている。

 

 おい嘘だろ。ここで乱射騒ぎでも起こす気なのか。――――そうだ、こいつ等は恐らく『呪われた子供たち』を口実に射的ゲームをやってしまう気なのだ。

 周囲に一般人もいるというのに一切戸惑う様子が見えない。

 

(一体どっちが化け物だってんだ……!)

 

 俺はすぐさま立ち上がり、後ろ腰に挟んであるXD拳銃のグリップに手を添える。『呪われた子供たち』云々はもう関係無い。ここで俺が制圧しなければ一般人にも被害が出かねない。

 

 ――――だが、結果的に言えば俺の出番は回ってこなかった。

 

 当然と言えば、当然だった。

 

 彼らが相手にしたのは、内地では滅多に見ることのない”実践慣れした子供たち”だったのだから。

 

 

 

「――――天誅、キィィィィィィック!!!」

 

 

 

 一瞬の出来事だった。

 

 街灯の上から最小限の加速、しかしそこから生み出されたのは常人からすれば三十メートル以上の距離をほんの一、二秒前後で埋めるほどの速度。その勢いを乗せた天誅レッド(仮)の飛び蹴りがミツオと呼ばれた男の腹に突き刺さった。

 

「――――は、がッ?」

「ふんぬッ!!」

 

 トドメに天誅レッド(仮)は腹に叩き込んだ足を折りたたみ、滞空したままもう一度ミツオという青年に蹴りを叩き込んだ。するとどうだろうか。青年はまるでゴムボールの様に公園の芝生の上を何度も跳ねて、最終的にははるか遠くの針葉樹の幹に背中から衝突した。

 

 見た限り血は吐いていないので、致命傷にはならなかったらしい。放っておけば確実に後遺症は残るだろうが。

 

「は? えっ、は?」

「お、おいみっちゃん……う、嘘だろ?」

 

 公園に居た全員が茫然としている。

 

 まさか、こんな所で『呪われた子供たち』が暴れ出すとは、露程も思っていなかったからだ。普通は暴れるとは思わないだろう。彼女らの精神はどうあがいても十歳以下の女児からは逃れられないはずで、他人を平気で傷つけられるようには作られていないはずだった。

 

 ――――だが、その不文律が街中で破られたら、どうなるのか。

 

 人外の力を持つ者が、明確に人への敵意を抱いて暴れ出したら。

 

 

「う、うわぁぁああぁあぁぁあああああああッ――――!!?!?」

 

 

 それからはもうてんやわんやの大騒ぎ。阿鼻叫喚の光景が出来上がってしまった。

 

 自分の命を奪える存在がソコにいるのだ。誰だって死にたくないから、逃げる。怖いから、逃げる。故にこの混乱は必定。

 名も知らぬ男性の悲鳴が恐怖と共に伝染しだし、まるで蜘蛛の子を散らすように人々は逃げていった。

 

 少女に暴行を加えていた青年の連れ以外は。

 

「よっ、よくもミツオをっ、この化け物がァァァッ――――!!」

 

 トカレフを持っていた青年が怒りと恐怖を混ぜ合わせた様に顔を歪ませながら天誅レッド(仮)へと銃弾を乱射した。俺は思わず悲劇を夢想したが、結果は真逆。

 天誅レッド(仮)は流れるように全ての弾丸を躱し、気づけばトカレフの青年の眼前まで迫っている。

 

「ふっ――――」

 

 超速の蹴り上げがトカレフの青年の顎を穿つ。打ち上げられた青年の体は空中を三回転して公園の噴水に叩き込まれた。起き上がる気配は無い。あそこまで綺麗に顎に入ったのだ、暫くは起きない。

 

「死ね”赤目”がッ!!」

「――――させない」

 

 攻撃後の無防備な所を狙おうとしたのだろう。震えながらリボルバーを構える青年は後一秒で引き金を引けるところまで行き、しかし寸前で横からの蹴りが青年の持つ拳銃を弾き飛ばした。

 それを行ったのは天誅ホワイト(仮)だ。レッドと比べればかなり小柄で瞬発力も控えめだが、この場に置ける脅威度は十分。更に弾き飛ばされたリボルバーをキャッチし、躊躇なく青年へと構える。

 

「ひぃっ……!!」

「どけミダァ! クソ”赤鬼”どもがッ、バラニウムの弾丸は痛ェぞ!!」

「でも撃てなきゃ意味ないよね?」

「え?」

 

 青年は間の抜けた声を漏らしてしまった。漏らさざるを得なかった。

 

 何せ、銃を構えた自身の腕が、天誅レッド(仮)による回り蹴りに直撃したことでボッキリと折れていたのだから。無論、握っていた拳銃は地面に取り落としてしまう。

 

「ぎっ、ぎゃあああああああああ――――ッ!?」

「さっさとお仲間を連れて逃げなよ。今なら見逃すよ?」

「ひっ、ひぃぃぃぃぃっ――――!!」

 

 天誅レッド(仮)は首を傾げながら、年相応の優し気な声音で言う。だが俺はそれがとても恐ろしいモノにしか聞こえなかった。

 

 一体どれほどの修羅場をくぐれば、彼女は躊躇なく人を傷つけられるほどにまで歪んでしまったのか。俺には想像もつかない。

 

 ……辛うじて意識のあるヤンキーの青年たちは、倒れた者達を引き摺りながら逃げていった。残ったのは暴行を受けていた少女と、俺だけだ。

 

 先程までアレだけ賑わっていたはずの公園が一瞬で無人になっている様は下手なホラー映画よりも薄ら寒いものを覚える。

 

「――――さて、お兄さんもやるの?」

「あ、いや、俺はッ……」

……レッドさん、あまり意地悪しないで上げてください。彼はあの子を助けようとしていたのを見たでしょう」

「アハハ、冗談だよ冗談。……さて、そろそろ逃げないと不味いかな。この子も抱えて行かないとならないし」

 

 気が付けば、誰かが通報したのか遠くからパトカーのサイレンが複数近づいているのがわかる。この公園が囲まれるのも後数分だろう。そんな絶望的な状況だというのに、二人は特に焦る様子もなく近場のマンホールまで近づき、数キロもある蓋をまるで鍋の蓋の様に軽々と素手で持ち上げた。

 

「あ、お兄さん。できればここから逃げたのは言わないでくださいね? 無論強制はしませんけど」

「……すみません。お騒がせしました」

 

 それだけを言い残して、二人は血だらけの少女を抱えてマンホールの底へと消えた。

 

 俺は、そのまま立ち尽くすしかなかった。警察が来て軽く事情聴取を受けたが、なんて答えたのかは俺自身も良く覚えていない。しかし、彼女らが何処に逃げたのか、どうやって逃げたのかを喋った覚えはなかった。

 

 別に子供だから同情したわけでは無い。先に手を出したのは子供たちだが、俺からすれば路上で堂々と子供を蹴り殺しかけた奴の助けになる行動はしたくなかったし――――何よりあの場に居ながら、結局何もしなかった、何もできなかった自分に彼女たちを追い詰める資格はないと思っただけだ。

 

 事情聴取が終了し、俺はフラフラと放心状態のまま己の住むボロアパートへと帰宅して、何も考えずにボロっちいソファに飛び込んで横になる。

 

「……俺はッ」

 

 頭がおかしくなりそうだった。

 

 大人が子供を殺そうとし、子供が平気で人を傷つけている世界。こんな世界間違っているはずなのに、皆が正しいものであるかのように受け入れている。

 自分がおかしいのか、周りがおかしいのかわからなくて、頭の中がグチャグチャになりそうで気持ちが悪い。

 

 

「………………」

 

 

 ガチャリと、ドアが開く音がする。

 

 反射的に起き上がって見れば、ムスッとした不機嫌な顔を浮かべた俺の相棒(イニシエーター)藍原 延珠(あいばら えんじゅ)が菓子類の入ったレジ袋片手にリビングに上がろうとしていた。

 

「あ……っと、お、おかえり?」

「……………フン」

 

 鼻を鳴らされて俺の挨拶は無視された。好感度は相変わらずマイナスのままだった。

 

「……まず目先の問題を解決する方が先だな、こりゃ」

 

 先は長そうだと思ったのを最後に俺は考えるのをやめて、睡魔に従ってソファに突っ伏した。

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 日が暮れ初めて、もうすぐ赤い日差しが消えようとしているのを眺めながら、私たちはキャリーカートを引きながら帰路についていた。

 

 既に外周区内には人っ子一人見当たらず、さながらゴーストタウンを連想させてくれる。先程までいた内地と比べれば天と地ほどの差だ。しかし油断はしてはいけない。ここではそういう者から脱落していく。

 

 ――――少女に暴行を働いていた不届き者達を撃退した後に、私たちはマンホールを通じて素早くその場を離脱。予め待機させておいた荷物と共に可能な限り迅速に外周区まで移動し、警察の目から逃れることができた。

 

 無茶に思えるかもしれないがこれがかなり有用で、特にエコーローケーションが使える真璃により下水道内でも正確な位置と目的地までの最短ルートが把握できたのも大きいだろう。耳を帽子で隠しているため全力は発揮できなかったが、それでも今回の脱出劇を行うには十分すぎる程であった。

 

「いやぁ~、暴れた暴れた。うん、やっぱり悪い人を懲らしめると気持ちいいね!」

「……うん、そうだね」

 

 あの時一度離れた際に真璃が提案したのは、特に何の捻りも無い作戦であった。顔を隠し、素早く暴漢たちを叩きのめして、少女を保護して警察が来る前にトンズラする。普通の子供ならまず出来ない所業だろうが、『呪われた子供たち』特有の高い身体能力によってそれは可能となった。

 

 最初こそ絶対に失敗しそうだとビクビクしていたものだが、ここまでスムーズに事を運べるとは。真璃の能力の高さやガストレアウィルスの恩恵がここまで大きい物であるのかと改めて理解できる。

 

 ボコボコに叩きのめした暴漢達については、特に思うことは無い。少なくとも私は公共の場で子供を蹴ったり、銃を取り出して容赦なく発砲しようとしたアホ共にくれてやる慈悲など欠片たりとも持ち合わせていない。

 ただまぁ、流石に戦うことに対して忌避感が残っていたのと力の加減が難しかった故に、私の戦果は男の持っていたリボルバーを弾き飛ばして回収しただけに終わってしまったが。

 

「う、ぁ……」

「大丈夫、大丈夫だよ。貴方は私たちが助けるから!」

「ぁ……り、が……と……」

「あ、たこ焼き食べる? もう冷めちゃったけど。レーナちゃんもどう?」

「……ううん、私は大丈夫だから、その子に食べさせてあげて」

 

 今は、何かを食う気にはなれなかった。

 

 人間と相対し、争い合う――――その行為で生まれた緊張が未だ抜けきっておらず、例え粥でも喉を通らなさそうな調子なのだ。

 

 ……早く家に帰って、休みたい。

 

「レーナちゃん、今日はどうだったかな」

「どう、って?」

「楽しかった?」

「…………」

 

 わからない。大変だったとは言えるが、楽しかったかと言われると……少しだけ、返答に困った。

 

 どう答えていいのかわからず、私は咄嗟にある問いを投げかけてしまう。

 

「真璃は……どうして、私にここまでしてくれるの? その、別に私たちは姉妹とかでも、親子でもないのに」

「? ――――レーナちゃんは『家族』でしょ? 何を言ってるの?」

「え――――」

「レーナちゃんだけじゃない。あそこで住んでいる皆、みーんな家族。皆で一緒に苦労して、笑いあって、生きて、生き続ける。それが『家族』でしょう? 血が繋がっているとか繋がっていないとか、そう言うのは些細な問題と思うな。私は」

「それは……」

 

 血が繋がっているというのが『家族』である絶対条件ではないとは、誰の言葉だったか。

 

 真璃の目を見る。とても、真っすぐな目だった。嘘なんてこれっぽちも言っていない。心の底から彼女はその言葉を真実だと思っており、迷いなき愛情が私へと送られているのを、何となく感じ取れた。

 

 それは何処か壊れているようで――でも、とても暖かくて――。

 

「それに、レーナちゃんは私が拾って一から育てたんだよ? これはもう私が母親と言っても過言では無いね!」

「そうかなぁ……」

 

 その理論で行けばイーヴァは父親ということになってしまう。いやだよあんなガサツで荒っぽい父親。

 

「レーナちゃん。私が家族だったら嫌?」

「ううん。全然」

「良かった! ……それで、もう一度聞くけど――――”家族”とのお出かけ、楽しかった?」

 

 もう一度深く考える。

 

 確かに色々あった。大変だった。が……嫌では無かった。正直天誅云々に関しては少し頭を悩まさざるを得ないが、悪漢退治はどこか心地よさすら感じた。

 

 ……うん、そうか。嫌では無かった。ならそれは、楽しかったのかもしれない。彼女とのお出かけが。

 

 ただ、アツアツのたこ焼きを食べ損ねたのは少し残念だったかな。

 

「――――うん、楽しかった。楽しかったよ」

「えへへ! じゃあまた一緒にお出かけしようね、レーナちゃん!」

「……勿論!」

 

 真璃と一緒なら、何処までも行けて、何でもやれる気がした。彼女がいれば、どんな地獄でも――――

 

 

 

 

 

「で? 私は無駄な出費を出していいとは一言も言って無いし、事前に極力騒ぎを起こすなとも言っておいたはずなんだがな? その上たださえキツイってのに食い扶持増やした言い訳は?」

「「誠に申し訳ございませんでした」」

 

 イーヴァ(お父さん)には勝てなかったよ。

 

 




一般人が『呪われた子供たち』の事を脅威にすら思わず好きに甚振れるのは銃器や警察という文明の利器と国家権力、そして『呪われた子供たち』の精神が未だに未熟なおかげなんだよね。

Q・でもそれが利かないor十分に精神が成長した子供が出てきたらどうなるの?
A・地力の差で一方的に嬲られるに決まってるんだよなぁ……。

たぶん後五、六年もすれば十分に成長した『呪われた子供たち』が本格的に暴れ始めて各エリア内で内乱が勃発すると思うんですけど(凡推理)。
まあ、そう言うのが起こらないように東京エリア以外では徹底的にその芽を潰しまくっていそうですが。
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