赤の女王   作:HIPのYOU

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あとちょっとでストック尽きそう……(無計画投稿者並感)


七話:崩れるときは一瞬

 七月下旬、天気は曇り。連日の豪雨によりものすごい勢いで上昇した湿度と気温により全身から汗が止まらない。ようやっと雨が止んだというのに、服に染みついた汗の気持ち悪さは相変わらずだった。

 

 普段なら下水道で過ごす私たちも流石にこの暑さで密閉空間に居ると蒸し焼きにされかねない。故に仕方なく、私たちは普段教鞭を取っている教室を改修して生活部屋代わりに使っている。

 無論大々的な改修ができるだけでもないので、壊れた天井や壁を中古のブルーシートで代用するというこの上なく簡素なもの。それでも強風が吹いてぶっ壊れるのは勘弁願いたいので頑丈に作ってはいるが。

 

 雨水をろ過した水で顔を洗って目垢を取りつつ、外に出て風を浴びながら最近の日課、早朝のストレッチを始める。布団なんて贅沢品なんて存在する訳ないので木製床の上で雑魚寝して固まった身体をほぐすのにはこれが一番なのだ。

 

「ん~……あ、レーナちゃんおはよ~! 今日も良い天気――――じゃ、ないみたいだね……」

「みたいだね」

 

 壁代わりのブルーシートを退けながら教室の中から真璃が出てきた。元気に朝の挨拶と行きたかったようだが、空の曇天を見て早速挫けたようだ。

 

「今日は~何にもしない日曜日~……やることが無いとも言う」

「そうだねー……」

 

 『呪われた子供たち』は身体的な疲労とほぼ無縁だ。物理的な損傷は基本的にウィルスによる回復力で勝手に治ってしまうため、例え過度な労働で筋肉が断裂しても骨が折れても数分後か十数分後には元通りになる。無論、バラニウムの磁場の影響下に居なければ、という前提条件が必須だが。

 

 だが精神的な話は別だ。どれだけ肉体が健康であろうが、精神的な疲弊は適度な休憩を行わなければ修復はできない。連日のように過度な労働をすれば何れ精神的な限界に至り倒れてしまうのは想像に難くないだろう。

 

 だからこその定休日。日曜日は何の仕事もしなくていい――自分からやりたいと思うならやってもいいが――日として制定されている。いわば自由行動日だ。

 

 一週間で一日だけの休日。何をするかはまだ決めていない。このままゆったりと過ごすのもいいし、誰かと遊ぶのもいいだろう。無駄に種類の多い本を読むのもいいかもしれない。

 

「あ――――ねぇねぇレーナちゃん! 今日は一緒にどこかに出かけない?」

「? 真璃と一緒に?」

「うん! 二人だけで、ね?」

 

 手を顎に当てて熟考する。

 

 二人でお出かけ、ふむふむ。確かにそれもいい。前にそういった約束をした覚えもあるし、特に疲れるようなことでもないので拒否する理由はない。

 それに最近、イーヴァの指示か食糧調達以外で内地に行くのを止められて、街に深入りする機会がかなり減ってしまったので――『呪われた子供たち(私たち)』にとっては敵地の中心部のようなモノなので必要時以外行かないのも当り前だが――前に食い損ねたたこ焼きを食べに行くと思えばやる気が出てくる。

 

 たこ焼きは冷めたモノより熱いモノに限る。

 

「ん、行きたい」

「やった~! じゃあ早速準備しよう! イーヴァに見つかる前に「おい」げっ」

 

 真璃としては小うるさく言われる前にすたこらさっさしたかったのか、イーヴァがブルーシートの間から顔を出した瞬間潰れた蛙の様な呻き声を上げた。ちゃんと説得する気なかったのかよ。

 

「はぁ……最近、妙な事が頻発しているから行くのを止めてたんだがな」

「ん? 妙な事? どんな?」

「『子供たち』の姿が何故か(・・・)減ってきてるんだよ。餓死か衰弱死か、はたまた特攻してくたばったかは知らんがな。わかったらほとぼりが冷めるまでこの区画を抜け出すんじゃ「やだよーだ!」話聞けやァ!?」

 

 不思議なことに、真璃はいつもと違ってプンプンと頬を膨らませながらイーヴァに反発した。いつもなら文句を言いつつも素直に従っていたというのに、珍しいこともあるものだ。

 

 それだけに終わらず、真璃はずんずんとイーヴァへと歩を進めて何やらそっと耳打ちした。瞬間、イーヴァはげんなりとした表情になりながらため息をつく。

 

 一体何を言われたんだろうか。

 

「はぁぁぁ……ったく、仕方ないな。――――ほら、財布だ。それと、日が暮れるまでには戻ってこいよ」

「やったー! イーヴァ大好き~!」

「だぁぁぁっ!! たださえ蒸し暑いってのに引っ付くなこのアホッ!!」

 

 なんと財布まで寄越してくれるとは、真璃の一言は何やらイーヴァに痛烈に刺さったらしい。何か弱みでも握ったのか? 後で聞こう(無慈悲)。

 

 ともあれ、リーダーから直々に許可を貰った以上遠慮する必要は無い。私たちはサクサクと内地に赴くための荷物を準備して、久しぶりのデート(仮)をしに歩き出した。

 

 天気は久方ぶりの曇りであるが、まだ朝だからか人影はほとんど見当たらない。しかしそれが別に悪いことでは無く、おかげで私たちは悠々と大通りを歩けている。此処に住んでいる者など一部を除いて大体の場合犯罪者崩れか物乞いだからだ。悪質な場合だと銃を突きつけられて身ぐるみを剥がされるケースもある。

 

 幸い私はそう言うのを回避するようにしているので出会ったことはあまり無いが、その事を残念だとは一変たりとも思わなかった。

 

 ――――しかし、本当に『子供たち』の姿が見当たらないな。

 

 普段ならば朝でも昼でも夜でも彼女らの姿は見かけることができる。物乞いかスリとしてではあるが、彼女らは四六時中駆け回らなければ明日を生きるのも難しい身なのだ。だからこそ彼女らの姿が全く見えないのは、今までの中でも初めての事であった。

 

 色々と理由を考えてみるが、一向に答えは出ない。単純に情報が少ないせいか。

 

「レーナちゃんレーナちゃん、内地に行ったら何かしたい事とかある?」

「したい事? んー……」

 

 強いて言うなら食べ歩きだろうか。ここ最近乾パンとコンソメスープとカップ麺しか口にした覚えがない。溜め込んだ食糧を少しでも長持ちさせるためなのだから仕方ないと言えば仕方ないが、やはり偶にはしっかりとした食物を口に入れたかった。

 

 我が家に置いてきた子供たちが「ずるーい!」と声を上げるのが目に見えているが、そこは土産を持って帰ることで許してもらおう。出費は大きいだろうが、実を言えばこの前の食糧調達時に隙を見てコッソリと万札を幾つかくすねておいた。先立つものはなんとやらだ。故に金銭については今は問題では無い。

 

 強盗に加えて躊躇なく窃盗とは、私もそろそろマンホールチルドレン根性が身体に染みついてきたらしい。

 

「何か食べたい、かな」

「よーし! お姉さんがとっておきのお店紹介しちゃうぞ~!」

「とっておき……?」

 

 どうやら真璃はかなり内地に入り浸っているらしい。別に無駄遣いをしないタイプに見えた訳では無い――むしろその無計画に浪費するタイプだと思える――のだが、意外と趣味に金を使っていたりするのか。

 外周区暮らしの『子供たち』の癖に中々大胆な性格をしていると、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 後に別の意味で苦笑いを浮かべたが。

 

 

 

 一時間後、私は真璃の言う「とっておきのお店」とやらに来ていた。そこはかなり廃れたパン屋であり、朝だというのに人だかりは少ない。店主もかなり厳つい顔をしており、初めて見る印象はまるでヤクザだ。

 店内から漂う香りはそこそこではあるが、成程、アレでは人が近づきたがらない訳である。

 

 そして、そんなパン屋の中で私は真水の入った紙コップと、とあるモノが敷き詰められたビニール袋を手にしていた。

 

 そのとあるモノとは――――

 

 

「…………なにこれ?」

「ん? パンの耳だけど? 食べないの?」

 

 

 前言撤回。真璃は外周区暮らしの『子供たち』に相応しい貧乏ソウルの持ち主だった。

 

 一時間かけてやってきたのが人気の無いパン屋で、買ったのはパンの耳の袋詰め(一袋九十八円)。最低限の味こそするが、素朴の一言に尽きる。美味しいとはお世辞にも言えないが、一応これでも外周区では立派な食事であり、下手すれば殺し合いが起こるレベルだ。

 

 でも、でも内地にまで来て食べる朝食はコレって……せめて普通の食パンくらい買えば良いと私は言ったが、その言葉は真璃の「勿体ない」の一言で切って捨てられた。

 

 悲しきかな、どうやら彼女は食事に金をかけないタイプらしい。彼女からすればそんな物買うならこれから先役に立ちそうな道具を買った方がもっとお得だと思えてしまうのだろうか。

 

 無言でパンの耳を齧る。

 

 この上なく素朴な味が口の中を蹂躙した。

 

「んー……美味しくなかった?」

「いや、平気。うん、美味しいデス、ハイ」

 

 ヤクザ面のオヤジが見ている前で素直に不味いなんて言えるわけも無く、私は機械的に返事をすることで自己防衛をすることが最善だと判断した。腕っぷしで勝っていようが年の功には勝てなかったよ……。

 

 私は無言のままパンの耳を一袋分咀嚼し終え、喉に溜まったソレを水で無理矢理流し込んだ。

 

 上等とは言えない食事だが、腹は膨れた。しばらく動く分には問題ないか。

 

「レーナちゃん、はい、あーん」

「ふぇ? ――――むぐっ」

 

 油断している隙を突かれて真璃にパンの耳を口に入れられた。もっさりとした食感が口に広がるが、相手が相手なので素顔に怒れない。

 

「えへへ~、何かを食べてるレーナちゃん可愛いよ~」

 

 どうやら私の何かを食べている顔を見たくてやったらしい。素直に言えばやるのに。

 

 数分後、それらを食べ終えたら私は真璃の手を掴みながら厳つい店主のパン屋を速足に立ち去った。あそこは精神衛生上非常によろしくない。

 

 暫く散歩気分で辺りを散策していると、ふと、第三十六区で待っている子供たちに何か土産になりそうなものはなんだろうかと私は思い始める。一番喜ばれるのは食べ物の類ではあるのだが、やはり何か形に残る物が良い。

 指輪、腕輪、ネックレス……は、少し高いな。キーホルダーや小さなぬいぐるみ、バッジやワッペンなのが最適だと私は結論を出す。小さなものならばそこまで値段も高くないし。

 

 というわけで、私たちはそこそこ大きいショッピングモールの装飾品売り場へと赴いた。大手の店なら安いモノもそれなりの種類があるはず。

 

「うーん。真璃、皆はどんなのが好きなのかな」

「えっとね、小さい子に送るなら金物は厳禁かな。間違って飲み込んじゃったら大変だし。もう物心付いてる子たちには……何が良いんだろう?」

「えぇ……」

「まあ適当にそれっぽいの選べば大丈夫大丈夫! レーナちゃんからの贈り物なら何でもみんな喜んでくれるよ!」

「佐奈も?」

「…………よ、ろこんで、くれるかも、よ?」

 

 そこで言いよどむなよと言いたかったが、佐奈との関係についてはあの事件から二ヶ月経過しても一向に改善されないのを見れば無理も無いか。別に無理をして仲良くなりたいわけでは無いが、私とイーヴァが近づく度に私へ糸を飛ばしてくるのはやめて欲しい。

 

 ……まあ、それでも一応の努力くらいしよう。私は折角と言う事で少しだけ奮発し、綺麗な直方体に削られた赤い硝子のペンダントを食糧調達班全員分とその他大勢に送るアクセサリーを自費で購入した。因みにペンダントの方は一つにつき一〇〇〇円。意外とお高い。

 

「佐奈に割られないといいんだけど……」

「さ、流石にそこまでしないと思うよ? ……思いたいなぁ」

 

 いかん、やりかねなさ過ぎて不安になってきた。最悪真璃を経由して送ることを考えるべきかもしれない。

 

 気づけばもう昼間近。今度こそまともな昼食を摂りたいので、私は真璃を連れて近場のコンビニから一〇〇円のおにぎりと飲料水を買って、久方ぶりに件の国定公園のベンチに腰掛けた。

 

 派手な暴力沙汰があってももう二ヵ月前の話。あの事件は人々の中では既に風化しつつあるのか、休日の公園らしく人影はかなり多い。

 

 幸い今回は物乞いの『子供たち』はおらず、これならゆっくりと昼食を食べれそうだ。

 

 レンジで温めたおにぎりを粗食する。安物であるが故に上等とは言えないが、今の私の立場からすれば十分な御馳走である。

 私の買ったおにぎりの具は昆布と高菜だ。定番の鮭とツナマヨはどうしたかって? 漁業が壊滅状態なこの時代、そんな物を食えるのはブルジョワジーどもくらいだ。魚関係の食物の値段は凄まじく高騰しているため、養殖が比較的簡単な海生生物以外を使った魚料理は一部の高給取りの特権と化している。寿司などは魚だけでなく職人の激減によってその希少価値は『ガストレア大戦』以前と比べて倍どころの騒ぎでは無い。一皿食うだけで一〇〇〇円札以上が財布から姿を消していくだろう惨状だ。

 

 鮭おにぎりすら私の知っている知識と比べて数倍以上の値段だった。好きな具の入ったおにぎりすら満足に食えなくなるとは、恨めしきかなガストレアめ……。

 

「むっふふ、こうやってると普段の暮らしが嘘みたい。いつもは皆で保存食を細々と食べているのにね」

「……こうやって贅沢しているのは、ちょっと罪悪感あるかな?」

「そうだねー。でも、偶にはいいかなって、私は思うよ?」

 

 こうやって外出して何かを買い食いできるのは私たち食糧調達班の特権である。

 

 他の『子供たち』が聞けば不平等だなんだと言いそうだが、私たちの場合かなりの危険を冒して食料を調達したり、足りない物資を買い足しに行ったり、場合によっては外敵の排除に優先的に赴かなければならない立場故の特権だ。

 

 先々代のリーダーが健在だった頃は詳細不明の収入源――恐らく”そう言う類の商売”なのだろう――によって、その時はまだ数人分の『子供たち』の生活費が賄われていたそうだが、その失踪後収入源を失った『子供たち』はどうにか自力で生活費を稼いでグループを維持しなければならない緊急事態に直面した。

 

 が、外周区で『子供たち』ができる仕事は精々がガラクタを拾って性質の悪いブローカーに二束三文で売りつけるくらいしかない。物乞いもできると言えばできるが、運よく良識のある人間に見つからない限り成果は基本的に乏しいものになる。酷い場合はプルタブを投げられる場合もあるのだ。

 

 当然、そんなやり方で十人以上にもなる『子供たち』のグループが存続できるわけもなく、彼女らは仕方なく犯罪行為に手を出した。

 

 最初は小さな店を。慣れてきたら少し大きな店を。熟練して来たら大手のスーパーすら襲撃する。やってることは酷いとしか言えないが、彼女らとて死にたくはないのだ。誰も手を差し伸べてくれず、自力で足掻いた結果がこれなのだ。流石に『子供たち』に罪や責任が無いとは言わないが、そうせざるを得なくした奴らは誰だって話だ。

 

 強いて言うなら無能な政治家共のしわ寄せなので、できればそちらを恨んでもらいたいが、馬鹿共に期待するだけ損か。

 

 それに、ガストレア戦争の被害者とも言える『呪われた子供たち』にお門違いの恨みをぶつけたり、ただ「ガストレアウィルスに感染しているから」という大義名分にすらならない理由を掲げて現状への鬱憤を私たちに対して暴力という形を以て晴らそうとしている”奪われた世代(マヌケども)”に対しての慈悲など私の中には無い。私が慈悲をかけるのはきちんと良識を備えている人間にのみだ。

 

 話を戻そう。食糧調達班にのみ特権を許されている最大の理由。それは死亡率の高さ。

 

 約五年前に略奪路線へと切り替えた先代リーダーの統治以降、食糧調達班の死亡人数は合計一六名。行方不明者七名。最初期から生き残っているメンバーは恐らくイーヴァと真璃のみ。行方不明者を死亡扱いとしてカウントするならその死亡率は驚きの八〇%前後だ。

 他の者は基本的に下水道内で仕事をしているだけなので死亡することはまず無い。その高い危険性の格差を埋めるための特権制度だ。

 

 少なくとも、これが無かったころは食糧調達をストライキする者がいたり、物心ついたばかりの子供が勝手に遠くまで行き、無惨な肉塊になって見つかったという実例が絶えなかったらしい。

 

 実際、何かしらの優先権が無かったら私もこの仕事にうんざりしていたかもしれない。危ない仕事というのは美味しい報酬があるからこそやり甲斐があるのだ。

 

 それに子供というのは案外単純で、美味しいもので釣ればある程度の不満は我慢してくれる。これは特権の恩恵を持たざる者にも与えれば、それなりに不和は避けられるという好例とも言えるか。

 

「――――んあ?」

「あっ」

 

 おにぎりを二個食べ終えミネラルウォーターで喉を潤している頃に、それは現れる。

 

 ボサボサ髪の不幸顔少年、里見 蓮太郎。およそ二か月ぶりの再会だ。

 

「お前ら、確か……」

「あ、お兄さん! 久しぶり~!」

「お久しぶりです、里見さん」

「レーナと真璃、だったよな? ……そうか、あれからもう二ヵ月も経ったのか」

 

 苦笑いを浮かべながら蓮太郎は私の隣に腰掛ける。よくよく見ればかなりやつれており、ちゃんと栄養を取っているのか怪しく見えた。

 身なりは明らかに外周区の住民ではないのに、痩せこけた様はホームレス一歩手前だ。一体どんな生活を送っていればそんな様になるのか。

 

「あの、ご飯とかちゃんと食べてるんですか……?」

「あー、それが、ちょっと昨日タイムセール逃してな。おかげさまで今日の朝飯は生のもやし一袋だった……」

「……も、もやし? 生?」

 

 ホントにどんな生活を送っているんだこの少年は。

 

「あの、よかったら食べます……?」

 

 私はいたたまれない気持ちでレジ袋に入れていたおにぎりを一個渡した。さすがにこれを見逃すのは個人的につらい。

 

「え、い、いいのか?」

「はい。私はもう十分食べましたので」

「あ、お兄さん! 私のもどうぞ!」

「……すまねぇ」

 

 断腸の思いもかくやの苦渋の表情を浮かべた蓮太郎は一筋の涙を流しながらおにぎりを頬張った。

 

 男としては女児二人に昼飯を恵んでもらうというのはかなり応えたのかもしれない。が、あの様子ではプライドより食欲を優先させたほうが賢明というものだ。私の予想ではあの状態で放置していたらほぼ間違いなく数時間後には倒れていただろう。

 

「あ、そういえば里見さん、件の子供とはどうなったんですか?」

「ん……ああ、延珠の事か。一応何とかなったよ。お前の言う通り、時間をかけて根気強く付き合ってみたら、やっと心を開いてくれた。今では立派な家族の一員だ」

「「え」」

 

 家族の一員? 養子縁組で義妹にでもなったのだろうか。それともまさか、いやそんな訳がないと信じたいが。

 

「? ――――ッ、おい待て、違うぞ。そういう意味じゃないからな? 心とかそういうもので家族みたいになったって意味だからな!?」

「あ、やっぱりですか。てっきり里見さんがロリコンだったのかと……」

「お兄さん、小さな子に欲情するのは駄目だよ?」

「だから違ぇって……」

 

 流石に冗談だ。彼がそういう特殊性癖の持ち主でないのは彼の私たちに向ける視線から一目瞭然なのだから。

 

 ひとしきり笑った後、もう一度喉を潤しながら私は購入した物品のチェックをする。万が一抜けがあったら土産を貰えなかった子供が文句を言って諍いが起こすかもしれないので厳重に調べる。

 

「うん、うん……大丈夫、全員分あるね」

「ん――――ねぇ、レーナちゃんの分のペンダントは?」

「え? ……あ」

 

 言われて数え直してみれば、確かに食糧調達班に送るペンダントは五つしかなかった。私の脳内ではイーヴァ、真璃、リザ、佐奈、アクィラにだけ送るつもりだったので、自分の分は失念していたらしい。

 

 どうしようか。今から買いに戻れば往復十分くらいで済むが……。

 

「じゃあ私、レーナちゃんの分買ってくる! すぐに行ってくるから!」

「えっ、ちょっと待っ――――……行っちゃった……」

 

 制止する暇も無く真璃はショッピングモールの方向に駆けだして行ってしまった。別にそこまで無理をして買う必要は無いのだが、もう止められる術はないのだから大人しく帰りを待つことにする。

 

「……そういえば蓮太郎さん、その延珠って子とは一体どういう経緯で同居することに?」

「あん? あー、まぁ、きっかけは仕事上の都合でな」

「仕事……バイトとかですか」

「いや、これでもれっきとした”民警”……あ、民警ってわかるか?」

「いいえ、全く」

 

 そう言えば以前にも聞いたことがある単語だ。単語からはやはり民間警備会社(PMCS)を思い浮かべるが、明らかに高校生くらいにしか見えない蓮太郎が付ける仕事とは思えない。

 

 という事はやはり安月給の警備バイトみたいな仕事なのか? いや、イーヴァが民警とやらから短機関銃を強奪していたのでバイトはあり得ないか。そんな重武装をするバイト業があって堪るか。

 

「民間警備会社の略称でな、バラニウム製の武装の所持を許可された、所謂対ガストレアの専門家みたいなもんだ。昔は警察がガストレアの対応をしていたみたいなんだが、やっぱり人を相手にするのとは勝手が違いすぎたのか死亡率が跳ね上がったせいで民警って職業が出来たんだ」

「バラニウムの武器を所持する、対ガストレアの専門家……」

 

 バラニウムという金属は今でこそかなりの量が埋蔵されているが、やはり資源は有限だ。

 対ガストレアの訓練を受けていない警察では希少なバラニウム製の武器を渡したとしても荷が重すぎる故に、代わりにその道のスペシャリストを育成して対応させることにした、ということか。

 

「で、民警の中でもプロモーターとイニシエーターって区分けがある。イニシエーターってのはその高い身体能力を生かして前線でガストレアと戦う『呪われた子供たち』のことで、プロモーターってのはそれを補助する司令塔みたいなもんだ」

「へぇ……凄いんですね、里見さんと延珠さんは。私はガストレアを見たことはありませんけど、怖い怪物相手に立ち向かえるなんて、きっと私にはできません」

「つっても、俺のいる場所なんて民警の中では下の下だがな……。早く功績を上げたいんだが、全然仕事が来ねえんだよ」

「どうして?」

「社長が成人していない上に、唯一の社員がガキしかいない会社に誰が仕事を持ちこむんだ?」

「あぁ……」

 

 責任感のありそうなダンディな大人が社長ならいざ知らず、まさかの未成年オンリー経営の会社だ。依頼人だって高い金を払って依頼をした挙句失敗されたら困るので、より信頼できる会社の方に依頼を回すのは当たり前の事だ。

 

 そういう意味では彼が不景気なのは当然の帰結と言えなくもない。もし彼が一発デカい活躍をして名を売ることができれば話は別なのだが、そんなチャンスがそう都合よく転がり込むわけも無い。

 

「まあ、景気が悪いのはともかく……私はカッコいいと思いますよ、民警。怖い化け物から市民を守る仕事なんてすから」

「……励ましてくれてんのか?」

「ええ、元気出ましたか?」

「……サンキュな」

 

 ポン、と頭に蓮太郎の右手がやさしく乗せられた。やはり彼の手は、何処か重々しい印象を抱く。だが不思議と嫌な感じはせず、暖かいのは何故なのだろうか。

 

 会話を終えてそのまま数分ほど足をブラブラさせていると、ふと芳ばしい香りが鼻を擽る。

 

 ――――ああ、そう言えばたこ焼きを食べたかったんだっけ。

 

 今更そんなことを思い出して、反射的に屋台へと赴こうとする。が、蓮太郎が急に肩を抑えてきたせいでそれは敢え無く阻まれてしまう。何をする貴様。

 

「ここで待ってろ。俺が買って来てやる」

「お金はあるんですか?」

「…………五百円玉あるか?」

 

 呆れ顔を浮かべながら私は財布の中から五百円玉を蓮太郎に手渡した。

 

 見れば屋台にはそこそこの人数が並んでおり、待つのも一苦労しそうだ。『呪われた子供たち』の身体的スペックなら肉体疲労などつゆほども感じないだろうが、彼が代わりに買って来てくれるというならそれでいいだろう。

 子供は素直に年上の善意に甘えるべし(ただしロリコンからの善意は除く)。

 

 しかし、これで一人になってしまった。暇だ、実に暇だ。こんな事なら本でも持って来ればよかっ――――

 

 

「ねぇねぇ、近くのショッピングモールで乱闘騒ぎだって。しかも”赤目”の……」

 

 

 ――――え?

 

「何? 店員相手に暴れてんの? 怖っ」

「いや、なんか怪しい覆面付けてるらしいよ。明らかにカタギじゃないって」

「うわぁ~。社会不適合者同士で争うなら他人の迷惑にならない場所でやれよ……」

「ホントそれ」

 

 通行人の囁き声を聞いて、背中につららを入れられたような悪寒が全身を駆け巡る。

 

 いや、そんな、まさか――――。

 

 表情を凍り付かせたまま国定公園に設置されている時計台に視線を向ける。真璃が公園を離れてからおよそ十分。だが周囲に真璃らしき影は無い。つまりまだショッピングモールに居る可能性が非常に高い。

 

 どうして急にそんな、何故、何故、何故――――ッ!?

 

「おい、たこ焼き買って来て――――」

「すみません里見さん! これ預かっててください!!」

「は? お、おいちょっ――――」

 

 私はベンチの上に置いてあったアクセサリ類の入った紙袋を蓮太郎に押し付けながら、力が発現しそうになるのを必死に抑え込みながら全力で駆けた。それでも出しているのは子供にあるまじき速度だが、形振り構っている場合では無い。

 

 頼むから私の思い過ごしであってくれと何度も願いながら、五分もせずに目的のショッピングモールの出入り口まで到着した。そこで私が見たモノは――――

 

 

「――――が、はっ……あ、ぁ

 

 

 その体にいくつもの弾痕を刻まれた二人の少女だった。

 

 一人は知らない。だが、もう一人は、明らかに見知った顔だ。それが、真っ黒の覆面を被った男たちの集団によって物を扱うが様に大型のバンに運び込まれていて。

 

 頭の中から全ての音が消え去る。

 

 数秒後、車のエンジンが点火されて走行を始めようとする。瞬間、私の胸の中に在る感情が激怒の一色に染まり、同時に目が金色の輝きを失って赤く変色し始めた。

 

 

「何してんだァァァァアアアアアアアア――――ッ!!!!」

 

 

 地面に罅が入るほど踏み込み、その勢いを最大限に保ったまま跳躍と同時にトランクリッドに蹴りを叩き込んだ――――が、大きく凹むだけで破壊には至らない。

 

「防弾仕様かッ!!」

 

 毒づきながら地面に着地して再加速。蹴りの反動で勢いを付かせ始めたバンに追いつこうとする。

 

 あちらの出している速度は時速五十キロ前後。その程度ならばまだ十分追随可能範囲だ。

 

「――――クソッ、この”赤目”が!」

「チィッ!!」

 

 覆面を被った男がスライドドアを開けてこちらに短機関銃の銃口を向けてきた。即座に方向転換。開かれたドアの反対へ行き、十分に加速を付けてバンの側面に二度目の蹴りを叩きこむ。

 

 轟音を響かせながら防弾仕様のガラスが粉々に砕け散った。これなら後一発で――――!!

 

 ――――カランカラン。

 

「――――?」

 

 甲高い音を奏でながらアスファルトの地面を撥ねる何かが迫る。

 

 丸くて、鈍く光を反射して黒光りするそれは、とても見たことのある物体だった。内部に詰まった炸薬を破裂させることで周囲に金属破片を音速でまき散らすモノ。

 見た瞬間、憤怒が冷や水を掛けられたように沈下して、代わりに悪寒に頭が塗り潰す。

 

 

(破片手榴――――)

 

 

 閃光と爆音と共に、私の意識は無慈悲に刈り取られた。

 

 

 

 




知人との関係も、他者からの信用も、挙げてきた功績も、勝ち得た名誉も、育んできた愛も、築き上げた幸せも。

積み上げるのは大変なのに、崩れるときは一瞬だ。
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