赤の女王   作:HIPのYOU

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絶望の時間だオラァ!!

追記:一部から「フォントが見づらい」との声があったので一部修正しました。


八話:翳り墜ちる希望

 頭が、痛い。頭の中に手を突っ込まれてシェイクされたような嫌悪感と吐き気が身体全体にのしかかってくる。

 

 私は、何をしていたんだったか。……駄目だ、思い出せない。頭を働かせようとすると訳も分からなくなるほど頭が痛くなる。なんだ、一体何がどうなって今私はこうしているんだ。

 

 瞼を開ける。焦点が定まらず景色がぼやけて見える。

 

 まず見えたのは、赤と黒。だんだん五感も正常になってきて、酷い異臭が鼻を突き刺す不快感がたださえ痛い頭の中を刺激した。

 深呼吸する。ああ、確か私は、光と音に包まれて、そこで――――

 

 

 

「―――――――――――――あぇ?

 

 

 赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤――――。

 

 

うアぁァアあぁぁぁああアァぁあああァアアアぁぁああアアア――――ッッ!!?!?!?

 

 

 焦点が定まった瞬間それは暴力的に視界を埋め尽くし嬲り尽くした。

 

 赤黒く固まった血と臓腑がそこら中にまき散らされている。だがそれだけでこんな悲鳴は上がらない。上げるものか。なんだアレは。ふざけるな、なんで、なんでなんでなんでッ――――。

 

 

 ――――手足を斬り落とされて、内臓を全て引き摺り出された少女の遺骸が壁や天井に打ち付けられているんだッッ!!?

 

 

「おや、起きたかい」

「え、ぁ……」

 

 暗がりの向こうから、丸眼鏡をかけた一見大人しそうな印象を受ける青年が、まるで何ともないような声音で私へ話しかけてきた。

 彼は笑顔を保ってた。普通の、何の変哲もない部屋の中でなら何とも思わなかった。だけど、この惨状の中で浮かべられた笑顔は完全に狂気に染まったソレだ。骨の髄まで染みこむような恐怖というのを初めて感じる。

 

「安心してくれ――――君もちゃぁんと、加工してあげるからさ。たださえ最近見つかりにくいから、こうして高い金を払って”素材”を確保しているんだ。少しは大切に扱わないと、ね」

「加、工……?」

 

 震え切った声で、辛うじて聞き返すことができた。そうやって現実を否定しないと、心が壊れてしまいそうで。

 

「ほら、そこら中に見えてるだろう? 一応、死なないようには意識しているんだけどねぇ? いやぁ、参った参った。”失敗作”をあまり量産したくはないんだが……。あぁ~、だがやはりいつ見ても綺麗だ。君たちの様な化け物がこうやって、僕の手で芸術になっていくんだ。何度快感を覚えたか!」

「っ、カ、はァッ――――ごひゅっ――――」

 

 目の前に存在する、人間の残虐性という物を煮詰めた様な光景に精神が耐え切れず、弱々しい吐息だけが肺から絞られた。

 

 いや、落ち着け。落ち着け落ち着け落ち着け。大丈夫だ、全力で抗えば逃れられるはず。自分を信じろ。恐怖に負けるなッ――――!

 

 ――――ガシャン。

 

(…………え)

 

 右手を動かそうとして、そんな音が耳に入る。

 

 恐る恐る自身の右手に視線を向ければ、真っ黒な逆棘のある金属の杭が手の甲を貫通していた。更に杭には頑丈そうな鎖が繋がれており、鎖は壁の固定具に繋がっている。左手も、同様。

 

 ソレを認識した瞬間、両手から鋭い痛みが頭を突き刺してきた。

 

「あ、がぁ、っ、あァァああぁぁあアアア――――ッ!?」

「おお、いいよいいよォ。そういう表情が見たかったんだよ僕は。ホント、君たちの姿が人間に似てて良かった。糞の様なガストレア教団が君らを神様の使いだって言ってたよね? だとしたら神様に感謝だよ! これ程素晴らしい”材料”をこの世界に生み出してくれたんだから!!」

「ぎッ、ぃア、はぁっ……狂、人がァ……ッ!!」

 

 言ってることが何一つ理解出来ない。理解したくない。こいつは最初から最後まで狂っている。人間に似ててよかった? 神様に感謝? ふざけるな。その不快な口を閉じろッ――――!!

 

「狂人? 僕が? 何でだい? 僕はただそこら中に転がっている素材を自分好みに形作っているだけなのに。土の中から掘り返した大理石を彫刻する職人が狂人だと言うのかい?」

「ふざけるなッ!! 何が芸術だサイコパスがッ!! 十歳にも満たない少女を惨たらしいオブジェにしてご満悦か!!?」

「最高だよ!! 君らの手足を僕自身の手で斬り落とすたびに絶頂すら覚える!! ああ、ありがとう、ありがとう! 生まれてきてくれてありがとう!! 大丈夫! 殺しはしない……。ちゃんと生かしたまま売らないと、流石に買い手が付きにくいからねぇ?」

「―――――――」

 

 ――――まさか、こんな奴に、生まれてきたことを、祝福されるなんて思わなかった。

 

 

 おかげ様で生まれて初めて、心底人を殺したいと思ってしまった。

 

 

「ほら、君のお友達も少しずつ僕の作品になってきた。どうだい? 綺麗だろう……」

「は――――?」

 

 彼は、先程から自分が掴んでいたモノを持ちあげて、私の方に見せつけてきた。

 

 

 

 ベージュ色の髪は、血肉を頭から被ったせいでその輝きをとっくに失っていて。

 

 翡翠色の目は、片方だけが無残にも抉り取られたのか、虚ろな眼窩から何か細い糸のようなモノが垂れさがっていて。

 

 雑に切断された右腕の付け根からは、ワイヤーで強引に止血したせいで壊死した肉が神経と思しきモノと共にぶら下がっており。

 

 頭から生えていただろう、可愛らしい兎の耳は、刃物すら使わず無理矢理千切られて、片方だけが辛うじて繋がっていた耳も力なくぶらぶらと揺れていて。

 

 

 

「――――れ、ぇな―――ちゃ……ァ――――」

 

 

 

 最初は死体だと思った。

 

 それが言葉を発した瞬間、ようやく生きている一人の少女だと理解出来た。

 

 発せられた言葉の中身を理解して――――でも理解したくなくて――――それでも前の前にある物を見せつけられて、私はようやく眼前の現実を直視した。

 

 なんで、どうして、何故、嫌だ、こんな。

 

 

 

 ソレは真璃だった。

 

 

 

 

「アァぁァぁあアアぁぁぁああァァあアああァァぁああァぁアあぁぁあアアあああァァアぁあああああああアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!!!」

 

 

 激情のまま暴れる。杭が差された両手の穴からおびただしい量の血液が四散する。足を動かそうとしてようやく自分の両足にバラニウム製の弾丸が何発も撃ちこまれていることを理解したが、そんな物は今の私にとってはどうでも良いことだった。

 

 両手両足の痛みすら吹き飛ぶほどの怒りが私の中で蠢いていたのだから。

 

「殺してやるッ! 殺してやるッ!! 殺してやるゥゥゥゥゥゥッッ!!!!」

「ヒッ、ヒヒヒハハハハハハ!! ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハハハハハハハッッ!! 最高ッ、最高だァッ!! ああ君は今まで見た中で一番美しい顔をしている!! 僕はその顔を絶望で滅茶苦茶にしたい!! 君の絶望する顔が見たいよォォォォ!!」

「お前はァァァッ!! お前だけはァァァァァァアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 ここまで、ここまで心が殺意一色に染まることがあっただろうか。

 

 憎悪が、怨嗟が、憤怒が、厭忌が。ありとあらゆる憎しみの感情が混ざり合って私を染め上げた。死んでも目の前に居る男を殺せと。その感情に抗う意思など一片たりともありはしない。一瞬の遠慮も、躊躇もなく、私はあの男を殺せるという確信がある。

 

「無駄だよォ! その鎖はチタン合金製だ。君らがどれほど怪力なのかはすでに熟知している! 鎖を引き千切るのは無理なんだよねェェ???」

「ぅぅゥゥぁぁアぁァああアアぁああああァァああああアアアッ!!!」

 

 ただの逆棘だったら良かった。両手を犠牲にするだけでよかったのだから。

 

 しかし、この杭は中心部だけがバラニウム製で、逆棘はただのチタン合金だった。故に、無理矢理抜こうとしても再生してしまう(・・・・・・・)。いくら力を入れて傷つけようとも、その矢先に直ってしまう。

 

 『呪われた子供たち』としての怪力を使わねば杭が取れないのに、力を解放すると再生力が上がってしまう。

 

 詰みだ。

 

 嫌だ、違う、何か方法があるはずだ。何か方法が――――。

 

「れ、な……ちゃ、ん……」

「真璃ッ! 今っ、今助けるからッ!! すぐにッ、医者のところに……ッ!!」

「いやぁ、友情というのは実に美しい。本当はね? 君から”加工”するつもりだったんだよ? でもこの子が身代わりになってくれてねぇ……うん、自分から望む子を作品にしていくのも中々得難い体験だった。聞けば本来攫おうとした子供を助けようとしたらしいね? 実に心優しい子だ。素晴らしい作品になってくれるに違いない! 色々と得難いものを僕に与えてくれたこの少女には実に感謝しないとね」

「――――――――――――ぇ?」

 

 身代わり?

 

 誰の。

 

 私の?

 

 どうして、

 

 

 真璃?

 

 

「れ、ぇなちゃ、んは……私が、守らない、と、ね?

 

 ――――お姉ちゃ、んは……妹、を、守る、モノ……だか、ら……」

 

 

 私の、身代わりになって、あんな姿に、なったのか?

 

 私の、

 

 私の、

 

 

 

 

 私のせいで?

 

 

 

 

 

 ――――パキリと、何かに罅が入ったような音が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「はぁっ! はぁっ……! クソッ、どこ行ったんだよアイツ等……!」

 

 蓮太郎は今現在街の中を疾駆していた。

 

 既に一時間以上は探し回ったというのに、目的の人物は影すら見えない。通行人に聞き出してそれらしき情報を得ながら少しずつ近づいては居るかもしれないが、こうも見つからないと自分は本当に正しい方向に進んでいるのか不安になってくる。

 

(情報じゃあレーナらしき子供がバンに乗せられてどこかに付れて行かれたらしいが……クソッ、急がねぇと手遅れになるぞ……!)

 

 通行人から得た情報の中には「子供がバンと並走していた」「子供が凄い速度で凄まじい蹴りを繰り出していた」という、普通の人間が聞けば相手の頭を疑う様な情報も混じっていたが、蓮太郎はソレを『レーナは『呪われた子供たち』だった』という結論を以て思考の中から一蹴した。

 

 今までその事実を隠されていたことに何か思うことが無いわけでは無いが、少なくとも彼女をこうして探している辺りそれは悪感情では無いことはわかる。彼からすれば実害なんてモノは無かったし、むしろ心癒されたくらいだ。

 

 だからこそ蓮太郎は胃が裏返そうな悪寒を覚える。

 

 『呪われた子供たち』が人攫いに遭った。その結果辿る末路などそこそこの知識がある者ならば嫌でも想像できるだろう。故に早く見つけなければならない。取り返しのつかない事態になる前に。

 

「ッ――――あった、アレだ!」

 

 トランクリッドが無残に凹んでおり、一部のサイドガラスも粉々に砕けているバンが外周区付近で無造作に駐車されていた。よく見れば道に血痕が大量に残っており、それは三階建ての雑居ビルまで続いていた。

 雑居ビルは見かけは非常にボロボロで、恐らくここ数年間碌に手入れされていなかったのだろう。しかし最上階部分だけは何故か明りが見えており――――血痕も、そこまで続いていた。

 

 固唾を飲みながら、ゆっくりと外階段を昇っていく。

 

 最上階に着くと蓮太郎は可能な限り声と足音を殺しながら、錆びた金属製の扉に耳を当てた。

 老朽化に寄って防音効果が穴だらけになったせいか、中からの声は難なくハッキリと蓮太郎の耳に入ってくる。

 

『いやぁ、今日も働いた働いた! やっぱ払いのいい仕事はやりがいがあるねェ!』

『赤目を一人攫うだけで数万円なんて、あのお兄さんも中々太っ腹だ。一体どこから収入得てるんだか』

『噂によると自分の作った”作品”を悪趣味な金持ちに売ってるらしいぜ? うへぇ、気持ち悪ぃ』

『ま、俺たちには関係のないことだがな。それより見ろよこの銃を。この前高い金払って闇市で仕入れてきたんだ。羨ましいだろ~?』

『うわぁ、勿体ねぇ。俺なら美味い飯かヤクに金をもっと使うわ』

『テメェも碌でもねぇじゃねえか!』

『『『ハッハッハ!!!』』』

 

 蓮太郎はこの会話を聞いて軽く頭がおかしくなりそうだった。

 

 児童拉致、武器の非正規ルートでの購入、麻薬、人身売買。犯罪行為のオンパレードが碌に防音もされていない扉の向こうで、まるで酒場での会話の如く気軽に話されている。

 自分の中の常識を根っこからひっくり返されるような不快感を感じながらも、蓮太郎は黙って腰の後ろに刺していたXD拳銃を取り出してブローバック。弾倉の一番上にある銃弾を銃身の中に叩きこむ。

 

(――――待てよ、俺は何でこんな事をしている? 俺がこんなことする義理なんて無い。違うか?)

 

 建物の中に踏み入ろうとする寸前、蓮太郎は一度だけ思いとどまって考え直してみる。

 

 彼からして見ればレーナと真璃は数度あっただけの子供だ。そんな子供を助けに態々死ぬかもしれないリスクを払ってこんな事を行うメリットなんて一つたりともありはしない。むしろ希少な弾代が飛ぶだけだ。

 見返りはあったところで少女たちからのお礼の言葉だけだろう。お金を渡されるかもしれないが、子供が持っているお金なんて精々が数千円だ。命を張るには余りにも安すぎる対価だ。

 

 だが、ふと蓮太郎の中に相棒である藍原延珠の顔が浮かぶ。

 

(……なんでこんな時にアイツの顔を思い出してんだ、俺は)

 

 考える。考える。考え続ける。

 

 もし、もしだ。ここで二人を見捨てて素知らぬ顔で家に帰ったとしよう。果たして自分はその事を顔に出さず、一生生きることができるのだろうか。一生、助けられたかもしれないのに見捨てたという選択を後悔し続けて生きるのか。

 

 見捨てて、ようやく仲良くなって、家族の一員として向かい入れた彼女に顔向けできるのか。

 

 

「――――すぅぅぅ……はぁぁぁぁ……クソがッ」

 

 

 自分の頭をワシャワシャと掻いて、蓮太郎は左目に意識を集中する。

 

(――――今回だけ。そして……左目(・・)だけだ)

 

 閉じた目を開くと、彼の左目の黒目部分が回転を始める。それとほぼ同時に黒目内部に幾何学模様が浮かび上がり、蓮太郎の思考はいつもと比べ物にならないレベルでクリアになっていった。

 

(『二一式黒膂石(バラニウム)義眼』――――ほとんど使っていなかったってのに、嫌になるほど絶好調だな)

 

 薄々察しているだろうが、彼の左目は通常の眼球では無い。

 

 この世界でも非常に希少な、世紀の天才レベルでもなければ図面を見ても欠片たりとも理解出来ないような設計によって形作られた義眼型演算装置。その名も『二一式黒膂石(バラニウム)義眼』。一人の天才が手ずから作った、義眼に内蔵された高性能コンピューターによる思考加速と行動予測により人間の動体視力を超越した高速戦闘を可能とする世界最高峰の『目』だ。

 

 本音を言わせてもらえるなら蓮太郎はこの力を使う気はなかった。だが中に居る者達は複数人かつ恐らく重武装。相手の練度がわからない以上、拳銃一つと武術を多少かじっているだけの自分では手に余ると判断する。それに、人命のためならば使える物は使うべきだ。

 たとえそれが自分が最も忌み嫌う人の道を外れた力であっても。

 

 もう一度息を吸って、吐く。そしてまた吸って――――

 

 

「オラァッ――――!!」

 

 

 それを合図に蓮太郎は右足で金属扉を蹴り飛ばし、素早くXD拳銃を構える。思考加速開始。建物の中に居る敵対者の人数を瞬時に把握。正面に三、右隣に一、左奥に一。合計五人。全員が短機関銃で武装。防具は防弾チョッキと質の悪いプロテクターのみ。

 

 その情報を鑑みて、蓮太郎は素早く戦闘所要時間を演算装置から叩き出した。

 

 ――――二十秒。

 

 XD拳銃の引き金を引く。まだ戦闘態勢にすら移っていない奴らの手と足に一発ずつ、正確無比な制度で四〇口径の弾丸を撃ちこんだ。余りの突然の事態に、彼らは悲鳴すら上げられず茫然としている。

 

 二人の片腕と片足に一発ずつ弾丸を撃ちこまれてようやく事態を理解したのか、短機関銃を構えて銃口をこちらに向けてくるが――――遅い。今の蓮太郎からすれば亀の様に鈍い動きだった。

 

 ――――五秒経過。

 

 三人目の手足に弾丸を撃ちこみ終え、蓮太郎はXD拳銃を床に放って廊下を駆ける。何故自分から遠距離攻撃手段を捨てたのか疑問に浮かべるだろう。しかし仕方のないことだ。残った二人は三人目を仕留めた時点で物陰に隠れようとしており、銃弾では威嚇にしかならない。

 

 蓮太郎はそんな時間稼ぎに付き合う気はなく、そんな悠長なことをするより突っ込む方が最善だという結論を導き出した様だ。数メートルの距離を五秒かからず詰め終え、右の角に隠れていた男に体を向けて腕を引き絞る。

 

 ――――十秒経過。

 

 天童式戦闘術一の型八番――――

 

「――――『焔火扇(ほむらかせん)』!!」

 

 蓮太郎の繰り出す渾身のストレートが武装した男の鳩尾に叩き込まれる。メリリッという嫌な音と共に男の体はゴムボールの様に吹き飛び、壁に轟音を響かせながら叩きつけられた。

 

 まだ気は抜かない。素早く振り返り、最期に残った奥に居る男に視線を向ける。

 

「ばっ、化け物ォッ!?」

 

 短機関銃のトリガーが今にも引き絞られそうになっている。流石に思考を加速してもこの密室では短機関銃の連射からは逃れられない。故に速攻。蓮太郎は奥の男に素早く詰め寄り、床を踏みしめた。

 

 ――――十五秒経過。

 

 天童式戦闘術二の型十六番――――

 

「『隠禅(いんぜん)黒天風(こくてんぷう)』ッ!」

 

 高速の回し蹴りが男の持っていた短機関銃に叩き込まれ、あまりの威力に男の手から吹き飛ばされる。蓮太郎はそれに留まらず、足を踏み代えて続く二撃目の『隠禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)』を男の顎に叩き込んだ。

 

 脳を的確に揺らされた男は糸が切れたように倒れ伏せる。

 

 『百載無窮の構え』の構えを取り、静かに残心。

 

 ――――戦闘終了。所要時間、きっかり二十秒。

 

「よし――――早くアイツ等を見つけねぇとな」

 

 この時の蓮太郎は少し楽観視していた。

 

 恐らくこう思っていたのだろう。この五人組は『呪われた子供たち』を殺すのが目的では無く、ただ拉致して監禁しているだけ。そして彼女らが姿を消してまだ一時間だ。更にあの五人には目立った血液の痕はない。つまり彼女らが無事な可能性が高いと踏んでいた訳だ。

 

 蓮太郎は床に放り投げたXD拳銃を回収して、奥へゆっくり進みながら個室を一つ一つ調べて――――反射的にある部屋の前で止まる。

 

 目の前に在る部屋だけ酷く、臭っていた。よく見れば扉の隅々に固まってこびり付いた血液が見える。そしてなにより――――少女の咽び泣く声が、静かに聞こえていた。

 直感的に、此処が彼女らの閉じ込められた部屋だと理解した。しかし本能がこの扉を開けることを拒否している。何故かはわからない。だが蓮太郎の中の何処からか「この扉を絶対に開けるな」という絶叫が反響しているのだ。

 

 その声に逆らって蓮太郎がドアノブに手をかけると、心臓の動悸が早まって肺が圧迫されるような錯覚が増していく。身体の至る所から冷汗が滲み出てくる。

 

 それらを理性でねじ伏せながら、蓮太郎は扉を開けて、

 

 

 

 

 

 

 地獄を見た。

 

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 が滴り落ちる。

 

 唯一の光源である蛍光灯が不安定な点滅を始め、ようやく私は自分が両足で立っていることを認識した。

 

「は――――?」

 

 男がそんな間の抜けた声を漏らした。当然と言えば当然か。先程までの自分と少女の立場が一瞬で逆転して居れば、そんな声も漏らしたくなるだろう。

 

 私の手からは既に拘束具は消え、代わりに男の肩には”ソレ”が男とコンクリートの壁に縫い付けるように突き立っていた。

 

 半ばから千切り折られた逆棘付きのバラニウム製杭が。

 

「なっ、え、あ……? ヒィアアァァァアァァアアアアアア――――ッ!?!?」

 

 男は数分も要してようやく自分の陥れられた現状を理解したらしい。先程とは真逆な無様な悲鳴を上げて泣き喚いている。もしかしたら、自分でこんな痛みを感じるのは初めてなのかもしれない。

 

 散々他人には痛みを強いて来てきた癖に、随分と軟い精神をしている。

 

「なんッ、ばっ、馬鹿なッ!? どうやって、どうやって抜け出したッ!?」

「……見たら、わかるでしょう。杭を折った(・・・・・)。それだけだ」

 

 抜けないなら、折ってしまえばいい。極限まで追い詰められて私が出した答えはそんな強引なモノだった。

 

 もし杭までチタン合金製だったら本当に諦めていただろう。しかし幸いにも杭部分はバラニウム製。鋼鉄よりは遥かに柔らかいソレは、激情のあまり脳のリミッターが外れたのか一瞬だけ発揮された自分でも異常と思える程の怪力により真っ二つに折ることができた。

 そして引き千切ったそれを私は眼前の男に向かって全力で投げつけた。状況が逆転するときに起こったのはそれだけの事だった。

 

 両手には未だに大穴が開いているが、そんなことは些事だ。

 

 そんなのは目の前に居る男を殺すのに比べて遥かにどうでもいい。

 

 床に転がっていた男の”作業道具”らしきバラニウム製の手斧を拾う。血液がこびりついており、錆びだらけだ。とても切れ味が悪そうで、これで切りつけられたら傷口はズタズタだろう。

 乾いた笑いが喉から漏れる。きっとコレを使って男は真璃をあんな出来そこないのマネキンの様に仕立て上げたんだ。

 

 だったらコレを使ってお返しをちゃんとしないと、ね?

 

 男の方へと一歩近づく。

 

「くっ、来るなァッ! 化け物ォ! お、お前たちなんて生まれてこなければ良い存在をぼっ、僕は存在意義を与えているんだぞ! お前らにィ!! お前らみたいなガストレアの出来そこないにィィィ!!!」

 

 その言葉を無視して、私は男の右肩に手斧を全力で振り下ろした。

 

 肉が潰れる音と骨が砕ける音と共に、大きな肉塊が鮮血と共に宙を舞う。

 

「…………あ?」

「まずは、右腕」

 

 そのまま斧を構え直し、有無を言わせないまま男の右耳に向かって斧を一閃。男の右耳が半ばまで切断され、残りは力で強引に引き千切る。

 

 面白いくらいに血が吹き出すのを見て、思わず笑みを浮かべた。

 

「あ、ぁあ、ひ」

「もう片方の耳も、ね」

 

 宣言通り残りの耳も斬り飛ばす。

 

 さて、次は目だな。ちゃんとくり抜けるかな。

 

「やっ、やめろやめろやめろォ!! ぼっ僕はお前なんかにィッ、こんな所でお前なんかに殺されていい人間じゃぁぁアあァァぁああアァぁあァぎヤがあァァアあァああぁァァぁぁあアアァああああ――――ッッ!?!?」

 

 訳のわからないことを言う男を無視して私は彼の右目に思いっきり親指を突っ込み、グリグリと掻き回した。念入りに、神経まで使い物にならないくらいにぐちゃぐちゃに押しつぶす。

 

 ああ、目はくり抜く筈だったのに潰しちゃった。ああ、失敗失敗。でもまぁ、結果的に見れば変わらないか。

 

 私は斧を床に放り捨て、代わりに外科用のメスを手にした。なんと世にも珍しいバラニウム製のメスだ。『私たち』にとっては恐怖すべき代物だが――――それは男に取っても同じ事か。

 

 喚く男が何やら怒号を飛ばしているが無視。遠慮なく私は手に持つメスを男の服越しに腹へと突き刺した。そして、そのまま横一線に薙ぐ。

 

「あはっ」

 

 押さえを失った臓腑が溢れ出した。赤黒いそれは嫌悪感だけを咽び返すが、私は何故か嫌悪と同時に歓喜を覚える。憎たらしい男の無様をこの目にできたからか。

 

「あぁぁああぁぁああ許して嫌だいやだこんなゆるしてくださいおねがいしますゆるして」

「うるさい」

 

 しかし一線を越えると見るに堪えないと脳が判断し、反射的に手に持ったメスを男の頭に突き立ててしまった。

 

 男は一瞬呆け、そのまま白目を剥きながら泡を吹いて沈黙。

 

 死んだか?

 

 死んだだろうか?

 

 死んだ。死んだ死んだ死んだ!!

 

 

 

「あはハハはハはははハはははハハハははははハははははハハはははは!! アッハハハはハはハはははハハはハハハハハハはハハはハハハハ!!! ……あハっ、あ……うぷっ、お、ぁ――――」

 

 

 

 ひとしきり笑って、頭が冷えて、自分のやった所業の生々しい悪寒に理性が拒否反応を起こして胃の中にあったものを全てその場で吐き出した。

 

 自分は一体何をした? 人を殺したのか? 笑いながら?

 

「う、あぁ、あ、あっぁ」

「れ、な――――ちゃ、ん……?」

「ま、り……真璃、真璃真璃ぃ!」

 

 ハッと、彼女の声を聞いてようやく正気を取り戻した。そうだ、早く彼女を病院に連れて行かないと。

 

 バラニウム製のメスで切り刻まれたのか、全身にはおびただしい量の斬り傷があり、そこから止めどなく血液が流れ出ている。荒々しく切断された腕に関しては傷口が酷過ぎて吐き気すら催す様だ。一秒でも急がないと、間に合わない。早く、早く――――ッ!!

 

「大丈夫、悪い奴はもうやっつけたから。今すぐ私が真璃を助けて――――」

「れー、なちゃん……ごめ、んね? こんな、事に……巻き込ん、で」

「何で謝るんだよ!! 悪いのはこいつ等だ! 真璃は何も悪くないんだよ……!」

 

 ――――もし彼女が、他の『呪われた子供たち』を助けようとしなければこんなことにはならなかったのではないか?

 

 そんな考えが脳裏をよぎり、思わず胃液を口から零す。違う、そんなことは、無い。

 

「でも……私は、愛されて、生まれてきた、から……皆にも、幸せを、分けて……あげ、ないと……ちゃんと、守って……あげない、と……」

 

 掠れた声で、わずかに聞こえる声で、彼女は言葉を紡ぐ。

 

 まるで遺言を残すように。

 

「生きて、いれば……ちゃんと、幸せに、なれるって……」

「死んだら意味ないだろッ!! もう喋るなァ!!」

「えへ、へ……もう、痛いのも、わからなく、なってきたなぁ……イーヴァ……怒るだろうなぁ……」

「嫌だ……いやだいやだなんでなんでなんで!」

 

 否定の言葉しか口にできなかった。

 

 目の前に在る現実をどうやってでも拒否したくて。

 

 真璃は、虚ろな目のまま空へと手を伸ばす。

 

 

 

「レーナ、ちゃん……ハッピー、バースデー…… これからも、みんなで……仲良く………生き、て……生き続、けて…………あ、ぁ……お母、さ………………」

 

 

 

 空へと伸ばされた手は、力なく床へと落ちた。

 

 頭の中が空っぽになる。

 

 なんだこれは。

 

 

 

 気が付けば、目の前には誰かが立っていた。

 

 呆けた表情で視線を上げれば、彼も私を見て絶望に歪められた顔を向けていた。アレは、誰だったか。ああ、そうだ。里見、里見蓮太郎だ。どうして彼がここに居るのだろう。助けに来てくれたのだろうか。

 

 彼には申し訳ない思いだ。

 

 きっと彼の行った事のほとんどが徒労に終わったしまったと思うから。

 

「レー、ナ……それは、真璃、なの、か……?」

 

 その問いには答えない。

 

 答えたくない。

 

 言葉を紡げば現実を認めてしまいそうで、私は自分でも驚くほど感情の消えた声で、彼に一つの問いを投げかけることしかできなかった。

 

 

「里見さん」

 

 

「私は」

 

 

「『呪われた子供たち(私たち)』は」

 

 

「こんな事をされるために生まれてきたのでしょうか」

 

 

 そこから先の記憶は、もう思い出せない。

 

 

 

 




殴って良し、飾って良し、○○○して楽しんで良し!

『呪われた子供たち』を使った手作り達磨(意味深)!今なら何と一つ当たり○万円!絶望した表情と悲鳴が気に入ること間違いなし!是非お電話を!




実を言うと目の前でじわじわと解体されていく様子を描写したかったんだけどね、うん。精神的にノイローゼになりそうで無理だった。
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