赤の女王   作:HIPのYOU

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ストック尽きた(絶望)。


九話:混迷とする心

 曇り空だったはずの空は、やがて雨雲となり大量の雫を振らせている。激しい雨音が耳を叩く度に、安物のビニール傘を差しながら二人の帰りを待っているイーヴァこと私は苛立ちを加速させていた。

 

 二人が出かけたのがおおよそ午前七時前後。そして現在、既に昼を通り越して午後の六時に到達しようとしている。ただ出かけて少し遊んでくるだけだと言った癖に、この時間の長さは明らかに「遊び」の度を過ぎていた。

 別に出かけるのは構わない。遅れるのも、理由があるなら納得しよう。しかし待たされる側の気持ちも考えて欲しいと、私は心の中で毒づいた。

 

「たいちょー、二人はまだ帰ってきてない?」

「……ああ、ご覧の通りにな」

 

 ひょい、とブルーシート張りの教室から出てきた佐奈が私の差している傘に入ってきた。

 

 どこで教育を間違えたらこんなベタベタするような奴になったんだと私は過去を軽く反芻してみる。

 

 私が佐奈と出会ったのは大まかに五年前だ。その時の佐奈の年齢は二歳。しかし彼女の精神は重度の虐待と悲惨な食生活により荒み切っていた。いくら肉体的な損傷を修復できる『呪われた子供たち』とはいえ、精神的な傷や空腹には勝てないのだ。

 

 佐奈は他の『呪われた子供たち』の例に漏れず一般家庭で生まれ落ちてしまった子供だった。当然、彼女が置かれた境遇は最悪と言っても過言では無い。特に、彼女の場合は感染したウィルスの因子により、生まれつき背中に蜘蛛の足があるという一般人にとっては異形と言っても差し支えない見た目であったのだ。

 むしろ生まれてすぐに殺されないだけマシだったのかもしれない。

 

 彼女の両親は最初こそ佐奈を殺そうとしたが、一般家庭で生まれ育った彼らに最低限人の形をしたモノを殺せる度胸はなかったらしく、殆ど隔離に近い形で育てて――――否、体のいいストレス発散の道具として”運用”されていたようだった。

 

 そんな生活を二年以上に渡って強いられ、彼女は精神的に追い込まれた末に本能的に両親を殺害。原因は粘着性の高い糸で口と鼻を塞がれて窒息死らしい。

 

 以上が、私が個人的な伝手と新聞や噂話をなどの情報を基に調べ上げた彼女の大まかな経歴だ。

 

 それで、佐奈との出会いはそこまでロマンチックなものでもなんでもない。佐奈が路地裏で本能のまま生ゴミを漁っているときに、偶然彼女を見つけた私が保護しただけの事だ。

 

 しかしその際に何らかの刷り込みが発生したのか、佐奈は異様なまでに私の事を慕うようになってしまった。少なくとも友情や親愛を通り越したと言えるほどには。

 

(別に禁止するほどではないんだけどな……少しは自重というのを覚えてくれないものか)

 

 特にソッチの気はない私にとってはその愛情の大波は少々辟易してしまう。

 

「リーダー、そろそろ探しに行った方が良いんじゃ?」

「あと十分だけ待つ。それでも帰ってこなかったら本格的に捜索開始だ」

「うーん……二人とも、大丈夫かなぁ」

「……この大雨じゃ、飛んで探せない。……面倒」

 

 待ちくたびれたのか、リザとアクィラも教室から出てきた。因みに傘は私の持つ一本しか無いので、二人とも雨に打たれて直ぐにずぶ濡れになってしまう。しかし二人とも特に気にする様子はない。リザはモデルになった動物の因子の影響で抵抗が無い様だが、アクィラはその経歴から耐性ができているだけなのか。

 

 少なくとも私は耐えられないな、と肩を軽くすくめながら私は二人をじっと待ち続ける作業を再開させた。

 

 まだ四歳……いや、今日で誕生日を迎えて晴れて五歳となったレーナの戦闘力はお世辞にも高いとは言えない。因子由来の特殊能力らしきものが発現してないならば一応、身体能力の増幅倍率限界が著しく高い場合が多いので育てれば化ける可能性こそ大いにあるが、アレはまだ磨かれていない原石だ。

 

 どんな宝石でも未加工ではただの石ころと変わらない。故に時間をかけて、ゆっくりと磨いていくのが重要だ。だからこそ既に成長限界に到達している真璃を同伴させた。

 

 因子由来の特殊能力に成長が特化している故に身体能力こそ戦闘向きでは無い因子持ちと大差ないが、既に四年以上戦い続け豊富な実戦経験を持つ彼女ならば余程のことが無い限りは安全だ。

 

 一応、『呪われた子供たち』の虐待現場に居合わせると確実に暴走するという欠点があるものの、相手が拳銃で武装したチンピラなら数分かからず撃退できるだろうと私は確信している。長年共に戦い続けたが故の信頼だ。

 

 ……しかし、その余程の事態。重武装した集団に一斉に襲い掛かられた場合の事を想像すると身が凍る思いだ。

 

 いくら身体能力が常人よりも遥かに高い『呪われた子供たち』とはいえ、限界というものはある。戦闘特化の練度の高い『呪われた子供たち』ならば例え機関銃の一斉掃射ですら凌いで見せるだろうが、真璃は違う。万が一、フルオートの重火器で複数人から一斉攻撃されれば彼女とて無事では済まない。

 

 それに虫の知らせと言うべきか、先程から私の胸の内からは嫌悪感しか刺激しない何かが溢れそうになっていた。生物としての直感とも表せるそれは、徐々に激しく警鐘を鳴らしていたを。

 

 それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか、という予感が。

 

 

「――――あ、見て見て! 誰か近づいてくるよ!」

 

 

 まず最初にソレに気付いたのはリザだった。言われて見渡せば、雨の中で何か大きな人影が近づいているのが見える。子供が何かを背負っているようなシルエットだ。

 

 それを見て私は、自分の心配が杞憂に終わったかと安堵した。様子から察するに、真璃かレーナ、あるいはどちらも遅くまで居眠りしてしまい帰りが遅くなった、そんなところだろうと。

 

 だが、アクィラの纏う空気が一変するのを肌が感じ取る。振り返れば――――一切の感情を消した真顔を浮かべた彼女が居た。

 

「……アクィラ?」

 

 

「――――シル! 子供たちを絶対に外に出さないでッ!!」

 

 

 切羽詰まった絶叫に近い叫び声を、彼女は教室へと飛ばした。

 

 その声を聞いて教室内がざわついたが、シルがすぐに収めたのか静かになった。そのせいで周囲から雨音だけが嫌に木霊する。

 

 まるで何かのカウントダウンの様に。

 

「アクィラ、何を見た」

「…………………………」

「アクィラァッ!!」

 

 自分でも訳が分からず声を荒げてしまった。何故? と疑問符を浮かべる前に――――私はソレを視界の中に入れてしまった。

 

 グチャリ、と泥を裸足で踏む小さな音が雨音の中で嫌に響く。

 

「……お前、レーナ、か?」

 

 今朝見た時と比べて、今の彼女は別人のように変わっていた。朝の彼女は少しだけ大人びた子供だったというのに、背中に布をかぶせたナニカを背負っている今の彼女はまるで戦争帰還者の様に泥の様な目をしていた。

 目に光は無く、表情も石の様に固くなっていて、何よりその右手に持っている物はこの場に在ってはならない物だった。

 

 

 何故、子供の右腕なんて持っている?

 

 

 それは、誰の腕だ?

 

 

「たいちょー……これ、まさか……」

「そんな……嘘だよね……?」

 

 

 佐奈とリザが震える声を漏らした。子供の腕を見たから? いいや、あの二人はそんな物を見た程度でそんな声を出すような者では無い。

 少なくともリザは先代リーダーの死を見ているし、何より彼女は「とある性質」により生死観が破綻している。子供の腕を見た所で動じることは無い。佐奈も子供を死体を目撃しても顔を少し歪めはするが、すぐに切り替えのできる性格だ。

 

 ならどうして、そんな彼女らがこんな声を出す?

 

 答えは簡単だ。

 

 そんな声が出てしまうほどの事態だという事だ。

 

「レーナ、背負ってるものは、なんだ」

「………………………」

「答えろ」

「………………………」

「答えろって言ってんだろうがッッ!!!」

 

 怒りのままに私は傘を放り捨てながらレーナの許へと近づき、彼女の背負っているモノに被っているボロ布を剥いだ。

 

 そして私の見たモノは、

 

 

 モノは、

 

 

 

 ()、は――――――――

 

 

 

 

「…………………………マリ?」

 

 

 乾いた笑みだけが、喉から零れ落ちた。

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 雨音をこれ程重々しく感じたことは、無い。しかしここまで自分の身が濡れることに何も感じないこともまた、無かった。

 

 空っぽの笑みすら浮かべられない。

 

 心はまるでスプーンでくり抜かれたように空虚感だけが占めている。

 

 唯一確かに感じられるのは、右手に握った大切な人の右腕の感触だけだった。

 

「―――――――――何が、あった」

 

 口を開こうとする。だけど力が入らない。まるで筋肉の隅々まで鉛を流し込まれたように身体の挙動が重々しく感じた。呼吸するだけでも、普段の数十倍の体力が消費されていくように錯覚してしまう。

 

「おい、答えろよ。答えろォォォォオオオオッ!!!」

 

 胸倉を掴み上げられ、その拍子に背負っていた真璃の遺体が地面へと崩れ落ちる。

 

 その様が嫌でも苦しくても、今も否定し続けている現実を突きつけるようで。目から流れているモノが涙なのか雨なのか、自分でもわからなくなってくる。

 何が現実で何が夢なのか。いっそのこと、今日起こった出来事全てが夢であってくれと願う。

 

 だが、現実だ。

 

 これが、現実なんだ。

 

 畜生が。

 

 

 

 ポツリ、ポツリと、私は事の経緯を可能な限り細やかに、機械の様に口にし始めた。

 

 真璃と皆へのプレゼントを買ったこと。私の分を買い忘れて真璃が一人でショッピングモールに戻ったこと。そこでどういう経緯かは知らないが、真璃が危機的状況であっただろう『呪われた子供たち』を助けようとしたこと。真璃が重武装した集団に敗北したこと。私も彼女を救出しようとしたが手榴弾の直撃を受けて敗北したこと。『呪われた子供たち』を”加工”だのなんだのとほざくサイコパスに捕まったこと。真璃が私の身代わりになってこんな体になったこと。拘束から抜け出して男を殺すことに成功したが、真璃の救出は間に合わなかったこと。

 

 全てを、話した。

 

 それを聞いている間、終始真顔のままだったイーヴァは、ついに私の胸倉を離した。そのせいでぬかるんだ地面に尻もちをつくが、痛くても心が何も感じない。そんな物はもう私にとってはどうでもいいモノだった。

 

「…………なぁ、今日、マリがどうして、お前と一緒に出かけたかったのか、知ってるか?」

 

 どうしてだろう。わかんないや。

 

 答えてくれそうな人が、居ないからか。

 

「今日が何の日か、わかるか」

 

 知らない。知りたくない。

 

 それを知ってしまえば、全部繋がってしまう。

 

 

 

「マリはな――――お前の誕生日を祝うために、お前と出かけたんだよ」

 

 

「だから、私も許可した」

 

 

「止めればよかった」

 

 

「ぶん殴ってでも、止めなくちゃならなかった」

 

 

 

 彼女は、私の誕生日を祝うために外へと足を踏み出してしまった。

 

 『呪われた子供たち』に取って誕生日は縁遠いものだ。正確な出生を知る前にそのほとんどが捨てられるか死ぬのだから。故に、真璃や私の様に出生日が明確にわかる者はとても希少なのだろう。

 

 だが真璃は誕生日になっても何も求めなかった。

 

 私もそう言う決まりなのだろうと思って、誕生日など気にも留めていなかった。ただ単に五歳になる日というだけだという認識だった。

 

 しかしそれは致命的な勘違いだったのだ。

 

 真璃は貰うことは拒否しても、与えることは進んでやる。彼女の本質は献身。故に、誕生日を迎えた私に何かしらのプレゼントを与えようとしていたのだろう。

 私が誕生日の事をすっかり忘れていたのも利用して、きっと驚かせる魂胆だったのかもしれない。

 

 結果的に、最悪の形で驚くことになってしまったが。

 

「ははっ、あっはははは、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!

――――クソがァァァッ!! なんでッ、お前が、こんなっ、こんなぁぁぁぁああああ――――ッ!!」

 

 イーヴァが怒りに任せて瞳を赤く変えながら何度も地団駄を踏む。その度に地面は抉れていき、小さくない揺れが周囲一帯を襲う。

 しかしそれを止める者は誰もいない。全員が真璃というかけがえのない存在の死に動揺しているのだ。あの鉄面皮であるアクィラさえも真顔のまま何度動きも見せなかった。

 

 地面に崩れ落ちていた私の髪をイーヴァが乱暴に掴み上げる。痛い。でも、抵抗する気が起きない。

 

 

「お前がッ――――お前がぁぁぁぁあああああああああ!!!!」

 

 

 頬にイーヴァの握り拳が叩き込まれた。ミシリと音がして奥歯に罅が入り、前歯が一本程口から放り出しながら私は吹き飛ばされ、地面の上をのたうち回る。

 

 しかし風切り音がした瞬間――――私の体に鋭いスタンプが叩き込まれ、回転は停止。代わりに私の口からは肺の中の空気と何処からか出血したのか血液が這い出てきた。

 

「ご、はぁ、あがっ――――」

「何故だッ! 何故アイツを見殺しにしたァッ!! 目の前に居たんだろうがッ……! 助けられたんだろうがァ!! なのにお前はッ、呑気に寝ていたのか!!? アイツが、目の前で、こんな身体にされていたって言うのにッ!! お前はァッ!!!」

 

 私に対して馬乗りになったイーヴァは、その拳を振り上げて、何度も振り下ろした。

 

 一回、二回、三回――――頬が殴られるたびに骨が砕ける音がする。だけど相変わらず痛みを感じない。生暖かい血だけが口の中に溢れていく。

 

「お前なんか拾わなければよかった……!! こんな事になるなら、あの時さっさとマリを連れて帰っていればッ……!! こんな、こんな事は起きなかったんだッ……!! なぁっ、おい! どうにか言えよォ!!お前がッ、お前が殺したんだろうがァッ!!! お前がァァァァアアアアアア!!!」

 

 殴られた方の頬が、まるで水風船のように膨らんでいる。それを呆けて眺めながら、私はイーヴァの振り上げられた拳に視線を移した。

 

 ――――ああ、アレは、受けたら死ぬな。

 

 恐らく加減無しの全力の拳を私の顔面に振り下ろす気だ。受ければ地面に落とした柘榴の様な愉快な頭蓋の出来上がりだろう。そんな事を、まるで他人事の様に思考する。

 

 怖くはない。理解して居るからだ。彼女には私を殺す権利がある。親友を見殺しにした私は、彼女からすればさぞかし目障りだろう。

 私も、もう生きる気など欠片も無い。

 

 なら、せめて最期にこの命を有意義に使おう。イーヴァの怒りの晴らし所として。恩を仇で返したのだ。最期くらいは、この人達の役に立ちたい。

 

 

 拳が引き絞られる。そして、振り下ろされて――――

 

 

 ――――パァン!!!

 

 

 その寸前に、銃声と共に放たれた一発の銃弾がイーヴァの腕を貫いた。

 

 突然の出来事にイーヴァの顔から怒りが抜けて、彼女は銃創の出来た腕を呆けながら眺めた。力を解放しているというのに、傷は未だくっきりと残っている。バラニウムの弾丸で撃たれたのか。一体誰に。

 

 視線だけを動かせば、イーヴァの背後でアクィラがリボルバーを構えていた。

 

「アクィ、ラ……どういう、つもりだ。お前」

「――――それは、こっちの台詞。リーダーが庇護対象を殺そうとするなんて、どういうつもり」

「ふざ、けるなよ。こいつはっ、マリを、殺したんだぞッ!!」

「……一度頭を冷やした方がいい。それに――――私たちはいつ死んでもおかしくないと、貴方は言ったはず。それともあの台詞は、出任せ?」

「お前ェッ!!」

 

 激昂のままイーヴァがアクィラへと襲い掛かろうとしたが、その前に彼女は引き金を引いた。

 

 放たれた物体がイーヴァの額に叩き込まれる。一瞬私の思考が止まった――――が、イーヴァに当たって地面に転がったソレは金属の弾丸ではなく、ゴム製の玉だった。

 しかし非致死性とはいえ、それなりの質量を持った物体が炸薬により加速されて生み出されたエネルギーは馬鹿にできない。見事に直撃を受けたイーヴァは脳を揺らされて、その場で目を剥いて倒れ伏してしまった。

 

「……リザ、佐奈。この馬鹿を中に運んで」

「…………了解」

「なんで、こんな事にっ……」

 

 倒れ伏したイーヴァはリザと佐奈に引き摺られて、ブルーシートの向こうに消えていった。途端に小さく騒ぎが聞こえるが、雨音のせいで何を言っているのかは、聞こえなかった。

 

 泥を踏む音がしてそちらを向けば、アクィラが真顔で私を見下ろしていた。

 

 何を考えているのかはわからない。彼女はそのまま数秒間だけ私を見て、何も言わずに踵を返してしまう。それを見て、私はようやく心に温度が戻った。

 

 とても、冷たいものではあったが。

 

「待っ、て……わっ、私、何を、すれば――――」

 

 

「――――勝手にすればいい」

 

 

 切り捨てるように、彼女はそれだけを言って青い壁の向こうへと姿を消した。

 

 ざぁ、ざぁと、無機質な雨の音と冷たい雨だけが私を包み込む。皆の方へと手を伸ばそうとして――――やめる。そうだ、もうあそこに私の居場所は無い。

 もう、居場所なんて何処にも無いんだ。真璃を殺した私なんかに。

 

「あ、あは、っ――――」

 

 仰向けになっていた身体をゆっくりと起こして、私は自分の家があった場所から反対の方向へと歩み出した。

 

 その歩みは最初こそ亀のように鈍いものであったが、少しずつ、少しずつその歩みは早くなる。此処に居てはいけないという強迫観念がやがて全身に染みわたり、数分後には私は既に全力疾走を始めていた。

 現実から逃避するように、情けなくも私は皆の前から逃げたのだ。もう罵倒すら受け入れられる余裕が、私の中には残っていなかったから。

 

 

 

 

「ぁっ、あぁぁああっ――――あぁぁぁああああアァぁぁああァあああぁァアああぁああああアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。力の限り叫びながら走り続ける。

 

 ぬかるんだ地面に足を滑らせて転んでも、そこらに転がった小石につまずいて擦りむいても、両脚の銃創から夥しく血が出てもただ走り続けた。もう何処にも行く場所なんてないのに、無駄な足掻きだというのに、今はそれしかやることが思いつかなかった。

 

 もう何十分、何時間走り続けただろうか。周囲は見たことのない建物だらけで、自分のいる場所が何処かわからない。だけどそんなの、もう関係無いだろう。

 

 どれ程走り続けたのかはわからないが、精神的な疲弊により私の中から走る気力が尽きた。肉体が健康でも、精神が病んでいれば意味は無い。肉体と精神はどちらも健康であって初めてその力を十全に発揮するものだ。

 

 段々勢いを増してきている雨音と水たまりの上を歩く水音だけが聞こえる。ぼうっとしながら歩いていると、やがて足がもつれて私はその場で顔面から勢いよく地面に叩き付けられた。

 

「………………ぁ、はっ」

 

 最後の気力を振り絞って、私は身体を仰向けに姿勢を変える。

 

 雲の向こうにあったであろう日の光は既に消えており、何の光も通さない漆黒の帳だけが空を覆っている。辛うじて見える光は街灯の頼りない光くらいだ。

 かつて願いを託したはずの星の光は、見えず。

 

 たった、たった一度の失敗で人生という代物は此処まで堕ちることが出来るのかと、思わず冷笑を浮かべた。

 

 どうして、こうなってしまったのだろう。

 

 確かに悪い事はしてきた。生きるためという大義名分を掲げて他人の物を奪って生き続けてきた。これがその報いなのだろうか? だとしたら――――ふざけるなと、高らかに叫びたい。

 

 私たちを此処まで追い込んだのは誰だ。

 

 必死に生きようとしている少女を罵りながら虐げようとする奴らに罪は無いのか。

 

 何故、私たちだけがこんな目に遭わなくてはならない。

 

 誰が間違っている? 『呪われた子供たち(私たち)』たちか? 『奪われた世代』か? この世界を滅茶苦茶に荒らし回っているガストレアか?

 

 ――――いいや、違う。どれか一つが正解なんてモノじゃないんだ。間違っているのは、

 

 

「――――――――全部、間違っているんだ……!!」

 

 

 力を持っていながら怯えて抗おうとしない『呪われた子供たち』も。

 

 その胸の内で滾らせている憎しみを向ける方向を間違えている『奪われた世代』も。

 

 世界の全てを破壊し尽くした忌々しい怪物(ガストレア)も。

 

 全部間違っていた。そして、それを誰も直そうとしない。直そうとしている人間がいても、大勢がそれを邪魔しようとする。こんな壊れ果てた世界の方が、憎しみを晴らすのに都合がいいから。

 

 そして不幸にも、そのツケは『呪われた子供たち(私たち)』へと押し付けられる。ガストレアの所業も、『奪われた世代』の憎悪による被害も、全部私たちへとぶつけられる。

 

 私たちが、抵抗しないことを良いことに。

 

 

「誰かが、立たないと……ッ!」

 

 

 早く誰かがこの連鎖を止めなければならない。壊れかけの世界を壊し尽くして作り直さなければならない。でなければ、真璃の様な被害者が増え続けるのを止めることはできない。

 

 一瞬だけ、自分がその役を引き受けようと考えて――――やめる。

 

 もう、疲れた。

 

 休もう。

 

 朝になる頃には、きっと楽に――――

 

 

「…………………………、ぁ」

 

 

 閉じかけていた瞼の間から車のヘッドライトらしき明りが差し込んできた。私はどうやら車道の上で寝転がってしまったらしい。無意識に笑いが口から零れた。此処まで生き長らえておいて、最期は轢死か。あっけない物だ。

 どうせなら、苦しまない様に頭を踏みつぶしてほしい。いや、痛いかもしれない。

 

 まあ、どうせ死ぬなら、どうでもいいか。

 

 瞼を閉じる。

 

 

 

 

「……………ぇ?」

 

 何時まで経っても”その時”はやってこなかった。

 

 薄く瞼を開けば、どうやら私の方に向かって来ていた車が急停止したらしい。流石に子供を轢き潰すのは気が引けたのだろうか。一思いにやってくれて良かったのに。

 

「待ってくださいお嬢様! 困りますよ、急に飛び出されては!」

「喧しいわ! 目の前に子供が寝てるのに気づいてもいなかった癖に、自分なに偉そうに言うてるん!」

「も、申し訳ございません……」

 

 疲労からか、可能な限り瞼を開けようとしても視界がぼやけていて何が起こっているのかさっぱりわからない。

 

 声だけ聴けば、どうやら「お嬢様」と呼ばれた者が運転手と口論をしているようだが。もしかして目の前に私が居たことに気付かなかったせいで怒られてしまったのだろうか? それは、申し訳ないことをしてしまった。

 

「自分、どうして此処で寝てるん? 親とはぐれた……訳でもなさそうやし……」

「お嬢様、この身なりは恐らく外周区の子供かと。珍しいですね、こんな内地にまで姿を見せるなんて……」

「怪我は……無さそうやな。でも――――生きる気力を無くしてしもうたみたいやね」

「はっ? お嬢様? 一体何を……」

「ほら、早うこの子乗せる準備するんや! ウチの家までは運ぶで!」

 

 身体が一瞬だけ浮遊感を感じた。

 

 一体、何が起こっているんだろう。ぼやけた視界のまま、私は自分を持ちあげただろう人の顔を見る。

 やはりよく見えない。しかし、どうしてだろうか。彼女がとても、優しい笑顔を浮かべているような気がするのは。

 

 

「もう大丈夫やよ。ここで出会ったのも何かの縁。元気になるまでウチがしっかり面倒見たる」

 

 

 そんな、優しさに満ちた言葉を最後に私の意識は落ちた。

 

 この出会いが、自分の運命を大きく変えた分水嶺だとも知らずに。

 

 

 




この人がここで登場するのを予想できた人はいたかね?
ちなみに私は別に関西生まれでもなんでもないので関西弁台詞は怪しいかもしれない。
出来るだけ頑張るけど、変だと思ったら指摘して、どうぞ(謎の上から目線)


イーヴァちゃんキレ過ぎぃ!と思う人がいるかもしれないけど、物心つく以前からずっと共に生き抜いてきた自分の半身とも言える相棒が突然惨死体となって現れたらね、八つ当たりくらいしたくなるよ。
度が過ぎていると言われたらぐうの音も出ないけど。


前書きに書いた通りストックが尽きましたので次回からは不定期更新となります。頑張って早く作るようにはするけど遅筆だから期待はしないでね……。
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