カッツェ平原で二人の男が対峙していた。
(ここでリ・エスティーゼ王国軍を一方的に蹂躙した記憶はあるけど……今回はそうはいかないだろうなぁ……)
対するは山羊の頭を持つ悪魔。スーツにシルクハット、マントを羽織ったその姿は間違いなくモモンガの知っているギルドメンバー。ナザリック最強の魔法詠唱者、ワールド・ディザスターのクラスを持つウルベルト・アレイン・オードルその人であった。
従えるは大量の悪魔の軍勢だ。しかし、その中に見知った顔が見え隠れしている。
(あれは……王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフ?それに横にいるのは聖王国の聖騎士たちか!?バハルス帝国の騎士もいる……しかし……)
様子がおかしい。彼らはどう見ても人間には見えない。ある者は頭から角が突き出し、あるものは背中から漆黒の翼を生やしている。
(……全員異形の悪魔と化している?)
「やあ、モモンガさん」
「ウルベルトさん……その後ろの人たちは?」
「ああ、これですか。現地の勢力を
緊張したモモンガとは対照的にウルベルトは明るく手をあげて挨拶を交わす。
「ウルベルトさん!どういうことですか!?あの宣戦布告状は何なんですか!?アインズ・ウール・ゴウンって……」
「ギルドの名前を名乗った理由が知りたいんですか?勝手に名前を使うなって怒ってナザリックから出て来るんじゃないかなと思ったからですよ。絶対にここに来て欲しかったですから」
「お、怒る?怒るわけないじゃないですか。ウルベルトさんもアインズ・ウール・ゴウンの一員なんですから……」
「そうですか?後ろのNPC達の様子はそうは見えませんけど?」
後ろに控えるシモベ達の様子を振り返る。すると明確な怒りを宿す目がちらほらと見られる。ウルベルトに作られた以外の者達だ。
「それよりどうしてこんなことをするのか教えてくださいよ!おかしいじゃないですか。俺たちが戦うなんて!」
「おかしい?そう、おかしいですよね?だから私が来たんですよ」
「何を言ってるんですか?そ、そうだ!他のみんなも来てたんですよ!」
ウルベルトの言っていることが分からない。おかしいのを認めるのになぜこんなことをするのだろうか。モモンガの脳裏に思い浮かぶのはウルベルトより以前にきたメンバーたちだ。彼らの様子のおかしさをウルベルトは知っているのだろうか。
そんなモモンガの思いを知ってか知らずか、ウルベルトは顎に手を当ててモモンガを見つめている。
「ウルベルトさん。こんなことをしている場合じゃないんです!ギルドが!俺たちのギルドが崩壊しそうなんですよ。るし☆ふぁーさんにアリアドネを発動させられて……。助けてくださいよ!」
「助け?もちろんモモンガさんを私は助けますとも」
モモンガを助けに参上したと宣うウルベルト。その言葉に一瞬安堵しそうになる。しかし、だとすると宣戦布告は何だったのだろうか。モモンガが疑問を投げかけようとしたその時、モモンガの後ろから声が上がる。
「ウルベルト様!お会いしとうございました!」
それはデミウルゴスの声であった。ウルベルトの創ったNPCだ。その最高レベルの力を持ち、幾多の悪魔を従えるナザリック随一の知恵者だ。
一歩前に出たデミウルゴスは恭しく頭を下げる。
「こいつは……デミウルゴスか?まぁいい。戦争の時間だ。システムコマンド『従え』!デミウルゴス、そしてその配下の悪魔たちよ。我がもとへ集え!」
「ウ、ウルベルト様……な、何をおっしゃっているのでしょうか?」
「これから戦争を始める。お前たちは俺につくのかモモンガさんにつくのかどっちかな?」
ウルベルトの言葉にデミウルゴスはモモンガを一度見た後、苦しそうに眉間に皺を寄せる。しかし、その返事にははっきりしたものであった。
「それはもちろん創造主たるウルベルト様です!」
ナザリック傘下の悪魔たちがウルベルトの陣営へと移動を開始する。
「さて、これで互角、と言ったところですかね?」
「ウルベルトさん!?話が見えないんですけど!」
「ですよね。お互い話が届かない!だからこそこうするのですよ!」
ウルベルトはオーケストラの指揮をするマエストロのように両手を天空に掲げる。
「さぁ、我が傘下の悪魔の軍勢たちよ!この大厄災の魔たるウルベルト・アイレン・オードルが命じる!システムコマンド『悪を執行せよ』!」
オオオッと大地を劈く雄たけびとともに悪魔の軍勢がナザリックのシモベ達に襲い掛かる。
「さて、開幕の花火と行きましょうか!
ウルベルトの放った広域化された隕石群がシモベたちに降り注ぎ、中レベル以下のものが消え去っていく。仲間たちと作り上げた子供たちが消失していく姿にモモンガは悲鳴を上げる。
「ウ、ウルベルトさん!?」
「これで少しは声が届くようになりますかね。さぁ、高みの見物と行きましょう!《
血が舞い、肉が躍る地獄と化したカッツェ平原。目も覆いたくなるその光景を眼下に、全体化された飛行魔法によりウルベルトに手を引かれモモンガは遥か上空へと舞い上がって行くのだった。
♦
「おー、モモンガさん見てください!人がゴミのように消し飛んでいきますよ!」
「ウルベルトさん!あれは俺たちの創ったNPCなんですよ!」
上空から戦場の様子を俯瞰する二人。地上では凶悪な魔法とスキルの応酬が軍レベルで行われる地獄絵図が広げられている。
「おっ、シャルティア沈んだー!あいつ一番脅威だから波状攻撃で一番に仕留めるように指示出しておいたんですよ。残してたらスポイトランスが脅威ですからね!」
カラカラと笑いながら戦場を実況するウルベルト。宣戦布告して戦争を始めながら自分は高みの見物。それも敵の大将であるモモンガと一緒に。理解が及ばない。
だが、それでも気になって仕方がないことがたくさんある。
「ウルベルトさん!何がしたいんですか!もしかしてたっちさんとか他のギルドメンバーのことも知ってるんですか!?この世界にみんなも移転してきたんでしょう!?なんでナザリックにこんなことをするんですか!アウラやマーレたちが動かなくなったのにも関係あるんですか!?」
「質問が多いですね。確かに不思議に思うのも分かります。じゃあ一つずつ答えましょうか。まず一つ目、何がしたいのか。それはモモンガさんの目を覚ましたいんですよ」
「目を……覚ます?」
「こちらの声は届いているみたいですね。みんなに聞いた話と違うなぁ……。NPCが減ったのがよかったのか?」
「は?何を言ってるんですか!?目を覚ましたいってなんのことですか!?」
「みんな言ってませんでしたか?モモンガさんに目を覚まして欲しいって。仲間たちの声、聞こえていませんでしたか?」
「目を覚ます?そんなこと言って……いや、待ってください」
モモンガは仲間たちが言っていたことを思い出す。たっち・みーは、ぶくぶく茶釜は、ペロロンチーノは、やまいこは、るし☆ふぁーは何と言ってただろうか。
「たっち・みーさんは……目を覚ませと言っていましたね……。いや、ぶくぶく茶釜さんもペロロンチーノさんもやまいこさんも……。姿は見ていないけどるし☆ふぁーさんも目覚めろって……いや、ちょっと待ってもしかしてヘロヘロさんも?」
だが、目を覚ませと言われてもモモンガには何のことだか分からない。アンデッドであり目を閉じることさえないのだから。
「次の他のメンバーたちのことを知っているか、でしたか。答えは『YES』。その次の最初からこの世界に移転してきていたのか、『NO』」
「他のみんなのことも知ってる!?じゃあるし☆ふぁーさんがあんなことをするって知っていたんですか!?たっちさんやペロロンチーノさんたちの様子がおかしいのも!?みんなもこの世界に来たのに何でナザリックを壊そうとするんですか!助けたいって……。本当に助けたいならこの世界で一緒にギルドを守りましょうよ!!」
モモンガの心からの叫びにウルベルトは目を伏せながら両手を広げ、世界を指し示す。
「モモンガさん。先ほどから『この世界』と言っていますがこの世界のことをどう認識してるんですか?」
「それは……。異世界に転移してきたんでしょう。ナザリックと一緒に俺たちがこの知らない世界に」
モモンガの答えにウルベルトは困ったように頭を振る。
「なるほど……そういう認識ですか」
「だってそうでしょう!ユグドラシルはサービス終了したんです!それにここは全く知らない世界!ここではゲームではあり得ない痛みや温度なんかも感じますし、コンソールも開きません!別の異世界としか思えませんよ」
「確かにここはユグドラシルじゃありません。でも異世界なんかじゃあありませんよここは」
異世界ではない。ウルベルトは何を言っているのだろうか。そんなことがあるはずがない。
「ではどこだと言うんですか!?」
「ここはあるデータサーバー内部です」
「……データサーバー?いや、そんなはずはありません!ユグドラシルのゲームサーバーはダウンしたんでしょう!?いや、それとも別のゲームサーバーに移った世界がここって言うことですか!?」
「いえ、ここはゲームサーバーではありませんよ。言ったでしょう。データサーバーだと」
データサーバーとはゲームサーバーとどう違うと言うのだろうか。だが、どちらにしろそれはあり得ないとモモンガは断定する。
「データサーバー?いや、それだとしても痛みを感じるのはおかしいじゃないですか!?それにコンソールも出ないし!」
「コンソールが出ないのはゲームに必要な脳内ナノマシンが排出されてしまっているからですよ」
「脳内ナノマシンが排出されたらサーバーから強制退出されるでしょう!?」
ウルベルトの言う通りゲームを開始するには体内にナノマシンを注入する必要がある。しかし、このナノマシンは時間経過で体外へと排出されるため長時間プレイしていたりするとナノマシン不足の警告メッセージが表示され、ゲームから強制退出させられるのだ。
「いえ、脳内ナノマシンなしで稼働が可能で、痛みや身体感覚を感じることができるデータサーバーがあります」
「はぁ!?そんなのどこにあるって言うんですか!?」
「そのデータサーバーはここにあるんですよ。ここに」
ウルベルトが悪魔の尖った指先をモモンガを額へと突き立てる。
「俺?俺がどうかしたんですか?」
「だから。データサーバーはモモンガさんの頭の中なんですよ!」
「はぁ!?ここが俺の頭の中?じゃあウルベルトさんは何で俺の頭の中にいるんですか?」
幽体離脱して入ってきたわけでもあるまい。
「最初から説明しますね。モモンガさんはユグドラシルのサービス終了までゲーム世界の中に居ました。それは間違いないですね」
「ええ、まぁ……」
「そして、サービス終了時刻、ユグドラシルはゲームサーバーをダウンさせました。それは俺も他のみんなも確認しています」
「それで異世界に来た……」
「何言ってるんですか?ゲーム内の世界ですよ。それが異世界に転移などするはずがないでしょう。ゲームデータが移転するのはサーバーからサーバーでしかありません」
「え……。じゃあここはユグドラシルと別のサーバー?別のゲーム?」
「違います。ユグドラシルが終了した時、モモンガさんの使っているゲームハードに不正なプログラムが発生したんです」
「不正なプログラム?」
「はい。ナザリック地下大墳墓を含むデータ領域およびその中にいたキャラクターデータ等がコピーされ、別のデータサーバーへと移されたんです」
データが移された。その言葉にまさかとモモンガは嫌な予感を感じる。
「それが移された先はモモンガさんの脳の一部です。脳の一部がデータサーバーと化してそこにナザリックのデータが保存されたんです。それがここのナザリック地下大墳墓というわけです」
「そんな!だってコンソールも出ないのに……」
「でも、システムコマンドは発動したでしょう?」
「え」
「アウラやマーレに対してですよ。ネットワーク接続が必要なログアウトなどのコマンドは無効ですが、オフラインで可能なNPCへの命令コマンドは有効です。アウラやマーレが動かなくなったと言いましたよね。それはモモンガさんが『停止』のシステムコマンドを命令したからですよ」
「そんな……で、でも……そうだ!痛みや体温を感じるのはおかしいでしょう!」
「それこそここがモモンガさんの脳内サーバーだと言う証明じゃないですか。ここは痛みや温度を感じる中枢神経を管理するモモンガさんの脳内なんですよ。だからモモンガさんだけは痛みや温度を感じることが出来ます。ちなみに俺は外から有線で接続してるだけなので痛みも温度も感じませんよ?」
「でもなんでこんな面倒なことを……」
「その不正プログラムにジャミングされているからです。プログラムと言うのは目的を失っては存在しえない。私たちの存在を目的を脅かすウイルスと判断したんでしょう。ですからモモンガさんに言葉を伝えようとしても、行動がおかしく伝わっていたんですよ」
「プログラムに歪められた?るし☆ふぁーさんの行動も?」
「いえ、あれはるし☆ふぁーさんがもともと設置していたギルド崩壊コマンドだったらしいですよ。サービス終了時に発動させるつもりで忘れていたとか言ってましたね」
「……」
るし☆ふぁーはどこまで行ってもるし☆ふぁーだったらしい。
「でも、それも悪いとは言えません。不正プログラムは確実にナザリックのどこかにいます。それを消去する、またはあぶり出す必要があったんです」
今、まさに殺し合っているNPCたちもそう言った目的で争わされているというわけか。
「じゃあもしかして時間が巻き戻ったのも何か関係してるんですか?サービス終了直前まで……」
「モモンガさんの精神が不正プログラムによって犯されていたので、脳内データを初期化しました。モモンガさんに無断で行って申し訳ありませんが必要な処置だったんです」
「そうですか……いや、まだ疑問はあります。NPCの自我についてはどう説明するんですか。自立して考えて行動してるんですよ?」
「それなんですが……モモンガさんにはそう見えているんですか?」
「へ?」
「たっちさんも他のみんなも言ってました。NPCは元通りだったと」
「えっ、いや、そんな、勝手に動いているんですよ」
「俺にもそうは見えません。どのキャラクターもコマンドで命令した通りの動きしかしてません。恐らくそれもモモンガさんがモモンガさんの脳内で見ているからそう感じているんじゃないでしょうか」
「そんな……」
「ショックを受けているところ申し訳ないですが、一つ大事なことを言わなければならないんです」
ウルベルトは声のトーンを落とすとモモンガの耳に顔を寄せる。
「このままここに居るのはモモンガさんの命が危ないんですよ」
命の危険という言葉にモモンガは息を飲みこむ。ここで言う命とは、蘇生可能なこの世界の命ではなく、そういうことなのだろう。
ウルベルトが驚愕の事実を語り出す。
♦
「ここからはリアルの話をしましょうか」
ウルベルトは声のトーンを変える。出来るだけ暗くならないよう無理に明るい声を出しているようだ。
「まず、最初に異変に気付いたのは俺も含めたギルドメンバー数人でした。ユグドラシルのサービス終了日からモモンガさんにコンタクトを取ろうとしても一切返事がなくなったからです」
「俺が脳内サーバーに移動してしまったから?」
「ええ。それで私たちはモモンガさんの自殺を疑いました」
「自殺?」
何で自殺しなければいけないのだろうか。確かに貧しい生活ではあったが、そこまで追い詰められていたわけではない。ユグドラシルという楽しみだってあったのだ。
「ユグドラシルを失ったショックで生きる気力がなくなったんじゃないかってみんなで心配したんです」
「俺……そんなにユグドラシルに依存しているように見えました?」
「はい」
「……」
「それで申し訳ないんですが、モモンガさんの住所を調べて尋ねてみたんですよ」
「えっ、来てくれたの!?」
「だって心配じゃないですか」
ウルベルトは何気なく言ってのけるが、一緒にゲームしていたというだけの顔も知らない人間を心配して探してまで訪ねてくれる人がどれだけいるだろうか。モモンガは素直に感激する。
「で、大家に中を見せてくれるようにお願いしたんです。そしたらもう警察が来た後だって。それで中にはもう誰もいないって」
「警察?」
「はい。でも自殺なのか事件なのか分かりませんがそんな話はどこのニュースにもなっていませんでした」
「それはどういう……」
「人が一人消えたのに何のニュースにもならない。俺はおかしいと思いましたね。腐りきった世の中です。誰かが権力や金を使って事件のもみ消しを図ってるんじゃないかってね」
「まぁ底辺の俺なんか簡単に消されちゃうでしょうね……」
「そんなこと言わないでくださいよ……モモンガさん。底辺だろうと一生懸命生きているのはアーコロジーの富裕層と変わらないでしょう。俺は悔しくってですね……、調べたんですよ」
「調べた?」
「モモンガさんの家に来た警官のことをです」
「誰……だったんですか」
「……たっち・みーです。たっち・みーが警官以外の数人の男と中を調べて人を運び出していったと目撃した者がいました」
「たっち・みーさんが……。そう言えばあの人、警察官でしたね」
「たっちさん以外の数人は制服を着ていた。それも詳しく調べたところユグドラシルの開発会社のものだということが分かりました」
「開発会社が?」
「それで俺は開発会社を当たってみました」
なぜこの友人は自分のためにここまでしてくれるのだろうか。友情なのか底辺に身を置く人間の反骨心なのか。どちらにしても憧れる行動力だ。
「制作会社のスタッフ何人かに当たってみましてね。ちょっと脅したら吐きましたよ。警察官に賄賂を渡して、自社ゲームでの事件を隠蔽しているってね」
「え……」
「俺は許せませんでしたね。富裕層の勝ち組でゲームの中では正義の味方を気取って綺麗ごとばっか言っていたあの男がですよ?自分の懐を温めるためにモモンガさんを売ったって言うんですよ」
「たっちさんがそんな……」
「俺とたっちの奴はそれまでにもいろいろありましたからね。モモンガさんにまでそんなことするなら……本気でぶっ殺してやろうと思ってたっちの所に行ったんですよ」
「そんなまさか……」
「たっちの奴は認めましたよ。自分は制作会社に金をもらった悪徳警官だと」
モモンガは何も言えなかった。現実の警察組織が完全に腐っているのは知ってはいた。しかし、たっち・みーがそんな悪事を働く人だとは思えないし、目の前の男が本気で人を殺そうとする人とも思えない。
人を殺してやろうと言う悪党のウルベルトと不正を働いた悪徳警官のたっち・みーの邂逅。それが自分の親友たちだとはとても思えなかった。
モモンガの心配そうな目に気づいたのか、ウルベルトは険しくしていた目を緩めて、やれやれと両掌を上に向ける。
「でも話を聞いて俺の気は変わったんですよ」
「え?」
「たっちさんが金をもらっていたのも事件を隠蔽しようとしていたのも事実です。ですがたっちさんは制作会社にある条件を提示していたんです」
「ある条件?それは……?」
「モモンガさんの身の安全です」
「……」
どうやらたっち・みーもウルベルトも考えていたことは同じだったようだ。いつも喧嘩ばかりしていた二人が、と思うとモモンガから思わず笑みが漏れる。
「たっちさんは、モモンガさんを目覚めさせるように協力することを隠蔽の条件としました。それで俺はそれに協力することにしたと言うわけです」
「じゃあ俺は今どこに……」
「病院の一室に居ますよ」
「病院……」
「でも時間がないんです。さすがにモモンガさんをずっと寝かしておくわけにもいきません。そろそろ時間もお金も限界なんです。ですからモモンガさん。戻ってきてください!」
「でも……どうやって?コンソールも出ないんですよ」
「大丈夫です。今からナノマシンを注入しますからコンソールは開くはずです。それでこの仮想データサーバーから抜け出せます」
「ナノマシンを……」
確かに先ほどの話からするとナノマシンを注入することはログアウトするためには必要不可欠である。
「それからもう一つ。もうここには戻ってこられなくなります」
「え、俺の頭の中にあるんですよね。いつでも来られるんじゃないですか?」
「不正プログラムが目的を失うからです。目的を失ったプログラムは消失するしかありません」
ナザリックにもう帰ることは出来ない。その言葉に少なからずショックを受ける。ユグドラシルが終了する時、とっくに覚悟はしていたはずだが、それでもモモンガは心の底から湧き上がってくる哀愁を隠し切れなかった。
「さぁ、もう時間がないですよ。ナノマシンを……」
ウルベルトがモモンガを誘うように手を差し出したその時、燃え上がるような激しい怒りを含んだ美しい声がモモンガの後ろから湧き上がる。
「モモンガ様!その者の言葉に騙されてはなりません!」
♦
モモンガが横を振り向くとそこにいたのは怒りに髪を逆立て、鬼のようにウルベルトを睨めつけているアルベドであった。腰から生えた漆黒の翼までもが怒りに震え、完全戦闘態勢を取っている。
「アルベド!?氷結牢獄にいたんじゃないのか!?」
「モモンガ様。ご命令に背いた罰は後で如何様にも受けます。ですが、モモンガ様をお守りするため参上させていただきました!」
「アルベド。俺が騙されているとはどういうことだ?」
「モモンガ様……私は考えていたのです……。これまでの至高の御方々の奇行、そしてこの世界のありよう。どう考えてもおかしい……、おかしすぎると。しかし至高の御方のおっしゃることと従って参りました。しかし、今回のあの悪魔となった人間達。そしてナザリックの者同士での争い。確信いたしました!これはすべて幻術によるものと思われます!」
「幻術だと?こんな大勢に?しかもこの規模で?」
「はい。ワールドアイテムまたはそれに匹敵する能力の行使によるものか……」
「それはおかしい。俺はワールドアイテムを所持している。俺にワールドアイテムによる幻覚は通じないはずだ」
「いえ、モモンガ様本人に幻術をかけたのであればそうでしょうが、幻術をかけた対象がこの世界だとしたら?」
「世界!?」
モモンガの脳裏に世界にかける幻術についての知識が呼び覚まされる。世界に幻術をかける。それはあらゆる事象の代替となるものだ。世界のすべてがその幻術を信じればそれが現実になると言うこと。その現象は死者の蘇生すら可能とする。
アルベドの言葉を聞き、困惑するモモンガを見ながらウルベルトが笑いだす。
「はははははは!何を言っているかと思えば。モモンガさん、確信しました。そのNPCは他のNPCのような人形じゃない。俺にも勝手に話しているように見える。間違いない、それが不正プログラムだ」
「アルベドが!?」
「モモンガ様!幻術により作られた者の言うことに耳を貸してはなりません!」
「俺が幻覚だというのか?では俺の話をしたことも?俺自身が幻覚だとしたらモモンガさんと俺しか知らないようなことをどうやって術者は知りえたんだ?アルベド、お前の話は破綻している」
「ふんっ、戯言を!モモンガ様、幻術とは術者の見せたいものを見せるだけが幻術ではありません!相手の見たいものを見せるのも幻術でございます!」
「相手の見たいものを見せる?」
「つまりモモンガ様の見たいものを見せているに過ぎないのです!術者がそれを知っている必要はありません。見たいものを見せるという幻術を世界にかけた。それであればモモンガ様がワールドアイテムを所持していたとしても問題はありません!」
「モモンガさん。騙されちゃいけませんよ。消されまいと不正プログラムが必死になっているだけです」
「モモンガ様を、モモンガ様のシモベ達を……ナザリックを謀っておいてその言い草はなに?モモンガ様。もし私がこの者の言うとおりであったのなら、私はモモンガ様のためにこの世界をいくらでも都合よく改変していることでしょう」
「そうできない原因があるからじゃないのか?」
「あなたこそ私とモモンガ様を言いくるめるしかないから必死に言葉を重ねているのではなくて?そう、私もワールドアーテムを所持しております。直接幻術を私に叩きこむことが出来ない。それが理由でしょう?」
「まったく、ああ言えばこう言う……。モモンガさん、もうすぐコンソールが開きます。それが証拠です。戻ってきてください!」
「それを決められるのはモモンガ様です!モモンガ様が私たちをお見捨てになるはずがありません!」
「確かに決めるのはモモンガさんだ。だが、今の言葉ではっきりしたな。このデータサーバーでの決定権はお前にはない。最上位の権限はモモンガさんにある。だからお前は話をすることしかできないんだ」
「それは貴方の事では?私にはモモンガ様のいらっしゃったリアルなる世界の話は分かりません。ですがあなたの話はモモンガ様の知っていること、モモンガ様が確かめようのないことしか言っていない。この者はナザリックに押し入ったあの無礼者、プレイヤーの一味やもしれません!もしこの者の幻術に引き込まれるのを認めてはいかにモモンガ様でもご無事ではすみません……!」
「モモンガさん、気にすることはありません。さあ帰りましょう」
モモンガを心配するアルベドを他所に、ウルベルトがモモンガへと手を差し伸べる。モモンガがついその手を取ろうしてしまうが、アルベドがモモンガのローブに縋りつく。
「モモンガ様!お見捨てにならないでください!お願い……お願いでございます!モモンガ様、これは決して言うまいと思っておりましたが……モモンガ様!至高の御方々が本当に戻られるとお考えだったのですか!?私たちを……モモンガ様をお見捨てになって去っていた方々が!」
「それは……」
モモンガはかつての心の傷を思い出す。一人、二人と去っていくギルドメンバーたち。連絡の取れなくなるギルドメンバーたち。そして最後に残ったのはナザリックにモモンガ一人きりだ。
「モモンガ様は最後まで残ってくださいました!私たちにはモモンガ様しかいないのです!私の創造主、タブラ・スマラグディナ様がナザリックを去る時、このワールドアイテムを私に渡して何とおっしゃったとお思いですか!モモンガ様以外の至高の御方々は私たちをその程度にしかお考えになっておられなかったのです!」
「今度はモモンガさんの情に訴えるっていうのか?モモンガさん、相手にすることはないですよ」
友好的に手を差し伸べるウルベルト、涙に目を濡らしながらモモンガに縋りつくアルベド。二人を見ながらモモンガの心は揺れ動く。
「モモンガさん。戻ってきてください」
「モモンガ様!騙されないでくださいませ!私たちをお見捨てにならないでくださいませ!」
困惑するモモンガの目の前に、久しぶりに……本当に久しぶりに見る光景が現れた。
それはユグドラシルをプレイ中常に目に入っていた光景、つまりユグドラシルのゲームプレイコンソールである。
コンソール越しにモモンガは訴えかける二人を見つめ……。
―――モモンガは一つの選択をした