「ミスター!?」
慌ててミスターに駆け寄った。どうみても、異常な事態だ。原因はきっと、この飲み物。
「ミスターに何を飲ませたの!?」
『ミスター様に飲んでいただいたお酒は体内に溜まるガスの量を大幅に増やすものです』
「ガス……?」
『つまり、今ミスター様の体は任意のタイミングで屁をこけるということです。しかし、今から説明するルール以外で屁をこくとペナルティとなり即刻処刑を行いますのでご注意ください』
「そんなッ!」
「があッ……腹が……」
「ミスター!」
苦しむミスターに私は心配する声をかけることしかできない。ダブルピースの時と同じように……。
『ミスター様には、私が出す質問にYESかNOかで答えていただきます。ただし、質問に対してYESと答える時は屁をこいてもらいNOならば無言、簡単でしょう?』
『一個の質問に答えられる制限時間は五分。全十個の質問に答えることが出来たらミスター様の勝ちとなりゲームは終了されます。言わずもがな嘘をついたり間違えればペナルティを受けてもらいます』
所謂、ただのYES/NOゲームだ。
「ミスターが嘘をついたなんてあなたに分かるの?」
そう聞くとゲームマスターは鼻で笑った。
「私は何でも知っています。ミスター様の答えが正か誤かすぐに判断できますので、くれぐれもご注意ください」
〜追加ゲーム〜
・ゲームマスターの出す質問に『YES』なら屁をこき、『NO』なら無言
・質問は全部で10問
・一つの質問につき解答時間は5分間
・間違えればペナルティ
『では、ミスター様へ10の質問をさせてもらいます』
そして、未だ腹を抑え苦しむミスターに構うことなく、ゲームマスターの開始を宣言した。
続けてゲームマスターの口が開かれる。
『あなたは犬である』
「は?」
しかし、質問は予想だにしなかったもの。一体どんな難問が質問されるのかと思いきや拍子抜けだった。
NOだ、ミスターは人間なのだから。
「…………」
尻を必死に抑え、苦しみ続けるミスター。
『…………』
辺りが沈黙に包まれる。このままでは埒が明かないため、押し黙るゲームマスターに次の質問へと私は催促した。
「ミスターは無言でしょ、答えはNO。早く次の質問を――――」
『ゆかり様、質問の時間は5分です。答えが『NO』の場合は5分間無言のままでいてもらいます』
「え……?」
(ま、まさか……)
私の額に、冷や汗が流れる。ゲームマスターの狙い……、もし私の考えが正しければこれはゲームなんかじゃない。
いずれにせよ、次の質問次第だ。……まだ推測の域を出ない、私の予想が外れてくれれば。
そして、5分が経過しゲームマスターが次の質問をした――――。
『では、次の質問です。ミスター様、あなたは空を飛べる』
「くっ!! やっぱりッ!!」
(私の予想は、外れていてほしかったのに!!)
ゲームマスターの狙いは、わざとNOの質問をして時間稼ぎをすること。
即ち、ゲームマスターは待っているのだ――――ミスターの脱糞を。
これは、ゲームではなく、ひたすら屁を耐えられるかどうかだ。
「耐えて……!! ミスター……!!」
「…………ッ!!」
ミスターもゲームマスターの狙いを理解したらしい。屁が漏れないよう床に仰向けになったり、尻を地面に押し付けるなどして踏んばっている。
そして、ゲームマスターの無慈悲な答えがNOの質問は続いていく。
『あなたは小学生である』
『あなたは天才である』
『あなたはイケメンである』
…………………
……………
………
☆
あれからどれほどの時間が経っただろうか――――。
今行われた質問は全部で9つ。勿論答えは全てNOのため、経過時間は45分だろう。
しかし、体感時間は45分は有に超えていた。我慢し続けるミスターと、それを気が気でなく見守る私。
屁が漏れれば『死』という極限状態の中、ミスターは本当によく我慢していた。
しかし、もう限界は近い。ミスターは肩で息をしていてもう虫の息だ。いつ屁がでてしまってもおかしくない。
あと、5分……耐えられるかの勝負だろう。
そして、ゲームマスターから最後の質問が行われる。
『ミスター様、あなたは童貞である』
(くっ!! また、NOの質問!!)
以前、ミスターは自慢気に自分の性の経験談を周囲に話していた。
なんでも、毎週違う女と寝ているとか。
ゲームマスターは、最後までこんな分かりやすいNOの質問を投げかけてきた。
(もう、ミスターは限界なはず。でも、これが最後の質問……。あと五分耐えてくれればッ!!)
「ミスターッ!! あと五分よ!! 五分耐えればあなたは助かる!! それまでなんとか――」
しかし、ミスターはこれまでと打って変わって、驚愕の様相を呈していた。
「くうッ!!! なぜお前がそれをッ!!」
そのあまりの変わり様、焦り様に思わずキョトンとしてしまう。
「ミスター……?」
一体どうしたというのだろう。
『なるほど、それが、ミスター様の答えなのですね』
(何なの……この雰囲気は……)
私だけが状況を理解できていない。ミスターとゲームマスターの間だけで行われている駆け引き。
あと五分耐えればいいという話ではないのだろうか。
しかし、どうにもそういうことではないらしく、ミスターの顔からは痛いところを突かれたという感じだが……。
(ま、まさか………)
もし、質問の内容に驚いているのだとしたら。
私もミスターへと、質問を投げかけた。
「あなた………………童貞なの?」
「ッ!!」
ミスターは目を見開き、視線を激しく彷徨わせ始めた。
「うそ……」
ミスターは私達に、嘘をついていた。
自分は遊び人だと、女に対してもウェイだと言っていた彼の仮面がはぎ取られていく。
しかも、ミスターは今大学四回生であり、22才だと言っていた。
つまり、彼は。
「22才で童貞…………」
「違、う……」
弱々しい否定。最早自白と捉えてもいいだろう。彼は童貞である、と。
『ミスター様、間もなく解答は締め切りとなりますがNOということでよろしいですね?』
「ッ!!」
『解答時間、残り3秒です』
気がつけば、もうすぐ五分が経とうとしていたらしく、ゲームマスターのカウントダウンが始まった。
このまま、ミスターがYESと答えなければ……童貞であると認めなければペナルティを受けてしまう。
「ミスター!! 早く屁を!!」
しかし、ミスターは固まったまま動かない。
「…………」
『3』
「何してるのッ!? ミスター!!」
『2』
「命の方が大事でしょう!!! 早く!!!!」
『1』
私の急かす声にミスターは全く反応しない。もう時間がないというのに、ミスターは目を瞑って歯を食いしばるだけ。
このままではミスターは死んでしまう。
だから私は、思いっきり息を吸い絶叫した――――。
「屁をこいてーーーー!!!!!!!!!!」
『0』
カウントダウンが終わった。……終わってしまった。
ミスターは屁をこかないまま、NOを選択した。
『残念! ミスター様、不正解でございます。ミスター様は年齢=彼女なし。真正の童貞でございます』
ゲームマスターの答え合わせが終わり、結局彼は嘘をついていたことが露呈する。
「どうして……」
私は、どうしても彼のことを理解できなかった。命を投げ出すような真似をした、ミスターを。私にも、自分自身にも嘘をついたミスターに怒り、哀しみが溢れだし止まらない。
「どうしてよっ!! なんで屁をこかなかったの!? こんな時に見栄を張る必要なかったじゃない!!」
対するミスターは自嘲気味に、力なく答えた。
「俺ってさ、馬鹿だから。……命よりプライドを選んじまうのさ」
それに、と付け加えて
「お前の前で、童貞だなんて言えるかよ」
小さく笑った。
「それってどういう……」
しかし、私が聞き出す前にゲームマスターから非常な宣告が行われる。
『ミスター様にはペナルティが執行されます』
そんなとき――――ふと、昔ミスターと話していた時の記憶が呼び起こされた。
『ゆかりってさ、どんな奴がタイプなの?』
なんでもない日常会話でミスターにそんなことを聞かれたことがあった。ただ、その時の私は話し半分に聞いていたこともあって適当に答えたのだ。
『んー、恋愛経験豊富な人がいいかしら。童貞は論外ね』
『…………そっか』
(………………………)
…………もし、あの時聞いたことが、
「ひょっとしてミスターは、私のことが好きだった……の?」
恐る恐る聞いた私に、ミスターは一瞬驚き、優しい顔をして笑った。
ブブブブブブブブブボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボオオオオオオオオオオオオオオオオブブブブブブブブブボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボオオオオオオオオオオオオオオオオ
そこで、はじめてミスターは屁をこいた。
『YES』のサインである屁を。
「やっと出せたよ。……屁もお前への気持ちも」
「ッ!!」
ミスターが屁をこかなかったのは、私のせいだった。童貞は論外だと言った言葉を、彼はひどく重い言葉として捉えたのだ。
何気なく言った私の言葉が、彼を嘘の鎖で縛り付け、死へと追いやってしまった。
「私の……せいだわ。私が昔、あんなこと言ったから」
「ちげえよ。俺の心が弱かったんだ。お前のせいじゃない」
「……私は………」
その時、ミスターの立っていた床が大きく開かれた。
そして、ミスターは下へ、深い暗闇へと落ちていく。穏やかな顔をしたまま、消えていく。
「待って……ミスターああああ!!」
私の叫びも虚しく、ミスターはいなくなった。
今までのミスターとの思い出が走馬灯のようにかけめぐる。一緒にお酒を飲んだり、勉強したり、カラオケに行ったり。
その思い出の中の私は、いつも心から笑っていた。
「ああ……そっか。私、ミスターのこと…………」
やっと私は、自分の中の気持ちに気づいた。でも、それはあまりにも遅すぎて。もうミスターは、どこにもいない。
私は膝から崩れ落ち、ただ泣き叫ぶ。
なんで、こんな時に気づいたんだろう。なんで、私は今まで彼の気持ちに気づかなかったのだろう。
私の目からは、大粒の涙が溢れ頬から流れていった。