デジモンワールドが生まれた時、『非進化』と『進化』の2つの概念が争った。やがて『非進化』の概念は火の向こう側に追いやられ、『進化』の概念がデジタルワールドという世界の法則になった。デジタルワールドに住むモンスターたちはもちろん、デジタルワールドそのものも『進化』する道を選んだのである。その過程で、デジタルワールドはホメオスタシスというセキュリティシステムを作りだした。ホメオスタシスは実体がないため、自立型エージェントをつくり、セキュリティシステムの末端の仕事を任せた。ホメオスタシスは光と闇を均衡させる機構である。だからどちらの力も過剰になることを嫌う性質がある。そして『進化』の概念に反する者を嫌う性質がある。たとえそれが世界に『進化』という概念をもたらしてくれた英雄であるとしてもだ。
彼らは四聖獣と呼ばれている。デジタルワールドの四方の方角を守護し、デジタルワールドの安定を保つ4匹のデジモン達のことだ。
北方を守護するは水の力を操る玄武、シェンウーモン。東方を守護するは雷の力を操る青龍、チンロンモン。南方を守護するは炎の力を操る朱雀、スーツェーモン。西方を守護するは鋼の力を操る白虎、バイフーモン。
四聖獣の特徴は4つの目、12個のデジコア、を持っていること。基本的に「四聖獣」はデジタルワールドのバランスを保つ存在であるため、自ら行動を起こす事は少ない。
かつてデジタルワールドが『非進化』の侵攻にあったとき、世界で初めて冒険した選ばれし子供たちのパートナーデジモンだった。彼らはもともと普通のデジモンだった。しかし、『非進化』の概念に直接接触してしまった影響で究極体という存在になった。『非進化』との争いの中で、世界で初めて生まれた存在である。 究極体は『これ以上、進化の仕様がない』形態だった。進化の果て、行き止まり、これはまさしく『非進化』と同じ存在だ。デジタルワールドも、安定を望む意思機構であるホメオスタシスも、存在を許容できなかった。
『非進化』の概念の先駆けのような存在であり、あまりにも強大な力を持っていたからだ。彼らが意識しなくても、デジタルワールドはすさまじい影響を受けてしまう。究極体という概念が広がることを避けるためにも、長くデシタルワールド内に留めるのは好ましくないと判断された。そのため四聖獣はデシタルワールドを思い、それぞれが四方の最外部に向かった。同じところにいると、歪みが生じてしまうからだ。
『非進化』の概念を火の壁の向こう側に封印するための楔となった四聖獣は、いつしか方角を司る存在として崇められるようになる。それは一体でも欠けるとパワーバランスが崩れる状態になってしまったともいえた。そのためか四聖獣はデジタルワールドの最深部に存在して、ほとんどの内部の事象にかかわってこようとしない。
そのためそれぞれに十二神将(デーヴァ)と呼ばれる使者を従えている。デーヴァとは、十二支の姿をした完全体デジモン達のことであり、四聖獣1体につきそれぞれ3匹のデジモンが仕えている。デーヴァは、四聖獣の代わりに声となり、耳となり、目となってデジタルワールドの方角を司っている。
「タクミっていったなあ?ここまで知っている俺は何者だって?どいつだか教えてあげやしょう。北方を司るシェンウーモン様一の子分、ヴァジラモンとは俺のことだぜ」
「嘘つけ、どっからどう見てもコテモンじゃねーか」
「俺の目をしっかりと見とくれよ、タクミの旦那。嘘をついてるように見えやすか。俺はマジなことしかいいやしねえよ。頼む、この通り、お願いしやす。俺を信じてくれ、この通り!」
「それが人に物を頼む態度かよ。面とれ、面。防具つけたままお願いする奴があるか。俺の焼きそばパン食いやがって、この野郎。パソコン部にチクんぞ、この野郎」
「それだけは勘弁してくだせえ、タクミの旦那!ホメオスタシスには内緒で来てんだよ、ばれたらドエライことになっちまう!」
「なにしにきたんだよ、お前」
はあ、とタクミはため息をついた。
コテモン
成長期
爬虫類型
データ種
デジモン界の一流剣士を目指しているハ虫類型デジモン。無口だが見えないところで修行に励んでいる努力家である。けっして防具をはずさないため、その素顔はナゾに包まれている。性格は臆病ですぐに泣いてしまうが、友達思いで正義感は強く、芯の強い一面も時おり見せる。得意技は、電撃をまとった一撃を敵の腕に決める『サンダーコテ』。必殺技は、炎の気を「竹刀」にまとって頭をねらう『ファイヤーメン』。
2001年はタクミにとって大きな転機となった年である。具体的にいえば本宮が憧れの八神さんと同じクラスになれたとわざわざ隣のB組にいるタクミに報告しにきた4月の登校日から。ぐだぐだ友達としゃべっていたら、パソコン部に入らないかとさそわれたのだ。
「あっはっは、なにいってんだよ、大輔。パソコン部なんてねーだろ、このガッコ」
つられてみんな笑った。目が点である。サッカーに誘われたことはあったけど、帰宅部だからと断りつづけるほど筋金入りの引きこもり気質なオタクになにいってんだ、こいつと。すると大輔は思いのほか食い下がる。俺だってホントはこんなめんどくさいことしたくないという顔である。とりあえず話だけでも聞いてやるかとタクミは先を促した。
「実はさー、光子郎先輩がサッカー部やめてパソコン部つくるっていうんだよ」
「え、まじで?」
「光子郎先輩って?」
「あー、ほら、八神さんの兄ちゃんに誘われて入ってきたとかいう先輩だろ?」
「そうそう、俺も嫌なんだけどさ、やっぱ太一先輩いないとつまんないんだって。やりたいことやるんだっていってた」
「でもうちのガッコ、パソコンに詳しい先生なんているっけ?」
「いないよな」
「光子郎先輩、天谷先生に聞いたら、まずは部員を5人集めろって言われたんだってさ。そんで活動場所と時間を決めて、顧問の先生を見つけたら届けをだせって言われたんだって」
「うっわめんどくせー」
「へー、そこまでやんないと新しいクラブってできないんだ」
「そんで?なんで本宮が俺をパソコン部に誘うんだよ?」
「俺もパソコン部に入らされたんだよ」
「あー、運動部は文化部も入れるもんな」
「あーあ、勝手に名簿書かれたのか、大輔。大変だなー。部員集めか」
「あっはっは、まじかよ、本宮。サッカー部辞めたのに先輩の圧力ちょーこえー」
「笑うなよ、タクミ!こっちだって大変なんだから!サッカー部のみんなは嫌だっていうし、困ってんだよ!」
「え、マジで部員大輔と先輩以外決まってねえの?」
「いや、あと2人。なっかなか見つからないんだよなー」
「へー、他には誰いんの?」
「光子郎先輩、光ちゃん、あと俺」
「つうかそれ、ぜってー八神さん狙いだろ、本宮!むしろ八神さんからお願いされてがんばってる感じの流れじゃねーか」
「なんだ、いつもの大輔か」
「相変わらず八神さんは大輔の扱いうまいよな」
「笑うなー、別にそんなんじゃないって!」
「図星だからって怒るなよ、本宮。耳まで真っ赤だぜ」
「タクミーっ、だから俺は光子郎先輩に頼まれて!」
「はいはいわかった。いとしの八神さんのためにがんばってる本宮に免じて入ってやるよ」
「だっから俺はそういうつもりじゃなくて!」
「はいはいわかったわかった。言い訳は八神さんに説明してからたっぷり聞いてやるよ」
「う」
その日の放課後、タクミは新入部員として歓迎されることになる。まさか3人も入ってくれるなんてと感動している光子郎。真っ先に反応したのはタクミを連れてきたことを八神さんに褒められてでれでれしていた大輔だ。井上京は姉同士のつきあいがある学区が違う大輔の古馴染み。火田伊織は京経由の付き合いがあるが、さすがに家庭事情を知る大輔はあえて誘わなかったのにいるのだ。伊織曰く京さんが入るなら僕も入りたいですとのことである。何このリア充、爆発しろと殴りたくなったのはご愛嬌。大輔君に頼んで正解でしたと笑った部長に、あー、といいたくなったタクミである。本宮の周りには昔から自然と人が集まるのだ。
ちなみにタクミは1年後の今もパソコン部である。時々しゃべる縫いぐるみやアイマートの袋が増えても、光子郎元部長が頻繁に顔をだしても、一切疑問に思わない天然ぶりを見せつけた。巻き込まれるのは嫌だとお台場霧事件の日は田舎の親戚の家に避難したタクミには朝飯前の話である。
そんなタクミがコテモンを大輔たちにつき出せないでいるのは、みんなが雰囲気悪いからだ。今やっかいごとを持ち込むのはよくない。きっとニーサン声の秀才君を仲間に引き入れるかどうかで揉めているのだろう。それに大輔たちがタクミにデジモンを打ち明けるか相談してるのは知っている。気長に待つスタイルを行くタクミにとってはイレギュラーすぎる事態である。テイマーズまで待てなかったのかとボヤいたタクミだか、世界線が違うのかコテモンは疑問符を投げただけだ。
「つまり、コテモンはシェンウーモンの任務でここにきたけど、敵のせいでこうなったと」
「そうでさあ。ああ、渡る世間に鬼はなし、ってのはホントだねい。捨てる神あれば拾う神もありときた。ありがてえありがてえ」
ランドセルから飛び出したコテモンは、タクミの部屋のベッドに座る。道着をきているせいか正座が様になるデジモンである。
「そのウィルスってのはどんなんだよ。まさかxウィルスとか言わねえだろうな?」
デジタルワールドには、いくつものウィルスプログラムが知られている。
「なんですかい、そりゃあ?」
「知らないならいいや。シェンウーモン関連ならテンペストとか?まさかデーモン帰ってきたのかよ。漫画の世界にお帰りください」
ちなみにテンペストとは狡猾な七大魔王たちの放ったクラックプログラムだ。デジコア中枢まで侵食しているためデジモンによる武力行使で「撃破」し、一時的に活動を停止させない限り解除できない。感染力は四聖獣を犯すほどである。
「いんや、ちがうね、旦那」
「デ・リーパーとかいうなよ?」
「恐ろしい名前までしってるたあ驚いた。選ばれし子供たちよりくわしなあ、こりゃ。でも残念、違うんでさあ。シェンウーモン様はウィッシュプログラムっていってました。デジモンの能力を極限にまで高めるかわり、その理性を失わせ破壊神へと変貌させる禁断のプログラムだとか。古代のデジモン達によってとある島に封印されたんですがね、困ったことに北のエリアを中心に巨大化、狂暴化などの異常現象が起きるときた。調べてみたらあら不思議、ウィッシュウィルスに感染したって分かったんでさ。俺もうっかり感染しちまいましてね、気づいたら暴走の反動でデータがあちこちに散っちまいました」
「まさかの課金ゲーか。それどこのウィザーモンだよ」
「ウィザーモンはフジテレビにいるってききやしたが?」
「いや、なんでもねーよ。つまりデータあつめを手伝えと。わかった、なんか面白そうだし、いいぜ」
タクミは笑った。
「ありがとうごぜえやす、タクミの旦那!テイマーってのはタクミの旦那みてえなお人をいうんでしょうね!俺は一秒でも早くもとの姿を取り戻さなくちゃなんねえってのに、右も左もわからねえときた。すまねえ、すまねえ」
「いいって、それくらい。俺もデジモンほしかったところだしさ。ようするにコテモンのデータをあつめりゃいいんだろ?どんな姿してんだ?」
コテモンは沈黙した。
「実はウィッシュウィルスと俺のデータが融合してドエライことになってるかもなんて、あはは」
「ディーターミナルで光子郎元部長にチクッていいかな?」
「勘弁してくだせえ、タクミの旦那!どうかこの通り!そのプログラムの数々、どうかどうか俺に使わしてくだせえ!」
「そんなこったろうと思ったよ!いきなり俺の名前呼んだ時点で嫌な予感はしてたんだ!シェンウーモンはあれか、誠実と知識を司ってるだけはあるってか畜生」
大きなポケットがあるランニングウェアに帽子というランナー姿のタクミは、いってきまーす、と玄関を出る。いってらっしゃい、とおばあちゃんに見送られ、ドアをしめた。さてとと石段にリュックをおき、軽い準備運動を始めた。ポケットはふくらんでいて、イヤホンが伸びている。おばあちゃんがいなくなり、ご近所もいないことを確認したコテモンは、リュックから顔だけ出した。
「なんですかい、そりゃあ?」
「これか?ラジオだよ、ラジオ」
「ラジオ?音楽を聞くんじゃないんですかい?俺はてっきりウォークマンかなんかかと思いやしたぜ」
「それじゃあ、ホントにただのランニングじゃねーか。本命はこっちだよこっち。ほら、なんにも聞こえないだろ?ラジオ持ち歩いても怪しまれない格好なんてあんまないんだよ」
「うーん?俺にはいったいぜんたいどうやったらラジオでデジモン探しが出来るのかてんでわかりやせんや。どういうカラクリなんですかい?」
イヤホンをはずし、小型ラジオをタクミは見せてくれた。ラジオは雑音以外は聞こえない。チューニングしてあるがラジオではないようだ。それをコテモンに近づけるにつれて、ラジオの雑音は大きくなっていく。びっくりしたコテモンにタクミは笑った。
「3年前なら停電になってるとこ探せば一発でデジモン見つけられたんだけどさ、今じゃ再開発が進んでデジモンがきたくらいで停電起きなくなったんだよ。ついでに電波障害対策もされててな。だから古いラジオじゃないと使えないんだ」
「なんで俺から変な音がするんでい」
「デジモンは実体化するときに電気を媒介にするもんだから、その関係らしいぜ。俺も詳しくは知らねーけどさ。とりあえずデジヴァイスがデジモン探知する原理はこれってことだ」
「タクミの旦那はホントによく知ってるねえ、関心しちまうよ」
「褒めても何にも出ないけどな、さあいこうぜ。コテモンがデジタルワールドからお台場のゲートポイント通ってお台場小学校のデジタルゲートくぐるまでなんて範囲が広すぎるからな。まずはこっちの世界から探そう。雑音がでかくなるとこを探しにいこうぜ」
「何処にいくんですかい?」
「電波が拾いやすいとこといえば、やっぱフジテレビだよな。展望台いこうぜ」
タクミはラジオにイヤホンをつける。リュックを背負い、ランニングを始めたのだった。
今や東京の観光の定番としてかかせないフジテレビ本社ビルは、建物も特徴的なので観光客にかかさないスポットである。そのフジテレビの7Fから上がっていき、フジテレビ25Fにあるのがここ フジテレビ本社ビル球体展望室 「はちたま」だ。平日のためかそれほど待ち時間はない。あっさり展望台にあがることができた。300円の入場料を払って、見る景色は最高だが、見とれている暇はない。タクミはラジオの周波数をいじりはじめた。
ラジオのAM電波受信機能を使えば、時々デジモンの電波をキャッチする事がある。電波をキャッチした場合は、時間以内に電波の強い場所に移動すると、受信エリアの方角がわかるのだ。基本的に電波の届かない場所に居る場合は電波はキャッチできない不便さがあるがこれで充分だ。初めからあった雑音とはちがう微弱な周波数を拾い上げたタクミは、あっさりとフジテレビをあとにする。
目指すは海浜公園である。
お台場海浜公園は、大輔たちの住むシーリア台場と目と鼻の先にある、公園だ。静かな入り江を囲んでいる砂浜や磯がある。観光の定番コースとしても、ランニングコースとしても有名なため、タクミはあまり目立たない。夜景に向かう夕暮れがあたりを真っ赤に染め上げていた。とても美しい磯浜に近づくにつれて、タクミのラジオは雑音を大きくしていった。タクミはリュックからコテモンを呼び、ディーターミナルを起動する。
「いましたぜ、タクミの旦那!」
畏怖の咆哮が、あたりの大気を震わせる。強烈にギラギラと輝く瞳に、理性の色は見られない。鋼鉄のマスクと3本の鋭利な蹄だけがそれがデジモンだと知らせている。輪郭は大柄な龍だろうか、全身を焼き尽くす烈火が全てを覆っていた。焦土とかす足が地を踏みつける度黒煙があがった。
「フレアリザモンか。気を引き締めていけよ、コテモン」
「おうとも!」
ディーターミナルに表示されるのは、コテモンからもらったいくつかのアプリだ。ついでにタクミが貸してくれと縋られた自作のアイテムバンクもある。光子郎がデジメンタルを選ばれし子供たちのディーターミナルに共有化したのと同じ原理のアプリだ。今、大画面はデータスキャンのアプリだ。数字がどんどん大きくなるには、時間がいる。そしてデータを集める必要がある。いろんな手段を使って。
「来るならきやがれってんだ、ウィッシュウィルスめ。俺のデータ返しやがれってんだ!」
挑発に電撃帯びた竹刀を振りかざし、威圧するコテモンに、敵は動いた。いや、むしろ声がするから反応したといったほうがいいだろう。もはや成長期が無謀にも挑むというこの状況自体に疑問を感じない。例え理性があったとしても、それは思考とはいえないと他ならぬコテモンが知っている。発狂した記憶が健在なのは最悪の気分だが仕方ない。己の凶行を助長する方に働く思考、あまりにも直線的な行動だが、成長期のコテモンは避けられない。そのときである。
コテモンは、フレアリザモンを見上げ、面の向こうで口の端を吊り上げた。アイテムバンクが起動する。
「受け取れ、コテモン!」
竹刀が消える。
「あいよっ!」
出現したのは宝剣二振りだ。小さな個体には不釣合いに大きいにもかかわらず、軽々と振り回す。二振りの宝剣を地面に叩きつけた瞬間、衝撃波が大地と海と空気を揺らす。全てを吹き飛ばしたのである。
愕然とフレアリザモンは硬直する。にやりとコテモンは笑った。二本の宝剣が貫通したのである。
「返してくんねえかい、俺のデータをよ」
ディーターミナルのデータスキャンが100パーセントになる。タクミはドレインコードを打ち込んだ。フレアリザモンは、データの粉となる。きらきらと反射する光が夕焼けに照らされて眩しい。光の粉がコテモンに降り注ぐ。ディーターミナルに表示されている数字は、少しだけ上昇した。
「はい、しゅーりょー」
コテモンの手から愛剣たちが回収される。突然消えてしまった宝剣に、コテモンは涙目である。
「そんな殺生な!酷いこといわないどくれよ、旦那!俺のだぜ、それ!」
「ばかいえ、誰かに見られたらどうすんだよ。こうでもしないと運べないってのに」
「ううう、ひでえや、あんまりだあ」
代わりに出現した子供用竹刀にコテモンは泣いた。どこまでも脳筋である。
畳まれている道着。綺麗に防具が仕舞われた麻袋。布にくるまれた竹刀。そして横にいるのは黄色い目をした小竜である。誰だお前といいそうになるが、タクミがとった行動は、デジカメを探すことだった。荷物だけ置いて居間に引き返すタクミを不思議そうに見送って、コテモンは止めていた動きを再開した。ふたたび引き戸を開けたタクミの手にはデジカメ。パチリとフラッシュが焚かれる。ぎょっとしてタクミをみたコテモンは、こてりと首をかしげる。
「何やってんですかい、旦那」
「いやー、珍しいもんみたから、思わずな。コテモンの正体みたの始めてだわ。いい写真とれたっと。さてさて何やってんだはこっちのセリフだぜ、コテモン。朝の公園のじいちゃんみたいなことして、何やってんだ?」
「修行でさあ、修行。千里の道も一歩からってね。タクミの旦那を待ってる間、ぐうたらしてたら体がなまっていけねえや」
けたけたとコテモンは笑う。
「修行ねえ。コテモンの癖に剣道しないもんな、お前。どっちかっていうと地味だよな?」
がくっとコテモンはずっこける。
「俺の戦いぶりを特等席でご覧になってるっつーのに、なんということをいいやがるんでえ、旦那!俺と旦那の仲じゃねーかい」
「いやだってさあ、炎とか雷出せるのに使わねえじゃん、お前」
「かーっ、俺はかなしいぜ、タクミの旦那!なんだってこの素晴らしさがわかんないかなあ!敵のわずかな動きを察知した瞬間、疾風迅雷のごとく敵を打ち倒す、それが俺の美学ってもんよ!」
しまった、とタクミは思った。四聖獣に仕えるディーヴァの中でもっとも剛力であるこのデジモン、自らの流派を語らせたらうるさいのだ。
「だいたい成長期より完全体のが何百倍も長いんだ。コテモンの戦い方なんてとっくに忘れちまったよ」
コテモンはいう。ヴァジラモンだったころ会得したのは、5つの属性を示す思想に十二種の動物の動作特長を取り入れた型によって構成された拳法だと。多彩な蹴り技や跳躍技がないため、地味で簡単そうに見えるが、見た目の動きとは裏腹に猛烈でかつ迅速なものである。そもそも、実戦では「なるべく短時間に確実に相手を倒す」ことが要求される。だから敵の攻撃を、受けたり、かわしたりして、それから攻撃に転ずるより、皮を切らせて肉を切り、肉を切らせて骨を切る方が確実であるという理念。その戦闘こそが敵のわずかな動きを察知した瞬間、疾風迅雷のごとく敵を打ち倒すこと。これを体現するために手法、歩法、身法の迅速さと強大な勁力を身につけるため、稽古は数少ない技をひたすら反復練習して一撃で敵を倒す破壊力と技の迅速さを養成することに集約される。これがコテモンのいう強さらしい。
「拳法にしてはでっけえ剣つかうよな」
「槍を中心に棍、剣、刀、暗器みたいな武器術も豊富なのよ。俺はパオチェンがいっちゃん相性がよかったんでさあ」
「あのでっけえ剣、パオチェンっていうのか」
「そうだよ、旦那。それにここだけは覚えててもらいてえんだけど」
30分ほど話が脱線するが省略しよう。
「タクミ、降りて来ーい。じいちゃんたちとおやつにしようか」
「はーい」
20分ほどタクミは席をはずすことになる。
選ばれし子供たちに会いたくないというコテモンの要望で、タクミたちの主な活動拠点はもっぱらおじいちゃんの家、港区白金にある下町の一軒家である。お父さんもお母さんも働いているタクミは一人っ子だ。低学年のころは学童にいっていたが、高学年だと毎日遊びにいくわけにもいかない。友達の家にいったり、図書館にいったりするが、夜遅くまでは遊べない。小学生が夜遅くまで遊んだら補導である。でもそそっかしくて忘れ物が多いタクミは、鍵っ子はダメだとお父さんたちが自宅の鍵を持たせてくれないため、迎えがくるまではおじいちゃんの家にいるのが恒例なのだ。
タクミのおじいちゃんは車の修理の仕事をしている。いろんな機械に詳しいから、よく近所の人が修理や斡旋をお願いしてくるためか、ひっきりなしに電話がかかってきたり、お客さんがくる。ボランティアでオモチャの修理屋さんもしてるから、仕事をやめた今の方が忙しいらしい。おばあちゃんはお茶を出したり電話にでたり、その対応に忙しそうだが、楽しそうだ。おじいちゃんは最近パソコンの囲碁の通信対戦にハマってるため、タクミの家がADSLなのにもう光になっているおそるべきお家である。
タクミは学校が終わるとすぐおじいちゃんの家に直行して、コテモンと合流。マラソン大会の練習にランニングをすると出掛けては、コテモンのデータを回収する毎日を送っていた。タクミが学校にいっている間、ずっとコテモンはおじいちゃんの家に待機である。幸いお客さんの出入りが多いため、お菓子や茶請けが常備されている。少しくらいならタクミが勝手に食べても怒られることはまずない。孫可愛さかわりと放任主義の家だった。もちろんお行儀よくしないとさすがに怒られるけれども。真っ暗になる前に帰り、おじいちゃんの家でご飯を食べて、お風呂に入ったら、ようやくお父さんかお母さんの迎えがくるくらいだから、案外ばれないものである。コテモンはタクミが帰るときお別れして、おじいちゃんの家で一夜を明かすのだ。食糧が確保できるかいなかは大事である。
宿題をしてくると階段を駆け上がってきたタクミが、こっそり持ち込んだおやつをコテモンに渡した。
「タクミの旦那のおかげでだいぶん調子が戻ってきやした。感謝いたしますぜ、旦那」
「もうニ週間かあ、早いよな。昨日は丸一日粘ったけどデジモンの電波ひとつも拾えなかったし、そろそろ打ち止めじゃねーかな」
「俺もそうじゃないかと思ってやした。データも50を超えたときた。そろそろ進化しても良さそうなもんですがねい」
「だよなあ、できれば成熟期になってから行きたかったけど仕方ねえ。明日からはいよいよ、お台場のゲートポイントいこうぜ」
「よしきた。任しときな、旦那。シェンウーモン様直々に権限与えられてんだ。ネットさえできりゃデジタルゲートはあけられるって寸法よ!」
「じゃあ、今日は大事をとって休むか?」
「いえね、今日は連れてってほしいとこがあるんでさあ」
「あー、お台場あちこちいけるのも今日が最後だもんな。せっかくだし、そうするか。どこがいい?好きなとこいってくれよ」
「ありがてえ話だねえ、涙がでらあ。じゃあ××霊園お願いできやすかい、旦那。実はシェンウーモン様からの任務ってのはこれなんでさあ」
「デジタルワールドってのはね、タクミの旦那。そりゃあ不思議な世界なんでさあ。なんたってデジタルワールドは人間の心に影響をうけて、歴史ごと変化しちまうんだから」
「あー、つまりあれだ。誰かがデジモンを妄想したら、そいつが実際にデジタルワールドに生まれちまうんだな?ギルモンを想像したタカトみたくよ」
「誰ですかい、そりゃあ?」
「デュークモンの産みの親だよ」
「はー、そりゃすげえや。まあ、そういうことでい。新しく生まれたんならいざ知らず、昔からいたなんて妄想されたら、矛盾がないように昔からいたように歴史は改変されて、みんなそう思うようにできてんのよ」
「つまり、あれだ。デュークモンがロイヤルナイツに所属してるって想像したから、昔からロイヤルナイツがあってデュークモンが所属してるって歴史が初めからあるようになっちまうわけだな」
「そうでい。いやー、理解が早くて助かりやす。旦那」
「はーあ、ややこしいな。デジタルワールドはひとつじゃないだろ。影響は全部に及んじまうのか?」
「複数あっからねえ、世界は。影響が及ぶかどうかはホメオスタシスみてえな奴らが決めるんだろうさ。俺らは単に見守るお役目なもんでね、覚えてんのよ。じゃないと何が起きてんのかわかんなくなっちまうからな」
「なるほどー、ディーヴァってのも大変なんだな。そんで?お前が選ばれし子供にあっちゃいけないってのとどう繋がるんだよ?」
「そりゃあ、選ばれし子供たちは特大の歴史改変を引き起こしたからでさあ」
「どーいうことよ?」
コテモンはいう。
今は複数あるデジタルワールドも歴史をたどれば一つの世界にたどりつく。その一番最初に作られた世界でのお話だ。世界で一番最初に作られたパソコン、エニアックを自称する存在がホメオスタシスの前身として存在していた。5人の子供がデジタルワールドに召喚され、「非進化」と「進化」の概念の争いに巻きこまれた。5人の子供たちは「進化」の概念に味方して勝利をおさめ、ダイノ古代境に碑文を残し、帰還した。四聖獣が「非進化」の概念を封印する楔となり、世界は安定した。そして世界は複数に分岐していくことになる。
「このときは紋章なんて概念なかったんでさあ。当たり前だがね」
「そりゃそうだろ。紋章は1999年に生まれたやつなんだから」
「それだけじゃねえ。パートナーって概念が生まれたのもそのころよ」
「あー、そういや四聖獣は元は普通なデジモンだっていってたもんな。俺たちみたいな訳だ」
「そういうことでい」
ひとつのデジタマが現実世界の光が丘に召喚される運命的なアクシデントがあり、急速な進化を促す力が発見された。パロットモンの持ち帰ったデータから、子供の精神的特質が急速な進化を促す可能性をもっていることが判明する。やがて時は流れ、その子供と特殊な繋がりをもつデジモンが出現した。そのデジモンは、デジタルワールド内の過剰な闇や光を駆逐する性質があり、子供はパートナーと呼称されるようになる。ホメオスタシスは心の動きを伝える装置としてデジヴァイスを作り、増幅器兼リミッターとして紋章を作った。
「問題はここからでい。光の紋章ってのはデジタルワールドにもともとあった力なわけだ。急速なってのが特殊なだけで、昔から進化を促す力なんてのはたくさんあったんでさあ。デジメンタルとかね。生命、進化、美しさ、真実、いろんな言葉で呼ばれてやしたが、生命の源の総称であることはかわらねえ。ホメオスタシスがその特質を光と名付けちまった。その力が使える奴らを総じて選ばれし子供って定義しちまった。選ばれし子供が世界を救うために召喚されると定義しちまった。ホメオスタシスの定義はデジタルワールドすべてに反映されちまう。もちろん歴史は改変されて、シェンウーモン様の相方は初代の選ばれし子供になっちまう。どうなったと思いやすか?ヒントはシェンウーモン様の司るのは知識と誠実」
「まさか選ばれし子供が冒険したことになったのか?シェンウーモンたちは選ばれし子供のパートナー?」
「そういうことでさあ。歴史は改変され、意識は変化する。当たり前になる。幾度かの危機はそうやって乗り越えられてきたんでさ。パートナーと離れ離れになったパートナーデジモンは弱体化しちまう不都合が生まれちまいましたがね。おかげでシェンウーモン様はかつてより大分力が落ちてやす。ダークマスターズにゃ偉い目にあいやした。急速な進化は選ばれし子供にとっちゃあ切り札たり得るが、パートナーがいない究極体であるシェンウーモン様にゃ足枷にすぎねえ。俺は正直残念でならねえんでさあ」
でもねえ、とコテモンはいう。
「シェンウーモン様は嬉しいっつうんでさあ。相方さんがいなけりゃここまでの境地に辿りつけなかった証明になるってんだ、泣けるじゃねえか。二度と会えないってのによ。俺あ、やりきれねえぜ、タクミの旦那。相方さんと会えたのは運命だった、もうひとりの自分っつー特殊な繋がりをもらえたって喜んでる主を見るってのはこたえる。デジモンと人間はどうしたって越えられねえ寿命っつう壁がある。そりゃあパートナーだろうが普通なデジモンだろうが変わらねえはずなんですがねい」
「コテモンもパートナーになりゃわかるんじゃねーかな?」
「そういうもんですかねい。俺には到底わかりっこない境地な気がしてならねえや」
コテモンはため息をついて肩を落とした。
「ここがxx霊園ですかい。オハカダモンがたくさんいるじゃねえか。なんとも不思議な光景だ。絶滅した種族も別の種族として再構成されちまう俺達の世界にとっちゃ、あり得ねえ光景だ」
「あはは、これが俺たち人間にとっての死ぬってことなんだぜ、コテモン」
さあ、いこう、とタクミは静かな霊園をいく。わかりやした、とこは続く。コテモンが教えてくれた相方さんの墓はすぐ見つかった。最近お墓参りをした人がいたのか、綺麗にされた墓前には線香の煙がなびいている。綺麗な花が咲いていた。
「しっかし、よくわかったなあ、コテモン。シェンウーモンは最深部から動けねえんだろ?」
「予感はあったそうでさあ。なんとなく、二度と会えないっつー予感が。相方さんは5人の中じゃ1番年上だったそうだぜ、タクミの旦那。だから覚悟はしてたってんだ、頭があがらねえなあ、ほんと。あー、あと、さいわい戸籍が電子化されたおかげで、案外探すのは楽でしたぜ」
「電子化か、なるほどー。そういうことか」
タクミは墓前で静かに手を合わせた。