デジタルワールドは、インターネットを宇宙とするなら惑星のような世界である。様々な島や大陸が存在し、ネットの海に覆われている球体の世界である。管理するホストコンピュータの数だけデジタルワールドは存在している。しかし、互換性がないため、それぞれのデジタルワールドは完全に独立しており、互いに影響しあうことはまずない。
イグドラシルというホストコンピュータが管理するデジタルワールドには、ロイヤルナイツという勢力が最上位のセキュリティ・システムを任されていた。このデジタルワールドにもファイル島やフォルダ大陸とった島や大陸が存在しており、ネット上で公開されている広域の地図でも確認することができる。しかし、この世界地図にも存在しない大陸があるという噂が、テイマーたちのあいだでまことしやかに囁かれていた。今は絶滅してしまったデジモンが生息しているとか、平行世界のデジタルワールドに繋がるゲートがあるとか、ホストコンピュータにアクセスできるとか、様々な噂が流れ、いつしか都市伝説になった。
その噂に興味を惹かれたハッカーたちがデジタルワールドに不正アクセスを試みては弾かれた。悪質なコンピュータウィルスをデジタルワールド中にばら撒いて、デジタルハザードを実行。ロイヤルナイツが真っ先に守護しようとするエリアを見て、特定しようとする者まで現れた。さすがにそこまでのテロ行為を行おうとするテイマーたちは、二度とデジタルワールドにアクセスできなくなり、現実世界の堀の向こうに消えた。
ネット上で都市伝説のような扱われ方をしている幻の島。ネット上でそんな書き込みを見るたびに、思わず笑ってしまうのは、その大陸に住んでいる者の特権だろうか。
216 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
噂のディレクトリ大陸に住んでいるけど質問ある?
テイマーたちが集う掲示板のとあるスレッドに、このような書き込みがされた。これがまとめwikiにも載っている「ディレクトリ大陸のデバッカー」の最初の書き込みである。
217 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
なんだそれ?WWW大陸じゃなくてか?
218 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
反応すんな
まーた、おれのかんがえたまぼろしのたいりくか
どいつもこいつも考えることは同じかよ
219 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
まあこうも情報でてこないと信ぴょう性ないのもわかるけどな
220 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
セキュリティ・システム側はなんにも反応しないしてくれないしなあ
突撃したやつらはBAN喰らうのは自業自得としてもさ
ちょっとくらい教えてくれてもいいのになー
221 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
おい、話がそれてるぞ
ディレクトリ大陸だよ、ディレクトリ大陸
知ってる奴いねーの?
222 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
俺はしらん
223 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
オレはあるかも
っつーかデジタルワールドなんて、たいていネット用語が地名についてるからさー
それっぽいサイトとか場所なんて腐る程あるんじゃね?
224 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
ディレクトリか、フォルダ大陸よりでけーことになるな
そんな大陸あったっけ?
225 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
それただのウェブ島じゃないですか、やだー
だれがパンゲアの話しろっていったよ
ムー大陸の話だろ、いいかげんにしろ
226 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
ムーが出てきてる時点で、都市伝説認めてるじゃねーか、ワロス
227 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
やっぱ知らないよねー、よし、今回は特別にお姉さんが教えてあげましょう!
すくなくてもディレクトリ大陸はフォルダ大陸みたいに黄金伝説があるわけでも、
未発見デジモンがいる魅惑の土地でもない!これだけは確か!
ディレクトリ大陸ってさ、ぶっちゃけデバッカーたちが住んでる大陸なのよ
デジ研の人たちしか入れないから幻なんじゃない?
守秘義務なにそれ美味しいの、とばかりにガンガン書き込まれる機密情報と思しき言葉の羅列。あまりにも堂々としすぎていて、釣りにしても面白そうだから、とスレ住人たちは詳細をもとめる。気をよくしたらしい216は、デジタルワールドのディレクトリ大陸に住んでいるデバッカーである、と自己紹介して、長文をがんがん載せ始めた。このあたりからスレ住人に提案されて、専用スレを立てた。デジタルワールドがメンテナンス中という理由で、締め出しをくらっていたテイマーたちの目に留まることになったそのスレッドは、あっという間に祭り状態になり、スレ数をのばしていった。
デバッカーとは、コンピュータプログラムのバグや欠陥を発見したり、修正したりして、動作を正常にするための作業を行う人のことをいう。デバックは面倒で退屈な作業であるため、基本的にはアルバイトを雇うことが多いのだが、デジタルワールドの規模になるとそうもいかない。デバックのスキルだけではなく、この世界に流通しているツールに精通している必要がある。デジタルワールドを構成するプログラミング言語やツールがあまりにも複数あり、複雑なため、難易度が跳ね上がるのだ。
しかもデバック作業は、プログラムの実行やデータ変更による観測、時間を巻き戻すこともあるため、その一つ一つが世界の成り立ちに直結しているデジタルワールドにとって、それを代行する人間がいるとすれば、それは信頼ができる者でなければならない。デジタルワールドのいうバグとは、世界を脅かす脅威であることも多いため、それを発見するデバッカーの仕事は極めて重要なのだ。
たとえば、2体のデジモンを1体に融合することで知られるジョグレスの失敗で誕生した、特異なデジモンが知られている。それは総称してカオスモンと呼ばれている。1体の体に2つのデジコア保有している、あまりにも不安定で寿命が短い生命体。反発する2つのデジコアを無理やり融合させている状態のため、暴発したら甚大な被害をもたらす。だから早急な駆除が求められる。そもそもカオスモンはデジタルワールドでは絶対に発生しない生命体であり、誕生するとしたらそれは人災しかない。
デバッカーに求められるのは、バグを認識することなのだ。そして、発生源をデジタルワールドから分離させ、ディレクトリ大陸が存在するデバック空間に転送する。そして原因を特定し、修正方法を決定する。そしてテストをする。その繰り返しである。
経験を積んだテイマーは、どこでバグが発生しやすいかよく知っている。それはプログラムの構造などから、可能性を見出し、判断できるからだ。そのため、疑うのが仕事であるとも言えた。注意深く、デジタルワールドを構成するプログラムが正しいか検証し、確かめる必要がある。そのため、デジタルワールドの表舞台から隔離されたデバック空間で、研究者は暮らしている、らしい。
28 名前: 216[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
毎日、あんたたちがデジモンたちときゃっきゃウフフしてるの、ぐぎぎぎしながら、
ひたすらモニタを見渡すだけのお仕事です
むしろヤバくなったら、真っ先に出てかなきゃいけないのが辛いところです!
いやはやデジタルワールドは地獄だね!
29 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
いやいやいや、ちょっとまてよ
いくらなんでも危なすぎるだろ、それ
30 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
もしかして、最近メタルエンパイアあたりで力付け始めてるテイマーたちが言ってたのって、おまえらなの?
31 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
なにそれ
32 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
あそこのテイマーたちやばいよ、マジデジモンもテイマーも見境ねえもん
片っ端からデジモン集めてさ、いろいろやりたい放題なんだよ
まだあそこらへんだけどさ、そのうちほかのエリアに飛び火しそうで怖いんだけど
33 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
俺が見たのは、たんなるテイマーキラーっぽかったけどなあ
マジでそんなヤベーやつらなのか?オレのガルルモンであっという間だったんだけど
戦利品もしょべーし、全然強くなかったんだが
34 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
したっぱは大したことねーけど、上の連中はマジでやばいみてーだぞ
魔人とか堕天使とかいっぱいいるみたい
35 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
リリスモンがいると聞いて
36 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
ブラックセラフィモンもありだと思うの
37 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
腐ってるおねーさんは座っててください
バカ、そこはレディデビモンだろ
38 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
一応言っとくけど、男しかいねーぞ
39 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
それはそれでありじゃね?
40 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
え?なにか問題でもあんの?
41 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
ソレナンテ・エ・ロゲ?
42 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
お前らwwwww
43 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
だめだこいつら、はやくなんとかしないと・・・
44 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
おまわりさんこいつです
っつーかさ、ホント、ロイヤルナイツはこいつらを捕まえるべきだと思うんだよ
そしたらもっと世界はキレイになるのに
45 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
おいやめろや
俺はまだつかまりたくねーぞ
46 名前: 216[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
どこに潜んでたの、あんたたちww
でもそんな暇人なあんたたちに、ここだけの話をしてあげる!
デジタルワールドの四聖獣ってしってるわよね?デジタルワールドの安定を司る4体のこと
シェンウーモンとチンロンモン、スーツェーモン、バイフーモン
もちろん中国の古代の考え方を取り入れたデジモンたちなんだけど
実はスーツェーモンとシェンウーモンの守護してる方角、逆wwww
このコメントが書き込まれた瞬間、デジタルワールドを守護しているデジモンたちを紹介しているページがアクセス不能になる事態に陥った。
88 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX
やっとみつけた(♯゜Д゜)
このコメントのあと、216のコメントは突如途絶えたため、デジタルワールド関係者に怒られたのではないかという噂が実しやかに流された。ちなみに、一週間にも及ぶメンテナンスのあと、スーツェーモンとシェンウーモンの守護する方位は、本来収めるべき方角にちゃっかり修正されていたのはいうまでもない。
「ああもう、やあっと見つけたっ!エル博士、アンタって人はもう!エージェントのAI乗っ取るなって何度言ったらわかるのさ!毎回毎回連れて帰る羽目になる僕の身にもなってくれよ!」
「アルフォースブイドラモン、あなた、レディーの扱い方がなってないわよ。いくら面倒だからって、俵運びはどうかと思うわ」
「誰がレディだって?」
「私以外にいるとでも?失礼しちゃうわ」
「その言葉そっくりそのまま返してあげるよ、エル博士。確かに今のアンタはレディだけど、そのアバターはエージェントのだから返してあげるんだ」
「えー、結構きにいってるんだけどね、これ」
「ダメに決まってるでしょ!いいかげんにしてよ!」
クロンデジゾイドの中でも最軽量で知られるレアメタル、ブルーデジゾイドで作られた聖なる鎧に身を包んでいる聖騎士は、疲労の色を隠しきれないでいる。はああ、と大きくため息をつきながら、肩の上でもがいている女性アバターのテイマーを抱えたまま、歩き始めた。空を裂き、大地を割る剣は両腕のV字が刻まれたアンクレットにしまわれており、わざわざ両手でテイマーを拘束している。
こうでもしないと、ちょっとした隙をみて、エル博士と呼ばれたテイマーは、行方をくらましてしまうのだ。今回は発見に大分時間をくってしまった。原因は、間違いなく彼女お手製の「かくれが」である。アルフォースブイドラモンが空を飛ばないのは、この建物の外は湖のそこだからである。
結界が張り巡らされているため、水に侵食されることもなく、完全に切り離された始まりの街ひとつ分のエリアが、湖のそこに広がっていた。家があり、広場があり、小さな街がある。デジタルゲートが常時展開している関係で、空気の廻りが滞ることもない。無駄に快適な空間である。外に出れば、水族館のような空間が広がっている。
湖の下に沈んでいる隠れ家なんて誰が思いつくだろう。彼女いわく、ホメオスタシスがサーバをやっているデジタルワールドでやってたらしい。いったいどこからそんな情報を仕入れてくるのか。このデジタルワールドから離れることは絶対にないアルフォースブイドラモンからすれば想像もできない話である。
ぶーぶーいいながら彼女は未だにアルフォースブイドラモンの連行から逃れようとあがいているが、勝手知ったるなんとやら、家を出て広場を通り過ぎ、デジタルゲートにアクセスしてロイヤルナイツが管轄しているゲートにつなげる。しばらくして、見慣れた聖域がひろがった。
ずんずん歩いていくアルフォースブイドラモンは、エルを担いだまま、ロイヤルナイツの居城に向かう。警備を固めているナイトモンたちが一瞬固まるが、エルだと分かるとアルフォースブイドラモンに敬礼とともに労いの一礼をして門を開ける。
ほかのロイヤルナイツの面々は、エルが引き起こした何度目になるかわからないトラブルの収拾に追われてそれどころではないので、誰ともすれ違わなかった。
バラの庭園を通り過ぎ、何十段もある階段を上り、真っ赤な絨毯のひかれた大理石の廊下を歩き、彫刻が立ち並ぶシャンデリアの門をくぐり抜け、ようやく彼はロイヤルナイツの面々と会議をする時に使用する大広間にやってきた。
すぐとなりには、妙齢の女性が椅子に座っている。しかし、ぐっすり寝ているようで、椅子の背もたれに体を投げかけたまま、微動だにしない。毛布がかけられていた。
ここでようやくエルはアルフォースブイドラモンから解放される。もちろん地面に着地するなり、一目散に逃げようとする彼女の腕を掴むのは忘れない。彼がひとりで彼女とここに来たのは、彼女の周りには誰であろうといてはいけないからである。しぶしぶ真っ赤な椅子に座ったエルは、つかない足をゆらしている。
「イグドラシルに四聖獣の方位が間違ってること教えたの、エル博士でしょ?おかげで今デジタルワールドは大変なことになってるんだよ。なんてことしてくれたのさ!」
「なーにいってるの。間違ってたのはそっちのほうじゃない。私は聞かれたことを答えただけよ?四神なんて超メジャーな中国の神話じゃないの。それを間違えてる方がどうかしてるのよ。東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武。ちゃんとあるべきところにあるべきデジモンが守護してくれないと厄災から守ってくれるわけないじゃない」
「あのねえ。たしかにそうかもしれないよ?でもさ、今すぐにやらないと大災害が訪れるなんて言われたら、デジタルハザードを警戒するにきまってるじゃないか!その結果がごらんおありさまだよ!テイマーたちが一斉に方位のことつっこみだしたせいで、イグドラシルはいよいよ本気にしちゃって、大騒動になってるんだよ、ああもう」
アルフォースブイドラモンが頭を抱えるのも無理はない。エルの提言を重く受け止めたイグドラシルの緊急指令により、突然司る方位を入れ替わることになったスーツェーモンとシェンウーモン。まず混乱したのは四聖獣とディーヴァたちである。
超究極体が2体同時に、ろくに前準備も許されないまま、ぶっつけ本番同然の状態でデジタルワールドの最深部で引越しを敢行したらどうなるか。もちろん大災害がおこった。大陸が消えた。島が消えた。ついでに海も消えた。空間ごとなくなった。デジタルワールドの一部が消滅し、時間軸がずれてしまった。そのデジタルハザードを方位の誤りによるものだと判断したイグドラシルは、ロイヤルナイツに指令を下したというわけだ。
事態の収拾はもちろん、デジタルワールドの復興にもそうとう時間がかかるだろう。何も知らないテイマーたちからすれば、四聖獣の方位の誤りをテイマーたちに突っ込まれたデジタルワールド側が、あわてて直そうとしてデータを削除してしまったことによるトラブルと笑い話になるに違いない。勘弁してくれという話である。
「そもそもイグドラシルの相談役である高等AIを乗っ取ったアンタが悪いんじゃないか!」
「ふっふっふ、ものは言い様だよね、アルフォースブイドラモン。そもそも警備がザルすぎんのよ、ここのセキュリティ・システムは。ちょっと内側からハッキングしたらガバガバじゃないの。もうちょっと強化しとけっていっといて」
「そういう問題じゃないよね?前々から言ってるじゃないか、僕たちの許可なくデジモンとかNPCに憑依しないでって!」
「だって暇なんだもの、ここ。さっさと私を自由にしてくれたらやめてあげるわ。私を現実世界に返して頂戴」」
「それだけはできないよ、残念だけど。だってアンタは危険すぎる」
「うん、知ってる。でもそれが何?なにか問題あるの?」
「ああもう、僕がアンタを見捨てられないの知ってて、そんなこというのやめてよ」
「ほっといてくれていいのに。惚れた弱みってのは人間もデジモンも変わらないみたいねー」
「エルのバカ」
「ごめーんね」
「その姿で謝られいても違和感しか感じないから、やめてよ。ちゃんとした言葉は、ちゃんとした姿ですべきだよ、エル」
「わかったわよ、はーいはいっと」
アルフォースブイドラモンは、がくんと崩れ落ちる女性のアバターを捕まえる。そして、椅子に座らせた。中身がなくなったアバターはただの着ぐるみだ。AIが目を覚ますまで、仲間のエージェントに引き取ってもらうため、そのアバターをすぐに転送する。これがあるとまたエルがこのアバターを乗っ取ってしまい、いつまでたっても元の姿に帰還しない。なにもなくなった大広間にて、ぐったりしていた妙齢の女性が目を覚ます。白衣にはシワができてしまった。うーん、と大きく伸びをしたエルは、久しぶりの自分の体を確認してから椅子に座った。毛布が落ちる。それを拾い上げたエルは、笑った。
「ごめんなさいね、アルフォースブイドラモン」
「うん、ごめんですんだら、僕たちいらないよね」
「ですよねー」
ロイヤルナイツが帰ってきたら、なにが待ち受けているのやら。逃げる方法を必死で思考しているらしいエルに、とりあえずアルフォースブイドラモンは、逃げ出さないように、という名目の元捕まえておくことにしたのだった。目的地はアルフォースブイドラモンにあてがわれている部屋である。
エルは、現在、ロイヤルナイツのアルフォースブイドラモンの助手として、セキュリティ・システムに所属しているデジモンである。もともとはデジモン研究の功績をかわれて、デジタルワールド側が招致した新進気鋭の研究者だった。デジモンの進化にかんする研究に割り当てられ、さまざまな成果を上げたのだが、ある事件に巻き込まれてしまったのだ。
それはあるクラッカーが放った悪質なプログラムが新種のデジモンとして誕生したことから始まる。そのデジモンに実態はなく、人間やデジモンの影に取り付くデジモンであり、取り付いた人間やデジモンの絶望を栄養分として喰らい続け、摂取した量で凶悪なデジモンに進化するというものだった。標的になった研究所で働いていた同僚やデジモンがそのデジモンに感染してしまう。エルも例外ではなかった。
そしてそのデジモンは進化するときに宿主のデータすら取り込んで進化してしまう。アルフォースブイドラモンですら思い出したくない悲劇の場所で、かろうじて生き残ったエルもまたデジモンに変異してしまった。不幸にもデジモンの進化に権威のある研究者だったことで、2体のデータが融合するときどうやって自我が決定するのかしっていた。その結果、デジモンでありながら人間のころの根源的記憶を維持できた。そのデジモンの性質が扱えるマッドサイエンティストが誕生してしまったというわけである。
エルは、触れたデジモンやテイマー、NPCに乗り移ることができるようになった。そのデジモンの性質を考えれば、乗り移らなくても触れた対象にコピーを感染させることができるはずなのだが、エルは元に戻るために研究すること以外に興味を示さなかった。人間時代のデジタルワールドへの功績と、その特異な性質を研究したい、という彼女の意向により、デジタルワールド側は彼女を保護することにした。管理下においたほうが安全だと考えたのだ。どちらにとっても。
監督役にアルフォースブイドラモンが手を挙げたのは、おそらくガレキに埋まっていた彼女を救出したからだろう。
そのせいか、もともと自分に無頓着だったエルは、ますます生きることと死ぬことに頓着しなくなってしまった。刹那的な生き方をする彼女のもっぱらの行動原理は「おもしろそう」である。その結果、ロイヤルナイツにおいて、彼女のやってはいけないことリストは毎日のように更新され続けている。
「とりあえず、お仕置きだね」
「えーっと、それはなんでしょうか、アルフォースブイドラモンさん。ごめんなさい、かんべんしてください、しんでしまいます」
アルフォースブイドラモンがこれから何をしようとしているのか、察した彼女は悲鳴を上げた。