「よぉ、ヤマト」
「はあーい、石田くん。おはよう」
「おう、おはよう、みんな」
ヤマトを見つけるなり、親密そうに話しかけてくるクラスメイトたちに、ヤマトは笑って答えている。ヤマトのそばにいるノースリーブのTシャツと同じ色をした、緑色の帽子と長袖シャツをきている小さな男の子が立っている。ヤマトに声をかける者はいても、男の子に声をかける者は誰もいないし、男の子もまた自分から誰かに手を振ることはない。ただ黙って、にこにこしながら、ヤマトにべったりくっついている。あたりまえだ。この男の子は、このバスに乗っている誰とも面識がなかったのだ、ヤマトともうひとりの女の子を除いて男の子の名前は高石タケル、4年前、両親が離婚した関係で離れ離れで暮らしている、ヤマトの弟である。世田谷区の三軒茶屋に住んでいる河内小学校2年生の男の子は、シーリアお台場にすむ子供達向けに主催された子供会のイベントに、特別参加することになったのだ。タケルはお兄ちゃんさえいればいいや、って思っているので、全然心配していない。でも、ヤマトはタケルがほかのみんなとうまくやっていけるか、気が気ではなかった。連れてこない方が良かったかな、とさえ思う過保護ぶりである。でも、そういうわけにはいかなかった。タケルがこのサマーキャンプに参加することになったのは、もうひとりの大切な妹たっての希望だったからだ。
ほんとならヤマトはタケルを参加させる気はなかった。毎年参加してるサマーキャンプに、タケルを参加させるのは実は今年が初めてなのだ。これが去年ならまだわかる。双子の妹弟が小学校に上がったのは去年だからだ。でも妹は普通にスルーした。でも、当たり前のように、タケルはいつこっちにくるかと聞いてきた。その心境の変化がいまいちヤマトにはわからなかった。まあ、昔から突拍子もない行動に出るのはよくあることだったので、今更気にはしないけど。
母方のフランス人の祖父から隔世遺伝した、眩しいほどの金髪がゆれている。日本人離れした顔立ち、そして目鼻立ちと色をしている、まだあどけない女の子がぴょんぴょん飛び跳ねている。くつをぬいで、バスのふかふかな椅子に立ち上がり、おーい、こっちだよーって手を振る元気な女の子を見つけたタケルが、ぱっと表情を輝かせる。やっぱり知っている顔があると違うのだろう。
「おっはよー、タケ兄ちゃん!」
「ミコトちゃん!」
「ヤマ兄ちゃん、こっちだよ、こっち!ここの椅子、2つもあいてるよー!」
「ああ、わかった。今行く」
はやく、はやくって笑うミコトと呼ばれた女の子は、ヤマトの大切な妹であり、高石タケルの双子の妹である。
7月の第1週、夏休みが始まる前のことだ。離婚調停の際、父親と母親のあいだで取り交わされた約束で、年に数回と決められているお泊まりの日で、タケルはヤマトとミコトの家に泊まりに来た。その時、タケルは7月と8月が一緒に表示されているカレンダーの赤い丸がいつもより多いことに気がついた。いつもなら8月3日のタケルとミコトの誕生日だけに丸が付けられ、ハッピーバースデー!!!って書かれているはずだ。それなのに、8月1日、2日、3日、に丸がされていて、8月3日は二重丸になっていた。
「これなーに?ミコトちゃん」
「えっとねー、子供会でねー、キャンプするんだよ」
「えっ、ほんと!?」
「うん、ほんとー。お兄ちゃんとー、お友達とー、一緒にいくんだよ」
「どんなことするの!?」
「テントはったりー、お料理つくったりー、いっぱい遊んだりするんだよ」
「いいなあ、いいなあ、僕も行きたい!ねえねえ、お父さん!僕もキャンプ行きたい!ねえ、だめ?」
あー、ってちょっと困った顔であさっての方向をみた父親を目撃したのは、ヤマトだけに違いない。別れた妻に連絡して、許可をとり、引率をする子供会役員の人たちに話をしなければならない面倒が増えたからだ。でも、あっさりその表情は崩れた。思いのほか嬉しそうだった。だから、今日の朝、ヤマトは母親のところまでタケルを迎えに行き、ミコトはずっとバスの中で場所取りをして待っていたのである。ヤマトの手を離れて、一目散にミコトのところにやってきたタケルは、ミコトが場所取りしてくれていた窓側のせきにすわる。ミコトの右となりの席を陣取って、お兄ちゃん早く早くって手招きしている。ヤマトは優しげな笑みを浮かべて、ミコトのとなりの補助席に座った。内緒話をするみたいに、ミコトが小声でいう。
「ヤマ兄ちゃん、お母さん、なんて?なんかいってた?」
「え?ああ、『遠慮しないでいつでも遊びに来ていいのよ』っていってたぞ」
「ふーん、そうなんだ」
聞いてきたわりに、タケルとおんなじ小学校2年生であるはずの女の子は、びっくりするくらい、お母さんに興味がなさそうだ。今にはじまったことではない。ヤマトとおんなじスタンスだから、これが本心じゃないこともわかっている。タケルは、パパ、ママ、っていうのに、ミコトがお父さん、お母さん、っていうのは、きっとヤマトを見習っているからなのだろう。ぎこちない誘いに、つれない返事。どこかはかなげな母親の笑顔、はなからヤマトとミコトが遊びに来てくれるとは思っていない、という考えが透けて見えた。遊びに行くのは父親を裏切ることだ、と生真面目に考えているヤマトをミコトはよく見ているのだ。それが申し訳なくもあり、嬉しくもあった。
「ああ、あと、『あんまりお兄ちゃんとミコトに迷惑かけないのよ』って言ってたな」
あは、ってミコトは笑った。母親の発言に他意はない。
「それ、ほんとにいったの?お母さん。へんなのー」
「ほんとだよ。かけたっていいじゃないか、俺たち、家族なんだから」
「だよねえ」
ぼそってつぶやいたヤマトに、ミコトは笑った。
父親と母親が離婚したとき、ヤマトは小学校1年生、タケルとミコトは4歳だった。離婚調停の取り決めでは、ヤマトの親権は父親、双子の親権は母親になった。しかし、毎晩のように繰り返される両親の喧嘩がトラウマになり、平和主義で争いごとを避けるいい子に育ったタケルと違い、ミコトは自分の意見を通すためなら全力でぶつかる女の子に育った。喧嘩の理由はいつだって教えてくれない。でも、毎日のように母親と喧嘩を繰り返し、こっそりくすねたお年玉を握りしめて、父親の家に転がり込む家出少女に、母親はすっかり手を焼いていた。結局、ミコトと母親の仲の悪さは致命的になり、お台場小学校に入学する、という名目でミコトはヤマトの家に住んでいるのだ。今はすっかりなりを潜めているが、一緒の小学校に行けなくなった、しかもお兄ちゃんと一緒の小学校にいってる、という双子の妹の裏切り。それを知らされたタケルの大泣きをきっかけにした大喧嘩でも、ミコトはその理由を教えてくれなかった。秘密主義な女の子に、むー、とタケルはご機嫌斜めである。
「お兄ちゃんとミコトちゃん、なに話してるの?仲間はずれにしないでよ」
「ああ、わるい、わるい。お母さんがなんて言ってたのか、教えてたんだよ。ほら、ミコト、こなかっただろ?」
「あ、そっか。ミコトちゃんも来ればよかったのにー。ママ、残念そうだったよ?」
「そっかなあ?」
「そうだよー。ママ、いつも言ってるよ?ミコトちゃんがいなくて寂しいって。元気かなーって。心配だって」
「ふーん、そうなんだ」
「今度、僕たち、誕生日でしょ?ママがね、どこかに遊びに行こうっていってたよ。だからね、ミコトちゃんもおいでよ」
「うーん、どうしよっかなあ。かんがえちゅー。サマーキャンプが終わったら考えるー」
つれない返事の割に、まんざらでもなさそうなミコトをみて、素直じゃないな、とヤマトは思う。ヤマ兄ちゃんに言われたくないよー、と言われそうなのでいわないが、素直じゃないのはお互い様だ。一番似ちゃいけないところが似てしまったツンデレな女の子。いまいちミコトの気持ちがわからないタケルは、うん、いいよ、って言ってもらえなかったことがショックなようだ。絶対、絶対きてよ、僕ミコトちゃんとママがずっと喧嘩してるのやだよおって今にも泣きそうな顔をした。ミコトはちょっと困った顔をして頬をかく。泣かないでよー、タケ兄ちゃん、ってミコトはあたまをなでる。
「喧嘩してないよー」
「うそだー、じゃあなんでミコトちゃんお兄ちゃんのところにいるの?」
「そういう約束なのー。お母さんと、私の約束」
「やくそく?」
「うん、そう、約束」
「なんの約束なの?」
「えっとねー、お母さんがしてる内緒を教えてくれたら、おうちにかえるーって約束」
初耳である。どう言う意味だ、って顔をするヤマトに、お母さんとの約束だからないしょー、ってミコトは笑う。タケルは心当たりがあるらしく、驚いた顔をしている。しってるのか、タケル、ってヤマトが聞くと、タケルはこくんとうなずいて教えてくれた。
「ママね、ずっと前からお仕事じゃないのに、パソコン使ってるんだよ、お兄ちゃん。ときどき、どこかにお出かけしても教えてくれないときもあるよ」
「そうなのか」
「うん」
ヤマトたちの母親は、フランス人の父親と日本人の母親をもつ作家である。フランス文学の翻訳とノンフィクションをすることもあるが、主な仕事は科学と物理の雑誌で記事を書くこと。フリーのライターである。ときどき、アナウンサーに解説や意見を求められる立場として、メディアに登場することもある。そんな母親の内緒にしてること。もしかして、好きな男の人ができたとか?ドキドキしながら聞いてくるタケルに、ちがうよおってミコトは首を振りながら笑った。どうやらミコトは、母親の秘密を知っているらしい。その秘密を教えてくれたら、おうちにかえるよ、ってミコトは続けた。
「わたしね、見ちゃったんだ。なにしてるの?って聞いたら、すっごく怒られちゃった。おかしいよね。あの日から、パソコン使っちゃダメって言われたの」
ミコトは真顔で言った。タケルとヤマトは顔を見合わせた。ミコトは小学校2年生の女の子だが、パソコンがすっごく得意な女の子だとヤマトはしっている。タイピングの宿題が出ていたからやっていたら、私もやりたーいっていってきた。なんとなく貸したら、あっという間にできてしまったのだ。ブラインドタッチをやってのける女の子は初めて見たヤマトである。ミコト曰く、面白そうだからやってたら、お母さんが上手だからやりなさい、っていろんなパソコンのソフトを貸してくれたので、やったことがあるという。そのほとんどがスキルアップを目指す社員向けのパソコンソフトだとはヤマトはしらない。でも、その日から一切パソコンをすることを禁じられてしまったというのだ。コンピュータウィルスに感染させたわけでもない、壊しちゃったわけでもない、お母さんの仕事を邪魔しちゃったわけでもない。それなのに、一方的に触るなって怒られたというのだ。ちょっとおかしい、そんな気がした。
「なにをみたのか、教えてくれないか?」
「だめー、お母さんとの約束だもん。お兄ちゃん達にお話しする時が来たら、パソコンしてもいいよって約束なの」
ヤマトはそうかというしかなかった。
「それっていつなの?それまでミコトちゃんは帰ってこないの?」
「うーん、たぶん、すぐくるよ?」
「え?いつ?」
「サマーキャンプから帰ったら!」
その言葉の意味を悟るのは、4年ぶりに光が丘にやってくるまでお預けである。
ボクたちは待っていた、長い時を。パートナーとめぐり会う、ただそれだけのために。かつては地表を覆っていた氷河も今はすっかり溶け、裸の大地にぽつりぽつりと樹木の芽が吹き出て、だんだん生い茂っていくのを、遠い過去の記憶として覚えている。ずーっと幼年期で過ごしてきたボクたちは、誰から教わらなくても、知っていた。パートナーが空から降ってくることを。名前だけ知っているパートナーを待ちわびて、確信めいた予感だけを頼りに、来る日も来る日も、天を仰いだ。ある日、「タケル」を待っているトコモンが上空にオーロラを見つけた。
「みんなー、見てー!」
ボクたちは全員で空を見上げた。運命の時がやってきたことを悟ったから、ぐっと固唾をのんで見守った。感極まって涙しているのは、ボクだけじゃなかった。空が一面かがやいて、遠い悲鳴が流れ星のように流れていく。ボクはうれしくなって、待ち焦がれたパートナーの名前を連呼しながら、その場ではねた。パートナーが落ちてくるところを目算して、一目散に向かった。
どーんと鈍い音がして、その子は地面に投げ出された。
「あいたっ」
思わず頭を押さえて体を起こした。言葉がついて出る。でもあんまり痛くないらしく、あり?って不思議そうに空を見上げる。うそぉ、わたし生きてるの?ってびっくりして、目をぱちぱちさせながら、首をかしげた。成層圏から落下してきたのに、なんてムズカシイ言葉を使う子だなあって思った。
「ここどこー、おーい、ヤマにいちゃーん!タケにいちゃーん!どこー!」
きょろきょろしながら、立ち上がったその子は、服についた葉っぱや埃をはらった。おーいって言葉はトロピカルジャングルにとけていく。泣いたり、驚いたりしないで、あっけらかんとしている子だ。度胸が据わっている子だなって思う。怖がられたらどうしよう、なんて様子をうかがっていたけど、いらぬ心配だったかもしれない。ボクは茂みから顔を出す。
「うーん、どうしよー。タケ兄ちゃんはたぶん遊んでるしー、やっぱヤマ兄ちゃんかな。よーし、はやいとこヤマ兄ちゃん探そう、そうしよう」
その子は、うん、ってうなずいた。そして、こっちを振り返る。
「だからねー、教えてくれないかな?お迎えにきてくれた、デジモンさん」
ボクは、うれしくなった。ボクがこの子をしっているように、この子はボクのことを知っている!この出会いが運命だって、初めから、ぜんぶ、知っている!だからボクは勢いよく飛び出した。
「ねえねえ、おねえちゃん、だれなの?」
「私はミコトだよー」
「そうなんだ。ボク、トコモン。今後ともヨロシクね」
「うん、よろしくー。ねえねえ、トコモン、タケ兄ちゃんはどこにいるの?」
「えーっ、なんでボクに聞くの?知らないよー」
「えええっ!?なんで知らないの!?トコモンはタケ兄ちゃんのパートナーでしょ?私より先にタケ兄ちゃん探さないとダメじゃない!」
「えええっ、ちょっとまって、まって、なんでさあ!なんでボクがミコトじゃなくてタケルを捜さないといけないのさあ!それはトコモンの仕事だよ!」
「え、あ、あれ?キミ、タケ兄ちゃんのトコモンじゃないの?」
「ちっがーうっ!キミ、なんなのさ!ずーっとずっと待ってたボクをブジョクしてるの?失礼しちゃうなあ、もう!ボクはおねえちゃんのパートナーだよ!」
「え、うそ。だってトコモンはタケ兄ちゃんのデジモンでしょ?」
「そうだけど、おねえちゃんのパートナーもトコモンなの!トコモンのボクなの!おねえちゃんとタケルは双子でしょ!だからボクたちも双子なの!なんでデジモンやタケルのパートナーがトコモンだって知ってるのに、このボクのことを知らないのさあ!信じられない!」
「え、いや、だって、ねえ、えー・・・・・・」
「なにその微妙な反応!キミ、なんなのさ、むっきっきー!」
「(ここは普通カプリモン一択でしょ!?なんでトコモンなのよ、タケ兄ちゃんとかぶってるし!双子ってなによ、双子って!それはテリアモンたちの特権でしょ!むかしっからパートナーを子供の好みに合わせないセンスはどうかと思ってたけど、こんな昔からなのね、ホメオスタシス!)」
「なんでそんながっかりした顔で見るのさー、怒るよ?謝るなら今のうちだからね!」
むうう、と白いおもちのように膨らんだボクを抱き上げて、ミコトはごめんねって謝ってくれたけど、棒読みなのが気に入らない。ふにふに触りながら、抱きしめてきた。
「だって私にパートナーがいるとは思わなかったんだもん。だいたいデジタルワールドに来るのだって想定外だったのに」
「リュックにデジヴァイスぶら下げてよく言うよ」
「え、あ、ホントだ!?いつの間に!」
「うっげー、ホントに今気付いたの?ボク、おねえちゃんに届くように、思いっきりデジヴァイス投げたのに。ちゃんと受け取ってくれなかったってことだよね?ダメダメじゃん。ほんとにボクのパートナーなの?しっかりしてよ、おねえちゃん」
すねてしまったボクはご機嫌斜めだ。むっきっきー、と怒ったボクは、ぷいとそっぽ向いた。機嫌なおしてよー、といいながらミコトはふにふにしてくる。よっぽどボクのほっぺたが気に入ったみたいで、なれなれしいやつだなあ、怒るぞ!ってぐあーっと牙をむいてもやめようとしない。ボクの大きな口にかまれないように、絶妙な腕回しでボクを腕の中にすっぽり納めてしまった。マシュマロとかクッションみたいって笑いながら、ミコトはボクのささやかな反抗をうけながしてしまった。ちえ、面白くないの。なんか世話焼きに慣れているデジモンみたいだ。エレキモンみたいな感じがする。ボク、アイツ嫌い。ボクだけを見てくれないから。いやなことまで思い出してしまったボクは、ますます不機嫌になる。ボクがパートナーなのが微妙だ、って言葉を撤回してくれないあたり、ますます気に入らない。ボクのなにが不満なんだよう。いくら聞いてもミコトは教えてくれない。ミコトはトロピカルジャングルをビックリするほどの正確さで進みながら、それには一切答えずに、会話を振ってくる。
「トコモンって、キミ以外にもたくさんいるの?」
「いるけどさー、こたえてよ、ミコト。なんでそんな顔したの?」
「怒んない?」
「言ってくれるのがさきー」
「じゃーいうね、怒るのなしだよ。私ね、ごつくておっきい機械が好きなの」
「うわあああん、ミコトのばかあーっ!このウワキモノーっ!このボクのこと忘れたなんていわせないぞー!ミコトがマシーン型デジモンが好きだって、サイボーグ型デジモンが好きだって、ミコトのパートナーはボクだけだい!」
きゃんきゃんわめくボクに、だからいったのにー、とミコトはぼやいた。ぐすん、と泣きわめいてすっきりしたボクは、話を再開した。
「だいたいさ、ボクたちみたいに、ひとつのデジタマから2匹のデジモンが生まれるのはとっても珍しいんだ。ホントはひとつのデジモンだったのに、ふたつになっちゃったんだ。タケルとミコトもそうでしょ?だからボクはミコトのパートナーであるべきなんだよ」
「そっかあ、だからトコモンは「わたし」じゃなくて「ボク」なんだね」
「うん、そうだよー。そういえば、ミコトって「わたし」だよね。どうしてミコトは「わたし」なの?」
「ホントは「ボク」になるはずだったんだけどねー、気が付いたら「わたし」になっちゃったの」
「ふうん、そうなんだ。ミコトが「わたし」なら、ボクも「わたし」にした方がいい?」
「ううん、いいよ。だってトコモンいったじゃない。「ボク」は「ボク」だって。ずっと前からトコモンは「ボク」なんでしょ?私は「ボク」になれなかったからね、トコモンくらいは「ボク」でいてよ」
「ミコトがいうならそうするー」
「うん、そうして」
ふにふにしながら、ミコトは笑った。またそうやって話題を絶妙なタイミングでずらす。じと眼のボクに、なんのことやら、とミコトは目を逸らした。
「ねえ、ツノモンがどこにいるかしらない?」
「うん、知ってるー。でもいかない」
「え、なんで」
「ミコトの一番がボクじゃないから、いかない」
「そんなこと言わずにつれてってよ、トコモン」
「やだー」
「そんな子供みたいなこといわないでよ」
「子供だってバカにされたら怒るもんさ、ぷい」
「あーもー、だってしょうがないじゃない。そんなに悔しかったら、機械型デジモンに進化してみなさいよ」
「無理だよ!」
「なんでわかるの?」
「なんとなく!」
ボクたちは延々言い合いを続けていた。
「ミコト!」
「ヤマ兄ちゃん!」
林の中に進んでいく途中で、ミコトはヤマトとばったり再会した。ぽーいっとボクを放り出して、ミコトは一目散にヤマトのところに走っていってしまった。なんだい、なんだい、このあつかい!ボクパートナーなのに!と怒っていると、ツノモンが大丈夫?って寄ってきた。ボクはツノモンに泣きついた。ヤマトがミコトの顔に涙の痕跡を捜す前に、がばっとその腕の中に飛び込んでぎうと抱きついてしまう。お、おい、と思わず驚いたヤマトだったが、何にも言わないまま腕を回してくる妹を察したのか、そのまま頭を撫でた。あれは絶対メンドクサイやつに絡まれたところを助けてくれてありがとう的なニュアンスが込められていると思うとイライラする。なんだよ、ボクは当然のことお願いしているだけじゃないか。失礼なのはミコトだろ!ボクはツノモンを見る。
「ヤマトが僕のこと嫌いじゃなくてよかったあ」
「ミコトはボクのこと嫌いじゃないもん。一番じゃないだけだもん。イジワルなんだ。ボクをイジメるやつ、許せないよね。とっちめてよ、ツノモン」
「えっ、やだよ」
「なんだよー、パグモンたちに苛められてたの助けてあげたのにさ」
「それはそれだよ、関係ないだろ。でもさ、ミコト、見つかってよかった。ヤマト、ずっと探してたんだよ」
「ミコトもヤマト探してたよ」
「さびしかったんだね」
「どうだろ」
「え?」
ボクと話しているときは、全然そんなそぶり見せてなかったんだけどなあ、と思ったけど、いわないことにした。よしよしされているミコトは、まるで小さな女の子だった。にあわないなーって思いながら眺めていた。ごしごし何度も目をこすったせいで、乾いた瞳は赤みを帯びる。まるで泣いた跡みたいだった。ミコトの様子を見て、タケルが心配になったらしいヤマトは、ミコトの手をつないだままタケルを捜すことにしたらしい。そんなに時間、かからないと思うけどな。
「あ、お兄ちゃん!それにミコトちゃんも!」
ほら。
タケルはうれしそうにヤマトとミコトのところに走ってきた。ボクはタケルの顔に涙の痕跡は見つけられなかった。ミコトの言うとおり、抱っこしているトコモンと遊んでいたのだ。タケルはヤマトとミコトの視線がトコモンにあることに気がついて、トコモンを二人の前に突き出した。そういう意味の視線じゃないと思うんだけどなあ。
「あ、紹介するね。トコモン」
「こんにちはー、ヤマトー、ミコトー」
「トコモンねー、僕たちを待ってたんだってー。ずーっとずーっと。ね?」
「うん!」
ミコトはヤマトの手をつないだまま、様子を窺っている。ヤマトは複雑そうな表情を浮かべている。きっとタケルの環境適応能力に驚いているのだろう。ミコトたちのすんでいる現実世界には存在しないデジモンっていう生き物を何の抵抗もなく受け入れているのだから。ミコトもそうだけど、ヤマトの前では見せてない賢さがある。それにミコトは【初めからデジモンを知っている】から受け入れているだけだ。タケルはホントに幼い子供なのだなってボクは思った。まるでボクと双子のトコモンみたいな関係だ。4000年も幼年期やっているのに、失われることのない幼すぎる無邪気さ、純真無垢な精神は毒されないままここにいる。うらやましい、って気持ちはボクもミコトもおなじなのだ。ボクがみんなから仲間はずれにされないように、トコモンのまねっこしていたように、ミコトもタケルのまねっこをしている。ヤマトがおにいちゃんをがんばれるように、ミコトちゃんをやっている。ヤマトもそれを気付いているようで、心配そうに見上げてくる瞳に、優しげな笑みを浮かべて握る手に力を込めていた。
「あ、ミコトちゃん、お兄ちゃんと手を繋いでる!いいなー、僕も僕も!」
タケルはミコトの手を取った。
「トコモンの仲間が他にもいるんだって!」
「ほんとか、タケル」
「うん!コロモンと、タネモンと、プカモンと、ピョコモンと、ツノモンと、えーっとトコモ、あれ?」
「ツノモンは僕だよ」
「トコモンはボクだよ、タケル。ボクはミコトのトコモンね」
「あ、そうなの?よろしくね。僕、高石タケル!」
お行儀よく、ちょこんとお辞儀をしたタケルは、ミコトの手を引いた。
「ミコトちゃんのパートナーもトコモンなんだね!僕たち、双子だからかな?ここまでおそろいなんだね!」
「そうだねー、わたしもびっくりだよ。トコモンね、私たちと一緒で、ひとつのタマゴから生まれてきたんだってー」
「そうなの!?トコモンたちも双子なんだ。すごいや!じゃあ、みんなのところにいこうよ!」
ミコトはボクを抱き上げた。
ぶうううううん、というけたたましい音がした。轟音と突風が、地面の落ち葉を吹きあげながら近づいてくる。生い茂る樹木が邪魔で良く見えないが、確実に近付いてくる。それを察知したボクは、危険を察知して、本能的にぶわっと体中の産毛が逆立った。どうしたの?と聞いてくるミコトに、ボクは言った。
「クワガーモンだ!みんな、ふせて!」
ヤマトがタケルたちを庇ったから、ボクも茂みにダイブした。
次の瞬間、たくさんの木々が丸太になって転がり、たくさんの葉っぱが散らばった。いっきに視界が開ける。間一髪で隠れられた茂みから様子をうかがうと、どぎつい真っ赤な体をした、とてつもなく大きなクワガタのデジモンが飛び去って行った。耳をつんざく轟音と突風は通り過ぎていく。びっくりしたあ、ってボクを抱っこして起き上ったミコトは、ありがとヤマ兄ちゃん、って言いながらあたりを見る。ヤマトは危険が通り過ぎたことを確認して、息を吐く。なにあれ、怪獣?!って目を白黒させているタケルに、トコモンが説明した。ツノモンが補足する。
「ちがうよ、タケル。あれはね、クワガーモン。とっても怖いやつなんだよ」
「ここらへんは、クワガーモンの住処なんだ。はやくここから出た方がいいよ」
「まあ、待てよ。オレたちだけでここを出る訳にもいかないだろ。はやく太一たちと合流しないと」
どうしようか、とヤマトが考え始めた時、女の子の絹を裂くような悲鳴が聞こえた。オーロラのお姉ちゃん!とミコトが反応する。ここにくる直前にみえたオーロラをみてはしゃいでいた女の子がいたことを覚えていたらしい。そういえば、とタケルとヤマトは思い出し、急いでボクたちはそちらに向かった。海の方角から聞こえてくる悲鳴を頼りに、ボクたちは進んだ。その先にはゴーグルつけた男の子、ヘルメットみたいな帽子をかぶった女の子が走っていくのが見えた。それをパソコンを付けたリュック背負っている男の子がいて、眼鏡の男の子が追いかけていく。どうやらみんな自然と集まったみたいだ。
悲鳴を上げている女の子は、さっきのクワガーモンに追いかけられていた。真っ赤なハサミが樹木をなぎ倒していく。そして、がきんがきんとかみ合わせを確かめるように上下する。次に大きくハサミが開いた時、ヘルメットの女の子がオーロラの子を横から掻っ攫った。危機一髪だった。すこしでも遅れていたら頭と胴体がお別れしていたことだろう。ハンマーとハンマーをぶつけたような音が響く。目標を見失ったクワガーモンはふたたび飛び去って行った。女の子二人は泥だらけだ。泣き出した子を庇った子が優しくなでて落ち着かせている。ほっとした様子でみんな集まっていくが、後方からみんなを追いかけていたボクたちは見えていた。さっきのクワガーモンが大きく旋回していたのを。
「また来るぞ!」
ヤマトの叫びに、みんなぎょっとして振り返る。さっきの攻撃で樹木はなぎ倒され、遮るものが何もない。隠れるところがないのだ。どうすればいいのか、先に集まっている子たちはパニックになっている。やられてたまるか、という表情。そのためにはどうしたらいいか分からない悔しさ。武器がないと指摘するしぐさ。おびえている女の子。ミコトとタケルがいるヤマトは、抵抗なんて却下である。消極策一択だ。
「逃げよう!」
ヤマトの提案に、ゴーグルの少年が頷いて、駆け出した。クワガーモンとの追いかけっこが始まった。地に伏せたり、茂みに隠れたりして、辛うじて難を逃れても、すぐ見つかって襲われた。とうとうボクたちは追い詰められ、崖にまで追い詰められてしまった。
みんなが隠れた岩がハサミに粉砕される。
「降りられないの?」
誰かがいうが、トロピカルジャングルの下は、さらに深い森がひろがるマングローブ域が広がっている。その中を蛇行して流れる大河が望めるくらいには、絶望的な高さが広がっていた。
どおん、という音がひびいて、とうとう岩がなくなってしまった。
おいつめられたボクたちは、示し合せたかのように、元来た道を引き返す。
「どこいくの?」
「どこにもいかないよ。ミコトは、ボクが守る!」
整列したボクたちはクワガーモンを睨みつけた。襲ってくるなら受けて立つ。それは、本能だった。
私はできれば目を背けたかった。しかし、心配でそれはできない。デジモンはひとつの世代ごとに、10体分の格差が存在すると言われている。成長期は幼年期の10体分、成熟期は成長期の10体分、なら成熟期は幼年期の何体分の強さになるのか。知っている分、いかに絶望的な戦いを挑んでいるのか、分かってしまう。かなうはずのない戦いに身を投じているデジモン達が無駄な努力をしていると客観的に分かってしまうのがつらかった。でもそれを覆してしまうから、選ばれし子供のパートナーであるデジモンは特別なのだ。それをあいまみえる機会に恵まれているのは、何とも不思議な感覚だった。
コロモン達は粘着質のあるシャボン玉のような泡を吐いた。強力な酸でできているそれは、成熟期に襲われた幼年期が目くらましに使う、必殺技だ。不意を突かれたクワガーモンはバランスを失い、そのハサミが地面にぐさりと突き刺さる。すかさず幼年期たちはたたみかけた。ここが普通のデジモンと違うところなのだと実感する。あの泡は逃げるための時間を稼ぐための攻撃であり、攻撃力なんて皆無なのだ。すぐに立ち直ったクワガーモンが、その巨大な手足と鋼のように硬い羽、尖ったハサミで弾き飛ばしてしまう。大きな大木に激しく叩きつけられた彼らは、うめき声をあげる暇もなく、すぐにクワガーモンにとびかかっていく。この闘争心を支えているのは、パートナーを守る、ただそれだけ。
私は、デジヴァイスを握り締めた。選ばれし子供というのなら、私がすべきことはただ一つだけだ。
「やめろ、よせ!」
「どうして?どうして、僕たちのために、そこまで!」
ちらり、とデジヴァイスをみる。私の感情の高ぶりに反応して、赤いパロメータがぐんぐん伸びているのがみえた。選ばれし子供たちのデジヴァイスは、パートナーとの親密度、パートナーと選ばれし子供の感情の高ぶりを数値化したものが設定されている。それが満たされた時のみ、進化が行われる仕組みになっているのだ。それなら、今ここですべきなのは、そんな言葉じゃない。トコモンが待っている言葉はそれじゃない。私は息を吸い込んだ。
パートナーのデジモン達は4000年近くのあいだ、選ばれし子供たちを待っていた。こんなことがしたい、あんなことがしたい、いろんなことを夢見てきた。その夢をかなえるためにも、戦わなければならない、と感じている。そして、戦わなければ、勝たなければ、なにひとつ叶わないまま死ぬことになる。自分の非力さはトコモンが一番知っているはずだ。なにせ4000年も幼年期で生きてきたのだから。圧倒的なパワーの差に、体力や攻撃力が、みなぎる気力に追いつかないでいる。なら、そのパワーを進化の力に変えてやればいい。それが選ばれし子供の仕事なのだから。トコモンが力が欲しい、と願ったら、そう願ったのなら、叶えてやるべきだ。強くなりたいなら、すべて私が叶えてあげる。だから、応えて見せて。私のパートナーだっていうのなら。
「トコモン、がんばってー!あんなやつにまけちゃだめーっ!!」
私のありったけの声が響き渡る。驚いたようにみんな振り返ったけど、感じるものはあったようで、みんなパートナーを応援し始めた。私の掌のデジヴァイスのバロメータが振り切れる音がした。空から光が降り注いだ。トコモン達があっという間に光の濁流にのまれて、きえてしまう。その輪郭が大きくなり、姿形が変わってしまった。
4000年たって、ようやく成長期に進化できたデジモン達は、一気にクワガーモンに襲い掛かる。頭に赤い花を乗せたデジモンの手が伸びて蔦となり、クワガーモンを拘束する。その瞬間、怒涛の攻撃が始まった。クリーム色をした爬虫類のデジモンが、火の球を吐いた。二本足で立つ狼に似たデジモンが、火の息を吐いた。ピンク色の鳥のデジモンが、不思議な色の炎の螺旋で応戦する。赤いテントウムシが、白い雷を振り下ろす。大きな耳を持つハムスターのようなデジモンが、空気砲を打ち込んだ。
面食らったクワガーモンは、バランスを崩し、崖に真っ逆さまに下って行った。
やったあ!とみんな、パートナーと抱き合って喜んでいる。ほっとして息を撫で下ろした私は、進化したであろうパートナーを探すが、見当たらない。がさがさがさ、という音がひびいて、みんなぎょっとして振り返った。
「ナイトメア・シンドローム!」
それは禍々しい悪夢の塊だった。無数の目がこちらをのぞいている。見てはいけない何かがあった。放出された黒煙がクワガーモンに襲い掛かる。クワガーモンの悲鳴が聞こえた。なにが起こっているのか、察した私は言及を避けた。
「だーかーらああ、ここはクワガーモンのコロニーだっていってるでしょ!はやく逃げようよ、おねえちゃんたち!」
金の装飾の施された銀色の兜から、くりくりとした大きな青い瞳がこちらを見ている。身体の上の部分は茶色だが、カエデのようなミミは先端が青色で、お腹のあたりも青い毛に覆われている哺乳類型のデジモンだ。左の前足にはホーリーリング。そして、後ろの両足はなく、煙のようにもくもくとしたもので覆われていて、宙に浮いていた。
その子に促される形で、私たちはクワガーモンが硬直しているすきに、何とか逃げ出したのだった。そのうち、トロピカルジャングルからマングローブ域に降りられる道が見つかり、私たちは大河をマーチングフィッシーズで下ることになったのだった。
「みてみて、どうこれ、すごいでしょ。ボク、強くなったでしょ。みなおした?」
「まあねー」
「なにその返事ー。もっとほめてよ、ミコト!はっ、まさかボクわかんないの!?」
「わかってるよ、バクモンだよね」
「うん、そうだよー。さっすがお姉ちゃんだね、おおあたりぃ」
ふよふよと浮かんでいるバクモンが、愛嬌ある笑みを浮かべている。
夢を食べると言われている、中国の伝説上の生き物、バクの姿をしたデジモンだ。脳波を検知する医学用コンピュータから誕生したデジモンといわれていて、人間のレム睡眠の状態のデータを栄養にしていると聞いたことがある。私の時代では、悪夢や悪質なコンピュータウィルスを消去する力を持っていることが論文で発表されて、話題になっていたはずだ。そのおかげでその取り込んだ悪夢やウィルスを正常なものに変換させる能力を持っていて、哺乳類型のデジモンから聖獣型に分類訳が変わったのはよく覚えている。ただの哺乳類のデジモンとされていたころは、なぜ神聖な力を示すホーリーリングを持っているか分かっていなかった。このデジモンの必殺技は、デジタマモンと同じだが、その関係性はまだ研究途中だったはずだ。
なんで私がここまで詳しいのかといえば、前の職場環境が原因だ。デスマーチの住人だったせい。せめて貴重な睡眠時間くらいは有意義に過ごしたい、とこのデジモンがやっている流行りのセラピーに厄介になったことがあるからだ。そういうのが好きな同僚が薦めてくれて、一緒に行ってからはまってしまった。バクモンは人間やデジモンの悪夢が大好物だから、夢見が悪い時にいくと、バクモンはご馳走が食べられるし、私は二度と悪夢はみないしで一石二鳥だったのだ。まさかこの子がパートナーとは思わなかった私は、よしよしとなでていた。バクモンは怒らせちゃいけない。ナイトメア・シンドロームは、その食べてきた悪夢を何十倍も濃縮して、再生成して白昼夢にする最悪の精神攻撃なのだ。注意しないと。
「ボクたち双子なのに、別のデジモンに進化しちゃったね」
「そうだねー、へんなの。てっきり成長期も同じだと思ってたのにね」
「ねー」
タケルの頭の上のパタモンが言う。
「不思議だねー、何が違ったのかなあ?」
「タケ兄ちゃんが男の子で、私が女の子だからじゃないかな?」
「そうかなあ?」
「そうだよ、たぶん」
きっと、真相はホメオスタシスのみぞ知る、ってやつだろう。そもそもデジモンに性別はない。パートナーたちが「ボク」とか「わたし」とか「おれ」とかいうのは、選ばれし子供たちを真似しているだけ、もしくは単なる個性でしかない。でも、私にとっては、バクモンが「ボク」なのは結構重要なことだった。
本来、ひとりの男の子が生まれるはずだった。それが一卵性の双子の男の子が生まれることになった。そして、遺伝子の巡り合わせで、一卵性にも関わらず、異性の双子が生まれるという奇跡が起こった。世界的に見ても、指折りしかいない事例だ。本来生まれるはずのない性別の子供は短命だったり、どこか普通の子供とは違うところがあったりする。さいわい私は人目を引くようなものはなく、元気で健康とはいいがたいが、それなりに育ってきている。確率でいえば、天文学的な数字といえるだろう。
だから、成長期にもかかわらず、特殊な能力と神聖なホーリーリングを持つデジモンがパートナーになったのかもしれない、と思う。でもどうして「ボク」なんだろう。ホメオスタシスが私を解析したのは、光が丘テロ事件の時のはず。私はもう4歳だ。女の子なのは分かっていたはずだろうに、へんなの。それだけが疑問だった。ただ本来「ボク」になるはずだった私が、運命の巡り合わせで女の子にうまれたわけだから、バクモンはある意味あったかもしれない私なわけだ。だから、私は「ボク」でいてほしいと思ったのも事実だったりする。まあ、これからよろしくねってやつだろう。ちょっと腹黒なのはいったい誰に似たのやら。
私はデジヴァイスを握り締めた。幼年期から成長期は無事進化できたのは、なによりだ。最悪、幼年期から進化すらできないかもしれない、って覚悟していたから。早合点でホントよかった。選ばれし子供はこうあるべきだ、っていう理想を知っている私は、どうしてもカタチから入ってしまう。理屈と計算で演出してしまう癖がある。私に与えられた個性が不明な今、ありのままの行動を起こすと暗黒進化させそうで怖いのだ。これならオートマチックに進化できる、ファクトリアルタウンの進化システム使わせてもらおうかな、なんて考えていた。
「タケルもミコトも疲れただろ、オレたちが見張りしてるから、ちょっと休め。な?」
思考を巡らしている私を、うとうとしていると勘違いしたヤマ兄ちゃんが言う。はあい、とうなずいた私は、そのままバクモンと寝てしまった。バクモンの主食がデジモンと人間の夢だなんて、この時の私はすっかり忘れていたのである。
それが冒険のはじまりだった。