八龍士   作:本城淳

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信と麻美、旭と明

ー休日のセーフハウスー

 

あれから3日ばかり経過した。

何だかんだで明達は学校生活を謳歌しているようにも見える。

明はかわいい女の子を見れば声をかけているが、ナンパは上手くいっていないようで、その度にガックシ肩を落としている。

もっとも、そのガックシ肩を落としている姿もポーズなのか、さして気にしていないようである。どこまで本気でナンパしているのかわからない。恵里香に対してそうしたように、女好きであることは確かだとは思われるのだが…。

次に麻美。こちらは中々の演技力でビッチ感を出しているが、基本的に元々の仲間である明達と共にいることが多い。勘違いした男達は明みたいな奴が好みなのかと思ったのか、歯の浮くような口説き文句を麻美に言っては撃沈している姿もちらほらと散見されている。また、たまに信達の所に来てはちょっかいをかけている。いつも冷たくあしらわれているが、それが面白いのか懲りずに何度も何度もあしらわれに行っている。マゾなのかだろうか?

そして真樹も信達がボードゲームを始めると、そこに見学しに行っている。そして、たまに混ざるのだが、これがまたとんでもなく強い。ルールを一通り教え、いざ将棋やチェス等をやってみると、そこそこの腕前の信や旭をあっさりと負かしてしまった。信達は何度もリベンジを挑むが、今のところ全戦全敗だ。

健斗はいつも誰かが周りに集まって談笑している。

転校生達が来ても、大して生活に大きく変化がない。あれ以来、敵の動きもまったくなく、落ち着いたものである。そして、裏稼業の方も休業中のせいか、退屈そのものだった。

明達と関わって初めての休日。

信は愛車のバイクを弄くっていた。

「あら?あなたがこういうことをするなんて意外だね」

「そうかぁ?結構好きなんだけどな?バイク弄り」

信のバイク弄りに興味を持った麻美が、座って部品を整備している信の肩越しに後ろから眺める。結構マメに整備しているのか、部品の一つ一つが綺麗で油汚れ1つない。

「ふぅん………結構キレイに使ってるんだ」

「まぁな。暇な時なんかにこうして弄っていると、色々と落ち着くからな。それよりも、意外なのはこっちの台詞だぜ?わかるのか?異世界人がバイクなんて?」

「うん。言ったでしょ?この世界とウェールテイはそれなりに交流があるって。もっとも、軍人くらいしか使わない高級品だけどね。アスファルトで道が整備されている訳でもないしさ」

「どんな世界なんだろうな。少しばかり響美があるよ。関わることは無いだろうけどな」

異世界なんておとぎ話でしか聞いたことが無いため、不意にそういう信。

「わからないよ?信達って私の世界の水準から見ても高い戦闘力を持っているから、軍にスカウトしたいくらいだよ」

「お前はどのくらいの階級にいるんだ?」

「ん?あたしに興味を持つなんて珍しいね。学校だったら冷たいのに」

麻美がそう言うと、信は少しだけ溜め息を吐く。

「素性が怪しかったからな、警戒していたんだよ。まぁ今でも完全に信用したわけじゃないけどな。それに、週の始まりであんな態度を取ったからな。今さらな気がして冷たく当たっちまってたんだよ。悪かったな、態度が悪くて。多分だが、旭もそうだろう」

信がそう言うと、麻美はキョトンとする。

趣味のバイクをやっているせいか、機嫌が良いのだろう。今日の信はいつもより素直に感じる。

「へぇ、いがみ合っているって聞いたけど、結構旭の事はわかってるんだ。深いところではわかりあっちゃってるってやつ?」

それが地雷だったのか、少し鼻歌混じりで作業をしていた信が少しばかり不機嫌になる。……が、それも少しだけだった。ある種の諦めに似た感情を表情から伺わせ、一瞬だけ作業の手を止めるが、またすぐにレンチを動かしてばらしていた部品を組み立てる。

「……そんなんじゃねえよ。まぁ、確かに俺のことを一番理解しているのは旭で、旭の事を一番理解しているのは俺なのは間違いじゃない」

カリ、カリ、カリ、カリ……

レンチでネジを締める音が哀しげに聞こえる。

「だけど、それは健全な理由じゃない、酷く歪で、そしてある種の呪いだ。悪いけど、これ以上は聞かないでくれると助かるな。これは簡単に話せる内容じゃない」

信は洗浄液に浸けていた部品を取り、拭き取ってから潤滑油を塗り、過剰な油を拭き取る。

「……で、お前の階級は?」

「この世界の軍隊の階級に照らし合わせれば大尉って所かな?」

大尉とは軍隊でも1個中隊…大体五十人から百人規模の部隊の指揮官を務めるくらいの階級だ。年齢と照らし合わせるとかなりのエリートである。

「結構エリートだったんだな?お前」

「うーん………違うかな?あたしには部隊を指揮する権利も、その能力もないよ。単純に八龍士という存在故に特殊で危険な任務が多いから、その給料に見あった階級を与えられているだけ。あとは、階級によって変な命令によって作戦に影響されない為かな?」

そういえば聞いたことがある。

航空機のパイロットや医務官等は民間のパイロットの給料に見合う為の階級を付与されると。

「まぁ、あの強さだから、大尉待遇の給料でも良いんじゃねぇの?それに、その階級相手じゃ変な男とかも寄ってこないかもな」

「見た目で口説きに来られても迷惑なだけなんだけどね?汚い仕事もこなしてきたし」

それに関しては信も何も言えないが、少なくとも自分達よりかは汚く無いだろう。

お互いに日の下は眩しすぎて、居心地が悪い過去を歩んできている。信が黙っていると、麻美は自嘲気味に笑った。

「つまらない話だったかな。あーあ、自分の過去や中身に見あった見た目なら、楽だったのかなぁ」

「言うほど、お前の目は……中身は汚れきって無い気がするけどな」

「はぁ?」

信が思わず……といった感じで麻美に言う。

その瞳は麻美を見ておらず、相変わらず整備しているバイクに向けられている。表情も一切変化がない。

「少なくとも、俺達のようにはなっていない。すべてを憎むような目でもなければ、何の興味を持っていないというわけでもない。俺達は……既に色々と手遅れだが、お前はまだ人の領域にいるよ」

信は最後の部品を組み立て、駐車場にバイクを運ぶ。麻美はそれに付いていき、ホッと胸を撫で下ろした。

「何?いきなり。口説かれてるのかと思った」

「口説かねぇよ。俺がお前を口説くわけねぇだろ?」

「そうなの?いやぁ、それだったら距離を置くところだったよ」

「それでも構わねぇけどな」

「そ。でも、なんかかっこつけてない?」

「まさか」

信はフン……と鼻で嗤う。正直に言えば、明のあれには一種の敬意すら信は感じている。

もう信がその感情を……女性に対して異性の感情を凍らせてしまってからどのくらいの時が流れたのだろうか。

女性の美醜はわかる。見た目も中身の美醜も……。だけどそれだけ。それ以上の感情を持つことは、もう無いのかも知れない。それくらい、自分はもう壊れきってしまっている。

「暇潰しを兼ねた監視は終わったか?終わったんなら、もう家に入らせてもらうけど?」

「どうぞどうぞ。やっぱあんたらは気楽で良いね」

「そう言われたのは初めてだ」

信は男女にバイクにカバーを掛けて外に設置してある流しで機械油用の石鹸で手を洗い、裏口から家の中に戻っていった。

女の子に対しての態度ではない。だからこそ、逆に麻美にとっては気楽であると思った。

「結局、あたしだって壊れてるんだよ。きっと」

麻美の一人言を聞いたのは、塀の上に降りてきた一羽の雀だけだった。

彼女の無表情の顔。しかし、心は何の感情を持たない自分に泣いていたのかも知れない。もしそうならば…彼女はまだ戻れる位置にいるのかもしれない……

 

ーセーフハウス・縁側ー

 

パチッ!

縁側では旭が一人、詰め将棋の本を片手に将棋を打っていた。

「明か」

旭は盤から目を離さずに、されど音もなく近寄ってきた明に意識を向けていた。

「流石だな、気配だけでわかるか」

明は学校で見せる態度とは180度違う表情で旭を称賛した。

されど旭はその言葉に何の反応も見せなかった。それがさも当然のように。実際、そんな芸当は旭にとっては当たり前だった。

「少しは反応しろよ。言っちゃなんだが、本気で感心してるんだぜ?」

だが、旭はそれでも盤面から目を離さずに、パチリと駒をさす。

「俺の生い立ちを知っているなら、こんなことが出来て当たり前だとわかってるだろ?あんな家で、その程度の事が出来なければ、この歳まで生きちゃいねぇよ」

男の明でも、見惚れてしまいそうになる旭の女顔。だが、その口調は相変わらずぶっきらぼうで、そして粗暴だ。

旭が言うように、その生い立ちは過酷だった。一般的な常識を持つものから見れば、地獄そのものとも言える旭の幼少期。

少し前までの旭であれば、こっそり近付く真似をしようものならば、若砲……闇の気を弾丸にした気弾の餌食になっていただろう。それほど旭は人の気配には敏感だった。

明は両肩を竦めておどけて見せる。そこで旭の手が止まり、目は盤面から初めて明に向けられる。

「お前という男は、本当に掴めない男だな。普通なら、俺があの『和田』の者と知れば、近寄って来なくなると言うのにな」

和田なんて名字はそれこそどこにでもある。

しかし、闇に精通している者ならば、鎌倉の和田……なんて聞けば裸足で逃げ出す一族だった。

「まぁな。俺もお前らほどではないにしても、八龍士として前線で戦ってきたからな。その辺にいるやつらと同じたったら……それこそ俺だって生きていないよ」

明は盤面を挟んで旭の対面に座る。

「相手をしてやるよ」

「ルールを知ってるのか?」

「真樹との対局を見てたからな」

二人は対局を始める。じっさい、明は問題なく駒を進めている。

「面白いな。これ」

「年より臭いって言われるがな」

「うちの世界では機械なんてものは一部でしか無いからな。このゲームみたいなものも現役で楽しまれているさ」

「そうなのか?産業革命は起こらなかったのか?」

明は首を振る。

「兆しはあったらしいが、自然の魔法力が損なわれるからな。一部でしかこの世界の機械化は進んでいない。国が禁じたからな」

「テレビもラジオもねぇのか……不便だな」

テレビやラジオもエンターテイメントというだけで存在している訳ではない。

災害情報や犯罪情報など、ニュースで得られる必要最小限の生活にかなり密着している。

「本来はそういうのが無いのが当たり前なんだ。それに、手段が無いわけじゃない。自治体なんかとかには国の中央から情報が回るように、色々手は打ってあるからな。便利さを追求するのは良いが、便利すぎるのも考えものなんだよ。この世界を見てればそうじゃないか?環境破壊とか……この世界で魔力が練りにくいのはそれが理由なんだよなぁ…」

魔力と自然力は比例するらしい。

「こんな世界であれだけの力を出せる…お前らが俺達の世界に来たなら、それなりの戦力になるかもな」

「どうだろうな。お前らはこの世界でも俺らより強いじゃないか。そんなやつらに言われても嫌みにしか聞こえねぇよ。王手飛車取り」

旭は角を動かして王手と飛車を同時に取る位置取りを取る。

「うわっ!ちょっ……たんま!」

「待った無しだ。早く動かせ」

「くそっ!王を逃がすしか…」

「ほい、これで詰みだ」

旭は更に持ち駒の金をはって詰ませる。

「あちゃー………強いな、お前」

「初めて将棋を打ったんだ。真樹が異常なんだよ」

旭は駒を片付けて始めながら、外を見る。

その眼は真剣だった。

「ウェールテイ……いつかは行ければ良いな……お前らの世界に行けば……少しは自由になれるのかな……この世界は……窮屈だ……それに、イヤな思い出しかない」

その言葉は……どこか自由に対する憧れがあった。

旭の過去は過酷だ……。

「………この件が終わったら、付いてくるか?俺達に」

「……冗談だ。俺と信には………終わらせる事がある。そしたら………消えるのが一番なんだよ」

憧れは所詮、憧れるままなのが一番なんだ…。そう言って旭は将棋セットを土間に片付けて、自分の部屋に戻った。

「自由を得た先には、更に新しいしがらみが生まれ、過去に想いを馳せる……わかってるじゃないか。和田旭」

明はかつての自分に想いを馳せた。王族としての籠の中に生きていられたままだったら、自分は自由がない代わりに何の不自由もなかった。自由があると思っていた世界は……新たな不自由が自分の身に付きまとった。

「自由……そんな楽園なんて……どこにもないかもな。もっとも、お前らが経験した安倍と和田以上の地獄なんて、そうそう無いかもしれないが………」

 

続く


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