八龍士   作:本城淳

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魔の一族

横浜港

 

ドゥルンドゥルルル………

健斗は自身のバイクを停め、目的の倉庫へと慎重に向かう。敵の気配はない。だが、ここは張大人の庭みたいな物だ。警戒するに越したことはない。

「恵里香………」

健斗は恵里香の事を姉のような存在だと思っていた。

付き合いこそ短いものの、彼女はこれまでの家政婦とは違って健斗達を普通の少年のように扱ってくれた。

大抵の家政婦は生活力のない彼らのだらしなさに数日…持っても数週間で辞めてしまうが、彼女は文句を言いつつもやってくれた。

大抵の家政婦はこの特殊な3人の事情を深く探ろうとしてくるが、恵里香はそういったのを感じさせなかった。

大抵の家政婦は事務的に仕事をこなすだけだったが、恵里香はアットホームな空気でギスギスした3人を上手く調和させていた。今の信と旭は恵里香が変えたと言っても過言ではない。

恵里香がいなかったらとっくに三人の生活は破綻していてもおかしくは無かった。

そんな彼女を健斗は尊敬し、そして仄かな想いを募り始めていた。

絶対に彼女は助けなければならない。

たとえ、これが最後であっても……

健斗は慎重に………慎重に進む。

「お?来たな?お前が木藤健斗か?」

「!!!」

健斗は不意にかけられた声に反応して臨戦体勢をとる。

油断はしていなかった。

霊力でレーダーを張り、僅かな気配を逃さんと周囲に気を配っていた。

(こいつ……かなり強い!)

明や麻美と同等か、もしかしたらそれ以上。

「そう怖い顔をするなって。今日は手を出すつもりはないんだからさ」

男は中肉中背。どことなく明に雰囲気が似ているだろうか?

チャラチャラしている時ではない、無駄な行動を避けている時の明に似ている。

「信用できるとでも思ってるのか?」

「ま、普通は信用しねぇわな」

男は肩を竦めてポーズを取る。しかし、そんなおどけた態度の最中でも男に隙はない。

「霊流砲!」

健斗が霊気を込めた気の弾丸を放つ。

木藤流霊術の基本、霊気の弾丸だ。

「ひょいっと」

野球のピッチャーが投げる位のスピードのそれを、男は顔の動きだけで難なく回避する。

距離は数メートル。それをあっさり見切られ、回避されるなど、中々ない。

「!!」

「おいおい、物騒な野郎だな。本気でお前らをどうこうするつもりはねぇって」

男は懐からクッキーを取り出して囓る。

信や旭に隠れているが、健斗だとて二人と同等くらいの実力者だ。

並の不良やヤクザはおろか、プロの格闘家が相手でも後れを取ることはない。その健斗の殺気をまともに受け、そして攻撃を仕掛けられても余裕を崩さない。

間違いなく健斗よりも上を行っている存在だ。

「お前も………八龍士か……」

「八龍士?違うな。どちらかと言えば、お前らの敵側の存在か?流れている血筋だけを言えばな」

「まさか、和田か安倍の………」

「いや?俺はウェールテイの人間だぜ?」

ますます訳がわからない。

「とりあえず、お前が俺の敵であることは確かだ」

健斗は男に一気に肉薄をし、飛び回し蹴りを放つ。

男はそれを屈んで回避すると、健斗はそこからサマーソルトキックよろしく逆の足で男の顎を蹴り抜く。

「ウオッ!」

(余裕ぶっこいてるからそうなるんだよ!)

確実に決まった。これで大抵の人間は終わる。

意識が向いていない所からの急所への攻撃は効く。

まともに受ければ格上だろうと……。

そんな事を思っていた健斗だったが、男は倒れず、多少頭をくらつかせた程度でピンピンしていた。

「やるじゃないか。ただの能力者にしとくには惜しい逸材だ。少しばかり甘く見ていた。失礼したお詫びと言ってはなんだが……俺も本気を出そう」

(何だと!?俺の本気の連撃を受けてピンピンしているだと!?)

健斗は更に蹴りでラッシュを加えていく。

鳳凰撃。

健斗の格闘技における最強の攻撃である。ぐるぐると円を描きながら、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る!

しかし、男は蹴りをブロックしたり、いなしたりとまるで効いていない。

明ほどでは無いにしても、普通の格闘家辺りならチャンピオンクラスでもKOできる連撃を、涼しい顔をして受けきっている。

それでも健斗はめげず、そこに更に高めた霊力を溜めていく。

「食らえ!霊破陣!」

ぐるぐると円を描きながら移動していたのはステップを踏んでいた足跡に霊力の結界を作り、男をそこに閉じ込める為。

その結界の中で健斗は自身の最強の技である技を浴びせる。

木藤流霊術奥義の壱、霊破陣。

破邪の霊力を最大限に高め、足元から相手を焼く技だ。

これをまともに食らえば信や旭でもただでは済まない。

並の人間ならば死ぬレベルだ。

(霊破陣なら、奴だって……なにっ!?)

健斗の目が驚愕に見開かれる。

男は霊破陣の中で耐えきっていた。プスプスと体から煙を出して、腕をクロスさせて、健斗の霊力に耐えきっていた。

「流石だな。こんなかくし球を持っていたのか。いい技だ。こんなのを受けて耐えきれるのは、八龍士か……俺達くらいのものだ」

「お前は……何者だ……」

「俺はレイオス。レイオス・シャルダン。八龍士から見たら……まぁ、暫定的に暗黒八龍士とでも言っておくか。八龍士とは対なる存在だしな」

混乱することばかりだ。暗黒八龍士………

つまり八龍士と同等の存在だとでも言うのだろうか?

「お前らは………」

「おっと、会話で時間稼ぎはさせねぇよ」

レイオスは遠距離から拳を打つ。

すると、拳の先から螺旋を描いたつむじ風が放たれ、健斗に命中する。

霊破陣を放った疲労から、満足に回避行動を取れない健斗はつむじ風の衝撃をまとも腹に受け、数メートル吹き飛ばされる。

「グハッ!」

なんという衝撃だろうか……。

例えば信のパンチ。

「回復を図ったようだが、流石にあんな技を何発も食らってりゃ、さしもの俺ももたないんでな。少し手荒な真似をさせてもらった。これで落ち着いて……」

「レイオス!」

健斗の脇を通り抜け、明が棒の突きをレイオスに放つ。

風と駿足の明の攻撃。それをレイオスは今度こそ本気で受け、続く連続突きを何度もいなす。

「流木明か。遅かったな」

明は憎悪に満ちた目をレイオスに向ける。

「またお前か……レイオス・シャルダン。毎度毎度中途半端に仕掛けて来やがって。まさかお前らもヴェレヴァムに転移する手段を持っていたなんてな……今度こそ聞かせてもらうぞ……暗黒八龍士とは何だ?お前は邪教徒と何か関係あるのか?」

「いつも言ってるだろ?知りたければ俺に勝てよ。毎度毎度、俺に良いように手玉に取られているお前に出来ればの話だがな」

「今度は倒してやるよ…このヴェレヴァムがおまえの墓場だ…健斗は恵里香さんを救出しに行け。こいつは俺がやる」

「いや……俺もやる………。俺だって……」

「足手まといなんだよ!大技を使って霊力がほぼ空のお前に何が出来る!それに目的を履き違えるんじゃねぇ!お前の目的は恵里香さんの救出だろ!レイオスを倒すことじゃねぇ!」

「くっ!」

明の言うことは事実であった。

霊破陣を使ったことにより、既に健斗の霊力は底を尽きている。それに、悔しいが健斗の力ではとてもではないが、レイオスには勝てなかった。勝てる糸口すら見いだせない。

「死ぬなよ……明」

健斗は後の事を明に託し、恵里香が捕まっているであろう指定された倉庫へと向かう。

レイオスはそれを黙って見送る。本当に何が目的なのだろうか……。

「何が目的だ……レイオス」

明はレイオスの喉元に棒を向け、尋ねる。

「少なくとも、張兄弟の目的とは完全に違うとだけは言っておく。俺はお前ら八龍士には何の興味もない」

「なめるな!」

明は突進してレイオスの喉元に突きを放つ。レイオスはそれを首の動きだけで回避する。明はそのまま突進の勢いを利用して膝蹴りを放つが……。

「甘い」

レイオスはそれを見越して事前に例の渦巻き突きを明の鳩尾に向けて放っていた。

「ぐはっ!」

突進の勢いを逆に利用されたカウンター。

まともに受けた明は動きを止めてしまう。

「お前は力があっても心が甘い。この街での安倍信と和田旭の戦いを見ていた。あの二人は手痛いダメージを受けても攻撃をやめなかった。もしこれがお前ではなく、あの二人なら、気力でそのまま俺に突っ込んで来たさ。木藤健斗もな」

レイオスはそのまま明の顔面にハイキックを放つ。たまらずダウンする明。

「伝説の風の八龍士。お前の祖先である流木龍ならば、こんなに弱くなかった。お前の力は、さっき俺を相手に良い勝負をしてきた木藤健斗の方が上手く扱えるかもな。少なくとも、同じ土俵に立ったなら、木藤健斗はお前よりも確実に強い」

「!!!」

明は歯軋りをし、よろよろと立ち上がる。

「お前は………俺が………」

レイオスはフワッと浮かび上がり、倉庫の1つの屋根に着地する。

「戦略もお粗末だ。見事に張兄弟の思惑に踊らされたな。俺も見事に踊らされたが……。とっくに気が付いていたと思っていたぞ。奴等の目的にな……」

「また軽くあしらって終わりかよ……レイオス・シャルダン!」

明が強くレイオスを睨む。

しかし、興味なさげに明を一瞥したレイオスは、その姿を徐々に消していく。

「言っただろ。お前なんかに今は何の興味もない。俺の目的は安倍信と和田旭の抹殺だ。あの二人を、他の暗黒八龍士の手に渡すわけにはいかないんだよ」

信と旭の抹殺………。

健斗ではなく、あの二人がレイオスの……邪教徒の目的…。

「信達を殺すのが……お前らの目的……」

「チッ!どこまでめでたい奴だ?お前は………。あの二人がどんな存在か気が付かないとはな……」

徐々に姿だけでなく、気配すら消えていくレイオス。

「警告しておくぜ、流木明。あの二人はお前らの手に負える存在じゃない。何とかなる前に抹殺しておけと言っておく」

そう言って完全にレイオスの気配は無くなった。

「くそっ!レイオス……あいつは一体、何なんだよ…」

ゴン!

明は負けた悔しさを拳に乗せ、アスファルトに叩きつけた。

明はレイオスに勝てた試しがない。そして、その都度に軽くあしらわれて終わる。

それが明には悔しくて仕方がない。

(伝説の八龍士が……こうもあっさりやられるのかよ…暗黒八龍士………やつらは何なんだよ)

 

 

倉庫内

 

そこに潜入した健斗。しかし、張兄弟の私兵はおらず、邪教徒の連中もいない。

恵里香の姿はすぐに見つかった。ただ縛られ、座って眠らされているだけだった。その横では虫の息である中年の男性が転がされていた。

(恵里香さんは無事のようだが、あっちの男はもうだめだな……心霊術を使っても助からないだろう)

健斗は見知らぬ男性を憐れに思いつつ、それも仕方がないと割りきる事にした。

すべてを救うことは出来ない。自分はレイオスの言うとおり、ただ特殊な力を持つだけのヒヨッコだ。神でも勇者でもない。

男性の事は諦め、健斗は恵里香の様子を確かめる。

乱暴された形跡もないようだが、だからといって油断はできない。。健斗は罠を警戒しつつ、慎重に進む。

霊破陣を使った影響は大きい。狭い範囲で発動させたとはいえ、霊力をごっそり持っていく木藤流の奥義だ。

それ故にショックが大きかった。信や旭のように倒せなかった例は確かにある。だが、あそこまでまったく通用しなかったことなど一度も無かった。

(くそ……八龍士に出会ってから調子が狂いっぱなしだ)

明にレイオス……奴等は自分達よりも確実に強い。

(……いけない。今は恵里香さんだ……恵里香さんを助けることが最優先。自分の弱さを嘆くのは後だ!)

健斗は罠が無いことを確認し、恵里香の元にたどり着く。

恵里香はただ気を失っていただけだった。呼吸も脈も異常はない。呪いの類いも調べてみたが、そちらの方も何か仕掛けられている形跡はなかった。

(爆弾は……まだ余裕がある。急いで脱出すればまだ間に合うな……)

解除を試みようと仕掛けを見てみるが、そこには何本の線が張られていた。通常、誤爆を避ける為に解除コード等が作られているが、本物の解除コードは一本だけ。

後はすべてダミーだ。健斗はその段階で解除を諦めた。

だが、何の罠も仕掛けられていないのならば、それで幸運だった。

邪教徒が使う強力な呪いが仕掛けられていたならば、今の霊力が下がっている健斗ではどうしようも出来なかっただろう。

「………うっ…………」

男性が意識を取り戻したようだ。

「君……は?」

「木藤健斗。残念だが、あなたはもう手遅れだ……悪いが見捨てて行くぞ?」

健斗が声をかけると、男は反応する。

「君が木藤の次男か………こんなところで会うことになるとはな……」

ヒューヒュー……と、苦しげな息をしながら男は静かに言う。

「あなたは?せめて遺言だけは聞いておく」

「張蒼龍……」

「あなたが張大人!?」

度々健斗達に仕事を与えてくれる恩人とも言える横浜チャイニーズマフィアの重鎮。

それが何故このような場所で、たった一人、最期を迎えようとしているのか……。

「私はマフィアだ………裏切り、下克上などは当たり前だ…そんな人生を歩んで来たのだからな……だが、最期を看取るのが木藤の息子とは………これも運命なのかも知れんな……」

「あんたは一体……」

「安倍政治と和田義治、そしてお前の父親とは盟友だった……宿命に狂う以前の………な………」

安倍政治と和田義治は信と旭の父親の名前だ。不倶戴天の天敵同士である二人が盟友だった?安倍と和田とは一体……。

「お前達を見ていると、若い頃の奴等を思い出す……木藤健斗。我が友の息子達……。お前達には期待せずにはいられなかった………長い歴史の中でも………お前達ほど絆を結んだ三家はない……そして、その才能も……」

張大人の声は徐々に弱くなる。

「最期に煙草を吸いたい……内のポケットに入っているのを吸わせてくれないか?」

「あ、ああ……」

健斗は張大人の内ポケットから煙草とジッポライターを取りだし、その口に咥えさせ、火を付ける。

「ふぅ…………健三………お前との出会いの時も、こんな風に煙草を吸わせてくれたな………今度ばかりは助かりそうもない………先に逝くぞ………。政治…義治…私の息子達は……魔の一族の宿命からは逃れられなかった……だが、お前達の息子ならば……魔の一族の宿命から……」

「魔の一族………それが安倍と和田の一族……」

忌の時を迎えようとする張大人。

もう一度煙草を吸い込み、張大人はもう何も写していない虚ろな瞳を天井に向ける。

「安倍と和田の(せがれ)を……魔の一族に落としてはいけない……あの二人は……魔の一族の希望……だ」

「質問に答えろ!おい!張大人!」

「木藤健斗……私の懐にある石を持て……それを受け取ってもらうのが………私の最後の依頼……だ。健三に辿り着けなかった領域………お前ならば………」

そう言って張蒼龍は口から煙草を落とす。

その命の鼓動は……完全に今、失われた。

「く………」

黒社会の首領の呆気ない最期。健斗は軽く黙祷を捧げる。神道や仏教では、どんな悪人であろうと死人は神であり、仏だ。

健斗は言われた通り、懐から何かの石を取り出す。

「呪石?いや、そんなものじゃない……呪石とはまるで違う性質を持っている!」

 

ー目覚めよ………木藤健斗ー

 

健斗の頭に何かの声が響き、不思議と力が沸き上がる。

「この力は………使い果たした筈の霊力が……いつの間に回復している……」

この石は一体何なのか……ただの呪石ではないことは確かだ。

「信と旭が一族の希望……ね。守るさ……あいつらは、なんだかんだ言っても、数少ない俺の理解者だからな。張大人、あんたの遺体はここに置いていく。手厚く供養することが出来ないことを許せ……」

そう言って健斗は眠る恵里香の体を抱き上げ、急いで倉庫から脱出する。

そして………

 

ドオォォォォン!

 

轟音と共に、爆弾が爆発し、倉庫が崩れる。

「謎だけを残して逝ってしまったな……張大人。それにしても、張大人の子供は結局何も仕掛けて来なかった。レイオスとかという奴が襲ってきただけ……目的は…」

「信と旭が本命だったらしい…」

明がダメージの抜けきらない様子でフラフラしながら話しかけてくる。

「くそ……何が何なのか、サッパリわからん!」

「俺もだ……だが、とにかく信と旭の所に行くぞ……」

恵里香をそのまま横たわらせ、バイクの方へと足を向ける健斗と明。

そこに………

「待って!どういう事?健斗くん……」

恵里香が体を起こして、健斗に尋ねて来た。

 

ー続くー


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