健斗が旭を倒す少し前に遡る。
バイクを走らせる健斗。後ろのシートに座る明。
「健斗……良かったのか?あんな別れで……」
「………良いわけ無いだろ。でも、今は信と旭だ」
あんな別れで良いわけがない。しかし、恵里香と話すことはもうない。
それに、恵里香以上に信や旭の方が大事だった。
共に長い時間を過ごしてきたことで、木藤の宿命を越えたところにあの二人には何か期待してしまう。何故か惹かれるのだ。
中学の時は苦労させられた。日本の常識という常識をまるで理解していない二人。家の宿命からか、最初はケンカと言うのも生易しい争い事が絶えなかった二人。自分と同じでまったく家事とかからは無縁でだらしがない二人。仕事でもそうだ。慈悲なく相手を痛め付けるし、特に旭なんかは目的の為ならば相手の命だって簡単に奪う。普段はともかく、仕事となれば性格の悪さがにじみ出る二人。普段は内心いがみあっているのに、そう言うところだけは息が合い、その都度健斗はため息を吐く。
普通ならあんな奴らなどとっくに見放している。なのに、何でだろうか………健斗は信と旭を嫌いになることができなかった。
まるで見えない何かに導かれているように、信と旭は運命の相手のように思えてしまう。
それこそ、初恋の女性の事をほっぽってでも、信達を助けたいと思ってしまう。
そんな二人が狙われている。ふざけるな…と健斗は思った。
木藤も、安倍も、和田も、八龍士も、魔の一族も、俺達の事を何だと思っているのだろう……と、怒りを感じずにはいられない。
ただ自由になりたい……そんな三人の事を嘲笑うかのように、次から次へとオカルトな何かが平穏を望む健斗達を蝕んでくる。
やっと人並みの生活が出来るようになってきた。やっと実家からの干渉から逃れることが出来た。やっと学生らしい生活にも慣れてきた。それなのに……
健斗は沸々と怒りに燃えてくる。そして、霊気が健斗の体から漏れでてくる。
そして、その霊気は張大人から預かった謎の石に反応し……増幅されて健斗の体へと戻ってくる。
「っ!?」
何か得体の知れない力が自分の中で発現しようとしている。体が熱い。そして、自分が自分では無くなるようなこの違和感。
健斗は急いでいるにも関わらず、バイクを停めてうずくまってしまう。
「何だ………この石は……」
張大人から預かった石は、先程までとは打って変わって白く輝き、そして宝石のように……まるで何かのRPGに出てくるようなクリスタルのように青く透き通る何かに変化していく。
「これは………聖光気。それに、お前……どこからその精霊石を………」
「精霊石?」
「呪霊石と対をなす魔霊石の一種だ。聖なる力を増幅させ、清めの力を周囲にもたらす希少な魔力を有する魔霊石……それが精霊石だ。それも、純度の高い……ウェールテイでも滅多に見れない物だぞ……」
違う。さっきまではただの白い石だった。なのに、健斗の霊力を浴びた瞬間にこの石は明の言う精霊石に変わった。そして、その精霊石が健斗の霊力を更に高めさせ、それがまた精霊石を増幅させて………。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ドォォォォォン!
体の熱さに耐えきれず、健斗が雄叫びを上げて力を開放すると………聖光気と呼ばれる気の柱が立ち上る。
そして、立ち上った聖光気が再び健斗に戻ってくると…そのまま健斗は立ちながら白昼夢を見る。
『やっと覚醒したか……待ちわびたぞ。木藤健斗』
白……何もない少し青みがかった白一色の世界に健斗は浮いていた。
『ここは……』
『君の精神の世界さ。そして私は初代八龍士のリフォン……リフォン・クロケット。まぁ、君に力を与える世界意思に選ばれた者の代表者だとおもえば良い』
いつの間にか、白い鎧を着た銀髪の男が目の前に立っていた。
リフォン……確か一週間前くらいに見た夢で出てきた夢の戦士。自分では到底叶わない力の戦士。
初代八龍士の意識が夢の中で出て来ていたのか…。
『君が私に叶わない?冗談を言ってはいけない。君の力は私など遠く及ばない。八龍士の力が無ければ、私は君には到底敵わない程の力しか無かったさ。君は私よりも遥かに強くなる素質がある。悔しいくらいにね』
『俺が……リフォンよりも強く……』
とても信じられなかった。自分よりも遥かに高い領域にいるリフォンよりも、自分は強くなれるなんて…。
『君が八龍士の力に馴染み、そして力を制御出来るようになれば、もっと強くなれる……歴代最強のセイントドラゴンになれる……』
力がほしかった。
あのレイオスに負けない力が…。無力で何も守れない…恵里香のように泣かせてしまわせないような力が欲しかった。
『力を与えよう、木藤健斗。だが、それによって君は…君自身の幸せは望めなくなるかも知れない。八龍士の力は神の戦士の力……。その力を得たものは属性に縛られ、世界の意思に縛られ、いずれは精神すらも世界の意思へと変わってしまうかも知れない。ーーの者達が、そうなってしまったように……。力とはそういう物だ。そして、いずれは孤独に消えてしまうかも知れない。一生を終える時、君の意思は既に君らしさを欠片も残していないかも知れない……それでも君は、力を得たいかい?』
自分が自分では無くなるかも知れない……。その恐ろしさは想像を超えていて、健斗にはわからない。だが、恵里香を泣かせた……。自分を影から成長させてくれていた張大人を死なせてしまった…。それほど遠くない過去には信や旭になる前の政人や義人の………。それを止めることができなかった。あんな惨めな気持ちになるくらいなら、力が欲しい………。
『欲しい。守りたい物を守れない……そんな中途半端な力しかない今よりも、俺は力が欲しい。その為ならば神の駒にだってなってやる。いや、いっそのこと神そのものにだってなってやる!俺に力をくれ!リフォン!』
『その覚悟を……いつまでも忘れるなよ?木藤健斗。さあ、受け取れ。君の力が……世界の民に幸福をもたらせることを願う!誕生せよ!聖なる六代目八龍士、木藤健斗!』
リフォンの体は巨大な白いドラゴンとなり、そして健斗の中に入り込んでくる。
そして、早速意識の一部が書き換えられていくこの違和感。正義、慈愛、勧善懲悪……。
『負けるか………俺は俺だ!』
しかし、悲しいかな………。
それがどこまでが木藤健斗の物だったのか…どこからが書き換えられたセイントドラゴンの意思なのか……その境界線が曖昧になっていく。
(負けない!俺は木藤健斗……セイントドラゴンなんかじゃない!)
守りたい物を守る。自分の意思なのか、それとも神の意思なのか…もはやわからない。
1つだけ言えるのは、自分が木藤健斗だった新しい何かに変わってしまったということだけだ。
(ヴェレヴァムも、ウェールテイも、俺は救ってみせる。そして、信と旭……。もし世界を害するならば、どんな手段を使ってでも俺はお前達を止めて見せる…そうはさせてくれるなよ?)
健斗は気が付いていない。既に手段と目的が入れ替わってしまっていることに……。
それでもまだ、信と旭を救いたいという気持ちは消えていなかった。
どこまで健斗は木藤健斗としての自我を保てるのか…それは誰にもわからない。
確かに言える事は、神の意思の代行者である聖なる力を持った世界の守護者が新たに誕生した……。それだけがたった1つの間違いない事実であった。
白い世界から意識が戻り、健斗は目を開く。
「健斗………お前が八龍士に覚醒するなんてな…奴等がヴェレヴァムにちょっかいをかけに来た目的の1つは間違いなくお前だったんだ。新たな八龍士の覚醒を防ぐ為の……」
「どっちでも良い。今は信と旭だ。暗黒八龍士に利用されては厄介なんだろ?あいつらは俺が助ける。悪に落とされる前にな」
健斗の表情からは、甘さが消えていた。
小さい頃の彼を知るものならば、口を揃えて言うだろう。戻ってしまった……と。
悪の象徴、安倍と和田を止める調律者の家系、木藤を体現すると言われた頃の木藤健斗に……戻ったと。
「………力に飲まれるなよ?健斗」
「制御してやるさ。そして、絶対に『本来の木藤健斗』に戻る…神の意思なんかに…踊らされるか」
健斗は精霊石をバイクの燃料タンクに突っ込む。
「精霊石よ……バイクの燃料代わりに力になってもらうぞ……乗れ、明」
「パワーは出るだろうけど、絶対にエンジンが持たないだろうな…」
「知らん。壊れたなら直せば良い。今は時間との勝負だ」
「木藤健斗を保てたままでいられるかね?こいつは…」
だが、実際に今は信や旭の事はもちろんだが、それ以上に真樹や麻美が心配だった。
(レイオスの言葉が気に掛かる。信と旭は…魔の一族のあいつにとっても抹消しなければならない存在。ただの魔の一族ではない………と言うことか)
そして、時は今に戻る。
そして、レイオスの言葉の一部を知ることになる。レイオスが危惧していた力の一端を発現させた暴走した信と旭の姿を見ることによって。
「…………」
「うう………うう………」
悲しそうに信を睨む健斗と、本能からか、健斗を警戒して動かない暴走した信。
「信……張大人は亡くなったぞ……」
「ううううう…………」
「俺達は、魔の一族を宿命から救うために託されたんだ」
今の信に理性が無いことはわかっている。だが、健斗は信に呼び掛けずにはいられなかった。
「お前が安倍の一族を憎んでいるのはわかっている。でも、魔の一族の宿命から安倍を救うことだって、お前の目的は果たされるんじゃないか?」
「うがぁぁぁぁぁぁ!」
暴走した信は麻美に対してやったように、とても人が出せるような力とは思えない力とスピードで迫ってくる。
「がぁ!」
信の音速とも言える拳。それを健斗は正確に見切り、ガードする。
続く顎を狙った拳を掌で受け止め、最後に人中を狙った拳を頭の動きで回避する。
「速いな……確かに速い。もしかしたら速さを自慢とする風の八龍士の明のスピードよりも速いかもしれないな」
健斗だとて、普通ならこんな速さに対抗することなど不可能だ。では何故それに対処する事が出来るのか。
八龍士に覚醒し、前よりも遥かに強い力を得たこともある。前までの健斗ならば、あっさりやられていただろう。
だが、それだけではない。
幼少期に何度も信や旭と……政人と義人と戦い、そして二人が家を飛び出してからは共に生活をし、トレーニングや仕事を何度も共にこなしてきた。
だからこそわかる。本能レベルまで達している信の攻撃の癖を。次にどこを狙ってくるのかを。
「いつものお前が相手なら、例え八龍士となったとしても、油断なんて出来る相手じゃない。だが、今のお前はただの獣だ」
ゴスッ!
「ぐぅあ!」
健斗の膝げりが信の腹を捉える。
「さっさと正気に戻るか……それとも死ぬか……」
そしてジャンプしてその顎を前蹴りで蹴り飛ばす。そこに健斗らしい慈悲の心は無くなっている。
「完全に健斗は呑まれてる……八龍士の意思に……」
「あれは木藤健斗じゃないわ。破邪の意思そのもの…」
明は戦慄した。
健斗と聖なる八龍士の力は相性が良すぎた。たちまち力を物にした健斗。だが、それ故にその意思は完全に破邪の力に呑まれてしまっている。
たった一週間ではあるが、木藤健斗という人物はここまで非情な人間では無いことを明は知っている。どこか甘さを残し、本来ならば敵であるはずの信や旭に対しても身内と扱う微かな優しさを持っている……。
力を持つものの非常さと捨てきれない人間臭さを残した人物。そこに魅力を感じていた明は、今の健斗の姿に悲しさを覚える。
「おいっ!正気に戻れよ健斗!力に飲まれるな!」
健斗を背後かは羽交い締めにして止めにかかる明。
「うるさい」
健斗は明の足の甲を踏み抜く。
足を踏む。この子供じみた行為は実はかなり有効な手段だったりする。
武術を嗜んでいない女性の力でも、これだけで屈強な男がしばらく動けなくなるくらいには有効な手段だ。
ただの女性の足を踏む行為でもそれだ。蹴り技を主体としている木藤の技の継承者が……それも八龍士となって力が増した健斗がやればどうなるか……。
「ぐあっ!」
明は弾かれたように腕を離し、あまりの痛みに行動が出来なくなる。
「お前はやっぱり、王族の甘ちゃんだ。だからレイオスにも勝てない。もう一度基礎から鍛え直せよ」
そして羽交い締めを解いて後ろ蹴りで引き剥がす。
「同じ土俵に立てばこんなものか?流木明。八龍士に覚醒しなくとも、もしかしたらお前に勝てたのかもな」
容赦ない蹴りを受けて明は蹲る。
力の差は圧倒的だった。たった数分で逆転してしまった力関係。そこまで明と健斗の八龍士としての相性は圧倒的に違っていた。
「こんなのは………間違ってるだろうがよ……お前、信が正気を戻さなければ……殺すつもりだろ……」
明は痛む体に鞭を打って、立ち上がる。踏み抜かれた時に足の骨を砕かれたのか、立つことも辛い。
だが、ここで痛みに負けたら健斗は信を殺し、旭を殺し、そして二度と木藤健斗という人間は戻ってこない。
そんなものは……木藤健斗ではない。ただの破邪の戦士。仲間なんかでは決して無い。
「うわぁぁぁ!」
明は砕かれ、機動力を失ってもなお、健斗にすがり付く。麻美も、真樹も………。
それぞれが三人にやられ、満身創痍であっても諦めない。
「お前らは………邪魔だ」
健斗から聖光気が立ち上る。通常なら薄く青い霊気は、聖なる力と融合して金色に輝いている。
「うっ………この力は………」
「明らかにレイオスよりも上……」
「八龍士が三人がかりでも同じ一人の八龍士に勝てないなんて……」
三人がかりでも健斗の力には勝てない。同格である八龍士であるはずの三人でも……それだけ健斗の地の力が強かったのか……それとも八龍士の相性が良すぎるのか。
暴走した信は攻めあぐねいている。
本能とはバカに出来ない。明らかに自分より勝る相手の場合、本能とは逃げるか服従を選ぶ。
「政人を止めるのは今をおいて他にない。邪魔をするならお前らをここで倒す。取り返しの付かない事になる前にな……もう一度言う。お前らは…邪魔だ!」
健斗は三人に聖光気の暴風を浴びせる。
抱き付く力は剥がされ、聖光気の暴風が三人の八龍士を吹き飛ばす。
「ぐうっ!」「きゃっ!」「あうっ!」
数メートル弾き飛ばされた三人は、今度こそ動けなくなる。
「政人。正気に戻れないのなら……誅するしかないな」
健斗はゆっくりと……暴走した信に近付いていった。
続く
ある意味では暴走してしまった健斗。
果たして健斗は信と旭を殺してしまうのか!?
それでは次回もよろしくお願いいたします。