八龍士   作:本城淳

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さよなら横浜。異世界ウェールテイへ。

ビルの上。そこでレイオス・シャルダンは八龍士の力に飲まれた健斗と暴走した信、そして再起不能となった三人の八龍士の姿を見ていた。

「力に飲まれたか……聖なる八龍士の力と木藤健斗の力は相性が良すぎたらしいな……これでは木藤健斗はあの三人と同じ道を歩む事になる。眠る四人とは別の、二代目八人衆となったあのバカども三人と同じように…」

レイオスは哀しみに満ちた目で健斗を見る。

力に溺れた者は力によって滅ぶ。

「八騎士は邪の尖兵となって代々の八神鳥と憎しみ合い、神王は汚染される八人衆を鬱いて神の世界を凍結させ、生まれ変わった八人衆もまた、邪の尖兵となって八龍士といがみ合う。この世界も……龍の世界も癌化するのか……希望は無いのか……」

レイオスは今の健斗の姿に憐れみの情を抱いていた。

「何が暗黒八龍士だよ……ただ、八人衆の名前を変えただけじゃないか。ヴァイスやニファンバー達アストロ・ジンボリーに知られたら殺されるかな?……殺されるな。アストロの奴等は俺には厳しいからなぁ……もし、あの四人がこのまま壊れるようならば、マンダラにいる残り二人に希望を繋ぐしか無いんだが……とにかくやはり安倍政人と和田義人はここで殺すしかないかな?張紅龍と張白龍も………もう、手遅れだしな。ここで始末するか?んん?」

そろそろ動きだそう……そう思ったレイオス。だが、現場に動きが出始めた。

「ほう……俺達ヴァーグレルの血筋を最も色濃く受け継ぐアイツが……ここで希望を繋ぐなんてな」

ヴァーグレル。それはウェールテイの人間で言うなら魔の一族の本当の名前であった。

ヴァーグレルの呪われた血筋を最も色濃く受け継ぐと言われた人間が、正気を持って立ち上がったのだから。

 

 

「それが……お前の本性か?健斗……」

立ち上がったのは霊破陣によって倒された旭だった。

その目は先程までの理性を失った目ではない。

「義人……正気に戻ったのか?」

「やきが回ったんじゃねぇの?健斗。俺は旭だ。誰が何と言おうとな」

「旭?お前は魔の一族の和田義人だ」

旭はペッ!と血の唾を吐き出す。

「やっぱりお前は健斗じゃねぇよ。つまらねぇ、ただの木藤だ」

「ただの木藤で何が悪い?」

「悪いね。俺は木藤健斗だからこそ一緒にいられたんだ。つまらねぇただの木藤なんかじゃねえ、木藤健斗だからこそ、少しばかり友達ごっこをしていただけ。八龍士かなんか知らねぇが、力に溺れたただの木藤には何の感情も浮かばねぇ」

旭は健斗に向けて指を指す。

「俺が友達ごっこをしたいのは、力に溺れた無能なんかじゃ決して無い。弱いお前なんかじゃねぇ。そうだろ?信」

旭は信に対して声をかける。

信はまだ、苦しそうに呻いていた。

「信。お前は堕ちるなよ?そこにいる力に溺れた八龍士のように、政人なんかに負けるんじゃねぇ!俺が義人じゃなく、旭であるように、お前は安倍信だろ!」

旭は無構えのまま、摺り足で健斗の方へ向かう。

「お前から死ぬか?和田義人」

「はっ!自分の力に溺れたただの木藤が、俺を殺す?舐めんなよ。お前に信を任せられるかよ。こいつは…信はもう一人の俺なんだ。テメェはどいてろ……ただのつまらねぇ木藤」

ズリズリと健斗に……いや、その先にいる信に向けて歩を進める旭。

「誰に向かって言ってるんだ?和田義……」

健斗が旭に蹴りをいれようとしたところで、旭の姿が消え、次の瞬間には旭が健斗の頭に踵落としを食らわせた。

「へっ!鈍ったな。ヤッパリお前はただの木藤だ。健斗なら俺が瞬移をやるって言うことを視野にいれる」

「…………」

ドカッ!

健斗は無言で旭を蹴り飛ばす。

「ぐふっ!」

旭はたまらず明のいる方向へと飛ばされ、明に折り重なるようにダウンする。

「おおいて……健斗なら、こんな逆上じみた仕返しはしないはずなのに、ただの木藤は恐ろしいねぇ?こんな仕返しをしてくるなんて思わなかったから反応出来なかったぜ」

内心、反応できてもどうしようも無かったと思いつつ、反応できたかも知れないと言外に匂わせる発言をする旭。

「どうでも良いけど早くどけ!重い!なんで男の癖に良い臭いがするんだよ!お前は!新しい世界に迷い混むぞ!この野郎!」

「うわっ!近付くな!お前は女スキーだろうが!」

悪態をつきつつも旭は立ち上がる。正直に言えばもはや限界だった。霊破陣の破邪の力は確かに和田の力を吹き飛ばしてくれた。お陰で正気に戻れた。

だが、霊破陣によって体の……内部の異能を扱う力もズタズタにされ、ハッキリ言ってしまえばここでそのままおねんねしたいというのが旭の本心だった。

だが、ここでおねんねしてしまっては、信は殺され、健斗は二度と元の健斗に戻れなくなるだろう。

ここが正念場だった。

「死体にむち打ちやがって。やはりお前はあいつらを友人だと……」

明の言葉に旭は本気でうえっと吐き出しそうな嫌な顔をした。

「気持ち悪い事を言うな。和田を滅ぼした後は信を倒す。そしてその後は健斗だ。俺が倒して屈服させたいのはただの木藤じゃねぇし、ただの木藤に信が殺されるのが我慢できねぇ……」

ツンデレ?と言いたいところだが、旭は本気でそう考えている。どこぞの野菜の国の王子様よろしく、○ル編のあのキャラにそっくりだ。

「まだ来るか?和田義人」

「来な。ただの木藤」

フラフラになりながらも旭は健斗においでおいでと手招きをする。本当に何を考えているのか。強がりで死に急いでいるとしか思えない行動だ。

「ならば本当にクタバレ!和田義人!」

再び旭に蹴りを入れようと突進する健斗。

そこで旭の表情が変わる。

「だからお前はただの木藤なんだよ。目的が信から俺を倒すことに躍起になってる段階で、力に溺れている証拠だっての。明、任せたぞ?」

「へっ?」

旭は明の体を無理矢理引き起こし、健斗に向かって放り投げる。

「言っただろ?俺は信を正気に戻したいだけだって。健斗をどうこうするなんて視野に入れてねぇんだよ。お前らは同じ八龍士同士で戯れてろ」

「なっ!義人!てめっ!」

「こらっ!んなこと聞いてねぇぞ!」

もう放り出された以上はどうしようもない。明とて八龍士だ。八龍士の先輩である自分がまだ新米八龍士である健斗にただやられる訳にはいかない。

盾がわりにされても、健斗の濁った目を覚まさせるにしても、どちらにしても旭の思惑に乗せられてしまう形になるので癪ではあるが、だったら健斗を正気に戻した方が面目は保てる。

(この野郎……性格がひん曲がってるとは思っていたけど、ここまでやるとは思ってなかったぞ!覚えてろ!)

明は旭がいたところに目を向けると、既にそこには旭の姿は無かった。

明を投げた瞬間には瞬移で健斗の裏側へと回り、健斗の背後から彼を襲おうとダッシュをした信の懐に潜り込んで信の鳩尾に肘を入れていた。そしてそのまま肘を支点に投げる。

「ごはぁ!」

「このバカ木藤が懐にしまっていたこいつなら、お前を正気に戻せるか?信」

旭の手には……健斗が八龍士に目覚めた切欠である精霊石が握られていた。それを信に押し当て、霊力の代わりに邪気が一切ない気を送り込む。

「おぉぉぉおおおーーー!」

断末魔の声を上げて聖なる気により苦しむ信。

信はそのまま動かなくなる。

「!!いつの間に!そうか!あの踵落としをやった瞬間にスリとって……」

健斗が驚愕の表情で背後にいる旭に振り返る。

「ご明察。スリは得意なんでな。それに……良いのか?よそ見をしていてよ」

旭がニヤリと笑う。

「ハッ!」

「テメェも正気に戻れ。木藤健斗」

明が棒に念動力を込め、空気のサークルを健斗に送り込む。

「風の力はな、空気中の酸素濃度をある程度は操れるんだよ」

空気のサークルを健斗の顔に被せる明。

「知ってるか?空気中に含まれる酸素濃度ってのは、多すぎても少なすぎても吸い込めば人間にとっては毒なんだ。呼吸を止めても数秒から数分は生きられる動物の欠陥。伊達にテメェの先輩はやってねぇよ……落ちな、木藤健斗」

「こ、これしきのことで………」

人間の欠陥を狙った攻撃は、八龍士と言えども逃れられぬ攻撃だったようで………。

健斗は唐突に酸素よいを起こしてダウンした。

「う………俺は………」

一方で精霊石によって信も意識を取り戻した。

「戻れたのか………正気を取り戻すにしても………」

「こいつのお陰らしい」

旭の取り出した精霊石に信はまじまじと見る。

「これが……健斗を八龍士に変えた精霊石か………」

二人は複雑そうな顔をする。

そして……。

「安倍政人、和田義人」

呼ばれて振り向くと、そこにはボロボロだが、張兄弟の姿がそこにはあった。

「テメェらの力は良くわかった……もう油断はしねぇ…」

「次に会ったときは……必ず貴様らの魔の一族の力を頂く。覚悟するんだな」

相当ダメージが深刻なのか、張兄弟は素早く撤退を始めた。千載一遇のチャンスではあるが、こちらは八龍士四人は満身創痍、信と旭も健斗にやられてボロボロな上に、魔の暴走を引き起こしたら今度こそ戻れなくなる。そんなリスクを冒してもなお、あの暗黒八龍士を倒せる

保証はない。

向こうから撤退してくれるのであれば、深追いするべきではない。

ふぅ………と息を整える信と旭。

そして明たちに振り返ると…

「さて………案内して貰うぜ。異世界ウェールテイに」

「その前に、彼をどうする?」

麻美が縛り上げた健斗を指差しながら尋ねる。

「………おい健斗。まだ俺達を殺したいか?」

信が健斗に尋ねると……

「………どうやら力に酔っていたようだ……完全に力に支配されていた。悪かった………みんな」

健斗は頭を垂れる。

もうその瞳に狂気の感じは無くなっている。

「そうみたいだな?あの恐ろしいまでの力も無くなっているみたいだし、これから徐々に八龍士の力を馴染ませれば良いんじゃね?それよりも、例の心霊術でおれの足を直してくれよ。このままじゃ、歩けねぇしな」

麻美が健斗の拘束を解き、自由になった健斗は明に心霊術を施す。すると……黄金の聖光気がたちまち明の粉砕骨折を治してしまった。

「ふぅ………なんて回復力だ……ヴェレヴァムの術士は化け物だな……」

明は足の調子を確かめ、その場でピョンピョンとジャンプをした。問題なくジャンプを出来ているところを見ると、完全に治ったようだ。

「それよりも………良いのか?ウェールテイに……」

明の質問に対して健斗達が答える。

「ああ。行く。もうこの世界には俺達の居場所はねぇ」

旭。

「暴徒化していたとはいえ、学校の連中はボコっちまったし、器物損壊もやっちまった」

健斗。

「裏社会でも張大人の死に関わっちまったからな。表の世界でも裏の世界でも俺らはお尋ね者だろ?ならば、ほとぼりが冷めるまでは修行を兼ねてウェールテイに厄介になるさ。自分の一族のルーツも探りたいしな」

信。

実際、こうするしか自分達が生き残る術はない。

暗黒八龍士を始めとした邪教徒は、また信と旭を狙うだろう。力を見せたことにより、今度は本格的に、そしてより確実な手段で。

次に暴走したら、今度はより大きな被害を巻き起こし、そして今回みたいな幸運が重なることはまずあり得ない。

亡命するしかない。八龍士が三人いるウェールテイに…流星王国に……。過酷な戦いが待ち受けていたとしても、このヴェレヴァムにいるよりかは確実に安全だろう。

八龍士に目覚めたとは言え、健斗もまだ力を制御出来ていない。

より八龍士の事が研究されている流星王国で力を制御する勉強をする必要がある。

「歓迎するぜ。聖なる八龍士、木藤健斗と安倍と和田の異端児さん」

「じゃあ、早速出発ね」

「準備を整えてからね」

そういって一度、セーフハウスに戻ることにした。

 

ービルの屋上ー

 

帰っていく6人をレイオスは眼下に見送りながら、顔を楽しそうに歪めていた。

「来るか………ウェールテイに。今度からは本気で、お前らにちょっかいをかけるからな。そして……安倍政人、和田義人……お前らの秘密を……必ず掴んでみせるぜ。それまで首を洗って待っておけ」

笑うレイオスの姿は、そのまま風に溶けるかのように、次の瞬間には消えて無くなっていた。

 

ー木藤家セーフハウスー

 

「準備は出来たか?」

「ああ……もう、親父達には事情を話した。まぁ、家はこのままにするみたいだが」

「帰って来るかどうかもわからないってのにな」

「それならそれで、別の使い方があるんだろ?」

約2年。この家には世話になった。

短かったが、普通の中高生としての生活が出来た思いでの場所になった。

「それよりも、ちゃんと別れを済ませて行けよ。あっちで待ってるからよ」

明は顎でセーフハウスに向かって歩いてくる女性を指す。

恵里香だ。

「……健斗くん、信くん、旭くん……木藤さんから聞いた……学校を辞めて、街から出ていくって……」

泣きながら三人を見る恵里香。

そんな恵里香に、まずは信がその頭をポンっと叩いてすれ違う。

「世話になったな。あんたのお陰で、家族って言うのが疑似体験出来たぜ。元気でな、姉貴」

「信くん………」

何かを言いたそうな恵里香。それに気が付きながらも信は明達の方へと歩いていく。

次に旭だ。

「人間らしさってのが、どういうことか……少しはあんたのお陰でわかったような気がしたぜ。あんたの事、忘れないよ」

「旭くん………」

感謝の言葉はまだまだ言い足りない。だが、その役目は自分ではない。旭は珍しく少し悲しげに目を瞑りながら、明達と合流する。

「恵里香さん………俺は、あんたの事…姉貴のように思っていた……こんな日々がもっと続けば良いと……本気で思っていた……」

「健斗くん……なら……なら何で行っちゃうの!?この街にいれば良いじゃない!四人で……ううん!7人で頑張って…」

「恵里香さん……俺達は、普通じゃない。表からも裏からも、もう目を付けられたし、この街に……いや、この国に居場所は無いんだよ……どんなに望んでも、恵里香さんが無事でいられる事なんて、考えられない……きっといつか、取り返しの付かない事になる……」

「…………」

恵里香は健斗に抱きついてグシグシと泣いていた。

それを見ながら、信も旭も思う。案外、健斗と恵里香は相思相愛だったのかも知れない。

だが、恵里香を守る力は、今の健斗達には無い。

ここで別れるのが、お互いの為なのだろう。

「………もし、いつか力を得て……三人がこの家に帰って来たときは……俺と……」

「!!!」

健斗はそこで自分の気持ちを言いかけて……

「俺達の家政婦を、やってくれますか?」

踏みとどまった。

この素敵な女性を、自分なんかの為にしばりつけられない。そんな資格はない。

恵里香は何の力もない、ただの女の子なのだから。

ちょっと地味な感じだが、可愛くて、面倒見が良く、気さくで、そして健斗達の事を見捨てない優しい女性…。

きっと、良い人にいつか巡り会える筈だ。だから、健斗はここで自ら自分の初恋に終止符を打つ。

恵里香は最後にはぁ……と溜め息を吐く。

そして……

「行ってらっしゃい!もっとも、その時はあたしも結婚していてこの街にいないかも知れないけど」

「困った……恵里香さんくらいしか、うちの家政婦は務まらないんですが」

「だったら、頑張って家事を覚えるか、今度こそ本当の恋をして彼女なり奥さんなりを連れて来るなりして、この横浜に帰って来なさい。友達としてなら、いつでも会ってあげるわよ」

恵里香は健斗の肩を叩いて、涙を流しながらの笑顔を向けた。

もう、話すことはない。別れの時だ。最後に会えて良かったと健斗は思う。いつの間に夕方になっていたのか、夕陽に映える恵里香の顔は、素直に美しいと思った。

「守って見せるよ。その約束を」

「ええ、楽しみにしてるわ」

健斗は恵里香の脇を通りすぎ、最後に一言……。

「さようなら。恵里香さん」

と言った。

「うん、さようなら……健斗くん……」

後ろ髪を引かれる思いで、されど止まることなく明達と合流し、6人は並んで歩く。

「明くん!真樹ちゃん!麻美ちゃん!三人をよろしくねー!さようならー!健斗くん!信くん!旭くん!元気でねー!さようならー!」

大きな声を上げて見送る恵里香を、6人は振り返ることなく、ただ腕を上げて応える。

(さようなら………横浜。さようなら………日本。さようなら………地球。さようなら……恵里香さん)

 

第1章




ここで長いプロローグは終わりです。
次回からはウェールテイ到着編、修行編に入ります。
それでは次回もまた、よろしくお願いします。

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