ー流星王国・首都 清流ー
「おー、良い眺めだな。ここは王宮か?」
眼下に広がる建物は、和洋折衷の城が広がっていた。
「まぁな。ここは流星王国の首都で、王宮兼議事堂って所だな。民主制を取ってからは、皇居的な役割を果たしているのはかつての王の間くらいのもので、大半は議事堂として機能している」
明はそう言って王宮を見ている。王族……正確には元第2王子だったという明は、当然この王宮で生活していた。
今は平民になったこともあり、許可された時以外は立ち入りは出来なくなってしまったが。精々元日の時や、明の誕生日くらい、それも一時間程度しか滞在することは許されない。
(実家にも満足に帰れないなんてな。それでも、こいつらよりは恵まれてるか……)
成り行きで連れ帰る事になってしまった信と旭を見る。
この二人は実家と憎み合っている。そして二人は親の愛を知らない。
そういう親子関係ならば、最初から親の事を知らずに育ってきた麻美の方が幸せなのだろうか……。
(いや、結局は他人の生い立ちと比べるなんてのは無駄な話だな)
どんなに他人と比べようと、結局は何の意味もない。
明だって自分が王族に生まれたのが幸せだったかと言えば、それが当たり前であったし、何不自由なくと言うわけでも無かった。
王籍を剥奪された後は剥奪された後で、憧れた自由はなく、最前線で戦うことも少なくない。政治的に利用される事だってあるし、王族だったことを理由に都合よく担ぎ上げられる事だって少なくない。
案外、麻美の立場が一番気楽かも知れないが、麻美だとて自由気ままに……という訳ではない。
結局は、どんな立場でも人間は何らかの苦労やしがらみがつきまとうものだ。それをどれだけ謳歌するかが人生を楽しむコツなのだろう。
「まずはどうすれば良い?」
健斗が尋ねてくる。感傷に浸っていた明もそこで我に返る。
「まずは病院だな。そこで検査と予防接種を受けて貰う」
王宮に併設されている病院は、ウェールテイでも最先端の医療を扱っている。ヴェレヴァムの科学医療も惜しみ無く使っているので、ここで治せない病気はないとも言われている。もっとも、謳い文句だけで実際は治せない病気も結構あるのだが。
「病院?体は至って健康だぞ?」
「違うよ。お前らには抗体があっても、ウェールテイにとっては悪質な病原菌がお前らに付いてるかも知れないだろ?その逆も然り。ウェールテイの病気が、お前らに悪影響が無いとも限らない。それの検査と予防接種だ」
事実として、ヴェレヴァムとて外国とかに行けば現地の病気に冒されている場合もある。それが異世界ならば尚更そういう免疫等に気をつけなければならない。
明達もそうで、彼らを連れ帰らなかったとしても病院に行く必要があった。未知の土地に行くということはそう言うことだ。
(それに、処置をしなければならないしな)
明達が移動を開始しようとすると、転移門の管理職員がやって来る。
『お疲れ様です。花月大佐。彼等は?』
『ヴェレヴァムからの協力者です。流星王国の入国手続きと戸籍の作成を頼みます』
『了解しました。ですが、まずは検疫を。案内を』
『要らないわ。後で書類を持ってきて』
真樹が代表して答えると、職員は一礼して元の持ち場に戻っていった。
「すげえんだな……お前……何を言ってるのか分からなかったけど」
信が素直に真樹の立場に称賛の言葉を送るが、真樹はそれに対して何の感情も見せなかった。
「興味ないわ。どのみち強制的に付けられた立場なんだし。それよりも、これからやることは目白押しよ。休憩する時間があるとは思わないことね」
そう言えばウェールテイは昼間だが、ヴェレヴァムは…正確には日本は夜中だったはずだ。とういうことは徹夜で何かさせられるということなのだろうか?
「時間は有限よ。大体、そんなことでへばるあなた達ではないでしょ?」
「言葉も覚えなきゃいけねぇし、確かにやることは目白押しだけどよ……」
「それは気にしなくて良いわ。解決策があるから」
「???」
「良いから付いてきなさい。軍の大佐や元王族に案内してもらうなんてVIPな対応される貴重な体験ができるなんて、二等兵候補としては破格よ」
確かに破格の待遇だろう。もつとも、当の本人達はそうは思っていないが。
そして6人はまず病院へと向かう。ヴェレヴァムと秘密裏ではあるものの、もともと交流があるお陰か病院の形は大差が無かった。人の命を扱うためか、敢えて産業革命が起こさなかったこの世界も、この施設だけは積極的に技術を取り込んだらしい。
そこで明達は勿論のこと、健斗達はそれ以上に検査と検疫を受けた。そして、妙な注射を打たれたときに、変化が起きた。
これまで何を喋っているか分からなかったウェールテイの人々の言葉が急に分かるようになったのだ。
「私の喋る言葉が分かるようになったかね?」
「うおっ!急に何だ!?」
三人はそれまで明達の通訳で成り立っていた会話が、いきなり出来るようになって困惑する。
「今の薬に翻訳の魔法薬が入っていたんだよ。正確には相手の意図を自分の母国語に変える魔法だ」
謂われてみると、今までの明達の言葉と口の動きには違和感があった。発せられる言葉と口の動きが合っていなかったように思える。
「じゃあお前らは日本語ではなく、ずっとウェールテイの言葉を喋っていたのか?」
「その通り。有り難いことに文字も自然と体が変換してくれる素敵仕様。おめでとう。バイリンガルで仕事が出来るようになったぜ?」
言葉の苦労が無くなったのは喜んで良いのか、チートだと驚けば良いのか判断に迷う。
「言っておくけど、この魔法薬はかなり高い。日本人の平均的収入のサラリーマンが一生稼ぐ金額はするからな?」
「げっ!この世界も医療費は高額なのかよ!」
「医療費が高額なのもあるけど、魔法薬というのが更に高額になっている理由だな。お前らの世界のゲームなんかでは、ポーションが木刀とか簡易ナイフよりも安い値段で売られてるけど、そんなわけあるかっての」
意外と勘違いされやすいのだが、薬……とりわけ処方箋等で使われる薬というものは安くない。
何故安めに済んでいるのかと言えば保険のお陰だ。さらには今、健斗達に使用された薬は魔法技術も付与されているので更に高額になる。
「おいおいおいおい!そんなのを勝手に打って、一生タダ働きさせるつもりじゃないよな!?」
「汚ねぇ!お前らは鬼畜だ!」
「これは詐欺行為に近い!請求されても払わないし、対価行為も拒否する!」
金の話が出て来て早速守銭奴発言を始める健斗達。とくに最後の旭に至っては踏み倒す気満々だ。
「安心しろ。一応、王国負担って事になる。特に請求を回すような真似はしないから。というか、何気に下衆いな、お前らは二人。発言のそれが踏み倒し前提じゃねーかよ」
明はジト目で二人を睨む。普通の神経の人間なら目をそらしたり、言い訳したり、誤魔化したりするものなのだが、二人は開き直って、それのどこが悪い……という態度である。良い性格をしていると言わざるを得ない。
その後も各種検査を兼ねた身体検査や基礎体力検査をし、病院を後にする。
「さて、入隊検査は大体終わりだ。今日は最後にお前らが訓練期間に生活する宿舎に移動する。一応、真樹直属の部隊の隊員という形ではあるが、新隊員と言うことには代わりがない。………というか、普通ならば頑張って訓練を乗り切れと言うんだが、お前らの場合は……自重してくれよ?特にそこのバカコンビ」
明が二人をさして言うと……。
「誰がバカだ?コラ」
「誰と誰がコンビだ?コラ」
直属の上司だというのにこの態度である。
二等兵にとって佐官クラスの差は雲の上存在である。
知識が無いからと言うのもあるが、あったとしてもこの二人はへりくだる事はあるまい。
この二人は実力がある。
ゆくゆくは下士官として起用するつもりだが、大丈夫なのであろうか……。
どう考えても二人は指揮官向きの性格はしていない。
「まぁ、俺達なりにやるぜ」
「適当にな」
こんな性格の奴には間違っても士官待遇にしてはいけなさそうである。
続く