八龍士   作:本城淳

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入隊

ー流星王国軍 王都基地 教育隊ー

 

健斗達が明に案内された場所は軍の教育隊宿舎だった。歴史が長く、伝統深い教育部隊の年季が入った宿舎……と言えば聞こえは良いが、悪い言い方をすれば古く、今にも崩れそうな程のオンボロ宿舎である。

日本に例えれば昭和の香りが漂うような、そんな宿舎だった。

ウェールテイの生活基準がどの程度かは不明であるが、どう見たって老朽化が激しい。

「あのさ……ここって王宮に一番近い軍の基地の宿舎だよな?」

「まぁ、そうだな」

「そのわりには随分な宿舎じゃね?」

「どんな場所にだって古い物はあるだろ?歴史と伝統ある首都の基地なんだから仕方がない」

「ここだけやたらと古い気がするんだけどな?」

周りの宿舎は2階建てで、石造りのそれなりに新しめの物であるのに対し、この宿舎はどう見ても木造平屋建てで、今にも崩れそうな感じである。

プレハブ建ての簡易宿舎の方がまだ気が利いているくらいである。

「ほら、新人の内は最悪の環境で生活するのが一番だしな。教育が終わればまともな宿舎に移れるさ。たぶん

「多分!?多分って言ったか!?」

地獄耳の信が突っ込む。

「え?待遇良くならねぇの!?何で!?」

健斗が叫ぶ。何せこのオンボロな宿舎だ。掃除とかも大変そうだし虫がいそうな感じだ。

「……そもそも、あなた達がウェールエイに来るなんて事が想定外だったのよ。もちろん、入隊も。予定外の新隊員教育なのに、宿舎やカリキュラムを緊急で作ってくれたことに対して軍に感謝してもらいたいくらいだわ」

真樹があきれ果てて文句を言い返す。

本来であれば、次の新隊員の召集時期を待ち、その上でこの3人を受け入れるべき所なのだが、この三人の異常性を考えてほしい。

「お前らは野放しにすると厄介だからな。早めに軍に入れて訓練をすることが先決だった」

「更に言えば、あなた達が普通の兵士や将校の訓練に適合するとでも思っているのかしら?特に信と旭」

答え。適さない。

軍というものは戦争をやっていれば良いという訳ではない。

軍が実施するパレードや国賓の歓迎の礼砲、儀仗等は、軍の顔とも言える一大イベントだ。

その整然とした動きは軍の一体感と意識の高さを示し、強いては組織や国の強さをアピールする大切なイベントなのである。

そしてこのヴェレヴァム三人組。特に魔の一族のバカコンビはそんなものとは無縁の男たちである。

明や真樹は三人にそう言うことを期待していない為、基本教練……つまり、気を付けや敬礼、行進等といった軍人たる礼式に関しては一切教育しないことを決めた。

それはバカコンビ二人には正解であり、健斗には間違いであると言える。

バカコンビはとにかく他人と合わせるのが苦手だ。

その団結力の集大とも言える儀仗など間違っても出来るはずがない。

しかし、健斗は違う。健斗とて神道の家系である木藤の息子。神前儀式等は一通り修めており、その動きも淀みなく行える。

そんな健斗が儀仗等が苦手では話にならない。

そして、明達が三人のカリキュラムを削った物はそれだけではない。

通常の兵士などでは愛国心や兵士としての心構えなどの精神的な教育を施すものだが、元々国はおろか、異世界の人間である三人にそれは効果があるとは思えなかった。

とにかくこの三人には戦闘……武器や格闘、特殊能力を必要とした戦術。それらを中心とした訓練を積ませる方が良いだろう。

常識や精神的な教育などはそれからでも遅くはない…。というよりは、現段階ではやっても無意味。

それ故に特殊なカリキュラムが必要になる。

これもバカコンビには正解であり、健斗には半分間違いである。

健斗はバカコンビの手綱をうまく握り、2年間もの間、二人を普通の生活に溶け込ませていた実績がある。無いのは生活力だけだ。

つまり、完全に健斗の認識は信と旭のとばっちりを受けているのである。

 

さて、この宿舎で三人が一番危惧していることは何か。それは恵里香という家政婦を失った生活力ゼロトリオが、オンボロ宿舎でまともに生活が出来るのか…という事である。

外から見ただけでも清潔とは言い難い宿舎。歩くだけでも埃が舞いそうであるし、雨漏りもしてきそうだ。

虫にも悩まされそうであるし、日当たりも悪い。

「俺達に死ねと!?衣食住が壊滅的に成り立たない俺達に死ねと!?」

自力で生活を成り立たせることを最初から放棄している3人。

もっとも、これも健斗とバカコンビは違う。

健斗の場合は本当に生活力の才能がない。ギャグ漫画のレベルで家事全般が成り立たない。1日2日で家がゴミ屋敷になり、店屋物でしか食糧を得られず、恵里香が悲鳴を上げる生活力の無さの健斗であるが、これでも健斗は努力したのだ。

だが、バカコンビは違う。そもそも何とかしようとする気が元からない。元からやる気のない者がいくら真似事をしようとも、上達などするはずがない。

旭が魚だけはまともに焼けるのは、単純に焼き魚が好きなだけだから覚えただけだ。

本当にどうしようもない。

「いや、そこは自力で何とかしようよ……」

さすがの麻美もツッコミを入れずにはいられなかった。麻美も生活力が高いとは言えない。食生活に至ってはヴェレヴァムトリオと同レベルくらいだ。しかし、その他の事は自分で身の回りの事は出来る。何故ならストリートチルドレンで、軍に拾われた身の上である麻美からすれば、何から何まで自分でやらなければ誰も助けてはくれない。

命に直結する問題だった。

「人間、必要に駆られれば自ずと…」

「……出来ると思うか?出来ないから恵里香さんという家政婦が必要だったんだぞ?」

「………時々様子を見に来る必要がありそうだわ…麻美、頼んだわよ?」

「えっ!?あたし?!嫌だよ!普通はそういうのって大尉に……というか、士官にやらせないよね!?下士官がやるものでしょ!」

確かにそう言うのは尉官である麻美がやることではない。本来であるならば下士官である人間がやることだ。

「あなた、戦闘面以外では事務も部隊管理も指示だしも下士官以下でしょ?下手したら一等兵の方がまだマシなくらいじゃない!そろそろそういうのもやってもらわないと困るわよ。大丈夫よ、補佐官には野田伍長を付けるから……生活班長も必要だと思うし……」

「げっ!よりにもよって(たかし)!?あいつ苦手なんだけど!口うるさいし!」

麻美が本気でドン引きしている所に……

「口うるさくて悪かったですね?大尉」

「うわっ!もう本人がいるし!」

宿舎の方から神経質そうな若い男がやって来た。

短い髪の毛を前髪で立てた細身の男だ。

いかにもインテリ……という感じの男である。

整った容姿をしており、タイプ的にはイケメンに分類されるのだが悲しいかな、愛想というものが欠落していた。

真樹を男にしたらこういうタイプだろう。

鋭利な眼鏡をかけ、への字口。見下すような蔑む目を喬と呼ばれた男は信達に向けている。

「ふん。取り敢えず貴様らにするのも勿体ないが、貴様らの主任助教となる私の名前を教えてやろう。感謝して聞け」

見下したような……ではなく、見下していた。

その段階で黙っていないのがこいつらである。

「要らねぇよ。キツネで充分だろ」

と信。

「だな。頭から耳と尻尾が生えてそうだ」

と旭。

「だ、誰がアグベージー族だと!?」

「いるのか。狐族の獣人……」

どうやら日頃から狐族と言われているのか、そう言われるのは偉く気に入らないようである。

そこでニヤリとするのが信と旭である。

「キツネはキツネらしく人を化かしてれば良いんだよ」

「ああ、既に人の軍隊の中で化かしてるか」

「違いねぇ。陰険そうだしよ」

「油揚げでもくれてやろうか?ええ?」

そうなると止まらない。気に食わない存在が現れると、途端に息を合わせて相手をなじる。

そう言って挑発して相手から手を出すのを待っているのである。そして、返り討ちにしてどちらの立場の方が上なのかを体で解らせるのだ。

「ふむ。まずは貴様らに上官への口の聞き方と言うものを教えねばならないようだ。まずは自己紹介だ。私の名前は野田喬。流星王国軍伍長、八龍士支援部隊所属。本来は偵察や強行戦闘を担当している歩兵部隊の分隊の兵員だが、今回は臨時で貴様らの主任助教をすることになった。貴様らには約半年間、流星王国軍での戦闘のいろはを教育することになる……逃げ出すならいつでも逃げ出して良いぞ?新兵ども…」

挑発は成功したらしく、静かにだが喬は怒りの感情を見せた。

仮に怒っていなくてもそうするべき場面なのだが。

何事も始めが肝心である。ここで舐められたままでは教えられるべき事を教えられない。

内心はどうあれ、ここで動かなければ信や旭は喬を侮り、決して言うことを聞かないだろう。好き勝手に動かれれば信や旭だけでなく、明や麻美、真樹にも命の危機が訪れる。集団行動というのはそう言うものだ。

怒っていようといまいと、ここで一回絞めておく必要があるのだ。

動物も人間も、上下関係というものは最初の段階でハッキリとさせねばならない。

喬は刃を潰した剣を抜く。

銃が普及している世界ではあるが、ウェールテイの戦闘では今でも剣は現役の武器である。

その喬の行動にニヤリと笑う信と旭。それに反して健斗は深いため息を吐く。異世界に来てまでいきなり戦闘かよ…と。しかも初日に。

思えば横浜に落ち着くまでは毎度そうだった。

京都、奈良、三重、愛知、静岡、山梨、東京……行く先々でトラブルをこのバカコンビは引き起こしてくれる。

今回もこれか……と、嘆かずにはいられなかった。

徐々に闘気を高める両陣営。

(今回もガッツリ巻き込まれたっぽいよな…)

今さら自分は違うと言っても無意味かもしれない。

喬の殺気は自分にもバッチリ向けられている。

(一応、俺って士官候補待遇の曹長のはずだよな?伍長よりも二階級上だよね?何で二等兵のこいつらと同じ扱いなんだろ……)

答え……階級社会と言えど、教えられる立場の場合はあまり階級は意味をなさない……である。

 

続く




いやはや、いきなりこれです。
信と旭、この二人は別のクロスSSにおける性悪コンビよりもたちが悪いかも知れませんね。
というか、なおパワーアップした性悪コンビと言っても良いでしょう。しかも6代目主人公というストッパーがいるあちらとは違い、こちらはストッパーがいません。
健斗?いえいえ、このバカコンビと生活を共に出来る奴でよ?果たしてストッパーになりうるんですかね?
ウェールテイ八龍士達もどこかネジがぶっ飛んでるやつらですし……。
それでは次回はヴェレヴァムトリオ対喬です。
それでは次回もよろしくお願いいたします。

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