ー宿舎・部屋ー
「うわぁ……」
部屋の中を見て思わず呻いてしまった健斗。そうなってしまうのも仕方がないだろう。
宿舎の中は外から見た印象と寸分違わず、ぼろい。板張りの床は所々に穴が空いているし、埃が積もっている。
ベッドもボロボロだし、ロッカーみたいな棚はあるのだが、それも今にも崩れ落ちそうなくらいに年季が入っている。
あまりの状況にこれはないだろうと、健斗達も顔をひくつかせる。
「まぁ、しっかりとした寝床があるだけでもましだと思えよ?天幕で生活するよりはましだろ?」
「これなら天幕の方がまだましだと思うんだがな」
「兵站部隊から補給の要請をするのも色々面倒でな?天幕1つ借用するにも色々と書類が必要なんだよ」
「いや、普通に考えて宿舎を1つ借りるよりも天幕1つの方が簡単に借りられるよな?」
健斗がそう言うと、明は目を反らす。
「うちも懐事情が悪くてな………」
(もしかして嫌われもの部隊なのか?)
一抹の不安を感じる健斗達。
しかし、そう言うわけではない。
八龍士という存在は、魔の一族や邪教徒が身近なこの流星王国においては、八龍士は勇者のようなものだ。
ファイ○ルファンタジーでいうなら光の戦士だ。
天○魔境でいうなら火の一族だ。
何度も言うが、健斗達はイレギュラーなのである。
更に言うならば、無理をすればまともな部屋を用意することだってできたし、そうしなくとも天幕を準備することだって出来た。
前線で戦うことが多い明達。消耗が激しい部隊故に兵站も充実している。だが、敢えてこのオンボロ宿舎を用意した。
どちらかと言えば倉庫として利用する場合が多いこの旧兵舎を宿泊用に用意する方が手間がかかったと言える。
「貴様ら!この基地は既に人がたくさんいる状態で余った宿舎はない!この宿舎を用意してもらっただけでもありがたく思え!」
喬の檄が飛ぶ。更に………。
「貴様らの最初の任務はこの部屋の清掃だ!私が監督するから合格が出るまでは飯の時間などあると思うんじゃないぞ!」
いきなり言い渡された任務は部屋の掃除だ。
(少なくとも、ここを)
明達はまず、三人の生活力の改善から始めることにしたのだ。
生活力の改善……特に清掃や整理整頓は最低限習得してもらわなければ困る。木藤家の生活のように使えば使いっぱなしでその辺にぶん投げるような生活をしていたとする。
そうなると、いざ何かあったときにどこに何があるかわからないのでは困るし、必要な物が整備不良で使えないのでは話にならない。
自分達の仲間として軍に所属してもらう以上、横浜の時のような生活態度では困る。また、清掃をしっかりやるということは衛生管理にも繋がる。恵里香という家政婦がいなくなった以上、自らの健康管理はしっかりやってもらわなくてはならない。
健康な体は、健全な衛生管理から始まるものだ。
風呂に入らなかったり、洗濯をしないということなど言語道断である。
その為に敢えて必要以上に清掃や整理整頓が必要なこのオンボロ宿舎を用意したのだ。ここまでオンボロな建物のなかで、普通の生活が出来、整理整頓を人並みのレベルで衛生管理を保てるくらいになれば、少なくとも必要最小限の生活力は養えるはずである。
荒療治ではあるが、ここまでの環境を用意しなければヴェレヴァム三人組の生活が改善されることはまずないだろう。
これは明の話を聞き、新兵教育プログラムをヴェレヴァム三人組用に魔改造したカリキュラムの1つである。
そこで真面目に動くのは健斗だけ。信と旭は何か言ってるよこいつ……的な態度である。
先の戦いで負けたのがまずかったのか、喬の言うことにまともに動く気のない信と旭。
「だらけるのならそれでも構わん。その代わり、終わるまでは三人とも食事はない。寝る時間もあるとおもうな!」
「あ?んだと?」
「ふん。力だけが全てだと思うな。確かにお前らは強いかも知れん。しかし、補給を絶たれればどんなに屈強な者だとていつかは力尽きる。貴様らは流星王国の貨幣など持ってはいまい?軍から放逐されれば、貴様達はどうなるだろうな?」
「…………」
ギリッ!と歯を鳴らすバカコンビ。
喬の言うとおり、信も旭もいく宛がない。軍から逃げ出してウェールテイの一般社会で細々と生きていくのも手ではあるが、現実的ではないのだ。
何故なら、二人は既に八龍士達から存在を危険視されている。軍を脱走したところで追っ手が掛かるだろう。
何より、暗黒八龍士に狙われている二人。流星王国軍に捕まるならばまだしも、現段階で見付かった相手が邪教徒…それも暗黒八龍士だった場合は対抗手段がない。
追い返す力はあるにはあるが、また魔の暴走を引き起こすリスクが伴う。そうなれば、二度と『安倍信』と『和田旭』としての自我を戻せるかわからない。
「足下見やがって……」
「性格の悪い野郎だぜ……」
「言葉使いも直しておくのだな。お客さん扱いをシテヤルノモ今夜までだ。明日からはペナルティを受けて貰うからそのつもりでいろ。もちろん、ワンペナルティにつき三人で受けてもらうからな」
軍隊におけるペナルティ……特に教育の場においては連帯責任が基本である。
一人のミスやペナルティが、全体への罰に繋がるのだ。
「へっ!ペナルティ?ドンと来いだ!」
「自衛隊とかは腕立て伏せとかだったよな?そんなら楽勝だぜ」
あくまでも余裕の態度を崩さない二人。
自衛隊でも警察でも軍隊でも、ペナルティと言えば腕立て伏せを代表する行為だ。
今の世の中では体罰は厳しい。昔ならば指導の名の元に顔面にパンチを入れるのが通例だっただろうが、こんな分かりやすい体罰は今の世の中では大問題である。
そこで代わりになるのが筋トレを兼ねさせた腕立て伏せ等の罰ゲームだ。それも現在のヴェレヴァムでは問題視されているのだが…。
しかし、そんな筋トレが二人に罰になるのかと言えば、ノーと言わざるを得ない。
確かに数百回もやらされれば話は別だが、一般的な新兵にやらせる回数など、この二人には無意味だ。
ならば他の罰則ならば?
代表的なものの1つが『外出禁止』だ。
軍隊で謂うところの外出とは基地の門から出てお出かけすることであるが、それを禁じられると休みであっても退屈な基地の中で生活しなければならない。一種の強制謹慎だ。
もっとも、これもウェールテイに土地勘もなく、貨幣を持っていないバカコンビには罰にならない。いざとなれば柵を乗り越えての無断外出……所謂脱柵をすれば良いとまで考えている。もっとも、それも一般的な軍隊等では懲戒処分の対象になる行動なのだが。
「そうだな。そんなものでは貴様らには罰ともならんか。安心しろ。体力的な事は罰にならなくとも、頭の方はどうかな?1つのペナルティに付き、我が軍の規則や一般教養に関する勉強と試験を10問ずつやって貰うか。三人が満点を取らない限りは食事も睡眠もお預けだ」
「げっ!」
学校に通っていた頃、二人は赤点ギリギリの成績で何とか進級していたし、高校入試は裏口だ。勉強は苦手…というよりは、そもそも興味がなかった。それをペナルティにされる……。二人には拷問に等しい。
そして食えないし、寝れない。
「なんて事を考えやがるんだ!この鬼軍曹!」
「伍長だ。軍曹は伍長よりも1階級上だ。その辺りの勉強もまだ必要なようだな」
「俺はそのくらいの知識はあるんだけど……」
健斗が不服そうに言うが、そんなものを聞き届けるような喬ではない。
半年の教育が終わるまで、三人は一蓮托生でやっていくしかないのだ。連帯責任とはそういうものである。
「さぁ、早速勉強漬けになりたくなければ、早く私が納得するくらいに清掃をすることだな」
喬がパンパンと手を叩く。
「さぁ!早く清掃を始めろ!それが終わったら私物の片付け!そして被服の交付だ!そこまで終わったら夕食を許可する!もちろん!三人とも終わるまで飯にありつけると思うな!」
生活力ゼロの三人が全てを終わらせ、夕食にありつけたのは深夜になったのは言うまでもない。
飯盒で取り置きされた冷めきった夕食。ヴェレヴァムに比べたら塩分が少なく、薄味のスープと焼いただけの何かの鶏肉っぽい肉の粗末なステーキ、米に似た何かの穀物、お浸しっぽくしたサラダ…。横浜にいたときならば決して文句を言って食べなかったであろうそれらが、何故か美味しく感じた三人であった。
続く