八龍士   作:本城淳

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喬の考え

ー教官室ー

 

初日を終え、ヴェレヴァムの三人が一応は住めるようになった居室で就寝した頃。向かいの建物の事務室には明、真樹、麻美、喬が座って話をしていた。

この建物は八龍士と、それを支援する部隊に与えられた宿舎、事務室、倉庫などが入っている三階建の宿舎である。小さな小学校くらいの校舎くらいはあるだろうか?

その中の一階に、八龍士支援部隊の事務室がある。

普段はそこを明達の拠点としていた。

もっとも、事務室と言っても現代のオフィスのような物ではない。

簡素な机と書庫棚や書類棚、通信機らしき物が置かれているくらいの簡素な物だ。

産業革命がなされていない世界。書類仕事は手書きだし、紙だって現在のような精製紙ではなくごわごわの粗悪な紙。フラットファイルなんて無いので厚紙に穴を空けて紐で綴っている。

簡素な机……と言っても現代のOA対応デスクの事務机に比べたら…であって、この世界では木で出来た引き出し付きの机でも良い部類の机だったりする。

もちろん、そんな机が使えるのは士官のみだ。

正直に言えば、事務仕事など一切やらない麻美等には勿体ない代物である。

明達はヴェレヴァムから着てきた服から軍服……と言うよりは、動きやすい戦闘服に着替えて簡単なミーティングをしている。

「それにしても……考えたな。勉強で脅しをかけるかよ」

明がクックックッ…と笑いながら言う。

すると、適当な席に腰を下ろしていた喬が答える。

「ええ。とはいえ、その内難癖を付けては勉強ペナルティを課す予定ですが。とにかく彼等には半年の間に色々と詰め込まなくてはいけません。それも、普通の兵士ならとっくに知っているはずの学校教育……主に法律や刑法、軍規等色々と……その上で戦闘訓練や魔法等の特殊技能まで教えなければならないのです。昼の課業時間だけなどではとても時間が足りません」

基本教練、座学等の教育もオミットしても尚、時間が足りない。無理矢理でも勉強して貰わなければ、とてもでは無いが最低限の兵士としても使い物にならないだろう。

「修得する?健斗はともかくとして」

麻美がヴェレヴァムから持ち込んだビーフジャーキーを齧りながら喋る。

「あなたよりは修得すると思うわよ」

意外にもそう答えたのは真樹だった。

「ちょっと!何でよ!」

「この数日、ヴェレヴァムの三人を見ていて思ったわ。あの二人はただやる気がないの。でも、喬を負かせた手腕を始めとして、頭は悪くないわ。普通、あんなことを考えないもの」

「くっ!………私が判断したのは確かにそうですけどね……」

喬は苦笑いしながら答える。客観的に見て判断はしたものの、主観的に見れば悔しいものは悔しい。

叩き上げとしての中ではエリートととも言える野田喬。

エリートとしてのプライドが、頭としては信達を認めていても、感情が認めなかった。

更に言えば、喬は麻美と同じ部隊の出身である。

新兵として特務部隊に配置された時、同じくデプローツという兵士育成機関から配置された麻美。

喬は麻美と配置同期という事もあり、麻美の事を妹のように思っていた。

しかも、過去に救命処置としての人工呼吸を喬は麻美から受けている。

純情な少年兵だった喬が心の内では麻美をどう思ってるかは、想像に難くないだろう。例え麻美に他意は無かっとしても。

そんな麻美がヴェレヴァムの三人に興味を抱いた。それが喬にとっては内心面白くない。補足すれば麻美は異性として三人に興味を抱いたのではなく、その戦闘における実力に対してなのだが、それでも喬が内心焦りを覚えるのには充分だった。

麻美がこれまで他人に興味を持つのは稀だったからだ。例外は同じ八龍士同士の明くらいだ。

(いや、いかん………個人的な事は後回しだ。客観的に物を考えなければ……)

喬は気持ちを切り替えて考える。

(自分を囮にして木藤健斗と和田旭を意識から外し、奇襲を仕掛ける手腕……)

事前に報告で聞いていたヴェレヴァム三人組の情報では、彼等は飽くまでも呉越同舟で組んでいたと聞く。ところが蓋を開けてみれば信の先制攻撃に対して咄嗟に即席の連携を組み、健斗と旭は合わせて見せた。

普通、あの手の連中は猪突猛進で、単独での連続技や奇襲などはやってきたとしても、あんな戦術を組んでくることは無い。

どう殴る、どう蹴る……とか、とにかく直接的なのだ。

これは喬が知らなくても仕方の無いことなのだが、三人は横浜ではフリーエージェントの真似事みたいな仕事をチームでこなしていたことに関係する。

バカみたいに直接的な行動をしていたのでは、ヤクザやチャイニーズマフィア…更には安倍や和田を相手に一目置かれるような仕事などできない。

生き残る……という事にかけてあらゆる手段を利用しなければ、健斗達は今まで生き残る事など出来なかった。

それが咄嗟において、すぐに三人が連携を取れる理由なのだが、あの歳で独学でその領域にいることに喬は驚いていた。

さらに………。

(あの楽焔という術。あれは安倍信がその場で考え、そして形にした技だ。あんなことを咄嗟に考え付くなんて、地の頭が悪いわけではない。ましてや弾かれた魔力を上空に集め、囮の攻撃をしながら巨大な魔方陣を遠隔操作で書くような離れ業をやってのけた……魔術操作に関してはエキスパートとも言える実力と機転…あれを上手く導けば……)

ヴェレヴァムの信と旭の学校の成績は赤点ギリギリであったのだが、喬はそこにも目を付けていた。

「安倍信と和田旭の学業の成績については資料を拝見させて頂きましたが……」

「ええ。酷いものでしょ?」

「逆です。あの二人はまともに基礎学力を身につけていないにも関わらず、高等教育では落第していないのですよね?普通に考えればあり得ませんよ?」

あの二人はまともに義務教育を終わらせていない。本来ならば、赤点ギリギリどころかまともに勉強についていくことなど不可能のはずだ。なのに、ギリギリで赤点ではない。普通の者ならば不可能な所業だ。基礎学力が身に付いていないハズなのに、高等教育をある程度はついていけているのだから。

「………さすがは野田伍長ね。数字だけを見て判断していたわ。彼らの経歴ではあり得ない……」

言われてみて初めて真樹はそこに気が付いた。

「つまり、彼等はやる気が無いのにも関わらず、高等教育から基礎学力を習得し、そして元の高等教育に適応する応用力を持っている事になります。その才能を遊ばせておくには、あまりにも勿体なくはありませんか?」

普通ならば腕立て伏せ等で罰を与えるはずの事を、何故あんな妙な形にしたのか……。

そうすれば自然と彼等は色々と修得するはずである。

食事や睡眠を盾にとれば、少しは真面目に取り組むはずだ。そして、いつかは下士官……いや、士官になるのも不可能ではない。喬はそう考え、あの妙なルールを作ったのである。

「素直に思惑に乗るような奴等ではないけどな」

恐らくは苦労するだろう。そして、あの手この手で上手くかわし、流して来るだろう。

「そしたらその時ですよ。素直に言うことを聞くだけの奴等では、使い物になりません」

喬はそう締め括る。

「わかったわ。その辺りは頼んだわよ。野田伍長」

喬は改めて言ってきた真樹に対し、椅子から立ち上がり、姿勢を正して右手を胸の前に置く。流星王国を始めとしたこの世界における共通の敬礼動作だ。

「了解しました。お任せ下さい」

(鍛えてやるさ。強さとは別の方面で、お前らをな…)

 

続く。


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